嬉しかった
彼女が笑ったことが
楽しかった
彼女といた毎日が
哀しかった
彼女の手から力が抜けていくことが
憎かった
ただ見ているだけの自分が
そして願った
弱い自分を『殺して』強くなりたいと
そう
僕はチカラが欲しかったんだ
『第1話 始まり』
男は目の前の光景が信じられなかった。
この廃墟を根城にして、手下を率いて強盗・略奪・殺人等の悪事を働き始めてから早数年。
その間にも帝国が鎮圧のために送り込んだ警察や軍を幾度となく返り討ちにしてきた。
悪人だが信頼できる部下もでき、今日まで悪党としてそこそこ順調に成り上がってきたつもりだった。
そう、今日までは。
「ぐはぁっ!」
「ぐえっ!」
「ぎゃぁぁぁァァァァァァ!!!!」
今、自分が手塩にかけて育ててきた組織が壊滅させられようとしている。
それも、大軍勢などではなくたった一人の少年に。
歳はおそらく10代後半といったところか、まだ幼さが残っている。
今から遡ること数分。
軍服を着た丸腰の少年が突然現れた時には、自殺志願者なのか、あるいは単に頭がおかしいのかと思った。
だが、男や周りにいた部下の余裕の笑みは速攻で消えた。
武装して30人はいた部下は次々と倒され、ついには側近の者まで壁に叩きつけられている。
もちろん彼等とて、ただの雑魚ではなく百戦錬磨と称していい武闘派の連中だ。
だが、少年が繰り出す拳や蹴りは剣や槍を平気で破壊するし、その動きには銃の照準をつける暇もない。
そんなことを考えている間に、残ったのはついに男一人となった。
埃を払うように手を叩きながら、少年の鋭い視線は当然こちらに向けられる。
「さてと、後はあんただけだな」
「う・・・・うわぁぁぁぁぁ!!!」
ゆっくりと前進してくる少年に、半狂乱の男は手元にあった小銃の引き金を引こうとする。
しかし、それを予測していた少年も右手をかざす。
「障壁陣!」
そう唱えた少年の周囲には球状の黒く半透明の膜が張り巡らされた。
引き金を引かれて銃口から放たれた弾丸は、膜のところで物理法則を無視して止まり、消滅した。
「な・・・・・・・・」
不可思議な状態を見て、その時、男はやっと自分の置かれている状況を理解した。
確かに何度もその存在、そして脅威の強さを噂には聞いていた。
しかし、それは・・・・・・・・・
「ま・・・・まさか・・・・・・・Kanon?」
その結論はあまりに絶望的なもの。
「当たりだ」
少年が拳を構えると同時に、彼の周囲を覆っていた『闇』は急速に拳に集まり凝縮されていく。
「爪撃掌!!」
踏み込んだ少年の掌底が鳩尾に入り、男の意識はそこで途切れた。
廃墟を出た少年を待っていたのは近くの地方駐屯部隊の一団だった。
「御苦労様でした。大佐」
初老の軍人がにこやかに声をかけてくる。
「とりあえず一暴れしてきた。死人は出てないと思う」
「そうですか。いや〜、それにしても、さすがKanonですな」
「そりゃどうも・・・・」
お決まりの誉め文句に、若干の愛想笑いと共に適当に応えておく。
「それで、次の任務は?」
「そのことですが・・・先程、本部から通信が届きまして『至急、帰還せよ』とのことです」
「帰還命令?また急だな・・・・・」
何か問題を起こしたかと振り返ってみるが、特に思い当たる節はない。
「分かった。後はよろしく頼む」
「了解しました」
敬礼をしながら言うと、男は部隊を率いて、先程まで少年が暴れていた廃墟に入っていった。
「・・・・・今度はどんな厄介事やら」
誰に向かってでもないその呟きは、誰の耳に届くこともなく風に流れていった。
遥か昔、大陸は後に『混沌』と呼ばれる、闇黒の時代だった。
その詳細はあまり知られていないが、およそ1000年前に突然『混沌』は終わりを告げ、
それからは秩序の編成の為、強大な軍備を持った帝国が支配するようになった。
だが、地方によって気候や民族の違う広大な大陸を首都一ヶ所で統治することは困難なことで
近年、その兆候がより顕著になってきた。
そこで、今から50余年前、
当時の皇帝は大陸を東西南北の四大地方、そして自身の治める中央区に分割した。
通称、『帝国新暦』の始まりである。
強い権限を与えられ、地方軍を設置した地方政府がまずしたのは、辺境の未開地域の開発だった。
結果、隅々まで地方軍の手が入り大陸全体の文化レベルは著しく発達したが、
独自の宗教や文化を持ち帝国領への編入に対し反発する者も少なくなく、各地で紛争が頻発した。
それに加えて帝国の『治安維持』によって居場所を奪われた、ならず者が組織を作り、
『スラム』と呼ばれる無法地帯も形成された。
こうした小さな争いはあったが、『世界』は表向き平和な時を過ごしていると人々は信じていた。
時は・・・・・・帝国新歴54年。
大陸北方面をつかさどる都市『フリーズタウン』の中央に位置する北方軍本部。
都市の中でも数少ない数十階の高層ビルの上層階。
その廊下を、一人複雑な表情で北方軍大佐、相沢祐一は歩いていた。
幼い頃、初めてここに来た時には通路の広さと複雑さに随分と迷ったものだが、
今では目をつむっても歩けるだろう。
・・・・無論、実際にやりはしないが。
高速エレベーターを降りてから歩くこと数分、祐一は『そこ』に辿り着いた。
Kanon司令室
自分を呼び戻した人物はこの部屋にいるはずだ。
この部屋に来る時に通知される自分や同僚の任務は
一般の軍人からは大抵『厄介事』と称されるものばかりだ。
別にそのこと自体に不満は全くない。
権威を傘に着るのはあまり好きではないが、若干17にして大佐という
年功序列を完全に無視した階級を持つのは数々の『厄介事』を解決したからこそである。
それに『力』を持った自分がそこに赴くのも当然と思っている。
『できるだけの力があるならできる限りのことをする』
それは、決して揺るがない祐一の信念の一つだった。
しかし、今回ばかりはどうも嫌な予感がする。
(ま・・・・的中するかどうかは、聞いてから判断するか)
機械製の扉の前に立ち、身だしなみをチェックし、
最後に一呼吸してから祐一は扉の横についたインターホンを押した。
「相沢です。ただ今戻りました」
『どうぞ、入ってください』
聞こえてきた穏やかな声は紛れもなく『彼女』のもの。
軽い電子音と共にドアのロックが解除された。
開閉スイッチを押し、扉を開けた瞬間、祐一を待っていたのは・・・・・・・
「ゆういち〜」
「ゆういちぃ!」
「・・・・・・・・・・」
スッ・・・・・・・・・
祐一は目前に迫って来る『物体』を無言で避けた。
直後、後ろの通路の壁に『何か』が、それも2つ、激突する音が聞こえる。
「うにゅ・・・・」
「あう〜・・・」
敢えて奇声の発生現場を見ずに、祐一は正面にある司令官のデスクの前に立っている女性の方へ向かう。
「相沢祐一、任務より帰還しました!」
そう言いながら、祐一は表情を整え敬礼をした。
「おかえりなさい。祐一さん」
それに対し、いつも通りの優しい笑みで北方軍中将にしてKanon司令官、水瀬秋子は応えた。
「・・・・・・・・ここじゃ、その呼び方やめましょうよ。秋子さん」
苦笑とはいえ、ようやく祐一も彼自身の持つ本来の笑みを浮かべた。
「ゆういち〜・・・ひどいよ〜」
「何するのよ、祐一!!」
後ろでは、同じく北方軍に所属する水瀬名雪、沢渡真琴が抗議の声をあげていた。
「いきなり襲い掛かってくるからだろ。反撃しなかっただけでもありがたく思え」
祐一も溜息混じりに応えるが、もう一度表情を真剣なものへと変え、秋子に問い掛けた。
「ところで司令。俺を本部に帰還させた理由は何ですか?」
本来なら、昨日はあの後2つの組織を壊滅させてから、さらに別の場所に向かう予定だった。
自分が次にこの場所に来るのはまだ数週間先のはずだ。
「その件ですが・・・・・・・全員が揃ってから話すことにしますね」
「全員って、Kanonがですか?」
「はい。今ごろ他の皆さんもこちらに向かっていますから」
「・・・・・・」
正直、祐一は驚きが隠せなかった。
Kanonが全員、本部に帰還する・・・・・それが意味するもの。
どうやら予感が的中してしまったこと・・・
さらに言うなら、今回はちょっとした厄介事ではないことを祐一は既に感じていた。
人物紹介
●相沢 祐一
所属:北方軍大佐・特殊部隊Kanonリーダー
属性:闇
戦闘:
『武神』の称号を持つ武道家の父譲りの格闘術と気功術。
技と術を並行してあらゆる距離に対応でき、気功による防御、治癒能力も備えたオールラウンダー。
元軍人にして『闘将』の称号を持つ母譲りの高い指揮能力を持つ。
その他:
本作中も一応主人公だが、軍人なので原作より少し真面目かもしれない。
Kanonでは数少ない男性隊員で、女性隊員の精神的支えとなっている。
戦闘面では万能型でほぼ完成しているが、半端じゃない潜在能力を秘めている。
謎を持たせておきたいので、詳しくは書かず。
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