サイキックフォース×魔法少女リリカルなのはSS Keith in Lyrical World


◎第3話・聖王教会へ

 私は聖王教会に仕えるシスター、シャッハ・ヌエラ。
 騎士カリムの預言に従い、アルトセイム地方に来ていた私は、幸運にも預言が指し示した思われる青年と、出会うことができました。
 その青年の名は、キース・エヴァンス。
 彼は炎に包まれた宿舎を、刹那の間に完全氷結させるほどの力の持ち主。
 それも取り残された子供達には、一切傷をつけないで。
 時間をかければ、似たような事ができる魔導師はいるでしょう。
 だがそれを、何の準備も、デバイスも無しに、刹那の間にやってのける魔導師を、私は知らない。
 例え騎士カリムの御友人、“夜天の王”八神はやてでも、同じ事ができるかどうか・・・・・。



▽―――第3話・聖王教会へ―――



 シスター・シャッハは、火災現場に救急隊が到着するのを待って、その場を離れた。
 もちろん、建物を完全氷結させた青年、キースを追うためだ。
 騎士カリムの預言にある、“巨大な力を持つ者”とは、彼のことで間違いないだろう。
 出会ってからまだ1時間と経っていない。
 話した時間は更に短い。
 だが、悪人という感じはしなかった。
 それだけでも、内心シャッハはホッとしていた。
 なにせ巨大な力を持つ者は、例えば先天的に魔導師ランクA以上や、何らかの魔力変換資質を持つ者などは、力に酔ってしまうことが多い。
 躾がなっていない子供が、ワガママなのと同じだ。
 力に酔ったあげく、犯罪者へと落ちてしまう。
 このパターンが、思いのほか多いのだ。
 そういう意味で、シャッハは少しホッとしていた。
 彼の目は、力に酔っていなかった。
 むしろ騎士カリムや、その御友人“夜天の王”八神はやてのように、己の力をしっかりと自覚して、向き合っている目だった。
 騎士カリムの傍らに立ち、多くの人を見てきた経験は、彼という人間を見抜くのに十分に役立っていた。
 が、そのシャッハにも見抜けていないことがあった。
 (むしろ見抜けていたら、シャッハの観察眼は神の領域にあるといえるだろう)
 確かにキースという青年は、世間一般で悪事に分類されることを、進んで行うような人間ではない。
 むしろ、そういうことを許せないと思うような人間だ。
 しかし彼は、決して善人ではないということだ。
 なにせ彼は、(ここではない別の世界で、仕方の無い事情があったとはいえ)悪の極致ともいえる世界征服を実行し、あまつさえ王手をかけていたのだから。
 そんなことを知る由も無いシャッハが、炎に包まれた宿舎を完全氷結させ、取り残された子供達を無傷で助け出したキースを見て、“力が強く、正義感にあふれた人間”と思ってしまったのは、無理からぬことだろう。
 
 そんな考えを持っていたシャッハは、程なくして周囲を森に囲まれた、三角屋根の二階建てログハウスを見つけ出した。
 ログハウスの正面に広がる湖が、夕日を反射して、キラキラと輝いている。
 吹き抜ける風は、僅かに髪を揺らす程度で心地よく。
 落ちる太陽の代わりに上がってきた2つの月が、夜の始まりを告げていた。
 
(―――綺麗な景色)
 
 そう思ったシャッハの耳に、澄んだ美しい旋律が聞こえてきた。
 第97管理外世界「地球」出身の者なら、すぐに気づいただろう。
 それはピアノの旋律。
 シャッハは知る由も無いが、一時期地球で暮らしていたフェイトが一目見て気に入り、買ってきたグランドピアノから奏でられている旋律だった。
 旋律に引き寄せられるようにログハウスに近づいたシャッハは、1階にある開け放たれたバルコニーの窓から、ピアノを奏でているキースの後ろ姿を見つけた。
 淀みのない旋律に、吹き抜ける心地よい風と波の音。
 いつしかシャッハは1人の観客と化し、演奏に聞き入っていた。
 そうして5分が経ち、10分が経ち、しばらく経ってから、やはり静かに、たった1人の演奏会の幕は下りた。

「―――素晴らしい演奏でした」

 と言おうとしたシャッハは、ふと後ろに気配を感じて振り返ったが、誰かなど尋ねる必要は無かった。
 黒を基調とした、執務官の制服に身を包んだ女性。
 今、聖王教会や時空管理局に関わる仕事をしていて、彼女の名前を知らなければ、モグリと言われても仕方の無い相手だ。

 ―――Sランク魔導師。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官。

 解決不可能と言われた幾つもの次元犯罪を、鮮やかな手腕で解決。
 若くして、エリート揃いの次元航行部隊の中でも、トップエースと歌われる才女。
 加えて、類稀な美貌と裏表の無い誠実な性格。
 更に言えば、名門ハラオウン家の養女でもある彼女が放つ雰囲気は、まさしく理想的なノーブル(貴族)のそれであった。
 
「ここは私の別荘です。聖王教会の方が、どんなご用件でいらっしゃったのでしょうか?」

 フェイトの最もな言葉にシャッハは、これ幸いとばかりに本題を切り出すことにした。

「お初にお目にかかります。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官。私は聖王教会に仕えるシスター、シャッハ・ヌエラという者ですが、今日ここに来たのは、貴女に用事があってのことではございません。この別荘の管理人をしているキースという青年に、用があって来ました」
「・・・・・失礼ですが、どのようなご用件でしょうか?」

 一瞬だがフェイトの雰囲気が硬くなったのを、シャッハは見逃さなかった。

「―――魔力変換資質「凍結」。それもSランク級の」

 今度はハッキリと、フェイトの表情が変わった。
 今まで浮かべていた穏やかな表情はなりを潜め、シャッハを警戒するような表情へと。

「どこでそれを?」
「数時間前、彼が能力を使って、燃え盛る建物に取り残された子供達を、無傷で救出するのを見ました」

 簡潔な答えにフェイトは、

「本当ですか?」

 とシャッハの背後に問いかけた。
 再びシャッハが振り向くと、いつのまにかキースがバルコニーに立っており、

「事実だ。時間をかけている暇は無かったので、建物自体を氷結させて子供達を救出した」

 という答えが返ってきた。
 それを聞いたフェイトは俯いて機械的に、だが悔しさや無念、そんな感情が入り混じった言葉を搾り出した。
 
「そう・・・・・ですか。―――では、貴方の能力使用の確認をもって、執務官法第48条の適用は解除されます。今後貴方の個人情報には、『魔力変換資質「凍結」』及び『デバイス無しでの、Sランク相当の能力行使者』という2つの情報が追加されます。――――――1つだけ、聞かせて下さい」

 数瞬の沈黙の後、フェイトはキースに訊ねた。

「貴方は、どんな決断をしたのですか?」
「助けられる命に、背を向けたく無かった。―――私自身のことはいいさ。必要なものは全て自分で勝ち取る。なに、一度は――――――した身だ。どうにかなるだろう。貴女がくれた、貴重な時間のおかげで」

 このやりとりを聞いていたシャッハは、自分の考えが概ね当たっていたことを確信した。
 彼は“力”に酔っている人間ではない。
 むしろフェイト執務官という、高潔で知られる人間に心配させるほど、良く出来た人なのだろうと思った。
 なにせ彼女に、執務官法第48条を適用させるほどの人間だ。
 元々「執務官法第48条 能力者保護プロフラム」は、「持っている能力が他人に知られた場合、安全な生活が送れなくなる可能性が高い者」に適用される法だ。
 この法の効力は絶大で、適用されている間はどんなに個人情報を洗っても、適用されている者に不都合な情報は一切出てこない。
 時空管理局という組織が、威信をかけてデータを改竄しているのだから。
 しかしこの法は制定された時から、犯罪の隠れ蓑に使用される可能性が高いことが指摘されていた。
 従って、時空管理局は1つの対策をとっていた。
 第48条適用者が何らかの犯罪を犯した場合、適用申請をしてきた者(この場合はフェイト執務官)を厳罰に処すという方針だ。
 キースとフェイトの場合に当てはめてみると、仮にキースが何らかの犯罪を犯してしまった場合、フェイトが今まで積み上げてきた数々の功績を差し引いても、彼女のキャリアとしての人生が確実に終わってしまうくらいだ。
 今や次元航行部隊の顔とも言えるフェイト執務官が、それほどのリスクを払ってまで48条を適用させた人間だ。
 そんな人間を聖王教会に引き入れることができれば、騎士カリムも喜んで下さるに違いない。
 そう考えたシャッハは、キースとカリムを会わせてみることにした。

「色々と事情がおありのようですが、もしよろしければ私の直接の上司、聖王教会騎士団騎士団長カリム・グラシアと会ってみる気はありませんか?」

 この言葉に驚いたのは、キースよりもフェイトの方だった。
 聖王教会騎士団騎士団長カリム・グラシア。
 通称“騎士”カリム。
 一騎当千の少数精鋭でもって知られる、教会騎士団の頂点に立つ女性。

(そんな人がなぜ?)

 それがフェイトの偽らざる思いだった。
 だが迷う彼女を他所に、キースは何でもないことのように返事を返した。

「招待されよう。しかし相手も地位のある人。私服で行くようなことはしたくない。着替える時間くらいはもらえるかな」
「それはどうぞ。私はここで待っていますので」

 返事を聞くとキースは別荘の中に戻っていった。
 が、直後からフェイトの脳裏にキースの声が響きだした。

(フェイトさん、聞こえていますか?)
(ええ、聞こえています。これは念話? いえ、テレパシーというやつですか?)

 念話とは多少異なる感覚に戸惑いながらも、フェイトは心の中で返事を返した。

(そうです。―――多少気になることがあるので、とりあえず一緒に行ってみようと思います)
(気になること?)
(“偶然”教会の人間と出会った後に、“偶然”火災が発生して、“偶然”力を持っていた一般市民がこれを消火、子供達を救出する・・・・・。そんな“偶然”、本当に信じられるとでも?)
(聖王教会を疑っているんですか!?)
(可能性の1つとして。だが今は判断材料が足りない。だから一緒に行ってみます。―――本当に“偶然”だったなら、平和的な話し合いで終わるでしょう)
(もしも、“偶然”ではなかったら?)

 一瞬だがフェイトの脳裏に、凍てついた、冷たい感情が流れてきた。

(―――さぁ? なにせこっちは切れるカードがほとんど無い。会ってみないことには)

 この白々しい返答にフェイトは、キースについて行くことを決めた。
 なにせ彼は「やる」と言ったら本当にやる人間だ。
 彼を召喚した時に流れてきた、彼の記憶。
 彼は必要なら、本当に世界征服ですら実行する人間だ。

(私も一緒に行きます!! 貴方1人を行かせたら、どんなことになるか分かりません!!)
(酷いな。私は冷静に、理性的に、穏やかな雰囲気の中で話したいと思っているのだが?)
(例えるなら右手で握手。身体の後ろに隠した左手にナイフを持ちながらでしょう?)
(何を当然のことを。初対面、それも一回も訪れたことの無い場所に招待されようというのだ。その程度の用心深さは必要だろう。――――――それに、仮に今回のことが全て“偶然”だったとして、これから会う相手が本物のカリム・グラシアだった場合、私にとっても、貴女にとっても大きなチャンスだ)
(チャンス?)
(聖王教会騎士団騎士団長にして、時空管理局理事官という要職にあるカリム・グラシア。こういう人間にパイプを作っておくと、後々色々と使えるだろう)
(そういう考え方は、嫌いです)

 フェイトの率直な思いに、キースからの思念が数瞬途絶えた。
 だが、返ってきた思念に、今度はフェイトが言葉を失った。

(―――貴女はそれでもいいでしょう。親友が、家族が、沢山の人達が支えてくれるでしょうから。だが私に、そんな人達はいない。他人の思惑に踊らされ、都合の良い道具として扱われない為には、文字通り全てを勝ち取る必要がある。その為には、どんな些細なチャンスでも逃す訳にはいかない。――――――理不尽な力で人生を捻じ曲げられるのは、もう沢山だ)

 キースは、決してフェイトのことを指して言った訳ではないだろう。
 だが彼の放った言葉は、フェイトの心に突き刺さっていた。
 他人がどれだけ「仕方が無かった」と言ってくれても、フェイト自身が、彼がこの世界で生活しなければならなくなった理由は、自分にあると考えていたから。
 確かにそうだ。
 今の彼には、人間が普通に生活していれば出来るはずの友人や、当然いるはずの家族もいない。
 生まれ育った世界ですらない。
 そんな状況に放り込んだのは―――自身の命がかかったギリギリの状況だったにせよ―――、紛れも無くフェイト自身だ。

(・・・・・そんな言い方をされたら、何も言えません。貴方から全てを奪ったのは私なんですから)
(・・・・・すまない。そういうつもりで言った訳ではないんだ)

 お互いの間に、気まずい沈黙が流れる。
 そうしてしばらくすると、フォーマルな服装に着替えたキースが玄関から出てきた。
 黒を基調とした、こちらの世界では一般的なスーツ姿だ。

「待たせてしまったかな? シスター・シャッハ」

 フェイトとのテレパスを、微塵も感じさせない堂々とした口調でキースは口を開いた。

「いいえ、そんなことはありません」
「それは良かった。ところで1つ確認したいのだが、良いだろうか?」
「なんでしょうか?」
「そこにいる私の保護担当者、フェイト執務官の同席は、認められていると思っていいだろうか? ―――まさか、保護担当者に話せないような目的で、私を連れていく訳ではないですよね?」

 シャッハの本心としては、スカウトの邪魔になりそうな人間(例え“夜天の王”八神はやての友人だとしても)の同席は認めたくないところだったが、これから連れて行く本人にこう言われてしまっては、連れて行かざるえない。
 ここでダメと言って不信感を持たれては、後々に良くない影響を出してしまうかもしれないからだ。
 焦りは禁物。今は他の組織よりも先に接触出来ただけでも良しとしよう。
 そう思ったシャッハは、

「もちろん保護担当者のフェイト執務官にも、来て頂きたいと思っています。なにせ貴方の保護担当者は彼女です。その彼女を抜きにして話を進めるなど、どれほどの言葉を用いてもスジが通りません」

 と、刹那の迷いも無かったかのように切り替えした。

「流石は聖王教会のシスター。物事を良く分かっていらっしゃる。―――と、言う訳だフェイト執務官。貴女の準備がよければ、すぐにでも案内してもらおうと思うのだが」
「この執務官の制服が私の正装です。それに貴方についての事なら、全て頭に入っていますから、いつでも大丈夫ですよ」

 フェイトが何の気負いもなくそう答えると、シャッハは「それでは行きます」と言って転送魔法を起動させた。
 目的地は、ミッドチルダ北部ベルカ自治領にある聖王教会本部。
 未来を見通すという古代ベルカ式のレアスキル、預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)を持つカリムは、余程のことが無ければ本部から動く事が出来ない。
 従って直接会ってもらうためには、どうしても本部に来てもらう必要があった。
 しかしそれは同時に、リスクも背負うことになる。
 なにせ初対面の人間を、聖王教会の重要人物に会わせようというのだ。
 フェイトという信用できる人間が保護担当者とは言え、不安は残る。
 だがシャッハは、今まで沢山の人を見てきた自分の経験や勘といったものを信じた。
 彼は、聖王教会・・・・・いや、“騎士”カリムにとって有益な人間であると。



 第2部 第4話へ続く






 




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