◎第2話・仕組まれた火災
私の名は、キース・エヴァンス。
サイキッカー集団ノア総帥。
だが、それはもう昔のこと。
何の偶然か、それとも奇跡か。
異世界に召喚されるという事故で、私はただ1人の人間として、人生をやりなおす機会を得る事ができた。
召喚された私の面倒を見てくれたのは、保護担当となったフェイト執務官。
整った容姿に、腰よりも長く伸びた金髪と、紅い瞳を持った美しい女性だ。
彼女は本来なら保護施設に送られるはずだった私を、自分が持つ別荘の管理人として雇い、一般人と変わらぬ生活を保障してくれた。
そうして3ヶ月。
少しずつ新しい生活に慣れ、これから先のことをどうするか考えていた私に、否応無く将来を決定付けてしまう出来事が降りかかった。
ミッドチルダ南部アルトセイム地方。
周囲を森に囲まれた、古いが小奇麗な宿舎を襲った原因不明の火災。
そう・・・・・あれは良く晴れた日の、午後のことだった。
▽―――第2話・仕組まれた火災―――
キースの将来を決定付けた火災は、こともあろうに、フェイト執務官の直接の上司、ザバウ筆頭執務官の陰謀から始まった。
キースを管理局にスカウトしたいザバウと、逆にスカウトさせたくないフェイト。
初めザバウは、それほど苦労する事無く、彼を管理局に迎え入れられると考えていた。
多少フェイト執務官がスカウトに難色を示したところで、どうとでもやりようはある・・・・・と。
が、
フェイト執務官は、ザバウの予想を遥かに上回る速さで、先手を打っていた。
彼女は次元漂流者となったキースの個人情報を作る際、「執務官法第48条 能力者保護プログラム」を適用していたのだ。
この法は、他人に自身が持っている能力が知れた場合、安全な生活が送れない可能性が高い者に適用される法で、この法が適用されている者の個人情報は、一部あるいは全ての項目に閲覧制限がかけられる。
具体的にどんなふうになるのかと言うと、キースの場合は第48条の適用が解除されない限り、個人情報に彼が持つ能力のことは一切出てこない。
つまり、ただの一般人と同じ扱いになるのだ。
そして同時に、管理局サイドにも守秘義務が発生するため、よほどの事情が無い限り、保護担当者以外の接触が禁じられる。
(保護担当者のみ接触が認められているのは、関係者が少ないほど秘密は保たれやすいという理由もあるが、能力を悪用されないための、いわゆる首輪という一面もあった)
実質、ザバウが直接キースをスカウトしにいくことすら、不可能にされてしまったのだ。
更に言えば、魔導師を実際に戦力として活用している管理局において、魔導師や固有能力者を護る為のこの法は、頑なに護られる風潮があり、この法が適用されている者をスカウトしようとしているのが外部に漏れれば、管理局内部で孤立する可能性すらあった。
(なにせ魔導師や固有能力者は便利屋として扱われやすい。そういう者達にしてみれば、こういう身を護るための法は決してないがしろにさせる訳にはいかないという事情があった)
「忌々しい。何を考えているフェイト執務官」
知らずに、ザバウの口からそんな言葉が漏れていた。
高ランク魔導師が足りていないのは、管理局に勤める者にとっては公然の事実。
目の前に即戦力となる・・・・・いや、それどころか魔導師にとって“天敵”といえるような力の持ち主がいるのに、スカウトしないとは・・・・・。
だが、ザバウはすぐに思考を切り替えた。
忌々しいこの第48条の適用と解除する方法は2つ。
1つは、正規の手順を踏んで適用を解除する方法。
そしてもう1つは、人前で能力を使わせて、実質適用する意味を無くさせるという方法だ。
正規の手順での解除は、まず無理だろう。
筆頭執務官の権限で押し通せば可能かもしれないが、そうした場合、彼の管理局に対する印象は最悪だろう。
それでは今後、駒として使えない。
となれば人前で能力を使わせ、第48条の適用を無効化するのがベストか。
「・・・・・確か・・・」
ザバウは空間ウィンドウを開き、ミッドチルダ南部アルトセイム地方のMAPを呼び出した。
そうして、眺めること数秒。
「・・・・・問題なさそうだな」
考え方を変えて見れば、今キースが住んでいる場所は、ある種理想的な地形だ。
豊かな自然に囲まれた別荘の管理人。
それはつまり、例え“何か”があったとしても、被害は(人も物も)最小限に抑えられるということ。
後は、彼が能力を使わざる得ないような“餌”を用意しておけばいい。
―――何か良い道具はないだろうか?
そう思い、考えを巡らせるザバウの脳裏に、閃くものがあった。
確かアルトセイム地方ではこの時期、豊かな自然を利用した林間学校が、盛んに行われていたはずだ。
自力で危険な状況を打破できない子供達が、人里離れた場所にいる・・・・・これだ。
原因不明の火災。
“偶然”その場にいた力を持った一般人が、子供達を助ける・・・・・悪くないシナリオだ。
子供達の救出の為に力を使い、それが世間に認知されれば、実質的に48条の適用を無効化できる。
問題は彼が子供達を見捨てるという可能性だが・・・・・フェイト執務官の報告書(保護担当者が提出しなければならない幾つかの書類)を見る限り、大丈夫だろう。
丁寧に書かれた報告書からは、彼の性格が良く分かる。
彼は決して、金・権力・名誉などで動く人間ではない。義理・恩義・信念、そういったもので動くタイプの人間だ。
そんな人間が、何の罪もない無力な子供達を見捨てるはずがない。
仮に助けなかったとしても、Sクラスの実力者を手に入れる為のチップとしてなら、百数十人程度の命、安いものだ。
「―――全く、優秀過ぎるというのも考え物だな、フェイト執務官。君がこんな面倒なことをしなければ、もっと簡単に事が運べたものを・・・・・」
能面のような笑みを浮かべるザバウ。
彼は、スカウトが出来るようになりさえすれば、どうとでも出来ると考えていた。
確かに、このまま行けばそうだっただろう。
だがこの企みは、思いもよらない者の介入により、ザバウの思惑から大きく外れていく事になる。
その介入者の名は、カリム・グラシア。
古代ベルカ式レアスキル「預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)」(※1)を持つ聖王教会の騎士である。
彼女は自身が持つ「預言者の著書」から、ミッドチルダ南部アルトセイム地方で何かが起きることを、そしてその場に“強大な力”を持った者が出現することを予見していた。
だからこそ彼女は、己の右腕ともいうべきシスター・シャッハに、アルトセイム地方への視察を命じていた。
「アルトセイム地方への視察ですか? 騎士カリム」
ここは聖王教会、騎士カリムの執務室。
そこでカリムの命を受けたシャッハは、「意図が分からない」とばかりに首をかしげた。
日頃からカリムの考えをよく汲み取り、細かなところまでサポートする彼女だったが、この時期にそのような事をしなければならない理由が思い当たらず、首をかしげてしまっていた。
「ええ、視察です。シスター・シャッハ。―――ですがそれは建前で、貴女にアルトセイム地方に行ってもらう本当の理由は、預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)にあります」
「預言に!?」
カリムは無言で肯き、
「曖昧な表現で申し訳ありませんが、恐らく今後一週間以内に、アルトセイム地方で天災、もしくは人災が発生するでしょう。そしてその場に、“巨大な力”を持った者が出現する可能性があります。―――貴女に頼みたいのは、何かがあった場合に被害を最小限に抑えることと、“巨大な力”を持った者が、どんな人物なのかの見極めです」
と言った。
するとシャッハは一礼し、
「分かりました、騎士カリム。非才の身ながら、全身全霊をもってその任に答えてみせます」
と答えた。
「お願いしますね、シャッハ。万が一に備えて、アルトセイム地方の教会騎士団を、貴女の命で動かせるように手配しておきます」
「ありがとうございます」
久しぶりの預言がらみの仕事に、シャッハは気を引き締めた。
今までの経験から言って、預言が絡んだ仕事には、2パターンしかない。
預言が外れて、何事も無く平穏に終わるか。
それとも預言が的中し、余計なことを考える暇が無いくらいに、忙しくなるかのどちらかしかない。
今回は、どちらだろうか?
だがどちらにしても、事前にできることは全てやっておかなくてはならない。
なにせ今までの経験から言って、預言関連の対応に失敗した場合、生半可な被害では済まないからだ。
本当なら、教会騎士団に大規模な動員をかけて、事前策を打てればいいのだが、預言全てにそんなことをしていたら、聖王教会が対応できる限界をあっという間に超えてしまう。
ゆえに、組織として動けるのは、いつだって事態が動いてからだ。
どうしても後手に回ってしまう。
だから、預言絡みの任務に要求されることはただ1つ。
いかに早く火種を捉えられるかだ。
そして可能なら火消しを、できないなら速やかに騎士団を投入させること。
それこそが、私の役割、私の役目。
シャッハはそんなことを考えながら、カリムの執務室を後にした。
そして数日後、自身のあずかり知らぬところで、事態が動き始めていることなど知らない、当のキース・エヴァンスは、管理を任されている別荘・・・・・ではなくて、アルトセイム地方のとある舗装されていない道路で、立ち往生していた。
今の彼は、黒のGパンに白いTシャツというラフな格好で、その姿はどこから見てもただの一般人だ。
「まいったな・・・・・」
キースは困り果てた顔で額に手を当てて、空を見上げていた。
良く晴れた空が、何となく恨めしい。
原因は、たった今まで乗っていた目の前の車。
足りなくなってきた日用品の買出しに、近くの街まで行った帰りである。
「―――辺境で生活するなら、車は必須だよ」
そう言って、自動車免許を取らせてくれたフェイトが買ってくれた中古車が、いきなりエンジンブローで止まってしまったのだ。
新車を買ってくれるというところを、遠慮して中古車(それも安めの)を選んだのは失敗だったか?
エンジンからはシューっという音と煙が出ていて、全く、完全に動きそうにない。
レッカー車を呼ぶにしろ、ここは街中と違い、呼べばすぐに来てくれる訳ではない。
が、それでも呼ばないことにはどうしようもない。
そう思った時、
「どうしたんですか?」
と声をかけられた。
振り返ると、実用一点張りのゴツゴツしたジープにシスターという、全く似合っていない組み合わせで、窓を開けたシスターがこちらを見ていた。
キースは知る由も無いが、アルトセイム地方に視察の名目で訪れているシスター・シャッハだ。
目的地に移動する“だけ”なら、こんな車を使う必要の無いシャッハだが、この広大な辺境で火種を見つけるためには、どうしても動き回らなくてはならず、仕方なく、こんなゴツゴツしていて優美さの欠片もない、オフロードを走れること以外まるで取り得のないこの車を使っていた。
「いえ、買い物の帰りなんですが、見ての通り、エンジンが故障してしまって、困っていたところです」
シャッハがキースの視線を追っていくと、そこにはシューっという音と煙を出して、天寿(?)を真っ当した車の姿があった。
一目で分かる。うん。完全にご臨終だ。
「もしご迷惑でなければ、レッカー車の代わりに引っ張っていきましょうか? この車、パワーだけはありますから」
「迷惑だなんてとんでもない。大助かりです。―――この先に、今学生達が泊まっている宿舎があるんですが、そこから更に1時間ほど進んだところなんです。お願いできますか? 別荘まで戻れれば、後は業者に連絡するだけですから」
「分かりました。―――あ、でも途中で宿舎に寄らせて下さい。置いていきたい荷物がありますので」
そう言って指差された後部座席には、大きくてレトロなデザインのトランクケースが、無造作に置かれていた。
「構いません。私も急いで帰らなければならない、と言う訳ではありませんから」
キースはそう言うと、トランクから牽引用のロープを取り出そうとしたが、シャッハは「いいですよ」と言って、右手の中に小さな魔方陣を展開。
すると、ジープと故障した車がオレンジ色のロープで繋がれた。
恐らく、バインド系魔法の応用だろう。
「それでは行きましょうか。―――どうぞ。あまり乗り心地の良い車ではありませんけど」
シャッハはそう言ってキースを助手席に乗せると、ゆっくりとジープをスタートさせた。
舗装されていない道だが、思っていたほどの振動はない。
少なくとも、今ジープに引かれている自分の車よりも、よっぽど快適だった。
しばらく無言で車に揺られていた2人だったが、ふとキースが思い出したように口を開いた。
「―――そういえば、お互い自己紹介がまだでしたね。私はキース・エヴァンス。この先にある別荘の管理人をしています。もし良ければ、名前を教えてもらえませんか?」
「私は聖王教会のシスター、シャッハ・ヌエラと言います。―――キースさんは、別荘の管理人だったんですか。先ほど、『別荘に戻れれば』なんて言っていましたから、てっきり自分の別荘を持てるような人。成功した青年実業家なのかと思いました」
「だっら良かったんですが、生憎とただの管理人です」
「近くにお店なんてありませんから、買い物も大変でしょう」
「確かに大変ですが、景色も綺麗だし、静かで良いところです。それを考えれば、その位の苦労は何ともありま――――――!?」
この時、突如キースの思考に飛び込んできた“声”があった。
物理的に聞こえてきた“声”ではない。
知っている人の“声”でもない。
だがこの種の声を、キースは元の世界で嫌というほど聞かされ続けてきた。
『助けて』
初めは1つだった“声”が、時を置かずに2つ、3つ、4つと瞬く間に増えていき、あっという間に数え切れないくらいの大合唱になっていった。
『暑いよう』
『誰か!!』
『助けて!!』
元の世界で、世界最高のテレパスでもあったキースが、これほど明確な意思を感じ取れない訳がない。
しかもこの“声”は、今2人が向かっている先、学生達が泊まっている宿舎がある場所から感じ取れた。
何が起きているかなど、考えるまでもない。
「シャッハさん!! 宿舎に急いで!!」
突然叫んだキースに、一瞬「え?」という顔をするシャッハだったが、直後に聞こえてきた爆発音が、彼女に事態を把握させた。
「分かりました。直接跳びますから、つかまっていて下さい」
シャッハは車を止めて外に出ると、レトロなトランクケースを肩にかけて、同じように外に出てきたキースの腕を掴んだ。
そうして自身のアームドデバイス、ヴィンデルシャフトを使用状態にし、カートリッジロード。
ガチャンという音と共に薬莢が排出され、足元にベルカ式の魔方陣が展開される。
「行きますよ!!」
そう言ってシャッハが転送魔法を起動。
直後、2人の目前に広がっていたのは、紅蓮の光景だった。
炎に包まれる宿舎。
爆発する、非常用に蓄えられていた化石燃料。
更に燃え上がる炎。
窓から手を伸ばし、助けを求める子供達。
助けに行こうと水を被り、宿舎に飛び込もうとする教師達。
魔法が使える者は、キースやシャッハから見れば、余りにも弱い力で抗っていた。
非情なまでの現実。
キースにしてみれば、この程度の炎、苦も無く消化できる程度のものだ。
だが、
だが!!!!!
ここで力を振るうということは、この場にいる者全てが、キースが力を持っているということの、生き証人になるということ。
フェイトの言葉が思い出される。
「貴方に適用される執務官法第48条は、簡単に言えば他人に“力”を知られない事によって、生活を守るというものなの。だから注意して、人前で“力”を使ったその瞬間から、貴方はただの一般人という扱いでは無くなってしまうの。―――もし使ってしまったら、デバイス無しでSランク魔導師と同等の力を行使できる能力者。という肩書きが、一生ついてまわることになる。そうなったら、管理局は元より、多くの民間企業から非合法組織までが、貴方を求めるでしょう。だから、平穏な生活が送りたいのなら、決して人前で“力”は使わないで下さい」
こう言ったフェイトは、少しやつれていたように見えた。
今、自身にかけられている制限の少なさを考えれば、彼女がどれほどの無茶をして、平穏な生活を送れるようにしてくれたのか、分かろうというものだ。
デバイス無しで、Sランク魔導師と同等の力。
実戦レベルでのAMF(厳密に言えば似たような力)展開能力。
この2つを持っていながら、私に課せられた制限は、人前で能力を使わないことだけ。
先ほどシャッハに「急いで」と言ったのは、まだ誤魔化しが効くだろう。
だが、
だが、ここで火災を消火してしまえば、もう誤魔化しは効かない。
フェイトが、それこそ身を削る思いでくれた平穏な生活。
そして私のこれからの人生を・・・・・“顔も知らない人間の命”と引き換えにするのか?
再び、フェイトの言葉が思い出される。
彼女が、念を押すように言った言葉だ。
「―――この世界で、高ランク魔導師というのは引く手数多です。Sランク魔導師ともなれば、“どんな手段を用いてでも”自勢力に取り込もうとする輩も多い。同等の“力”を持つ貴方も例外ではありません。いえ、むしろ魔導師の天敵たりえるという点から、いやな言葉ですが、貴方の価値はそれ以上と考える輩もいるでしょう。――――――だから・・・だから、平穏な生活を送りたいのなら、決して人前では“力”を振るわないで下さい。・・・・・何があっても、どんなことがあってもです」
分かっている。
分かっているさ!!
一度“力”を振るってしまえば、その後がどうなるかななど。
言われるまでも無い。
私自身が、誰よりも良く知っている。
だが、だからと言って、見捨てるのか?
確かにここで見捨てれば、私はずっと平穏な生活を送れるだろう。
人の命に背を向けたまま。
そんな生活が送りたいのか?
助けられるのに助けなかった。
そんな後悔を持った生活が望みだったのか?
本当に、それでいいのか?
違う!!
断じて違う!!
私が、私が望んだのは、ただ誰にも恥じることなく生きて行きたい。
ただ、それだけだ!!
この瞬間、キースは選んだ。
与えてもらうのではない。
自らの手で勝ち取る道を。
「キースさん、危ないから下がって!!」
隣に立っていたシャッハが、飛び散る火の粉からキースを庇うように前に出た。
そんなシャッハに、キースは後ろから訊ねた。
「シャッハさん。貴女が使える魔法で、宿舎に取り残されている人達を、全員助けられますか?」
返ってきたのは、悲痛な沈黙。
それだけで、キースには十分だった。
「分かりました。では、私が助けます」
キースは、止めようとするシャッハの横をスルリと抜けて、平然と燃え盛る宿舎に近づいていった。
1歩、また1歩と。
そして彼が、燃え盛る宿舎に直接触れ、静かに一言、
「凍れ」
と言った瞬間、その場にいた者全てが、言葉を失った。
燃え盛る業火が、炎が炎の形を保ったまま氷のオブジェと化し、柱が焼け、今にも落ちそうだった天井は氷の柱に支えられ、炎であぶられ、人を焼くほどの高温となった空気は、吐く息が白くなるほどの澄んだ空気となった。
さりとて、取り残された人達には、一切影響を与えていない。
刹那の間に、宿舎全体が凍りつき、圧倒的な静寂が周囲を包み込んだ。
その場にいる者全ての視線が、たった1人の男に集中する。
魔法が普及している世界だからこそ、今目の前で行われたことが、どれほど非常識なことなのか、その場にいる者全てが理解できた。
そんな静寂の中、彼の声はよく通った。
「教師の方々、生徒達の誘導を。―――後、シャッハさん。怖い思いをした人が多いと思いますので、少し話し相手になってあげてくれませんか? 怖い思いをした時は、誰かにすがりたいこともありますから」
ごく自然に、キースは指示を出していた。
周囲の者達も、彼の言葉で、今しなければならないことを思い出したようだ。
年配の教師が音頭を取り、皆をまとめ、シャッハは火災の恐怖に震えている人達1人1人に話しかけ、心の傷を少しでも癒そうとしている。
そんな光景を尻目に、キースはその場を後にした。
このままここにいても良かったが、それでは無用な騒ぎを起こしかねない。
今はひっそりと姿を消して、救助活動に専念させるのがいいだろう。
最も、シャッハというシスターに名乗ってしまった以上、住んでいる場所がばれるのも、時間の問題だろうが・・・・・。
第2部 第3話へ続く
※1:預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)
カリム・グラシアの所有する稀少技能。
最短で半年、最長で数年先の未来を、詩文形式で書き出した預言書の作成を行う。
二つの月の魔力がうまく揃わないと発動できないため、ページの作成は年に一度しかできない。
預言の中身は古代ベルカ語で、しかも解釈によって意味が変わることもある難解な文章に加え、
世界に起こる事件をランダムに書き出すだけで、解釈ミスも含めれば的中率や実用性は割とよく当たる占い程度、とはカリム本人の弁。
聖王教会や次元航行部隊のトップも有識者の予想情報の1つとして預言内容は目に通すが、地上部隊は事実上のトップ、レジアス・ゲイズ中将の性格柄、あまり好意的に見ていない。
(NanohaWikiより抜粋)
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル、投稿小説感想板、