Keith in Lyrical World


◎第2部・入局編 第1話・新しい世界、新しい生活

 キース・エヴァンス。
 元、サイキッカー集団ノア総帥。
 絶大な氷結能力とカリスマ性から、<氷界の帝王>と呼ばれ、迫害され続けたサイキッカー達の、救世主と言われた青年。
 しかし、それはもう過去の話。
 ロストロギア<喚ぶ者>によって、異世界に召喚された彼は、過去のしがらみから解き放たれた。
 巨大な力に捻じ曲げられた人生。
 血に染まった手。
 救世主にならざる得なかった選択肢。
 その全ては、過去のことになった。
 彼は、元の世界全てから切り離されるのと引き換えに、自分の人生を自分で選択できる、チャンスを手に入れたのだ。
 だが、力は力を引き寄せる。
 本人が望むと、望まざると。
 ことの発端は、フェイトの報告から始まった。



―――第1話・新しい世界、新しい生活―――



「―――ふむ、事件については理解した。そういう経緯なら、ロストロギアが起動されたことも、重要な文化遺産であるバルフェリア遺跡を完全に崩壊させてしまったことも、責任を問われることはないだろう。何より、“生死問わず”に指定されている犯罪魔導師を、撃破していることが大きい。それに、SランクとAAA+ランクが全力戦闘を行って、遺跡1つなら安いものだ」

 ここは時空管理局本局にある、筆頭執務官の執務室。
 本人の性格を表すかのかのように、小奇麗に整えられたこの部屋にいるのは、重厚な机の前に立つフェイト執務官と、品の良いイスに腰掛け、フェイトの報告を受けている筆頭執務官ザバウ。
 フェイトの直接の上司でもあるこの男は、報告を聞いて、そんな言葉を返してきた。
 仕方なかったとは言え、遺跡を完全崩壊させたことに罪悪感を感じていたフェイトは、内心で安堵の息を吐いた。

「報告は以上です。これで――――――」
「待ちたまえ。責任は問われないだろうが、私の話が終わった訳ではない」

 失礼します。と言って退室しようとしたフェイトだが、ザバウの言葉が彼女の足を止めた。

「君の報告にあったロストロギアに召喚されたという男、管理局にスカウトできないかね?」
「いきなりスカウトですか? まずは、この世界に慣れてもらう方が先では?」
「本来ならそれが正しいのだろうが、そうも言っていられなくなった」

 そう言ってザバウは、フェイトの前に空間ウィンドウを前に開いた。

「これは?」
「バルフェリア遺跡に最も近い観測所で観測された、君と犯罪魔導師ギルラスが交戦している時の魔力波形だ。君とギルラスの他に、もう1つUnknowと表示されているのがあるだろう。それが彼のだ。そしてこちらが、その詳細な解析データだ」

 新しく開かれたウィンドウを覗き込んだフェイトの表情が、驚愕に染まる。

「まさか!?」
「そのまさかだ 魔力変換資質「凍結」は少なくはあるが、レアというほどではない。だが、ここまで強力なものであれば話は別だ。解析データによれば、彼は−273.15℃、つまり絶対零度の凍気を自在に操れる。これがどういうことか分かるかね、フェイト執務官」
「絶対零度の凍気はほぼ全ての分子運動を停止させて、分子結合が崩壊し、あらゆる物質が塵になります。 事実上、彼の前に物理的な障壁は意味を成さない」
「そうだ。それに加えて、実戦レベルでのAMF(アンチ・マギリング・フィールド)展開能力。言ってしまえば、物理と魔力の両面を無効化できる人間だ。―――そんな人間がフリーでいるという話が、流れているとしたら?」
「まさか、本当ですか?」
「本当だ。まだ噂話の範囲を出ていないが、恐らく、どこかで情報が漏れたな。―――いや、もしかすると初めからか・・・・・でなければ、この段階でこんな噂が流れるのはおかしい」
「どういうことですか?」
「君が倒したギルラスは、背景に謎が多い。もしかしたら、サーチャータイプのパートナーが居たのかもしれない。そいつがパートナーの敵討ちのために、他の組織に情報を流して探させているのかもしれない。―――全て推測の域を出ないが、噂が流れているのは事実だ。先手をうっておくにこしたことは無いだろう」
「・・・・・分かりました。それでは、失礼します」

 そう言って退室するフェイトだったが、内心、スカウトする気は無かった。
 キースを召喚した時に流れてきた、彼の記憶。
 それを見れば、どれほど彼が望まぬ選択を強いられ続けてきたかが、良く分かる。
 そんな人間が手にした、自分が選んだ道を選べるかもしれないチャンスを、今度は管理局の都合で潰せというのか?
 
 できるはずがない!!
 
 せめて彼がこの世界に馴染み、自分が選んだ道の第一歩を踏み出すその時まで、全力で守り抜こう。
 それが彼を召喚してしまい、異世界に放り込んでしまった私ができる、唯一のこと。
 余計な横槍は、決して入れさせない。
 こうしてフェイトが通路を歩きながら、密かに決意を固めている頃、筆頭執務官の執務室では、ザバウが能面のような笑みを浮かべていた。

「甘いな。フェイト執務官。なにもこの世界に慣れるまで待つ必要などない。先に管理局という色に染め上げてしまえば、優秀な駒が1つ手に入るじゃないか」

 一方その頃、当のキース・エヴァンス本人はというと、本局内部の医療局、医務室で担当医のシャマルと話していた。
 金髪のショートボブが似合う、ほんわかしたタイプの女性だ。

「―――というわけで、検査結果は問題なし」
「それでは?」
「ええ、貴方はこの世界で何も問題なく生活できるわ。むしろこれだけ健康な人は、こっちでも珍しいくらいですよ」

 彼女が笑顔でそう告げると、キースは内心、安堵の息を吐いた。
 事前にフェイトから、「この世界で異能力は、個人の個性として認められている」という説明を受けていたとはいえ、どうしても、「難癖をつけられて、サイキックパワーのことで研究材料にされるのではないか?」という心配が拭えなかった。が、どうやらただの杞憂だったようだ。
 シャマルもそれを察したのだろう、

「貴方のことは、フェイト執務官から多少聞いています。その力のおかげで、随分辛い思いをされたみたいですね。―――でも、もう貴方に無理強いする人はいません。自分の人生を、自分の為に使っていいんですよ」

 と言ってきた。
 その瞳には、純粋に他人を心配できる優しさが見て取れる。
 きっと他の患者達にも好かれ、尊敬される良い医者なのだろう。

「ええ、これからゆっくり考えてみようと思います。自分がしたいこと、したくないこと。出来ること、出来ないことを」

 自然と、そんな言葉が出ていた。
 思えば、研究所に捕らわれたあの日から、もう2度と普通の生活なんで出来ないと思っていた。
 2度と出来ないと思っていたことが、もうすぐ出来るようになる。
 それはどれほど幸せなことなんだろうか?
 もちろん、元の世界であった人体実験や迫害のことを、忘れたわけじゃない。忘れられるわけがない。
 だがそれでも、異世界に召喚されるという偶然と奇跡で得たこのチャンスを、生かしたいと思った。

「良い答えね。生まれ故郷と色々違って、戸惑うことも多いでしょうけど、頑張って下さいね」
「はい」
「よろしい。外でフェイト執務官が待っているから、後は彼女について行って下さい。―――あ、美人だからって襲っちゃダメですよ」
「そんな言葉で取り乱したりはしません。残念でした、シャマル先生」
「意外ね。貴方みたいな子だったら、絶対ウブな反応が返ってくると思ったのに」
「患者で遊ばないで下さい。それにその手のことは、親友に大分鍛えられましたから」

 意地悪っぽく言うシャマルに、捻くれた悪ガキのような態度で返すキース。
 かつて帝王と呼ばれていた頃の彼を知る人間なら、信じられないようなフランクさだ。

「じゃぁね、頑張りなさい」

 シャマルがそう言って送り出すと、

「ええ、頑張ります」

 と返して、医務室を後にしたキースに、外で待っていたフェイトが近付いてきた。

「結果はどうだったの?」
「何も問題無いそうだ。むしろ、これだけ健康なのも珍しいと言われたよ」
「シャマル先生がそう言うなら、何も問題ないわね。―――じゃぁこれから一緒に・・・・・・・・・・」

 実のところ、この時フェイトは、とても悩んでいた。
 このまま彼を、保護施設に送っていいものだろうか?
 先のザバウ筆頭執務官の話を考えれば、そう遠くないうちに、破格の条件を持ったスカウトが押し寄せてくるだろう。
 戦闘者として見た場合、それほどまでに彼の能力は魅力的だ。
 デバイス無しで、Sランク魔導師に匹敵する力。
 実戦レベルでのAMF展開能力。
 この2つを兼ね備えた人間なんて、管理局でも何人いるか。
 そんな人間を保護施設に入れたりしたら・・・・・。
 スカウトマンにとって、行き先の無い人間ほどスカウトしやすい相手はいない。
 どれほど相手が嫌がったところで、主導権を握っているのはスカウト側だからだ。
 彼の場合、選び放題と言えば聞こえが良いかもしれないが、提示された選択肢の中からしか、選べないということでもある。
 彼自身が考え、見つけ出した道ではない。
 
 ・・・・・本当に、いいのだろうか?
 
 それに、仮に“パートナーの敵討ち”というザバウの予測が当たっていた場合、保護施設にいる他の人達にも、相当な被害が出るだろう。
 その可能性を考えれば、保護施設に入れない方が良いかもしれない。
 しかし入れないとしたら、彼はどうやってこの先、生活していけば良いのだろうか?
 
 ・・・・・・・・・・生活?
 
 ふとした考えが脳裏をよぎる。
 今必要なのは、キース自身がこれから先のことを、ゆっくり考えられる環境。(管理局も含めた)スカウト達が手出ししづらい環境。仮に敵討ちが来たとしても、周囲に被害が出ない環境。
 この3つの条件を満たすものが・・・・・あった。
 この前買ったばかりの、大自然に囲まれた別荘。
 あそこなら、全ての条件を満たしている。
 管理人として雇えば、色々と考えられる時間も多いだろう。
 私というバックがあれば、(管理局も含めた)スカウト達も、そうそう来ないだろう。
 周囲に民家も無いから、敵討ちが来たとしても、被害は最小限ですむ。
 後は、彼の生活能力だけれど、召喚された時に、「私の記憶が流れてきた」とも言っていた。
 なら、もしかして可能ではないだろうか?
 あまり他人に聞かれたくない話なので、フェイトは念話でキースに訊ねた。

(一緒に行く前に、1つ聞いて良いですか?)
(構わないがテレパス・・・いや、これが念話か? そんなものを使うところを見ると、聞かれたくない話か)
(もちろんです。―――単刀直入に聞きます。私の記憶、どこまで貴方に流れましたか?)
(・・・・・PT事件、闇の書事件については概ね。後は・・・・・この世界で生活できる程度の基礎知識かな? 知らないはずの物が記憶にある。私のいた世界に、天井が消えてオープンカーになる車などなかったし、ドライバースーツの代わりになる、オートバリアという便利なものもなかった。―――ところで逆に聞くが、私の記憶はどこまで貴女に流れた?)
(貴方が元の世界で、エヴァンス財閥唯一の跡取りであったこと、留学して1人暮らしをしていたこと、留学中に親友と出会ったこと、そして軍に捕らえられたこと、後は他人が語って良いことではないでしょう)
(そうか。私の過去は筒抜けか。で、突然記憶の話をして、どうしたんだ?)
(初めは保護施設で、この世界の生活に慣れてもらおうと思ったんですけど、召喚された時貴方は、「私の記憶が流れてきた」と言ったでしょう。だからもしかして、保護施設に行くまでもないのかと思ったんですよ)
(なるほど。それで結果は?)
(貴方さえ良ければ、私が持っている別荘の管理人として雇おうと思います。豊かな自然に囲まれた、良い所ですよ)
(断る理由はないな。保護施設なんていう窮屈なところより、余程良い)
(決まりですね。それでは―――)

 フェイトは念話を切り、普通に話し出した。

「これから一緒に、転送ポートで地上に降りますから、ついてきて下さい」
「わかった。異世界の地上か、どんなところなのか楽しみだ」
「きっと、気に入ると思いますよ」

 そうして転送ポートで向かった先は、ミッドチルダ南部のアルトセイム地方。
 ミッドチルダの中では辺境とされており、豊かな自然が残る地域でもあると同時に、フェイトの出身地でもある地方だ。
 そんな中に建てられた別荘は、地球でもよくある、三角屋根の二階建てログハウス。
 ログハウスの背後では、豊かな緑を茂らせている山々が、広大なパノラマを作り出している。
 反対の前側には、辛うじて対岸が見える湖があり、こちらの風景も格別のものがあった。
 雲1つ無い青空の日差しは丁度良く、優しく吹いた風が、来訪者を歓迎しているようだった。

「ここが、私の別荘です」
「立派なものだ。景色も良い。やはり“知っている”のと、“直接見る”のとでは、随分違うものだな」
「そんなに違いますか?」
「・・・・・召喚された時に流れてきた貴女の記憶は、例えるなら、辞書や資料といったものだ。ある程度の情報は、召喚された際にロストロギア<喚ぶ者>が、精密なイメージで見せてくれたようだが、それ以上のことは、意識して思い出そうとしなければ分からない。それに思い出したとしても、自分の記憶のように現実感のあるものではなくて、写真付きの紹介文を読んだ。そんなイメージだ。―――貴女は違うのか?」
「いいえ。私も同じです。―――と、この話はこれ位にして、細かい話もしなければなりませんから、貴方の住居兼職場に入りましょうか」

 そう言ってフェイトは鍵を開け、キースを別荘に招きいれた。
 この時キースは、信じていた。
 もしかしたら、普通の平穏な暮らしができるかもしれないと。
 2度と手に入らないと思っていた暮らしができるかもしれないと。
 しかしそれがただの幻想であると知る日は、少しずつ近づいていた。
 キース自身ではどうしようもないところから、確実に・・・・・。


 




作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。