Keith in Lyrical World


◎第1部第3話・そして始まる新しい人生
 
「―――なるほど、概ね現状は理解した。まさか、本当に異世界だとは・・・・・」

 ギルラスを倒した後、フェイトから事の事情を説明されたキースは、「信じられない」といった表情をしながらも、彼女の話を信じることにした。
 普通は、いきなり「魔法」や「次元世界」といった言葉が出てくれば疑うのだろうが、幸い召喚された時に流れてきたフェイトの記憶が、彼女の説明が本当であることを告げていた。
 だがここが異世界と分かった以上、早急に元の世界に帰らなければならない。
 私には、導かねばならない同志達がいるのだから。
 
「フェイト執務官。 丁寧な説明に感謝する。だがそろそろ私を、元の世界に帰してくれないだろうか」

 刹那の間、フェイトは迷った。
 執務官として考えるなら、勝手にロストロギアを起動させるなど論外だ。
 しかし召喚の時に流れてきたキースの記憶が、それを否定させる。
 もし彼が帰らなかった場合、数多のサイキッカーが、無実の罪で捕らえられ、権力者にとって都合のいいように使われ、使い捨てられていくのが分かってしまったからだ。
 こちらの都合で一方的に召喚したあげく、元の世界で助けられるはずだった人達が死んでしまうというは、フェイトには耐えられなかった。
 
「・・・・・そうですね、貴方は別の世界の住人。やらなければならないことが、あるんですね」

 幸い、フェイトとロストロギア<喚ぶ者>とのリンクは、まだ続いている。
 彼女は一言、告げるだけで良かった。
 
「<喚ぶ者>よ、送還プログラム起動。<氷界の帝王>を元の世界へ」
 
 だが、
 
「―――了解。送還プログラム起動・・・・・・・・・・エラー」

 不吉な言葉が、バルフェリア遺跡最奥の間に響き渡った。
 
 
 
―――第3話・そして始まる新しい人生―――
 
 
 
「<喚ぶ者>、どういうこと?」
 
 フェイトは、全く考えていなかった事態に戸惑うが、<喚ぶ者>は淡々と答えた。
 
「―――送還プログラム制御回路に、重大な欠損がある」
「どういうこと? 本体は無傷のはずだけど・・・・・」

 そう言ってフェイトは、最奥の間中央の床に埋め込まれている、握り拳ほどの大きさの青い宝玉を見たが、特に傷ついているようには見えなかった。
 先の戦闘で、内部構造にダメージを与えてしまったのだろうか?

  「―――確かに我が身は無事だ。が、送還プログラムを走らせる回路、汝が迷宮と呼んでいる部分に重大な欠損がある」
「迷宮と呼んでいる部分って、まさか!?」
「―――今汝が考えた通り、あれは迷宮ではなく、魔法式を走らせるための回路。先の戦闘で、送還プログラムを走らせるための回路が、最下層から最上層まで全て撃ち抜かれ、完全に使用不能となっている。召喚プログラムにしてもほぼ同様だ。進入時の戦闘と、<氷界の帝王>召喚時の負荷で、崩壊が始まっている。このままなら、それほど時をおかずして、我が身を構成する回路全てが崩壊を始めるだろう」
「それって、つまり・・・・・」

 フェイトが何かを言う前に、不気味な振動が遺跡に響き始め、それは加速度的に大きくなり出していた。
 
「キースさん!! 脱出します。ついて来て下さい」
「分かった」

 フェイトは床から青い宝玉を抜き取ると、飛行魔法で縦穴から脱出しようとした。
 だが、身体はその意思を裏切り、カクンとその場に、片膝をついてしまう。
 
「え・・・」

 一瞬フェイトは、「まさか」といった表情をしたが、それはどうしようもない現実だった。
 身体に力が入らない。
 人並み以上の精神力で、平静を装っていたフェイトだが、彼女の体力・精神・魔力は既に限界だった。
 なにせ魔導師ランクAAA+の犯罪魔導師ギルラスとの戦闘。そしてロストロギアの起動。
 並みの魔導師であれば、とっくに死んでいてもおかしくない程、体力も、精神も、魔力を消費していたのだ。
 むしろ、ここまで平然と行動出来していたフェイトの方こそ、規格外と言うべきだろう。
 そんなフェイトに気づいたキースが、足を止めて戻ってきた。
 
「どうした? 傷が痛むのか?」
「私にかまわず、早く外へ」

 フェイトは極力平静を装って言ったつもりだったが、逆に相手を心配させただけだったようだ。
 キースは有無を言わさずフェイトを抱きかかえると、縦穴に向かって飛びだっていく。
 
「ちょっと・・・」
「喋るな。舌をかむぞ」

 遺跡が崩壊を始め、頭上から巨大な岩が次々と落ちてくるが、キースは確実に、そして最小限の動きでそれらを避わしていく。
 キースの腕に抱かれながら、フェイトは彼の飛び方を、戦闘者としての目で見ていた。
 上手い。
 最高速や加速力では、圧倒的に勝っていると確信できるフェイトだったが、飛び方で言うなら彼に軍配が上がるだろう。
 とにかく機動に無駄がない。
 親友のいる時空管理局最強の戦闘集団、戦技教導隊でもこれほど上手く飛べる魔導師は、何人いるだろうか?
 そんなことを考えている間に、フェイトはキースに抱き抱えられたまま縦穴を抜け、崩れ落ちようとしているバルフェリア遺跡の上空に出ていた。
 
「あ、ありがとう。助かりました」
「気にする必要はない。助けられるから助けた。それだけだ」
「それでも・・・」

 まだ何かを言おうとするフェイトの言葉を遮り、キースは口を開いた。
 
「<喚ぶ者>と言ったか、私の問いに答えてもらおう」
「―――答えられることであれば」

 フェイトが持っている青い宝玉から、男性とも女性ともとれる、中性的な声が返ってきた。

「単刀直入に聞こう、私は帰れるのか?」
「―――不可能だ。そもそも我が身を構成する・・・・・」

 <喚ぶ者>は簡潔に答え、理由を話し出した。
 分かりやすく例えれば、青い宝玉はパソコンのCPU、迷宮と思われていた部分(実際は魔法式を走らせるための回路)は、パソコンのマザーボード。
 幾らCPUが無事でも、それを乗せるマザーボードが壊れてしまっていては、どうしようもない。
 当然、このマザーボードに予備などあるはずが無かった。
 
「・・・・・つまり、私は2度と元の世界に帰れないということか? <喚ぶ者>よ」
「―――その通りだ。汝を召喚した世界の次元座標も、迷宮側が保持していた情報だ。ゆえに迷宮が崩壊した今、その情報も失われた」
「そう・・・・・か。帰れないのか。」

 この時、キースの表情はほとんど変わらなかったが、フェイトには彼の今の心情が、痛いほど理解できた。
 自身の全てをかけて成そうとしていることが、自分自身ではどうしようもない理不尽な力や思いで、突き崩される。
 あの喪失感は、味わった人間にしか分からないだろう。
 召喚した時に流れてきた彼の記憶を見れば、彼がどれほど同志達を救うために、心血を注いでいたかは良く分かる。
 それが、突然無くなってしまったのだ。
 その喪失感は、一体どれほどのものだろうか?
 まして彼にとってこの世界は、帰るべき家も、親友も、思いを寄せてくれる人も、何も無い世界だ。
 そしてそんな世界に、キース・エヴァンスという人間を放り込んでしまったのは・・・・・私。
 気づけば、彼に謝っていた。
 
「ごめんなさい。私がもっとちゃんと出来ていれば、こんな事には」
「・・・・・謝られても困る。悪意があって、やったわけではないだろう」
「でも!!」
「謝られたところで、元の世界には帰れない」

 感情を押し殺したキースの言葉と視線。
 歴戦の戦士ですら、震え上がるそれを受けながらも、フェイトは怯むことなく言葉を続けた。
 
「確かに、もう帰れないかもしれない。助けられるはずだった人達を、助けられなくなったかもしれない。でもそれだけに囚われないで。貴方は生きているんだから」
「知ったようなことを、お前に私の何が分かるという」

 キースの感情を押し殺した声に、冷たいものが混じり始めた。

「分かるわ!! 召喚した時に貴方の記憶が流れてきたもの。15歳まで平穏に暮らしていたこと。それから軍に捕らわれて人体実験をされたこと。幾多の犠牲の末に、そこから脱出してノアという組織を作り上げたこと。狂気と復讐と憎悪を、サイキッカーの理想郷という大義名分で覆い隠して、世界を変えようとしたこと。そしてそれを唯一の親友に止められたこと全部!!」
「ッッ!!!!!!!」

 誰にも、唯一の親友にすら話した事のない、心の奥底まで言い当てられたキースは、驚愕の表情でフェイトを見つめ返し、静かに口を開いた。
 
「・・・・・召喚された時、私にも君の記憶が流れてきた。君ならば分かるだろう? 人のエゴが、どれほど容易く他者の人生を捻じ曲げるか。私に、人生を狂わされた同志達のことを、忘れろというのか」
「そんな事言ってないわ!! 他者に人生を狂わされる悲しみが、痛みが許せなくて、貴方は世界を変えようとしたんでしょう? なら、それは忘れてはいけないこと。それを忘れない限り、人に優しくできるから。―――ただ、戻れない過去にだけ目を向けて、貴方自身の未来を閉ざさないで」
「戻れない過去・・・・・か。元の世界に帰ることが出来ない以上、どうしようもないのだな」

 うつむいたキースの独白。
 そしてフェイトは、言ってしまってから、どれほどキースの心の中に、踏み込んでしまったのかに気づいた。
 親友にすら話していないことを、会ったばかりの人間に言われるというのは、控えめに言っても、決して気分の良いものではないだろう。

「ごめんなさい。貴方を召喚してしまった私が、言えた言葉では無いのだけれど」
「いや、君の言葉は正しい。決して忘れることは出来ないが、もう帰れないなら、新しい世界で前を向いて、生きて行くほかないだろう」

 キースはそう言ってフェイトに微笑むと、「ありがとう」と言った。
 不意打ちで見せられた微笑みに、一瞬見とれてしまったフェイトは、照れ隠しのように、
 
「そ、そう言えば、ちゃんとした自己紹介は、まだでしたね」
 
 と言った。

「それもそうだな。私の名はキース。キース・エヴァンス」
「私の名前はフェイト。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。時空管理局執務官です」
 
 こうして元サイキッカー集団ノア総帥、キース・エヴァンスは新しい世界で、新しい人生を歩み始めることになった。
 振り返れば、決して忘れられない血塗られた過去がある。
 だがここに、過去のしがらみは無い。
 あるのは未来への道。
 彼は、元の世界全てから切り離されるのと引き換えに、自分の人生を自分で選択できる、チャンスを手に入れたのだ。
 
 




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