サイキックフォース×魔法少女リリカルなのはSS Keith in Lyrical World


 機動六課設立における最大の障害、それは“陸”の説得だった。
 いかに指揮系統上は“陸”に組み込まれるとは言え、予定されている中枢メンバーは“閃光”、“夜天の王”、“エース・オブ・エース”の3人。
 いずれも“海”での要職を務めるハラオウン家と繋がりが深いばかりか、聖王教会との強力なパイプを持つ者までいる。
 つまり機動六課の設立を認めるということは、“海”と聖王教会の全面的なバックアップを受けた部隊を抱え込むのと同義。
 “陸”の連中にしてみれば、何をされるのか分かったものではない。
 ゆえに両者を毛嫌いする“陸”は、“どんな手段を使ってでも”機動六課の設立を防ぐ気であった。
 逆に“海”は、来たるべき預言の日に備えて、なんとしてでも地上で動ける部隊が欲しかった。
 そんな思惑がぶつかり合う中、1つの事件が起きる。
 任務を終え帰還中の次元航行艦が、突如として発生した次元震により損傷。
 とある管理世界に墜落したのだ。
 幸い大破こそしなかったものの、艦は飛行不可能になる程のダメージを受け、クルー達も極少数の例外を除き、皆一様に傷ついていた。
 だが、これだけならば良かったのだ。
 艦が飛行不可能となっても、クルー達が傷ついていようとも、救援に向かえる場所ならば。
 なぜなら墜落した管理世界は、管理局内部では“火薬庫”と呼ばれ、1歩間違えば全面戦争という極めて危険な情勢下にある世界だったからだ。
 そんな世界にエリート部隊として名高い、本局次元航行部隊が降りてきたらどうだろうか?
 当然、こんな考えが脳裏をよぎるだろう。
 
「事故を装った、管理局の何らかの作戦では?」
 
 それが事実かどうかなんて大事なことじゃない。
 問題なのは、そう考えられても不思議じゃない程、ギリギリの緊張下にあったということだ。
 張り詰められた糸は、容易く切れる。
 管理局と第88管理世界は、まさしくそのような状態だった。
 そこに次元航行部隊という衝撃が加われば、どうなるかなど考えるまでも、語るまでもない。
 更に言えば、悪い事というのは重なるものである。
 部隊が墜落した場所は、第88管理世界の中でも強硬派―――管理局に対する開戦派と言い換えてもいい―――と呼ばれる者達の勢力圏内。
 文字通り、孤立無援の状況だった。
 このような状況から、後に“祈りの日”と呼ばれる事件の幕が上がる。
 そしてこの事件こそ、機動六課設立の最後の一押しになることは、まだ誰も知らない。
 
 
 
▽―――第3部・機動六課設立編 第1話・孤立無援―――
 
 
 
「――――――以上が、我が艦シュプラキュールを取り囲んでいる状況だ」
 
 次元航行艦シュプラキュールの会議室において、艦長が静かに現状を語り終えた。
 話を聞いた部下達の表情は、皆一様に沈んでしまっている。
 だが、それも無理の無いことだろう。
 
 ―――墜ちた場所は敵勢力圏内。
 
 ―――飛行不可能となった艦。
 
 ―――傷ついたクルー達。
 
 ―――望めない救援。
 
 ここまで揃えば、誰しも絶望の二文字が脳裏をよぎるだろう。
 だがその中でたった1人、いつもと変わらぬ表情を浮かべている者がいた。
 先日、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官の元に配属された、キース・エヴァンス執務補佐官だ。
 この艦に配属されて日が浅い彼の事を、良く知っている者は、フェイト執務官以外にはまだいない。
 ゆえにクルー達はこの非常時において、彼の事を全く気に留めていなかった。(そんな余裕が無かったとも言えるが・・・・・)
 従ってクルー達の視線は、この艦の最高責任者たる艦長と、最高の実力者たるフェイト執務官に向かうのだが、そのフェイトの視線が末席に座るキースを捉えている。
 それに気づいた他のクルー達が、1人2人とキースに視線を向けていき、全員の視線が集中したところで、初めて彼が口を開いた。
 
「――――――艦長が仰るとおり、状況は決して良くない。だが最悪ではない」
「最悪でない・・・・・とは?」

 クルーの1人が恐る恐る口を開くと、キースは皆の前に空間ウィンドウを展開させ、周辺MAPを表示させた。
 
「それは我々が墜落した場所が、敵勢力圏内での唯一の空白地帯、赤竜の群生地域であったことだ。――――――まずは良く考えて欲しい。この状況下における最悪とはなんだ? それは我々が、第88管理世界統一政府になす術も無く捕らえられ、管理局との交渉において、ただの手札として扱われることだ。だが赤竜の群生地域に墜落したおかげで、この世界の政府は直接的な威力行使をできない。群生地域を突破してくるなら、精鋭部隊であろうとも相応の被害を覚悟しなければならないし、直接転移はこの艦の防御フィールドで弾かれてしまう。つまり赤竜は城壁であり、この艦は城と考えられないかな?」
 
 確かにMAPに表示されているシュプラキュールの現在位置は、赤竜群生地域の奥の方。
 陸路・空路のどちらを選ぼうとも、相当の練度を持つ部隊でなければ、たどり着くことすら適わないであろう場所だ。
 今度は別のクルーが口を開いた。
 
「上手いことを言う。だが城に篭っているだけでは、この状況を打開することはできないぞ? 先程艦長が言われた通り、次元航行艦としては、この艦は死んだも同然なのだからな」
 
 主だったところで言えば、飛行能力・次元航行能力・次元間通信能力の喪失。転送ポートは墜落の衝撃で、ハードウェアごと完全にクラッシュ。転送ポートを使って外―――別の世界も含む―――と直接連絡を取るという手段も使えなくなっていた。加えて言えばこの第88管理世界からは、個人レベルの次元転送魔法が届く距離に世界がない。
 墜落する前に辛うじてSOS信号は出せたものの、政治的状況を考えれば、すぐに救援が来ると考える方がどうかしているだろう。
 つまり、次元航行艦シュプラキュールのクルー一同は、完全に味方との連絡も絶たれ、救援すらも望めない状況下に置かれているということだった。
 
「確かに、城に篭っているだけでは何もできない。篭城とは、援軍がある場合にのみ効果を表す作戦だからな。従って、我々は独力で現状を打破し、帰還する必要がある」
「そんなこと!!」

 当たり前のことを突きつけられ、誰かが吐き捨てるように言った。
 だがキースは気にする様子もなく、続く言葉を口にする。
 
「では、現状を打破する為にはどうしたらいい? 我々が助かる為に必要な手段はなんだ? 準備にかかる時間は? 予測される障害は? 落ち込むことなど誰でもできる。素人なら、この状況で落ち込むのも仕方がないだろう。だが君達は何だ? “海”が誇る精鋭だろう。ならば、素人と同じ対応など許されない。無事帰還する為に、持てる知識と知恵を総動員するべきだろう」
「理想論はやめてくれ!! それとも何か? そこまで言うからには、もう考えてあるのか? 俺達が無事帰還できる方法を!! この状況である訳ないだろう!!」
 
 悲痛な叫びが、会議室に響き渡る。
 今話したクルーの言葉は、少なからず誰しもが心の中に持っていることだろう。
 だがこの程度の絶望、キースには見慣れたものだ。
 元いた世界でサイキッカー集団ノアを立ち上げた当初の状況は、もっと、これよりも更に更に悪かった。
 なぜなら彼はサイキックパワーを持っているだけの、訓練を受けたも無い、ただの一般人(義勇兵)すらも使わなければ生き残れなかったからだ。
 もちろん一般人(義勇兵)の使い捨てなど許されない。
 生き残らせ、経験を積ませ、また次の時に活躍してもらう。
 数で劣るサイキッカーが同胞を使い捨てたりしたら、瞬く間に戦力差・物量差で圧倒されてしまう。
 そんな経験をしたキースにとって、この状況は、絶望には程遠い。
 幾らでも手は打てる。
 ゆえに彼は冷静であった。
 
「ある。が、夢物語のように一瞬で帰還できるという訳ではない。むしろクルー達の実力が問われる、長期戦となる策でだが」
 
 キースがこう断言すると、会議室の中にざわめきが起きはじめ、皆が次の言葉に耳を傾ける。
 
「現状において第88管理世界統一政府と、交渉で事態の解決を図るという手段が、現実的でないということは皆承知の通りだ。従って私が提案するのは、転送ポートを修理しての脱出となる。むろん、艦内にある物資だけでは、完全に修理できないことは承知している。――――――従って、足りない部品は外部から、つまりこの世界から調達する」
 
 キースの言葉に驚きを隠せないクルー達だが、当然の反応とも言える。
 敵地での物資調達がどれほど難しいか、それを知らない者などいないのだから。
 
「確かに現実的な手段だが、同時に最も無謀な手段だ。今この艦が、どれほど厳重な監視下に置かれているか、知らない訳ではないだろう。この艦から1歩でも外に出ようものなら、確実にこの世界の魔導師、あるいは監視機器にマークされることになる。そんな状況で、どのように動く気だ? この問題が解決出来なければ、どんな策も机上の空論と変わらないのだぞ」
 
 艦長が口を挟むが、キースは「問題点の指摘をありがとうございます」と言って更に続けた。
 
「今艦長が指摘された問題は、私とフェイト執務官がいれば回避できる。――――――皆さん既に知っていると思いますが、執務官という仕事は単独任務も多いため、隠密系魔法に優れる。フェイト執務官も例外ではない。確か複数人への同時展開もできましたよね?」
「それは問題無いけど、それだけじゃ監視網を抜ける前に必ず見つかってしまうわ。何か援護がないと」
 
 分かりきっていたフェイトの答えに、キースは続き、自分の役割を口にした。
 
「そこで、私の出番となる。――――――赤竜の群れをテレパスで・・・・・失礼、精神感応と言った方が分かり易いかな? で、暴走させる。巨大な魔力発生体たる赤竜の群れが暴走して、処構わず魔力を撒き散らせば、魔力的な監視はほぼ完全に無効化できるだろう。残るは純粋に機械的な監視と人による監視だが、赤竜の群生地に設置できる程度のものなら、隠密魔法で対処可能な範囲だ。相手側の魔法的な監視を全て潰せるなら、大丈夫だろう? フェイト執務官」
「やれるわ。でも大丈夫なの?」
 
 この時、他のクルーにとってフェイトの言葉は、
 
「本当に赤竜を暴走させるなんてことが出来るのか?」
 
 という意味に聞こえただろう。
 だが実際は違う。
 フェイトは赤竜を暴走させると言ったキースの言葉を、微塵も疑っていなかった。
 彼ならば、間違いなくできる。
 なぜならキースのテレパシー能力が、正しく“人外”の領域にあることを知っていたから。
 元の世界において“世界最高クラス”ではなく、“紛れも無い世界最高の、他者の追随すら許さない隔絶した”テレパシー能力者という事を知っていたから。
 <氷界の帝王>という2つ名から、彼の最大の能力は氷結能力だと思われがちだが、実際は違う。
 炎、雷、重力、風、光、時、種類こそ違えど、同ランクの実力者は他にもいた。
 だがキースだけが、帝王と呼ばれた。
 それはなぜか?
 答えが、この絶大なテレパシー能力だ。
 遠隔地の仲間に、別の仲間の声を届け、励まし、指示を出していく。
 キースがいる限り、孤独の二文字はありえない。
 常に仲間の声を聞く事ができる。
 迫害されていたサイキッカー達にとって、これがどれほどの希望となったかは想像に難くないだろう。
 そしてキースは、この絶大なテレパシー能力を使って、同じ特A級サイキッカーの激烈な破壊衝動に理性の蓋を被せ――― 一時的にとはいえ―――封じていた事があった。
 今回やろうとしているのは、逆のこと。
 赤竜の理性の蓋をこじ開け、無理矢理暴走状態に陥れる。
 何も難しい事はない。
 惑星圏内でブラックホールを出現させるような、狂気に狂った特A級サイキッカーの精神を封じることに比べれば、“たかが竜の群れを暴走させる程度”、どうとでもできるだろう。
 だからフェイトが心配したのは全く別のこと。
 先の問いの本質は、
 
「竜の精神防壁を突破できるような精神系スキルの使い手であること、知らせてしまって良いの?」
 
 というものだ。
 キース自身が誰よりも一番良く分かっていることだろうが、この能力は容易く他人の嫉妬と恐怖を買う。
 魔法にも同じように、言葉を使わずに話ができる<念話>というものがあるが、キースのテレパシー能力は似て非なるものだ。
 なぜなら<念話>は、言葉を使わないだけのコミュニケーションだが、キースのテレパシーは精神への直接アクセス。
 つまりやろうと思えば、心の奥底に隠している本音を覗き見ることすら出来てしまう。
 今回は赤竜を暴走させる“だけ”だから、すぐに能力の全容が知れることはないだろう。
 だが竜という強靭な精神力を持つ生物を暴走に追い込める、精神系スキルの使い手ということは知られてしまう。
 いつかは、能力の全容が知られてしまうだろう。
 そうなった時、キースはどうなるのだろうか・・・・・?
 彼のテレパシー能力は、欲望に塗れた権力者にとって、危険極まりないものなのだから。
 だがフェイトの心配を他所にキースは、
 
「何も問題はない。――――――知っているはずだろう? フェイト執務官」
「そう・・・・・ね。愚問だったわね」
 
 一切迷いが感じられない答えにフェイトは、彼が既に覚悟を決めていることを悟り、“出来て当然のこと”という答えは返した。
 2人のこの、“失敗などありえない”という態度に、他のクルーが俄かに活気づき始める。
 キースの目論見通りに。
 そうして“転送ポートを修理して脱出”という方向性が示されれば、流石は“海”が誇る精鋭達。
 瞬く間に作戦が練り上げられ、修正され、形になっていく。
 そうして墜落から24時間後、1つの作戦が出来上がった。
 
 ――――――作戦名:希望への道
 
 フェイト執務官、キース執務補佐官と志願者10名で構成された少数精鋭部隊による、この第88管理世界での物資補充作戦。
 艦内の状況から―――主に食料面で―――作戦行動期間は最長で2ヶ月。転送ポートの修理に必要な部品は再調査の結果、構成部品の約半数。残り半数は修理及び、メカニック達の自作パーツでカバーするというものだ。
 無論、言葉で言うほど生易しい作戦ではない。
 まず居残り組には、
 
 ―――艦長には、こちら側を揺さぶろうとしてくる第88管理世界の交渉人との舌戦が、
 
 ―――武装局員には、気まぐれにこの艦を攻撃してくる赤竜の撃退が、
 
 ―――メカニック達には、脱出の要たる転送ポートの修理が、
 
 ―――オペレーター達には、ハッキングに対する対応が、
 
 それぞれ待っている。
 そして潜入組には、
 
 ―――決して敵に気取られずに部品を調達し、この艦に持ち帰る。
 
 という最重要任務が課せられている。
 当然、全てのクルーの命運がかかっている潜入組の作戦会議で、最も紛糾したのは、物資の調達方法とその場所についてだ。
 当初はSランク魔導師もいることから、「適当な場所を襲撃して必要物資を確保する」という意見もあったが、―――倫理観や事の善悪は別として―――1回の襲撃で物資を確保できる可能性が低いこと、そして襲撃を繰り返し、こちらの行動が露見した場合のリスクが高すぎること等々の理由で、別の案が採用されることになった。
 それは社会の闇に潜伏し、闇ルートを使って部品を調達するというもの。
 グレーゾーンどころか、完全に完璧にブラックゾーンもいいところの作戦だ。
 普通なら許可なんて下りるはずがないし、表側を歩く管理局員にとっては、あるまじき作戦だったかもしれない。
 が、今は非常事態。
 そんな悠長なことを言ってられる理由はどこにも無かった。
 こうして潜入組の行動方針が決まると、今度は「何処で?」という問題が浮上してくるが、キースはこの問題に対して、既に回答を用意していた。
 
「私が潜伏場所に選ぶのは、『魔都フィルシア』」
 
 会議室の中にざわめきが走った。
 クルー達の記憶が確かなら、その都市は!?
 
「そう。この第88管理世界で最も危険で、最も甘く、そして最も法の統治が及ばぬ場所。大量の人と金が動き、尚且つ巨大なスラムもある。余所者が紛れ込むには最適の場所ではないかな? ――――――それに地理的な理由もある」
 
 全員の前に空間ウィンドウが展開、シュプラキュールが墜落した場所周辺が表示される。
 
「単純な直線距離で考えた場合、フィルシアよりも近い都市は幾つかあるが、アクセス経路は全て陸路。しかも見晴らしの良い平原を通らなければならない。こんな場所を通ろうとすれば、幾らフェイト執務官の隠密魔法が優れていても、12名という少数とはいえ、ほぼ確実に見つかってしまうだろう。だが――――――」
 
 地図が縮小され、より広大な範囲が表示される。
 
「これらの都市と反対側に向かった場合、赤竜の群生地域を抜けるとすぐに海に出ることができる。そしてフェルシアは港を持つ都市だ。港から都市に侵入、スラム街に潜伏する。これなら発見される確立を極小に抑えることができると思うが、どうだろうか?」
 
 キースのプランに全員が黙り込む。
 賛成した訳ではない。
 必死になって考えているのだ。
 このプランの穴は? 弱点は? 問題点は?
 何か1つでも見落とせば、それはクルー全員の命運に直結する。
 そうしてしばらくすると、クルーの1人が挙手、発言を求めた。
 
「―――確かに、他の都市に向かうよりも成功率は高そうだ。だが賛成する前に海を移動する手段と、潜伏後のプランを提示してもらいたい。『潜伏したは良いが、何も出来ませんでした』では笑い話にもならないからな」
「そうだな。ではまず、海での移動手段だが、これはとても単純な手段を使う。私の能力で“氷の殻”を作り海中を潜航。更にフェイト執務官に隠密魔法を施してもらう。これにより陸路で他の都市を目指すよりも、相当に労力を軽減できるはずだ。そして潜伏後のプランだが――――――」
 
 キースの声に、冷徹な意思が混じる。
 味方を生き残らせる為に、他の犠牲を厭わない冷徹な意思が。
 
「確か本拠地を突き止めていながら、政治的な問題で手出し出来ないでいた犯罪組織が、フィルシアには幾つかあったな? それを強襲・殲滅し、暗黒街の勢力図をまるごと塗り替え、拠点を確保する。――――――Sランク魔導師1人、S級能力者1人、武装局員10名。これだけの戦力があるならこの程度のこと、出来ない方がおかしいだろう」
 
 このプランは先に却下された、「適当な場所を襲撃して必要物資を確保する」というものとは根本的に異なる。
 今キースが述べた事は、一時的なことであるにせよ「自分達が暗黒街に君臨する」と言っているに他ならない。
 普通に考えれば、一般人の感覚で言えば、できるばずがない。
 だが、この場にいる者達は“海”が誇る精鋭達。
 Sランク魔導師という実力者の影に隠れがちだが、武装局員というのも十分に、“実力者”の範疇に含まれるのだ。
 単純な武力面だけで言うなら、ある程度連携が取れている者が10名も揃えば、並みの犯罪組織の1つや2つ、どうとでも料理できるくらいに。
 ゆえにキースの言葉は説得力を持つのだが、問題なのは、強襲・殲滅後の話であった。
 確かに潜入組の戦力なら、殲滅まではどうとでもできるだろうが、その後の暗黒街で、
 
「潜伏・物資調達ルートの確保と入手をどのように行うのか?」
 
 という無視できない問題が残るのだ。
 これに対しキースは、己の過去をほんの少しだけ語ることにした。
 無論、全てを正しく語っている訳ではないが。
 
「君達の心配は最もだが、不要な心配だと言っておこう。――――――私は執務官法第48条が適用される前、フェイト執務官と出会う前は、組織を率いていた身だ。そして今回と同じような状況を乗り越えた事もある。つまり何が言いたいのかと言うと、個人としての潜伏ではなく、組織としての潜伏ならば、この中の誰よりも経験を積んでいるということだ。そしてそれは、物資調達の話にも当てはまる」
 
 フェイトが、キースの言葉を補足するかのように口を開いた。
 
「彼の過去を詳しく話すことは出来ませんが、今回のような状況下で、彼以上に上手くやれる者を私は知りません。ですが、いきなりこんな事を言っても、皆さん信じられないでしょうから、こう言いましょう。―――――――――彼は私の義兄、クロノ・ハラオウンと比べても何ら劣るところはありません」
 
 ザワッ!!
 
 会議室の中に驚きが走る。
 クロノ・ハラオウンの名を知らない者など“海”にはいない。
 最年少で執務官資格を取得して以来、数々の事件を解決し、更には最年少で提督にまでなった“海”の英雄。
 その義妹が、堂々と義兄に劣らないと公言したのだ。
 英雄に劣らない、と。
 そのインパクトたるや、どれほどのものだろうか?
 少なくともこの状況下で潜入組の面々が、キースという人間に期待を持つには十分なものだった。
 
「・・・・・分かった。という事はもしや、潜入組の指揮は補佐官が取るのか?」
 
 先程質問してきたクルーの問いにフェイトが、

「そうです。元より私が指揮権を持ったとしても、キース補佐官に実質的な指揮はさせる気でしたから」
 
 と答えた事により、潜入組の指揮はキースが行う事になった。
 階級的な事でおかしいと言う者がいるかもしれないが、キースの過去を知るフェイトにとって、これ以外の選択肢はありえなかった。
 そうしてその後、キースを中心として作戦の詳細が詰められ、作戦会議で決められるべきところは決め終えたのだが、最後に1つ、フェイトには確認しておかなければならないことがあった。
 覚悟の問題というのは、往々にして最悪の場面で出てしまうものだから・・・・・。
 
「キース。この作戦は、非殺傷設定の解除が前提ですね?」
 
 否ということはありえないだろうが、フェイトは潜入組の面々に認識させる為にも、あえてこの場で答えを求めた。
 本心を言えば彼女とて設定解除は嫌なのだが、この状況、不殺で済ませられる程甘くはない。
 
「もちろんだ。そしてはっきり言っておく。私は法を守って味方を殺す気はない。打てる手は全て打つ。例えそれがどんな手段であっても」
 
 キースは立ち上がり、潜入組の面々に向かって問いかけた。
 
「今のこの状況は、綺麗事だけで切り抜けられるほど甘くはない。進んで手を汚す気はないが、汚さなければならないこともあるだろう。手を汚すのが嫌な者は、潜入組から降りて欲しい。――――――たった1人の迷いがチームを殺す。今更語るまでも無い言葉だが、この言葉に嘘偽りが無いことは、この場にいる者なら十分に理解しているだろう。だからこそ、もう一度言わせてもらう。――――――迷いがある者は降りろ」
 
 数瞬か、数秒か、数分か・・・・・長く感じられた沈黙の後も、誰も降りると言う者はいなかった。
 
「――――――ありがとう。では、指揮をする者として約束しよう。誰一人欠ける事無く帰還するということを。必ず戻るぞ。いつもの日常に、家族の下に、友人の下に、恋人の下に、必ずだ!!」
 
 キースが力強く宣言すると、潜入組に志願した武装局員10名は、たった1つの行動で答えた。
 
 ザッ!!
 
 全員が座っていた椅子から立ち上がり、キースに向かって一糸乱れぬ敬礼。
 配属されて間もない者、それも過去の経歴が不明な者に対して、“海”の精鋭たる武装局員達が敬礼を取る。
 クルー達が置かれた状況を知らない者が見れば、異様な光景として目に映っただろう。
 だが武装局員達は先のキースの言葉に、行動に、敬礼に足るだけのものを見い出していた。
 
 ――――――「法を守って味方を殺す気はない」
 
 様々な場所に派遣され、命懸けの任務を行うことが多い武装局員にとって、上官の問題というのは実に切実な問題である。
 誰もが優れた人格者という事はありえないし、優れた戦術眼を持っている訳でもない。
 中には武装局員の事を、本当にただの“駒”としか見ていないような奴もいる。
 だがキースははっきりと宣言した。
 いざとなれば、法を破ってでも味方を助けるということを。
 そして思い返せば、絶望の二文字に捕らわれていたクルー達に目標を与え、動かし、帰還への希望を持たせたのも彼なのだ。
 
 ――――――絶望を跳ね返す。
 
 言葉で言うほど簡単な事ではない。
 危険な場所に立つ武装局員だからこそ分かる。
 折れそうな心、折れた心を立ち直らせるのは難しい、とても難しい。
 だが彼は、それをやってのけた。
 
 ――――――従うに足るだけの実力はある。
 
 そう武装局員に思わせるには、十分な働きだ。
 ゆえに武装局員達は、敬礼を持って答えた。
 この光景を見たフェイトは思う。
 
(凄い。これが統率力というものなの? 魔力の強さ、異能の強さじゃない。純粋に会議という場だけで、皆を纏めあげた。こんな状況下でやってのけるなんて。多分義兄さんにだって、こんな事できない)
 
 周囲を見れば、クルー達の表情が幾分か柔らかくなっている。
 厳しい状況であることに変わりはないが、帰還への道筋が示されたことで、各々が何を行えば良いのかが理解できたのだ。
 そうして最後に、全員の視線が艦長の元に集まった。
 GOサイン以外は、期待していない視線だ。
 
「・・・・・やれやれ、キース補佐官は随分と美味しいところを持っていく。―――ならば、私も言わせてもらわねばならんな」
 
 そう言うと艦長は立ち上がりクルー達を見渡した。
 立ち上がっていたキースや武装局員達は静かに座り、艦長の次の言葉を待つ。
 
「まずはハッキリさせておこう。本作戦における全ての行動には、艦長たる私の許可が下りているということを。そして―――――――――総員に告げる!! 本会議の終了を持って『希望への道』作戦を開始する。管理局史上、最も困難な作戦となるだろうが、“海”の精鋭たる君達の能力を持ってすれば、決して乗り越えられない壁ではないと私は思っている。総員の死力を尽くした努力を期待する。以上だ!!」
 
 ザッ!!
 
 全員が起立し、艦長に向かって敬礼。
 何か1つ、どれ1つ失敗しても、帰還への希望が潰える過酷な作戦。
 だがクルー達が唯一無事に帰還できる方法は、『希望への道』作戦の完遂のみ。
 こうして、味方からは一切の支援も増援も補給も救援も受けられない状況下で、次元航行艦シュプラキュールのクルー達の、戦いの幕は切って落とされたのだった。
 
 
 
 第3部 第2話へ続く
 
 
 
 
 





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