「なのはちゃん、何だかいつもより人、多くない?」
「そうだね。でも今日って何かある日だったけ? 騒がしいのはいつもの事だけど、マスコミの人達もいるよ?」
所用で本局まで来ていた、八神はやて二等陸佐と高町なのは一等空尉は、ロビーフロアに入るなりこんな会話をしていた。
2人の記憶が確かなら、特に今日は何かイベントがある訳でもないはず。
どこかの世界のVIPが来る訳でもなかったはずだ。
にも関わらず、ロビーフロアには多くの人がいた。
マスコミも随分と来ている。
2人が首をかしげていると、“夜天の王”と“エース・オブ・エース”を見つけたマスコミがどっと押し寄せ、その中の記者の1人がこんな質問をしてきた。
「こんにちわ。MCN(ミッドチルダ・セントラル・ニュース)の者ですが、今回の配属についてどう思われますか?」
2人は顔を見合わせた。
配属?
何のことだろうか?
「お聞きになっていませんか? 貴女方のご友人、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官の元に配属された、二人目の補佐官のことです」
分からないといった表情を2人がすると、記者がそう言い、なぜこんなに人が集まっているのかを話してくれた。
それによると、今回フェイトの元に配属された執務補佐官は、3人が入局した時以来の大物らしいということだった。
なぜ“らしい”のか?
はやてが疑問に思い、逆にそのことを質問すると、記者は嬉々として答えてくれた。
配属された者の名は、キース・エヴァンス。
だが分かっているのは名前と顔と性別、そしてフェイト執務官が、執務官法第48条を適用させてまで保護したということと、とある火災で取り残された人々を救出したこと、聖王教会が時空管理局の正式な抗議文書を跳ね除けてまで、本部で執務補佐官研修を強行したという事実のみ。
過去の経歴は、第48条適用者ということで、全てが作り物。
事実上、ほぼ全てが謎に包まれているということだった。
これを聞いた、はやてとなのはが思ったことは、
(それは注目を集めちゃうよ、フェイトちゃん)
だった。
なにせ「執務官法第48条 能力者保護プロフラム」は、「持っている能力が他人に知られた場合、安全な生活が送れなくなる可能性が高い者」に適用される法だ。
この法の効力は絶大で、適用されている間はどんなに個人情報を洗っても、適用されている者に不都合な情報は一切出てこない。
時空管理局という組織が、威信をかけてデータを改竄しているのだから。
しかしこの法は制定された時から、犯罪の隠れ蓑に使用される可能性が高いことが指摘されていた。
従って、時空管理局は1つの対策をとっていた。
第48条適用者が適用中に何らかの犯罪を犯した場合、適用申請をしてきた者(この場合はフェイト執務官)を厳罰に処すという方針だ。
キースとフェイトの場合に当てはめてみると、仮にキースが何らかの犯罪を犯してしまった場合、フェイトが今まで積み上げてきた数々の功績を差し引いても、彼女のキャリアとしての人生が確実に終わってしまうくらいだ。
今や次元航行部隊の顔とも言えるフェイト執務官が、それほどのリスクを払ってまで48条を適用させた人間だ。
更に言えば、聖王教会が抗議文書を跳ね除けてまで、本部で執務補佐官研修を強行したという事実だ。
たった一人の新人の為に抗議文書が送られたことも異例なら、たった一人の新人の為にそれを跳ね除けたことも異例。
異例づくしの新人。
注目を集めない訳がない。
(なのはちゃん、ちょっとその噂の新人さんを見ていかん?)
(どうやって? その為だけにフェイトちゃんの執務室に行くのは迷惑だろうし、このマスコミを押しのけてここで会おうとしたら、もっと大騒ぎになるよ)
(それは、こうするんよ――――――)
念話で2人がそんな話をしていると、マスコミの視線が一斉に2人から外れ、ロビーフロアに現れた1人の男に集中した。
極寒の白き世界を連想させる銀髪。
永久凍土の如き青い瞳。
整った顔立ちに均整のとれた四肢を、執務補佐官を表す青と紺色の制服で包んでいる。
かつて<氷界の帝王>と言われ、サイキッカーからは<救世主>と呼ばれた青年。
キース・エヴァンスの登場だった。
▽―――第7話・入局―――
コツ。コツ。コツ。
規則正しい足音が聞こえてくる。
いや、聞こえてくるはずがない。
幾多の次元世界を治める時空管理局本局のロビーフロアで、たった1人の人間の足音が聞こえてくるはずがない。
人がいればざわめきが、雑音が、物音がある。
人が増えれば増えるほど、当然音は大きくなる。
そんな中で、たった1人の人間の足音なんて、聞こえる訳がない。
だが、その場にいる者全てが聞いた気がした。
視線が、否応無く引き寄せられる。
しかし誰も近寄ろうとしない。
噂の人物にインタビューしようと、待ち構えていたマスコミ達ですら、完全に見入ってしまっていた。
纏っている雰囲気が、空気が違う。
ただその場にいる。歩いている。それだけのはずなのに。
そうして彼が歩を進めるたびに人垣が割れ、道ができた先に、フェイトがいた。
キースはただ真っ直ぐ歩いて行き、彼女の前にたどり着くと、初めて口を開いた。
「キース・エヴァンス執務補佐官。本日0900を持って、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官の元に配属となります。―――着任許可を」
「許可します。―――これからよろしくね、キース」
「こちらこそ、よろしく頼む」
慣例に則った簡単な挨拶が済み、2人が握手をすると、互いの表情がフッと緩んだ。
同時に、玉座の前であったかのような雰囲気も無くなり、周囲を無数のフラッシュが包み込む。
この光景を、隠蔽魔法を施した探査スフィア越しに見ていたはやてが、
「エッッライ男前やないか。――――――どう思う?」
と、隣のなのはに聞いた直後、全ての探査スフィアからの視覚リンクが途切れた。
SSランク魔導師である八神はやてが作り出した、隠蔽魔法まで施された探査スフィアが、全て撃破されたのだ。
「嘘、8つ全部同時に? いつ気づいたん?」
驚くはやてになのはは、
「多分初めから」
と答え、更に続けた。
「はやてちゃんが、スフィアを形成した時点で気づいていたと思う。潰したのは多分、“気づいているぞ”っていう意思表示かな? ――――――確証はないけどね。でも、これだけ人目のある中で、ほとんどの人に気づかれずやってのけるなんて、スゴイな」
「そやな。こんだけ見事に潰したんだから、相当の腕やな」
「これならフェイトちゃんも、少しは楽できるかな? 自分よりも他人のことばっかり優先して無茶するから・・・・・」
視線をキースに、そしてフェイトに向けながら、なのははそう答えていた。
なにせ十年来の親友は、困っている人を見つけたら、自分よりもその人を優先してしまうお人好しだ。
まして執務官職が携わる分野は戦いだけじゃなく、捜査や法務処理など多岐に渡る。
だから、いつか無理をして倒れてしまうんじゃないか。
そんな思いがいつも、なのはの心にはあった。
同じくらいのレベルの人と組めれば、そんなことも無いのだろうけど、人材が足りないのは陸も海も空も同じ。
ましてフェイトちゃんと並ぶくらいとなれば、他の人に言えば贅沢だと怒られそうなほど贅沢な話だ。
だけどあの新人さんには、もしかしたら、その贅沢を望めるかもしれない。
それが彼を―――キース・エヴァンスを―――初めて見た時の、なのはの思いだった。
一方その頃、当のキースとフェイトは・・・・・。
マスコミからの質問の嵐を鮮やかに避わしきり、フェイトの執務室へ続く通路を歩いていた。
当然、この区画は既に部外者の立ち入りが禁止されている区画であり、2人を取り囲んでいたマスコミ達はもういない。
が、ここでもキースは注目の的だった。
すれ違う局員達は、皆一度は振り返ってから立ち去っていく。
「――――――しかし、随分と注目を集めてしまったな」
「仕方ないよ。あんな報道があった後じゃ」
キースの言葉に、フェイトはそう返した。
本当なら、これほど注目を集めるはずではなかったのだ。
第48条適用者ということも、聖王教会と管理局のやりとりも、公になるはずのことでは無かった。
いずれのことも両組織から見れば、ヘッドハンティング等の可能性を考えれば、機密指定をするほどではないにしても、公にはしたくなかったはずなのだ。
が、
公になってしまった。
それはなぜか?
火災の一件に関わっていたことが、マスコミに漏れ、そこから辿られたのだ。
あの事件を取材したマスコミも初めは、野にいる魔導師が偶然居合わせ、子供達を救出した。
その程度にしか考えていなかったのだろう。
だが被害者の1人である教師から、「燃え盛る建物ごと完全氷結させたが、取り残された子供達は無傷だった」という証言が得られると、マスコミは一斉に取材に力を入れだした。
魔法文明が進んだこの世界においても、いや、進んだ世界だからこそ、出来る事と出来ない事は皆理解している。
キースがやったことは魔法で再現するなら、超々高等技術が必要なことだったのだ。
これだけでも十分に驚かれることだったが、取材を続けていたマスコミは更に驚くことになる。
関係者として浮かび上がってきたのが、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンやカリム・グラシアといったビックネームの数々。
後は、芋蔓式だ。
「確かに、仕方が無いか。むしろ、これだけで済んだだけでも良しとしよう。貴女との一戦や、聖王教会での演習のことまでは漏れていないようだからな」
「そこまで漏れていたら、もっと大変なことになっていたよ」
「大方、その辺りの事は彼女が上手くやったのだろうがな」
「信用しているんだね」
「信用、というよりは確信だな。彼女なら、確実にやるだろう。――――――ところで、1ついいかな?」
「どうしたの?」
「ロビーフロアにいた時だが、中々面白い歓迎をしてくれた者がいてな。隠蔽魔法を施された何かが8つ、私の方を指向していた。――――――心当たりはないかな? 八神はやて二等陸佐と高町なのは一等空尉」
キースがフェイトの方を見ず、先にあるT字路の方を向いて言うと、
「気づいてて言うとるやろ。――――――いつから気づいてたんや?」
と言いながら、はやてが出てきた。
後ろにはなのはもいる。
「フェイト執務官と握手をした時に」
キースはそう答えたが、これを聞いたはやてとなのはは、
(嘘やな)
(嘘だね)
全く同じ感想を、念話で話していた。
1つ2つならまだしも、8つ全てを同時に潰しているのだ。
握手をする前に気づいていなければ、絶対に出来っこない。
本心を言えば、何時気づいたのかを正直に教えて欲しいところだったが、はやては止めておいた。
どのタイミングで捕捉したのかは、力量を図る1つの目安だ。
それを初対面の人間に話せというのは、余りにも失礼だろう。
「見つけたついでに、潰しておいたっちゅうこと?」
「隠蔽魔法で何を隠しているのかが分からなかったからな。一番確実に安全を確保する手段として、潰させてもらった」
「あんな衆人観衆の中で、ほとんどの人に気づかれずやってのけるなんて、相当の腕やないか。――――――これならフェイトちゃんも、随分楽になるんやないか?」
はやてがそう言うと、フェイトは嬉しそうに「うん」と答え、更に続けた。
「大分楽になると思う。だって、私に切り札を切らせる決断までさせたんだから」
「「えっ!?」」
2人の声がハモる。
「それって、どういうこと? フェイトちゃん」
驚きの表情を隠せないまま、なのはが聞き返すと、フェイトは執務補佐官実技試験のことを話し出した。
対シグナム用に考えていた、必殺の連続攻撃を凌がれたこと。
その後の反撃のこと。
騎士カリムが割って入ったこと等々。
いずれも2人を驚かせるには十分なものだったが、極めつけは、フェイトとデバイス無しで互角に戦ったという事実だった。
「「嘘・・・・・デバイス無しで?」」
と、漏れた言葉が、2人の驚きを率直に表していた。
この世界の魔導師にとって、デバイスの有無は、絶対と言って良いほどのアドバンテージだ。
仮に同レベルの魔導師が2人いたとして、片方がデバイス有り、片方がデバイス無しで戦った場合、デバイス無しが勝てる可能性など無い。
遭遇戦やゲリラ戦等を考えれば違うかもしれないが、少なくとも試験のような1対1の、それも正面きっての戦いで、それが覆ることなどない。
ましてや魔導師ランク空戦S+を持つフェイトが、自身が最も得意とするバトルフィールドの空で戦って、なお互角。
それは“夜天の王”、“エース・オブ・エース”などという2つ名を持つ2人から見ても、十分にエース、或いはストライカー級と言えるレベルだ。
そんな人がデバイスを使ったりしたら、どんな事になるんだろう?
なのはがそう思い聞いてみると、
「私の力とデバイスは相性が悪くてね。実戦レベルの力を流し込むと、構成素材が耐え切れずに崩壊してしまうから、貴女方のように武器としては使えない。カートリッジシステムなどは魅力的だが、ストレージデバイスですら耐えられないのに、より強度の落ちるカートリッジシステムは論外なんだ」
と、残念そうな表情でキースは答えた。
「そうなんだ。でもスゴイね。デバイスも無しでそこまで出来る人なんて、管理局でも片手の指で足りるほどしかいないんじゃないかな?」
「そやな。――――――と、大事なこと忘れてたわ。お互い名前は知っているようやけど、直接会うのは初めてやからな。やっぱり自己紹介は必要やろ。私は時空管理局地上本部所属特別捜査官、八神はやて二等陸佐や。よろしくな」
「私は時空管理局本局武装隊 航空戦技教導隊第5班所属戦技教導官、高町なのは一等空尉。よろしくね」
「これは失礼した。本局次元航行部隊所属執務補佐官、キース・エヴァンス三等空尉。一緒の空を飛ぶことがあれば、その時はよろしくお願いしますね」
こうしてキースは入局初日、後に設立される機動六課の中核メンバーのうちの2人、八神はやて、高町なのはと知り合うことになった。
彼にとって幸運だったのは、彼女達―――フェイトを含めた―――3人が強い信念を持った、信頼できる人達だったということだった。
なにせ元の世界で、―――この世界に召喚されてしまったキース本人が知る由も無いが―――最も大事な最終局面で、その後の試金石となる親友との戦いの最中に、腹心の裏切りにより組織が崩壊、親友もろとも抹殺されそうになっていたのだから。
だから彼女達3人と知り合えたことは、誰一人知る者のいない世界に召喚されたキースにとって、恐らく、いや確実に、最大の幸運だった。
第3部へ続く
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