執務補佐官実技試験―――フェイトとの一戦―――から2ヶ月。
筆記試験も無事クリアしたキースは、実務に入るための基礎研修を聖王教会で受けていた。
本来なら別の場所で行われるのが常だが、カリム側からのとある提案があった為だ。
提案内容は至って簡単。
カリム側が最高の講師陣を用意する代わりに、キースには教会騎士団の演習相手を勤めてもらうというものだ。
これだけでも、カリムがどれだけキースを買っているかが分かろうというものだ。
間違っても、一介の執務補佐官に出されるような提案ではない。
そしてキースは、この期待に応えてみせた。
いや、はっきり言ってしまえば、応えたというレベルではなかった。
なにせ誰が見ても、“新米の執務補佐官”というレベルではないのだ。
―――個人戦で、しかも近接戦闘でベルカの騎士に勝てる者が何人いる?
―――部隊戦で、しかも数で劣る方が勝利するのにどれほどの手腕が必要だ?
この時実を言うとカリムの元には、「時空管理局から引き抜いてはどうだろうか?」という声が幾つも届いていた。
どこでも高ランク魔導師と正面からやり合える実力者というのは、喉から手が出るほど欲しいのだ。
ましてキースは、既にSランク魔導師たるフェイトと、互角に戦えることを証明している。
ある意味当然の反応とも言えた。
さて、そんな訳で周囲の注目を集めているキースだったが、彼自身の今一番の関心事は、自身のもう1つのパートナーも言える、デバイスについてだった。
▽―――第6話・デバイス―――
「これもダメ・・・か」
聖王教会本部、訓練室。
中央に佇むキースの手から、デバイスが砕け散り零れ落ちる。
絶対零度という超低温に耐え切れず、デバイスの素材が崩壊してしまったのだ。
先の言葉通り、砕け散ったのは、今零れ落ちた物だけではない。
様々なタイプのストレージデバイス(汎用型から特化型まで)が、無残な残骸となってキースの周りに散乱していた。
「今ので最後なのか?」
「すいません。持ってきたのは今ので最後なんです。一度上がって下さい。もう一度検討しなおして見ましょう」
返ってきた声は訓練室モニタールームにいる、シャリオ・フィニーノ(愛称シャーリー)のものだ。
フェイトの1人目の補佐官兼デバイスマイスター。
豊かな表情に、人見知りしない明るい性格は、キースにとっても話しやすい相手だった。
「そうしよう。デバイスそのものの使い方について、根本的に考え直す必要があるかもしれない」
「デバイスそのものの使い方ですか?」
キースがモニタールームに向かいながらこぼした言葉に、シャーリーが怪訝な声を返した。
「魔導師、あるいは騎士にとってデバイスとは、魔法を使うために無くてはならない存在。初歩的な魔法ならまだしも、実戦レベルで使うとなれば、絶対に必要なもの。そうだろう?」
「その通りですね。高レベル魔法になればなるほど、魔法式は複雑化しますし、緻密な制御とスピードが要求されます。デバイス無しで実戦レベル、それも高レベル魔法はまず考えられません」
「そこに、考える余地がある。――――――」
キースは一息つき、モニタールームに入ってから更に続けた。
「私は別に、魔法による攻撃手段が欲しい訳ではない。戦うだけなら、自前の能力で事足りる。極論で言ってしまえば、バリアジャケットの構築と広域探査、欲を言えば回復魔法さえできれば問題ない。――――――つまり、デバイスが私の力に耐えられないというなら、デバイスは完全にジャケット構築と探査にのみ使い、他の魔導師や騎士のように、武器として扱わなければ良いという話だ」
どうだろうか?
というキースの問いにシャーリーは、手元のコンソールを手早く操作、幾つかのデータを空間ウインドウに表示させた。
「・・・・・多分、大丈夫だと思います。その使い方なら、量産型のストレージデバイスでも相当の性能を叩き出せるでしょう。――――――でも、本当に良いんですか? そんな設定をしたら、他のことは何もできないデバイスになってしまいますよ?」
「構わない。むしろそれだけあれば十分だ」
「分かりました。それではデバイスの全性能を10とした場合、処理分配比率をジャケット構築:探査魔法:回復魔法=4:4:2で設定。近いうちにまた作って持ってきますから、今度は壊さないで下さいね」
ニッコリと笑って言うシャーリーにキースは、苦笑しながら「善処する」とだけ答えた。
が、シャーリーは全くもって納得しなかったようだ。
「ダメです。ちゃんと壊さないって言って下さい。この子―――デバイス―――達にも心はあるんですよ。インテリジェントデバイスとか、アームドデバイスだとか、ストレージデバイスだとか関係なく。この子達を使い捨てるつもりなら、私は作りませんよ」
思いのほか強い口調で言うシャーリーに、キースは「分かった」と答えて更に続けた。
「だが、私も命を預けるものである以上、厳しく見させてもらうというのは譲れない。肝心な局面で使えない。君ふうに言えば、我が子に裏切られることほど、辛いことはないからな」
「そんな不良息子、私は作りません。キッチリと仕上げて見せますよ」
「その言葉、信用させてもらおう」
シャーリーの自信に満ちた言葉に、キースがそう答えると彼女は、「任せて下さい」と言ってコンソールに向き直った。
帰る前に、ある程度の作業をここでやってしまうつもりなのだろう。
シャーリーの指がコンソール上で踊るたびに、幾つもの空間ウインドウが開いては消え、様々なデータが抽出され、まとめられていく。
淀みなく行われるその作業は、傍目から見ていても鮮やかなものがあった。
「――――――それにしても、キースさんは何をしたんですか?」
データをまとめていたシャーリーが、ふと口を開いた。
「何がだ?」
「騎士カリムに、こんな提案をさせたことですよ。講師陣はいずれも名のある魔導師や騎士、捜査官。デバイス作製に教会本部の訓練室まで貸し出す。―――はっきり言って、前代未聞ですよ?」
「実を言うと、私も驚いている。まさかここまで買われるとは思っていなかった。少し付け加えれば、デバイスマイスターも教会側で用意すると言ってきたのだが、それは丁重にお断りした。近くに腕の良いデバイスマイスターがいるのに、わざわざ顔も知らない人間に頼むこともないだろう」
「随分高く買ってくれてるんですね」
「フェイト執務官が、君がバルディッシュを見てくれるおかげで、安心して戦えると言っていた。――――――魔導師とデバイスは一心同体。彼女が安心して自身の半身を預けられるような相手なら、私も安心して頼めると思った」
「私もフェイトさんから頼まれた時は、何事かと思いましたよ。いきなり聖王教会に行って、デバイスを1つ作って欲しいなんて」
「本来なら、直接出向いて頼むのが一番良かったのだろうが、騎士団の演習相手もあって、自由な時間が取れなかった。直接出向かなかった非礼を許して欲しい」
「良いですよ。私も聖王教会がどんなところなのかは興味あったので、丁度良かったですから」
「そう言ってもらえると助かる」
「いえいえ。――――――で、何をしたんですか? 本局では随分と噂になっていますよ?」
シャーリーはニッコリと笑い、イスに座ったままキースに向き直った。
キースも、近くにあったイスに腰掛けながら答えた。
「まだ入局もしていない者の噂とは、管理局も随分と、暇を持て余しているようだな」
「一介の補佐官に、聖王教会が上級騎士までつけて研修を行っている。それも公式な団長命令で。これだけの事をしておいて、興味を持つなと言う方が無理ですよ」
「単純なGive-and-takeだ。代わりに、私は教会騎士団の演習相手として力を貸している。決して、教会側を失望させるような演習はしていないはずだ」
「そのおかげで更に、噂に拍車がかかっているんです。『あいつは何をやったんだ!?』って」
「それほど大したことは、していないのだがな。やったことと言えば、騎士カリムと直接交渉をしたくらいだ」
何気なく吐かれたこの言葉は、キースが考えていた以上に、シャーリーに衝撃をもたらしたようだった。
「え!?」という表情をしたまま固まり、
「――――――今、なんて・・・・・騎士カリムと直接交渉?」
と聞きなおしてきた。
「詳細は話せないが、とある別件で直接交渉したことがあってな。その際に、随分と気に入られたらしい」
「それって凄いことじゃないですか!? あの騎士カリムに、交渉で認めさせるなんて凄いことですよ」
興奮した様子で言うシャーリー。
彼女の興奮も、キースは分からないではなかった。
なぜならカリムは、公開意見陳述会(※1)への参加権も持つ、凄腕の交渉人としての側面があるからだ。
そのカリムに、交渉で自身を認めさせたというのは、渉外と事務を担当とするシャーリーから見れば、驚き以外の何物でもないだろう。
だがキースに、それを誇る気は無かった。
「ギリギリの交渉だったがな。何か1つでも違っていれば、全てが変わっていた可能性すらあった。本当に、ギリギリだったよ」
「あら、私にはまだ余裕があったように見えましたけど?」
いつの間にか開かれていた扉のところに立っていたのは、カリム・グラシア。
噂をすれば何とやら、だ。
「褒め言葉として受け取っておこう。――――――それよりもなぜここに? 総合演習まではまだ時間があるはずだが」
「偶然通りかかっただけ。と言っても、貴方は信用しませんね? 別に深い意味はありませんよ。単純に、貴方が使うデバイスがどんなものかを見に来ただけです」
キースは少し困った顔をして、訓練室を指しながら言った。
「様々なタイプで試してみたが、他の魔導師と同じような使い方をしたのでは、―――少なくとも量産型ストレージデバイスでは―――実戦に耐えられる物はなかった。いずれも、私のサイキックパワーに構成素材が耐え切れずに崩壊してしまう」
「あら、ではこちらで、耐えられるハイエンドデバイスでも用意しましょうか?」
“困っている人を見ると、手助けせずにはいられない善人”。
そんな表情でカリムが救いの手を差し伸べてくる。
聖王教会が用意するハイエンドデバイス。
確かにそれクラスなら、キースのサイキックパワーにも耐えられるかもしれない。
が、
キースはこんな提案に乗る気は無かった。
交渉人としての側面を持つ彼女が、何のメリットもなく、こんな提案をしてくるはずがない。
穏やかな笑顔と性格に騙される人間は多いかもしれないが、キースは彼女のことを、貸しはキッチリと返してもらう人間と踏んでいた。―――それも利子つきで―――
そんな人間から、これから先ずっと使うであろうデバイスを貰ったりしたら、恐らくずっと利子を払わされ続けることになるだろう。
そんなことは、断固として願い下げだった。
「気持ちだけ受け取っておこう。それに、実績もないのにハイエンドデバイスなど、周囲が納得しないだろう?」
返ってくるであろうカリムの言葉を、キースは幾つか予想していたが、実際に返ってきた答えは少々意外なものだった。
「――――――安心しました。最近は実績も実力も伴っていないのに、ハイエンドデバイスを求める者が多くて。貴方は、違ったようですね」
「人の悪い試し方だ。そんなことばかりをしていると、友人を無くすぞ」
言葉とは裏腹に、キースの表情は平然としたものだった。
むしろ、穏やかな笑みさえ浮かべている。
カリムの方も、キースの言葉に気分を害した様子もなく、微笑みを浮かべていた。
そして、そんな2人を見ていたシャーリーは、
(―――どう考えても、理事官と補佐官の会話じゃないよね? 友人同士? それとも悪友? 恋人は行き過ぎかな? でも、どれにしても凄く親しそう)
などと思っていた。
本人達がお互いをどう思っているかはさて置き、確かに傍目から見ている分には、気心の知れた友人同士に見えたかもしれない。
2人の話は、更に続いていく。
「――――――ですが、実際のところデバイスはどうする気なのですか? 実戦に耐えられるデバイスの有無は、貴方自身の生存率に直結しますよ」
「・・・・・量産型を使うという考えを変える気はない。が、少々設定をいじる。シャーリー、説明を頼めるかな」
「分かりました。では騎士カリム、正面のウインドウをご覧下さい」
シャーリーがそう言って、カリムの前に大きめの空間ウインドウを展開。
そこに、キースが使用予定の量産型ストレージデバイスが表示された。
ウインドウ左側に全体図。右側に設定データだ。
「現在表示されている設定データは、標準的な魔導師を対象としたデータです。これを、それぞれ次のように変更します」
そうしてシャーリーは、デバイスのほぼ全処理能力をバリアジャケットの構築と広域探査魔法に割り当てるという、キース自身が言っていた設定の説明をしていく。
はっきり言ってしまえば、普通の魔導師に使えるシロモノではない。
なにせ、職業的な戦闘魔導師にとって最も重要な、攻撃魔法の管制に一切処理能力が割り振られていないのだ。
これには流石に、カリムも驚きを隠せなかった。
「確かにこの設定なら、デバイスへの負担はほとんど無いでしょうが・・・・・本気で使う気ですか? キース」
「無論本気だとも。私の場合、攻撃は自前の能力で事足りるからな」
一度キースの方を振り向いたカリムは、もう一度空間ウインドウに視線を戻した。
確かにこの設定なら、バリアジャケットと広域探査魔法“だけ”は、ハイエンドデバイス並みの性能を叩きだせるだろう。
残っている僅かな余剰処理能力は、申し訳程度の回復魔法に割り振られている。
逆を言えば、それ以外は何もできないデバイスだ。
必要最低限の、単純な応答機能すら削られている。
「・・・・・量産型の名を借りた、実質的には専用デバイスですね。こんな設定のデバイス、普通の魔導師では・・・・・いえ、上級騎士ですら扱えるようなものではありませんよ」
「他人にとっては使えないデバイスかもしれないが、恐らく私にとっては、十分に実用に足る物だろう。――――――なにせ防御力と索敵能力の向上は、生存率に直結するからな」
「攻撃力は、既にありますものね」
キースはカリムに向かって肯くと、シャーリーに向き直って後を頼んだ。
時計を見ると、そろそろ教会騎士団との演習時間が迫っていたからだ。
「任せて下さい。次来る時までに、バッチリ仕上げてきますから。――――――あ、その前にいいですか?」
「何かな?」
「結構融通が効くんですけど、デバイスの外見に何か注文はありますか?」
「そうだな・・・・・・・・・・」
キースはしばし考えた後、腕時計タイプを注文。
特に深い理由は無かったが、しいて理由を上げるとするなら、腕時計はいつも身に付けているからだろうか。
「分かりました。それでは、出来上がるのを楽しみにしていて下さい。量産型をベースにしたとは思えない一品に仕上げて見せますよ」
「よろしく頼む」
キースはシャーリーにそう言うと、カリムには一礼をし、訓練室モニタールームを後にして行った。
この時シャーリーは、当然カリムも立ち去ると思っていたのだが、なぜか立ち去らずにいる。
微妙な居心地の悪さを感じながら、残った作業をしていたシャーリーに、カリムが話しかけた。
「――――――シャリオ・フィニーノ執務補佐官でしたね?」
「え、あっ、はい!」
驚くシャーリーの驚きが収まるのを待ってから、カリムは言葉を続けた。
「1つ、仕事を頼まれてくれませんか?」
「仕事・・・ですか」
怪訝な表情をするシャーリー。
「そんなに警戒しないで下さい。難しいものではありません。―――コレを使って、キースが10秒、いえ5秒で構いません。全力で力を振るえるデバイスを作って欲しいのです」
そう言ってカリムが懐から取り出したのは、小型のナイフ型デバイス。
分類的にはアームドデバイスだろうが、相当に古いタイプだ。
シャーリーの記憶が確かなら、ベルカの魔導師―――騎士と呼ばれるほどの実力を持たない者―――が、練習用に使うデバイスだったはずだ。
愚直なまでに堅実な作りが生み出す、耐久性だけが売りの無骨なデバイス。
シャーリーは差し出されたデバイスを受け取ろうとしたが・・・・・・・・・・途中で手を止め、思案し、そしてカリムを見つめ返した。
「・・・・・・・・・・時空管理局理事官に、こんなことをお尋ねするのは失礼かもしれませんが、幾つか聞いてもいいでしょうか?」
「答えられることでしたら」
「ではお尋ねします。――――――そこまで彼に肩入れする理由はなんでしょうか? 確かにキースさんの能力は新人とは言えない程突出したものがあります。でも、研修に教会騎士団所属の騎士や名だたる魔導師、捜査官まで投入するなんて、普通では考えられません」
しばしの沈黙にシャーリーは、カリムの機嫌を損ねたかと思い、慌てて謝ろうとしたが、カリムの言葉が先だった。
「――――――普通は、事情を知らなければそう思うでしょうね。確かに今回、彼の研修を聖王教会側でやったことに、時空管理局から幾つかの抗議文書が届いています。高ランク魔導師、あるいはそれに類する実力者は、どこの組織も確保に必死ですから」
「それを押しのけてまで、なぜですか?」
「管理局が心配しているのは、彼を聖王教会に取られるのではないかということでしょうが、無用の心配です。――――――彼の意思はそれほど弱くありませんし、研修という形こそ取っていますが、実際は逆なのですから」
「逆・・・・ですか?」
「ええ、逆です。彼は実戦経験者。実戦の中で培われた貴重なノウハウを、こちら側が教えてもらっているのですよ。―――最近は、極限の状況を強いられる戦いというのはあまりありませんが、彼はそういう戦いを潜り抜けた者ですから」
カリムの言葉は概ね正しかったが、もちろん全てを語っている訳ではなかった。
カリムが抗議文書を跳ね除けてまで、聖王教会で研修を強行した真の理由は、魔導師や特殊能力者としての能力とは、一切関係ないところにあった。
その理由とは、指揮官適性の高さだ。
キースは元いた世界で、組織を作り、組織を率いて戦っていただけあって、部隊戦や組織戦などに深い造詣があった。
ゆえにカリムは、国家という圧倒的物量差を誇る相手をして生き延び、戦い続けられたという、そのノウハウを騎士団に取り込むために、抗議文書を跳ね除けてまで教会側での研修を強行したのだ。
結果は、十分に満足できるものだったと言っていいだろう。
騎士団が精強だという自負がカリムにはあったが、それでも研修後の団員達の動きや視野の広さは、依然とは段違いだったからだ。
カリムは思う。
(まぁ、あのような事を言われて黙っているようでは、騎士を名乗る資格などありませんが・・・・・)
キースは団員の半数以上(中堅クラスの騎士、あるいは一部幹部クラスの騎士)に勝利した後、一言こう言ったそうだ。
「――――――弱い。これで騎士団とは笑わせる」
これを聞いた団員達は、一致団結し大奮起。
各々の技量の高さゆえに単独行動しがちだった団員達は以後、必死になって部隊戦や組織戦の訓練を行うようになる。
全ては打倒キースの為に。
結局、団員達の目的が果たされることは無かったが、この経験は後の騎士団に大きな影響を及ぼすことになった。
閑話休題
そしてカリムは更に、子供のように無邪気に笑いながら言った。
「――――――切り札は、あるに越した事は無いと思いませんか? どれほど強かろうが、彼も人です。ピンチに陥ることもあるでしょう。そんな時に頼れる切り札があるというのは、良い事だと思いませんか?」
シャーリーはカリムの意外な言葉に、一瞬呆気にとられたが、すぐに「なるほど」と納得してしまった。
つまり何のことは無い。
要するに、カリムはキースのことを心配しているのだ。
(公人としても、私人としても、思いっきり気に入られているんじゃないですか、キースさんは)
そんな事を思ってしまったシャーリーだが、カリムの言うことにも一理あった。
確かに切り札の有無は、危険な仕事も多い執務官職(補佐官も含めて)にとって、生存率に関わる重大な問題だ。
上司であるフェイトも持っているし、他の一流どころと呼ばれる人達も持っているという話は、シャーリーも聞いたことがあった。
ならば、キースも持っていた方が良いのだろう。
そう思ったシャーリーは、仕事を引き受けることにした。
「分かりました。その仕事、引き受けさせていただきます」
「よろしくお願いしますね」
こうして、キース本人の意思とは全く関係ないところで、もう1つのデバイス作製が進められることになった。
後日これを受け取ったキースは、彼にしては珍しく複雑な表情をしたという。
もちろんカリムの意図が、キースには分かってしまったからだった。
第2部 第7話へ続く
※1:公開意見陳述会
時空管理局・地上本部の運用方針に対する会議のことです。
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル、投稿小説感想板、