我の目の前で一人の男が集団に取り囲まれている。

 

 

「テメエら、あいつの部下か!?」

 

 

「――――――――」

 

 

 男の名は宮本良介。

 

 我が主のちょっとした知り合いだ。

 

 

「ダンマリかよ……! くそっ! 用事があるなら本人が直接言って来いってんだ!!」

 

 

「――――――――」

 

 

 集団はじりじりと宮本に対する包囲網を狭める。

 

 その動きに躊躇いはなく、任務に対する疑問もまた――――ない。

 

 

「――――しかも、メシの誘いって訳でもなさそうだな……」

 

 

 宮本は周囲に張られた結界に気付いたようだ。

 

 魔力資質に関しては論ずる事すら無意味なほどのものだが、こういう時の経験に関してはそれなりのものらしい。

 

 

「――――丸いの、テメエもか」

 

 

 姿を隠すような真似はせん。

 

 少なくとも、我はこの男に対してある程度の敬意は持っているのだからな。

 

 

「――――ミヤモトリョウスケだな?」

 

 

 そんな時、集団の内の一人が口を開く。

 

 感情が抑制された声。

 

 訓練された結果とはいえ、この者たちに相対する事が恐ろしい結果を生み出すと思わせる声だ。

 

 

「――――ああ、そうだ」

 

 

 宮本もまた、感情の消えた声で答える。

 

 

「時空管理局だ。大人しく我々と来てもらおう」

 

 

「嫌だね」

 

 

「――――――――」

 

 

 宮本の解答に、集団が各々の得物を構えた。

 

 これらの使用許可はすでに出ている。

 

 そして、その許可を出したのは――――

 

 

「あの野郎、何を考えてやがる?」

 

 

「――――愚問だな」

 

 

「チッ!」

 

 

 そう、愚問だ。

 

 聞かれて答える訳もなく。

 

 同時に宮本の知るマスターがそれ以外の理由でこのような事をするはずもない。

 

 

「――――すべては最良の結果のために……だな?」

 

 

「分かっているなら早々に投降しろ。この者たちはマスターが鍛えた一騎当千の強者。機動六課を相手にしたとて負けはない」

 

 

「本局は本当にいい魔導師が集まってんだな。――――いや、あいつの下にか……」

 

 

 それは知らん。

 

 だが、貴様の周りにあの者たちが集まるように、マスターの周りにも人は集まるという事だ。

 

 

「――――ふん、その最良の結果とやらのためにどれだけ犠牲になってるのやら」

 

 

「犠牲の本当の意味を知らぬ者が、最良の結果など作れると思うか?」

 

 

「――――――――」

 

 

 貴様にはこれだけで十分だろう。

 

 犠牲の意味を知る貴様なら、な。

 

 

「――――どっちにしても、俺は行かねえぞ」

 

 

「分かっている。だからこそ、彼女にご足労願ったのだ」

 

 

「彼女……だ?」

 

 

 その声に応えるように、一つの影が集団を割って宮本の前に進み出る。

 

 その人物の“左手”には、彼女の母の想いと願いが込められた“(シロガネ)の拳”があった。

 

 

「――――な……ッ!?」

 

 

「――――――――」

 

 

 ギンガ・ナカジマ。

 

 宮本とは因縁浅からぬ女丈夫だ。

 

 

「な……んで……お前が……」

 

 

「――――あなたのためです」

 

 

「何だと?」

 

 

「フェイトさんやなのはさんの気持ちを考えれば、やはりこうするのが最良――――ミナセ中将の判断は、決して間違っていません」

 

 

「くっ!!」

 

 

 宮本なら分かる、ギンガ嬢が本気である事を。

 

 だからこそ、奴は剣を構えた。

 

 

「――――ナカジマ陸曹に勝てたら、この場は貴様の言葉に従ってやる」

 

 

「負けたら――――お前らの望みどおりになるって事か……」

 

 

「――――――――」

 

 

 奴には言わんが、ミヤ嬢とアリサ嬢は別部隊が確保した。

 

 翠屋。

 

さざなみ寮。

 

月村邸。

 

その他宮本と関わりのある場所すべてに人員を配置している。

 

そのために、マスターの指揮下にある者の内の三割をこの作戦に充てた。

 

 

「――――今一度言う。投降しろ、安全は保障する」

 

 

「けっ。武器突き付けて安全もくそもねえ」

 

 

「優秀な使い手が使う武器ほど安全なものはそうそうないぞ」

 

 

余計なものを傷付けんからな。

 

 

「――――くだらねえ前置きはいい。とっとと始めようぜ」

 

 

「だそうだ」

 

 

我はギンガ嬢に合図を送る。

 

 

「――――はい」

 

 

その頷きに躊躇いがあるように見えたのは、多分その場で我だけだろう。

 

 だが、その躊躇いは仕舞っておけ。

 

 この闘いに、それは邪魔だ。

 

 

「――――宮本良介」

 

 

「――――ギンガ・ナカジマ」

 

 

名乗りを上げる両者を馬鹿にする者はこの場にいない。

 

武の者なら、両者の間に流れる空気を理解できる。

 

 

「――――――――」

 

 

「――――――――」

 

 

 周囲の者が得物を納める。

 

 その中の一人が、意図的であったのかそうでないのか――――小さく得物を鳴らした。

 

 その瞬間――――

 

 

「――――参る!!」

 

 

 二人の武人が、その剣と拳を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのは―――くらひとSSS 特別編―――

 

 

 

 

―孤独の剣士と白の剣聖 StrikerS 4th

 

〈逃亡者/宮本良介〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の発端は、数日前に遡る。

 

 その時我は、マスターと共に地上本部のとある場所に向かっていた。

 

 

「だから! 俺じゃねえっつの!!」

 

 

「だが、お前以外に犯行可能な人間はいないんだ。――――今ならしばらく勾留されるだけで出られるかもしれんぞ?」

 

 

「うっせ! 今更それくらいで頷くなんてガキでも思わねえよ!!」

 

 

「何だと!?」

 

 

「バーカ! 小学校からやり直せ!」

 

 

「貴様ぁッ!!」

 

 

 廊下を歩く我の聴覚センサーに、よく知る罵声が飛び込んでくる。

 

 それを確認して隣を歩くマスターを見ると、完全に慣れたと言わんばかりの平静さでのんびりと歩いていた。

 

 

「――――マスター、これ以上宮本が口を開くと、余計面倒になるぞ」

 

 

「まあ、その辺は臨機応変に」

 

 

「――――――――」

 

 

 マスターが言うなら止めんがね。

 

 

「それにしても、我らがトラブルメイカーは面倒ばかり掛けてくれますねぇ」

 

 

「アリサ嬢が手を出せん相手とは、なかなか厄介だな」

 

 

「ゲイズ中将が珍しく素直に私を通しました。この一件、彼にも思うところがあるようです」

 

 

「――――――――だな」

 

 

 マスターと犬猿の仲であることで知られるレジアス・ゲイズ。

 

 その人物が、地上本部を訪れたマスターに対して副官を使いに出した。

 

 マスターの昔馴染みでもあるオーリス嬢はただ一言ゲイズの言葉を伝えて帰っていった。

 

その伝言とは――――『好きにしろ』

 

 それだけだったが、マスターにはそれなりに理解できたようだ。

 

 我には全く理解できんがね。

 

 うむ? そうこうしている内に目的地に到着か。

 

 

「さて、お仕事しましょうか」

 

 

「――――これを仕事というのか、正直微妙だと思うが」

 

 

 我の言葉に答えず、マスターは“取調室”の扉を開けた。

 

 そこでは――――

 

 

「いいからここから出せ!」

 

 

「逃亡の恐れのある被疑者を外に出せるか!!」

 

 

「だから違うって言ってんだろ! ちゃんと調べろよ!」

 

 

「うるさい! さっさと白状しろ!!」

 

 

 二人の男が舌戦を繰り広げていた。

 

 ――――手が出るまであと一歩というところか。

 

 それに気付いたらしいマスターが取り調べる側の管理局員に声を掛ける。

 

 取り調べられる側はとりあえず放っておく気らしい。

 

 

「――――あ〜〜っと、二尉?」

 

 

「なんだ!? ――――――――ッ!!」

 

 

 振り返った二尉が目の前に立つマスターを見て顔を強張らせる。

 

 明らかに動揺しているが、それに関してどうこう言う気はない。

 

 

「し、失礼しました中将閣下!」

 

 

「いえいえ、仕事熱心で大変結構。――――まあ、些か熱心すぎるかもしれませんがね……」

 

 

「――――ッ!」

 

 

 緩やかに微笑んでいたマスターの目に一瞬宿った刃に、二尉が半歩後退さる。

 

 

「彼を引き取りに来ました。いいですね」

 

 

「それは――――」

 

 

 そう言ってマスターはちらりと視線を向ける。

 

 無論、宮本にな。

 

 

「――――何でお前がいる」

 

 

「アリサさんに頼まれましたのでね」

 

 

「ちっ」

 

 

 ぷいっと目を逸らす宮本の様子に、マスターが笑みを深くする。

 

 だが、その笑顔はマスターの前に立つ二尉によって終わり告げた。

 

 

「――――お言葉ですが閣下、彼は現在地上本部に身柄を拘束された状態です。釈放というならそれなりの手続きをしていただかないと……」

 

 

 そう言って浮かべたのは、マスターを見下した嫌な笑み。

 

 ――――――――こいつ、マスターを運だけの男と見ているタイプか。

 

 

「閣下、方法をご存じないなら人を付けますので、手続きの方をお願いできませんか? まあ、早くても一週間程度かかりますがね」

 

 

「――――ほう」

 

 

 ああ……マスターに喧嘩売ってしまった。

 

 

「げ」

 

 

 状況を見て宮本も逃げようとしているぞ。

 

 まあ、無理だが。

 

 

「――――二尉」

 

 

「はい、何でしょう閣下」

 

 

「私は執務官資格も持っています。必要ならここで書類を書き上げてもいい、それくらい書式は頭に入っていますから」

 

 

「は……?」

 

 

 マスターの名前は知っていても、運だけの奴の経歴などどうでもよかったらしいな、この二尉。

 

 

「ですが――――――――それで困るのは君でしょう?」

 

 

「な……!」

 

 

 ほれ、引っ掛かった。

 

 

「ここに来るまでに必要な情報はいただきました。彼――――まだ重要参考人ですよね?」

 

 

「そ、それは……」

 

 

「被疑者ですらない」

 

 

「ぐ……」

 

 

「――――さて、どうします? 書類書きましょうか?」

 

 

 ――――――――ああ、笑顔が怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、俺はどうしてこんな所で酒を飲んでいるのか聞かせろ」

 

 

「おや、不満で?」

 

 

「意味が分からんと言うとるんじゃこのボケェッ!!」

 

 

「仕方がないですねぇ」

 

 

「むーかーつーくーッ!!」

 

 

 地団駄を踏みたいらしいが、まあ無茶だな。

 

 ちなみにこの二人、現在高度二四〇〇〇で晩酌中だ。

 

 うむ、二つの月が近い。

 

 

「高えよ! 怖えよ! つか、ここ何処マジで!?」

 

 

「クラナガン上空。航路からは外れていますから煩くないですよ」

 

 

 マスターの部隊が夜間飛行訓練を行うために、飛行許可を取ったのだ。

 

 それにしても、マスターの魔力色はこういう時目立たなくていいな。

 

 現在我らは直径四メートルほどの魔法陣に重力制御術式を付加して床代わりにしている。

 

 環境に関しては地上にいるのと変わらないものを結界にて実現しているのだが、ある意味無駄な労力だな。

 

 ちなみに宮本はここに来るまで叫びまくっていたぞ。

 

 

「ゲンヤさんとかには好評なんですけどねぇ……」

 

 

「あの親父も来てんのかよ……」

 

 

 ぐったりするな宮本。

 

 

「ここならどれだけ飲んでもギンガさんに怒られませんからね」

 

 

 ここまで昇って来られないからな。

 

 なのは嬢とて人を牽引してここまで来る事は難しかろう。

 

 

「ああ、あと三提督のお歴々とか」

 

 

「ああぁ〜〜〜〜…………」

 

 

 ちなみに全員が酒を飲むわけではないぞ。

 

 単にお茶を飲むためだけに来る時もある。

 

 というか、時空管理局の真実に打ちのめされるな宮本よ。

 

 

「――――しかも、『鬼殺し』…………」

 

 

「真雪さんに話を聞かれたんですけど、そうしたら『使える!!』と言ってこれをくれたんです」

 

 

「――――他に何か言ってたか?」

 

 

 あれは取材というのだマスターよ。

 

 しかも、あれは不味い目だった。

 

 餓狼のような鋭い目、目の前の得物を絶対に逃がさないという狩人の目だ。

 

 

「ええと――――『ぶっきらぼうな問題児と表向き温厚、裏では学園を恐怖で支配する生徒会長の恋の駆け引き!』とか何とか」

 

 

「終わったぁあああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 ああ、人生とか終わったな。

 

 

「お前はどうして余計なことをするんだよ! 神降りてきてるし!」

 

 

「は? 神?」

 

 

「――――――――宮本、マスターは無神論者だ」

 

 

 マスターの母上はクリスチャンだが。

 

 

「くそっ! 飲んでやる! 溺れるほど飲んでやるぅううううううううううううううううううッ!!」

 

 

「ええと……? ブレスト、意味が分かりますか?」

 

 

「うむ、悲しい事にな」

 

 

 ハルカ嬢がご学友から借りてきて、質問した我に懇切丁寧に事細かに、嫌になるほどクッキリハッキリ教えてくれたからな!!

 

 

「理由の説明、お願いできます?」

 

 

「断る。我はまだ機能停止したくない」

 

 

「は……?」

 

 

 ううむ、世の中には非生産的な恋愛があるものだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、アリサはどうしてお前のところに行ったんだよ?」

 

 

「“アリス”では手が出せなかったという事ですよ」

 

 

「で、“チェシャ猫”にご足労願った訳だ」

 

 

 “チェシャ猫”――――終始笑顔を崩さないマスターに対する嫌味だな。

 

 

「とりあえず、ご無事でなにより」

 

 

「ふん」

 

 

 そう言ってコップの中身を飲み干す宮本。

 

 身体に悪そうな飲み方だ。

 

 

「――――――――で?」

 

 

「君を取引相手と間違えたらしいですよ」

 

 

 いきなり核心か。

 

 前置きも予備知識も一切不要。

 

 ただ真実のみを伝えるという、この二人独特の会話だな。

 

 

「彼らが追っていたのは管理局の機密を外部に漏らそうとしていた局員。その取引が――――」

 

 

「俺の通りかかった公園で行われていたと」

 

 

「ええ」

 

 

 真っ昼間の公園での取引。

 

 人出も多いから、ある意味では安全かもしれん。

 

 

「その局員は逮捕されたようですが、彼の持っていたデータメモリがなくなっていたそうです」

 

 

「すでに取引は終わっていたわけか……」

 

 

 それはどうかな。

 

 

「いいえ、その局員は容疑を否認。機密データの持ち出しのみを認めています」

 

 

「つーことは――――」

 

 

「はい、データメモリはクラナガンの日差しの中に消えていきました」

 

 

「時空管理局サマがとんでもない失態だな」

 

 

「正確には地上本部ですがね」

 

 

「世間はそう見ねえだろうがよ」

 

 

 まあな。

 

 

「まあ、世間には公表されない事件ですし」

 

 

「けっ」

 

 

 そう言うな。

 

 公表された方が市民のためにならんのだ。

 

 内部での裁きがぬるくなるはずもないしな。

 

 

「それはともかく、君はマークされます。余計な事はしないように」

 

 

「――――つーか、俺に話していいのか?」

 

 

「今話した事がすべて真実なら、話しはしませんでしたよ」

 

 

「――――ふうん、面白くもない話だな」

 

 

 この世で面白い事など、実はそう多くないものだ。

 

 

「何処かの誰かさんが用意したシナリオを読み聞かせただけですから、気にしないでください」

 

 

「あ〜〜面白くねぇ」

 

 

「本当に、三流以下のシナリオです」

 

 

 マスターと宮本が空を見上げる。

 

 ――――――――む?

 

 

「――――流れ星、ですか」

 

 

「――――嫌な思い出を思い出した」

 

 

「無事を祈ってますよ」

 

 

「無神論者が何に祈るんだよ」

 

 

「無論、我らの女神に」

 

 

「――――――――あのアマゾネス連中に神様できるとは思えねえが……」

 

 

 ふむ、戦女神とて神には違いないぞ。

 

 

「そこらの偶像よりは祈る気になりますよ」

 

 

 聖王教会のシスターに聞かれたらまた組み手を申し込まれるぞマスター。

 

 

「――――――――勝手にしろ」

 

 

「ええ」

 

 

空を見上げ、ふと思う。

 

――――――――月とて、一人は寂しいのかもしれんな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、その時のマスターの願いは叶わなかったようだ。

 

現在宮本は、我の目の前で拘束されている。

 

 

「放せって言ってんだよ!」

 

 

「できません」

 

 

「お前じゃ話にならん! 奴を出せ!」

 

 

「できません」

 

 

「お、お前……!」

 

 

――――――――まあ、拘束されたくらいで大人しくなる訳もないが。

 

それはともかく、煩くて仕方がない。

 

 

「――――貴様の言い分も分からなくはない」

 

 

「だったら……!」

 

 

「しかし、そこのナカジマ陸曹も詳しい事情は知らんのだ」

 

 

我は部屋の出入り口で宮本に鋭い視線を向けている女戦士に目を向ける。

 

その動きに釣られるように宮本もギンガ嬢に視線を移した。

 

 

「そうだったな?」

 

 

「はい、私が命じられたのは“宮本良介”を確保する事。その理由は詳しく聞かされていません」

 

 

「何!? そんな理由で俺を捕まえたのか!?」

 

 

そんな理由という事もない。

 

 

「ミナセ中将から秘匿回線を通じて下された命令です。くれぐれも気をつけて、との言葉も添えてありましたが……」

 

 

「一応本局所属のマスターが地上部隊のナカジマ陸曹に命令を下した。その重要性が分からぬわけではあるまい」

 

 

間違いなく越権行為。

 

一応陸士部隊所属であったから他の本局の人間ほど嫌われていないが、それでも上層部には受けがよくないのだマスターは。

 

まあ、佐官以下にとっては英雄という偶像に近いな。

 

 

「――――ちッ」

 

 

「理解できたか?」

 

 

「アリサたちは?」

 

 

「別働隊が確保した。今はとある所で保護している」

 

 

場所は言えんが。

 

 

「用意のいい事だな」

 

 

「――――――――」

 

 

そうであったらどれ程よかった事か。

 

 

「生憎、マスターは今回完全に出し抜かれた」

 

 

「なッ!?」

 

 

 そう驚くな、マスターとて人間なのだよ。

 

 

「連中もマスターが動く事を予期していたのだろう。――――奴ら、マスターのご両親に手を出そうとした」

 

 

「!!」

 

 

光学センサーの片隅で、ギンガ嬢が顔を歪めているのが見える。

 

 

「まあ、護衛の活躍で大事には至らなかったが、これは警告という事だろう」

 

 

現在海鳴には、マスターの部下が二個大隊配置されている。

 

管理外世界に配置できる最大の規模だ。

 

 

「問題は――――ん?」

 

 

「どうした?」

 

 

これは、緊急用通信回線……

 

マスターか?

 

 

「――――宮本、マスターだ」

 

 

「何?」

 

 

モニター展開。

 

画像よし。

 

音声よし。

 

我の確認が終わると同時に、モニターの中のマスターが口を開く。

 

 

『――――やあ、良介君。元気そうで何より』

 

 

「とりあえず一発殴らせろ」

 

 

そういえば宮本は先ほどの闘い、初撃ノックアウトだったな。

 

まあ、少し状況が変われば結果は違っていたかもしれんが。

 

とりあえず、奴の動揺によってギンガ嬢が勝利した形だ。

 

 

「ミヤモトさん!!」

 

 

「へーへー、相変わらず奴に憧れてんのな」

 

 

「なッ! 何てこと言うんですか!」

 

 

「そりゃ、教科書に載ってるような奴が知り合いにいれば憧れもするわ。お前の妹と同じだな」

 

 

「〜〜〜〜ッ!!」

 

 

 相も変わらず口の減らん男だな。

 

 確かに、ギンガ嬢はどこかマスターに憧れている面がある。

 

 陸士訓練校出身者の中では一番の有名人かもしれんから、まあ、理解できなくはない。

 

 単に母親が褒めていたからだけかもしれんし、父と知り合いだからなのかもしれん。

 

 身近な憧れはフェイト嬢辺りだと思うが、遠い憧れという奴か。

 

 

「ふむ……」

 

 

『――――――――』

 

 

 あ、マスター忘れられとる。

 

 

「おい、マスターが何か言いたげだぞ」

 

 

「――――忘れてた」

 

 

「す、すみません……」

 

 

 喧々諤々と何やら言い合っていた二人が、我の言葉で我に帰る。

 

 素で忘れていたな。

 

 

『まあ、そんな事はどうでもいいです』

 

 

「ん? 珍しいな、お前が皮肉の一言も言わないなんて」

 

 

『そんな時間もないのですよ』

 

 

「――――――――マジか?」

 

 

 宮本の目が、変わった。

 

 

『嘘なら、君の借金全部私が肩代わりしますよ』

 

 

「全部返済しても余裕あるくせに」

 

 

『それはそれ、名家という事ですよ』

 

 

「その名家を乗っ取った奴の台詞かね」

 

 

『ふふ……』

 

 

 マスターの奥方、アンジェリーナ様のご両親は古い権力に縋っていた。

 

 それを適当な理由と共に辺境の世界に隠居させたのは、当時アンジェリーナ様の婚約者だったマスターだ。

 

 その後継としてアンジェリーナ様が当主となり、その後マスターと結婚してマスターがクルス・ミナセ家初代当主となったわけだ。

 

 まあ、クルス家当主と言っても問題はないがね。

 

 

「で、何の用だ?」

 

 

『端的に申し上げましょう』

 

 

 そこでマスターはギンガ嬢と――――我に目を向けた。

 

 そして――――

 

 

『今君の傍にいるギンガさんとブレスト以外、誰も信じないでください』

 

 

「は……?」

 

 

「え?」

 

 

「――――――――」

 

 

 宮本も、ギンガ嬢も、我も、正直意味が分からん。

 

 だが、冗談でもあるまい。

 

 

『正直に言います。今のところ、私も相手がどれ程の規模になるか把握できていません』

 

 

「おいおい……」

 

 

 ――――大問題だな。

 

 

『相手は本局、地上本部の区別無く影響力を持っています。私もここ一日で二度の襲撃を受けました』

 

 

「だ、大丈夫なのですか?」

 

 

 ギンガ嬢、愚問だ。

 

 マスターは機動六課を一人で相手にしても生き残るぞ。

 

 まあ、勝てはしないだろうが、同時に負けもない。

 

 

『現在取調べ中ですが、その内適当な理由で釈放されると思いますよ』

 

 

「だらしねえ奴」

 

 

『そうですね…………実は子供らも実家に戻しました。あそこは事実上の治外法権、外交問題覚悟で襲撃してくる可能性はないでしょう』

 

 

「だったら俺もそこにいた方がいいんじゃねえか?」

 

 

 ふむ、珍しく正論だ。

 

 だが――――

 

 

『君は今回の事件の被疑者となりました。さすがにそのような人物は庇いきれません』

 

 

「げ」

 

 

 だろうな。

 

 

『理解できると思いますが、捕まれば最後ですよ』

 

 

「適当な証拠をでっち上げられて、いつの間にか殺されて終わりってか?」

 

 

『はい。事故死か自殺か、どちらにしても海鳴の人々も無事では済みませんね』

 

 

「――――俺と関わっていたからか?」

 

 

『君の逃亡を助けたとでも言いがかりをつけるつもりでしょう。まあ、君が捕まらないなら私が抑えられる範囲です』

 

 

「死ぬ気で逃げろと?」

 

 

『死んでも逃げてください。万が一の事があっても、後は私が保証しましょう』

 

 

「勝手に殺すなよ」

 

 

 ふん、だがそうなったらマスターは恐ろしい存在となるぞ。

 

 

『死にたくなければ逃げる事です。そうそう、機動六課やゲンヤさんの部隊も信用しないように』

 

 

「あいつ等もか!?」

 

 

「――――ッ!!」

 

 

 二人の驚きも無理はない。

 

 機動六課ははやて嬢が部隊長を務めるエリート部隊。

 

 ゲンヤの部隊もギンガ嬢にとっては大切な仲間だ。

 

 それすら信用するなとは――――

 

 

『機動六課が君を捕らえれば、彼女たちは君を護るために尽力するでしょう。それが不味い。ゲンヤさんも同様です』

 

 

「――――くそったれ」

 

 

「そんな……」

 

 

 真実を知っている可能性のある者は、すべて消される。

 

 いかな有名人とはいえ、一介の佐官では太刀打ちできんか。

 

 

『いいですね? 現在三提督、ゲイズ中将と共に内部監査を進めています。それが終わるまで逃げ切ってください』

 

 

「レジアスだと!?」

 

 

『彼は必要悪以上の悪を認めません。それが自分でも、です』

 

 

 奴とて平和を食らうだけの者を許しはしないだろう。

 

 どんな形にせよ、奴の理想は地上の平和だ。

 

 

『今回は事実上の共同戦線。昔お世話になったゲイズ中将と仕事ができるとは、正直楽しみですよ』

 

 

 それが、幻と消える可能性があっても、か。

 

 

『それはそうと――――ギンガさん』

 

 

「は、はい!」

 

 

 慌てるな、昔馴染みだろう。

 

 

『心配しなくても、機動六課は教会も絡んでいる部隊です。彼が捕まらない限り危険はありません』

 

 

「あ……ありがとうございます……」

 

 

『何、クイントさんにも頼まれていますのでね』

 

 

 そう言って笑うマスターは、なるほど、多くの者が慕うのも分かる。

 

 ――――普段からそうなら我の苦労も減るのだがなぁ……

 

 

『ブレストにデータを送りました。そこに地球へのトランスポーターを設置しておきます。ですが、それ以上の援助は君たちの知らない所でのみとなります』

 

 

「連絡手段もなし、か」

 

 

『我々の繋がりを連中は一番恐れているのですよ。いいですね? この通信が切れたら私の言葉も信じないでください』

 

 

「――――――――」

 

 

『この通信が切れた瞬間からすべてが終わるまで、あなた方の周りはすべて敵です』

 

 

 そう、機動六課や、海鳴の者たちも。

 

 

『彼らを護りたいなら、絶対に捕まってはいけません。敵を護れというものおかしな話ですが、やってもらうしかありません』

 

 

 真実を知らない彼女らは、全力で宮本を確保しに来るだろう。

 

 マスターが抑えても、一度も接触せずに済む事はない。

 

 

『そうですね、すべてが終わったらこの言葉でお知らせします』

 

 

 そう言ってマスターは、宮本に向けてその言葉を告げる。

 

 

『――――――――』

 

 

 さあ、この言葉を聞けるのはいつになる事か。

 

 

『それでは、武運を祈ります。――――そこの彼女にね』

 

 

「ふん、確かに相応しい名前ではあるな」

 

 

「――?」

 

 

 ギンガ嬢は何の事か分からんだろうな。

 

 

「あ〜〜、気にすんな。悪い意味じゃない」

 

 

『ええ、そうです』

 

 

「は、はあ……」

 

 

 釈然としない表情のギンガ嬢はとりあえず置いておくとして――――

 

 

「二人とも、これを着けろ」

 

 

「って、これは――――」

 

 

「――――手錠に見えるんですけど……」

 

 

 うむ、ギンガ嬢正解だ。

 

 

「マスターの部署で開発された特殊軽合金製の手錠だ。新型艦船の外装に使用される予定の物でな。対魔法対衝撃双方を高いレベルで実現している」

 

 

「――――で?」

 

 

『彼らの手の者の中には幻術魔法の使い手もいます。変身魔法に関しては君たちでは対処しきれないでしょう。ならば――――』

 

 

「初めから物理的に接続されていればいい」

 

 

 離れなければ偽者がいようがいまいが関係ないからな。

 

 

「――――――――馬鹿だろう?」

 

 

『本当なら対幻術用の装備を整えたかったのですが、間に合いませんでしたので』

 

 

「だからってこんなバカな方法があるか!」

 

 

 まあ、宮本が怒鳴る気持ちも分かる。

 

 だが、マスターに伝家の宝刀があるのだよ。

 

 

『――――良介君』

 

 

「――――何だ」

 

 

『緊急事態ですので、君の意見はすべて却下です』

 

 

「ああもう! 俺こいつ嫌い!!」

 

 

 問答無用。

 

 

「――――装着」

 

 

「ああ!?」

 

 

 がちゃりという音が何とも言えんな。

 

 そして――――

 

 

「ほれ、ナカジマ陸曹。右手を出せ」

 

 

「ほ、本当に着けるんですか……?」

 

 

「うむ」

 

 

「――――――――」

 

 

 悩むのも分かる。

 

 これではまるで犯罪者だからな。

 

 というか、隣の宮本が微妙な顔しておる。

 

 

「――――嫌なら別に構わねえぞ」

 

 

「え?」

 

 

「だから、一人で逃げるって言ってんだよ」

 

 

「――――本気ですか?」

 

 

「おう」

 

 

 ――――――――慣れてるからな。

 

 しかし――――

 

 

「今回は無理だ」

 

 

「あ?」

 

 

「相手が大きすぎる。マスターも貴様の個人的感情に構っている余裕はないのだ」

 

 

 悪いとは思うが、今回はこうして原始的な手段に頼るほかない。

 

 

「本局ではすでに本格的な情報戦が始まっている。ここが知られるのも時間の問題だ」

 

 

 それに――――

 

 

「ここに鍵もある」

 

 

「それを最初に言えよ!!」

 

 

 言ってなかったか?

 

 

「というか、鍵のない手錠に何の価値があるというのだ」

 

 

「――――装飾とか」

 

 

「ないな」

 

 

 全くない。

 

 だからこいつはマスターに遊ばれるのだ。

 

 見てみろ、ギンガ嬢など冷静に事態に対処しているではないか。

 

 ――――手錠着けたりだとか。

 

 

「――――いや、正直すまん」

 

 

「は……?」

 

 

 微妙に不安そうな顔で手錠を見詰めるギンガ嬢を見ていると、どうしても罪悪感がこう――――むくむくと。

 

 

「――――大丈夫です。被疑者の護送だと思えば……多分……」

 

 

「ってうぉい!! 俺は無実だっての!」

 

 

「あ! す、すみません……」

 

 

「いや、無実だが被疑者だ」

 

 

「――――――――あ、アリサの言う事聞いて大人しくしてれば良かった……」

 

 

 今更だな。

 

 アリサ嬢の言葉を無視してクラナガンに来た挙句、こうしてギンガ嬢と我に保護されている。

 

 何ともまあ、マスター並みに問題を起こす男だな。

 

 

『――――さて、これから私も動かなくてはなりません。支援は適当にやりますので、あなた方はしっかりと逃げ切ってください』

 

 

「あ、あの……」

 

 

『ん? 何ですか、ギンガさん』

 

 

「先ほど私と一緒にミヤモトさんを確保した人たちは……?」

 

 

 ああ、そういえばいつの間にか姿がなかったな。

 

 実は明るいところにいると溶けてしまうのかもしれん。

 

 ――――む、冗談には聞こえんな。

 

 

『彼らはすでに別働隊として動いています。それに、こういう時はできるだけ少ない人数で動く事が賢明です』

 

 

「はい……」

 

 

『不安に思うのは分かりますが、彼らもそれほど大きな戦力を君たちにぶつけることはないでしょう。大きな戦力はそれだけ私たちに気付かれやすい。下手に部隊を動かして、私に尻尾を掴まれるような危険は冒さないと考えられます』

 

 

「そうそう上手くいくのかね」

 

 

『だからこそギンガさんなのですよ。本当はシャッハさん辺りに頼もうかとも思ったのですが、どうにも以前仕事を手伝ってもらって以来避けられているようで……』

 

 

「何した?」

 

 

 うむ、正解だ宮本。

 

 

「――――聖王教会に何日か出張した際に秘書の代わりを務めてもらったらしいのだが、いつもの副官たちと同じくらい思いっきり振り回してしまったらしい」

 

 

「ああ……なるほど」

 

 

「――――さぞ辛かったでしょう……」

 

 

 最後なんぞ涙目で姿を晦ましたマスターを探していたぞ。

 

 あれがあのシスター・シャッハの姿かと思うとこちらも泣けてくる。

 

 ちなみにマスターは屋根の上で仕事をしていた。

 

 空に逃げなかったところが優しさなのか嫌がらせなのか、正直分からん。

 

 

『――――私は理由が分からないのですが』

 

 

「ダメダメだな」

 

 

「ダメ提督め」

 

 

「――――――――ダメダメです、リュウトさん……」

 

 

『おや? ギンガさんにまで……』

 

 

 ショックを受けたような口ぶりだが、顔には全くそのような様子がない。

 

 ――――すまなんだ、シスター。

 

 

『――――ん?』

 

 

 マスターがモニターの外に視線を向ける。

 

 どうやら誰か来たらしい。

 

 おや? あれは――――

 

 

『――――リュウト中将。父……いえ、レジアス中将がお待ちです』

 

 

『ああ、了解しました』

 

 

 やはりオーリス嬢か、どうやらあちらも動き始めたようだな。

 

 

『――――良介君、ギンガさんをお願いしますね』

 

 

「俺が世話になるんだろうが」

 

 

『ええ、そうですね。ですが、ギンガさんも無茶をするので……』

 

 

「提督!?」

 

 

 驚くなギンガ嬢よ、伊達に長い付き合いではなかろう。

 

 

「――――こいつもお前だけにはそう言われたくないだろうよ」

 

 

『――――ま、確かにそうですがね』

 

 

 そう言って笑うマスターは、少し寂しそうに見えた。

 

 

『どちらにせよ、これからお二人は運命共同体です。ですがその気になれば手を伸ばして助けを求める事も、助ける事もできる』

 

 

「すでに手錠で繋がれてるんだが」

 

 

『だったら尚更いい事です』

 

 

「いや、よくねえよ!!」

 

 

『――――本来君の持つ力はそんなくだらない鎖よりも強い。私は時折、それが羨ましくなります』

 

 

「俺はお前が羨ましいって思ったことはない」

 

 

『かもしれませんね』

 

 

 稀少技能も他を圧倒する魔力も持ち合わせていなかったマスター。

 

 そのマスターは、どう足掻いても奇蹟など起こせない平凡な魔導師だった。

 

 必然を積み上げ、ただ無難な結果のみを生み出す自分に、マスターはいつも倦んでいた。

 

 そんなマスターを導いたのは、マスターの周囲にいた者たちだ。

 

 

『――――君との付き合いもそれなりになりますが、今回は君の力に期待するしかなさそうですね』

 

 

「は? お前が?」

 

 

『――――ええ、私は今回前線に出ることは叶わないでしょう。椅子に踏ん反り返って他人の命を駒にするのが精一杯だと思います』

 

 

「その自覚があるならまだ大丈夫だろうさ」

 

 

『だといいのですがねぇ……』

 

 

 くくく……というマスターの笑いが、我にはひどく悲しげに聞こえる。

 

 かつてのように人々の先頭に立って戦う事も、今のマスターには難しいのだ。

 

 立場には責任が伴う。

 

 責任と権力を混同してしまう馬鹿もいるが、幸か不幸かマスターはそうではないようだ。

 

 このような事態になった時、マスターは手を伸ばし助けを求めるわけにはいかない。

 

 助ける事はできても、助けを求めるわけにはいかない。

 

 

『――――随分話してしまいました。オーリスさんがこちらを睨んでいるので、そろそろ行きますね』

 

 

「ああ、早めに決着つけてくれ」

 

 

『努力しましょう。正直――――』

 

 

 ――――!!

 

 マスターの纏う空気が変わった……!

 

 

『――――大切な人々が常に危険に晒されているというのは、私にとって耐え難い苦痛ですから』

 

 

 ああ、オーリス嬢がマスターの鬼気に中てられて気絶してなければいいが……

 

 

「――――そんなに切れたままだと頭の大事な血管も切れるぞ」

 

 

『そうですね。では、ご武運を……』

 

 

「ああ、お前も死なない程度にな」

 

 

 宮本の言葉に曖昧な笑みを残し、マスターは姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ミナセ提督って、あんな風に笑うんですね……」

 

 

「ナカジマ陸曹の中のマスターとは、如何なるものだ?」

 

 

「そうですね……やはり超然とした英雄といった感じのものでしょうか……」

 

 

「ふむ……」

 

 

「へッ! あいつが英雄って柄かよ」

 

 

 マスターからの通信が切れて以来、我らはこうして実りのない会話だけをしていた。

 

 最初は我から状況の説明をしていたのだが、それが済んだ後は暇な時間だけが残った。

 

 

「あの陰険野郎が英雄だったら、この世は終わりだね」

 

 

「ッ!! ――――ミヤモトさん! 私の前なら構いませんが、他の人の前でそんな事を言っては……」

 

 

「本局で同じ事言ったら局員に喧嘩売られたぞ」

 

 

「当たり前です!」

 

 

「――――宮本、貴様の知るマスターは本当に一部の者しか知らないマスターなのだ。世間の大多数はマスターを完全無欠の英雄と見ている」

 

 

「作られた英雄サマってか。――――くだらねぇ……」

 

 

 宮本がくるくると手錠の鍵を回して遊んでいる。

 

 まあ、宮本の言っている事はマスターに近い人間なら半分以上の者が思っていることだがね。

 

 

「――――悲しいかなそれが現実だ。管理局と言う組織が健全に機能するためには、ああして誰かが英雄を演じなくてはならない。かつての三提督のようにな……」

 

 

 ――――ただで最高評議会に利用されるマスターではないと思うが、やはりこのような事態ではその肩書きが邪魔になるな。

 

 まあ、あのマスターなら、その肩書きのおかげでこうして仲間を護れると言うのだろう。

 

 しかし、マスターの周囲の者はそんなマスターの感情を嫌悪している節がある。

 

 例えば奥方にとってのマスターはこの世でただ一人しかいない大切な者。

 

 子らにとってはただ一人の父。

 

 妹君たちにとっては敬愛する兄。

 

 そのどこに“英雄”などというくだらないものが介在できるというのか。

 

 

(――――妹たちにとっても、マスターは生みの親にして絶対なる伴侶。感情より尚深い何かによって契りを結んだ永久の友だ)

 

 

 宮本にとっての海鳴、それは掛け替えのない大切なものだろう。

 

 奴はあそこで多くの何かを得た。傷付き、傷付け、なお進んで得たものだ。

 

 それは他の者では絶対に手に入れられないもの。

 

 だが――――――――む?

 

 

「――!!」

 

 

「ちッ!」

 

 

 二人も気付いたか……

 

 セーフハウスの周囲にロクでもない連中が集まってきた事に。

 

 

「――――誰でしょうか……」

 

 

 ギンガ嬢は慌しくテーブル類でバリケードを築いていく。

 

 

「気配の消し方が甘い。我の魔力センサーに引っ掛かるという事は、事情を知らされていない武装局員達といった所か」

 

 

 何ともやり難い相手だな。

 

 事情知ってこちらに喧嘩を吹っ掛けてくるような輩なら、全身全霊全力全開で戦えるというのに……

 

 

「――――戦いますか?」

 

 

「我に問うな。ここでは陸曹が最上位だろう」

 

 

「ですが……」

 

 

「――――まあ、マスターなら……」

 

 

 我はこの状況下でマスターが採るであろう行動を二人に聞かせる。

 

その言葉を聞いて頷くギンガ嬢。

 

 宮本はこれ以上無いほど顔を顰めている。

 

 

「――――あの野郎、日々せこくなっていきやがる」

 

 

「そう言うな。最良の結果を残すためにあらゆる手段を講じる事ができるのはマスターの美点だぞ」

 

 

「分かってるよ。躊躇って後悔するってのは、あいつにとって最悪の結末だからな」

 

 

「――――??」

 

 

 首を傾げるギンガ嬢を他所に、宮本は早々に荷物を纏める。

 

 うむ、夜逃げが似合う男だな。

 

 

「――――おい、今ロクでもない事考えたろう」

 

 

「知らん」

 

 

 む、最近妙に鋭いな。

 

 なのに、何故マスターには振り回されるのか……

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 

 

「ナカジマ陸曹。心の準備はいいか?」

 

 

「あ、はい!」

 

 

 やはり仲間と戦う必要がないという事が嬉しいようだな。

 

 妙に気合が入っておる。

 

 

「――――よし、それでは……」

 

 

 すべての準備が終わった事を確認し、我は二人に作戦開始を告げる。

 

 

「マスター直伝! 『戦いたくないなら逃げてしまえ作戦』発動!!」

 

 

「よっしゃあッ!! ってその名前は――――」

 

 

「行くわよ! ブリッツキャリバー!!」

 

 

wingroad.

 

 

「――――止めってうぁあああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 

 宮本の文句がガラスの割れる音を境に遠ざかっていく。

 

 それはもちろん、ギンガ嬢がウイングロードで部屋から飛び出したせいだ。

 

 ――――宮本はギンガ嬢の肩に担がれていたな……

 

 

「――――む、下の連中慌てているようだな」

 

 

 建物の外で怒号が響いておる。

 

 どうやら二人の姿を見失ったようだな。

 

 ウイングロードはマスターも使えるが、あの姉妹ほど上手くは使えん。まあ、サンダーボルトを乗せるくらいはやってのけるが。

 

 それはともかく、二人はおそらく建物の隙間にでも逃げ込んだのだろう。

 

 

「我も行くか……」

 

 

 おっと、その前に下の連中の顔を記録しておかねば。

 

 

「――――それにしてもまあ、あの二人なかなか面白いコンビやもしれんな……」

 

 

 ふむ、二個小隊といったところか。

 

 あの連中の所属は――――地上本部か……

 

 

「困ったものだな。レジアスの馬鹿者めが……」

 

 

 マスターに突っかかるくらいなら己の足元を固めろ。

 

 

「――――――――む、いかん」

 

 

 あまり離れると二人に合流できなくなる、そろそろ潮時か。

 

 

「さてマスター、早々に決着をつけてくれよ」

 

 

 あの二人のお守り、我にはちと堪える。

 

 ん? そういえば何かを忘れているような……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――無事か?」

 

 

 我が路地裏で待っていた二人に追いついたのは、結局それから数十分が経った頃だった。

 

 事前に合流地点を決めてあったとはいえ、こうも追っ手の数が多いと、撒くのにも手間がかかるというものだ。

 

 まあ、ギンガ嬢がいる以上、心配はしていなかったがね。

 

 

「無事じゃねえッ!! 死ぬかと思ったわ!」

 

 

「よし、無事だな」

 

 

「ぐあああああああああああああッ!!」

 

 

 頭を掻き毟って吼える宮本。

 

 その姿にギンガ嬢が驚いておる。

 

 

「気にするな、こいつは常に情緒不安定なのだ」

 

 

「は、はぁ……」

 

 

 宮本を更生させると意気込んでいるようだが、いかんせんギンガ嬢はまだ若い。

 

 マスターなど、宮本を更生させようなど欠片も考えておらんぞ。

 

 まあ、宮本の問題点を挙げると、どうしてもマスター自身の問題点とか重なる部分が多いからな。まるで自分を責めているようでやりにくいのだろう。

 

 

「というより、こやつは基本的に馬鹿だ」

 

 

「喧嘩売るなら買うぞコラ!?」

 

 

「ふん、貴様如きに買えるほど安く売るつもりはない」

 

 

「じゃあ俺が売ってやる!!」

 

 

「ミヤモトさん!!」

 

 

「なんで俺!?」

 

 

 そこはそれ、日頃の行いというものだ。

 

 

「さて、これからの行動についてだが……」

 

 

「はい」

 

 

「ち」

 

 

 そう不貞腐れるな宮本。

 

 

「とりあえず海鳴を目指そうと思うが、どうか?」

 

 

「確かに管理外世界に身を隠すというのは妙案だと思いますが、それは相手も予想しているのではないでしょうか?」

 

 

「うむ、だからあくまで最初と最後の選択肢と言う奴だ。それがダメならクラナガンの廃棄区画にでも身を隠すとするか」

 

 

「廃棄区画ですか……?」

 

 

「――――俺に対するあてつけか?」

 

 

 まさか。

 

 いくら貴様が廃墟を新居と呼んでいたとはいえ、いちいちそんな事まで気にせんよ。

 

 

「我はそれほど暇ではない。廃棄区画にはマスターが非常時に備えて作ったシェルターがいくつかある、そこに隠れようというわけだな」

 

 

「あいつは何をやってるんだ……」

 

 

「――――何、ちょっとした保険といった感じのものだ」

 

 

 あの“予言”が当たった時のための、な。

 

 ああそうだ――――

 

 

「これからは魔法の使用も厳禁だ」

 

 

「え!?」

 

 

「げ!」

 

 

「何を驚く? 管理局には魔力探査を得意とする者もいる。それらに対するには魔力反応を抑えるしかなかろう」

 

 

「う……」

 

 

「――――こいつ、一気に足手纏いだな」

 

 

「あう……」

 

 

 ――――ギンガ嬢本来の“機能”を使えばいいのかもしれんが、それは本人次第。

 

 マスターもその辺りまで含めてこの人選にしたのだろうな……

 

 

「宮本よ」

 

 

「あ?」

 

 

「お前は常に足手纏いだろうに」

 

 

「うっせい!!」

 

 

 お前のフォローをするアリサ嬢の苦労が少しだけ分かったぞ。

 

 

「――――現在、午後二一時四六分。そろそろ動かないと不味い」

 

 

「そうですね……職務質問でもされたら、正直今の状況では……」

 

 

「――――その目何!?」

 

 

 手錠で繋がれた男女か――――不味いな、ものすごく。

 

 仕方がない、一旦手錠を外して――――――――あ。

 

 

「――――二人とも、ちと確認したいのだが……」

 

 

「何ですか?」

 

 

「何だよ?」

 

 

「鍵、どちらが持っている?」

 

 

 我の言葉に二人は顔を見合わせ、同時に口を開いた。

 

 

「ギンガ」

 

 

「ミヤモトさん」

 

 

 ――――――――

 

 ああ……やってしまった……

 

 

「――――――――マジで?」

 

 

「――――――――嘘でしょう?」

 

 

 ああ、宮本が最後にテーブルに置いたのは覚えている!

 

 確かその後ギンガ嬢がテーブルをバリケードにして……

 

 鍵は――――どこへ行った? いや、本当に。

 

 

「丸いの! 予備の鍵は!?」

 

 

「――――試作品でな、予備の鍵は本局だ」

 

 

「のおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 そういえばマスターも鍵の紛失には気を付けろと言っていたなぁ……

 

 

「おいコラスーパーボール! お前の装備で切れねえのか!?」

 

 

「できんことはないが……」

 

 

「じゃあすぐに切ってください! このままじゃ満足に逃げる事もできません!」

 

 

「う……ううむ……」

 

 

 ギンガ嬢まで……

 

 しかしなぁ……

 

 

「五日位かかるぞ」

 

 

「何故に!?」

 

 

「いや、我の装備でこれを切断できるものといったら高振動切断刃くらいのものなのだが……」

 

 

「何その危ない名前!?」

 

 

「刃毀れしない刃物というコンセプトで設計されたマスターの趣味の結晶だ」

 

 

 まあ、結局刃毀れするがね。

 

 

「相変わらず変なもん作ってんだなぁおい!」

 

 

「――――否定はせんよ」

 

 

 災害時における装備品の一つとして制式採用されるかもしれないとは――――言っても意味なかろうな。

 

 

「こいつは高周波の振動で物質を切り裂くものなのだが、我のものは試作品で出力が低い。それでもこれまでの金属なら問題なく切り裂けたのだろうが……」

 

 

「新開発の合金――――それも高硬度である事が大前提の装甲材は切り裂けないと……」

 

 

「うむ、この金属は今までの金属とは分子配列が異なる。その恩恵で高硬度を実現したのだが、な」

 

 

 正直すまん。

 

 ちなみに開発にはマリエル嬢だとかも関わっていたりするぞ。

 

 

「――――つまりはあれか、俺とこいつは運命共同体だと?」

 

 

「――――宮本にしては冴えているな。その通りだ」

 

 

「表に出ろぉッ!!」

 

 

「表通りに出て騒ぎを起こせばその瞬間補足されるぞ」

 

 

「もう嫌だぁあああああああああああッ!!」

 

 

 我も嫌になりそうだ……

 

 

「――――――――」

 

 

 あ、ギンガ嬢が真っ白になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう……こんな所に泊まる事になるなんて……」

 

 

「うるせえッ! こんな怪しい奴泊めてくれんのはこういう所ぐらいなんだよ!!」

 

 

「あ、怪しいって……」

 

 

 どんよりと暗い影を背負ったギンガ嬢を引っ張り、どうにか本日の宿に到着した我々だが――――やはりこうなってしまうか……

 

 ちなみに我の目の前にあるのは――――

 

 

「――――連れ込み宿?」

 

 

「言うなっての!」

 

 

 そうは言ってもな。

 

 繁華街の片隅にあるこのような目的の宿。我も知らぬわけではないが……

 

 む? これは――――

 

 

「なあ宮本……」

 

 

「何だよ」

 

 

「――――音響センサーの感度を落としたいのだが……」

 

 

 先ほどから何ともいえない声やら何やらが聞こえてくるのだ。

 

 人間にとって完璧な防音でも、我にとっては完璧にならんのだよ。

 

 

「――――もうさっさと落とせよぉ……」

 

 

「泣いてる!?」

 

 

 宮本も疲れているようだな、うん。

 

 

「ギンガ嬢、野宿して奴らに見つかるのは不味い。ここは宮本に従うべきだ」

 

 

「――――はい……」

 

 

 そう言ってギンガ嬢はとぼとぼと歩き始める。

 

 まあ、ギンガ嬢の性格を考えれば無理もない。

 

 

「――――で、お前はどうするんだ?」

 

 

「光学迷彩で姿を隠している。気にするな」

 

 

「――――――――もういい……」

 

 

「うん?」

 

 

 ギンガ嬢に引き摺られるように歩き始めた宮本だが、我の言葉を聞いて微妙な表情を浮かべた。

 

 貴様がここに連れてきたのではないのか?

 

 全くもって分からん……

 

 む、そんな事を考えているうちに二人は宿の扉を潜っていた。

 

 

「――――いらっしゃい」

 

 

「二人だ」

 

 

「――――――――」

 

 

 宿の店主は、この場に馴染みきった中年の男だった。

 

 その顔には終始野卑な笑みが張り付き、口に咥えた細い葉巻から紫煙を燻らせている。

 

 我が男を観察していると、店主は宮本とギンガ嬢、そしてその手を繋ぐ手錠に目をやってにやりと笑みを深めた。

 

 

「――――お前さんら、訳ありか?」

 

 

「――――――――」

 

 

 ち、勘の鋭い奴だ。

 

 いや、むしろ納得するべきなのか……

 

 

「だんまりはお前さんらのためにならんと思うがねぇ……くくっ」

 

 

「うるせえ、部屋はあるのか、ないのか」

 

 

「あるにはあるさ。だが、今日は少し高いがね」

 

 

「いくらだ?」

 

 

 宮本の言葉に、店主は手元の紙に金額を書きつける。

 

 その値段は――――高級宿泊施設に一週間泊まれるだけの金額だった。

 

 そしてその金額が提示されると同時に、店の入り口に別の男が立つ。

 

 その瞬間――――

 

 

「――!!」

 

 

 ギンガ嬢の顔が驚愕に歪み。

 

 

「て、てめえ……!」

 

 

 宮本が拳を震わせる。

 

 ダメだ、完全にカモだと認識されたな。

 

 我は兵装へのエネルギー供給を始めるとするか。

 

 

「いや、俺だって鬼じゃあない。そっちのお姉ちゃん、一晩うちに預けてくれればそれで今夜の安全は保障するぜ?」

 

 

「なッ……!」

 

 

「ぐ……」

 

 

 最悪だ、ここは売春婦の斡旋所でもあったか。

 

 くそ、宮本の案内など当てにした我が馬鹿だった。

 

 

「み、ミヤモトさん……」

 

 

 ギンガ嬢が己が身体を抱いて宮本の背後に隠れる。

 

 ――――そういえば、ギンガ嬢はまだ一七だったか……

 

 いくら時空管理局の魔導師だとはいえ、このような状況に慣れているはずもない、か。

 

 ううむ、後で謝っておかねばならんな。ゲンヤにも一言謝罪せねばなんか?

 

 

「――――――――ふん」

 

 

 宮本が顔を顰めながら店主に何かを差し出す。

 

 あれは――――手紙と、データメモリか?

 

 

「んん?」

 

 

 男はギンガ嬢ににやにやとした笑みを向けていたが、宮本の差し出したそれらに興味を移した。

 

 

「何だよ、あるんじゃねえか、いいものが」

 

 

「ふざけろ、単に預かった手紙だ」

 

 

「ああ?」

 

 

 店主は宮本の言葉に訝しげな表情を浮かべるとおもむろに手紙を開いた。

 

 そして――――その表情が強張る。

 

 

「だ、『重なり合う十字(ダブルクロス)』の紋章!?」

 

 

 ダブルクロスだと!?

 

 み、宮本ぉ!?

 

 

「お前! こいつが何か分かって持ち出したのか!? こいつは……」

 

 

「ああ? くそロクでもねえ知り合いから預かってんだよ。こういう場所で問題が起きた時に使えってな」

 

 

「だから! こいつが何か分かってんだろうな!?」

 

 

 本当に分かってるんだろうな、宮本!

 

 『重なり合う十字(ダブルクロス)』といえば――――

 

 

「あのクルス・ミナセ――――それも宗家当主の印だぞ!?」

 

 

 その通り!

 

 下手に出すとそれだけで事態が拗れる諸刃の剣だ。

 

 おそらく宮本から受けた恩を返すつもりでこれを預けたのだろう。

 

 だが、預ける相手が悪すぎるぅッ!!

 

 

「――――で、泊めるのか? 泊めないのか?」

 

 

「く……!」

 

 

 店主の顔が大きく歪んでいく。

 

 それに対して宮本の顔には余裕が生まれ、ギンガ嬢の顔には安堵と苦笑が浮かんだ。

 

 

「――――くそっ! 勝手に泊まりやがれ!」

 

 

 そう言って店主が投げ渡した鍵とデータメモリを、宮本が非常に見慣れた笑みで受け取った。

 

 

「そいつはどうも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば、その日は特に問題もなく終わった。

 

 まあ、こういう宿にありがちなダブルベッドにギンガ嬢が顔色を赤くしたり青くしたりしていたが、宮本が床で眠り、我が常に監視しているということで納得した。

 

 手錠の鎖に余裕があってよかったと思った我を、誰が責められようか。

 

 どちらにしても、今日は忙しかったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃亡生活四日目。

 

 現在我らは――――追跡者に追われている。

 

 しかもすごく不味い追っ手だったりするぞ!?

 

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

「しっかり捕まっていてください!」

 

 

 う、海鳴が遠ざかるぅ……

 

 まさかトランスポーターを押さえているのが――――

 

 

「あいつらぁああああああああああああああッ! 覚えてろよぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

「だからしっかり捕まっていてください! 六課の皆さんを相手に人一人抱えて逃げるってすごく大変なんですよ!?」

 

 

 ――――機動六課だったなんて……!!

 

 これならマスターの方がまだ――――いや、こっちの方がマシか?

 

 

「あの陰険中将め! 実は俺に嫌がらせしてるんじゃないか!?」

 

 

「自分の家族を巻き込んで嫌がらせするわけないだろうが! おそらく本局の誰かが六課に情報を漏らしたか――――命令を下した!」

 

 

「何!?」

 

 

 やはり地上本部だけの問題ではなかったか!

 

 くそっ! 本局に残っているマスターは無事だろうな……!?

 

 

「――――ギンガ・ナカジマ陸曹! すぐに停止しなさい!!」

 

 

「フェイトさん!?」

 

 

「兄さん! 待ってください!!」

 

 

「なのは!?」

 

 

 のおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!

 

 よりにもよってこの二人ですと!?

 

 しかも飛行許可まで取ってる!!

 

 マスターヘルプミー!!

 

 思考ルーチンが大混乱!?

 

 

「はやて! リョウスケを見つけた! 廃棄区画の外れ! 緊急封鎖お願い!!」

 

 

 通信してるぅ!?

 

 念話じゃないというのが何とも恐ろしい!

 

 フェイト嬢もまさか口に出しているとは思っていまい。

 

 つまりそれは――――宮本を前にして冷静さを失っているという事……

 

 

「兄さん! どうしてギンガ陸曹と一緒にいるんですか!?」

 

 

「最悪だぁああああああああああああああああッ!!」

 

 

 こっちも冷静じゃなかったぁあああああああああああああああああああッ!!

 

 何というか……目が……本気の時のマスターにそっくりだ!

 

 

「しかも、本局の重要機密を強奪したって……!!」

 

 

「何ぃッ!?」

 

 

「リュウトさんはその責任を問われて軟禁状態です! どうしてこんな事を!?」

 

 

「そんな!」

 

 

「あの馬鹿! いきなり足引っ張りやがって!!」

 

 

 いや、ひょっとすると……

 

 

「兄さん!」

 

 

「リョウスケ!」

 

 

 そんな事を考えてる暇もない、か。

 

 

「宮本! マスターに関しては心配ない! あのマスターが何もせずに捕らえられるわけもあるまい!!」

 

 

「――!!」

 

 

 マスターならもう少し上手く立ち回れるはず、だがあえて捕らえられたというなら、事態は確実に動いている!!

 

 ならば!

 

 

「ナカジマ陸曹! 前方一〇〇で右折! その先に地下水路への入り口があるはずだ!!」

 

 

「はい!」

 

 

 ぐんとスピードを上げるブリッツキャリバー。

 

 我も宮本に掴まっていなければ振り落とされそうだ。

 

 

「――! ありました!」

 

 

「よし! そこに飛び込――――!?」

 

 

 右折した先に見えた整備用の入り口。

 

 その前に、四つの影が現れた。

 

 

「――――六課のガキ連中!?」

 

 

「そんなッ!?」

 

 

 地面を削りながらその場に停止するギンガ嬢。

 

 目の前の妹に、驚愕の目を向けていた。

 

 

「ギン姉! どうしてこんな事したの!?」

 

 

「ギンガさん!」

 

 

 スバル嬢にティアナ嬢。

 

 

「ミヤモトさん! フェイトさんを悲しませないでください!」

 

 

「リョウスケさん! 一緒に帰りましょう!」

 

 

 エリオにキャロ嬢。

 

 それぞれ必死の表情で我らの前に立ち塞がる。

 

 デバイス達も主の気持ちを汲んで我らに全力でぶつかるつもりだ……!

 

 

「――――不味い、なのは嬢たちが追いついてくるぞ」

 

 

「だからって、こいつら相手じゃ……」

 

 

 それ以前に、お前たち二人はロクに戦闘もできまい。

 

 くッ、こうなったら……

 

 

「どちらでもいいい! 我のリミッター解除を承認しろ!」

 

 

「はあッ!? 何だよそれ!」

 

 

「うるさい! お前でいい! 『リミッター解除承認』と言え!!」

 

 

「ぶ、ブレストさん?」

 

 

「ナカジマ陸曹は合図と共に地面を打ち抜け!」

 

 

「え、あ、はい!」

 

 

 くそっ!

 

 こんな所で面倒な事を……

 

 

「宮本ぉッ!!」

 

 

「分かったよ! り、リミッター解除承認!」

 

 

 ――――!!

 

 明確な判断能力を持つ人間による承認受諾!

 

 ヴァーセル式魔導機関出力全開!

 

 全兵装の制限を解除!

 

 対物制限解除!

 

 

「な!?」

 

 

「何ですって!?」

 

 

「ミヤモトさん!?」

 

 

「うわきゃあッ!!」

 

 

 吹き荒れる風に翻弄されている新人たちの悲鳴が聞こえる。

 

 だが、今は謝罪もできん!

 

 

「ナカジマ陸曹!」

 

 

「はい!」

 

 

 甲高い唸りを上げる銀の拳!

 

 それが地面に叩きつけられると同時に――――振動切断!!

 

 

「高振動ブレード! 出力全開!!」

 

 

 数十メートルに展開した高振動刃を、横に立つビルに叩きつける!!

 

 

「ってなぁあああああああッ!?」

 

 

「ええッ!?」

 

 

 ――――断!!

 

 

「行けえっ!!」

 

 

「――!!」

 

 

 がらがらと崩れるビル。

 

 その衝撃と混乱に紛れ、我らは地下へとその身を投じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ひでえ臭い」

 

 

「うう……気分が……」

 

 

「文句を言うな。捕まらなかっただけマシだ」

 

 

「それはそうだけどよ……」

 

 

「あう……」

 

 

 我らが再び姿を現したのは、海鳴へのトランスポーターから大きく離れた一角だった。

 

 遠くに地上本部の明かりが見え、なんとも憎らしい。

 

 

「――――今日は風呂に入れよ」

 

 

 この臭いは正直問題だ。

 

 ――――我の責任もあるがな。

 

 

「――――だろうなぁ……」

 

 

「ええッ!?」

 

 

 何を驚くギンガ嬢――――――――あ。

 

 

「――――そういや、手錠……」

 

 

「や、やっぱりお風呂は――――」

 

 

「入れ」

 

 

 強制だ。

 

 

「で、でも……」

 

 

「このままでは目立ってしょうがない。諦めろ」

 

 

 というか、すでに周囲の視線が痛い。

 

 

「そんなぁ……」

 

 

「――――――――」

 

 

「ちなみに覗いたら――――」

 

 

「覗かねえよ!? あいつらに殺されるわ!!」

 

 

「うむ、分かっているならいい」

 

 

 そして到着した宿。

 

 その店主は、もの凄い香水の匂いの女だった。

 

 というか、こういう場所の宿は必ず店主が客を確認するのか。

 

 

「あら、いらっしゃい。泊まりかしら?」

 

 

「ああ、こいつで頼む」

 

 

 宮本は我が渡した宿代を店主に渡す。

 

 無論、現金でもカードでもない。

 

 市場価値の安定している貴金属の塊だ。

 

 

「――――ふうん、珍しいお客さんね」

 

 

 それを確認した店主は、受付のテーブルの上に部屋の鍵を置いた。

 

 

「明日の朝まで、この部屋は物置。それでいいのかしら?」

 

 

「ああ、それでいい」

 

 

「毎度あり〜」

 

 

 つまり、この夜この部屋には誰もいない。

 

 そういう手間も含めた宿代だ。

 

 

「ああそうだ。洗濯はうちの従業員に渡してくれれば朝までに届けておくわ」

 

 

「――――助かる」

 

 

「いいのよ。お客様は神様だもの……ふふ……そっちのお嬢さんも大変ねぇ……」

 

 

「え?」

 

 

「随分奇特な場所で奇特なコトしてきたみたいじゃない? 変な趣味の人って、相手するのも大変よねぇ……」

 

 

「え? え?」

 

 

 店主は二人を繋ぐ手錠を見ながら微笑し、ギンガ嬢に訳の分からない事を告げる。

 

 

「まあいいわ。人の趣味には口を出さない主義だから、楽しんでいってね。必要なものがあったら従業員に行ってくれれば揃えるから……」

 

 

「え? え? え?」

 

 

「それじゃ、“いい夜”を……うふ……」

 

 

「え? え? え? え?」

 

 

 いや、訳は分かるか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――最悪だ」

 

 

「うむ、我もゲンヤになんと説明していいやら……」

 

 

「え? 一体どういう事ですか?」

 

 

「――――スーパーボール」

 

 

「うむ」

 

 

 仕方があるまい。

 

 

「――――あの店主、お前たちが地下水道で乳繰り合ってきたと思っているのだ」

 

 

「――――――――え?」

 

 

 分からんのか?

 

 だったらもう少し分かりやすい言葉で……

 

 

「だから、お前と宮本が地下でせ――――」

 

 

「きゃああああああああああああああああああああああッ!! 嘘ッ! 本当に!?」

 

 

 ――――!?

 

 

「み、耳が……」

 

 

「音響センサーが……」

 

 

 素子がいくつも死んだぞ。

 

 く、ギンガ嬢の声量を見誤ったか……

 

 というか、時折女性の声は時空を越える。

 

 

「そんな!? こんなことしてる場合じゃないですか! すぐに誤解を解かないと!」

 

 

「落ち着けナカジマ陸曹、もう遅い」

 

 

 今更訂正しても照れ隠しにしか見えんよ。

 

 

「そ、そんなぁ……母さんになんて言ったら……」

 

 

「――――――――」

 

 

「――――――――」

 

 

 床に座り込んだギンガ嬢を見詰め、我と宮本は何とも言えない表情を浮かべているのだろう。

 

 ――――――――我もスクラップは嫌だなぁ……

 

 

「なぁ……殺されはしないよな?」

 

 

「事情を話せば、な」

 

 

「聞くのか?」

 

 

「――――――――三割?」

 

 

「――――――――」

 

 

 我もできるだけ口添えはするつもりだ。

 

 まあ、機能停止していなければだが……

 

 

「――――マスター、あのまま軟禁されていてはくれないだろうか……」

 

 

「――――いや、無理だろ……」

 

 

 それはそうだな……悲しい事に……

 

 

「かあさ〜〜ん……」

 

 

 ギンガ嬢の声が、余計に部屋の空気を湿らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見ないでください! 約束ですよ!?」

 

 

「見ねえよ! 俺はまだ殺されたくない!」

 

 

「うむ、そんな事をすれば、この一件が片付いた途端に戦女神たちからの逃亡生活が始まる」

 

 

「実は俺って逃げてばっか!?」

 

 

 ユニットバスを仕切るカーテン。

 

 その奥から聞こえるギンガ嬢の声は、やはり少し震えているようだった。

 

 こういう事に対して潔癖そうだからな……

 

 

「服はこちらに投げろ。我が集める」

 

 

「はい……」

 

 

「宮本は――――」

 

 

「はいはい、目え瞑って耳塞いで、一言も喋らねぇよ」

 

 

「うむ、それでいい」

 

 

 カーテンを飛び越えてくるギンガ嬢の服やら何やらを集め、手近な籠に放り込む。

 

 マスターなら畳んで入れるのだろうが、我には無理だ。

 

 ちなみに服はバリアジャケット装着の技術を応用して脱いでもらった。

 

 ブリッツキャリバーには当分頭が上がらんな。

 

 

「――――――――」

 

 

 シャワーの音が聞こえてきた時、ふとある事に気付いた。

 

 

(我の思考パターン、マスターがベースだったはず……)

 

 

 ええと、現在我は女性の下着を籠にしまっているわけだが――――――――特に何も感じん。

 

 

(――――マスターの思考って、じつは人工知能に近いんじゃ……)

 

 

 ――――気付かなきゃ良かった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの……ブレストさん?」

 

 

「うん? 何か用か?」

 

 

「いえ、そうではなくて……」

 

 

 宮本の耳を塞いでいた我に、ギンガ嬢が話しかけてきた。

 

 シャワーの音が煩かったが、ギンガ嬢にも我にも特に問題はない。

 

 

「すみません、本当に迷惑ばかりかけて……」

 

 

「――――今回に限って言えば、誰が悪いということもあるまい」

 

 

 強いて言えばこの事件の黒幕共だが。

 

 

「いえ、提督とミヤモトさんには母さんの事でもお世話になっているので……」

 

 

「気にするな。マスターもこやつも好きでやった事だ」

 

 

「――――はい……」

 

 

「むしろ今回は、我らが巻き込んだ形だからな……こちらが謝罪するべきだろう」

 

 

「いえ! そんな事は……」

 

 

「ふむ……」

 

 

 少し気にし過ぎだな。

 

 マスターなぞ、謝罪しながら別の問題を起こすぞ。

 

 あ、宮本もな。

 

 

「ナカジマ陸曹からすれば、妹と戦う可能性のあるこの任務は心苦しかろう」

 

 

「いえ、自分の意思で選んだ道ですから……」

 

 

「まあ、そう気に病むな。事が済めばマスターがきちんと事情を説明してくれる」

 

 

「はい……」

 

 

 やはり全く気にならないという事はないか。

 

 だが、今はそれで納得してもらうしかない。

 

 

「機動六課が敵となって平気でいられる者など、マスターくらいのものだな」

 

 

「――――そういえば、提督はあまり魔力が高くないと先日言っておられましたね……」

 

 

「ああ、常人よりは高いが、なのは嬢たちと比べれば半分にも届かん」

 

 

「でも――――」

 

 

「うむ、その実力は次元世界に知れ渡っている」

 

 

 まあ、実際よりは随分誇張されたものだがな。

 

 少なくとも、マスター自身は宮本と大差ないヘタレだ。

 

 

「それはその内機会があったら話そう。今は、この状況を覆す事を考えねばならん」

 

 

「はい」

 

 

 うむ、よい返事だ。

 

 

「――――それは兎も角、そろそろ出たほうが良いのではないか?」

 

 

「え?」

 

 

「宮本が熱にやられかけとる」

 

 

「ええ!?」

 

 

「あ〜〜〜〜…………あちぃ…………」

 

 

「み、ミヤモトさん!?」

 

 

 まあ、これだけの湿度と温度ではな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――で、俺はどうしてベッドに乗せられている?」

 

 

「ナカジマ陸曹に礼を言うんだな。今日はベッドに寝てもいいらしい」

 

 

「いらん」

 

 

「貴様の疲労も馬鹿にならんのだ。大人しく寝ていろ」

 

 

「そうですよ、ミヤモトさん」

 

 

「――――――――」

 

 

 そうだ、そうやって大人しくしていろ。

 

 ちなみに二人とも、服は洗濯に出した。

 

 今着ているのは部屋に備え付けてあったものだ。

 

 

「――――くれぐれも言っておくが、ナカジマ陸曹のバスローブ姿に欲情したら……」

 

 

「分かってるよ!! 何度も言わすなこのヤロウ!!」

 

 

 真っ赤になって吼える宮本。

 

 マスターなら別の意味で心配になるものだが、こやつの場合は我の手でどうにでもなる問題でよかった。

 

 

「さて、問題も解決したところで明日からの方針を確認するとしよう」

 

 

「おう」

 

 

「はい」

 

 

 とはいっても、結局は手堅く逃げ回るという結果になってしまった。

 

 海鳴への扉が機動六課に押さえられている以上、我らはクラナガンを逃げ回るしかない。

 

 確認できたその事実に疲れが増したのか、二人はミーティングの終了と共に眠りに就いていた。

 

 そして数時間が経った頃、我の音響センサーに二人の声が聞こえてきた。

 

 

「――――おい」

 

 

「――――はい」

 

 

「今回は悪かったな、あいつもお前を巻き込みたいとは思ってなかったはずだ」

 

 

「――――――――」

 

 

「ま、俺が言っても意味ないけどな」

 

 

「――――いえ」

 

 

 しばしの間。

 

 

「――――ミヤモトさん」

 

 

「――――あん?」

 

 

「どうして、こんなに辛い状況でも平気そうな顔をしているんですか? 正直、私には……」

 

 

「お前は追われるって事に慣れてないからな。まあ、無理もねえさ……」

 

 

「――――――――」

 

 

「俺もあいつも、こう言っちゃ何だが追われ慣れてる。俺はいつもの連中に、あいつは色んなモノに」

 

 

「――――――――」

 

 

「でもな、追われるって事は、悪い事ばかりじゃない」

 

 

「――?」

 

 

「追われるって事は、どんな形にせよ必要とされてるって事だ」

 

 

「――――――――」

 

 

 その理屈だと、宮本はギンガ嬢に必要とされているという事になるのだが……

 

 どうも二人とも気付いていないようだな。

 

 

「あいつはそれこそ何百何千、いや何万って人間に必要とされてる。俺とは比べ物にならねえ」

 

 

「――――――――」

 

 

「昔はその事を無駄に考えたもんさ。俺とあいつの違いについてな」

 

 

 マスターも、同じ事を考えていたよ宮本。

 

 周囲にあれほど必要とされる人物を、他に知らなかったのだマスターは。

 

 

「でもま、あいつの奥さんが子供産んだ時、そんな事小せえ事だって分かっちまった」

 

 

「――――なぜですか?」

 

 

「――――あいつの子供な、目もロクに見えねえはずなのにしっかりと自分の父親を見つけ出したんだ……」

 

 

「――――――――」

 

 

 あの時マスターは、自らの子に臆して奥方の元に進む事ができなんだ。

 

 今でも奥方にちくちく文句を言われていたなぁ……

 

 

「他にも人はたくさんいた。でもそのガキは、アイツだけをしっかりと見詰めていた」

 

 

「――――――――」

 

 

「俺もあいつも、その時分かったんだと思う。誰かが伸ばした手をしっかりと掴む。それが誰かに必要とされるって事だって、な」

 

 

「――――――――」

 

 

「俺も昔は伸ばされた手を振り払ってばっかだった。必要としてくれた手も、必要だった手も、全部」

 

 

「――――――――」

 

 

「どうしようもなくガキだった。手を伸ばす事もできないくせに、伸ばされた手を掴む事もできない、情けないガキだった」

 

 

 ――――色々あったらしいからな。

 

 マスターは知っているようだが、我は詳しく知らん。

 

 興味もない。

 

 

「あいつはひたすら手を伸ばして多くの人間に必要とされた。俺は伸ばされた手をしっかりと握り締める事にした。結局はそれだけの違いって事さ」

 

 

「――――――――」

 

 

 ハルカ嬢が言っていたな、博愛主義は究極の浮気性だと。

 

 奥方はマスターが手を離すたびに慌てて追いかけて手を繋ぎなおしているのだろうか……

 

 宮本の周囲にいる者は、自分の手を握り締める宮本の手に、どうしようもない安心感を得ているのだろうか……

 

 

「――――くだらないこと話したな。寝惚けただけだ、明日になったら忘れてくれ……」

 

 

「――――――――」

 

 

「おい?」

 

 

「――――――――」

 

 

「何だよ、寝てんなら早く言えっての……くそ、独り言で恥ずかしい事言っちまった」

 

 

「――――――――」

 

 

「――――ち、しっかり休んでくれよ。俺はお前を必要とするしかないんだから……」

 

 

「――――――――」

 

 

 宮本がそう言って寝入った後、ギンガ嬢が自分の手を見詰めていた。

 

 その手はゆっくりと天井に伸ばされ――――何かを掴む。

 

 そんな、気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とゆーか、二人とも我の事忘れていただろう。

 

 いい事を教えてやる。

 

 我は機能休止していない限りあらゆる会話を記録しているのだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃亡生活五日目。

 

 現在我らは――――追い詰められていた。

 

 

「くそったれ!!」

 

 

「ミヤモトさん! お願いですから静かにしてください!!」

 

 

「お前ら揃って煩い!!」

 

 

「ぐ……」

 

 

「あう……」

 

 

 全く、この二人の相性はいいのか悪いのか。

 

 

「あの連中、どうして待ち伏せなんてできたんだよ! ロクに予定だって立ててないんだぞ!?」

 

 

「大人しく走れ」

 

 

「だあもう! 日本の侍舐めんなよ!?」

 

 

 怒涛の勢いで路地裏を突っ走る二人。

 

 空に月が浮かんでいるのが見えるが、この二人にはそれを観賞する余裕はあるまい。

 

 ちなみにあの連中とは、つい先ほど我らが遭遇した魔導師達のことだ。

 

 

「あいつら、あんだけ一般人がいる場所で仕掛けてきたぞ!? どうなってるんだ!?」

 

 

「だが一般人に被害は出ていない。そういう事だろうな……」

 

 

 あの連中、人ごみを走る二人を正確に狙撃してきた。

 

 非殺傷設定であったために我の対魔力防壁でも十分防げたが、本気で来たら止められない。

 

 しかし、この戦い方……何処かで……

 

 

「――!! 丸いの!!」

 

 

 何!?

 

 

「くッ! まさかここに追い込まれたのか!?」

 

 

「そのようです!」

 

 

 緑化公園に飛び出した我らの周囲に複数の気配が現れる。

 

 その気配は完全に我らを取り囲み、様子を窺っているようだった。

 

 

「どういう事だよこれは! 今までの奴らとはまるで……!」

 

 

「知らん!」

 

 

 マスターとも連絡が取れん我に分かるか!

 

 しかし、この連中やはり何処かで――――む!!

 

 

「来ます!」

 

 

「ちぃッ!」

 

 

 二人が同時にその場から飛び退った瞬間、先ほどまで二人が立っていた場所に何色もの魔力の矢が突き刺さった。

 

 

「次!」

 

 

「分かってる!」

 

 

 今度は上空からの高出力魔法。

 

 二人は息を揃えて着弾予想地点を走り抜ける。

 

 

「ミヤモトさん!」

 

 

「おう!」

 

 

 今度は左右二方向から。

 

 二人は同時に剣と拳を振るいその魔法を弾き散らした。

 

 その後も二人は繰り出される攻撃を何とか捌き続けるが、やはり、無限の体力というわけにはいかん。

 

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 

「ぜえ……ぜえ……ぜえ……」

 

 

 荒く息をつく二人。

 

 

「やはり辛いか……」

 

 

 ここ五日の逃亡で、肉体的にも精神的にも相当負担が掛かっていただろうからな。

 

 我がそう考えて周囲に探査の目を広げた時、二人の周囲を封鎖した闇からいくつもの影が滲み出た。

 

 いや、この連中は――――

 

 

「そ……んな……」

 

 

「――?」

 

 

「時空管理局……特殊作戦群……」

 

 

「何?」

 

 

 ――――不味い、不味い不味い不味い!!

 

 

「だめ……だめです……」

 

 

「おい! ギンガ!?」

 

 

 ギンガ嬢の身体が震える。

 

 だが我も、正直冷静でいられるか分からん。

 

 

「どうしたって言うんだよ!」

 

 

「ダメなんです! 彼らの実力が噂通りなら、私は……私たちは絶対に勝てない……!」

 

 

「どういうことだ!?」

 

 

「――――我が説明しよう」

 

 

 今のギンガ嬢から説明を聞くなど、不可能だ。

 

 それにしても、本当に奴らは人間か?

 

 まるで人の気配を感じない。

 

 

「奴らは時空管理局に於いて最強と呼ばれる部隊だ」

 

 

「最強? 教導隊じゃないのか?」

 

 

 我がその言葉に答えようとした瞬間、影が声を発した。

 

 

「――――――――違う」

 

 

「!!」

 

 

 静謐な、そう、まるで神に祈る聖職者のような声。

 

 だが、その声に我らは硬直するしかなかった。

 

 

「教導隊、なるほど確かに彼らは強い。戦闘能力で言えば彼らに分があるだろう」

 

 

 ああ、何処かで聞いた事のある声だ。

 

 この世のすべてが無に聞こえる絶対的強者の声、そう、我は何処かでこの声を聞いたことがある。

 

 

「だが、彼らは我らに勝てんよ」

 

 

「な……」

 

 

「彼らは甘い。非殺傷設定、格下相手の教導などに慣れきったあの連中に、我らが止められるものか」

 

 

 ああそうだ。

 

 この声は、マスターの声だ。

 

 

「ミヤモトさん」

 

 

「ギンガ?」

 

 

「彼らは私たちとは根本的に違うんです」

 

 

 他を害しても自分の護りたいものを護ると決めた時の、マスターの声だ。

 

 

「彼らは――――対人戦に特化した部隊。教導隊に比肩し得るほどの実力は、相手を無力化することのみに費やされる」

 

 

「何ッ!?」

 

 

「殺傷許可が下りている事が大前提の現場にのみ派遣され、あらゆる障害を突破して犯人を無力化する。そう、相手を殺しても、だ」

 

 

「――!!」

 

 

 本来は敵地への浸透作戦、偵察任務、ゲリラ戦などに使われていた部隊だった。

 

 だが、その高い技能はまったく別の事に使われている。

 

 

「――――すまないが、これも命令でな」

 

 

 真っ黒い多目的グラスとマスクで隠された顔に、表情など浮かぶはずもない。

 

 だが、その声はどこか悲しそうに聞こえた。

 

 

「我らもこの次元世界を護りたいと願う者だ。己の身がどれだけ汚れようと、大切なものだけは決して汚したくない」

 

 

「――――――――」

 

 

「我らの本来の指揮官はミナセ提督の盟友であるデュアリス・ゴードン中将閣下だ。今は訳あって本来の指揮官の指揮下にはないが、な」

 

 

「――――どうして……」

 

 

「ん?」

 

 

「どうして、そんな事を私たちに……?」

 

 

 確かにそうだ。

 

 彼らは時空管理局の最高機密の一つ。

 

 こうして会話している事が奇跡のようなもののはずだ。

 

 一体何故?

 

 

「――――言っただろう。我らは護りたいと願う者だと」

 

 

「だったら!」

 

 

「だが退けん」

 

 

「――!!」

 

 

「――――ここで、我らの為してきたすべてを、消すわけにはいかんのだ……!」

 

 

 その瞬間、二人の周囲に殺気が充満した。

 

 思わず構えを取る二人だが、精神的に負けている!

 

 このままでは――――

 

 

「――――ブレストさん」

 

 

「何だ」

 

 

「手錠、切れませんか?」

 

 

「――――――――」

 

 

 参ったな。

 

 気付かれていたか。

 

 

「――――切れる」

 

 

「何だと!?」

 

 

「つい先ほどだがな。金属の成分分析が終わって、切断可能な固有振動数を見つけ出したところだ」

 

 

「――――切ってください」

 

 

「――――ナカジマ陸曹……」

 

 

 いつの間にか、ギンガ嬢の震えが消えていた。

 

 そしてその目には、彼女の母と同じ強い光がある。

 

 

「ミヤモトさん、私が彼らを抑えます。その間に逃げてください」

 

 

「な……!!」

 

 

「いいですか? 私が彼らを抑えられるのは精々が数秒。その間にこの包囲網を抜けてください」

 

 

「おい!」

 

 

「――――あの“力”を使っても、きっと彼らには通じない」

 

 

 奴らはこちらの事を調べ尽くしているだろう。

 

 当然ギンガ嬢の事も。

 

 

「だからお願いします。何とかここから逃げてください」

 

 

「待てよ!」

 

 

「――――ブレストさん、お願いします」

 

 

「――――う、うむ……」

 

 

 奴らが仕掛けてこない。

 

 まさか、我らの策に乗るというのか?

 

 

「さあ」

 

 

「だから、待てって言ってんだろうが!」

 

 

 宮本……

 

 

「お前は俺に! 俺にお前を見捨てろって言うのか!?」

 

 

「分かってください、彼らの実力は――――」

 

 

「そんな事はどうだっていいんだよ!」

 

 

「――!!」

 

 

「どうして俺がお前を見捨てられるんだ!」

 

 

「だって、私は……」

 

 

 ギンガ嬢……

 

 

「私は、あなたにとっていない方がいい存在のはずでしょう?」

 

 

「違う!」

 

 

「――――――――」

 

 

「お前を見捨てて、俺はあいつらに何て言えばいい!? あいつらは絶対に俺を責めない! 欠片の怒りも憎しみも向けてこない! そんな奴らに、俺は何て言えばいいんだ!?」

 

 

「ミヤモトさん……」

 

 

「おっさんに何て言えばいい!? スバルに何て言えばいい!? クイントに何て言えばいい!? 何よりもあいつらに何て言えばいい!?」

 

 

「ミヤモトさん……」

 

 

「俺はお前の荷物になるためにここにいるんじゃねえ!!」

 

 

「――!!」

 

 

 ああ、そういえばそうだったな……

 

 

「俺は、お前を護るためにここにいるんだ!」

 

 

 そうだ、こいつはマスターからギンガ嬢を頼まれているんだ。

 

 

「ブレスト! 鎖を切れ!!」

 

 

「――――うむ」

 

 

「み、ミヤモトさん!?」

 

 

 静かにせよ。

 

 手元が狂うではないか。

 

 

「――――――――よし、切れた」

 

 

 さすがマスター、見事な切れ味だ。

 

 些か準備に手間がかかるがな。

 

 

「さて、どうする?」

 

 

 宮本よ。

 

 

「決まってる!」

 

 

 宮本の左手が、ギンガ嬢の右手をしっかりと掴んだ。

 

 

「こうするだけだ!」

 

 

「え?」

 

 

「いいか!? 俺はあいつが全部を終わらせるまで絶対この手を放さない!」

 

 

「――――馬鹿だな」

 

 

「うるさい! ――――俺がお前の右手になる。だから、お前は俺の左手になれ」

 

 

「ミヤモト……さん……」

 

 

「今から俺はお前に背中を預ける。お前の背中も預かる」

 

 

 ああ、こやつはこういう奴だった。

 

 

「何が特殊作戦群だ。あのヤロウに比べたらそこらのガキと大して違わねえ!」

 

 

「み、ミヤモトさん、それはいくらなんでも……」

 

 

「どうせ逃げられないんだ。だったら限界まで戦ってやる!」

 

 

「――――――――」

 

 

 宮本は驚くギンガ嬢を他所に一人だけさっさと戦いの準備を終える。

 

 剣を持ち、意思を持ち、覚悟を持つ。

 

 

「ギンガ! 覚悟を決めろ! 生き残るって覚悟をな!!」

 

 

「――!!」

 

 

 ああそうだ、生き残れ。

 

 そして、未来を成せ。

 

 

「ブレスト!」

 

 

「うむ、我も適当にやるさ」

 

 

「ああ!」

 

 

 我も、お前たちを見捨てるつもりなどないのだから。

 

 

「ミヤモトさん」

 

 

「何だ?」

 

 

「――――――――」

 

 

 ギンガ嬢は宮本の一瞬の隙を突いて手を解くと――――自分の意思で再び繋ぎ直した。

 

 指を絡め、その身を預けるように……

 

 

「――――私も、諦めはよくありません」

 

 

「へッ! 上等!!」

 

 

 その声に、影たちが踊る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せえッ!」

 

 

「うりゃあッ!!」

 

 

 同時に放たれる剣と拳。

 

 影はそれを巧みに回避し、隙あらば攻撃を仕掛けてくる。

 

 だが、それはどちらか片方の隙でしかない。

 

 

「ギンガ!」

 

 

「はい!」

 

 

 二人は舞を踊るようにその位置を入れ替え、周囲からの攻撃を捌く。

 

 その動きはやはり踊りのようで、ここが戦場であることを忘れそうになる。

 

 

「ミヤモトさん!」

 

 

「ああ!」

 

 

 わざと姿勢を崩すことで影の攻撃を回避したギンガ嬢を、ミヤモトが抱き寄せる。

 

 ギンガ嬢はそのままの勢いを以て宮本の背後に迫っていた影を打ち払う。

 

 

「――――なるほど……」

 

 

 影の一人が、どこか楽しそうに微笑んだ気がした。

 

 

「ミナセ提督が気にするのも分かる。この男、実に面白い」

 

 

「ああ!?」

 

 

「だが、ここまでだ」

 

 

「――!!」

 

 

「――ッあ!!」

 

 

 影の声と同時に、二人が揃って吹き飛ぶ。

 

 

「良い舞を見せてもらった。その礼と言っては何だが、この女性の命は保証しよう」

 

 

「な……んだと……?」

 

 

「我らの目的は貴様を確保する事。目的のためには護衛を殺しても構わんと言われていたが、それは我らの裁量次第だ」

 

 

「ぐ……」

 

 

「み、ミヤモト……さん……」

 

 

 その手で地面を掴み、ギンガ嬢は宮本の元へと這い寄る。

 

 ギンガ嬢の右手が宮本の左手に触れようとしていた。

 

 

「――――そこの警備端末」

 

 

「何だ?」

 

 

「お前に関しては特に指令を受けていない。好きにしろ」

 

 

「――――――――」

 

 

 ふん、取るに足らぬ虫けらか。

 

 だが――――

 

 

「――――おい」

 

 

「――? 何だ?」

 

 

「あの宮本という男、奇跡を起こす事に関しては一流だぞ?」

 

 

「は? 一体何を――――!!」

 

 

 驚いたように宮本たちに視線を戻す男の目の前には、手を繋いだ男女と――――別の影たちがいた。

 

 

「――――よかった、間に合った……」

 

 

 その影の中で一番階級の高い者が、安堵の息を吐いた。

 

 何が――――間に合った、だ?

 

 

「遅い」

 

 

「うえ!? ちょ、ブレストさん……」

 

 

「黙れアリオン」

 

 

「って、本名呼ばないでくださいよ! せめてグラムTとか!」

 

 

「ふん、黙れ」

 

 

 そんな遣り取りの間に、新たな影たちと旧き影たちの戦いが始まる。

 

 同じ黒い戦闘衣装だが、唯一新たな影には右肩に白い意匠が添えられている。

 

 そして、彼らの肩に刻まれた紋章は、時空管理局を示す黒、青、茶の台座に翠の宝石――――翡翠をアレンジしたものだった。

 

 地球の鉱石では最も割れ難いものとされた翡翠。

 

 それは、決して割れぬ意志を示している。

 

 

「おい、マスターからの伝言は?」

 

 

「ああ! ミヤモトさん! 我らが中将閣下からの伝言です!」

 

 

「――――言え」

 

 

 影たちに助け起こされた二人。

 

 左肩をギンガ嬢に預けた宮本が先を促す。

 

 

「『近いうちにあの場所で飲みましょう』――――以上です!」

 

 

「――!!」

 

 

「あ……」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、宮本とギンガ嬢が揃って地面に崩れ落ちた。

 

 影が慌てて二人を支えようとするが、宮本がそれを遮る。

 

 

「――――そうか、終わったか……」

 

 

 マスターからの伝言。

 

 それは事件の終結が近いことを意味する。

 

 

「くそ、時間掛かりすぎだろう」

 

 

「――――良かった、無事で……」

 

 

 ホッとしている二人を横目に、我には確認せねばならないことがあった。

 

 

「マスターはすべてを片付けたのか?」

 

 

「はい、ミゼット統幕議長、ゲイズ防衛長官と共に今回の事件の発端となった機密漏洩事件の犯人たちを確保しました」

 

 

「――――そうか……」

 

 

 アリオンの話によると、今回の犯人グループは管理局の上層部にいた。

 

 地上本部、本局、どちらにも存在した犯人たちは、管理局の情報を外部に漏らす事で不当な報酬を得ていたという。

 

 管理局の情報を漏らす代わりに手柄となる情報を得る。

 

 彼らが行っていた事を簡単に言えばそういう事になるだろう。

 

 そして最初に逮捕された局員は、この事実を知って告発しようとした人物だった。

 

 しかし彼の動きはあっさりと見破られ、彼は捕まってしまう。

 

 だが、そこに宮本がいた事で今回の事件は一気に動き出したのだ。

 

 

「――――マスターも疲れているだろうな……」

 

 

 どうもマスターは自分から敵の手に落ちたらしい。

 

 自分が捕まる事で相手の油断を誘い、一気に敵を捕らえる。

 

 連中もまさか本局と地上本部が協同するとは思っていなかったのだろう。意外なほどあっさり一網打尽にできたそうだ。

 

 

「中将も無事です。今は別の場所で指揮を執られていますが」

 

 

「そうか……」

 

 

 周囲の戦闘は、未だ収束の気配を見せない。

 

 ――――そういえば、アリオンの部隊は……

 

 

「――――噂に名高い“翡翠の盾”か……まさかここで見えようとは、な!!」

 

 

 声と共に振り下ろされる豪風。

 

 宮本を支えるギンガ嬢に迫ったそれは、直前でアリオンの剣に受け止められた。

 

 

「ッ!!」

 

 

「ほう……やはり受け止めるか……」

 

 

「当たり前だ! 護衛小隊を侮るな!!」

 

 

「――――確かに、我らと同じ対人戦特化部隊。重要人物の護衛を主任務とする“盾”なら、我らとこうして互角の勝負もできる、か」

 

 

 護衛小隊は対魔導師戦のプロフェッショナルだ。

 

 大規模戦闘に於いてはそれほど大きな働きはできないだろうが、こうして誰かを護る戦いなら話は別。

 

 

「ミヤモトさん!」

 

 

「――――何だ……?」

 

 

 宮本が苦しげに答える。

 

 打撲に――――骨折くらいはしているか。

 

 

「シグナムさんからあなたの事を聞くたび、こうしてあなたと同じ戦場(いくさば)に立つ日を楽しみにしてきました」

 

 

「――――お前も戦闘狂もどきか」

 

 

「同じ剣士として、あなたに聞きます」

 

 

「――――――――」

 

 

 そう言うと、アリオンは剣を鞘に納める。

 

 

「この戦、私が受けます。よろしいですか?」

 

 

 宮本はアリオンの言葉に目を見開き、小さく苦笑した。

 

 

「――――俺が闘うって言ったら隣の刑事さんにド突き倒されそうだしな……」

 

 

「な!? ミヤモトさん!?」

 

 

 おい。

 

 

「つーわけだ。シグナム仕込みの戦い方、見せてもらうさ」

 

 

「はい!!」

 

 

 宮本の言葉を受け、アリオンはゆっくりと構えを取る。

 

 その構えは――――どこか烈火の将に似ていた。

 

 

「三等陸佐アリオン・ウィンチェスター」

 

 

「――――――――二等空佐ヴォーデン・ストラトス」

 

 

 ――――まさか名乗るとは思わなかった。

 

 どうやら相手も、この戦いの終わりが見えているらしい。

 

 彼らに与えられた命令が撤回されれば、彼はここから去る。

 

 その前に、良き使い手と勝負をしたいのだろう。

 

 

「――――――――」

 

 

「――――――――」

 

 

 いつの間にか、二人を中心に戦いが止んでいた。

 

 皆二人の戦いに集中しているようだ。

 

 

「――――迅鎗列刃」

 

 

「――――豪斧閃華」

 

 

 アリオンの片刃剣に陽炎が宿り、ヴォーデンの戦斧に雷が走る。

 

 そして――――

 

 

「――――ッ!!」

 

 

「ぜあぁッ!!」

 

 

 二人の戦士が疾る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、事件の当事者をほっぽり出した決闘は、引き分けで終わった。

 

 宮本はギンガ嬢にちくちくと嫌味を言われ、我はそれを適当に観察しながら録音していた――――が、それですべてが終わったわけではなかった。

 

 それは特殊作戦群の連中が命令を受けて撤収し始めた時だ。

 

 彼らの中の一人が、宮本に向けて飛び込んできた。

 

 ――――その手に明らかな凶刃を持って。

 

 

「ミヤモトさん!?」

 

 

 アリオンが慌てて剣を抜こうとするも、それは一瞬の差で間に合わないように見えた。

 

 

「――――くッ!」

 

 

 ヴォーデンが戦斧を構えるが、これも間に合わない。

 

 だが――――我の目には、その凶刃の先にいる宮本も、それを支えるギンガ嬢も慌てているようには見えなかった。

 

 

「――――――――」

 

 

「――――――――」

 

 

 二人は並び立ち、それぞれ左右対称に拳を構える。

 

 ギンガ嬢は左手。宮本は右手。

 

 

「――――――――」

 

 

「――――――――」

 

 

 向かい合うように構えた二人は視線だけですべての会話を済ませ、迫る凶刃に相対する。

 

 そして――――

 

 

「でりゃああああああああ――――!!」

 

 

「――――ああああああああああッ!!」

 

 

 その双拳は――――怒涛の拳撃となって放たれた。

 

 

 

 

 

 

 正直に言おう。

 

 勝負を仕掛ける相手が悪かったのだよ。

 

 まあ、そういってもそこで鼻血を出して気絶している奴には聞こえんだろうがね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、事件から一週間が過ぎた。

 

 我は珍しく地上本部にてのんびりとしていたのだが――――

 

 

「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!! 俺は何も言ってねぇええええええええええええええッ!!」

 

 

「嘘です!! あ、あんな所に泊まった事、他に誰が知っているんですか!?」

 

 

「スーパーボールも知ってるだろうが!?」

 

 

「ブレストさんはあなたと違って人の秘密をぺらぺら喋ったりしません!!」

 

 

「じゃあリュウトの野郎だ!!」

 

 

「もっとあり得ません!!」

 

 

「俺ならあり得るのかぁあああああああああああああああッ!!」

 

 

 地上本部近くの公園で、二人がぐるぐると噴水の周りを回っていた。

 

 公園にいる家族連れが妙に暖かい目で二人を見ている。

 

 

「スバルがすごく言い辛そうにどこ行ったのか聞いてきたからおかしいと思ったんです! 何でよりによってスバルに言うんですか!?」

 

 

「言ってねぇっての!!」

 

 

「き、機動六課に行ったら八神部隊長には満面の笑顔で出頭を命じられるし! なのは隊長は笑顔で模擬戦を申し込んでくるし! フェイト隊長は二人きりで捜査会議しようって言ってくるし! ミナセ提督が来てなかったら私どうなっていた事か!!」

 

 

「そこに奴がいる事が怪しいだろう!? どうせフォローにでも来たんじゃないのか!?」

 

 

 さすが宮本、鋭い。

 

 あ、勘違いするなよ、マスターがばらした訳じゃない。

 

 参席副官がドジ全開でぶっちゃけてしまったのだよ、酒の席でな。

 

 

「もうしばらく機動六課には行けないんですよ!? 捜査で顔を合わせる人たちもみんな妙な顔してるし! 部隊の仲間までぇ……!!」

 

 

「泣くなよ!? 俺が泣きてえし!!」

 

 

「アリサさんは引き攣った顔で、しっかり責任取らせるからって言うし!!」

 

 

「なるほど納得! 今朝目覚めと同時に永眠しかけましたぁッ!!」

 

 

「ミナセ提督は『誤解を解くまで海鳴と機動六課と聖王教会には近付かないように』ってすごい疲れた顔でしたよ!?」

 

 

「あいつは他に仕事が無いのか!?」

 

 

 あるに決まっている。

 

 毎日本局に泊まっているぞ。

 

 あ、ちなみに事件後両方の頬を真っ赤に腫らしていたぞ。色んな人に引っ叩かれたらしい。

 

 

「ミヤモトさん! どうにかしてください!!」

 

 

「俺が言っても絶対拗れる!! ここは奴に任せるしかないんだよ!!」

 

 

 うむ、今までそんな事ばかりだったからな。

 

 いい加減学習するというものだ。

 

 

「私はこれからどうすればいいんですか!?」

 

 

「知るかボケェッ!! 俺が知りてぇよ!?」

 

 

 ――――結局、この二人は仲良くなったのか?

 

 どうでもいいが、そろそろバターになるぞ、二人とも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああそういえばこの事件以降、ギンガ嬢が時折右手を眺めていたと我は記憶している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

 

 皆さんこんにちは、悠乃丞です。

 

 ――――正直申し訳ない。

 

 私にはこれが限界です。

 

 ギンガさん分からないよ!?

 

 登場は遅いし会話は少ないし敬語だしで、もう大変です。

 

 

 

 そういえば、なのはさん達の出番は少なかったですが、それはまあ仕様という事でお願いします。

 

 これ以上の増量は私の死に直結なのですよ。

 

 ちなみに今回出てきたアリオンとヴォーデンですが、彼らは劇場版出場が決定している人たちだったりします。

 

 双方とも近代ベルカの騎士で、ストライカー級の武人でございます。

 

 まあ、アリオン君は本編でも出て来てますけどね。

 

 

 

 どうにもこうにもそういう宿に泊まった二人ですが、まあ特に何もなく、ラヴは何処だと言われれば作者には分かりません。

 

 強いて言えば最後のバターの辺りでしょうか(ぉ

 

 もうその辺も含めて申し訳ない。

 

 ああ、技量不足のこの身が憎い……

 

 そんなこんなで、(一応)ギンガさん編をお送りしました。

 

 ブレスト視点なのでリュウトの活躍が書けないのは、非常に残念です。

 

 もう魔神皇帝降臨ってな勢いで大暴れしてオーリスさんにド突かれたのに、書けないなんて……!

 

 そういえば、オーリスさんとリュウトって実は同年代?

 

 きっと昔から振り回していたに違いない!!

 

 というか、真面目な人ほど振り回され、不真面目な人もやっぱり振り回すのですよ。

 

 と、そんな妄想が脳から溢れそうなのでそろそろお別れです。

 

 ――――読みたいという人はご一報下さい。頑張って書きますので……

 

いない気がしますけどね!!(マジ泣き

 

 

 

 もうクレーム来る気がしてガタガタブルブルの私ですが、リョウさんに五〇〇万ヒット達成のお祝いを申し上げます。

 

 これからも頑張ってください、私も適度に頑張って生きたいと思います。

 

 それでは皆さん、次のお話で会いましょう。

 

 




作者悠乃丞さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
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