「教官、お疲れ様でした!」

 

 

「おー! しっかり休めよー!」

 

 

 臨時に教官を務めた部隊の陸士から挨拶を受け取り、彼女は笑顔を返す。

 

 その顔には教官らしい頼りがいのある笑顔が浮かんでいた。

 

 

「はい!」

 

 

 そんな教官の笑顔に見送られ、陸士は満面の笑顔で去っていく。

 

 

「――――――――あ〜〜終わった終わった」

 

 

 荷物を取りに戻ろうと歩き出した彼女の脳裏には、今の自分の家で待つ大切な家族の姿が浮かんでいた。

 

 

「さっさと帰って――お、今日はリョウスケ来てるんだっけか? よし、久しぶりに遊んでやるか〜〜――って、何だこれ…………?」

 

 

 荷物を取り出そうとロッカーを開いた瞬間、彼女の目に一つの小箱が飛び込んできた。

 

 可愛らしくラッピングされたその小箱には、彼女へのプレゼントである事を示すカードが刺さっている。

 

 だが――――その箱を開いた彼女の目に映ったのは、決して彼女が望まないようなものだった。

 

 

「ッ!? な、なんだよこれは……! 何なんだよぉッ!!」

 

 

 そこに入っていたのは、彼女が子分と呼び、心の底からの慕情を向ける男の写真。

 

 鮮血に染まった――誰のものか分からない血に染まった写真。

 

 

「――――どうしろっていうんだ……こんなもの送りつけて、アタシにどうしろっていうんだ…!? 答えろ! 答えろよぉおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 彼女の叫びを聞いた者は、この世でただ一人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのは―――くらひとSSS 特別編―――

 

 

 

 

―孤独の剣士と白の剣聖 StrikerS

 

〈良介とヴィータの大騒動〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい」

 

 

 ――ぱちん。

 

 時空管理局の商業エリアには我がいるような休憩スペースがいくつかある。

 

 そこでは様々な者たちが仕事の合間の休息を楽しんでいる――――筈なのだが……

 

 

「――――――――難儀な」

 

 

現在、我の目の前では一方的な戦いが繰り広げられている。そりゃーもー同情することすらできないくらい一方的だ。

 

 ちなみにお互いの武器は、ある世界の一地方に伝わる『将棋』という。

 

 

「ぐぐ…………これでどうだ!」

 

 

 ――ばちん!

 

 劣勢側はそれなりに抵抗しているようだが――――これは時間の問題と見た。

 

 

「はい」

 

 

 ――ぱちん。

 

 ほれみろ。

 

 

「ぐあッ!? お、おま――それは…!」

 

 

「戦に卑怯という言葉はありませんよ。――――定められたルールに従っている限りね」

 

 

「くそ…ッ!」

 

 

 ――か、かちん。

 

 動揺は戦いの敵だぞ。

 

 その証拠に――――

 

 

王手(チェック)

 

 

 ――――ぱちん。

 

 対局終了、だな。

 

 時間は一時間二四分、なかなか粘った方か……

 

 

「――――――――は、ハメられたぁあああああああああああッ!?」

 

 

「人聞きの悪いこと言わないで下さい」

 

 

「だ、だって、これは卑怯だろ!?」

 

 

「あっはっはっは」

 

 

「ぐぐぐぐぐぐぐ……」

 

 

 人生、諦めが肝心だぞ。

 

無論、諦めていい場面と悪い場面はあるがな。

 

 

「――――おれは負けてねぇ…おれは負けてねぇぞ…」

 

 

 さっさと負けを認めろ宮本。

 

 今までの対戦成績は一二五戦一〇五敗だろうが――無効試合があったとはいえ、これは才能云々よりも相性の問題だと思うぞ。

 

 あれだ、天敵に近い。

 

 マスターにとっても宮本は天敵だからなぁ…

 

 ――――ん? あれは……

 

 

「ヴィータ?」

 

 

 うむ、紅の鉄騎だ。

 

 今日は六課にいると思っていたのだが……宮本に用か?

 

 

「!?」

 

 

 む? こちらを見て驚いたような顔をしている…?

 

 宮本がこれほど近くに居るというのに気付かなかったというのか……

 

 

「ぐ、ぐむむ……」

 

 

 宮本……

 

 いい加減諦めろ。

 

 ――――それはともかく。

 

 

「どうにも様子がおかしいですねぇ…」

 

 

「うむ。許可がないので脈拍などは計測できんが、光学センサーで見る限り若干の発汗が見られる」

 

 

「ふうむ…」

 

 

「こっちか…? いや、まて…」

 

 

 うん?

 

 どうやら迷った末にこちらに来ることが決まったらしい。

 

 先ほどから右往左往していたからな、大変目立っていた。

 

 

「――――よう」

 

 

 ふむ、やはり様子がおかしい。

 

 どうも意図的に宮本を無視している気がする。

 

 

「どうも、こんにちは。六課の方はよろしいので?」

 

 

 まあ、マスターが気にしないのならそれで構わんがね。

 

 気付いていないはずもあるまい。

 

 

「――――なのはがこっちに呼ばれて、訓練が早めに終わったんだ」

 

 

「なるほど――――それで、良介君に御用でしょうか?」

 

 

「あ、いや、リョウスケは――――――――関係ない」

 

 

「――――――――」

 

 

 ――――珍しい事もあるものだ。

 

 紅の鉄騎の主である八神はやてと唯一天秤にかけることができる存在の宮本が関係ない――とな。

 

 

「くそ……こっち…じゃ、ダメだ…」

 

 

 奴は放っておくべきだな。

 

 ということは――――マスターに用があるとでも……?

 

 

「――それで……お前に頼みが――――!?」

 

 

「頼みって……ヴィータ?」

 

 

 どうした。そんなにきょろきょろと……

 

 

「す、すまねぇ! 用事を思い出した!」

 

 

「へ?」

 

 

 いきなりどうした?

 

 そんなに慌てて――――もうおらん。

 

 休憩スペースを飛び出すあの速さ、まさに疾風の如き動きだった。

 

 ううむ……謎だ。

 

 マスターも首を傾げておられる。

 

 

「さて、どうにも――――――――ッ!!」

 

 

 動体センサーに感!?

 

 宮本に向けて高速で飛来する物体一。ただちに警告を――――くそ! 間に合わない!

 

 

 接触…!!

 

 

「マスター!?」

 

 

「――――――――いえ、問題ありません」

 

 

「何やって――――うおっ!?」

 

 

 気付け馬鹿者。

 

 貴様の目の前にあるのは対人用の投擲短剣(スローイング・ダガー)だぞ。

 

 ダーツなどのお遊びとは違う、本気で人間を殺すための道具だ。

 

 

「お、お前――!? 手、大丈夫なのか!?」

 

 

 それを素手で掴み取るマスターも大概無茶な生き物だがな。

 

 いくら動体視力が良くても、こればかりは勘と度胸の問題だろう。

 

 我が反応しきれない速度で飛来したのだ。相当の使い手が放ったに違いない。

 

 それにしても――――

 

 

「大丈夫――だと思いますが……」

 

 

「出血を確認。全治二週間の中程度損傷と判断する」

 

 

「おや? 意外と深いようで」

 

 

「だああああああッ! 目の前で血流しっぱなしにするな!」

 

 

 宮本が正しい。

 

 いくら怪我に慣れていても、油断はよくないぞ。

 

 

「おやおや? 意外と血が止まらない……」

 

 

「ちょ…! 誰か医務官呼んでくれ! 怪我人一人!」

 

 

 だくだくと流れてるぞマスター。

 

 ナイフ離すなよ、傷口が開いてさらに流血がひどくなる。

 

 

「う〜ん、妻に怒られる……」

 

 

「だったら無茶すんなよ!?」

 

 

「君が死んだら困るんですよ」

 

 

「なに!?」

 

 

 確かに困るな。

 

 

「誰が海鳴の皆さんの気を引いてくれるんですか? 私にはとても無理ですよ」

 

 

「って、おい!? そんなことかよ!」

 

 

「人間的な濃さで負けてる気がして……」

 

 

「お前以上に濃い奴がそうそう居てたまるか!!」

 

 

 ――――それは否定せん。

 

 マスターも負けず劣らず個性的だ。

 

 宮本も相当だがな。

 

 

「お前が余計なことしなきゃ、もっと平穏な人生だったんだよ! この間も余計なことうちのチビデバイスに吹き込んだだろう!?」

 

 

「私じゃなくて妻が――――」

 

 

「同罪だぁあああああああああああああッ!!」

 

 

 ――――――――おいコラ宮本、マスターの襟首を掴むな振るな。

 

 傷が――――

 

 

「あ、刺さった」

 

 

「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

「医務官!! いや、止血――――やっぱり医務官連れて来い!!」

 

 

「う〜ん、ちょっと痛い」

 

 

「ちょっとで済むかアホマスター!! 治癒魔法ぐらい使え!」

 

 

「いや、この騒ぎで精神が集中できなくて…」

 

 

「おい! 顔色悪くなってきたぞ!?」

 

 

「そっちから押さえろ宮本!!」

 

 

「だぁ! くそ!!」

 

 

「油断大敵……毒、ないといいなぁ……」

 

 

 黙れ大ボケマスター!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたはどうして毎度毎度余計な怪我をするのかしら?」

 

 

「あはははは……」

 

 

「――――――――」

 

 

「――――申し訳ありませんでした。ついでにお手数かけました」

 

 

「腰低ッ!?」

 

 

「貴様もフィリス女史には頭が上がらんだろうが」

 

 

 この二人の共通項その一。

 

 医者には弱い。

 

 

「かれこれ十五年以上の付き合いになるけど、全部の怪我が完治したところを見たことがないんだけど…?」

 

 

「仰る通りでございます」

 

 

「少しは大人しくしたら如何?」

 

 

「――――――――」

 

 

 それには答えんのだな。

 

 約束したら実行せねばならんから、下手なことは言えんのだろう。

 

 

「――――まあいいわ。事情についても何も聞きません。本当なら、そちらの宮本さんに事情を伺いたいところだけど……」

 

 

「げ」

 

 

 本音ダダ漏れだぞ宮本。

 

 

「すごく嫌そうだから結構。――――さて、運用部相談役リュウト・ミナセ中将閣下」

 

 

「――――な、何でしょう…?」

 

 

 怯えるなマスター。

 

 確かにものすごく怖いが…!

 

 

「今度同じような事態が起こった場合。奥様と妹君に今までの無理無茶無謀の詳細を一欠けらも残さず事細かに報告させていただきますので――――」

 

 

「それだけは勘弁してください」

 

 

「早ッ!? しかも土下座ッ!?」

 

 

「うむ、見事な土下座だ」

 

 

 一片の躊躇いもない土下座。

 

 誰だ、この男を中将にまで昇進させた奴は。

 

 

「妻や妹たちにばれると家から出られないので、それだけは勘弁してください。ほんっとうに勘弁してください」

 

 

「――――無理無茶無謀は半年に一度だけ、と約束できますか?」

 

 

「誠心誠意努力させていただきます」

 

 

 意地でも約束しないつもりらしい。

 

 向こうもそれぐらい分かっていると思うが――

 

 

「――――今回は見逃します。次は私にばれないように無茶をするように」

 

 

「感謝いたします」

 

 

「――――はぁ……」

 

 

 溜息がなんとも重い。

 

 彼女の立場からすると、この患者は最悪だ。

 

 ベッドから逃げ出す、定期健診はすっぽかす、人の話は聞くだけ――――うん? どこかで聞いたような話だが……?

 

 

「――――なんだよ」

 

 

「――――いや、気にするな」

 

 

 我も気にしないでおこう。

 

気にしたら、きっと機能停止を望んでしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、問題は山積みです」

 

 

「確かにな」

 

 

「うむ」

 

 

 マスターの主治医が去って数分。

 

 執務室は作戦会議の場となっている。

 

 

「――――狙われる理由に心当たりは?」

 

 

「――――――――」

 

 

「ありすぎて分からない、と」

 

 

「うるせえッ!!」

 

 

「いえ、それがヴィータと関係ないのならいいんですがね」

 

 

「は?」

 

 

 確かに直前まで紅の鉄騎が居たな。

 

 様子もおかしかった。

 

 

「――――彼女の様子を私の視点で言うと……何かに怯えていたように見えました」

 

 

「我も同意する」

 

 

「あ〜〜……」

 

 

 貴様は盤上がすべてだったからな。

 

 子分のくせに役に立たん奴だ。

 

 

「――――何か考えただろう」

 

 

「――――証拠を見せろ」

 

 

 勘だけは鋭い奴だ。

 

 

「さて、ここは専門家にお聞きしましょう」

 

 

 どこに連絡するつもりだ?

 

 

「おい、あいつ何考えてやがる」

 

 

「分かったら勲章ものだ」

 

 

「――――あれ人間かよ」

 

 

「生物学的には人間だ」

 

 

 最近、本当に人間かどうか分からなくなってきたがな。

 

 半径十キロのすべてを原子崩壊させるような人間は本当に人間なのだろうか、と。

 

 

「――――ああどうも、ミナセです。――――嫌ですねぇ、査察部の邪魔なんてしませんよ? ――――あれはただの事故ですって、あの査察官殿はご健勝ですか? ――――おや、お辞めになられた。そうですか」

 

 

「査察部って言ってるぞ」

 

 

「――――マスター……」

 

 

 確かに今回の出来事を調べるには一番手っ取り早いが、査察部は不味かろう。

 

 アコース査察官もマスターを見ると逃げ出すからな……

 

 ああ、姉の方もか……

 

 

「そうそう、今回連絡したのはひとつお聞きしたい事がありまして――――大丈夫です、あなた方の職分には手を出しませんよ。それでですね、魔法使いの彼――――そう、あの宮本良介です。彼に関して何か動きはありますか?」

 

 

「聞いて答えるもんなのか?」

 

 

「ありえん」

 

 

「だよなぁ」

 

 

 そうでなければ査察部の意味がない。

 

 まあ、マスターにとっては適度な楽しみを提供してくれる集団だがな。

 

 

「あ、答えられませんか? そうですよねぇ……ありがとうございます。それでは、お仕事頑張ってください。――――ええ、私は何もしませんよ――――――――多分ね」

 

 

 切った。

 

 すごいところで切ったぞこのマスター。

 

 きっと向こうでは上へ下への大騒ぎだ。

 

 

「だそうです」

 

 

「わかんねぇよッ!!」

 

 

「ナイスなツッコミです」

 

 

 言うべきことはそれじゃないぞマスター。

 

 

「――――特に動きはないようですね。あればそれなりの反応が期待できますから」

 

 

「よく分かるもんだな」

 

 

「私の方にそんな情報はないですから」

 

 

「情報…?」

 

 

「――――気にしないでください」

 

 

「気になるわッ!!」

 

 

 なるだろうなぁ……

 

 

「――――まあ、一億歩譲って良介君に問題がないとして……」

 

 

「て、てめえ…!」

 

 

「自動的に最有力候補はヴィータ、ということになります」

 

 

 華麗に無視したぞ。

 

 それにしても――――やはりか。

 

 

「――――あいつがやったっていうのか?」

 

 

「いいえ、彼女は何かに巻き込まれたんでしょう。現状ではそれが一番分かりやすい」

 

 

「――――――――」

 

 

 あの守護騎士をあそこまで怯えさせる存在、か。

 

 宮本とマスターが揃うとろくな事がない。

 

 

「さて、情報収集と行きましょう」

 

 

「は?」

 

 

「捜査の基本は情報です。――――さて、久しぶりにドライブでも楽しみましょうか」

 

 

 楽しそうというより、恐ろしい笑顔だな。

 

 ――――こういうときは犯人の命が一番危険だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――というわけで、何か知りませんか?」

 

 

「あ、あの……」

 

 

「いきなり六課!?」

 

 

 ナカジマが驚いておるぞ。

 

 まぁ、管理局中将に魔法使いが揃って尋ねて来るなど、天変地異の前触れとしか思えんだろうなぁ……

 

 ちなみに宮本の驚愕はどうでもいい。

 

 

「ヴィータ君について何か気付いたことはありますか?」

 

 

「あ、ええと――――そういえば……」

 

 

「あんのかよッ!?」

 

 

「黙れ」

 

 

 くらえ。

 

 

「ぎゃあああああああッ!!」

 

 

「――――それで?」

 

 

「あ、はい――――十日くらい前から少しおかしいんです。訓練中に誰かを探すような……そんな様子でした」

 

 

「ふむ」

 

 

 十日前か……意外と面倒だぞこれは。

 

 

「――あの」

 

 

「何か?」

 

 

 何だ?

 

 

「そこで煙吹いている人は……」

 

 

「五分で戻ります」

 

 

「うむ」

 

 

 気にするな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――いつか殺す」

 

 

「え?」

 

 

「何ですか? リョウスケさん」

 

 

「いや、こちらの話です。それで、ヴィータ君についてなにか気付いたことはありますか?」

 

 

「う〜ん……」

 

 

「ええと……」

 

 

 エリオとキャロにも当然訊く。

 

 紅の鉄騎との接触が多いのは、フォワードのメンバーだからな。

 

 

「――――あ、この間……」

 

 

 何だエリオ。

 

 

「訓練場とかの監視体制のことをシャーリーさんと話してました。今まではそんなことなかったのに……」

 

 

「わたしは一人で出歩くなって怒られました。確かにそうなんですけど、いつもと怒り方が違ったような気がします」

 

 

 う〜む、不味いな。

 

 

「――――おい、ロクでもないことになりそうな気がするんだが……」

 

 

「ですねぇ……――――正直、この二人にまで気付かれるほど動揺しているとは……」

 

 

 次だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――しばらく夜間の訓練を控えるように言われました」

 

 

 怖!?

 

 

「――――オーケー分かった。さっさと行くぞ」

 

 

「ええ、そうしましょう」

 

 

 二人ともランスターが苦手だからな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、こんな所でしょう」

 

 

「つ、疲れた…」

 

 

 新人たちを筆頭にロングアーチメンバーの大半にも話を聞いたからな。

 

 まあ、宮本だけだったらこうは行くまい。

 

 中将の肩書きは威力絶大だった。

 

 

「総括すると、ヴィータの様子がおかしくなったのは約十日前。終始何かに怯えるような様子を見せ、周辺に対する監視体制の確認を行っていた」

 

 

「――――はやてには必死で隠してんだろうな」

 

 

「おかげで他のメンバーには分かりやすかったようですがね」

 

 

 頭隠してなんとやら、だ。

 

 近くにいる人間に気付かれないように無理をすると、少し距離を取った人間にあっさりとばれることがある。

 

 ――――難儀な話だ。

 

 

「――――さて、情報も集まりましたし、私は本局でお仕事してきます」

 

 

「は?」

 

 

「何?」

 

 

 とゆーか、その笑顔は何だ?

 

 命を持たないはずの我が、心から逃げたいと願う笑みだぞ。

 

 

「――――予定ではもうすぐヴィータが帰ってきます」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

「日付が変わるまで、絶対に傍を離れないようにしてください」

 

 

「何ぃッ!?」

 

 

 驚くな、予想はできたことだろう。

 

 

「――――いいですね?」

 

 

「――――分かった」

 

 

 マスターの様子に気付いたのだろう。

 

 宮本の顔から疑問が消えた。

 

 

「――――彼女には義理があるのでしょう?」

 

 

「――――」

 

 

「少しは返せると思いますよ、保障します」

 

 

「ああ」

 

 

「では――――こちらはお任せします」

 

 

「適当にやるさ」

 

 

 それくらいで丁度いい。

 

 力まず怯まず自然体で――――戦の基本だ。

 

 

「――――ブレスト、見届けなさい(・・・・・・)

 

 

「――? 御意、我が創造主」

 

 

 言っている意味が分からんが、命令ならそうしよう。

 

 

「それでは――――武運を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宮本、来たぞ」

 

 

「ん? ああ」

 

 

「――――マスターが信じられんか?」

 

 

「いや、何考えてんのかわからねぇけど、嘘はつかないだろ」

 

 

「うむ、それがマスターの誇りだ」

 

 

「――――善良な誇りだな」

 

 

「――――それだけがマスターではないぞ」

 

 

 故に――――魔王。

 

 それは誇張ではない、純然たる事実。

 

 ――――犯人がマスターの『敵』とならないことを祈る。

 

 

「――――あ、あれ? リョウスケ?」

 

 

 む、紅の鉄騎。

 

 考えごとに気をとられすぎたか。

 

 

「――よう」

 

 

「ど、どうしてここに……!?」

 

 

「――――リュウトの野郎の指示だ」

 

 

 照れるな宮本。

 

 先ほどまでの勢いはどうした?

 

 

「――――リュウトの?」

 

 

「ああ、お前が暇そうだからメシにでも誘えってな」

 

 

「――どうして…」

 

 

「理由はどうでもいい。行くのか、行かないのか、だ」

 

 

 勢いなんだな、宮本。

 

 勢いで押し切るつもりなんだな。

 

 だが――――紅の鉄騎には、これが一番かもしれん。

 

 

「――――アタシ、一緒に行っていいのか?」

 

 

「このスーパーボールとメシを食うぐらいなら、お前の方がマシだ」

 

 

 コラ。

 

 

「――――は、はやては……?」

 

 

「野郎が連れて行った。会議が入ったらしい」

 

 

 嘘だな。

 

 

「シグナムたちは……」

 

 

「仕事が入ったとか言ってたぞ。それで俺がここに残されたんだ」

 

 

 上手いのか下手なのか分からん嘘だな。

 

 この場合は嘘も方便という奴だが。

 

 

「――――――――」

 

 

「そうか、お前が行かないっていうなら、俺が無理する義理はねえ」

 

 

「!? ちょ、ちょっと待て!」

 

 

「あ?」

 

 

「行く! お、お前一人じゃこっちの店はわかんねぇだろ!? アタシが案内する!」

 

 

 ――――愛は人を盲目にさせるとは本当だな。

 

 いや、ここ十日間の緊張が少し緩んだのか?

 

 

「――――お前の奢りだぞ?」

 

 

「あ、ああ! 分かった! リョウスケはアタシの大事な子分だからな! たまには奢ってやる!!」

 

 

「――――せこい」

 

 

「――――うるせえ、経費で落ちんのかよ」

 

 

 落ちん。

 

 ひょっとしたらマスターの個人資産から落ちるかもしれんが。

 

 

「――お〜〜い!! さっさと行くぞ!」

 

 

「――ほれ、呼んでるぞ」

 

 

「――――ま、こっちの方があいつらしいな」

 

 

 確かに。

 

 怯えて萎縮した紅の鉄騎など、我はあまり歓迎できん。

 

 

「置いてくぞ〜〜ッ!!」

 

 

「すぐ行く!! くそっ! 急に元気になりやがった」

 

 

「――――安心したのだろう」

 

 

 貴様は紅の鉄騎にとって最高の男だからな。

 

 

「――? なんか言ったか?」

 

 

「――――いいや、気のせいだろう」

 

 

「そうか…」

 

 

 気付く必要はない。

 

 ただ、そのままで在れ。

 

 それこそが貴様の人生だと我は思う。

 

 

「――――これだから人間は面白い」

 

 

 本当に、人とは面白い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜〜……胃がやべぇ」

 

 

「調子に乗って食べ過ぎるからだ」

 

 

「うるせぇ!」

 

 

 現在時刻は二三時二五分。

 

 約束の時間まであと三五分だ。

 

 

「そうだ! 今日は宿舎に泊まってけよ。はやてがリョウスケの部屋も作ったんだ! はやての部屋の近くだし、アタシの部屋も近いんだ! ――――ど、どうしてもって言うならアタシの部屋でもいいぞ!!」

 

 

「いらん」

 

 

「なッ」

 

 

「陰険中将の家に行く」

 

 

 ――――あそこには宮本を追いかける者が居らんからな。

 

 極々平穏な夜を約束するぞ。

 

 

「だ、だって、宿舎すぐそこだろ!? わざわざ遠くに行かなくたって……」

 

 

「嫌」

 

 

「待てよ! ほら、シグナムたちもそうした方がいいって言うに決まってる!」

 

 

「嫌だ」

 

 

「――――だ、だって、ここまで来たんだ。今更戻るなんて言うなよ、な?」

 

 

「お、おい」

 

 

 どうした?

 

 様子がおかしい…?

 

 視点が定まらない、声が震えている。

 

 

「ほら、夜も遅いし、一緒に朝飯食おうぜ……!」

 

 

「落ち着けよ、そんなに掴まなくてもすぐに居なくなったりしねぇ!」

 

 

「リョウスケ――な? 大丈夫だ。アタシが守ってやるから(・・・・・・・・・・・)

 

 

 ん?

 

 今なんと言った。

 

 

「――――紅の、今なんと言った」

 

 

「な、なんだよ」

 

 

「今なんと言った。宮本が襲われることを知っているのか?」

 

 

「――――!? ち、ちが……!」

 

 

 動揺している。

 

 何かを知っているのは間違いないか。

 

 ――――――――ッ!?

 

 生体反応!?

 

 

「――――――――襲われる? 害虫駆除と言ってくれないか」

 

 

「ッ!?」

 

 

「誰だ!」

 

 

 気付かなかった!

 

 くそっ! これで二度目だ!

 

 ぼんやりと闇夜に浮かぶ金髪の巻き毛と白い管理局制服――――やつが今回の犯人か?

 

 

「――ああ、ヴィータさん。今日も美しい…」

 

 

「――――は?」

 

 

 驚くのは早いぞ。多分な――

 

 

「どうです? この間の贈り物は気に入りましたか?」

 

 

「――!! あれはお前がやったのか!?」

 

 

「ええ、現物はこれからですから、目録ということで」

 

 

 どういうことだ?

 

 紅の鉄騎はこの男から何らかの接触を受けていたということか?

 

 

「おい! 人を無視して随分楽しそうじゃねえか…!」

 

 

「人? あなた如きが僕と同じ人? ――――ありえない!」

 

 

「――――――――」

 

 

 我はこやつと同じタイプを知っておる。

 

 一定以上の力を持った人間に時折現れるタイプだ。

 

 ――――己が世界の中心だと誤認している大バカだ…!

 

 

「――何?」

 

 

「あなたのような低能な魔導師には、人としての価値などないと言っているのだよ」

 

 

「なんだと……!」

 

 

「この野郎…ッ! リョウスケは――――」

 

 

「ああ!! なんと嘆かわしい!」

 

 

「!?」

 

 

「貴女は彼のような人間もどきと一緒に居るような人ではないというのに……それに気付いていないとは!」

 

 

「――――い」

 

 

「僕のような有能な魔導師こそ、貴女には相応しい! そして、貴女は私を愛するためにこの世に蘇ったのですよ!?」

 

 

「うるさい…」

 

 

「そうでなければ、あのような罪人に二佐などという地位が与えられるはずはない!」

 

 

「うるさい!!」

 

 

 ――――――――罪人、か。

 

 

「はやては罪人じゃない! はやてはアタシたちの罪を一緒に背負ってるだけだ!!」

 

 

 ――――我とは意見が違うが、概ね同意しよう。

 

 

「――――気にいらねぇ」

 

 

 なあ、宮本。

 

 

「テメエは何様だ? 他人の価値をどうこう言えるほど偉いってか?」

 

 

「――――何?」

 

 

「他人を否定するだけで自分が偉いと勘違いしてねえか? 他人を踏みつけて勝った気でいないか? ――――――――自分の浅ましさに気づかねえのか?」

 

 

「き…さま…ッ!!」

 

 

 怒りに顔を赤らめる男の前で、宮本が顔を歪めているのか見える。

 

 

「――くそっ! 昔の俺ってこんなんかよ…」

 

 

「――――否定がすべてと思っていた時か?」

 

 

「繋がりを否定すれば戻れると思ってた。――――そう簡単に切れたら、繋がりなんて呼べないのにな……」

 

 

 気付けば構わんさ。

 

 己を全肯定し、他人を全否定する――――誰しもそうなる可能性を持っているものだ……

 

 それに気付かない『あれ』が憐れだがな。

 

 

「――――く、くく……やはり貴様は殺す」

 

 

「あ?」

 

 

「気に入らないんだよ。その程度の力で中心に立っていることが…!」

 

 

「意味わかんねえな」

 

 

「分かるはずがない! これは僕の思考だ! 貴様如き田舎猿に理解できて堪るかぁッ!!」

 

 

 ――!!

 

 バリアジャケット…!

 

 武装隊のジャケットとは少し異なる――――一端の魔導師か。

 

 

「――――君を殺しても、僕はそれを揉み消せる…! そうだなぁ……通り魔にでも殺されてもらおうか。君はこの世界の住人じゃないし、捜査も適当なところで切り上げさせるさ」

 

 

「待てよ! アタシがそれを見逃すとでも思ってんのか!?」

 

 

「見逃さざるを得ないんですよヴィータさん。――――機動六課のためにね」

 

 

「なッ!?」

 

 

「――――――――」

 

 

 ――――そういえば、あの男の制服……

 

 査察部か…!

 

 

「――――知ってるかい? 機動六課を良く思わない人たちはたくさんいるんだ。昔から若い人たちが活躍するのが気に食わない老人たちはね――――君たち機動六課が大嫌いなんだよ」

 

 

 マスターを嫌っていた連中と同じか。

 

 年齢がその人間を決めると思っているボケ老人どもだな。

 

 ――――それ以外にもいるだろうが。

 

 

「適当なことでも大きい騒ぎにしてくれる。――――さて、機動六課はどうなるかな?」

 

 

「くッ!!」

 

 

「ち」

 

 

 『若い部隊は赤ん坊と同じなんです。小さな怪我や病気であっさり死んでしまう。だから、親はそれを防がなくてはならない。――――さて、はやて君たちは機動六課を守りきれるかな…』

 

 マスターが危惧していたことが現実になるとはな。

 

 いつかこうなるのではないかと思っていたが――――これで最後ということもないのだろうな……

 

 

「――――条件を出そう」

 

 

「――?」

 

 

 何だと?

 

 

「ミヤモトリョウスケ。彼女に――いや、魔法に関わるのをやめろ。その条件を呑むなら見逃してやる」

 

 

「――――」

 

 

「僕だって鬼じゃない。君如き人間足らずの魔導師を殺したところで意味はないからね」

 

 

「――――嘘だな」

 

 

「ッ!?」

 

 

 ふん、やはりか。

 

 

「―――大方、俺が向こうの世界に帰る瞬間を狙うつもりなんだろう? こっちにいる連中は向こうの世界で何かあったと思うし、向こうの世界の連中はこっちで何かあったと思う――――俺がどこで殺されたのか分からない以上、満足な捜査もできやしねぇ」

 

 

 さすが、狙われ慣れているな……

 

 

「――――――――そうか」

 

 

「――――――――」

 

 

 結局、こうなることは決まっていたのだろうな。

 

 

「だったら――――ここで死ね」

 

 

「は! ――――殺してみやがれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 忘れていた。

 

 

「ぐああッ!!」

 

 

「あははははッ!! だから言っただろう!? 君如きじゃ僕には勝てないと!!」

 

 

「――――くそぉッ! リョウスケ!」

 

 

 ――――ミヤがおらん。

 

 つまり、ロクに魔法が使えん。

 

 満足にジャケットも纏えん。

 

 

「落ち着け紅の」

 

 

「ふ、ふざけんな! アタシのせいでリョウスケが……」

 

 

「――――奴とは一体何年の付き合いだ?」

 

 

「!?」

 

 

「あの男が他人のために命を捨てるか?」

 

 

「そ、それは…」

 

 

「あの男は他人のために命を懸けても、命を捨てはせん。――――マスターとは違う」

 

 

 マスターは捨てる。

 

 それだけの覚悟で家族を守ると決めた。

 

 

「死の意味を知っている奴だからこそ、命を捨てん」

 

 

「――――――――」

 

 

「命を捨てても守りたい人間がいる者もいれば、命を捨てずに守り続けたいものがある者もいる。それに優劣はない、あってはならない」

 

 

 命はその本人のものだ。

 

 命の使いどころは本人が決める。

 

 ――――故に、他人の命を奪うことは許されん。

 

 

「――――マスター……」

 

 

「?」

 

 

「我に奴を守れと言わなかったのは、こうなることが分かっていたからか?」

 

 

「な…に! あいつ!!」

 

 

「――――奴の戦いに、他人を立ち入らせないためか?」

 

 

 それはマスターなりの友情か?

 

 それとも――――――――

 

 

「――――信じている、か」

 

 

「え?」

 

 

「――――良かろう」

 

 

 ――――我も信じよう、あの男の力と心を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く……そ」

 

 

「はははッ! 無様だね!? 魔導師にもなれない君が僕に楯突いたのが間違いだったんだよ!」

 

 

 楯突く――――貴様はやはり宮本を己が下に位置づけているのだな……

 

 

「ほらほらほら! 殺しちゃうよ!? 本当に殺しちゃうよ!?」

 

 

「がッ! ぐ! ぁッ!」

 

 

「死ね、死ね死ね、死ね死ねしねしねしねシネシネシネシネシネシネェッ!!」

 

 

「ごッ! がはッ!? ぐうッ…!」

 

 

 ただ殴るだけ。

 

 宮本を壁に叩きつけ、地面に叩きつけ、空に吹き飛ばし、ひたすらに殴る。

 

 

「僕に相応しいんだ! 君がいる場所は僕に相応しいんだ! 君の力も、存在すべき場所も、君が受けている愛も!」

 

 

「――――憐れな」

 

 

「リョウスケぇッ!!」

 

 

 奴は他人を求めているのか?

 

 それとも、他人に愛される自分を求めているのか?

 

 

「どちらにしろ――――」

 

 

「――――御託は聞き飽きました」

 

 

 時は来た。

 

 現在時刻――午前零時〇三分。

 

 闇から滲み出る漆黒のコート。

 

 そして、モールの付いた白い制服と黒い髪。

 

 

「良介君、お疲れ様でした」

 

 

「――――遅れ、やがったな…?」

 

 

「すみませんねぇ…」

 

 

「貸し一だ……ぐ……」

 

 

「大丈夫ですよ、すぐに返して差し上げます」

 

 

 流石にマスターも疲れているようだな。

 

 よくもまぁ、これだけ早く決着をつけたものだ。

 

 

「――――ミナセ中将……!」

 

 

「やあ、時空管理局保安責任者ルドルフ・クラウン大将が一子、グリッド・クラウン査察官殿」

 

 

「ど、どうしてあなたがここに――――!?」

 

 

「いますとも――一応、彼の友人を自認していますのでね」

 

 

「うげ……」

 

 

「本当に君はいつでも私に対する友情を発揮してくれますねぇ。嬉しい限りです」

 

 

 ぶっ倒れとれ。

 

 ことが済んだら治療してやる。マスターがな。

 

 

「け」

 

 

「リュウト……」

 

 

 紅の鉄騎、か。

 

 

「――――お叱りは後でお受けしましょう」

 

 

「――――分かった」

 

 

 状況が分からないわけではないようだ。

 

 あとでマスターがどのような目に遭うかはわからんがな。

 

 

「何故――――何故あなたまでその男を庇うのです! あなたはこの管理局で有数の魔導師! 彼のような魔導師未満の猿に……!」

 

 

「――――黙れ若造」

 

 

 愚か者め。

 

 マスターの奥方を忘れたのか?

 

 

「ッ!?」

 

 

「それは私の妻に対する言葉と受け取ってもいいのか?」

 

 

「ち、ちが……!」

 

 

「――――答えるな。貴様のような低能な下衆の言葉など、私は聞きたくない」

 

 

「中将!?」

 

 

 マスターは個人的な付き合いを優劣で決めたりはせん。

 

 

「――――弁明はあるか? グリッド・クラウン」

 

 

「ぼ、僕が誰か分かってて――」

 

 

「分かっているとも――――昨日一杯で管理局を辞したクラウン大将の一人息子だ」

 

 

「お、お父様が…!?」

 

 

「――――一身上の都合でな」

 

 

 ――――奴は『敵』となったのだな。

 

 

「ついでに、査察部の方に確認したところ、君は十日前に人事部預かりになっているそうだ」

 

 

「十日前…」

 

 

「君がヴィータ君に対するストーキング行為を始めた頃だな」

 

 

「ぼ、僕はそんなこと……」

 

 

「――――ああそうだ」

 

 

 マスターはクラウンの言葉を聞く気はないようだな。

 

 完全に無視している。

 

 ――――珍しいことだ、他人の言葉を常に聞くマスターがこのような態度をとるなど。

 

 

「時空管理局の決定だ。本日午前零時を以て、グリッド・クラウンを懲戒免職とする」

 

 

「な!?」

 

 

「管理局員としてあるまじき民間人への傷害、同僚に対する複数の迷惑行為、ついでに私の怪我もつけよう」

 

 

「――――ッ」

 

 

「お父上と共に健やかなる第二の人生を送られるよう祈っている」

 

 

「――――――――」

 

 

 顔面を蒼白にして震えるクラウン。

 

 我からすれば、自業自得としか言いようがない。

 

 他人を否定するということは、己を否定される可能性を生み出すことだ。

 

 

「――――ふ、ふざけるなああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

「宮本ッ!」

 

 

 マスターの横を通り過ぎるように宮本に向かうクラウン。

 

 だが、その先にあるのは――――

 

 

「うるせえええええええええええええええええええええええええええッ!!」

 

 

「!? ッがああッ!!」

 

 

 紅の鉄騎に支えられた宮本の拳!!

 

 

「――――ざ、ざまあみろ……俺の勝ちだ……!」

 

 

「確かに勝ちですねぇ」

 

 

「――――うん…! うん!」

 

 

 地面に転がるクラウンを見下ろしながら、宮本が吼える。

 

 しかし――――

 

 

「――――ぐ……後は…任せた……」

 

 

「ええ、任されました。ゆっくりお休みください、目覚めたときには我が家で食事といきましょう」

 

 

「ケチるなよ…」

 

 

「メロンもちゃんとありますよ」

 

 

「なら…いい…」

 

 

「りょ、リョウスケ!?」

 

 

 心配ない。

 

 

「――――傷は命に関わるものではない。気絶しただけだ」

 

 

「そうか…そうだよな…」

 

 

 宮本を抱き締める紅の鉄騎の顔は、我の知る限りもっとも慈愛に満ちているだろう。

 

 奴が命を懸けても守りたいものが何なのか分からんが、少なくとも彼女の心はその答えを知っている気がする。

 

 

「――――――――ない……」

 

 

「!?」

 

 

 クラウン!

 

 

「あ、あいつ…まだ……」

 

 

「――――認めない」

 

 

「――――何をです?」

 

 

「僕こそが――――あいつのいる場所に相応しいんだぁあああああああああああああッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

 飛び掛るクラウンと、宮本を庇う紅の鉄騎。

 

 確かにこの距離なら宮本を殺せるだろう――――ここに守護騎士と白衣の魔王がいなければな。

 

 

「やらせるかぁッ!!」

 

 

「くッ!! どけえええええええッ!!」

 

 

「リョウスケはアタシが守る! 約束したんだ! アタシを信じて眠ってるリョウスケは、アタシの大事な子分だぁッ!!」

 

 

「黙れぇッ!!」

 

 

「くッ!」

 

 

 ぶつかり合う鎚と杖。

 

 技量としては紅の鉄騎が有利なはずだが、やつの狂気がそれを相殺している…!

 

 だが――――

 

 

「――――――――知っていますか?」

 

 

「なッ!?」

 

 

「私は妻を誇りに思っているのですよ。魔導師としてはそれほど強くなくとも、彼女は――――私の最愛の人だ」

 

 

 奴の背後からの声と、重低音と共に――――クラウンの身体が地面にめり込む。

 

 

「がッ……!!」

 

 

 円形に潰れた地面が、そこに途轍もない何かが存在していることを物語っている。

 

 

「――――良介君が寝ているのは幸いでした。起きていたら、私がこうして君を潰すことなどできませから」

 

 

「りゅ、リュウト…?」

 

 

「彼女が――――妻が君のような人間にどれだけ傷付けられたか、わずかでも考えたことがありますか? 今の君のようにすべてを否定されたんです。人間として認められていなかったんです。ただ、魔法の才がないというだけで……!」

 

 

「――――――――」

 

 

「身を以て知りなさい! 私がその業を背負いましょう…!」

 

 

 マスター。

 

 

「――――選びなさい。一思いに頭を潰されたいか、それとも四肢の先からゆっくり潰されたいか」

 

 

「!?」

 

 

「――――――――答えろ」

 

 

 紅の鉄騎にも、マスターの顔は見えていないだろう。

 

 その顔に浮かんでいるのは――――無だ。

 

 相手の命を否定することを厭わない、魔王と呼ばれる顔だ。

 

 

「い、いやだ……!」

 

 

「何?」

 

 

「死にたくない…」

 

 

「――――他人を殺そうとして、その言葉を吐くか」

 

 

「僕は死んでいい人間じゃない…! そうだろう!? なあ!?」

 

 

 ――――気分が悪い。

 

 機械であるはずの我が、ここまで嫌悪感を覚えるとはな。

 

 

「――――分かった」

 

 

「ほ、本当に――――」

 

 

「喉を潰してからゆっくり潰す」

 

 

「!?」

 

 

 マスターの手が、ゆっくりと閉じられる。

 

 

「――――否定される苦しみを味わって、死後の世界で父上と再会しろ」

 

 

「い、いやだぁあああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ふむ、この程度でしょうか」

 

 

 地面に転がっているクラウンのを覗き込みながら、マスターが呟く。

 

 

「お、おい」

 

 

「ああ、ヴィータ。大丈夫ですよ、死んでませんから」

 

 

 頸部圧迫による気絶だ。

 

 本人は死んだと思っているやもしれんが。

 

 

「さてと、良介君を預かります」

 

 

「え!?」

 

 

「君からすれば、シャマルさんにでも診せたいところでしょう。ですが――――」

 

 

 機動六課にばれる。

 

 

「――――今回のことは何もなかったということになるはずです。査察部もそのために彼を切り捨てましたから」

 

 

「――――――――」

 

 

「君に対する行為はなかった――――納得できないかもしれませんが、なんとか理解してください」

 

 

 それ以外に方法はない。

 

 騒ぎを大きくすれば、クラウンの言っていた老人どもが動きかねん。

 

 

「――――分かった……でも」

 

 

「怪我が治ったら訓練に特別講師として招聘しましょう。私の権限で、ね」

 

 

「ほ、本当か?」

 

 

 ふむ、分かりやすい笑顔だな。

 

 

「大丈夫です。良介君の弱みの百や二百、ちゃんと把握してますから」

 

 

 弱みの多い男だからな。

 

 本人は否定するだろうが、マスターに掛かれば問題ない。

 

 

「よいしょっと――――流石に子供たちを背負うようにはいきませんねぇ」

 

 

「だろうな」

 

 

「ああ、ブレスト。彼の見張りをよろしく」

 

 

「心得た」

 

 

マスター指揮下の部隊がここに来るまで見張っておればいいのだろう。

 

連中なら六課にばれずにここまで来ることができる。六課と比較しても決して劣らない実力の部隊だからな。

 

 

「――――ヴィータ」

 

 

「ん?」

 

 

「君の子分は――――次元世界一の魔法使いですね」

 

 

 その言葉に、紅の笑顔が花開く。

 

 

「ああ! 最高の子分だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい」

 

 

「ぐ――どうだ」

 

 

「はい」

 

 

「が――――こ、これで……」

 

 

「はい」

 

 

「――――――――」

 

 

 時間切れになるぞ宮本。

 

 

「――――それにしても、皆さんハードですねぇ」

 

 

「教官がスパルタだからな」

 

 

 機動六課の演習場には現在、廃棄された都市の幻が映し出されている。

 

 より正確に言うなら、我らがいる場所もその中にある。

 

 演習場の片隅にあるビルの屋上で将棋を差しているのだからな。

 

 

「君もこれからその訓練に加わるんですよ?」

 

 

「――――てめえの謀略でな」

 

 

「あっはっはっは」

 

 

「――――くそ」

 

 

 訓練も中盤、現在は高町なのはによる二対一の訓練が行われている。

 

 これで一旦休憩を挟み、宮本の仕事が始まるはず。

 

 

「ヴィータが心配して家に来たせいで、私は妻に説教されたんですよ」

 

 

「自業自得だ」

 

 

「――――六課の医務室に放り込んでおけばよかった」

 

 

「それはやめろ!」

 

 

 風の癒し手か。

 

 

「――――あいつはどうなった?」

 

 

「さあ? 田舎に引っ込んだらしいですよ」

 

 

「――――そうか」

 

 

「ええ」

 

 

 本当は押し込んだんだろう。

 

 まあ、クラウンはあと十年程度監視付きの生活になるだろうな。

 

 

「――――理由は聞きましたか?」

 

 

「――――いや」

 

 

 クラウンが紅の鉄騎を追い始めた理由か。

 

 

「彼の父親――――クラウン予備役大将の護衛として派遣されたヴィータに、彼が一目ぼれしたらしいですよ」

 

 

「一目ぼれ……?」

 

 

「ええ、人の心とは分からないものですねぇ」

 

 

「――――趣味が分かんねぇ」

 

 

 確かにな。

 

 ちなみにマスターは護衛いらずだ。

 

 

「さて――――王手」

 

 

「なッ!?」

 

 

 うん? そろそろ時間か。

 

 

「駒は次までそのままにしておきますから、さっさと行きなさい」

 

 

「ぐぐぐぐぐ……」

 

 

≪リョウスケぇ――――ッ!!≫

 

 

「ほら、呼んでますよ?」

 

 

 我の聴覚センサーにも聞こえておる。

 

 

「――――次は勝つ」

 

 

「楽しみにしてます」

 

 

≪おぉ――――いッ!!≫

 

 

「うるせえッ!! 今行くよ!!」

 

 

 さて、我らも行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブレスト」

 

 

「何だ?」

 

 

「女神を愛する資格とは何でしょうね」

 

 

「――――我に訊くな」

 

 

「ふふ、私は――――女神に愛されることが最低条件だと思いますよ」

 

 

「――――――――」

 

 

「少なくとも、彼は愛されている」

 

 

「ああ」

 

 

「それでは――――彼の愛情が誰に向かうのか楽しみにするとしましょう」

 

 

「御意」

 

 

 女神たちと、彼女たちに愛される剣士に幸福在れ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レッツ・オマケ

 

 

「――――さて、うちの女神様の機嫌を直すにはどうしたものやら……」

 

 

「休暇でも取ることだ」

 

 

「おお、なるほど」

 

 

「――――あの姿で拗ねられると罪悪感が凄まじいからな」

 

 

「二百パーセント私が悪者ですからねぇ…」

 

 

「事実だろう」

 

 

「確かに」

 

 

「――――少なくとも、マスターは女神に愛されているようだな」

 

 

「嬉しい限りです」

 

 

「その言葉、奥方に伝えるべきだな」

 

 

「――――その内、伝えましょう」

 

 

≪――――ま、まて! なんで集中砲火!?≫

 

 

「うーん、大人気」

 

 

「――――生き残れよ、宮本」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

 

 ジーク・キャロ! ハイル・ミヤ!

 

 ジーク・ヴィータ! ハイル・ちびふたり!

 

 同志諸君! 第三弾、確かに届けた!!

 

 これが限界だ! ヴィータの出番が少ないとか言わないでくれ!

 

 一応、ヒロインはヴィータだが、主人公は宮本良介なのだ! ついでにリュウト・ミナセなのだ!

 

 次はリンディ&レティちびバージョン!!

 

 なにやらコメディちっくになりそうだが、多分シリアスになる!!

 

 我が書くと何故かシリアスがコメディに、コメディがシリアスになるのだ!!

 

 本気で泣きたい!!

 

 それでは、感想等待っている!!

 

 

 オール・ハイル『生まれたての風』ぇッ!!

 

 




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