休日の本局の居住区には、家族連れの局員や本局で働く職員たちの為に普通の市街と変わらない生活空間が確保されている。
次元空間に浮かぶ孤島である本局では、地上世界に降りるよりもこの居住区で生活のすべてを賄っている者も多かった。
極端な例だが、本局の居住区で生まれ、その後人生のすべてを本局内から一歩も出ずに過ごしているという管理局の職員もいる。
上記の例を挙げるまでも無く、時空管理局本局と言う場所は、贅沢を言わなければ衣食住のすべてを自己完結できるだけの設備を持っているという事だ。
もちろん外部からの物資は間断なく本局に運び込まれているが、それを除いても本局内の物資のみで生きていく事は可能だとされていた。
だがそれは理論上可能だというだけで、実際に試した人間がいるかは定かではない。
そして、その居住区の一角の商業区に程近い喫茶店で読書をしている人物。
その背後から息を切らせて走り寄る女性が彼に声を掛けるところから、今回の話は始まる。
「――――リュウト……! よかった、まだここにいたのね……」
「私はあなたに呼び出されてここにいる以上ここから動けません。ですからそんなにも急ぐ必要はないのではないかと私は推察するのですが、間違っていますか?」
マオカラースーツのポケットに読んでいた本をしまうと、リュウトは半眼でリンディを見遣る。
「ま……間違っては……はぁ……いないけど……はぁ……」
「とりあえず――――飲みます?」
「あ、ありがとう……」
リュウトの差し出したアイスコーヒーをあまり優雅とはいえない仕草で飲み干す女性。
その女性はコーヒーを飲み干すと、グラスをリュウトに返して一言呟いた。
「――――――――苦い」
「これでも一応ガムシロップ三つも入れてあるんですけどね。それでも苦いですか、姉さん」
「苦いわよ、あと五つは欲しいところね」
「――――――――」
それではいくら女性――――リンディの“獄”甘緑茶を飲める数少ない人間であるリュウトでも飲めないだろう。
ちなみに獄甘緑茶の命名はアースラでオペレーターをしている影の薄い二人組だったりする。命名理由は読んで字の如く地“獄”の甘さ故である。
「私自身は止めませんがね、あまり極端な味のものを飲食すると身体に良くないですよ」
「そうかしら? これでも体型とか健康には問題ないのだけれど……」
「――――――――」
じーっとリンディを見詰めるリュウト。
医療系魔法にもある程度の造詣があるリュウトは、こうして対象を見るだけで相手の体内を走査する魔法を行使できる。
本来は施設の整っていない場所で必要な医療行為を行うための技能だが、なぜか女性陣には受けが良くない。
まあ、見るだけで体型やらなにやらが分かってしまうのだから当然かもしれないが、少なくともリュウトに俗な感情があるわけではなかった。
「――――――――いえ、ウエストが少々……」
「とおッ!!」
「ぐえ」
リュウトの言葉を遮るように、その手に持っていたバッグを思い切りリュウトの頭に叩きつけるリンディ。
一切の躊躇いのない素晴らしい一撃だった。
「――――――――痛いじゃないですか」
「私は心が痛かったの!」
「――――――――」
だったらもう少し食生活に気を配ったらどうだろうか――――そんな至極当たり前の言葉が叩かれた頭を擦るリュウトの脳裏を高速で通り過ぎたが、生憎とそれを口にするほど彼は馬鹿ではなかった。
だがそれとは別に、現状を回復するための言葉は出てくる。もちろん、半ば無意識に。これも教導隊での教育の賜物だった。
――――当人が望んだかは別にして、だが。
「姉さんは間違いなく綺麗なんですから、あまり気にしないほうがいいと思いますよ。こういう事はむしろ精神的な要因が大きかったりしますから」
「――――そうかしら……?」
「ええ、精神的に健康なら自然と体型も元に戻るんじゃないですか?」
「――――――――」
どうやら自分でも気にしていたらしく、リンディはリュウトの言葉に考え込む。
その間にリュウトはコーヒーの支払いを済ませ、さっさと出発の準備を整える。
「姉さん、行きますよ」
「え!? ちょっとリュウト! 待ちなさい!」
早々に店を出るリュウトの後を、リンディが慌てて追いかけていく。
一〇年前なら考えられない光景だが、今となってはリュウトも大人になったという事だ。
「それにしても、今日は本当に珍しく定時で上がれたというのに、どうして私がこんな目に遭わなくてはならないのでしょうか?」
「こんな事じゃないわよ。こんな綺麗なお姉さんとデートが出来るんだから」
「――――自分で言いますか」
「あら、リュウトが言ってくれたんじゃない」
「――――――――確かにそうですがね」
二人は慣れた様子で居住区の道を歩く。
リンディは上機嫌を崩さずにリュウトの腕に自分のそれを絡め、リュウトもまたそんなリンディを拒む事はない。
「ええと、これで通算何回目のデートかしら?」
「レティ姉さんも含めれば、今回で六五回目です」
「随分デートしたわねぇ……」
「――――――――これをデートと呼ぶのなら、ですが」
辞書的な意味なら確かにデートかもしれないが、世間一般が想像するデートと今現在リュウトとリンディが行っている行為は、少し異なるようにリュウトには感じられた。
「というか、姉さんも何故私をこんな事に連れ出すのですか? 休みなら家でフェイトさんの勉強でも見て差し上げればいいのに」
「――――――――私にあの世界の国語や歴史をどうやって教えろって言うの?」
「――――――――ああ、なるほど」
確かにそれは難しい。
今度適当な参考書でもプレゼントした方がいいだろうか、もちろんリンディに――――そんな事を考えるリュウトも大概常識から外れている。
「それに、リュウトなんて私とレティが誘わなきゃずっと仕事場と家の往復でしょう? まあ、最近は仕事場に篭りっきりなのかもしれないけど……」
「――――それが分かっているなら休ませてください。今日は珍しく四時間以上眠れるかもしれないんです」
「――――――――今度添い寝してあげようか?」
弟分の疲れた様子のそう提案するリンディだが、その弟分はふるふると首を振ると余計に疲れた様子で呟いた。
「――――――――結構です、クロノに何て言われるか分かったものじゃないですから。ついでにアニーさんとシグレが仁王になってしまいそうな気がするので……」
「――――だったらアニーさんやシグレさんに癒してもらえばいいのに……」
「――――――――」
どうやって?――――それを口に出さなかったリュウトは、それなりに空気が読めるように成長したと考えるべきなのか。
仕事以外での付き合いが薄いアンジェリーナに疲れを癒してもらうなど考えられないし、シグレに頼むと色々面倒になりそうな気がする。――――まあ、件の二人にその思考を知られたりしたらえらい事になることは間違いない。
「――――――――まったく……リーゼたちの最大のミスはあなたに女心を教えなかった事ね……」
「は? 何か?」
「いいのよ、気にしないで」
「――?」
どうせ言ったところで改善する事など夢のまた夢。
リンディはリュウトに高尚な女心を教える事を早々に諦めた。それと同時に話題の転換を図る。
「そういえば、この前服を整理してたら随分懐かしいものが出てきたわ」
「懐かしいもの?」
その意図に乗ったわけではないだろうが、リュウトは隣を歩くリンディの言葉を鸚鵡返しに口にする。
リンディはそんなリュウトに笑みを向けると、すぐに前方に視線を戻す。
「ええ、最初のデートの時にあなたが選んでくれた服」
「――――――――」
そんな言葉が返ってくるとは思っていなかったリュウトは返す言葉が見つからない。
「あなたが正式に局員になって初めての休暇の時だから、もう一〇年になるわね。我ながら物持ちがいいと思うわ」
「――――私としてはそのまま一生涯見つからない方が良かったんですが……」
「そうなの? ――――あ、確かにあの事故の事を思い出してしまうのもね……ごめんなさい、気が付かなくて……」
「いいんですよ、多分あれが私の原点の一つですから……」
「リュウト……」
リンディはリュウトの視線が遥か遠くに固定されている事に気付く。
それはあの日、リンディの胸で肩を震わせて嗚咽を噛み殺していた少年が、大人に近付いた事の証なのかもしれない。
そんな事を考えながら、リンディは少しだけ昔の事を思い出していた。
魔法少女リリカルなのは―――くらひとSSS 昔語り 第九夜―――
―人はそれを、結局愛と呼ぶのかもしれないと誰かが言う―
<――――ミッドチルダ、エルシア地方で発生した大規模な山火事は未だに延焼を続け、出火確認からすでに二週間が経過した現在もその勢いはまったく衰えません。その被害地域は時が経つごとに増えており、時空管理局の地上本部はこの事態を収拾するために部隊の増派を決定。地上本部の報道官は今回の増派について――――>
ニュースキャスターの声がリビングに響く。
そんな中で、リュウトはこれだけを心の内に宿していた。
「――――――――」
疑問。
「――――――――?」
首を傾げ、目の前の弟弟子に助けを求める。
「――――――――」
「あ」
目を逸らされた。
「どうかしら? 折角時間もあるし、ね?」
「でも――――」
視線を自分の横に座る人物に戻す。
先ほどから何度も同じ誘いを受けているが、どうしても頷くことができない。
「リーゼから聞いたわよ? リュウト君、一度もクラナガン観光した事ないって」
「だって、住んでる場所だよ? 観光する必要なんて……」
「住んでる場所だからじゃない! 自分の住んでいる場所のいい所も悪い所も、ちゃんと知っておくべきだわ」
「――――――――」
彼女の言い分は理解できる。
だが、何故こんな風に自分を誘うのだろうか。
目の前に息子がいるというのに、赤の他人である自分を誘う理由が分からない。
『クロノ、君は行かないの?』
『――――お前が誘われてるんだろう。さっさと行け』
明らかに怒りを抑え込んでいると分かる声。
リュウトはそんなクロノに困惑しつつも重ねて助けを求める。
『何を怒ってるのか分からないけど、僕はやる事が――――』
「リュウト君!!」
「はい!」
念話で会話していたのがバレたとは思えない。
クロノと視線を合わせることは無かったし、そんな仕草もしていないはずだ。
だが、母は強い。
「クロノと内緒話する必要はないでしょ! 行くの!? 行かないの!?」
「じゃ、じゃあ、いか――――」
「リュウト君!!」
「はい! 行きます!!」
リュウトは思わずそう叫び、次の瞬間には後悔していた。
「うん! じゃあ、着替えてきてね」
輝くような満面の笑顔。
こんな笑顔を見せられたら、どう足掻いても行かないわけには行かない。
「――――――――」
リンディの笑顔を背中で受け止めつつ、リュウトは自分の部屋へと引っ込んだ。
「これなんてどうかしら?」
「似合ってると思う」
「じゃあこれは?」
「色が派手」
「ん〜〜と、これは?」
「歳を考えて」
「ええ〜〜〜〜? 私ってそんなに老けて見える?」
「多分」
「――――てやっ」
とりあえず避ける。
「女に歳の話はしないの! そういう時は『いえいえ、お若いですよ』って言うのが男の役目なのよ!」
ある意味ではこれ以上無いほど理不尽なリンディの言葉だが、これも世の中を上手く回すための潤滑油なのだろう――――齢八歳のリュウトはそんな事を思っていた。
現在二人はクラナガンのとあるショッピングモールで買い物をしている。
最初に寄った店はリンディが亡夫と共によく行ったという紳士服店で、リュウトはそこで新しい服に着替えていた。デザインも落ち着いたもので、大人びた雰囲気を持っているリュウトには意外なほど似合っていた。
ちなみその服はリンディが己の趣味に照らし合わせ、リュウトを着せ替え人形にして選んだ服だが、とりあえずリンディの趣味は悪くなかったようだ。
「そりゃ私はリュウト君から見たらおばさんですよ。でももう少し――――」
リンディはぶつぶつと文句を言いながらセール品のワゴンを物色する。
今彼女たちがいるのは、同じモール内にあるブティックだった。
ここは老若問わず女性に人気のある店で、リンディも一度は来てみたいと思っていた店でもある。
リュウトの服を買ってからこの店に突撃したリンディだが、やはり人気の店だけあって品揃えも抜群だ。結局一時間以上悩み続けている。
「これは――――ちょっと地味かしら……? だったらやっぱり――――」
目の前の服を選ぶ事に夢中になっていたリンディはリュウトが店員と話している事に気付かなかった。
リュウトは店員に連れられて店の中を巡り、スカート、ブラウス、ケープ、靴やアクセサリーまで、ほとんど迷うことなく選び出していく。
「――――クロノも最近毒舌気味だし、変な服は選びたくないのよね……」
それでもやはりリンディは気付かない。
ディスプレイされている服を眺めたり近くに掛かっていた服をじいっと見詰めたり、忙しない事この上なかった。
見るものが見れば、それはどこか小動物のような動きに見えたかもしれない。
「今度の休みはいつになるか分からないし、今のうちに良い物買っておきたいんだけど……」
次元航行部隊の艦隊勤務であるリンディにとって、自分の乗っている艦は家同然だ。
それはつまり同じ艦に乗っている乗員は家族と同義、家族の前なら確かに必要以上に姿格好にこだわる必要はないだろう。だが――――
「――――くっ、レティ……何が『老けた?』よ!? 久しぶりに会った親友に対して掛ける言葉がそれ!? 本局勤務だからって勝ち誇るんじゃないわよ!」
『うが〜〜!』と天に向かって吼えるリンディ。
まあ、結局のところ、いつの時代も女性は美しく在りたいという事だろう。
彼女の亡夫はそれほど見た目にはこだわらなかったが、やはりリンディは気を使っていた。好きな相手に一番綺麗な自分を見せたいと思うのは、それほど不思議な感情ではない。
「クロノにもしっかり女心を教えないと……」
兄弟子のようになっては大問題。
一人くらいならあのような意見も貴重だ。だが、二人になると――――非常に腹立たしい。
「リーゼももう少しこっち方面の教育してくれないと困るわ」
ちなみにリーゼもそういった方面の教育をしていない訳ではない。
単にどちらが教えるかで揉めていつも中止になるだけだ。
「あ、あれも結構可愛い……」
そう言ってふらふらと歩き出すリンディ。
「リンディさん」
誘蛾灯に引き寄せられているようなそんな彼女を、横合いからの声が止めた。
そこにいたのは、店員を伴ったリュウト。
「リンディさん、これはどう?」
「え?」
そう言って差し出されたのは、淡い色調で合わせられた服と装飾品だった。
「リンディさん綺麗なんだから、あまり服に目がいっても困ると思う。だから目立たないこれくらいの色がいいんじゃないかな」
「――――――――」
無言でリュウトの差し出した服を受け取るリンディ。
そんなリンディの様子に、リュウトは少しだけ不安そうな表情を浮かべた。
「ダメかな? 僕もあまり服には詳しくないし、変だったらごめんなさい」
「え!? ち、違うわよ……! ちょっとびっくりしただけだから」
「そう、良かった」
そういってほやっと笑うリュウト。
心からの喜びを表情にしたというその表情に、リンディも笑みを返す。
「そうね、折角だから試着させてもらおうかしら」
リンディはそう言ってリュウトの傍らに立つ店員に目を向けた。
その視線を笑顔で受け止め、店員はリンディを試着室へと促す。
「それではこちらへどうぞ、お連れ様はあちらでお待ちください」
「はい」
リュウトは店員が示した場所にある椅子に座ると、その場でポケットから取り出した本を読み始めた。
そんなリュウトを見て、リンディと店員は顔を見合わせて笑い出す。
「ふふ……可愛らしいエスコート役ですね。羨ましいですわ」
「息子の大切な友達なんです」
「あら、てっきりご姉弟なのかと思いました」
「ええ、本当にそうなら……どれだけ良かったでしょうね……」
店員の言葉に、リンディは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
「ふー! ふー! ふー!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
「お、落ち着け……! 通報されるぞ!」
リンディとリュウトがいる店の外。
買い物客が歩く通路を挟んだ反対側にある喫茶店に、怪しい三人組がいた。
一人は鼻息も荒く窓の外を睨みつけ、一人はその震える手でコーヒーの入ったカップに罅を入れている。残った一人はその二人を必死で抑えているといった様子だ。
「リンディめ! あたしらがちょっと目を離した隙にぃ〜〜〜〜っ!!」
「デートなんて、わたしたちもあまりできないのに……!」
血走った目を少し離れた二人に向け、リーゼは二人揃って青筋を浮かべている。
その二人の間で必死に最悪の状況の発生を抑えているのは、やはりというかクロノだった。
「君たちはここで何をするつもりだ!? ここで何かすれば、待っているのはリュウトの冷たい目と無期限の完全無視だぞ!」
「く……!」
「〜〜〜〜っ!!」
「母さんだってリュウトの事を心配してるんだ。悪いようにはならないと思う」
クロノの言葉は限りなく正論だ。
クロノという子供を育てたリンディなら、リーゼたちとは違う形でリュウトを導けるかもしれない。
「何よりもリュウトは母さんを避けているところがある。いつまでもそれじゃあ、どちらにとっても良くないだろう?」
「分かってらい!」
「でも納得できないぃ〜〜〜〜っ!!」
ぎりぎりと歯軋りするリーゼアリア。
その背後ではリーゼロッテが頭を抱えて奇妙な踊りを踊っていた。
その様は完全に子供で、クロノの方が明らかに精神的に年上だと分かる。
「どちらにしてもぼくらが何かすると、良くない結果しか考えられない。特に君たちはリュウトに関して冷静さを保つことができないから」
「ああ!? 腕組んでるしぃッ!」
「離れろリンディぃいいいいいいい〜〜〜〜っ!!」
「――――――――ほら」
ガラスに張り付いて仲良く腕を組んで歩く二人に――――より正確に言うならリンディだけだが――――恐ろしいまでの怨嗟と嫉妬を込めた視線を向ける。
クロノは疲れたように溜息を吐いてアイスティーを口に含む。
苦さと甘さが適度に溶け合うなかなかの味だが、今のクロノにはそんな事など分かるわけもない。
「――――――――君たちは本当に素直だな。正直うらやましい」
呟く声はリーゼに届かない。
だが、クロノにとってはそれこそが望む事だ。こんな事誰かに聞かれたら恥ずかしくて部屋に篭りたくなる。
(――――ぼくだってうらやましくない訳じゃない。母さんと出掛けたいって思う。でも……)
もしもリュウトが同じ事を願っても、それは絶対叶わない願いだ。
クロノとリンディなら、お互いの予定を調整さえすればひと月と掛からず実現できる願い。
しかしリュウトにとっては、願う事すら無意味な幻想に過ぎない。
(まったく、ぼくにまで気を使われてどうするんだ)
本当に子供みたいな兄弟子だと思う。
実際に子供ではあるけれど、普段はそれを覆い隠すだけの深い知性と大きな器、鋭い思考を持っている。
だが時折、こうしてひどく子供らしくなる。
(まあ、本人は気付いてないだろうけど……)
リーゼたちもおそらく気付いている。
だからどれ程リュウトの元に走りたくても、それはできないのだろう。
この休暇が終わって部隊に戻れば、そこにあるのは現実だらけの大人の世界。
リュウトが心を削ってようやく立った舞台は、リュウトに尚も傷付く事を求める場所だった。
「――――――――」
クロノはブティックを出て喫茶店から遠ざかっていく二人の背中に、ちらりと視線を向ける。
いっそここでリーゼを足止めしようかとも思う。
だが、現実にそれは不可能だ。
「クロノ! 行くよ!」
支払いを終えたらしいリーゼロッテがクロノを呼ぶ。
その隣にいるリーゼアリアは相も変わらず二人の背を追い続けているようだ。
「――――――――はあ……」
クロノは溜息を吐いてグラスをテーブルに置いた。
あの暴走ネコ特急を放っておくわけにはいかない。万が一何か問題が起これば、一番をそれを気にするのは間違いなくリュウトだろう。
「分かってるよ! 今行く!」
テーブルから立ち上がりリーゼの許に歩いていくクロノの耳に、からんという音が聞こえた。
それが融けた氷の奏でる音だと気付いたのは、店から出てしばらく歩いた時だった。
「さて、どれに乗ろうかしら……」
「――――――――」
現在二人がいるのはクラナガン郊外にあるテーマパークだ。
リュウトが地球でも見た事のある乗り物やアトラクションが、次々と人を飲み込んでは吐き出している。
周囲は歓声や嬉しそうな悲鳴で埋められ、このテーマパークの案内図を見ているリンディの姿もまた、この光景に溶け込んでいた。
「リュウト君は何がいい?」
「――――僕の身長で乗れるのって、限られると思う」
「あら、そうでもないわ。リュウト君って結構大きいから大抵のものには乗れると思うわよ?」
「そう……」
どうやらこの世界では地球よりも安全基準が緩いらしい。或いは地球よりも進んだ安全機構があるのかもしれないが、生憎とリュウトには分からなかった。
「そうねぇ……まずはコーヒーカップ辺りから行きましょうか」
「僕はよく分からないから、リンディさんに任せる」
「乗りたいものがあるなら遠慮なんてしなくていいのよ?」
「大丈夫。僕、ここ初めてだから選んでもらった方がいい」
「そうなの? じゃあ、行きましょうか」
リンディはリュウトの言葉に頷くと、自分より小さなリュウトの手を握って歩き始めた。
「リュウト君は遊園地好き?」
「どうだろう? あまり来た事がなかったから」
「向こうの世界でも?」
「父さんと母さんは忙しかったんだ」
「――――そうなの……」
リュウトの言葉に悲しみの色がない事にリンディは言い様のない寂しさを感じた。
家族の死を乗り越えたのか、それとも単に感情を糊塗する術を覚えたのか。どちらにせよ、八歳の子供にはあまり似合わない。
そんな感情が表情に出ていたのか、リュウトはリンディに仄かな笑顔を見せ、口を開く。
「行こう、リンディさん。僕、乗った事ない乗り物ばかりなんだ」
「え? あ、うん、そうね……」
明らかに自分を気遣ったリュウトに対し、リンディは申し訳ない気持ちで足が止まりそうになった。
こうしてリュウトを連れ出したのはその顔に本当の笑顔を取り戻すためだったはずなのに、今リュウトが浮かべたのはすべてを悟りきった空虚な笑顔だった。
「リュウト君……」
「何?」
自分の顔を不思議そうに見上げるリュウトの目に自分の顔が映った時、リンディはそれ以上の言葉を紡ぐ事はできなかった。
「――――ううん、何でもないの。ごめんなさい……」
「いいよ、別に気にしなくて」
母であるリンディには、リュウトの仕草一つ一つが悲しいものだった。
大人びていると言えば多少は聞こえが良いかもしれない。だが実際は人生を諦めているだけなのかもしれない。
しかし、それを確かめる術はリンディにはなく。もしかしたらリュウト本人も分からない類のものなのかもしれない。
その考えに至ると、リンディは少しだけ肩の力を抜いた。
リュウトの人生は間違いなくこれからだ。今は子供らしくない子供だけれども、いつかは――――そう考えると、リンディの心は自然と軽くなった。
時間はまだある。焦らずに、ゆっくり少しずつ進んで行けばいい。それがきっとリュウトの為になる。
リンディは隣を歩くリュウトに気付かれない程度に深呼吸をすると、今までとは少し違う話題を切り出した。
「そういえば、メカニックマイスターの試験受けるってグレアム提督に聞いたわ。大丈夫なの?」
「ジョシュア先生の教育方針。『デバイスは自分の身体も同じ。なら、自己管理もできない奴は魔導師失格だ』――――って」
「だったらデバイスマイスターでもいいんじゃないの?」
「デバイスを整備する機材も整備できなきゃ意味がないって言ってた」
「――――――――また、随分極端というか、大胆というか……」
「本人は至って真面目だよ。先生は完璧主義だから」
何でもないふうに答えるリュウト。
リンディの感覚からすると随分無茶な教育を受けているように感じるが、リュウトはそれが普通だと思っているらしい。リンディとリュウト、基準が違うのだ。
「近いうちに適当な論文を見繕うからそれで勉強しろって言ってた」
「大変なのねぇ……」
「机の上の仕事の方が楽だよ。高高度降下なんて死ぬかと思った。高度二〇まで飛行魔法禁止なんて……」
「――――――――」
高高度降下と呼ばれるほどの高度から地面に叩きつけられたら、間違いなくシャベルのお世話にならないといけない。
一〇G以上の高G機動可能な魔導師故の訓練だが、正直無茶だとリンディは思う。
「でも、もう慣れたかな。今は細かい機動の練習がメインだよ」
「そう……航空魔導師って大変なのね……」
「それぞれの適性に合わせた訓練だから、みんな同じ訳じゃないけど」
「他に何があるの?」
「荒天時飛行訓練とか、教官との高G機動戦とか」
「それも大変なの?」
「う〜〜ん、大変と言ったら大変だけど……」
二人は背後で蠢く三つの影に気付く事無く、家族連れやカップルで賑わうテーマパークを進んでいく。
――――まあ、その話の内容はかなり物騒なものだったが……
「――――で、それはどこから拾ってきたんだ?」
二人から少し離れた場所を歩くクロノたち三人。
だが、その三人の内二人の姿はこのテーマパークに入ってから大いに変わっていた。
人間とは思えない巨大な体躯。
見るものを圧する無表情。
ひょっとしたら高い防御力を持っているのではないかと思わせる表皮。
人間とは少し違う歩き方。
そして、歩く度に変な方向に曲がる頭部。
「――――――――」
――――まあ、よーするに着ぐるみだった。
「ちょっとそこの物置から」
「――――鼻が曲がりそう……」
どうやら猫をモデルにしたらしい二体の着ぐるみ。
だが、クロノの知る限りこんなデカイ猫はいない。
「暑くないのか?」
「言わないで、余計に暑くなる」
「あ、汗も滴るいい女って事で……」
「――――――――」
パンフレットの紹介を信じるなら、この着ぐるみは双子の黒猫をモデルにしたキャラクターらしい。確かにこの二人に相応しい着ぐるみと言える。
オーバーオールを着た二足歩行の猫など正直あまり見たくないとクロノは思うが、それでも需要があるからこうして着ぐるみになっているのだろうと無理やり自分を納得させる。
「最近のリュウトの勘が妙に鋭いせいで……くそう……」
「自業自得だろう」
「ああ〜〜……ネコの干物になってしまうぅぅ〜〜……」
「なってしまえ」
どうして自分がこんなところでこんな変な物体と会話しなくてはならないんだ――――クロノは兄弟子に心の底からの呪詛を送る。
ちなみに件の兄弟子は、クロノの母親と共に巨大なコーヒーカップの中でぐるぐるぐるぐると回っていた。
さらに追記するなら、カップを回して楽しんでいるのはリュウトではなくリンディだ。
子供のような笑顔でハンドルを回し続けている。
ちなみにリュウトは遠心力で靡いていた。
「――――母さん……」
クロノは額に手を当てて己の母の姿を嘆く。
しょーじきアレが自分の母だとは思いたくなかった。
「仕事で辛い事でもあったのかねぇ……」
「クロノ、リンディに迷惑掛けちゃダメだぞ」
リーゼロッテとリーゼアリアの言葉にも、己が母の姿に半ば魂を抜かれたクロノは反論する事ができなかった。
「ロッテ、降りてきた」
「おっと、次はどこかな?」
二人の視線の先では、リュウトがふらつくリンディの肩を支えていた。
二人は少し言葉を交わすと、近くにある休憩所に向けて歩き出す。
「――――回し過ぎた?」
「そんな事より、早く追いかけないと!」
「分かってる! 行くよクロノ」
「――え? な? ちょっと待て!」
クロノは着ぐるみ二体に両脇を抱えられずるずると引き摺られ始める。
慌てて抵抗するが、双子の着ぐるみの前では無意味だった。
「くッ! どうしてぼくがこんな目にぃ!」
それでもクロノは諦めずに抵抗を続ける。
だがやはり、彼の力では着ぐるみの魔の手から逃げることはできなかった。
「はぁ〜〜なぁ〜〜せぇ〜〜ッ!!」
クロノの声がリュウトたちに聞こえなかったのは、ある意味幸運だったのかもしれない。
ちなみにその光景を偶然見ていた親子は――――
「――――おかあさん、おにーさんがねこさんにゆーかいされた」
「――――――――」
とりあえずコメントに困っていた。
だからやめておけばよかったのに――――リュウトは肩に掛かる重さにそんな事を思った。
「うう……世界が回ってるぅ〜〜〜〜……」
「自分でカップ回して自分で目を回してるんだから自業自得だよ」
「つ、冷たい……」
「え? 冷たい飲み物買ってくればいいの?」
「――――――――違うけど……お願い……」
「分かった」
自分をベンチに運んで売店に飲み物を買いに行くリュウトの後姿を、リンディは額に当てたハンカチをずらして見詰めた。
このハンカチもリュウトが用意したものだ、変なところで気の利く子供だと思う。
「――――不覚だわ……」
つい加減を忘れて回し過ぎたのが彼女の敗因だった。
リュウトの気を引こうと連れて来たテーマパークだが、現在のところ自分の保護者としての体面に傷が付いただけだ。
「――――うぇ〜〜……」
しかも相当情けない姿を晒している。
まず自分と同世代の異性には見せられないと思う姿だ。
だかしかし――――
「――――次、何に乗ろうかしら……」
諦める理由にはならないだろう。
「というか、何故リンディさんは突然僕を連れ出したんだろう?」
全くもって謎だった。
今まで得た知識など何の役にも立たず、答えを類推する事も叶わない。
「う〜〜ん……」
何処かに行きたいと言った記憶はないし、そんな予定を立てようと思ったこともない。
つまり、今回の“でぇと”はリンディの意志によるものだ。
「――――仕事で何かあったのかなぁ……」
――――リンディも息子とほとんど変わらぬ年齢の子供に、心配されているとは思わないだろう。
「まあ、いいか」
考え込んでいても答えなど出ない。
なら、現状をベストにするために行動した方が建設的だろう。
そんな事を思うリュウト。そんな時、土産物と軽い飲食物を売る売店が目に入った。
(ここでいいよね?)
リュウトは売店に並ぶ。
「いらっしゃいませ! おや? 坊や、お使いかい?」
「ええまあ……」
リュウトは人のいい笑顔を浮かべる店員に曖昧な態度で答えた。
お使いなど何年ぶりだろうか――――リュウトはそんな思考を玩びながらメニューを眺める。
「――――アイスティー二つください」
「はいよ!」
店員がトレイにアイスティーを載せ、ストローを添える。
この仕事に随分慣れているのだろう、その手際はリュウトから見ても見事だった。
「あ」
大事な事を忘れていた。
「ガムシロップ、たくさん付けてください」
「へ?」
これを忘れたらリンディが困ってしまう。
リュウトは呆けた顔で自分を見る店員に、再び曖昧な笑みを向けた。
「はい、アイスティーでいい?」
「――――ありがとぉ〜〜……」
リンディはリュウトの持ってきたアイスティーにガムシロップを存分に注ぎ込むと、それをストローで吸って――――
「はあぁ〜〜〜〜……」
世にも情けない蕩けた顔を浮かべた。
『私は今幸せです』――――そんな心の内がそのまま表情になったらしい。
リュウトはリンディの顔色が随分良くなった事に安堵すると、念のためリンディに問う。
「具合はどう?」
「は!?」
だが、リンディはリュウトの事を忘れてどこかの世界に旅立っていたらしい。
慌てて居住まいを正すとリュウトに引き攣った笑顔を向ける。
「だ、大丈夫! うん、元気元気!」
「そう」
リンディの態度に疑問すら持たず、リュウトは自分のアイスティーを啜る。
正確に言うなら疑問を持たなかった訳ではない。単に追求するつもりが無かっただけだ。
「次はどうするの?」
「そうね……」
リンディはリュウトの顔にちらりと目を向けると、名案が浮かんだとでも言うように手を叩いた。
「うん! 今度はリュウト君が選んで!」
「――――僕が?」
「折角来たんだから、一箇所くらい自分で選んだ方がいいわ」
「――――う〜〜ん……」
リンディに促されて考え込むリュウト。
格別行きたいアトラクションも無かったが――――
――――わくわく、どきどき……!
そんな感情が丸分かりのリンディの顔に、リュウトはあっさり押し流される。
(うーん……僕ってこんなに優柔不断だったっけ?)
そう思っても口には出さない。
ついでに顔にも出さない。
そんなこんなで、リュウトの口から出てきたアトラクションの名前は誰もが知っているありふれたアトラクションの名前だった。
だが――――
「――――お化け屋敷」
「――――――――」
――――リンディはリュウトの言葉を聞いた瞬間、この世界から意識を旅立たせていた。
「は、はぐれないようにね……!」
「――――――――いや、僕ははぐれても平気だけど」
「ダメよッ! だってコワ――――じゃなかった、リュウト君はリーゼたちから預かってるんだから!」
「――――――――そう……」
このテーマパークにも“お化け屋敷”と呼ぶべきものはあった。
正確に言うなら『ホラーハウス』と言うものであったが、このテーマパークでもかなりの人気を誇るアトラクションだと言う。
ちなみにその名前は――――『終焉の果て』
このような類のアトラクションを苦手とする者には言い様の無い恐怖を与え、あまり苦手でない者にも興味を抱かせる名称であった。
――――少なくとも、ここにいる一人の女性は入り口でしばらく動けなかった。
「だ、だだ、大丈夫、わたしが付いて――――」
ぽとり。
天井から水滴が落ちる。
「――――うきゃああああああああああああああッ!? なになになに!?」
「――――重……」
リンディを背中に乗せ、リュウトは呟いた。
叫び声と共にリンディがリュウトの背中に飛び乗ったのだ。
「う〜〜ん……最初は軽く恐怖を煽る仕掛けかぁ……」
「納得してる場合じゃないわよ! どうしてそんなに落ち着いて――――」
ひゅ〜〜〜〜……
通路の彼方から何とも言えない温度の風が流れてくる。
「――――みぎゃあああああああああああああああああああッ!?」
「――――首絞まってるんですが……」
かたん……
物陰から何かが動く音が聞こえてくる。
「いやぁああああああああああああああああああああッ!!」
「――――スカートやら何やらがえらい事になってる……」
――――というより、リュウトは先ほどからリンディに抱き付かれたり、絡み付かれたりで疲れていた。
リーゼによる過剰なスキンシップで慣れてはいるが、それでも疲れないはずはない。
「だ、だだだってぇ……」
「正直はしたないと思う。歳が歳なんだからもう少し慎みというものを――――」
――――けけけけけけけけ……
何処からか何かの笑い声が聞こえてくる。
「――――にょえぇええええええええええええええええええええッ!?」
「――――――――前が見えない。ついでに息が苦しい」
「何か笑った!? 何が!? もういやぁあああああああああああああああッ!! ここから出してぇえええええええええええええッ!!」
「もごもご……」
ああ、女性とはこんなにも柔らかい生き物なのだ――――リュウトはリンディに抱き締められて、その胸に顔を埋めながらそんな事を思っていた。
――――――――現実逃避とも言える。
『――――ここから出してぇえええええええええええええッ!!』
ホラーハウスから聞こえる母の声に、クロノは脱兎の勢いで逃げたくなった。
今ホラーハウスの中ではリュウトがえらい目にあっているに違いない。
「う、うぎぎぎぎぎ……!」
「うふふふふふふふふ……」
「――――――――」
もちろんクロノもえらい事になっているリーゼ姉妹に挟まれてえらい事になっていた。
「リンディめ……リュウトと二人っきりでホラーハウスだとぅ……」
「――――――――羨ましい……」
「アリア! 気をしっかり持って! リュウトはあたし達のかわいい息子だよ!?」
「きゃっとなってひしっと抱き合って、お互いの体温が伝わってぇ……あははははは……」
「頑張ってアリア! 傷は浅いはず!」
「――――――――君らも元気だな……」
着ぐるみに両側から潰されながら、クロノは自分の人生に諦めすら感じていた。
母がこういう部類のアトラクションが苦手だとは知っていたが、自分の存在を明らかにしてまでリュウトに協力する気もなかった。
だが、結果としてその判断は間違っていたようだ。
『――――手が、手が触ったぁあああああああああああああッ!!』
「――――――――」
何が起きているのか分からないが、リュウトはリンディを止められずに居るようだ。
先ほどからどたんばたんと喧しい音が途絶えない。
「くッ! こうなったら強行突入してリュウトを救出しよう!」
「――――――――地上本部の部隊に感付かれたら困るね……」
「何を物騒な事相談してる!?」
「だってぇ……」
「『だってぇ』じゃない! 一般人がこれだけいる中で君らは何をしようって言うんだ!」
「息子を救出するのに理由が必要なの!?」
「言ってる事は間違ってないけど――――って顔を寄せるな!」
ガラス球の目が非常に怖い。
「うっさい! あたしだってリュウトと一緒に遊園地来たかったんだ!」
「それが本音か!?」
「だって、リュウトったら訓練校の休暇にも帰ってこないし!」
「なのにジョシュアの研究室には顔出してるし!」
「子供みたいに駄々を捏ねるな!」
三人は周囲の目に晒されている事も忘れて騒音を撒き散らす。
だがそんな三人の声も、場所が場所だけにすぐに忘れ去られてしまうのだろう。
それが彼らにとって幸福なのか不幸なのか分からないが、少なくともこの時点の三人がそんな事を考えていなかったのは間違いない。
「えぐ……ひぐ……ッ」
「――――――――どーしろと」
「――――こわかったよぉ……」
「はいはい、申し訳ありません」
「何であそこで手離すのぉ……?」
「離さなきゃあなた抱いて走れないでしょうが」
ホラーハウスから出てきたリンディは、恥も外聞もなく泣いていた。
リュウトは途中までリンディの手を握って歩いていたのだが、やがてリンディが泣き出して動けなくなったため、彼女を抱き上げ、全力疾走でホラーハウスを駆け抜けたのだ。
「でも怖かったんだもん」
「なら入る前に言えばよかったんだ。だったら僕も……」
「だって、そんな事言ったら――――」
――――そんな事を言ったら、リュウトは自分の希望などあっさり放棄してしまう。
それが嫌だからこそ、リンディは無理をしてホラーハウスに入った。
結果だけ見れば、その気遣いによってリュウトの負担は増加してしまったのだが。
「――――――――はあ……」
リュウトはリンディの言葉をすべて聞かずに、事情を察した。
そして、ただ溜息を吐く。
「あの……ごめんなさいね……?」
「別に謝らなくていい」
リンディの気持ちに怒りなど懐けるはずもない。
それはリュウトの性格的なものも大きいのだろう、何せ怒る理由が思い浮かばない。自分を想ってくれたリンディに、リュウトが悪い感情を持つ事はあり得ないのだろう。
リュウトはそれを証明するように、背後を歩くリンディに向き直った。
「次はどうするの?」
「え?」
「僕は選んだ。次はリンディさんの番だ」
リンディは大きく目を見開き、驚きという感情を表す。
そして、その顔は喜びに変わった。
「ええと……それじゃあ――――」
リンディが指し示す先に何があっても、リュウトは笑っているだろう。
そう、この時のリュウトは確かにリンディとの“でぇと”を楽しんでいた。
難しい感情など一切関係なく、ただ楽しいという感情だけがリュウトの心にあった。
だが、リュウトは気付かなかった。
その感情があの“事件”以前のものと同じであった事に、その感情が今のリュウトにとって決して善きものではない事に……
「ん〜〜〜〜……!! 可愛い!!」
「そ、そう……?」
「やっぱりリュウト君には犬耳が似合うわね! 先っぽが垂れてるともっといいんだけど……!」
「り、リンディさん? 目が怖いよ……!?」
お土産を買う客で賑わう売店で、リンディはリュウトの頭に犬耳のヘアバンドを乗せて蕩けそうな笑みを浮かべていた。
その手は常にリュウトの頭を撫で、今にもリュウトを抱き締めそうだ。
「そうだ! こっちのしっぽも着けてみない!?」
「――――――――え」
「そうね! それがいいわ! 店員さん、このしっぽもください!!」
「――――――――」
止めようとして止められるものか――――リュウトはそう思考を巡らせてみるが、現有能力では無理だという結果しか思い浮かばない。
「――――リンディさん、楽しそうだね……」
「だって可愛いもの!」
「そーですか……」
自分のベルトに黒いふさふさした尻尾の飾りを着けるリンディの顔は、まるで童女のように輝いている。
そういえば自分の頭に色々な動物の耳を着けている時も楽しそうだった――――リュウトは現実逃避気味にそんな事を思っていた。
そして、そんなリュウトの頭に普段は全く思いつかないような考えが浮かんだ。
それは――――
「じゃあリンディさんも着けてよ」
「へ?」
「可愛いものが好きなんでしょ? だったらリンディさんも着ければいい」
「で、でもほら、私が着けても自分じゃ見れないし!」
「僕が見れるから大丈夫」
「私が着けても可愛くないし!」
「リンディさんは自分で見れないんでしょ? だったら気にしなくていいじゃないか」
「でもでも……」
リュウトは両手の人差し指をつつくリンディにも、一切の情けを掛けなかった。
その眼光は苛烈にして冷厳、地獄に堕ちるなら一人でも多くの者を巻き添えに――――といった訳ではないが、それなりに真面目な目だ。
「僕ばかりはずるいと思う」
「あう……」
犬耳に尻尾まで着けたリュウトにそこまで言われれば、リンディに退路などあるはずも無かった。
というか、今のリュウトには別の意味で迫力がある。
「――――と言う訳で店員さん、あのヘアバンドください」
「あ、あれは……!」
そう言って店員にリュウトが指し示したのは――――真っ白い猫耳だった。
「こちらでよろしいですか?」
「ありがとうございます」
リュウトは驚きのあまり固まるリンディの頭に、店員から受け取った猫耳を乗せる。
「――――う〜ん、よく分からないけど……これって似合ってるんですか?」
「ええ、お似合いですよ。でもお姉さん固まっちゃってますけど……」
「大丈夫です、三分経てば復活しますから。あ……あとしっぽもください」
「は、はあ……」
そして三分後、リュウトによって店から連れ出されたリンディはキッチリ復活していた。
「リュウト君、これ取っちゃダメ?」
「僕のも取っていいならいいよ」
「――――――――」
リンディはリュウトの言葉に大きく揺れているようだった。
こめかみに深い皺を刻み、懊悩を表したような表情で地面を睨む。
頭部の耳とスカートに着けられた尻尾がリンディの苦しい思考に合わせるようにぴくぴくゆらゆらと動いていたが、本人は全く気付いていないようだ。
リュウトは手を繋いでいるリンディの尻尾を何気なく見遣り、不思議そうな顔で首を傾げる。
「――――どうして動くんだろう?」
店員は何も言っていなかったが、こういうものなのだろうとリュウトは自分を納得させる。
それはともかく――――
「――――リュウト君のイヌ耳を取る? ううん、ダメよ。じゃあ私がこのネコ耳を着け続けるの? そ、それは恥ずかしいわ……」
「う〜〜ん……」
リュウトは何ともいえない表情になって瞑目する。
「リンディさんいつになったら帰ってくるのかなぁ……」
「――――でもやっぱり……いえ、だったら……」
「――――――――さてと、今度はどこに行こうかな」
リュウト・ミナセ八歳。
深い諦観と共に、現実を受け流す術を憶える。
「この耳は飾りかこのおやふこーもんッ!?」
「リュウト! ほら本物! これ本物!!」
「だあああああッ! うるさいって言ってるだろう! ていうか間違いなく見えないし!!」
クロノが突っ込みの技を習熟させていくのはともかくとして、リーゼ姉妹は着ぐるみの中で慌しく耳を動かしているらしかった。
「耳だけじゃないよ! このしっぽもほら!」
「動くよ! 物も掴めるよ!」
「――――いや、多分リュウトはそんな事言われても困ると思うぞ」
クロノが疲れた声で突っ込みを入れている事実はともかくとして、リーゼ姉妹は着ぐるみの中で忙しく尻尾を動かしているようだった。
まあ、どちらにしても着ぐるみのせいで見る事はできないのだが。
「それにしてもリンディめ! そんな美味しい役まで譲ってやるとは言ってないぞ!」
「ほらリュウト! おかーさんの耳はふさふさでふにゃふにゃだよ!!」
「ええい! 君らにはプライドはないのか!?」
「ない!」
「リュウトに対しては全くない!!」
「胸を張るなこの着ぐるみ姉妹!」
「にゃんだと!?」
「失礼な! この美しい顔……を……」
リーゼアリアはクロノの暴言に着ぐるみの頭を外そうと腕に力を込める。
だが――――
「――――は、外れない……?」
「嘘ッ!? ってホントだ!! 何かに引っ掛かって……!」
リーゼロッテもまた着ぐるみの頭を取ろうともがくも、やっぱり外れないらしい。
クロノは目の前で暗黒舞踏を踊る着ぐるみ二体に様子に、じりじりと後退する。
頭を抱えてがくがくと身体を揺するその動きは、クロノでなくとも相当怖い光景だ。
「――――――――」
「こらクロノ!」
「逃げるんじゃない!」
ごめんこうむる――――クロノはこのサバトから脱出するべく足に魔力を集中した。
「ちょ、本気で逃げる気!?」
「これ取ってから逃げてよ!」
「断る! さっきからぼくがどれだけの人の視線に晒されていると思ってるんだ!!」
クロノはそう言って周囲を見回す。
気が狂ったとしか思えない着ぐるみの奇行を見て泣き叫ぶ子供に、顔を引き攣らせる親、抱き合う恋人に、腰が抜けたらしい老人。
ある意味この世に現れた地獄だった。
「せめて、その変な踊りをやめろ!」
「好きで踊ってるわけじゃない! ってか踊ってないから!!」
「本気で取れない……! ひょっとして何かの呪い!?」
「知るか! ぼくはこれで帰るからな!」
「なんですと!?」
「ちょっとクロノ! 本気でこれ取ってよ!!」
「近付くなぁッ!!」
クロノ・ハラオウン――――脱兎。
リーゼアリア、リーゼロッテ――――猛追。
そしてこの世の地獄は移動し始めた。
「あら? 何か聞こえない?」
「――――さっきから悲鳴なら聞こえるよ」
「ひ、悲鳴!?」
リンディはリュウトの言葉にびくりと震える。
そしてすぐにリュウトの頭を抱き締めた。
「――――たぶん、アトラクションか何かだと思う」
「そ、そうね……」
「怖いなら手ぐらい繋いでてもいいからさ、とりあえず放して」
「あ……ごめんなさい……」
リンディはリュウトを解放すると恥ずかしげに頬を染める。
リュウトはそんなリンディの様子に微かに首を傾げると、何でもないと言うように頭を振った。
「誰でも苦手な事はあるよ。少なくとも僕は辛いものが苦手だし」
「え?」
「あとブルーハワイ」
「ええと……」
「あの味が苦手」
「そうなの……」
リュウトが自分を慰めようと不器用な言葉を発していると、リンディに分からないはずはなかった。そして、リュウトがあまりにもこういう言葉を発し慣れていない事にも、リンディは気付いた。
「――――ありがとう、やっぱり“オトコノコ”は強いわね」
「――――――――」
ぷいとリンディから視線を逸らすリュウト。
彼はその時、言い様のない恥ずかしさでリンディの顔を見る事ができなかった。
「――――今度は射的に行こう。少しは得意だから」
「ええ、期待してるわよ。小さな騎士さん?」
「――――――――」
リュウトもリンディも知らなかったが、この時のリンディの言葉が後のリュウトの姿を一番端的に表していた言葉だったのかもしれない。
モーターの音と共に、リュウトの視界に出現するものがある。
それはこの店に複数台設置された射的用アトラクションの筺体に出現するターゲットだった。
「リュウト君、方位〇‐三‐四!」
「了解」
リュウトはリンディの言葉に従い目の前を移動する的に合成樹脂製の弾を命中させる。
「次は三‐二‐四!」
「はい」
大した威力を期待できないはずの射的用の銃で次々と撃ち落されていく的。
その的に描かれた得点が常に高得点であるのは、店員にとっては単なる不幸でしかない。
「一時の方向!」
「威力行使」
二人の接客に出た店員がリュウトとリンディの頭に乗ったイヌ耳とネコ耳に油断したのがこの惨劇の原因だった。
――――まあ、どう足掻いても目の前にいる子供が現役の射撃手であるなど分かるはずはないが。
「さあ、どんどん行くわよ!」
「撃つのは僕だけどね」
「だから頑張って!」
「――――了解」
リュウトはリンディの指示に従って次々と的を射抜いていく。
魔法を使う事はできないが、リンディの指示に従って射撃を続ければいいだけだ、それ程難しいことではない。
「――――――――」
あっさりと陥落していく高得点の的。
そんな光景を目の前にして、この筺体を担当する店員の体の奥底で何かが沸騰し始めた。
(勤続二〇年。人の笑顔が見たくてこの仕事を始めたが、まさかこんな日が来るとは……)
人の笑顔が見る事ができるなら、下っ端の従業員でも構わなかった。
それでも地道な仕事振りが認められ、こうしてこのフロアの責任者を任されるまでになった。
しかし、そんな平穏な日常はテロリストらしき二人組(動物の耳付き)によって崩壊しようとしている。
(そんな事が許せるか?)
油断したのはすべて自分の責任だ、それを誰かに押し付けたりはしない。
子供だからと二挺拳銃の使用を笑って許可したのも自分だ。
折角だから保護者の人も一緒にどうかと言ったのも、決して保護者の女性に目を奪われていい所を見せようとしたわけじゃない――――多分、おそらく、きっと……
(許せるのか?)
この惨状を招いたのが自分だという事は分かっている。
自分を遠巻きに見つめる部下たちの姿がある事にも気付いている。
(職場を荒らすこの野良犬と野良猫を、俺は許せるのか?)
そして、今まで築いてきた何かを失う事に耐えられるのか――――いや、それは愚問だ。
(否! 断じて否!!)
この場には笑顔こそが相応しい。
(俺の職場を荒らし、人々の笑顔を奪う不届きな輩に――――正義の鉄槌を!!)
「――――――――坊ちゃん」
「え?」
犬がこちらに目を向ける。
男は、内心にやりと笑った。
「サービスタイムだ。全部落とせるかな?」
「――――――――」
犬は何かを察したらしい。
男が制御卓を操作して筺体を止めると、犬はその両手に持った銃から残弾の残ったマガジンを廃棄した。
「――――サービスだ」
そう言って男は新たなマガジンを犬の前のカウンターに置いた。
犬はそれに一瞬だけ目を向けると、背後で不思議そうに二人の遣り取りを見ている保護者に笑いかけた。
「大丈夫、すぐに終わるから」
「え? ちょ、リュウ――――」
犬はその言葉に対する保護者の返答を聞かず、男がカウンターに置いたマガジンを銃に叩き込む。
「装填」
「いいね坊ちゃん、男の目だ」
「よく分からないけど、父さんがこういう映画見てた」
「ふ、坊ちゃんの親父さんとは気が合いそうだ」
「――――――――」
犬は男の言葉に何も答えなかった。
ただ、その身体をまっすぐに射的の筺体へと向ける。
「――――――――」
男も、もはや言葉を発する必要はない。
その手が、制御卓を滑った。
「さあ、ショーの始まりだ」
筺体内部のモーターの唸りが、男の鼓膜を震わせた。
その震えに、男は陶然として犬を見る。
野良犬は――――
「――――射撃開始」
男の目の前で猟犬になった。
このどーでもいい決闘の結果は、やはりというか猟犬の勝利だった。
その戦果はこのアトラクションの歴史に残るほど大きなもので、担当した店員はこの後一週間仕事を休んだ。
だが、その戦いを見ていた客は皆、口を揃えてこう言う。
「え? 一番喜んでたのあの女の人だったけど……」
戦いには必ず勝者がいる。
しかし、真の勝者とは――――戦いの当事者ではないのかもしれない。
つまり、こういう事だ。
「うっふっふ……大漁大漁……」
「獲ったのは僕だけどね」
「ありがとーリュウト君」
「別に」
「店員さん、打ちひしがれてたわねぇ……」
「僕のせいじゃない」
「そうね、常に戦いとは無情なものなの」
「――――――――」
大漁にゲットした景品は、すべて自宅に送った。
その大部分はぬいぐるみで占められており、リンディの部屋に持ち込まれるはずだ。
「そうだ、そろそろお昼よね。お弁当にしましょう」
「――――うん」
この世には、言ってはならない言葉がある。
リュウトはそんな言葉を思い出し、リンディの後を追った。
――――その尻尾が妙に機嫌良さ気に揺れている光景を、リュウトは心に吹く寂寞とした風と共に記憶した。
目の前に並ぶ豪華な昼食に、リュウトは少しだけ驚いた。
色々な種類のサンドイッチにチキンナゲットなどのおかずを詰めた大きめのバスケット。
それが四つも並んでいる光景は、同じように周囲で昼食を摂っている家族連れなどの視線を釘付けにしていた。
「――――ロッカー?」
「ええそうよ。来た時に預けておいたの」
「ふうん……」
「はいおしぼり」
「ん」
リュウトはリンディから手渡されたおしぼりで手を拭く。
その間にリンディは水筒のお茶をコップに注いでいた。
「特に嫌いなものは無かったわよね?」
「――――人間の食べるものなら」
「そ、それも微妙に失礼な気が……」
それでもリュウトらしいと思ってしまうのは、リンディも随分リュウトに毒されているからだろうか。
「定番のツナや玉子からBLTサンドまで、私の自信作よ!」
「美味しそう」
「良かった! じゃあ食べましょうか?」
「いただきます」
食事が始まってすぐ、リンディはリュウトの尻尾がぱさぱさと動いている事に気付いた。
(――――玉子が好き?)
確かにリュウトの尻尾は、玉子を食べている時に大きな動きをしているように見える。
(ツナも悪くない。あ、トマトで動きが止まった)
その尻尾は、主が食べている物でその動きを大きく変えている。
どうやら好きなものとあまり好きではないものがあるらしい。
(チーズは普通。ホットサンドは好き。カツサンドはちょっと好き)
リンディは自分の食事よりも、リュウトの尻尾の動きの方が重要になっていた。
リーゼたちにこの情報を伝えれば、きっと役に立つに違いない。
彼女は自分の作ったサンドイッチを具も確認せずにもぐもぐと消費するだけだ。
(あ、マスタードはダメみたい)
ぴたりと止まる尻尾。
それを見ていたリンディには、表向き表情を変えずに黙々とサンドイッチを咀嚼するリュウトが妙に可愛く思えた。
そしてリュウトも、リンディが自分を見つめている事に気付いたらしい。不思議そうな顔でリンディを見る。
「――――リンディさん?」
「ううん、気にしないで」
リンディはそれだけ言うと、再びリュウトの尻尾に意識を集中する。
一体何をやっているのか――――そう他人に訊かれれば、間違いなく答えに詰まるだろうが、今の彼女にそんな常識は通じない。
「でも――――」
そして、リュウトがそう言って自分の顔に手を伸ばしてきても、リンディは咄嗟に反応する事ができなかった。それはリュウトの動きが一切の警戒心を懐かせなかったからであり、リンディがリュウトの尻尾に気を取られていたからでもある。
だからこそ、リンディが反応したのはリュウトの手が自分の口元に触れた時だった。
「ほら、玉子付いてる」
「え……」
リュウトはリンディの顔から回収した玉子の欠片をそのまま自分の口に放り込む。
その光景を見たリンディは、呆けたような顔でそれを見詰めた後――――
「――――んなぁッ!?」
あまり女性らしいとは言えない声を発して驚いた。
「りゅ、りゅりゅりゅりゅ、リュウト君!?」
「何?」
「なな、な、何を!?」
「何って、玉子取っただけ」
「り、りーぜぇ〜〜……」
リンディはリュウトの母親二人に呪詛を送る。
(――――あなた達の教育って、絶対間違ってるわ……!)
周囲から見れば仲の良い姉と弟、もしくは親子の食事風景の一つとしか見えないだろう。
その証拠に、周囲の者たちは二人の様子に微笑みを浮かべるだけで不快感を抱いた様子は微塵もない。
「何か違ってた?」
「ううん……」
相手は子供、相手は子供――――そう自分に言い聞かせるリンディは、息子のクロノとほとんど歳の違わないリュウトが、どうしてこうも自分を振り回すのか分からないでいた。
非常に冷めた面を見せたかと思えば、こうして子供としか思えない行動を取るリュウト。その行動原理が分からないのだ。
まるで何かを演じているように見えるし、世界を知らないが故におっかなびっくり物事に触れているようにも見える。
そう考えた時、リンディは一つの答えに行き着いた。
「――――リュウト君……あなたひょっとして……」
「――?」
首を傾げるリュウト。
リンディはその様子を見て、自分の答えに確信を得た。
そして、リュウト自身がその事に気付いていないという事も。
「――――――――」
リンディは悩む。
言うべきか言わざるべきか。
「リンディさん?」
この子供は――――
(――――自分がいつ消えてもいいように生きている……)
言えるはずも、なかった。
午後に入ってからも、リンディはリュウトを様々な場所に連れ回した。
リュウトが心底不思議そうな顔で鏡に激突したミラーハウス。
ゴーカートではリンディがクラッシュしたし、動物に触れるコーナーではやはりリンディが動けなくなった。
リュウトは大人しいアトラクションを好んで選んだし、リンディは年甲斐もなく絶叫マシーンを選んだ。
ちなみに迷路のアトラクションで本物の絶叫を上げたのはご愛嬌という奴だろう。
そして次にリンディが選んだのは、この近辺では最も速いといわれるジェットコースターだった。
結果は――――
「うう〜〜ん……きもちわる……」
まさかこんな事になるとは――――リンディはリュウトの背中を擦りながら後悔していた。
「大丈夫? 水持ってこようか?」
「いらない、何か口に入れたら吐く……」
「何で言わなかったの? ――――ジェットコースターがダメだって」
リンディの言葉通り、リュウトはジェットコースターに乗ってこの状態になっていた。
蒼白な顔で虚空を見詰め、口からは苦しげな呼吸が漏れている。
「知らなかったんだ……初めて乗ったし……」
「――――だからって、いつもは空飛んでるんでしょ?」
空戦魔導師というよりも、リュウト自身が高い空間認識能力と高速機動戦に耐えうる身体を持っている。
だが、これは別問題だった。
「あれは自分の意思で飛んでるんだ。体を縛り付けられて自分の意思とは関係ない機動を強いられる訳じゃない……って――――うえぇ……」
「ああもう……喋らなくていいから……」
リュウトの理屈も理解できる。
彼自身の空戦機動はジェットコースターと比べられないほど高度で緻密、その上、上昇力や速度も段違いだ。
だが、それは結局リュウトの意思によって為される事象であって、彼の身体はそれに対応できる。
しかし、彼の意思がそれを知らなければ身体は対応できない――――リュウトの言っている事はそういう事だった。
「今度は絶対負けない……」
「勝ち負けじゃないでしょ? ――――リュウト君って意外と負けず嫌いなのね……」
「できない事をできるようにするだけだよ」
「それが負けず嫌いって言うのよ」
「む……」
黙りこむリュウトを苦笑と共に見詰め、リンディは少しだけリュウトの昔の姿を垣間見たような気がした。
「だって、一つでも何かができたらそれだけで可能性が広がるって……」
「はいはい、分かりました」
リンディはもごもごと理屈を捏ねるリュウトを背負うと、どこか横になって休める所はないかと周囲を見回す。
「ちょ、リンディさん……!?」
「リュウト君が頑張り屋さんだっていう事は分かったから、今はどこかで休みましょ」
「だったら自分で歩くよ!」
「ダメダメ、こんなに顔色悪い子を歩かせられません」
「ぐむむ……」
背中の抵抗が止むと、リンディはリュウトに見えないように微笑んだ。
(やっぱり軽い、わね)
だが、女の自分にも持ち上げられるこの身体には多くの傷が刻まれている。
そして、彼女の息子であるクロノもまた、己を傷付けて他人を救う道を選んだ。
(こうやって背負えるのは、一体いつまでかしら……)
何も知らぬ他人からは、息子やその兄弟子は素晴らしい心を持った若き俊英に見えるのだろう。
人の痛みを知り、秩序と平和のために身を削る正義の徒。
(背も伸びて、身体も大きくなって、いつかは声変わりして……)
しかし、そんな価値観などリンディやリーゼ姉妹にとって何の意味もない。
我が子の成長は何物にも代え難い喜びだが、その先にある苦しみを忘れる事はできないのだから。
「――――リュウト君、リーゼたちは好き?」
「え? 何で?」
「うん、ちょっとね」
「――――好き、だけど……」
「そう……」
リンディは頷くだけだ。
リュウトが訝しげな顔をしているのは分かる。
だが、リンディはそれ以上何もできない。心に湧き上がる感情を抑え込むだけで精一杯だった。
(好きだったら、一緒にいてあげて……)
それはリンディ自身の望み。
クロノと離れて暮らすリンディだからこそ分かる痛みだ。
(一緒に笑って一緒に泣いて、一緒に成長して――――)
子供は子供として、親は親として――――共に成長していく。
それが本来あるべき人の営みだというなら、自分たちはそれすら望むだけの存在なのだろう。
息子は一日見ないだけで成長していく、自分の知らない場所で成長していく。
その心に強固な鎧を纏い、子供らしい我が侭を押し殺して成長していく。
(次元世界の平和と秩序を守る、か……)
それすら空しい絵空事に聞こえてしまうのは、自分が母親という生き物だからだろうか。
息子を危険に晒すくらいなら、次元世界の平和など捨ててもいいと思ってしまう自分は、管理局の人間としては最低なのだろうか。
(――――でも、きっとリーゼたちも一緒なのよね……)
息子が平穏に暮らせることを願い、ただ明るい未来に在って欲しいと願う心は、果たして罪なのだろうか――――
(この子たちが生きていて欲しかった世界は、私たちが守りたい世界。でもこの子たちが生きていくであろう世界は、きっと辛い事ばかり……)
いつかこうして歩いた日が悲しい思い出になりませんように――――リンディは背中に感じる小さな魔法使いの息遣いに、そう願わずにはいられなかった。
「うん、ここならいいわね」
「ここって……」
リンディが選んだのは、テーマパークの中心にある広大な公園だった。
広い芝生があり、人々が思い思いの場所で寛いでいる。
「ここなら横になっても痛くないでしょ?」
「僕は別にどこだって……」
陸上警備隊の訓練課程で鍛えられたリュウトにとって、寝床の良し悪しは二の次だ。
寝床は休めれば十分、そう考えていた。
「ダメよ? 成長期の睡眠は後々まで繋がっているんだから、ちゃんと気を使わないと」
「――――――――」
そう言われてしまってはリュウトに反論する言葉はない。
確かに身体に異常が起きてしまえば、無事任務を果すことができないのだ。
「う〜〜ん……いい天気ね……」
リュウトが少し考え込んでいる間に、リンディは芝生の緩やかな斜面に座っていた。
ぐうっと伸びをして空を見上げるリンディに、リュウトは何も言わず隣に座るしかなかった。
だが――――
「ほら、ここ……」
リンディは自分の膝を叩いてリュウトを促す。
「え?」
「膝枕。少し横になった方が楽になるわ」
「でも――――」
「子供は大人の言う事を聞くものよ? 全部聞けって言うわけじゃないけど、こういう時くらい素直に聞いてくれてもいいと思うわ」
渋るリュウトに、リンディは優しい微笑みと共にそう諭す。
その笑顔を裏切るような気がして、リュウトは拒否を選ぶ事ができなかった。
「――――お、お邪魔します……」
「はい、いらっしゃい」
仕方なく、リュウトはリンディに頭を預けた。
リンディはリュウトの頭が落ちないよう、そっと手を添える。
「どうかしら? クライドさんには評判良かったんだけど……」
「よく、分からない……」
「そう? 最近はクロノも恥ずかしがって逃げちゃうから、私は随分久しぶりの感覚ね」
「ふうん……」
リンディの手が髪を梳いても、リュウトは何も言わなかった。
それどころか、ほんの少しだけ体の力が抜けた気さえする。
「寝ててもいいのよ?」
「――――でも、リンディさんが……」
「大丈夫、母親は強いの」
「――――――――分かった。少し寝る……」
「うん、おやすみなさい」
「――――おやすみ、なさい……」
そう言って、リュウトは体から力を抜いた。
リンディにリュウトの重さが預けられる。
「――――――――」
静かな寝息。
それがこの小さな魔法使いにとってどれ程貴重なものであるかリンディは分からなかったが、それでも愛おしいと感じた。
それが何に対する感情であるのか彼女には理解できない。
「――――ねむれ愛し子よ、その夢の導くままに……」
それでも自分の口から漏れる子守唄が、この魔法使いを癒してくれたらと思う。
「幾千の星、幾万の夢の中で、ただ安らかに……ただ安らかに……」
ミッドチルダでは誰もが知っている子守唄。
数百年以上前の先史ミッドチルダから伝わる、優しき遺産。
「あなたの世界は優しく、あなたの未来は明るく、穏やかに続く……」
いつの時代も争いがあった。
だが、それと同時に優しい人々の繋がりがあった。
「ねむれ愛し子よ、我がゆりかごで……」
いつの時代も、悲しみと同時に――――笑顔があった。
「ねむれ愛し子よ、我が愛の許で……」
そんな笑顔が、この子にも在りますように――――リンディはそう思う自分が、少しだけ好きだと思った。
「――――――――」
そして、その願いを叶えたいとも思う。
この温かい体を守り、この暖かい魂を守りたいと思う。
「――――――――」
一瞬だけ、本当に一瞬だけ、リンディはリュウトを養子にしようかと考え、そして否定した。
リュウトの本当の家族はもういないけど、新しい家族がいる。
再び家族を失わせるような真似は、どうしてもできない。
「――――――――」
だったらどうするべきなのか。
自分の子供一人満足に育てられず、人の手を借りている自分に何ができるのか。
「――――――――」
リュウトの頭を撫でながら、リンディは考える。
この子を守るためには、どうするべきなのか。
「――――――――」
こうして感じる温もりを失う事がどれ程悲しい事か分かるから、失いたくない。
失った後悔がこの身を刻み、存在したはずの未来の幻想を抱く空しさ。リンディはそれを知っている。
「――――――――あなたは、どうしたいの?」
リュウトは答えない。
ただ眠り、安らかな寝息をリンディに届けるだけだ。
「――――っ!!」
しかし、リンディにはそれが答えのように聞こえた。
この安らかな場所を、リュウトに与えられればいい――――と。
それに気付いた時、彼女の心に光が差したような気がした。
そして、その喜びに従い立ち上がる。
「うん! これなら!」
もちろん、乗せていたリュウトの事など忘れていた。
「――――って、ああ!」
リンディがそれに、リュウトを吹っ飛ばした事に気付いた時、件の少年は――――
「ぅうええぇ〜〜〜〜……!?」
芝生を転がっていく真っ最中だった。
「リュウト君!? ――――――――って、うきゃあっ!?」
びたん、ずべしゃー……
慌てて追いかけたリンディがおもいっきりすっ転んだのは、因果応報かもしれない。
「いたひ……」
「はいはい」
擦り剥いてしまったリンディの鼻の頭を治癒魔法で治しているリュウトは、何故自分がこんな事をしているのだろうかと思わず自問しそうになったが、すんでのところで持ち堪えた。
意味がないからだ。
「僕としてはどうしてあんな目に遭わされたのか、の方が気になるんだけど」
「わ、わざとじゃないのよ!? たまたまなの!」
「へー……そーですかー……」
「ああ!? 信じてないし!」
「いーえー……しんじてますよー……」
「だったらこっち見てよ!」
「――――――――」
「黙った!?」
それでも周囲の人間が面白そうな表情で二人を見ているのだから、その様子は姉と弟がじゃれ合っているようにしか見えないのだろう。
「――――で、どうして僕が大回転したの?」
「そ、それは――――」
いきなり核心を突くリュウトに言葉を詰まらせたリンディだが、これ以上黙っているとあまりよろしくない事が起きる気がして、その口を開いた。
「リュウト君!」
「な、何?」
突然の大声に驚くリュウト。
そしてそんな様子も斟酌しないリンディ。
「私の事! お姉さんだと思って!!」
「――――は?」
おそらくリュウトの反応は正しい。
だがそれでも、リンディの言葉は止まらない。
「リーゼたちはあなたの母親で、グレアム提督が父親なら、私はあなたのお姉さんになる!」
「――――えー……」
困ったようなリュウトの声。
それを聞いても、リンディは止まらない。
「どんな小さな事だっていい! 世間話だけだっていい! 気が向いた時だけでもいいからお話しよう!?」
「――――――――」
意味が分からなかった。
リンディの言葉の意味も理由も、その顔に浮かぶ表情も、リュウトには分からなかった。
「あなたはここにいるの! 消えていい子じゃないの! いつでも誰かに頼っていいの!」
それでも、自分の心に温かい何かが湧き上がってくるのを感じる。
ここにいて良い――――そう言われる事を望んでいた自分がいた事にリュウトは気付いた。
「だから――――」
「――――ありがとう」
「え……」
「ありがとう、リンディさん」
嬉しかった。
リンディの言葉が、すごく嬉しかった。
その想いをリンディに伝えたくて、リンディの言葉に答えたくて――――
「リンディさん、僕は――――」
リュウトの答えを切り裂くように、彼のポケットから合成音が響いた。
そこに入っているのはリュウトが部隊から支給された通信機だ。
「――――この音は、緊急連絡コード?」
「何ですって……!?」
驚くリンディを視界の端に寄せ、リュウトは通信機を取り出してスピーカーを指向性スピーカーに切り替えると通信を開いた。無論、音声のみだ。
「はい、ミナセです」
<ミンギスだ>
「はい」
驚く理由はなかった。
この通信機に緊急コードを送れる人物は限られているのだから。
「何か御用でしょうか?」
<貴官は今どこにいる?>
「どこか、ですか?」
リュウトはここの住所を知らない。
そんなリュウトの視線に気付いたリンディが、テーマパークのパンフレットを開いてそこに書かれた住所を指で示した。
「ええと、クラナガン東商業区の――――」
リュウトが住所を伝え終わった時、ミンギスは通信機の向こうで大きく溜息を付いた。
<ふう……>
「あの……何か……?」
<いや、貴官の運命とは何とも過酷なものだと思っただけだ>
「――――――――」
それはどういう意味か――――リュウトが問う前に、ミンギスは告げた。
<そこなら、ヘリは降りられるな>
「え――――」
呆然とするリュウトの耳に、ヘリのエンジン音とローター音が聞こえてきた。
<――――不本意だが仕方がない、向こうには話をつけておこう>
「あの、二佐?」
展開に付いていけないリュウトの頭上に、輸送ヘリの巨体が浮かぶ。
それと同時に、リュウトの周囲に暴風が吹き荒れる。
「きゃあああっ!? す、スカートが……!!」
「リンディさん、落ち着いて! 座っていれば大丈夫だから」
リンディがスカートを押さえて蹲る。
その表情は明らかに困惑していた。
「リュウト君、これは一体何!?」
「僕にも分かりません!」
「ああもう、髪の毛がぁ〜〜!!」
「すみません!!」
風に煽られてリンディ髪が乱れるが、リュウトはそれを無理やり思考の外に追い遣る。
「部隊長! これは一体何事ですか!?」
<貴官に命令だ>
「は!?」
周囲の民間人がその場から逃げるように走っていく様を、リュウトは暴風と轟音の中で見た。
<直ちにヘリに搭乗、その後移動し任務に当たれ>
「二佐!?」
<詳しい事は現地で聞け、それが一番確実だ>
リュウトは頭上のヘリのランプドアが開放された音を聞いた。
<――――いいか、貴官の未来、ここで決まるかもしれん。油断も過信も、すべて捨てて掛かれよ>
「何を……」
リュウトの言葉を遮ったのは、着陸したヘリと――――
「一体何が起こってるのぉ〜〜〜〜っ!?」
リュウトの隣にいるリンディの悲鳴だった。
つづく
〜あとがき〜
皆さんこんにちは、悠乃丞です。
――――申し訳ない。
遅くなって申し訳ない。
もう本当に申し訳ない。
あ、そんなに言うなら書け?
仰る通りでございます。
そんなわけで完成しました過去篇第九弾、いかがだったでしょうか?
今回はできるだけシリアスを廃してコメディ色を強めてみましたが、なかなか大変でした。
この頃のリュウト君は未だに不安定なチビッコですし、周囲もリュウトという存在を掴みきっていない時期なので、その辺の危うさを感じていただけたらと思います。
さて、この辺で拍手への返事と行きましょう。遅くなって本当に申し訳ありません。
※過去偏面白かったです。
悠乃丞さんの作品は全部読んでますのでこれからも更新頑張って下さい
>拙作をお読み頂きありがとうございます。
未熟な作者ですが、これからも精一杯やらせていただきますので、今後ともよろしくお願いします。
※笑った、泣いた、萌えた!! くらひとSSS一気に読みきりました。すごくよかったです。
>ありがとうございます。笑って泣いて萌えていただければ私としても本望です。ですが気になる事が一つ、萌えって何処で?(ぉ
それはともかく、これからくらひとSSSには温泉編があったりするのでお楽しみに。
※個人的には、マンティコア事件で倒れてから目を覚ました後ぐらいの時間帯が気になります。
少女3人組にどれだけ泣かれるのかとか見舞いにエヴァ・ヘンリクセン嬢は来たのかなどなど
最後にこれからも自分のペースで頑張って下さい。
>応援ありがとうございます、ええ、これからも自分のペースで頑張りますとも(をい
それにしても、何とも複雑なタイミングをご所望でいらっしゃる。ですが、あえてここで答えるとするなら、少女三人組はリュウトが眼を覚ました時に大泣きし、その後学校帰りに毎日のように見舞いに訪れていたようです。そして、リュウトが持って来させた書類を没収し、お説教をかましていたようですね。
そしてエヴァ嬢ですが、誰もいないタイミングを見計らってお見舞いに訪れていたようです。実は事件関係者以外で最初に来た見舞い客は彼女だったりするのですが、それはその内書く事にしましょう。ただ一言言うならば、毎日来院者名簿に偽名を書いていく女性がいたとかいなかったとか。
以上で拍手返信を終わりたいと思います。
作者の執筆ペースが遅いせいで返事が遅くなってしまい、申し訳ありません。これに懲りずにまた感想など頂けると幸いです。
次回は今回の続きという事で、リュウトが直面する大きな壁がメインになります。
人を救いたいと思うリュウトですが、それは未だ確固たる信念にはなり得ません。
理由は単純明快。大きな目標だけが存在しても、そこに至る道筋を彼はまだ見つけていないのです。
そんなリュウトが、時空管理局員として伸ばす手に握るのは果たして――――
そして鋭い方はお気づきかもしれませんが、クロノとリーゼがフェードアウトしたままになっております。でも、気にしないでやってください。
そんなこんなで過去篇第九弾、次は第十弾の大台です。さあ、年内に終わるのか自分!
それでは皆さん、次のお話で会いましょう。