魔法少女リリカルなのは―――暗き瞳に映る世界―――

 

 

 

 

 

第一章 

 

 

 

第三話

 

〈祝福を君に…〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も無い、ただ砂があるだけの世界。

 

こういった自然のままの世界は、多次元世界全体で見ればそう珍しくは無い。むしろ多い方だろう。それに加え人の手が入っていないためか、ここには特殊な魔法生物もまた存在する。

 

赤竜。別名ワームである。独自の進化を辿ったこの生物は、単純な砲撃魔法を使いこなす厄介な生物である。

 

 

Schlange beiβen!

 

 

 そんな合成音声が響いた瞬間、砂漠の一角で爆発が起きる。

 

現在この世界では、管理局の局員と赤竜が戦闘状態に突入していたのだ。

 

 

「せいぁ!!」

 

 

 気合の篭った叫びを発し、時空管理局局員のシグナムは技を発動する。

 

シュランゲバイセン。彼女のアームドデバイス<レヴァンティン>がシュランゲフォルムから繰り出す攻撃である。この変幻自在の攻撃は赤竜を二匹まとめて切り飛ばした。

 

 シュランゲフォルムとはレヴィンティンの刃を連結刃にしたものであり、中距離戦闘形態である。この連結刃はシグナムの意思で自由に操作することができるため、死角を消すことも出来る。ただその分、防御魔法が使えなくなるため防御力が著しく低下してしまうため、諸刃の剣でもある。

 

 

「ちぃ! 数が多すぎる! ブリーフィングの説明内容と違う!」

 

 

 シグナムはレヴァンティンを振るいながら吼える。

 

今回の任務は、異常発生した赤竜の殲滅だ。

 

最初からこの世界に赤竜は存在していたのだが、先日、その数が突如増加した。あまりにその数が多く、その世界の生態系に影響があるとして今回の殲滅任務が言い渡されたのである。

 

 しかし、数があまりにも多すぎた。

 

現在この世界では同じ管理局局員のヴィータと、嘱託魔導師である高町なのはも戦闘を繰り広げている。だがいくら倒しても数が減らない。まるでどこからともなく生まれ出ているようであった。

 

 

「シグナムさん!」

 

 

 息を付くシグナムの後ろの方から、なのはが近づいてきた。

 

その白いバリアジャケットには多数の傷が付いており、本人もかなり疲労していた。これほどの数を相手にしているのだからそれは当然だった。

 

実際のところ、なのはより体力のあるシグナムでも既に体力は限界に近い。握力も落ち始めているのか、剣を持つ手に力が入らない。

 

シグナムはレヴァンティンを持つ右手を睨んだ。

 

 

Master!

 

 

 なのはの左手のレイジングハートが声を発する。その焦りを含んだ声に、なのはは別の場所で戦うヴィータに目をやった。ヴィータが戦闘をしている地点はここからそう遠くは無い。肉眼でも確認が出来る距離であった。

 

 

「ぐっ!!」

 

 

 なのはとシグナムが眼を向けたその瞬間、赤竜と戦闘していたヴィータが大きく吹き飛ばされた。

 

おそらく砲撃魔法の直撃を受けたのだろう。空から地上へ、急速に落下していく。そして地上に落ちたヴィータに地中から飛び出した赤竜が巻きついた。

 

この赤竜はまるで蛇のような戦法をとることが多い、その巻きつく時の力はかなりのものだろう、おそらくヴィータの騎士甲冑でもそう長くは持たない。

 

 

「クッソ! 離せぇーー!」

 

 

 それを見たなのはとシグナムはヴィータを助けるために駆けつけようとするが、彼女たちの四方を赤竜が囲む。しかもその中には、小さいながらも手足のある大型の赤竜まで存在していた。

 

 

「ヴィータちゃん!」

 

 

 そんな状況をみたなのはがレイジングハートを構え、砲撃魔法の発射体制に移った。高出力の魔法で突破口をこじ開けるつもりのようだ。

 

しかしその一瞬の隙を突いて大型赤竜の触手がなのはを捕らえた。この大型赤竜は無数の触手を持っており、それを使って目標を捕らえ、砲撃魔法を確実に当ててくる。相手を確実に狩るための知恵だった。

 

さらにそれを助けようとしたシグナムは、突如前方に地面を割って現れた赤竜の砲撃魔法の直撃を受け、地上へと落下していく。

 

それでもとっさに防御魔法を展開したのか、当たった瞬間に眩い光がシグナムと砲撃の間で散った。

 

 

「くっ…!」

 

 

 地上に落ちたシグナムはすぐに体を起こそうとするが、戦闘による疲労で体は限界を超えている上に、落下の衝撃を受けきれなかったのか、なかなか起き上がることが出来ない。

 

 それでもなんとか体を起こすとレヴァンティンを構える。しかしその構えにはやはり疲れの色が多く滲んでいた。

 

 

Bogen Form.

 

 

レヴァンティンが空薬莢を剣の鍔の上部から吐き出す。

 

一か八か、シグナムはシュツルムファルケンを放とうとするが、消耗からか魔力がうまく収束しない。それでもなんとか魔法を放とうと集中し一心に魔力を収束させていた時、上空に光が収束しているのに気が付いた。

 

それは転移魔法の魔力光。

 

そして、そこに現れた魔方陣は光を全く感じさせない、だが、輝くような漆黒だった。

 

 

シュッ!

 

 

 光が完全に収束した瞬間、空の魔方陣から一筋の光がかすれた音を立てて大地に向かって放たれた。

 

それはなのはを捕らえていた触手を切断、彼女を救出し大地に降り立った。

 

そして、その光の矢の正体はシグナムも良く知っている。

 

 

「ミナセ…!」

 

 

 シグナムの視線の先にいたのは、彼女の保護観察官であるリュウト・ミナセだった。

 

彼は抱えていたなのはをその場に静かに降ろすと、呆然とした目でリュウトを見ているシグナムに背を向け、赤竜達と対峙する。

 

 なのはは思わぬ展開に目をパチクリさせると、すぐに立ち上がって「ありがとうございます!」と頭を下げて礼を言った。それを見たリュウトは微笑を浮かべながら「どういたしまして」となのはの頭を優しく撫でた。すると、心なしかなのはの頬が少し赤くなった気がするが、リュウトは気が付かなかった。

 

 

「次はヴィータ、ですね。ルシュフェル! ラファエル! カートリッジロード!!」

 

 

<<Load Cartridge.>>

 

 

 彼の右手に握られたルシュフェルのマガジンが動き、刃の上部、黒い嶺の上部が前後にスライドし、薬莢(カートリッジ)が薬室に叩き込まれる。

 

同じように左手に握られたラファエルも、回転(リボルバー)式弾装が回り、薬莢(カートリッジ)を装填した。

 

 

「ブレイドフォーム!」

 

 

Blade From.

 

 

 ルシュフェルの逆刃のカッターナイフのような刃が掻き消えるように消失した。

 

しかし次の瞬間、刃が存在していた部分に魔力が集中し、魔力刃を作り出す。しかもその長さは彼の身の丈ほど。

 

 これがルシュフェルの近接戦闘形態<ブレイドフォーム>だった。この形態は、デバイスフォーム時より数段上の近接戦闘能力を有しており、その高出力高密度の魔力の刃に斬れぬものは理論上存在しないとまで言われている。ちなみに魔力刃は、元の刃をそのまま伸ばしたような形状だった。

 

 

「スラッシュフォーム!」

 

 

Slash From.

 

 

 ラファエルの細身の両刃の上に魔力刃が発生する。その魔力刃は元の剣身の上を覆い、剣身の中央部分を残して、その全てが魔力刃に覆われた。その刃の長さも身の丈より少し短いぐらいだろうか。

 

 これがラファエルの近接戦闘形態<スラッシュフォーム>。この形態もルシュフェルと同様、接近戦闘能力を重視した形態である。

 

 ルシュフェルのブレイドフォームとラファエルのスラッシュフォーム。この二つを同時展開した事はすなわち、時空管理局提督リュウト・ミナセが本気の戦闘状態であることを示す。

 

そして、その事を証明するかのように、彼の周囲に魔力が渦巻く。

 

 

「はぁっ!!」

 

 

その一声を上げた瞬間、リュウトの近くにいた数体の赤竜の体が真っ二つに切り裂かれた。

 

目にも留まらぬ速度での一閃。その一撃でヴィータへの直通の道を切り開いた。

 

リュウトはその出来上がった道を一気に駆け抜ける。空を飛べるにも関わらず、彼は大地を疾走した。空へ上がれば、敵の砲撃魔法の格好の的になると考えたのである。

 

 

「邪魔です! 退きなさいっ!」

 

 

その駆けるスピードは尋常では無かった。おそらくフェイトのソニックフォームと同じか、もしかしたらそれ以上かもしれない。

 

彼が駆けた後には大きく砂が吹き上がっている。その上、両手に持った二振りの剣を振る様は、まさに闘神そのものであった。シグナムですら彼の姿を見て唖然としている。

 

シグナムは今までリュウトの全力を見たことが無かった。

 

 

「ヴィータ!」

 

 

 ヴィータの元に到着したリュウトは、大きく跳躍して彼女を捕らえていた赤竜を一撃の下で切り伏せた。そしてなのはのようにヴィータを横抱きにかかえると、地上に着地した。

 

 

「……ん…っ!?」

 

 

「や、大丈夫ですか?」

 

 

 自分の顔を覗き込むリュウトの顔を確認したヴィータは、慌ててリュウトの腕の中から飛び出した。しかし、どうやら彼女も体力的に限界のようで、グラーフアイゼンを杖代わりにしてゆっくりと立ち上がる。その顔は真っ赤だった。

 

 

「どうかしましたか?」

 

 

 その質問に答えず、ヴィータは後ろを向いた。ザフィーラ以外の異性に抱えられたのが久しぶりだったのである。もっとも彼女にとってみればザフィーラは異性として意識することはないのかもしれないが。

 

 そして、そんなヴィータを見てリュウトもそれ以上質問することはしなかった。しかし、頭の上に疑問符が出ているようだった。

 

 

「君はシグナム達と合流してください。その内シャマル達も応援に来てくれますから」

 

 

 シャマルはクロノやフェイト、アルフ、ザフィーラと共に別の世界で戦闘を展開していた。リュウトはシグレと二人で違う世界へ飛んだが、幾分敵の数が少なかったらしく、そこの戦闘目標を一掃して駆けつけてきたのである。

 

 

「分かった………ありがと…」

 

 

そう言ってヴィータは飛行魔法を使い、逃げるようにシグナム達の所へ飛んでいった。小動物のようなその動作にリュウトは「なのは君と似ているな…」と苦笑した。

 

しかしそんなリュウトの周りには、まだ多数の赤竜が蠢いていた。その中には大型赤竜も混じっている。彼らに向き直ると、リュウトは両手の戦友たちに声をかける。

 

 

「さぁて、気合入れて行きましょうか!!」

 

 

<<Yes(御意), my(我が) lord().>>

 

 

 そして再び、戦闘は始まった。

 

 

 

 

 

 

 一方そのころ次元航行艦アースラのブリッジでは、リュウトの戦闘がメインモニターに映されていた。ほぼ全員がモニターの戦闘を見つめている。アースラのスタッフは、なのはやフェイト、クロノなどの戦闘を見たことがあるが、それ以上にリュウトの戦い方は洗練されている。

 

実を言えばリュウトの戦闘に直接関係する部分の才能は、年齢による経験の差を除外すれば、なのは達とそう大きな差があるわけではない。仮になのは達がこのままのペースでリュウトと同じ方法で成長すれば、現在のリュウトの年齢になる頃には、おそらく今の彼と比べても変わらない実力になるだろう。

 

 そして、その驚いている内の一人に八神はやてがいた。今回は武装局員のバックアップとして、管制官のエイミィの補佐についているのである。リュウトがはやてに魔法と魔導師のことを実践的に学ばせるために、彼の姉ともいえるリンディにはやてを預けたのだ。

 

 

「…ほぇぇ〜」

 

 

 メインモニターに映されている戦闘を見ながら、はやては無意識の内に感嘆の声を上げていた。もちろんはやてだけではない。エイミィもまた驚いている。自分の十年来の幼馴染がここまで成長しているとは彼女も知らなかった。

 

 

「う〜ん、なんか……反則っぽい。つーか今まで知らなかった私がマヌケよねぇ…ははは」

 

 

 それがエイミィの感想である。現在モニターでは砂漠の所々が爆発と発光を繰り返している。そしてそこにいた赤竜が、一斉に崩れ落ちて行くのである。それでも時々、上空からリュウトの剣閃が見えた。剣閃といっても魔力光の残滓が目に入るだけだったが。

 

もちろん赤竜もやられてばかりではない、積極的に反撃もしている。しかしその大半はリュウトにかすることすら無い。当たっても彼の周囲に展開された魔法障壁で全て弾かれてしまっている。

 

たまにリュウトが一瞬モニターに現われる事があっても、その姿はすぐに掻き消える。それは彼が編み出した対多数用戦術のうちの一つが、そこで行われている証だった。

 

究極的には一対一を多数行うことだが、相手が一箇所にある場合、相手が反応できない高速で戦力比一対一に持ち込める位置に移動するという手段を使っている。

 

彼ら赤竜がいくら集まっていても、どこかに綻びは存在している。そこをリュウトは攻撃しているのだ。奇襲となる高速移動を行い、一撃で相手を仕留める。それがこの戦術の真骨頂だった。

 

赤竜との戦力比から、一匹ずつ倒しているわけではないが、同時に全ての赤竜を相手にしているわけでもなかった。

 

 

「…同意見です」

 

 

 ブリッジ要員のアレックスも思わず口に出す。同僚のランディも同じ考えのようだ。二人共、ほとんど言葉を無くしている。

 

冷静なのは艦長であるリンディと、リュウトの使い魔のシグレぐらいである。シグレは先ほど負傷した武装局員を連れて帰還したのだ。

 

 

「私の主なのですから、同然です」

 

 

 シグレは胸の前で腕を組み、うんうんと頷きながら言った。心なしか翼のような形をしている耳もパタパタしている。自らの主人が褒められることがそれだけ嬉しいのだろう。

 

 

「さて、そろそろ終わりそうね…」

 

 

 リンディがモニターに視線をむけながら呟く。

 

確かにこの世界での戦闘はすでに終わりが見え始めた。なのは達が苦戦していた赤竜の大群を、リュウトは援護に来てからわずかな時間で壊滅状態にまで追い込んでしまった。

 

 じつは彼がここまで赤竜を圧倒できるのは、ひとえにいままでの彼の経験がものをいっていた。

 

 

 

 

 

 

彼は執務官になる前からすでに前線で戦闘を行っていた。

 

もっとも、それは今のなのはやフェイトも同じであるが、少なくともなのはのように偶発的に巻き込まれたわけではなく、自分の選択で彼は前線に身を置くことになった。

 

彼が始めて前線に立ったのはなのはと同じ年頃の八歳の時だった。

 

それ以前は双子のネコ悪魔にしごかれていたが、彼の魔法の才能が開花したのは実戦に出てからだった。それまではリーゼ達にいいようにおもちゃにされていたが、一度目の実戦を経験してから彼の魔法の才は急激に伸び始める。

 

しばらく経った頃には、今までの訓練が嘘のようにリーゼ達の戦闘技能や知識を吸収し始め、一対一では彼女たち相手にもいくらか勝ち星を上げるようになった。それはそのまま実戦での成果に繋がっていく。そして、十二歳で執務官になる頃にはすでに彼は叩き上げの上層部幹部、そして多くの現場指揮官とそれ以下の前線部隊では、広く名の知られた存在になっていた。

 

 

その後、彼の存在を知ったほかの上層部の多くは、リュウトにあまり好意的ではなかった。管理外世界出身で未だに十代の前半、前線上がりで本来は数年かけて卒業する士官学校も、多くの実戦経験とリーゼ達による英才教育により、飛び級に飛び級を重ね一年足らずで修了、さらには歴戦の勇士ギル・グレアムという後ろ盾に、上層部の主流であるどの派閥も士官学校時に彼にコナをかけられなかったからだ。

 

そういう理由もあり、上層部主流派はリュウトをこのまま前線で飼い殺しにすることにした。未だ若い彼なら前線にいても何の不思議もないし、たとえ活躍してもそれは管理局全体のイメージアップ、ひいては上層部の得になる。万が一殉職してもそれは自分たちを脅かす人間が減るだけと考えたからだ。

 

いかなギル・グレアムといえど、リュウトを前線に置いておくだけなら、上層部の大多数を占める主流派に表立って逆らうことも出来なかった。

 

しかし、上層部の思惑は思わぬところで大きく外れることになる。

 

リーゼ達の教育という名のしごきにより、いくつもの前線で戦う事になったリュウトは、各地の現場レベルで高い人気を持つようになる。

 

彼ら、前線でリュウトと共に戦ったことのある魔導師たちは自分たちと共に戦い、積極的に自分たちから教えを請おうとし、自身よりも魔導師としてのランクは低いはずの彼らに子供らしい羨望と、戦士としての敬意を持って接してくるリュウトに好感を抱き、自分たち全体の息子や弟のように思っていたのだ。

 

現場レベルでの横の繋がりは馬鹿に出来ない。情報交換という形でリュウトの人となりは、彼が行ったことのない現場でも良く知られるようになり、はじめは現場叩き上げの歴戦の勇士、ギル・グレアムの養い子という目で見ていた彼らも、いつの間にかリュウトの事をリュウト・ミナセ個人でみるようになった。

 

そんな折、グレアムが自らのコネクションを使いリュウトが上層部によって冷遇されているという情報を各方面に流したのだ。

 

そうなれば、当然憤慨するのは現場の人間たちである。執務官になって以降も自分たちに変わらず接してくるリュウトは彼らの希望だった。

 

時空管理局はいくつもの世界の共同で運営されている。そうなれば他の組織と比べれば多少はマシとはいえ必然的にいくつもの派閥が作られ、その争いにより現場の人間がとばっちりを食う。そんな実情から現場の人間はどの派閥にも属さず、現場を良く知り、自分たちのことを考えてくれるリュウトが栄達してこの状況を打破してくれることを望んだのだ。

 

そんな理由もあって、情報が流されたあとの状況の動きは早かった。末端の人間は自分たちの直属の上司に現状の打開を訴えた。その結果、今まで書いたことの無いような部隊単位の嘆願書や、署名まで現場指揮官の元に届くようになった。リュウトに直接あったことがあるために上司に直訴に行く部隊長も現われはじめ、どちらかといえば彼ら寄りの考えを持つ現場指揮官たちはその訴えや嘆願書、署名を自分たちのさらに上の指揮官へと送り届けた。何人かの人間は自分たちの嘆願書も加えて、である。

 

そうなって困ったのはそれを受け取った人間である。

 

彼らは現場指揮官とは違って上層部寄りの考えだった。それもそのはず、彼らは次代の上層部の幹部になるために今までの彼らと同じエリートコースを歩んで来たのだ。今更こんなものを上に渡せば自分がしてきたことが無駄になる、そう考えれば彼らの行動は決まっていた。この事実を必死で隠蔽し始めたのである。

 

しかし、彼らの思うようには行かなかった。隠蔽されたことが彼ら以下の現場指揮官や部隊にばれない筈が無い、そしてこの隠蔽の事実により上層部主流派のリュウトに対する態度は確実な事だと知られるようになった。

 

そうなれば現場の人間も黙ってはいない、今までの訴えをさらに強くして上司に訴えるようになり、それに対する人間たちも負けじと事態の収拾に躍起になる。そして、自分たちが針のムシロに座っていることに気が付いた上層部主流派が、自ら事態の収拾に乗り出したときにはすでに遅かった。

 

上層部は権力をもって押さえつけられると考えたが、すでに処分をちらつかせることで抑えられるような小規模の問題ではなくなっていたのだ。万が一処分してしまえば、自分たちの足元が崩れてしまう。そんな状況だった。

 

そして、運命が決定付けられたのが、とあるロストロギアによる事件であった。

 

その事件においてリュウトは現場指揮官たる執務官として辣腕をふるい、多数の民間人の住む世界で起きた事件でありながら、民間人に被害を出さず、事件全体で見てもその被害を最小限に食い止めたのだ。

 

その功績により、リュウトは提督試験にのぞむ資格を特例で認められることになる。受験資格を与えるというのが上層部主流派の苦悩を表している。

 

今までの功績も含めれば十分に提督になれることも出来るはずだが、リュウトがいまだ十代の若者であるということでなんとかこの処遇に落ち着ける事が出来た。

 

しかし、リュウトは彼らの願いも虚しく試験を突破してしまう。

 

リーゼ達はもちろん、グレアムやリンディ、レティ提督までもが徒党を組んでリュウトに知識を叩き込んだ為だ。リーゼ達も母親としてすでに意地である。いままでロッテが殴りこみしなかったのは奇跡みたいなものだった。

 

なお余談だがこの試験のあと、リュウト・ミナセ新提督は提督としての初仕事よりも先に過労で入院する羽目になる。彼の初めての入院は味方の手によるものとなった。

 

ちなみにクロノはこの時の様子を知っているが、今までその内容を口に出したことは無い、しかし青ざめた彼の表情がすべてを物語っているようだった。

 

その後、リュウトは次元航行艦の艦長を経て現在の主席執務官という役職についたのである。

 

それ故、彼は今でも現場での影響力は強い。その上、ギル・グレアムが管理局を去った現状では彼のコネクションはリュウトが引き継いでいると考えられ、末席とはいえ上層部の人間といえるようになった現在において、旧態依然とした上層部の人間にとっては下手に手を出すことが出来ない相手となっている。

 

まさに、恐るべし、リュー坊とその仲間たちである。

 

彼の戦闘スタイルは今まで教えを受けた多くの人たちの戦闘術が取り入れられている。少ない魔力を生かすための効率的な魔法の使い方、その時々の敵と自身の状況に合わせた戦術、魔法生物たちの弱点、さらにはサバイバル技術まで彼らから直に教えられたのだ。

 

たまに余計なことまで教えようとしていた者もいたようだが、結果がどうなったかは本人たちしか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

「エイミィ、皆さんの転送準備を」

 

 

「わっかりましたぁ! はやてちゃん、そっちはお願いね〜」

 

 

 モニターで戦況を見ていたリンディの命令に応え、エイミィが未だに呆然とモニターを見ているはやてに指示を出す。転送の操作自体はエイミィが行うが、その後医務室に行くであろう人たちのために、医療班にスタンバイしてもらうのである。あらかたの処置は、先ほどなのは達の所に到着したシャマルが既にやってくれてはいるが、それでもやはり重症患者の場合は医務室での治療が必要になる。

 

 

「あ、はい。分かりました」

 

 

 そういってはやては医務室に連絡を入れる。医務室の担当者に状況を伝えながらも、心の中でこんな事を思っていた。

 

 

(あたしがが戦えたら…皆の力になれるかな……)

 

 

 それは、ただ皆が無事にと祈り、願うことしか出来ない自分への、ささやかな叱咤だった。

 

 

 

 

 

 

戦闘はそれから十数分で終わった。

 

赤竜は規定数を殲滅。こちらの被害も大した事は無かった。

 

ただ、なのはやフェイト、シグナム達ヴォルケンリッター。そして執務官であるクロノはかなりの疲れが溜まっていた。なのは達二人に関して言えば、すでに交換用のカートリッジも底を尽いていた。

 

さらに武装局員が数名負傷しているが、命に別状は無い。それでも、シグレが応援に来てくれなかったら分からなかったが。

 

 

「でも危なかったわね。私は今回、足手まといだったかしら…」

 

 

そう言いながら苦笑したのはシャマルである。彼女がおそらくこの中で最も軽傷で済んだ者であろう。彼女の専門はバックアップ。回復や探知なのである。

 

今ここにいるシグナム、ヴィータ、なのは、フェイト、ザフィーラは皆すでに彼女の回復魔法を受け、大方の傷は回復していた。

 

 

「そんなことは無い。お前の治癒魔法のお陰で助かった面も多々ある」

 

 

彼女の背後からザフィーラの静かなフォローが入った。

 

彼は冷静だが、決して冷徹ではない。彼は彼なりに仲間を思いやり、ときに心配しているのである。

 

 シャマルが笑いながら「ありがとう」と言うと、ザフィーラは獣形態になってしまった。おそらく照れたのだろう。顔はこちらを見ていなくとも、尻尾はブンブンと振られ、素直に感情を表していた。

 

 

「レイジングハート、大丈夫?」

 

 

なのはは自分が手に握っている魔法杖(デバイス)に声をかける。先ほどの戦闘で相当無理をさせてしまったためか、少々赤い宝石の輝きが鈍い。

 

 

All right.

 

 

 なのはを心配させまいと、レイジングハートはいつもと同じ返答をする。 

 

インテリジェントデバイスは主とのコミュニケーションを図ることによって、自らを主に合わせて調節する。また、意思疎通が出来れば、総合的な能力が格段に向上するのである。レイジングハートの場合は、なのはの毎朝の魔法訓練で自らヒット数をカウントし、採点するなど、すでになのはの相棒となっていた。

 

 

「なのは君、フェイト君。お疲れ様」

 

 

 なのはとフェイトが二人で話している後ろから、リュウトが近寄ってきた。彼のバリアジャケットにも、多少の傷が付いている。攻撃は受けずとも、魔力の余波や飛び散った破片などで負った傷だった。

 

 

「リュウトさんも、お疲れ様でした。あの…大丈夫でしたか?」

 

 

 先の戦闘中、フェイトが赤竜に隙をつかれ、砲撃魔法の一斉掃射を食らいそうになったのである。もちろんフェイトも避けようとしたが、なにぶん数が多い。そのために退路の計算が間に合わなくなってしまった。それをリュウトがフェイトの前に出て、砲撃魔法を防いだのだ。

 

 フェイトが心配そうな目でリュウトを見る。だが彼は笑っていた。いつもの柔らかい微笑み、満足げな笑みが、そこにあった。

 

 

「ええ。あの程度じゃあ私のディメンションシールドは破れません」

 

 

 リュウトの防御魔法の中でもトップレベルの魔法が、ディメンションシールドである。

 

ただ、この魔法はカートリッジを一発消費してしまうのだ。それ加え、ディメンションシールドは一方の方向にしか展開できず、敵の射線軸を読んでからの迅速な対応が求められていた。

 

 

「なのは君達は医務室に向かってください。クロノ、付き添ってあげるように」

 

 

 丁度自分の斜め後方にいたクロノに目をやった。クロノはあまり傷を負っていないものの、彼は今魔法杖(デバイス)を二本持って戦闘に出ているため、その分魔力消費は激しい。

クロノが二本の杖、S2Uとデュランダルを同時に実戦で使うようになったのは先日前であり、まだ慣れていなかった。

 

しかし今回の戦闘では、おそらくリュウトに次ぐ数の敵を葬っていただろう。リュウトが見た限りエターナルコフィンの一撃は赤竜を五匹まとめて氷結させ、粉砕していた。

 

 

「分かりました。責任を持って皆を送ってきます」

 

 

 クロノは「仕方ない」といった顔をしながらも、皆を先導し医務室に向かった。

 

彼は上官であるリュウトにあまり逆らったことが無い。その罰が怖いのではなく、彼の指示は的確、そして確実そのものなので、逆らう理由がないのだ。

 

それに、罰は怖くなくとも怒らせるのは怖い。だからこそ、クロノも断ることをしないのだ。ちなみに自分の師匠でもあるリーゼ達には何度も反抗したが、結局は鎮圧されてしまった。

 

 

 

皆がクロノに先導され医務室に向かう中一人だけその場に残り、ものすごい形相でこちらを見ている者がいた。シグナムである。かなり威圧感のある視線でリュウトを睨みつけている。

 

 

「行かないのですか? 医務し…」

 

 

「その前に、一つ聞きたい事がある」

 

 

 リュウトの言葉を途中で遮り、シグナムは自分の言葉を出す。

 

 

「お前は……なんのためにそこまで強くなった?」

 

 

 その質問を聞き、リュウトは少しだけ表情を強張らせた。彼もそんな直球な質問がくるとは思ってもいなかったのだ。だがすぐにいつもの優しげな顔に戻り、その質問に答えた。

 

 

「強くなりたかった。では駄目でしょうか?」

 

 

 シグナムはその答えに幾つも疑問を持った。だが目の前の青年がそう簡単に話すはずもないと悟ったのか、黙ってリュウトに背を向け、医務室に向かっていった。

 

 

「…強くなりたかったから…か。あながち、間違ってはいない…はずだ…」

 

 

 そう一人で呟いたリュウトの顔はいつもの彼の表情ではなく、とても鋭い、戦闘のときのような表情だった。

 

だが目の前の通路から車椅子の少女とそれを押した女性がやってくるのに気付き、その表情は一瞬で消えた。その少女、はやてはシグレに車椅子を押してもらいながらリュウトの近くまでやってき来た。

 

 

「あの、リュウトさん。お話があるんやけど…今ええやろか?」

 

 

 はやてに付き添っているシグレの顔が真剣なのに気付き、リュウトは屈んで片膝をつき、目線を車椅子に乗っているはやてに合わせる。

 

 

「分かりました。とりあえず、私の執務室に行きましょう。ちょうど私からもお話したい事があるので」

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そちらの話からどうぞ。私の話は後でも構いませんから」

 

 

 リュウトは自らの執務室に併設されている応接室のソファーに腰を下ろす。正面には車椅子に乗ったはやてがいる。

 

シグレは奥のキッチンスペースでお茶を淹れているようだ。香りからして紅茶だろう。

 

 

「はい。その…」

 

 

 さっきまでは言いたいことはすでに固まっていた。

 

なのに、リュウトを前にすると、どうしても戸惑ってしまう。それは彼がどんな反応をするのか怖いからだった。

 

 

「…あたしも、皆と一緒に戦いたいんです!」

 

 

 やっとの思いで口に出来た言葉がそれだった。

 

なんの理屈も無い素直な言葉。だがその言葉は、はやてがずっと悩み、苦しんできたことを何とか解決したいと願う、はやての本心からの言葉だった。

 

 

「あたし、ずっと皆のことを見ていることしか出来なくて、皆が無事でありますようにって祈ることしか出来なくて、それが…とても辛くて、歯痒くて……」

 

 今にも泣きそうなはやては、出来るだけ自分の心に素直に話そうとしていた。おそらく、それしか自分がこの青年を説き伏せる手段はない。

 

だが、それは自分に訴えているようで、話すたびにとても悲しいような寂しいような気持ちになっていく。

 

いや、もうすでに彼女の瞳からは涙が零れ落ちていた。はやてはいつも、苦しみは誰にも打ち明けない。だが、今のはやての姿は、年相応の脆い少女だった。

 

 そしてそれを聞いていたリュウトの顔は複雑そうだった。いつもの優しげな笑みは消え、真剣な眼差しではやてを見つめていた。お茶を持ってきたシグレも、お盆を抱えてその言葉を鎮痛な表情と想いで聞いていた。

 

 

「…なんとなくですが、今の君の気持ちが分かるような気がします」

 

 

 リュウトはそう言って立ち上がった。そしてソファーから自分のデスクへと向かってゆっくりと歩いて行く。

 

 

「自分に力が無いから皆を守れない。自分が弱いから大切な人たちと共に在る事が出来ない。そして、自分に力が無いからただ見ていることしか出来ない」

 

 

 そう言いながら、リュウトはデスクの一番上の引出しから一枚の金色で縁取られた白いカードを取り出した。

 

そこには黄金に輝く剣十字の紋様と、その十字の中心に蒼く、小さな丸い宝石が埋め込まれている。

 

 

「ですが、もし力を手に入れ、戦いに赴くとなれば自らを危険に晒すことになるでしょう。もし自分が死んだら、消えたら、大切な人を悲しませる事になります」

 

 

 そう言いながらリュウトは泣いているはやての元に歩み寄ると、車椅子の前に片膝を付き、はやての顔を、目を見る。そして、いつもの優しい笑みをはやてに向けた。

 

 

「もし、君の大切な人たちがいなくなったら、死んでしまったら、どうですか?」

 

 

「…悲しい…です」

 

 

 まだ半泣きの状態ではやては答えた。もしシグナムやヴィータ、シャマルやザフィーラ、それになのはやフェイトが死んでしまったら、はやてはおそらく、悲しみに負けてしまうだろう。

 

 もはや自分は一人では生きていけない。

 

 

「そう。だから私は、出来れば君を戦場には連れて行きたくは無いのです。もしも君が死んでしまったら、皆が悲しみ、涙するでしょう…」

 

 

 はやての頭を撫でながら、リュウトは自分の意見を口にした。シグレもこの意見には賛成だった。はやてには、いや、なのはやフェイトにも、そしてクロノにも、まだ少し危うさがあった。それに彼女達には、自らを大切に思ってくれている家族がいるのだ。

 

 

「……でも……」

 

 

 はやては涙を拭い、リュウトの顔を見る。もうその瞳に迷いは無かった。

 

 

「あたしは皆を守りたい。もちろんあたしはそんなに強くないけど、それでも、皆を守りたい! そして…皆と一緒に帰ってきたい…」

 

 

 リュウトは内心僅かに不安だった。だがはやての瞳は決意に満ちている。自分の暗い瞳にはもう無い光が、彼女の瞳の奥にはあった。家族を守りたい、親友達を守りたい、大切なものを守りたいと言う気持ちが、そこには確かにあった。

 

 シグレも、もうはやての意見を否定しようとは思わなかった。この子は強い。だから大丈夫だと、そう思えるような気がした。

 

 そして、そのはやての表情を見たリュウトは、僅かな時間だけ顔を俯かせる。彼の少し長めの前髪が顔を隠し、はやてから彼の表情を隠した。

 

 

 

 少しの時間が過ぎたあと、リュウトは顔を上げる。そして、真剣な眼差しで手に持ったカードをはやてに差し出した。

 

 

「…分かりました。では、時空管理局提督として、魔導騎士八神はやて。貴女にこれを託します」

 

 

 はやてはその視線を正面から受け止め、差し出されたカードに手を伸ばした。

 

 渡されたそのカードは、名刺ほどの大きさだろうか。そして彼女は、それを以前どこかで見たような気がした。

 

 

「これって…デバイス?」

 

 

 そう。それはクロノが使っているストレージデバイス、S2Uとよく似ていた。

 

 

「私が設計して組み上げたストレージデバイス <B2U> 君の、力です」

 

 

 そう言ってリュウトは「起動させてみてください」とはやてを促した。彼女はこくりと頷き、カードを上に掲げる。

 

 

B2U、セットアップ!」

 

Anfang.

 

 B2Uはベルカ語で応え、起動する。

 

 それは、これが騎士の持ち物であると示す宣言だった。

 

カードが光を発するとその輝きは執務室の中を明るく照らし出す。その光が消えた後にははやての手の中に一本の杖が姿を現していた。

 

杖の先端に二つのダイヤ型の金属の骨組みが直角に組み合わされ、その中心に、蒼い宝珠が浮いている。そして、その宝珠の中にはうっすらと剣十字が浮かび上がっていた。

 

 

「それは君用に調整してあります。じつは私も、この事を話すつもりだったのです…」

 

 

 リュウトはすでに、はやての気持ちに気付いていた。だからこのデバイスを彼女に渡そうと考えていたのである。

 

 だがそれは、リュウトの質問に答えられるかどうかという、単純な試験をして決めるはずだった。だがはやては自分からその答えを言ったのである。「皆と一緒に帰って来る」、それはリュウトが問いかけようとした質問の答えに十分だった。

 

 

「さて、それ(B2U)には君のための機能が備わっています。その場でちょっと立ってもらえますか?」

 

 

 はやては「え?」とリュウトの顔を見た。

 

今のはやては、闇の書の呪いからも開放され、多少は足も回復した。リハビリの成果もあり少しなら自力で歩くことも可能である。

 

 

「えっと……これでええですか?」

 

 

 少し戸惑いながらも、はやては車椅子から立った。少しふらつくが、特に大きな問題は無かった。いや、それどころか少しずつ、足が安定してくる。

 

「え?…あれ?…」

 

 そう、まったくもってふらつかなくなったのである。しかも今まで脚に無かった感覚が湧き上がってくる。それは、歩けるという感覚だった。

 

 はやては驚きながらも、少しずつ足を前に出す。体はその指令に応え、足は少しずつ、しかし確実に進んでいた。

 

 

「これって…!」

 

 

「そう。このB2Uは君の足の補助をして、『歩く』と言う事を可能にしているのです。まぁ正確に言えば、足に魔力で擬似的な神経を作り、筋力の補助を行っているんです。それによって君は歩ける、と言う訳ですね」

 

 

 驚いているはやてに、リュウトはB2Uの機能について話す。元々この機能は、何らかの原因で体の一部の機能が失われた場合、または機能不全を起こした場合に補佐する目的で開発された技術だった。リュウトはそれをB2Uに組み込み、はやてのリハビリも兼ねようとしたのだ。

 

 だが欠点もあった。その機能は、その機能の媒体であるデバイスの付近でしか働かない。そのため、常に携帯している必要があった。

 

それでも、意識せずに歩く、足を動かせる事が出来ると言う事は、戦闘において必須のことだった。

 

 

「すごい…! すごいです!」

 

 

 生まれて初めて人の補助もなく、意識して魔力を使うこともなく、普通の人と同じような速さで大地を歩くと言う事を実感したはやては、執務室の中を走り回ったり、飛び跳ねたりと、かなりはしゃいでいた。その顔はまるで子供だった。

 

いや、実際、彼女はまだ九歳の子供なのだ。

 

 

「ただし! その機能は管理局内、もしくは任務中のみに限定します。いきなり向こうの世界ではやてが歩いていたら、皆びっくりしてしまいますからね。それに、魔力の補助がなくて歩けるように、リハビリもしっかりと行うようにして下さい。これは裏技のようなものですから」

 

 

「はい! ありがとうございます!!

 

 

 リュウトがはやての様子に笑みを浮かべながら注意点を言った後、彼に向かってはやてが抱きついてきた。おそらく本人は自分が何をしているのか、あまり意識していないのだろう。

 

リュウトも特に変わらない表情で、抱きつき、自分を見上げるはやてに、いつもの笑みを返しながら頭を撫でている。

 

 ただ、その光景を見ていたシグレはかなり複雑な顔をしていた。はやてが抱きついた瞬間は、まるでこの世の終わりを垣間見たかのような顔をしていた。

 

今も小声で「あ…あぁ…」と、泣きそうな声を出し、腕を何かを掴もうとするかのようにリュウトの方へ伸ばしており、その大きな耳は力なく垂れ下がってしまっている。

 

 

「詳しい機能は後々教えましょう。あと、戦闘に関しても」

 

 

 そう言ったリュウトを見ていて、少しずつ頭が冷えてきたのか、やっとはやては自分が彼に抱きついていると言う事に気が付いた。そして…

 

 

「……はぅ〜」

 

 

 離れた。しかもかなりのふらつき様で。目はぐるぐる回り、頭からは「プシュー」っと湯気が出ているようだ。

 

 

「どうしました?」

 

 

 しかしリュウトは、まったくもってわからない、と言ったような感じだった。この男、かなり女性心理に鈍感なのかもしれない。いや、おそらく鈍感ではない。ただの天然だろう。

 

 

『ご歓談中、失礼します!! 提督! 至急、ブリーフィングルームへ来てください!』

 

 

 そんな時、いきなり空中にモニターが現われる。そしてそこには滅多に見せないような焦った様子のクロノが映っていた。

 

 

「どうしました、そんなに慌てて」

 

 

 リュウトは笑みを消し、戦闘の時のような顔つきになった。クロノの声で正気に戻ったはやてもビシッと背筋を伸ばし、後ろからシグレも駆け寄ってくる。

 

 

『以前提督が仰っていた通りです。現在の魔法生物の急増には、あるロストロギアが関係しているようです。他の艦船、施設からの観測でも同じ魔力パターンが検出されました』

 

 

 クロノの言葉を聞きながら、はやては自分の体が緊張していくのを感じた。その後ろではシグレが急いで主のコートを取りに走る。

 

そしてリュウトは、いつもの冷静さを保ちその報告を聞いていた。

 

 

「それで、そのロストロギアの名称は?」

 

 

 シグレが執務室備え付けのクローゼットから持ってきたコートに袖を通しながら、クロノに訊ねる。

 

これはすでに確認でしかない。リュウトの脳裏にはすでにひとつのロストロギアが浮かんでいる。そして、その想像を裏付けるかのようにクロノが映っているモニターの半分にそのロストロギアの映像が映し出された。

 

 

『第一級捜索指定遺失物……<メイガスの鍵>です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二章 第一話につづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

 

 皆様、こんにちは悠乃丞です。

 

 今回お送り致しましたのは、リュウトとはやての決意の話でございました。

 

 ちなみに今回出てきたはやて用デバイス<B2U>ですが、これの寿命はおそらく短いです。なにせ元々は製作される予定すらなかったデバイスで、はやての本来のデバイスが完成するまでの代替機でしかありません。

 

 リュウトの言を使うならば、保険でしかないのです。

 

 しかし、その性能ははやてが使う事を前提として、ミッド、ベルカ双方の術式に対応し、はやての高い魔力を制御する機能も付き、戦闘に関しては素人のはやてを補助するため、簡単な言語機能まで搭載しています。ですが、そのせいで既に発展性などはなく、これ以上の性能にする事は不可能なのです。

 

 それでも、このB2U、物語においてかなり重要な位置づけです。

 

 前回の話でリュウトが言っていた保険とはなにか、それがこのB2Uに与えられた役目でもあるのです。

 

 そして話は変わりますが、この後は短編をはさみ、ついに第二章に突入します。

 

 長編となる第二章、そこでは管理局で起こる事件と、それと平行して起こるロストロギア事件を描く予定です。

 

 この物語は全4章のうち、二章と四章を長編、三章を短編連作で構成しています。

 

それ以外にも、いくつか外伝となる短編を用意しておりますので、お楽しみに。

 

この話と同時に、第二章予告編も掲載されていると思いますので、そちらもどうぞ。

 

 それでは、この辺で失礼させていただきます。次回のお話でお会いしましょう。








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