「でやぁあああああああッ!!」
「動きが大きすぎる!」
「ぐッ」
迫り来る刃を捌き、その刃の持ち主を一刀の下斬り捨てる。
その動きは永き時の中で鍛え上げられ、ある種芸術とさえ言えるものだった。
だが彼女はそれに拘泥することなく、新たな力を求め続けている。
「次!」
「はい!」
その言葉に答えたのは、まだ歳若い相手。
自分のこの姿よりもなお若いであろう挑戦者に、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「――――若いな」
「お言葉ですが、ここでは歳など関係ありません! 烈火の将殿!」
「確かに――――ここに立っている以上、“これ”がすべてだ」
烈火の将と呼ばれた女性はそう言って己が手の剣を示す。
挑戦者は相手のその動きに、ゆっくりと構えを取った。
「よろしくお願いします!」
「来い! そして己の言葉、この私に証明してみせろ!」
「言われるまでも! 行くぞ、シルベルシュヴェールト!!」
<Ja!!>
自分に向かって何の躊躇いもなく突っ込んでくる若き剣士。
その姿に彼女――――シグナムは思う。
(――――さあ、若きベルカの騎士よ。その力を見せてみろ……!!)
その心の叫びと共に、シグナムはその足を踏み出した。
「以上で訓練を終了する」
≪ありがとうございましたぁッ!!≫
「う、うむ」
教え子たちの敬礼に、シグナムは少し戸惑いながらもそれに答えた。
時空管理局の局員としての任務を行うようになって数ヶ月が経つが、こうして敬礼されることには未だ慣れなかった。
「――――これでも私は保護観察中の身なのだがな……」
「ふふふ……そう言ってる割には嬉しそうよ、シグナム」
呟くシグナムに、背後からよく知る声がかけられる。
「――――シャマルか。そちらの方は終わったのか?」
「ええ、ついさっきね。それにしても――――やっぱり医療技術って進むのが早いわね、勉強になることも多いわ」
白衣を着た女性――――シャマルの言葉に、シグナムは小さく笑みを浮かべた。
「お前がそういうならそうなのだろう」
「そう言うシグナムはどう?」
「そうだな――――」
シャマルの言葉に、シグナムは訓練が終わったばかりの訓練場に視線を移す。
そこでは何人かの局員が各々で自己評価を行ったり、仲間からの意見を聞いたりと自分たちの訓練を振り返っていた。
「近代ベルカの騎士というからどのようなものかと思っていたが、基本的なことは我らと変わらん」
「そうなの?」
シャマルは意外そうに呟く。
自分たちが作られた時代から考え、近代ベルカと古代ベルカではそれなりの違いがあると思っていたのだが……
「少なくとも彼らはな。――――彼らは、私たち守護騎士のことを知ってなお、素直に教えを請うてきた」
「そう……」
それは自分たち守護騎士が――『闇の書』が起こした事件のことだろう。
シャマルはすぐにそのことに思い至る。
「正直救われた。ここに入る直前まで、本心ではどのような視線を向けられるのかと不安に思っていたのだからな。だが――――」
集まっていた騎士たちの目には、自分に対する隔意など欠片もなかった。
そこにあるのは偉大なる騎士に向ける純粋な憧憬だけ。
「私はあまり人にものを教えることは得意ではないが、彼らの気持ちには応えたいと思った。同じベルカの騎士としてな」
「――――なのはちゃんやフェイトちゃんみたいな子は、意外と多いのかもしれないわね」
人はこうして他人を受け入れることができる。
守護騎士はそれ故に救われた存在だ。
「確かに、そうだな。そういえば、そのことでお前に聞いておきたいことが――――」
「烈火の将殿!」
シグナムの言葉を遮ったのは、訓練に参加した騎士の一人だった。
自分の方へと向かってくる若い騎士に、シグナムはどこか姉のような視線を送る。
「どうした?」
「いえ、風の癒し手殿がおいでとは存じていたのですが、個人的にお礼をと思いまして」
騎士は二人に申し訳なさそうな視線を送ると、シグナムに向き直る。
「烈火の将殿のおかげで自分の剣の道が少しだけ見えた気がします。ありがとうございました」
「気にするな。私も新たなベルカの騎士と剣を交えることができてよかった」
シグナムはそう言って微笑む。
永い時を越えても、自分たちベルカの“武”は確かに受け継がれていた。いくら形を変えようと、騎士の心は受け継がれていた――――その事実がただ嬉しかった。
「そう言っていただけると我々も嬉しいです。少将には感謝してもしきれません、本物の古代ベルカの騎士とこうして闘えたのですから……」
「少将……?」
騎士の言葉に、シャマルが首を傾げる。
少将と言われてすぐに思い浮かぶ知り合いが居なかったのだろう。
「ああ失礼しました、ミナセ少将のことです。本局の方では提督の方が通りがいいでしょうけど、『空』や俺たち『陸』の間では少将の方が分かりやすいんです。まあ、『陸』の中には単に『海』での呼び方が気に入らないっていう奴も居ますけどね」
「そうか、本局と地上本部はあまり仲が良くないと聞いていたが……」
「少将は別って奴が多いです。『陸』出身の戦技教導官にして少将、俺たちもあそこまで行けるんだって思えますから」
「そうか……」
騎士の目にはシグナムに向けるものと同様の憧れがあった。
この騎士は自分より強い者に純粋な憧れを抱ける人物なのだろう。
(このような者こそが、真の騎士たるに相応しい者なのかもしれんな)
強さに対する憧憬は、道さえ違えなければ大きな力となる。
己を高め、より大きな存在へと変える原動力。
「次にミナセに会うことがあったらお前が感謝していたと伝えよう。――――名は?」
「はい! 陸士119部隊所属、アリオン・ウィンチェスター陸曹長です!」
そう言って笑顔で敬礼するアリオンに、シグナムもまた微笑みを浮かべた。
「それで、件の少将は――――」
シグナムはその少将に今回の訓練詳報を提出しなくてはならない。
そう考えて隣を歩くシャマルにその所在を尋ねたのだが、返ってきたのはシグナムが予想もしない言葉だった。
「休暇ですって」
「――――――――休暇? あの男がか?」
知り合ってから数ヶ月程度だが、一度も休暇など取っているところを見たことがない。
先の事件で無茶をして、シグナムの主である少女とその友人たちによる説教地獄に叩き込まれていたのは知っているが。
「なんでも総務に泣き付かれたって、このままじゃ労働問題でメディアにすっぱ抜かれるとか言ってたわよ」
「――――難儀な男だ」
働けば働くほど仕事が増えるという永久仕事漬け空間の住人。
日頃の礼にと一度だけその仕事を手伝ったことがあるシグナムだが、結果は半日でリタイアだった。
いくら以前の彼女の主とは重要度が大きく違う仕事をやったとはいえ、どうやら件の少将の使い魔と同じタイプらしい。
「それにしても、よく休暇など取れたな。奴の仕事は他人が代われるものではないと聞いていたが……」
「それでも休みなしは不味いってことでしょうね――――とどめはアニー二尉だけど。すっかり躾けられちゃったわね、彼」
「――――――――」
シャマルのその言葉に、シグナムの脳裏にはある風景が浮かんだ。
『リュウト、とってこーい』
『わん!』
『はい、よくできました』
『わうん!』
飼い主と飼い犬。
「――――――――違和感を覚えないという事実が違和感そのものだな」
「――?」
その言葉を最後に黙って通路を歩く二人。
たった数分間のその静寂は、守護騎士たちの参謀によって破られた。
「――――――――ねぇ、シグナム」
「なんだ?」
先ほどまでとは根本が異なるシャマルの声。
それはシグナムが永きに亘って聞いてきた冷厳なる参謀の声だった。
「前から不思議だったの――――あの人は何故私たちを助けたのかって」
「――――――――」
それはシグナムも幾度か考えた疑問だった。
だが、それに答えが出たことは一度もない。
「リンディ提督やレティ提督なら分かるわ。なのはちゃんたちとの付き合いが長いリンディ提督なら私たちの弁護もしてくれるでしょうし、その親友であるレティ提督も同じ」
「それなら奴が含まれても不思議ではあるまい。リンディ提督、レティ提督とは姉弟のように付き合っていると聞いているぞ」
「確かにそうね。でも――――」
シャマルは言葉を切り、僅かに逡巡する様子を見せる。
だが、数秒の迷いの後、彼女は己の将に言葉を続けた。
「――――それだけであそこまでしてくれる? “ヘンリクセン”まで動かし、管理局内での発言力低下の危険まで冒して」
「それは――――」
「あの人が純粋に私たちを助けてくれようとしたことには感謝してる。でも、あの人が私たちの保護観察官になった理由は何?」
「――――――――」
『闇の書』事件を引き起こした自分たちの事実上の後見人になるということがどれ程危険なことかシグナムには完全に理解できないが、それでも謀の世界では途方もなく危険な行為だということは理解している。
そして、それが理解できるためにかの人物の意図が分からない。
「確かに私たちの観察官でいられるほど大きな権力を持っているのは、あの三人の提督の中ではあの人くらい。本局統幕や地上本部にもパイプを持ち、最高評議会にすら一目置かれているほどの才覚の持ち主だもの」
「――――当人は利用されているだけだと言っていたがな」
「それはお互い様ね。本局統幕議長も地上本部本部長もそれは理解しているはずだわ」
時空管理局とて一枚岩ではない。多くの思惑が渦巻き、日々権力に依る戦いが繰り広げられているのだろう。
その中で一八歳の青年がどれ程危険な位置にいるか、シャマルにはよく分かる。
「それでも危険なのは変わらない。少しでも隙を見せればあっという間に潰されるはず」
「――――その危険を冒してでも主はやてと我らを護る理由か……」
「あの人が純粋に人を助けようとしていることは分かるわ。はやてちゃんも懐いてるし、なのはちゃんたちからも慕われてる。リンディ提督やレティ提督もあの人のことは頼りにしているみたいだし、さっきのアリオン君が言ってたみたいに局員たちからの信頼も篤い」
「ならば――――」
純粋に後輩の友人を助けたかっただけではないのか――――シグナムの心の言葉はシャマルには届かない。
「でもね、そういう話を聞く度に思うの」
「――――?」
「――――あの人の本心を知る人は誰も居ないんじゃないかって」
「な…!」
シグナムは思わず足を止める。
そして、己の家族にして最高の仲間である女性を見詰めた。
「いつも笑顔で優しく、上層部の人間とは思えないほど現場思いの頼りになる上官。常に教え子のことを考えている厳しくも心優しい戦技教導官。時に冷徹でありながらも決して人の心を忘れない優秀な指揮官。各世界の政府とも渡り合う技量と人脈を持った執務官。そして、管理局有数の実力を誇る魔導師。――――どれが本当の彼?」
「――――――――」
シグナムに解答を見出すことができるはずもない。
彼女は、自分の中の青年が例えようのない存在に思えた。
「はやてちゃんの人を見る目は確かだわ。だからあの人が嘘を吐いているとは考えにくい」
「――――そうだな」
「でも、すべてを明かしているわけでもない」
「――――ああ」
かの人物は間違いなく自分たちの主たる少女を救った。
だが、それは本当に主のためだろうか。
「はやてちゃんが信じている以上、私が必要以上に彼を疑うことはしないわ。でも――――」
「ああ、すべてが明かされるまで、完全に信じることもできない」
「――――――――はやてちゃんには言えないわね」
「そうだな……」
一度は背中を預けて戦った戦友を疑う自分。
シグナムはその事実に言いようのない憤りと失望を感じる。
そして、件の青年を思い浮かべてポツリと呟いた。
「――――奴は今頃、何をしているのやら……」
自分の懊悩など知らずに休暇を満喫しているのだろうか。
その言葉は、次元の海を越えることなく消え去った。
魔法少女リリカルなのは―――暗き瞳に映る世界―――
第三章
第四話
〈リュウトの休日〉
「ただいま〜〜!」
「いらっしゃいませ〜〜」
「――――――――にゃ?」
翠屋のドアを開けた瞬間、彼女は思った。
『自分は夢を見ているのだろうか』――――と。
「何名様ですか――――っと、なのはさんでしたか、おかえりなさい」
「――――――――」
聖祥大学付属小学校四年、高町なのは。この時彼女の心には真っ白な風景だけが映っていたという。
「おや? なのはさ〜ん?」
「――――――――」
この日、彼女の両親が経営する喫茶店兼洋菓子店で異世界の職場の偉い人が満面の笑顔でウエイターをしていた。
「ただいま〜〜お母さん、お父さん」
「いらっしゃいませ〜〜」
「――――――――へ?」
高町美由希、固まる。
「こんにちは、なのはいますかー?」
「いらっしゃいませ〜〜」
「――――――――え? え? ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」
アリサ・バニングス、叫ぶ。
「こんにちは。なのはちゃんたち居ます…か……」
「いらっしゃいませ〜〜」
ぐにぐに。
「――――――――いたい」
月村すずか、頬を引っ張る。
「こんにち――――」
「いらっしゃいませ〜〜」
「――――――――」
ぱたん。
フェイト・テスタロッサ、回れ右。
「こんにちは桃子さん、なのはちゃんいますか〜〜?」
「いらっしゃいませ〜〜」
「あ、どうも。待ち合わせしとるんですが――――って、えええええええええええええええッ!?」
八神はやて、ノリツッコミ。
「お母さん! どういうこと!?」
「そうだよ! なんでリュウトさんが働いてるの!?」
「――――アルバイト?」
「そうじゃなくて!」
「リュウトさんがどうしてここで働いてるの!?」
「アルバイトしたことないって言うから社会勉強に良いかと思って」
「――――――――」
母親の台詞に固まる高町姉妹。
その背後では四人の少女が同じテーブルで顔を突き合わせていた。
「――――なんちゅうか、イキイキしとるんやけど……」
『いらっしゃいませ〜〜何名様ですか?』
はやての視線の先で営業スマイルを浮かべるリュウト。
その仕草は素人のそれではなかった。
「うん、管理局で仕事してるときより楽しそう……」
『はい! ご注文を繰り返します。季節のケーキセットがお一つ――――』
フェイトの前を通り過ぎ、客の注文を取るリュウト。
よく通るその声は、演説中のリュウトを想起させた。
「違和感がないわね……」
『二三六円のお返しになります。ありがとうございました〜〜』
軽く不機嫌になるアリサの視線を受けつつ、会計を済ませた客を見送るリュウト。
きっちり四五度でお辞儀をし、その態度には接客マニュアルの手本とさえいえる風格が漂っている。
「リュウトさんって、一八歳だったんだ……」
『桃子さん、シュークリームってどれ位でできますか?』
今思い出したといった様子で頷くすずかは、桃子に次の補充の時間を尋ねるリュウトをしっかりと見詰めている。
周囲の流れを把握するその能力は平和な世界でも別の活用法があったらしい。
「三番テーブル片付けお願いしま〜す」
「は〜い!」
別の従業員からの声に明るく返事をするリュウト。
だが――――
「ちょっと待ちなさい!」
「ぐえ」
美由希の背後を布巾片手に通り過ぎようとしたリュウトは、背に流れる髪を掴まれて仰け反る。
絶妙なタイミングでリュウトを捕まえた美由希は、そのまま半年だけ年上の青年を質問攻めにした。
「そもそもお休みじゃなかったの?」
「ええ、だから働いてます」
「ぐ……」
さも当然というように答えるリュウト。
その様子に美由希は一瞬だけ口ごもるが、すぐに別の質問をする。
「――――ちょっと待って、リュウト君の休暇の定義を教えてくれる?」
「局以外の仕事をしてもいい日です」
「――――仕事から離れろっ! ていうか、まさかその歳で仕事中毒!?」
あながち間違ってはいないだろう。
だが、入院中にすら毎日書類と闘い、念話や通信で仕事をしていたリュウトである。今更という気がしないでもない。
「リュウトさん、ちなみに給料おいくらですか?」
頭を抱えてしまった美由希に代わり、はやてがリュウトに質問を浴びせる。
高給取りで常日頃エイミィに奢れ奢れと言われているリュウトがいくらでアルバイトをしているのか、確かに興味があってもおかしくはない。
「ええと、最初は初心者で七八〇円だったんですけど、さっき桃子さんに八〇〇円に上げていただきました」
「二〇円アップで嬉しそうに笑うな! 昨今の高校生でももうちょっと貰ってるよ!?」
「お、おかーさん……」
がばりと起き上がってツッコミを入れる美由希と引き攣った笑みを浮かべるなのは。
時空管理局の現役将官を史上最も安い給与で使役した人物は、彼女らの母である高町桃子に違いない。
「フェイト、リュウトの普段のお給料っていくらくらい?」
「ええと、役職手当に危険手当、航空手当――――」
ずらずらと並べられる様々な手当やら何やら。
その数が一〇を越えた辺りでフェイトは言葉に詰まる。
「ええと、他には……」
嘱託魔導師ではあるが、あまり給与に頓着しないフェイトには咄嗟に聞かれてすべてを答えることができない。それ以前に他人の給与など気にしたこともなかった。
そんなフェイトを助けたのは背後からの声。
「魔導師ランク別の手当や艦船に乗り込んだ際の航海手当、講演会等に対する特別報酬、住宅手当なども含め、私の数倍の給与を頂いているようです」
「アニー!?」
「アニーさん!?」
飛び上がらんばかりに驚くフェイトとはやて。
四人が座っている隣のテーブルでは、一人の少女がコーヒーを啜っていた。
「――――そこまで驚かれるのは心外です」
「え、あ、え…?」
「す、すんません……」
薄茶色のハイネックセーターにクリーム色のロングスカート、さらに普段は纏めている髪を下ろしているため、二人ともそれが知り合いだとは気付かなかったらしい。
実際、二人は中学生が勉強の場を求めて喫茶店に来ているとしか思っていなかった。
「――――まあ、いいですけど……」
「あ、リュウトの口癖」
「――――――――何か?」
「い、いえ、なんでもないです……」
アンジェリーナの口から漏れた言葉に反応するフェイト。
だが、そのアンジェリーナから極北の視線と声を浴びせられ、彼女はあっさりとそれを取り下げた。
「――――ねえ、フェイト、はやて。誰なの?」
アリサが疑問の声を上げる。
アンジェリーナが海鳴を訪れたことは一度もない。つまり、アリサやすずかにとってアンジェリーナは初めて会う人物だった。
「あなた方は初めてお会いしますね」
そう言うとアンジェリーナは席を立ち、四人のテーブルの前でスカートの端をつまんでお辞儀をする。
「アンジェリーナ・クルス。あの方の元で補佐官を勤めさせていただいております。以後、お見知りおきを」
アンジェリーナの普段の様子からは想像もつかないような仕草にフェイトとはやては目を見開き、アリサとすずかはその紹介に驚きの表情を浮かべる。
だが、自己紹介されたままで返事をしないような二人ではない。
「アリサ・バニングスよ」
「月村すずかです」
自分の名を告げる二人だが、今度はアンジェリーナが驚く。
「なるほど、あなた方が……」
「なるほどって……?」
「一二月の一件で結界内に取り残された民間人がいたと報告書で読みましたので」
「ふうん、あいつの部下って本当みたいね」
何の遠慮もなくアンジェリーナを観察するアリサ。
その目には純粋な好奇心が浮かんでいた。
「向こうの世界って中学生でも働けるんだ。まあ、なのはたちが働けるんだから当たり前か」
「――――――――」
「あ、アリサ!?」
「あかん! すぐに謝るんや!」
「え? え?」
欠片の邪気もなく告げられた言葉。
だが、その内容はとんでもなく危険なものだった。
少なくとも『氷の才媛』という二つ名を知っている者たちにとっては――――
「――――私は一八です」
「うそっ!?」
「――――――――」
自分の姿が歳相応でないことはよく分かっている。
だが、普段それを気にせずに済んでいたのは自分の上官がそれを気にしていなかったから。その事実に、自分は今の今まで気付かなかった。
「――――――――私の姿はどうでもいいです」
「う、うん」
「分かりました〜……」
これ以上怒らせたら恐ろしいことになる――――フェイトとはやてはこれ以上この話題を続けることの危険性を悟り、早々に話題の転換を図った。
「そういえば、どうしてアニーがここに居るの? 本局の仕事とかは……」
「理由としてもっとも大きいのは、あの方の監視です」
「監視!?」
予想もしていなかった物騒な単語に、はやては素っ頓狂な声を上げて驚く。
「ええ、そうです――――――――隠れて仕事をしないように」
「へ?」
「だって今……」
四人は同時にある方向に目をやる。
そこには翠屋のエプロンを付けた一人のアルバイト店員の姿。
「局の仕事をしないなら何をしてもらっても構いません」
「――――――――」
ここまで監視に来ている割には随分いい加減な判定基準だった。
「それに、あの方にはこういう仕事の方が似合っています」
「それは――――」
否定しようとして、はやては言葉を詰まらせた。
仮にここでリュウトが働いていたら、自分は違和感を覚えるだろうか――――はやてはそんなことを考える。
「確かに……そうですね……」
もしもリュウトがこの店でアルバイトをしている一般人だったら、自分とは出会わなかっただろう。万が一出会っていても単なる知り合いで終わったはずだ。
少なくとも、今のような関係になることはない。
「先ほどあの方がイキイキしていると仰いましたね。楽しそうとも」
「うん、確かに言ったけど……」
「確かに言いました……」
頷くフェイトとはやて。
アンジェリーナは二人の様子に小さく溜息を吐くと、少し離れた場所で美由希にくどくどと説教されるリュウトになんとも言い難い眼差しを向けた。
「――――私見ですが、あの方は心からこの仕事を楽しんでいるのでしょう」
「楽しむ?」
すずかが首を傾げる。
確かに楽しそうではあるが、心からというのはどういうことだろうか。
「ええ、この仕事には――――誰の命も懸かっていませんから……」
「え…?」
四人はアンジェリーナの告げた答えに動きを止める。
「この仕事は確かに大切なものでしょう。人を笑顔にできるこの店で働くということは、きっと胸を張れることですから」
「でも、リュウトだって――――」
アリサはリュウトの苦悩を知っている。
守るために失う覚悟――――それを、あの青年は心に刻んでいるはずだ。
そして、笑顔を守る仕事をしている。
アンジェリーナはアリサに幾つもの感情がこもった視線を向け、すぐに別の人物へとその眼差しを移した。
「――――なのはちゃん、あなたは命を天秤にかけたことがおあり?」
「え、あ、あの……」
先ほどまで美由希と共に居たなのはが、五人の座るテーブルの傍らに立っていた。
その手には、紅茶の載ったトレイ。
突然向けられた質問に、なのははその場に硬直していた。
「もしもあなた方が士官候補生となるなら、この話も無駄にはならないでしょう」
アンジェリーナはなのはの持ってきた紅茶をテーブルに移しながら、ゆっくりと言葉を続ける。
「今から一〇年前、ある陸士部隊に一人の少年が居ました。その少年は僅か八歳で前線部隊に配属、一〇歳で部下を持つようになります」
「八歳……!?」
「そんな……」
自分たちの感覚では信じられない世界。
だが、それは現実の過去だった。
「彼には適性がありました。冷静な判断力と咄嗟の決断力、必要な知識と経験、およそ指揮官として必要な能力は持っていたと言ってもいいでしょう」
管理局の次代を担う若者として、少年には多くの人に期待されていた。
陸上武装隊だけではない、航空武装隊もまた空戦魔導師としての先天技能を持つ少年に期待していた。
「ですが、その能力は少年に決断を強いた」
指揮官――――人を使う人間に求められる最初の覚悟。
「それは――――他人の命を預かり、使うこと。他者の命を背負い、未来をその手に握ること」
己の責任の下に、他者の命を奪うこと。
僅か一〇歳の少年は、その手に他人の未来を握っていた。
「私には分かりません。その少年が何を思ってその道を選んだのか、一魔導師では駄目だったのか」
「――――――――」
「その少年は、一度も夢を語りませんでした。自分のすべきことは決まっているから、と」
夢という不確かな未来ではなく、目的という確かな未来。
少年の力はその心から生まれたのかもしれない。
「地を駆け、空を飛び、海を渡り、少年は成長していきました。そして、彼は管理局で数百数千の命を預かる立場になる」
「それが――――」
なのはたちは気付いていた。
アンジェリーナがただ一人の青年に向けて哀しげな目を向けていたから。
「あの方は常に命を天秤にかけています。この世界に飛び込んでからずっと、彼の手から命の重さが消えた日はありません」
たやすく他者の命を奪う自分の立場。
命を守るために得たはずのそれは、青年に命を奪うことを求めた。
「あの方が休まないのは、それが恐ろしいのかもしれない」
眠っている間も自分の決断は生きている。
そのような状況で、誰が心安らかに眠れるというのか。
己の決断が命を奪うかもしれないという恐怖。それに耐えながら生きていかなくてはならないのが指揮官という存在だった。
「たとえ自分の決断で誰かが死んでも、あの人がそれを後悔する権利はない。後悔する時間があるなら二度と同じことを繰り返さないように己を高めるだけ」
――――死んだ者は無駄死にじゃない。
――――その死のどこにも過ちはない。
リュウトはその結果だけを受け入れることが許される。
それ以外の言葉は、死者を愚弄することになるから。
「あの人の仕事は謝るだけじゃ済まされないことばかりです。だから、常に正しい決断を強いられる。謝るという行為が許されない故に」
謝っても命は戻らない。
なら、別のことで報いるしかない。
「『あなたの死は、生きている者にとって大いなる意味を持つものでした』」
リュウトが死者に手向ける言葉は、それだけだった。
「あの人は誰かに重荷を持たせることもできないし、そのつもりもない。――――本当に、不器用な人です」
誰かと共に歩めば軽くなるはずの重圧とその手の重み。
青年はそれを誰かと共に持つという発想を持っていなかった。
それを知ったとき、アンジェリーナは不器用な上官に姉のような感情を抱いた。
本人すら気付かないほど仄かな感情だが、それは彼女の視線に時折現れる。
だからこそ――――
「――――皆さんにお願いがあります」
「お願い、ですか?」
呟くなのはと、なのはと同じ表情を浮かべる四人の少女。
彼女らをゆっくりと見回すと、アンジェリーナはその場で頭を下げた。
「この世界で、あの人を孤独にしないでください。あの人はいつも独りで立っています。血に塗れ、怨嗟に汚れ、絶望に焼かれ、それでもあの人は誰かを隣に置きません。そんなあの人にとって、この世界はリュウト・ミナセ個人でいられる唯一の場所なんです」
もはや望郷の念すら抱かなくなった故郷。
そんな世界に、青年は安息を見つけた。
「私も、どうして自分がこんなことを言うのか分かりません。それでも、どうしてもあの人の笑顔が好きになれないんです。すべてを諦めたような、すべてを捨てたようなあの笑顔を消したいんです」
自分を憶えていた青年。
魔導師としての道にこだわりながらも半ば道を見失っていた自分に、自分より年下の青年は一つの道を示した。
それは自分の望みとは違ったけれど、この自分が必要だと言ってくれた青年。
「わがまま願いです。自分ではできないことを、あなたたちに押し付けているだけなのかもしれません。それでも――――」
「分かったわ」
「え?」
自分の言葉を遮った声に、アンジェリーナは驚きの表情を浮かべて顔を上げた。
その視線の先で、言葉の主――――アリサは頬を紅潮させながら言葉を続ける。
「あいつがどういう生活してるかなんてあたしには分からないし、言われても混乱するだけだろうけど――――」
「うん、わたしたちと一緒に居るときくらいリュウトさんであって欲しい」
アリサの言葉をすずかが引き継ぐ。
この世界から出ることはできない二人だが、この世界にいる限り彼女たちはリュウトの友人でいられる。
「あたしもあのすかしたダメ男には色々文句言いたいし、それでもいいなら……その、傍に居てあげてもいいわよ……っ!」
「あ、アリサちゃん……それじゃ嫌がってるみたいだよ」
「嫌がってるのよ! どうして好き好んであのヘタレのフォローしなくちゃならないの!?」
「――――嫌なら無理しなくても……」
なのはとフェイトの言葉もブレーキにはならない。
アリサはそのままリュウトに殴りかかりそうな勢いでアンジェリーナに宣言した。
「心配しなくても、この世界であのバカは独りになれない! 今のアイツを見れば、あなたにも分かるでしょう!?」
「――――――――」
アンジェリーナは厨房の桃子から注文の品を受け取る上司に目を向けた。
背後から突き刺さる美由希の視線にビクつくその姿に、普段のような孤独の色はない。
「――――確かに、余計なお世話でしたね……」
やはりこの世界は彼に優しい――――アンジェリーナは小さく笑みを浮かべた。
自分なんかが口を挟まなくても、上司はこの世界を楽しんでいる。
「――――――――私の苦労も知らないで……」
「っ!?」
ぼそりと漏れたアンジェリーナの言葉。その絶対零度の声音に、客に注文の品を届けたリュウトの背が震える。
その小さな声が聞こえているはずはないのだが、リュウトの本能は何かを感じ取ったらしく、きょろきょろと周囲を見回している。
「――――すみません、注文よろしいですか?」
そんな上司をアンジェリーナは客として呼び寄せる。
アンジェリーナが来ていることには気付いていたが、リュウトは彼女を避け続けていた。
休暇中に仕事をしていることを怒られると考えたのだろう。
「な、なんでしょうか……?」
「――――あなたの見立てで六人分」
「はい?」
「あなたが選びなさい」
「――――――――本気ですか?」
「本気です」
ここでは普段の立場など関係ない。
アンジェリーナはそれを存分に利用することにした。
「下手なものを持ってきたら――――」
「も、持ってきたら……?」
表面上は普段とあまり変わらないリュウトの表情だが、そこに居る五人には明らかに怯えている表情に見えていた。
「――――三日くらい頑張って仕事した後、一週間くらい休暇を頂きます」
「なっ!?」
それでは書類の海で溺れてしまう。
リュウトは部下の宣言に戦慄した。
「分かりましたね?」
「イエスマム!」
慌ててケーキを見立てにすっ飛んでいくリュウト。
そんな上司の姿に、アンジェリーナは困ったような笑みを浮かべた。
「――――いつもこうならいいのに……」
こうして自分を恐れているリュウトには、恐れを感じることはない。
アンジェリーナは少し意地悪な姉になった気分だった。
「よ、良かった……」
「――――リュウト君」
「はい!!」
ケーキ選びを終え、カウンターで燃え尽きていたリュウトに美由希が声を掛ける。
声を掛けられた瞬間、リュウトはその場で直立不動となった。
「――――どうしてわたしに相談しないの? 友達でしょう?」
「というか、何故そこまで怒っておられるのか分からないんですが……」
「怒ってない!!」
「――――――――はい」
どうやら美由希は自分を無視して翠屋でのアルバイトをしていたことに腹を立てているらしい。
友人なら一言相談して欲しかった――――美由希の目は、リュウトにそう告げている。
「この間の話はよく分からないけどさ、リュウト君がこっちに来るって知ってたらもっと早く帰ってきて色々教えてあげたのに……」
「あ〜〜……っと、手間を取らせるのは申し訳ないと思いまして……」
「む」
己の心など欠片も理解しようとしないリュウトの言葉に、美由希の頬はぷくっと膨らんだ。
「じゃあ、わたしがリュウト君に頼みごとしたら、リュウト君は迷惑?」
「いえ、都合がつく限りお答えしますが……」
おそらく迷惑などと欠片も思わないに違いない。
相手にも依るだろうが、頼まれたことに喜びを感じるだろう。
それだというのに――――
「――――はぁ」
「美由希さん?」
「むむ」
駄目だこりゃと言わんばかりに首を振る美由希に、リュウトは訝しげな表情を浮かべた。
そのリュウトの表情に、美由希はちょっと不機嫌そうにカウンターを漁り始める。
そして――――
「――――とりゃ」
「いっ!」
銀色のトレイを取り出し、それをリュウトの脳天に振り下ろした。
無論、縦である。
「〜〜〜〜…………っっっ!?」
「もう! いい加減にしないと怒るよ!?」
どうやっても鍛えられない脳天に御神の剣士による打撃を受け、リュウトは声もなく床を転げ回る。
相当痛いらしい。
「毎度毎度子供みたいなこと言って! わたしだってリュウト君の助けにはなれるんだからね?」
「〜〜〜〜っ!!」
正直それどころではないリュウトだが、無視するわけにもいかないだろう。
なんとか立ち上がろうとするが、頭の痛みでそれも叶わない。
ここが戦いの場なら慣れと精神力で対処できただろうが、平和な街ではその勘も鈍るというものだ。
頭を抱えて蹲りながら、リュウトは御神の剣士とは恐ろしいものだと認識した。
「聞いてる!?」
「き、聞いてますとも……」
理解できているかは分からないが、とりあえず音としては認識している。
「だから――――」
そう言って美由希は何処からか取り出した翠屋のエプロンを身に着けると、リュウトに向き直る。
「わたしも手伝う」
「――――――――」
リュウトはポカンとした顔で美由希を見詰めるだけだ。
どうしてそういう流れになったのか、さっぱり理解できないに違いない。
「少なくともリュウト君より経験豊富なんだから、先輩として色々教えてあげるね」
「――――はぁ…」
美由希が翠屋の手伝いをすることには何の疑問もない。
だが、それと自分に何の関係があるのか。
そんな意味を込めて、リュウトは溜息とも返事ともつかない声を発した。
しかし――――
「返事は!?」
美由希がそれを許すはずもない。
どうしてそこまで自分に拘るのか分からないリュウトだが、自分のすべきことは分かっている。
「はい!」
そう、大きな声で返事をすることだった。
彼は実感する。自分は日常生活で女性に勝つことはできない、と。
「み、美由希先輩に彼氏が!?」
「違うよ!」
「でも、ほら、この間一緒に車に乗ってた人ですよね!?」
「見てたの!?」
放課後の栄養補給に来た風牙丘の後輩の言葉を、接客中の美由希は凄まじい勢いで否定する。
しかし、それに返ってきた思わぬ言葉に彼女は驚きの声を上げた。
「わたしじゃないですよ。同じ部活の子なんですけど、すごい車に乗った男の人と美由希先輩が一緒にいたって」
「ど、ど、ど、どどどど……!」
「どうしてって聞かれても、駐車場で痴話喧嘩してる先輩を見たって聞いてはいたんですが、今まで人違いだとばかり……」
だがしかし、自分の目の前で話に聞いていた男の特徴と完璧に一致するリュウトと共に働く美由希。
それを見た後輩は、自分の聞いた話は本当だったのだと確信してしまったらしい。
「違うからね!? 本当に違うからね!?」
「そ、そうなんですか?」
「そう! リュウト君があまりにも頼りないからこの店の娘としてフォローしてるだけ!」
これ以上勘違いされては堪らない。
美由希は後輩の誤解を解こうと必死でリュウトの不甲斐無さを説明する。
「――――は〜〜……なるほどぉ……」
「はぁはぁ……分かってくれた?」
「はい! 美由希先輩はあの人を立派な人に更生させるべく頑張ってるんですね!!」
「――――――――うん、もうそれでいいや」
自分の説明が悪かったのか、もしくは後輩の理解力が足りなかったのか。とりあえず後輩は完全にリュウトを誤解している。
だが、今の美由希にそれを解く余力はなかった。
「頑張ってください先輩! 彼氏がだらしなくて女たらしでも、先輩ならきっと乗り越えられます!」
「ちぃ〜がぁ〜うぅ〜!!」
その上、妙な形で誤解が強化されたらしく、美由希は後輩の誤解をすべて解くのに小一時間を要した。
「――――――――桃子さんや、あれは若店長さんかね?」
「違うんですよ〜〜。美由希となのはの友達で、今日だけ手伝いに来てくれて……」
「そうかい、美由希ちゃんも年頃だからてっきり――――」
「違いますから!」
近所に住む老翁の言葉を通り過ぎざまに否定する美由希。その手にはケーキの乗ったトレイがあり、注文品を届ける途中だと分かる。
それを聞いた老人は、別の考えに至った。
「そうか、じゃあなのはちゃんの――――」
「ち、違います!」
「そうですよ、なのはさんにはユーノ君が……」
「ユーノ君は友達です!」
「――――――――そうですか」
向こうはそう思ってないだろうけどなぁ――――リュウトは遠い世界で書庫の整理をしている後輩に想いを馳せる。
(頑張れユーノ君、命短し恋せよ若人です)
場合によっては、青春無駄遣いまっしぐらとエイミィに評された自分のようになってしまう。
(――――まあ、私が言ったところで意味もないですけどねぇ……)
エイミィに恋愛経験小学生未満と表されたリュウトには、正直理解できない世界だった。
一八歳で青春真っ盛りのはずリュウトだが、この様子を見るにやはり仕事中毒なのかもしれない。
「お待たせしました、シュークリームセットです」
「あら? 初めて見る人ね」
「はい」
「新人さん?」
「そうですね」
客に話しかけられるなどこの店では珍しくない。
店と客の距離が近いというのは、この翠屋の特徴といってもいいだろう。
「ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」
「う〜〜ん、後一つかな?」
「は?」
リュウトは自分よりもいくつか年上らしい女性の言葉に目を見開いた。
伝票に書かれた品物はこれで全部のはずだ。注文を取ったのは自分ではないが、伝票が間違っているとでも言うのだろうか。
だが、リュウトのそんな思考など、その女性とってはどうでもいいことだった。
「おにーさん、私に連絡先教えてくれない?」
「――――――――は?」
この人は何を言っているのだろうか――――リュウトはそんな視線を女性に向ける。
その視線の意味を感じ取ったのかそうでないのか、女性は伝票を持ったリュウトの手を握り締める。
「うん、今時珍しいくらい純情なおにーさんね。今度どこか遊びに行かない?」
「あ、いえ、私は仕事があるので……」
「へえ、その歳で働いてるんだ。ひょっとして大学出たばかりとか?」
「いいえ、その……」
大学どころか満足に学校に通ったこともない。
陸士訓練校と士官学校全部合わせても一年程度しか通っていないのだから、リュウトの学歴欄はさぞ閑散としていることだろう。
「ねえ、ダメ…?」
「あの、ええと……」
女性には常に優しくあるべし――――実父にも養父にも教えられたことが、リュウトを混乱に陥れていた。
というか、リュウトには自分の置かれた状況がさっぱり理解できない。
だが、周囲はそうではなかった。
「――――――――」
「――――――――」
じっと見詰め合う二人。
そこに空気を切り裂いて複数の物体が飛んで来る。
「いたたたたたたッ!? な、何!? ぐっ!? 〜〜〜〜…………っっ!」
それは真直ぐに飛び、狙い違わずリュウトの頭に激突した。
最後に飛んで来たトレイの威力にリュウトはその場で蹲る。
「い、一体何が…?」
痛みに耐えるリュウトの目に映るのは、床に散乱したソーサーとトレイ。そして、明らかに自分から視線を逸らしている数名の知り合い。
もはや答えは決まったようなものだろう。
だが――――
(な、何故に……?)
理由だけはどうしても分からない。
リュウト・ミナセ――――時空管理局現行最強のヘタレだった。
ドアの開く音に美由希は振り返る。
だが、その口から客を迎える言葉が出ることはなかった。
「おーおー、確かに女子高生がわんさかいるじゃねえの。しかもレベルたけーし」
「だろ? この前来たときにチェックしといたんだよ」
初めて見る客。
だが、美由希はそれを客として見ることができなかった。
店内にいる聖祥大学付属の高等部、風牙丘や他の学校の女子生徒に向ける視線。
それは明らかに憩いのひと時を求めてこの店に来たわけではないことを証明する類のものだった。
「ちょっといいかなぁ君たち」
「な、なんですか…?」
その二人組は店内にずかずかと入り込むと、テーブル席で同級生と歓談していた聖祥の生徒数名に声を掛けた。
男の内の一人は開いている席に無断で座り、隣の女子生徒の肩に手を回す。
「俺たちさ、この街よく知らなくて案内してくれる子探してるんだよね」
「あの、放してください…」
「そこでそうだーん。俺たちにさ、この街案内してくんない? メシぐらい奢るからさぁ」
「ごめんなさい、その、門限があるので……」
「おいおい聞いたか! 門限だってよ、やっぱお嬢様は違うねぇ!」
女子生徒の隣に座った男がもう一人の男に同意を求めた。
「確かに、この街は当たりかもな……」
その同意を求められた男も、にやにやと嫌な笑みを浮かべて女子生徒とその同級生に視線を這わせる。
「そうだ。折角だから君たちも行こうぜ? 友達一人じゃかわいそうだろ?」
「ひ……!」
女子生徒が自分に付いてくる以外の選択肢など考えていないといった様子で、男はその同級生たちにも同行を促す。
男が顔を寄せてきたせいで、肩を抱かれた女子生徒は涙さえ浮かべていた。
「そーそー。ほら、一人だけじゃ俺たち二人とはバランス悪いじゃん?」
「できればあと二人くらい来て欲しいんだよね。そうすりゃ“色々”楽しめるし」
「ははっ! 相変わらずキチク君だなぁおい!」
「ばーか、これくらいで丁度いいんだよ。女なんて世の中にはごろごろしてんだから、交換くらい簡単だろ?」
「ちげえねぇ!」
「っ!!」
男たちの身勝手な言葉に、店内の各所からざわめきが巻き起こる。
だが、それ以上の言葉が出ないのは、やはり男のすぐ隣に座らされている女子生徒の存在だろう。
この街は他人を見捨てることが滅多にない人と人との繋がりを尊ぶ優しい街だ。
そんな中で男たちは意図的かそうでないのか女子生徒を人質にとっているようなものだった。下手に刺激するとその女子生徒に被害が及びかねない。
だが、美由希はこの店を穢すかの如き所業を平然と行う男たちを許すことはできなかった。
「お客様! 店内では他のお客様のご迷惑になる行為は――――」
「お、女子高生の店員! 良かったら君も一緒に行かない?」
「ちょ、お客様!?」
思わず飛び出した美由希だが、男たちは美由希の登場に喜ぶだけだった。
テーブルの傍らに立っていた男が美由希の手を掴み、その身体を引き寄せる。
「いーじゃん、その気の強そうな所! 眼鏡ってのもいいし、気が強いってことはスリリングな夜を楽しめるってことだしな」
「なっ!?」
美由希は慌てて男から離れようとする。
だが、一般人相手に御神の技を使うわけにもいかず、思うようにその手を振り解けないでいた。
「お姉ちゃん!」
「ちょっと! あんたたち何してんのよ!」
「あ? ガキは黙ってろよ」
「黙ってられません!」
「そうや! これが悪いことやて子供でも分かる!」
「その人たちを放して…!」
「んだとぉっ!?」
自分たちに文句を付けてくる五人の少女に男たちは僅かな動揺を見せはしたが、それ以上の効果は見られなかった。それどころか怒りの表情を浮かべて五人を睨みつける。
「ガキはガキらしく大人の言うこと聞いてりゃいいんだよ!」
「――――――――ふん、とても大人には見えないけど」
「っ! 誰だ!?」
男の怒鳴り声に答えるように一人の少女がゆっくりと席を立つ。
「くだらない獣なら私の目の前にいるけど、大人なんてどこにもいないわ」
「な、に……!?」
「ガキが何言ってやがる! テメエも連れてくぞ!?」
「ふん、あなた如きが私に触れられるとでも思っているのかしら」
「このガキ…!」
美由希の手を掴んでいた男が、アンジェリーナに向かって手を伸ばす。
だがその瞬間――――
「お客様」
落ち着き払った男の声と共に、男と女子生徒、そして男と美由希の間にメニュー表が差し出された。
「お客様は二名様ですね。席にご案内いたしますので、こちらにどうぞ」
「な!?」
「いつの間に…!」
その存在に気付かなかった男たちは、自分たちの背後立つ店員に驚きの眼差しを向けた。
だが、その視線を受けた店員に一切動揺はない。
「こちらへどうぞ、お客様」
ただ、機械的に礼を尽くし、客を迎えるだけだ。
店員のその様子に何を勘違いしたのか、男たちは余裕を取り戻した顔で店員に詰め寄る。
「注文だ。この店員とお客を貰う」
「金はテメエが払っといてくれや、いつか返すからよ!」
「――――――――」
「はっ、ビビって声も出ねえか!」
「け、正義の味方面してバカじゃねえの?」
嘲る様な男たちの声。
だが、店員は静かに言葉を紡ぐ。
「では、お客様はこの店に彼女たちを求めていらしたのですね?」
「ああ、そうだよ。いいのが揃ってるって聞いたからな」
「それがどうした? テメエには関係ないだろう?」
「そうですか、では――――」
店員はその言葉を聞くと静かに道を開けた。
「そうそう、それが賢いやり方ってやつ」
「じゃあな、今日は楽しんでくるよ!」
男たちはその態度に満足したのか、女子学生と美由希を連れて店を出ようとする。
しかし、店員の言葉はそれで終わりではなかった。
「何を勘違いなさっているのか分かりませんが――――」
店員は、ゆっくりと、しかし確実に男たちに近付く。
「――――出て行くのはあなた方二人だけです」
「あ?」
「今、なんつった?」
男たちが振り返る。
その視線の先で、店員は侮蔑を隠さない瞳で二人を見据えた。
「はぁ、まさか日本語が理解できないほどバカなのですか?」
「何!?」
「テメエっ!」
自分たちを蔑む店員の言葉に、男たちは美由希たちを掴んでいた手を放して店員に殴りかかった。
だが、店員は焦ることなく身を屈め、その拳を避ける。
「――――美由希さん、お二人様お帰りです」
「!! 分かった!」
美由希はその言葉だけで店員の意図が理解できた。
すぐに扉に駆け寄り、それを開け放つ。
それを確認し、店員は男たちに向き直った。
腰を落とし、片足を下げ、両の手を腰に添える。
そして、男たちに店員としての最後の言葉をかけた。
「――――それでは、またのご来店をお待ちしております」
そして、その言葉と同時に繰り出される掌。
「がはっ!」
「げええっ!」
その衝撃に二人の男は店外に吹き飛ばされた。
美由希の開けた扉を通過し、店の前のアスファルトに墜落する二人。
店員はそれを追いかけるように店外へと足を踏み出す。
「――――――――ここは喫茶店兼洋菓子店の『翠屋』です。そして、あの方たちは店員とお客様、あなた方の求めるものはここにはありません」
「ぐ、こ、このやろう…!」
「ぶっ殺してやる!」
起き上がろうとする二人の男。
店員は男たちの肩を手で押さえ、その耳元に顔を近付けて囁く。
「――――――――あなたたちも母の胎内から生まれた人の子なら、女性は尊ぶものと知りなさい。そして、それを欠片も理解できないような汚らわしい手で彼女たちに触れるな」
「っ!!」
「ひッ!?」
「次があれば――――分かりますね?」
店員は二人の視線から表情を隠し、最後の言葉を告げる。
「――――――――二度と触れようなどと考えないよう、その腕を斬り落とします」
「っ!?」
「ぎゃあああああああああああああああああああっ!?」
男たちはその場から少しでも早く逃げたいというように慌しく立ち上がり、転げるように店員の前から走り去る。
体裁もプライドもかなぐり捨て、男たちはみっともない叫び声を上げながら店員の視界から消えていった。
「――――――――ふぅ、やっぱり一般人にとって魔導師は大いなる脅威ですよねぇ。気をつけないと……」
店員はそうぼやきながらひどくゆっくりとした歩調で店内へと戻っていった。
店内で待つお説教を少しでも遅らせるべく。
「申し訳ありませんでした」
「――――――――う〜ん、先手を打たれたか……」
店内に戻ったリュウトは、真っ先に店内の客と桃子に頭を下げた。
どのような理由があるにしろ、彼らの憩いの時間を壊してしまったことに変わりはない。
「本当に申し訳ありませんでした。処分は如何様にも」
「しょ、処分ッ!?」
頭を下げるリュウトを隣で心配そうに見ていた美由希が、その言葉に裏返った悲鳴を上げる。
信賞必罰が原則の組織に人生の半分以上もの間所属しているリュウトにとって、己の不始末は己の身で贖うということが当たり前だった。
だが、美由希にとってはそれこそ異世界の話に聞こえる。
「処分って、リュウト君がそこまで気にすることは……」
「このような店にとってお客様の信頼がどれ程大切か、美由希さんにもお分かりになるでしょう?」
「それはそうだけど、リュウト君が悪いわけじゃ――――」
「どのような理由があっても、店内で暴力行為を働いた店員を許すことはできません」
「でも、リュウトさんがいなかったらあの人だって…!」
「そうや! わたしたちやったら何もできへんとこでも、リュウトさんやったからこれで済んだんや!」
なのはとはやてがリュウトを擁護するが、その本人は小さく首を振るだけだった。
「それでもやはり問題行為は問題行為です。ここは然るべき手段を以てペナルティとすべきで――――」
自分の行為は許されることではない。
リュウトはそれを流水の如き言葉で説明し、桃子に自分の処分を求める。
だが、桃子は困ったような笑みを浮かべてリュウトの隣に立つ自分の娘を見遣るだけだ。
その娘は拳を震わせ、己が母親に対リュウト用翠屋専用白兵戦用武装の搬出を求めた。
「おかーさん! お盆!!」
「はい」
母の手から渡される銀の光。
美由希はそれを思いっきり振りかぶると、御神の剣士・高町美由希の表情でそれを振り抜く。
「こんの大ボケ天然バカ!!」
すこーんという可愛らしい音ではなく、ごめきょという人体が発することは不可能な音が翠屋に響き渡る。
「ッあ!? くぅ〜〜〜〜――――ッッッッ!?」
声にならない悲鳴を上げてその場に崩れ落ちるリュウト。
下手に触ると痛みが走るため、押さえることも擦ることもできない。さらには転げ回ることもできない。
「だったら何!? リュウト君がわたしとあの子を助けたのは間違いだったとでも言うつもり!? ふざけないで!!」
「ち、ちが――――」
「どこが違うの!? 君がどれだけ偉いか知らないけど、わたしにとっては単なる友達だからね!? これくらいはやるよ!!」
「いえ、ですから――――」
必死で美由希を宥めるリュウト。
なのはたちにも視線で助けを求めるが、それは華麗にスルーされていた。
「もう一回受けてみる!?」
「それは勘弁してください。一日に四度も同じ場所にダメージはちょっと」
「だったら……!」
銀のトレイを手ににじり寄る美由希と、それを抑えようと猛獣使いさながらの調教を試みるリュウト。
自分のことで精一杯だった二人は、背後に近付く気配に気付かなかった。
「あ、あの!」
「おや?」
「ん?」
同時に声のする方向へと向き直る二人。
その二人の視線の前では、一人の少女が顔を真っ赤に染めて俯いていた。
「あの…! ありがとうございました!」
「あ、いえ」
「どういたしまして……」
少女の顔は二人とも覚えている。
先ほどの騒ぎで男に連れて行かれそうになった少女だ。
「本当に怖くて――――それで、もう二度とこの店には来ないって思ったんですけど……」
「――――――――」
「まあ、そうだよね……」
人間誰しも嫌な思い出には近付きたくないものだ。少女の気持ちも僅かながら理解できる。
そう考えていた二人だが、次の瞬間少女が発した言葉に固まった。
「でも! この店には三日に一回は来ることにしました!」
「はい?」
「はえ?」
お互いの顔を見合わせ、聞き間違いではないらしいと確認するリュウトと美由希。
そんな二人を置き去りにして、少女は二人に詰め寄る。
「こんなに素晴らしい店員さんがいる店なんて、他にはありません!」
「はぁ……」
「どうも……」
「ですから、これからもよろしくお願いしますね! お姉様!!」
「はい、よろしくお願いしますって――――お姉様!?」
「はい! 男の人にも物怖じせずに自分を通せるその姿勢に、わたしの心はもう融けそうです!!」
「あ、いや、あのね……」
「その上、あの強い男の人ですら一撃で沈めるほどの実力! もうわたしを好きにしてください!!」
「え、えぇぇ〜〜〜〜……?」
美由希に飛びついてその胸に顔を押し付ける少女。
そんな少女の様子に、美由希は嫌な汗が吹き出すのを感じた。
「あ〜〜〜〜おね〜〜さま〜〜」
「ちょ、ちょっと、そこは……んん!!」
「この柔らかくも逞しい身体……。これに包まれたいぃ〜〜〜〜」
「ま、待って――――あふぅ……!」
「あ〜〜〜〜う〜〜〜〜」
「りゅ、リュウト君、助け――――」
押し倒された状態でリュウトに助けを求める美由希。
だが、助けを求めて伸ばした手の先にいたリュウトは――――
「――? な、何が……?」
「はい、聞いちゃダメですよ〜〜リュウトさん」
「そうや、お子様お断りです〜」
「リュウトさんには少し早いですから」
「まったく、世話の掛かるダメ男ね」
「えと、ごめんねリュウト、きっと見てもよく分からないだろうけど、念のために……」
「探査魔法も禁止ですよ、提督」
――――自分の妹を含む五人の少女と、異世界の少女一人によって目と耳を塞がれていた。
両目をなのはとはやてとフェイト。両耳をアリサとすずかに押さえられ、頭はアンジェリーナにがっちりと固定されている。
完全に子供扱いだ。
「――――――――」
もはや助けは得られない。
店内の誰もが自分と少女を空気として見ている。そう、母でさえも。
「おね〜〜さま〜〜わたしの愛をうけとってぇ〜〜〜〜」
「――――いッ…!」
そう言ってエプロンの下に来た制服の間に少女が手を入れてきたとき、美由希は恥も外聞もなく叫ぶしかなかった。
「――――いやぁああああああああああああああああああああああああッ!!」
ちなみに、店の外を歩いていた通行人には、店内の音は一切聞こえていなかったらしい。
「いや、良かったじゃないですか、あの子がこの店を嫌いにならなくて」
「――――――――触られた」
「――――――――」
何を、とは聞かない。
というか、聞いたら死ぬ。殺される。
こういう系統の話に関する知識が全くないリュウトでも、僅かに紅潮した美由希の顔を見ればそれ以上の言葉を続けることなど不可能だ。
本能がこれ以上の追求を拒んでいると言ってもいいだろう。
「あう〜〜〜〜」
「ええと、元気出してください……」
「む〜〜り〜〜」
「は、はぁ……」
スタッフルームでだらける美由希と、その隣で右往左往するリュウト。
リュウトとしてはもう少し休憩を取りたいところだが、そろそろ部活帰りの高校生などが多く訪れる時間帯だ。ここで二人も店員が休んでいるのは体裁が悪い。
「美由希さん、気分が優れないようでしたら桃子さんにお伝えしておきますが……」
「いい」
「ですが……」
「いいの、別に悪気があったわけでもないんだし、わたしがいつまでも気にしてられないでしょ?」
「――――そうですね」
よいしょという掛け声と共に椅子から立ち上がる美由希。
リュウトはそんな美由希に苦笑とも微笑ともつかない笑顔を向けた。
「では、行きましょうか」
「うん! これからが大変だよ〜〜! お客さんすごくい多いんだから!」
「それは怖いですねぇ」
確かにこの時、二人の間に大きな壁はなかった。
これが本来あるべき姿であるというように、笑いあいながらスタッフルームを出て行く二人。
「あら、もういいの?」
「うん、大丈夫。休憩終わり!」
「だそうです」
「そう、じゃあお願いね」
だが、運命は――――
「あ、お客さん」
「私が行きましょう、美由希さんはテーブルの片づけを」
「りょーかい――――って、わたしの方が先輩だぞ!?」
「分かってますよ」
そして、この世界は――――
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「あ、はい、一人です……――――え?」
リュウトにとってもっとも優しく――――
「一名様ですね? それではお席の方にご案内します」
「あ…………ま、待って!」
同時に――――
「え?」
「もしかして――――」
もっとも残酷だった。
「――――リュウ君……ですか……?」
「――!?」
そう、運命の歯車は、決して止まることはないのだと――――
「ま、さか――――リエ……さん……?」
世界は、青年に決断を迫る。
第五話につづく
〜あとがき〜
皆さんこんにちは、悠乃丞です。
はい、看板に偽りありの投稿作家が通りますよー。
――――――――ゴメンナサイ(土下座
どこがコメディだこの野郎とか、百合かこの野郎とか、予告なしに前後編かこの野郎とか、様々なツッコミが聞こえてきます。
コメディの予定が中途半端にシリアスになり、最後には存在だけ随分前に書いた女性が登場。私も画面内のカオスっぷりに内心動揺しまくりです。
それにしても、アニーさんは意外と優しい人でしたね。作者の私もびっくりです。
まあ、彼女は姉しかいませんから、弟のようなリュウトが気になるのでしょう。世話ばかりかける不出来な弟という奴ですね。
そして最後に登場した女性。
過去篇に存在だけ出てきたあの人です。
ようやく伏線を回収できてよかったよかった。
後はクライマックスまで加速するだけ――――でもないですけどね。
さて、次回はリュウトの休日後編です。
かつて自分はここに居た。
家族と共に暮らし、友と共に駆け回った。
幼いながらも大切な人を守りたいと願い、この手をずっと握っていたいと願った。
そして、彼女もまたその世界に居た。
少年は少女に淡い慕情を抱き、少女もまた、幼い真直ぐな少年に心惹かれていた。
そう、少年の世界と心が崩れ去ったあの日までは――――
次回、魔法少女リリカルなのは―――暗き瞳に映る世界―――
第三章
第五話 〈リュウトの休日 後編〉
あの日も今も、世界はひどく優しく、ひどく残酷だった。