魔法少女リリカルなのは―――暗き瞳に映る世界―――
第二章
第五話
〈疾風〉
いつになくその会議室の室内は賑わっていた。いや、正確には出席者の一部だろうか。
今、ここでは闇の書事件の終わりを告げる会議が幕を開けようとしているのだった。その証拠に、半円状になった席の中心に最後の夜天の王八神はやてが座っている。
「では、これより闇の書事件の最終審議を始める」
議長席に座っているのは、今回の審議再開の中心人物スコット・カーライル提督。彼は闇の書の起こした事件により、まだ小さかった息子を失った過去を持つ老提督だった。
「諸君。ついに我々、時空管理局に多大な被害をもたらしたこの事件に今日終止符が打たれる。………そう、我らの勝利によってだ!」
その言葉に反応して、傍聴の強硬派の面々から拍手が上がる。
彼ら、上層部幹部たちの座る席はこの二段構造の会議室の二階に位置している。ここは査問会などでよく使われる部屋なのだ。
そしてその部屋の中央、幹部たちから見下されるような場所に位置する席には、八神はやてが座っていた。先ほどからずっと俯いて、身じろぎ一つしなかった。
「八神はやて、まず君から何か言いたいことはあるかね?」
カーライル提督が質問をする。しかし、はやてはただ俯いて首を横に振り、ただ一言答えた。
「ありません…」
その答えにカーライルは満足げに頷いた。
「では、我々からの質問に答えてもらおう」
その後の質問は、はやてを苦しめることばかりだった。
カーライル提督から問いかけられる質問の多くは、自分のしたことをきちんと理解しているのか、と言わんばかりのものばかりで、それはまるで、闇の書がもたらした被害を全てこの少女に擦り付けるかのようなものだった。
過去に起こった事件の詳細、その際に犠牲となった被害者たちの数、そして、11年前のエスティアの悲劇。
今現在、この部屋に前回のような穏健派は存在しない。はやて擁護の中心人物であったリンディやレティも、この場にはいない。
彼女たちは“公正な”審議を阻害する可能性があるとして、出席が認められなかったのだ。
この議場の中で、はやてが知っている人物はただ一人、リュウト・ミナセだけ。
「――――――」
だが、そんなリュウトもただ黙ってはやてを見ているだけだった。審議がはじまって以来、はやてが何度もリュウトの方に視線を向けたが、彼はただ、沈黙するだけだった。
「ごめんなさい…ごめん、なさい…」
そして、カーライルの声に責められるはやては、ただ小さな声で謝ることしか出来なかった。
それだけしか、この場で彼女に許された贖罪の術は無かった。
はやての審議が行われている管理局本局の別の一室で、ある少女たちがゴソゴソと天井の排気口をいじっていた。何故か肩車で。
「ヴィータちゃん! もうちょっと左だよぉ!」
「な、なのは、あんまり腕をバタバタ振らないで…。……落ちるから……お、落ちちゃうから…」
「お前らあぁ! お、重いぞこんちくしょぉぉぉぉ!!」
一番上のなのはが腕をバタバタと上下に降りながら一番下にいるヴィータに指示を出し、真ん中のフェイトはなのはの行動による運動エネルギーを頑張って相殺している。そして一番下にいるヴィータは、上に乗っている少女二人分の重量を支えつつ、よろめきながらも頑張って前後左右に移動していた。
はやての置かれている状況を度外視すれば、なんとも微笑ましい場面である。投稿ビデオならそれなりにいいところまでいくかもしれない。
だが、彼女たちのしようとしていることは、明らかに管理局の規定に違反する行為だった。
そう、彼女たちは拘束されたはやてが心配で、軟禁されているこの部屋から抜け出そうとしているのである。
「ちくしょう!! なんであたしが一番下なんだあああぁぁぁ!!」
「ヴィータちゃん、声大きいよ! バレちゃうよ〜!」
「いや、もうバレてるとわたしは思うんだけど………はぁ………」
こうして部屋の中で微妙に的外れな頑張りをしている事は、すでに外の警備員も気付いているのだろう。それでも止めに入らないのは、おそらくレティの指示。或いは、この不思議な会話を聞いて笑っているのかもしれない。
どちらにしろ、この不毛な行為は誰も止めることなく続いているのだった。
「だって、私は結構手先は器用だし、ヴィータちゃんは力があるからこうしようって決めたんだよ!」
「うっせぇ! アイゼンとお前らじゃ全然ちがうんだよ、バカ!」
「ば、バカって言うほうがバカなんだよ!!
「んだとコラぁ!!」
「ねぇ、もう少し静かにやろうよ…。あとあまり暴れないで、なのは…。ヴィータも」
何故か当初の目的を忘れて、三段肩車のままで口論を始めるなのはとヴィータ。そしてその間で未だに頑張っているフェイトだが、その顔には嫌な汗が浮かんできている。
ヴィータも魔法や身体能力を抑えられている現状では、あまりもたないかもしれない。
「なぁボーズ。あんたアレ止めなくていいのかい?」
「いや、止めるにしても、今はタイミング悪いし…な」
そんな喧嘩風景を苦笑しながら見ていたアルフが、自分の隣で同じように三人を見ているクロノに訊ねる。
しかしクロノは、ただ頬を掻きながら引き攣った笑いを返すしかなかった。
この不思議な行動が始まったのは今から十数分前になる。
はやてが心配になって、ついに部屋から抜け出そうと決意したヴィータを、なんとかなのはが押し止め、そのなのはがヴィータに説得されて協力するようになり、その二人を止めようとしたフェイトもなのはの熱い視線に負け、結局こうなったのである。
人間は極限状況に置かれると訳の分からない行動を取るようになるらしい。対侵入者用のセンサーが張り巡らされ、それ以前に厳重に施錠されている排気口を、どうやって開こうというのだろうか。
「でも…本当に心配だね。はやてのこと…」
アルフが未だに喧嘩を続けている二人と、その真ん中でアタフタしているフェイトを見ながら、少し沈んだ顔になる。だが、クロノはいつもどおりの顔で、ただなのは達を見ていた。
「大丈夫さ。ミナセ提督も会議には参加している。あの人ならどうにかしてくれるはずだ」
クロノはリュウトを信頼している。
それは同門の出だからでもあり、兄のように接してくれた人だからということもあるが、今までリュウトは、約束は一度も破ったことはない。それが一番の理由だった。
「そういえば、リンディ提督はどこにいったんだい? さっき出て行って、まだ帰ってないみたいだけど…」
つい先ほど、このなのは達の謎の行動が始まる前に、レティに呼び出されたリンディはこの部屋を出ていった。どうやら仕事のようだが、詳しくはクロノも知らない。
その後、守護騎士であるシグナム、シャマル、ザフィーラもリュウトの部下が迎えに現われ、それについて行った。その時部下は、クロノに一瞬視線を向けただけで何も言わなかった。
今のこの行動は、その際に仲間はずれにされたと思ったヴィータのどこかが、ついにキレたのかもしれない。
「多分、打ち合わせか何かじゃないかな。提督の仕事はこの部屋にいるだけじゃ無理だしな」
「シグナム達は?」
「リュウトが手を打ったんだろう。結界を張った別の場所に隔離するとでも言ったんじゃないか?」
「ああ…なるほどね。気が小さいお偉いさん方なら、それでイチコロだあねぇ」
全く、嘆かわしい…。そう言ってため息を吐くアルフに苦笑いを浮かべ、クロノは自分たちの状況を再確認する。
実を言うと、クロノの執務官としての仕事もこの部屋にいるだけでは終わらない。他の部署との打ち合わせもあるのだ。だから今は仕方なくその仕事を後回しにしている。
この部屋ではすることが無いエイミィも、珍しく精力的に仕事をしていた。これは執務官補佐としての仕事であり、艦の仕事ではない。だがそれでも大変のようで、たまにため息をついている。
軟禁状態の方が、仕事がはかどるというのはどうなのだろうか。クロノは密かにそう思っていた。
「わっ! わっ! わあぁぁ!?」
「え、なのは!? きゃ!!」
「ば、バカ! 落ちてくるなっ!!」
そんなことを考えている内に、二人の目の前の三段肩車はバランスを崩して倒壊した。最終的にはヴィータの上にフェイト、なのはが倒れこんだ姿になっている。
「ぐえぇ…お前…ら…早く…どけぇ〜」
「ご、ごめん!」
「きゃあ!?」
「ぐえ!!」
「あぁ! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
ヴィータの注意で、彼女の上から退こうとしたフェイトだが、一気にヴィータとなのはの間から退いたため、一番上にいたなのはが再びヴィータに圧し掛かったのだ。
その原因となったフェイトはただヴィータに謝っている。
「…でも、本当に助けたいよ、はやてのこと。なのはもそうだけど、フェイトがあんなに表情豊かになったのは、あの子のおかげでもあるからさ」
「ああ、僕もそう思っている。助けるんだ、必ず」
目の前の風景。三人の少女が笑っているこの風景を作ってくれたのが、はやてという存在だった。そしてもう一人、ここにはいない青年の力も借り、今彼女たちはこうして話しているのだ。
「ほら君達。当初の目的を忘れてないか?」
「そうだよ! 早くはやてちゃんを助けに行かないと!」
クロノに促され、なぜか再び肩車をしようとする三人だが、それは部屋の扉が開いたことで中断された。
僕が言いたかったのはそうじゃない、となのは達の奇行を止めようとしたクロノも、突然現われた人物に驚いたような顔をしている。
視線の集中する中、扉を開けて部屋に入ってきた人物は、彼女たちのよく知った人物だった。
「何やら賑やかですが、お邪魔でしたでしょうか?」
リュウト・ミナセの使い魔である長髪の女性、シグレだった。腰にはいつものように待機状態のデバイスが差してある。
シグレはなのは達三人が何かロクでもない事をしていたとあたりを付け、自分の横で部屋を覗き込んでいる警備担当の局員に視線を向ける。その目は恐ろしく冷たかった。
その視線に晒された局員は冷や汗と愛想笑いを浮かべると、慌てたように直立不動の姿勢に戻り、以降シグレと目を合わせなかった。以前に訓練でシグレにボコボコにされた経験のある局員には、なのは達を弁護することはできなかったのだろう。
黙ったままのその局員を一瞥し、諦めたように嘆息すると、シグレは気を取り直したように部屋に足を踏み入れた。これ以上時間をとられる訳にはいかないのだ。
「し、シグレさん! どうしてここに?!」
自分たちのしていた事を思い出し、慌てて体をピシッと直立させるなのはとフェイトだが、二人の横にいたヴィータは敵意丸出しだった。リュウトのことは今のところ一応信じているが、この使い魔は別だ。何を考えているか分かったものではない。
「てめぇ! 何しに来やがった!!」
だがそんなヴィータの鋭い目線を受けてもなお、シグレは平然としていた。
その態度に触発されたヴィータがシグレに詰め寄ろうとすると、それに呼応するようにシグレは腰にあった待機状態のデバイスを握り締め、警棒のような形のデバイスを腰から引き抜く。
局内では、シグレはデバイスを警棒状にしている。このデバイスの待機形態は二つあり、これはその一つだった。
抜き放ったデバイスをヴィータに突きつけ、シグレはここに来た理由を話し始める。
「今、貴殿を無力化することは容易いことです。出来れば静かにしてもらえませんか? 主殿の気遣いが無駄になってしまいます」
それを、彼女はヴィータに視線を向けながら言う。その目に迷いは無かった。
既に彼女は、自分のデバイス<月光>を握る手に力を込め始めている。ヴィータがシグレの望まない行動を起こせば、すぐにそのデバイスは凶器になるだろう。
「ヴィータ。今は彼女の言うとおりだ。今の君にデバイスはないだろう?」
それに、魔法も使えない。そう言ってクロノが仲裁に入った。
ヴィータは舌打ちしながら明後日の方向を向き、シグレは目を閉じると、月光を腰に戻す。
そして、部屋の全員が驚くようなことを事も無げに告げた。
「では、皆さん私についてきてください」
『はあ?!』
「シグナム殿達も既に向かっているでしょう」
シグレはそれだけを言うと、驚いて固まったままのヴィータたちに背を向け、ドアの方へ向かっていく。
「ちょっと待ちなよシグレ! どこに行こうって言うんだい?!」
なのはももちろん、周りにいたフェイトやクロノ、ヴィータにエイミィ。その全員が思っていたことをアルフが口にした。
それに答えるため、こちらを振り向いたシグレの顔には、彼女にしては珍しく小さな笑みが浮かんでいる。そして、その笑顔はどこか誇らしげだった。
「主殿の戦場へ、ご案内いたします」
「なんとか言ったらどうなんだね! 八神はやて!!」
会議室の中は、とてつもない憎悪の飛び交う場となっていた。全ての出席者とまでは言わないが、先ほどから公明正大を旨とする管理局の会議中とは思えないほどの罵声を、はやてに浴びせていた。
「…ごめんなさい…」
既に、はやての心は限界だった。それでも泣くことはない。そう、まだ微かに彼女の心にはあったのだ。自分の友達が、家族が助けてくれるという、そんな想いが。
それまで、自分も戦わなくてはならない。これも、自分が背負うべき罪なのだから。
「…リュウト・ミナセ提督、君の意見は?」
だが、その言葉で一気にその想いが揺れた。末席に座っていた青年。今まで彼女が信じてきた青年の自分への言葉がどんなものなのか、そんな恐怖があった。そしておそらく、彼の罵りを受ければ、自分はもう耐えられないかもしれない。
そして、カーライルがリュウトに意見を求めた理由はそこにあった。目の前にいる少女は未だに強い意思を保っている。ならばその意思を、少女が信頼していた若き提督の言葉で圧し折ってやろう、そう考えていた。
「…そうですね。そろそろ私も限界だったんですよ」
だが、そんなカーライルの思惑は、リュウトから自分に向けられている視線で掻き消された。
そして、その場にいた全ての人間が、背中に走る寒気と、この会議室の中を満たそうとしている空気に、思わず汗を流す。
「これのどこが、公正であるべきな時空管理局の会議なんでしょうかねぇ。ここで聞こえていることの殆どが子供の喧嘩にも劣る。まったく…、魔法を生きる術としているはずの人々が、魔女裁判とはね…」
その無礼な言葉に注意しようとしたカーライルに、リュウトは今までの殺気を遥かに越える何かを感じた。
青年の目。今その目は細く、鋭く、さながら刃のように光っているように感じられる。瞳の中にある暗闇が、自分を包み込むような感じさえ受けた。
カーライルが、その視線に怯える自分に気付いたとき、リュウトが静かな、しかし会議室すべてに響き渡る声で宣告した。
「提督、あなた方を告発します」
リュウトの言葉はこの会議室にいる全ての人間が予想していなかった言葉だった。部屋の中が一気に騒々しくなる。そして、先ほどまで会議の中心にいたはずのはやては、リュウトの方をただ呆然と見ているしか出来ない。
「おそらく、今の言葉だけで私が何を言っているのか、察しのつく人もいるでしょう」
周囲を一瞥すると、リュウトは目の前にある端末を操作し、会議室の中央大型モニター、はやての上空に浮かび上がるモニターに今まで調査してきたものを映し出した。
「あなた方が、いくつものコネクションを使い管理局に圧力をかけたのは知っています」
それを証明するかのように、モニターの画面にはとある人物たちの画像が浮かぶ。それはある被害者団体に属する被害者遺族の姿だった。
「少し前に、彼らがこの管理局に来訪したようですね。私はその時いなかったのでなんとも言えませんが、既に確認は取れています。そして彼らの言ってきたことは、そこにいる八神はやて君のことに関してだったそうで」
リュウトは更に端末を操作しながら、はやての方を見つめる。はやてはそれに気付き、驚いた。先ほどとは違う、その青年の柔らかい笑顔が自分に向けられていた。
「ここで問題が起きます。何故彼らは管理局が公にしていないはやて君のことを知っているのでしょうか…」
そう言って、リュウトは再びカーライルの方を見る。目線の先にいる老提督の顔には、焦燥の色が簡単に見て取れた。
「被害者たちの関係者に情報を流したのも、すでに調べがついています」
そう、この老提督はある被害者団体に情報を流すことで、彼らの怒りを管理局に向けたのだ。そして、自分たちに影響力の大きい彼らの行動に、管理局上層部がはやての処分を変更した。
「それから、貴方と彼らは他の事件に関しても色々と干渉しているようですね? 以前知り合った、とある人にお願いして色々と調べてもらったのですが、なにやら色々と出てきました」
モニターの中には、ある団体の運営する組織の詳しい資料が映し出された。
「<法の使徒> 彼らは自分たちの事をそう名乗っているそうですね。“かけがえの無い代償を払った我々こそが、真に法の番人であり、使徒である”でしたか? 彼らの掲げるお題目は。発足当初はごく普通の犯罪被害者の相互扶助団体だったはずが、数年前に新しい人物が代表になって以来、行動が過激になり始めた。現代表の名は、ジャンカルロ・クーガー。家族を通り魔に殺害され、団体に加入、と」
大型モニターに、多数の人物の画像が表示される。それは今までに罪を犯し、その後刑期を終えて釈放されている人物たちだった。
「この人たちの件に関して、私はそう詳しくはありません。ですが彼、または彼女たちが起こした事件によって被害にあった方々は、この管理局や別の司法機関の下した贖罪では足りない、そう考えたのでしょう。彼らが仕事に職に就けないよう妨害したり、私生活に影響を及ぼす行動を取ったり、果ては、事故や自殺に見せかけて命を奪っている」
心に深い傷を負った人々が助け合うのは、リュウトにとっても経験のあることだけに悪い感情を持ちえる筈が無い。だが、彼らのやっている事が傷を癒す行為ではなく。新たな傷を増やす行為に思えて仕方がなかった。
「言い掛かりだ!! その証拠がどこにある?! それに、こんなことをしてただで済むと思っているのか? 彼らのバックには…」
「ある企業がついている、でしょう?」
「なッ?!」
カーライルがリュウトに怒声を浴びせ、自分たちに力と資金を与えている存在をちらつかせてもリュウトは全く動揺しなかった。
それどころか、まだ何か隠している様子さえ見て取れる。
「苦労しましたよ。あの人は連絡する度に無茶を言いますからね…」
「何の事だ…?」
リュウトはカーライルの言葉に答えず、モニターを操作した。
すると、今までの資料が掻き消え、新たな映像が浮かび上がる。
それは民間のニュース映像だった。
≪―――時23分! 14時23分です! 只今、<クーガー>グループ傘下の数社に、強制捜査が入りました! 容疑は不明ですが、つい1時間前より強制捜査を受けていないグループ各社も巨大複合企業<ヘンリクセン>グループによる敵対的買収を受けており、すでにクーガーグループは崩壊寸前といえるでしょう! 今回の強制捜査と敵対的買収がほぼ同時に行われたことから、何者かの関与があったと捜査の正当性を疑問視する声もありましたが、強制捜査を主導している時空管理局の報道官は、これを否定。ヘンリクセンのハワード・F・ヘンリクセン代表も同様にこの疑惑を否定しています。これ以降の捜査状況は………―――≫
その映像を呆然と眺めるカーライルに、リュウトは何の感情も篭っていない視線を向けた。
<法の使徒>の資金と力は、事実上失われたのだ。
<ヘンリクセン>のハワード氏とは、数年前に彼の娘が誘拐された際に知り合った。
次元世界有数の複合企業であるヘンリクセンの令嬢が誘拐されたとあって、管理局も当時有名になりはじめていたリュウトを、管轄が違うはずの捜査に加えて事にあたったのだ。
最初はリュウトのことを単なる未熟な若造と見ていたハワードだが、その管理局員としての的確な助言と、子供であるが故の親に対する意見。及び腰の先輩捜査官に激怒したハワードのゴリ押しにより救出作戦をする羽目になったリュウトが、それを成功させた事により完全にリュウトを気に入り、それ以降しばらく自分の養子にならないかと話を持ちかけてきていたものだ。
そして、最終的には娘であるエヴァ・ヘンリクセンとのお見合いを提案してくるまでに至る。
もっとも、当のエヴァが救出時にセクハラをしたと言いがかりをつけたりとリュウトを嫌っているため、その話は完全に宙ぶらりんの状態になってしまっていた。
もっとも、そのエヴァが事件より数ヵ月後に管理局に一般士官候補生として入局したのは、何らかの意図があったとハワードは見ている。その為、ハワードは娘の将来を割と楽観視しているようだった。
だがこの事件は、救出作戦の際にリュウトにもう二度とやりたくないと言わしめた事件でもあったのは知られていない。
今までカーライルの周囲を調べていたリュウトは、管理局上層部の一部がしていた裏の行動も把握することができた。自分は関係していないとしても、自分の所属する組織の裏の部分を見るのは、あまり気の進むことではなかったが。
リュウト自身は非合法行為を嫌う。わざわざ弱点を作るようなものだからだ。
「皆さん、私が以前に言った事、覚えておられますか?」
ニュースを映すモニターを消し、リュウトは滔々と語り始める。
「私は、言ったはずです。すでに闇の書は存在していない」
それは全ての管理局職員が知っていること。だが、それでも罪を求める者たちが、ここにいる。
「罪を負うべきは闇の書です。八神はやてではない」
その罪、闇の書の犯した罪は確かに重い。だが、それは目の前でこちらを見ている少女だけが背負うものではない。闇の書が背負うべき罪だ。
「なのに、彼女はここにいる。自分のすべき事だと、してもいない謂れの無い罪を、ただこの小さな少女は償おうとしている。たとえ、挫ける事があろうとも」
青年は、自分の心の奥に眠る感情を抑えながら、ただひたすらに少女を護ろうとしていた。ただ、ひたすらに。
それこそが、いま自分の生きている理由だから。
「それでも、八神はやては、罪を償おうと前に進んでいる。あなた方のように、立ち止まってはいない!」
少女は初めてみた。自分の視線の先にいる青年が、怒りという感情を表に出す光景を。
そして、それを見ていた少女は涙を流していた。自分の贖罪を認めてくれる人が居ると、ようやく信じる事ができる。
(…やっぱり……助けてくれた…信じて…良かったんや…)
その涙は安心からの涙。それは自分のために怒ってくれた、青年に向けての感謝の涙だった。
「…以上で、議事を終了とします。カーライル提督、貴方も捜査の対象ですので、早急に出頭してください」
会議室の中が静まり返る。そして、カーライルは座ったまま、ただ俯いているだけだった。
机の上に置かれた拳が、微かに震えている。その震えが何から来るものなのか、リュウトには分からなかった。
『失礼します』
その静寂の中、会議室の中に声が響く。それはこの部屋の扉に備え付けられたインターフォンからだった。
そして、その声と同時に扉が開き、会議室の外から飛び込んできた少女たちがはやてに駆け寄る。
「はやてちゃん!」
「はやて!」
「はやて!!」
「主!」
「はやてちゃん!」
「主…!」
なのはとフェイト、そしてその後ろからヴィータを始めとする守護騎士達が、はやてに走り寄っていく。
その表情は、はやてを心の底から心配するものだった。
そんな友人たちを見て、ようやくはやての心に笑みを浮かべる余裕が生まれ始めた。
「みんな………あたしは大丈――――――え?」
「くく、くくくッ…! お笑い種じゃないか…」
議長席より聞こえるその声に、はやてとなのは達は訝しげな視線を向けた。その視線の先でカーライルに異変が起きていた。いきなり笑い出すと、カーライルは手のひらに魔力を収束させ始める。
それは、比較的単純な攻撃魔法だった。
「くっくっははははははは、ははははは!! あっはははははは!!!」
狂気に満ちた笑みをはやてに向けると、カーライルは手のひらにあった魔力の塊をはやてに向けて放とうとする。
呆然と魔力の光を見詰めるはやては、バリアジャケットを着ていない。つまり、今この魔法がはやてに直撃すれば、さして威力のない魔法でも死は確実だった。
「はやてええええぇぇぇぇ!!」
ヴィータがはやてに向けて全力で走り出す。だが、この部屋の大きさと構造が祟った。彼女たちの入ってきた扉からはやてのいる場所まで、かなりの距離があったのだ。
その上、守護騎士たちには魔法を使えないように枷がつけられている。
シグナム達も主を護ろうと急ぐが、それでも彼らの足は一般人と変わらぬ速さでしか動けない。
枷は、彼らの身体能力も抑え込んでいるのだ。
「消えてしまえええぇぇぇぇェェエエェェ!!!!!」
そして、その凶弾は放たれた。その攻撃の速度は通常より速く、かつて幾多の戦を潜り抜けてきた人間のものだった。
最後の最後で、カーライルはかつての力を取り戻し、憎き敵へとその怨念をぶつけようとしていた。
今のはやては、B2Uを所持していないため車椅子で行動している。そんな少女がその攻撃を避けることは出来ないだろう。
「っ!!」
その凶弾を前に、はやては以前リュウトに注意されたことを思い出していた。あれほど敵をちゃんと見ろと言われたのに、自分はまた目を瞑ってしまった。
(ダメやなぁ、わたし…)
そんな事を思いながら、少女は目を開けた。眼前に迫ってくる魔力弾。だが、自然と恐怖は無かった。それは、ある人物を信じているからだった。
(リュウトさん…)
はやてが向けた視線の先で、青年は手を翳していた。
その手の先に、はやては光を見る。
光を見た瞬間、はやての心に浮かんだこと。
それは、リュウトの声と共にはやての心の内に確かに存在した。
(―――怒られてもええ、もう一度だけ、頼っても…いいですか…?)
「ルシュフェル! ラファエル! 盟約を果たせ!!」
そして、その魔法ははやてを巻き込み、炸裂した。
「…くははは。あはははははは!!」
目の前で起きた爆発を見て、カーライルは大きな歓声を上げた。そして、そのまま青年提督の方を見ると、その青年ははやての居たはずの場所を見ている。
「見たか、この若造が!! くははははははは!!」
周りの提督は、既にカーライルを人として見ていなかった。ただ哀れむように見ているだけ。そして、部屋の中央で漂う煙を見つめる。
「はやてちゃん!!!」
なのはが悲鳴を上げ、ヴィータはその場で膝を落とす。そして、自然と涙が出てきた。大切なものを失った悲しみによって。
「は、はやてえええええぇぇぇぇぇぇ!!!」
ヴィータの咆哮。それは議場内に響き渡った。
「は、はやてちゃん…?」
「く、ううう…」
「…盾だと…主を守れぬ俺が…盾…? ―――ふざけるなあああぁああぁぁぁ!!」
その後ろではシャマルが口に手を当て涙を流していた。シグナムも小さく呻いている。
ザフィーラは自身の名に涙し、吼え、拳を床に何度も叩きつけていた。
悲しむなのはの横で同じように泣きそうな顔をしていたフェイトは、晴れていく煙の中に光があることに気付く。フェイトが少し声を漏らすと、その周りにいた全員がそれに反応した。
「光…。蒼と緋の光…」
そして、煙が完全に晴れたとき、カーライルは自分の目を疑った。はやては、光に護られていた。
いや、正確には二人の女性によって護られている。
はやての前にお互い向かい合うように立った二人の女性、片手を繋ぎながら右に立つ一人の女性は右腕を翳し、左に立つもう一人の女性は左腕を翳していた。
その前方に差し出され、交差する腕の上に緋の防御陣と蒼い防御陣が重なるように展開されている。
「――――――」
目の前にいる女性二人を、はやてはただ呆然と見ていた。一人は緋色の長い髪、もう一人は蒼い短い髪の女性。
だが、その二人は今にもそこから消えようとしていた。少しずつその姿が光の粒となり空に溶けていく。
その消える直前、二人の女性は同時に振り返りはやてを見つめる。
「あ…」
その瞳は髪と同色。そして、優しさに満ちていた。そして暖かい微笑みを少女に向けると、彼女たちはそのまま消えていった。
「は、はやてちゃん!!」
呆然とするはやてに、なのはが最初に飛びついた。
はやては小さな悲鳴を上げるが、なのはの顔を見て、笑みと涙がこぼれた。いつの間にかヴィータも負けじとはやてにしがみ付き、大声で泣いている。
守護騎士たちも同様に涙を流し、主の無事を心から喜んでいた。
そんな中でフェイトは静かに近づくと、やはり涙を浮かべる。
「おかえり、はやて」
その言葉は、フェイト自身が言われてうれしいと思った言葉だった。それの言葉に答えるべく、涙を流しながら告げる。
「ただいま、フェイトちゃん」
そして、かつて闇の書に選ばれ、最後の夜天の王となった少女は、ただひたすらに涙を流した。
「どういう…ことだ?」
カーライルは目の前で再開を喜ぶ少女たちを見ながら、何度も呟いた。先ほどの女性は一体なんだったのか。何故アレを護ったのか。そればかりが脳裏を回り続けている。
「簡単ですよ。貴方の負け、ということです」
だが、そんな思考は青年の声で途絶えた。そして気付く。自分の周りに、結晶の壁があることに。
そして、自分の後ろに、先ほどまで自らの視線の先にいたはずの青年が立っているということに。
「クリスタルケージです。貴方ではこれを破壊することは出来ない。観念してください、スコット・カーライル」
その結晶の檻の中で、カーライルはただ笑っていた。壊れたレコーダーのように、その笑いが止まることはなかった。
「前に進む、か。我々はそんなことすら出来なくなって居たのかもしれんな」
席に座っていた幹部の一人が言った。その提督の少女たちを見る目は、とても穏やかだった。
それに賛同するかのように他の出席者たちも頷く。先ほどのカーライルの行動が、リュウトの言葉と共に効いたのだろう。
すべての出席者に届いたわけではないだろうが、それでも、前に進むことを選ぼうとする者たちがいる。
「立ち止まっているのだろうな。我々は…」
「ならば、歩き出さねばな。未来の希望を守るために…」
彼らの声を聞きながら、リュウトははやて達を優しい目で見守っていた。そして、先ほど自分の傍らに来たシグレもまた、同じ気持ちで少女たちを見ているのだろう。
「八神はやて、彼女ならば闇を祓ってくれるだろうか」
一人の提督が、自らの抱いた疑問を口にする。それに答えるために、リュウトは口を開く。だが、視線は少女たちに向けたままだ。
「祓ってくれるでしょう。彼女なら闇を祓う疾風になり、蒼き空を見せてくれる…」
そう答えながら、リュウト疑問を問いかけてきた提督の方を向き、微笑む。それにつられて、その提督も僅かに口元を歪め、それはやがて笑みとなっていた。
「ならばわしは、彼女の未来を信じよう」
それを聞いてリュウトは頷くと、シグレと共に議長席を降り、はやてたちの方へと歩いていった。
それに気付いたのははやてのもとに最後に来たリンディだった。彼女は武装局員を連れて、先ほどここに到着したのである。
「ではリンディ提督。彼のことはお任せします」
「ええ、分かったわ。お疲れ様、リュウト」
そう言って、リンディは局員にカーライルの拘束を命令する。何人かの局員が議席に上がり、クリスタルケージごとカーライルを拘束した。
そして、その光景を見たリュウトはようやくはやてに視線を向ける。それに気付いて、はやてはこちらに近付いてきた。
「リュウトさん! ホンマにありがとうございました!!」
車椅子の少女は、今までの感謝の気持ちを素直に口にした。その少女の後ろではシグナムが頭を下げている。それはシャマルも、ザフィーラも同じだった。
ヴィータはなのは、フェイトと共にリュウトの元に歩み寄り、なのはに促され、俯きながらも礼を告げた。
「………ありがとう…」
それを見て、リュウトはヴィータの頭を優しく撫でる。
そのリュウトの顔は酷く穏やかだった。なのはもリュウトにしがみ付き、感謝の言葉をずっと言っている。フェイトは、ただ笑顔でリュウトを見ていた。そして、リュウトもまたフェイトに優しい笑顔を向ける。
そこには、誰も感じる事のない風が吹いていた。
「ミナセ提督!!!」
穏やかな空気を切り裂くように、その声は響いた。
その声に扉へと視線を向けたなのは達に、顔色を変えたクロノとユーノが駆け寄ってくる。その後ろには、一般の局員の姿があった。
「報告します!! 先ほど、第149観測世界にて、中規模の次元震を確認しました!!」
クロノ達の後ろにいた男性の管理局員が、息を切らしながら告げる。そして、リュウトは局員に対して冷静に状況を確認する。
そして、事態の急変に動揺の色を隠せないなのは達に、クロノとユーノが説明する。
「管理局はアレの存在を勘違いしていたんだ」
そう話すクロノの顔は苦渋に満ちていた。仕方なかったとはいえ、はやても助けられず、この事態も見過ごしていた。それが悔しかった。
「勘違いって、どういうこと?」
なのはの質問に答えたのは、無限書庫からここまで全力疾走してきたユーノだった。途中でクロノと合流し、彼に状況説明をしていたのだ。
「<メイガスの鍵>は次元の扉を開くためのものじゃない。閉じておくためのものだったんだ…。こんな安易なミスに、管理局は踊らされていた。多分、鍵を研究したがった人たちは、扉を開く特性ばかりに目がいって、それが本来の機能だと誤認してしまった。副次的能力であったはずの次元の壁を越える機能の方が遥かに有用で、その所為もあるんだろうけど…」
ユーノの説明を、クロノが引き継ぐ。
「研究者が手に入れた情報は、後世の研究者が<メイガスの鍵>を研究したときのもので、本来の機能には全く触れていなかった。或いは触れていたのかもしれないが、残っている情報の中には無かった。その結果がこれだ」
しかも、すでに鍵は封じられていた何かに取り込まれている可能性が高い。ユーノがそう付け加えた。
クロノの話に、なのは達の動揺は増すばかりだった。
リュウトも局員から報告を受ける度に、各部署に情報を求め、通信端末を操作している。
だが、そのさなかに、新たな報告が飛び込んでくる。
「第154空域に小規模な次元震を多数確認!」
そして、その局員の詳しい報告が終わると、その会議室にいた幹部たちに今の状況を告げた。
そう、鍵が動き出したということを、ただ冷静に………
「直ちに即応可能な艦を向かわせろ! アレは闇の書以上の被害になりえる!」
管理局内の通路を早足で歩きながら、リュウトは自身の指揮下にある部隊に出動を命じていた。
その命令をリュウトの部下たちが各部署に伝えていく。
シグレもリュウトの意思を伝えるべく、管理局中を走り回っているだろう。
「教導隊も出してもらうしかない。この状況で遊ばせていられる戦力など無い」
「ですが…」
「申請すれば通る。その為の最強集団だ」
「は…」
「教会へはどうなっている?」
「すでに管理局の名で協力依頼を出したようです。………彼らが受けるかは分かりませんが」
「受けるだろう。今回の件に関しては、連中も同じ穴の狢を飼っていたからな」
普段の温厚な口調は、その教導隊での教育を含めた訓練により形成された厳しい口調に変わっていた。なのは達が見れば、驚くのは間違いないだろう。もっとも、こちらの喋り方は部下を率いる上の演技なので、特に問題はない。
先の会議以降、時空管理局は慌しくなっていた。
次元航行の部隊においては、リュウトの命令により、当直で待機命令を受けていた次元航行艦艇が各々係留された場を離れ始めていた。
それに合わせるように、現場周辺で哨戒に当たっていた艦艇も急行している。
彼らは先行し、より正確な情報の収集に当たるのだ。
アースラを含む多数の艦艇にも、管理局より出航命令が下った。彼らは艦隊を編制し、主力として事の対処に当たる。
そして、数隻のL級巡航艦にはアルカンシェルの搭載が決定し、すぐに取り付け作業が始まった。
地上部隊にも出動が命じられ、おそらく出現するであろう魔法生物に対する防衛網を構築する。
その他にも幾つかの命令を下したところで、リュウトは自分の執務室に入った。
その時には、リュウトの周りに部下たちは既に一人もおらず、己の任を果たすべく奔走している。
リュウトは執務机に座ると、すぐに端末を操作した。
その先に繋がっているのは、かつての古巣。
「主席執務官、リュウト・ミナセです。その場の最上級者に繋いでください」
リュウトの声で、通信先の部署は騒然としている。それは、かつての仲間が珍しく連絡を寄越したこともあるだろうか。
そう考えていたリュウトの耳に、よく知る人物の声が聞こえた。
『よお、リュウト。戻ってくる気になったか?』
「今の本局でそんな台詞を言うと、場合によっては処分されますよ」
『だろうな。しかし、大騒ぎだなぁおい』
通信先の人物は、この状況でもいつもとなんら変わらなかった。
もっとも、リュウトにはそんな事は分かっていたので、特に感想はない。
「理由はそこらの端末でも覗いて下さい」
『知ってるよ。上層部のバカがバカをやった。それだけだ』
リュウトはその言葉に苦笑いを浮かべた。本当にこの人物は変わっていない。
「私もその一員ですが、それはいいです。今回連絡したのは、そんな事はどうでもよくなることですから」
『ああ? そろそろ俺も引退したいんだ。面倒な事はさっさと言ってくれ』
リュウトの口に、笑みが浮かぶ。
「それは良かった。最後の華を咲かせられますよ。教導隊の責任者さん」
『はあ? どういうことだ』
その答えは簡潔だった。それだけで話は進む。
「―――出てもらいます」
『―――何人連れて行けばいい? 5人か、10人か?』
通信先から、僅かな間を空けて問いが返ってきた。彼も状況を理解し始めたのだろう。
だが、リュウトから告げられた答えは、予想を遥かに超えていた。
「出来うる限り、全力で」
『はあ?!! おい! 全力だぁ? マジでか?! そんなにヤベェ相手だってのか?!』
その疑問は当然だった。
管理局最強の部隊。一騎当千の猛者が集まる教導隊を投入する。しかも、出し得る限り全戦力。そんな事はありえない。あってはならない事態だ。
『冗談じゃ……ねぇよなぁ』
「しばらく会わない間にボケましたか?」
『チッ! 言いやがるな…』
その言葉を聞きリュウトは真剣な表情で、通信先の人物に話しかける。
「リーダー。私はこの現実を冗談や夢にしてくれる神が居るなら、すぐにでもその神を崇めましょう」
『………』
「ですが、私は神よりも貴方の方が頼りになると思ってるんです。期待を裏切らないで頂きたい」
『無神論者どころか、神を殺さんばかりのお前さんがそこまで言う相手か…。なら、相手にとって不足はねぇな』
通信先から聞こえてくるその声は、どこか楽しげだった。
リュウトもその声につられて、僅かに笑みを浮かべる。
『その代わり…』
「なんです?」
リュウトは通信先の人物が、自身もよく知る好戦的な笑みを浮かべているとすぐに分かった。そして、出される条件も。
『ウチの連中と手合わせしてやってくれ。新入りもいるんだが、まだまだでな』
「スケジュール次第ですね」
『それだけで十分だ。…それにしても、どっかに有望株はいねぇかね。可愛がってやった坊主はすぐに転属しちまうしよ』
「元からそういう予定でしたからね。有望株なら、4人ほど知ってますが…」
「お前の弟分と、その後輩たちだろ。知ってるさ。俺としては、そんなかの高町って嬢ちゃんに期待してるんだが…」
「なのは君ですか…」
『おう。お前と同じ世界出身で、同じ匂いがするぞ』
その言葉に、リュウトは押し黙った。
なのはの力は、確かに同年代の頃の自分と重なる。それは、あの三人に言えることだが。
「彼女は正式な局員ではないでしょう。まあ、本人次第ですから、私は止めませんよ」
『よっし! 言質は取ったな。可愛い子は大好きだぞ。さすがに小さすぎる気もするが、まあそれはそれでいいし、やっぱり仕事場には潤いが―――』
「監査担当者によろしく。セクハラは意外と後に響くそうですので、退職届はお早めに」
『まてええぇぇぇい!! 冗談だ! 気にするな! その手を離せえぇぇ!』
リュウトはその声に、端末に触れていた手を離した。然るべき部署に告発すべく、通信記録を送信しようとしていたのだ。
無論、一切の躊躇いもない本気である。
リュウトの言葉を相手なりに翻訳するとこうだろう。
―――とっとと消えろ、この害虫。
『冗談の通じないヤツめ。だから恋人が出来んのだ』
「ほう…」
『悪かった。手を離せ』
「冗談は結構。それでは、よろしく」
『冗談ってお前………はあ………まあいい、命令はすぐ出るんだろう?』
「一時間もいらないでしょう」
『了解だ。それじゃあ、またな』
「―――あと一つ」
リュウトは、そう言って通信を切ろうとする相手を止めた。
相手はリュウトのその態度に、訝しげな沈黙を返してくる。
「“例のやつ”を使うかもしれません。その時は、よろしく」
『!! ―――そうか……分かった』
「お手数かけます。それでは…」
リュウトは言い終えると、通信端末に手を伸ばす。だが、今度は相手がそれを止めてきた。
『おい』
「………」
『リュウト。手合わせ、俺も楽しみにしてるからな』
「………」
『―――死ぬなよ』
通信は、それだけ言って切れた。リュウトが決して返事をしないであろう事が、相手には分かっていたのだ。
その言葉を噛み締めるように、リュウトはただ無言で目を閉じた。
その一時間後、教導隊を含めた武装隊の精鋭を乗せ、主力艦隊は戦の海原へ出航した。
第六話につづく
〜あとがき〜
皆さんこんにちは、悠乃丞です。
すみませんが、ここで一言。
長いわ!! シリーズで現二位かよ!
以上。ありがとうございました。
そして、謝らなければならない事があります。
ごめんなさい。第二章が終わりません…(平謝泣
伸びに伸びて現在二話延長決定。展開によっては更に伸びます。うわーお。
……………。
マジでごめんなさい。見捨てないで下さい。そして、シリアスだけを書けない私を許して下さい。
おのれセクハラオヤジ…。
それともかく、現在次の話も書きあがらんとしているところです。でも、二話同時更新の予定はないですけどね。
皆さんの希望&応援次第では、テレビの最終回二話連続放送なんて事みたく、リョウさんの迷惑も顧みずに、『第二章完結おめでとう本当に終わってよかったね記念最終回二話同時更新!』なんて長ったらしい名前の企画をぶち上げるかもしれません。
リョウさん、そうなったらごめんなさい。ていうか、いつもごめんなさい。
これからもよろしくお願いします。いや、マジで。クロスオーバー第二弾とか構想始めちゃってるし…。
さあ、頑張って書こうじゃないか自分、先は長いぞ。
次回はまた会議。そして、リュウト君の過去を形成する人がまた一人登場。でも、一発キャラっぽい。それにしても十年は長いなぁ。過去編も書きたいなぁ…。
リュウトっていろんな事したりさせられたりしてるからなぁ。ハリウッドもビックリのスタントとかやってそうだ。さすが主人公。
でも、第三章からは目立たなくなる可能性があるから今のうちに目立たせなければ…。
それでは皆さん、次のお話で会いましょう。