「魔道は信じる者のみに道を開ける」




  北風は不思議な歌を歌っていた。

 音程も、抑制もその歌には存在しない。

 唯単に紡ぐだけの歌、しかしそれは鮮烈な響きを持って耳へと届く。

 それは魔道の歌、魔術士も魔法使いも最初に教わる昔話。




 「夢は夢に、魔は魔に還る 古よりの血の契約 我は命の咆哮あげる
  されど我はこの血に誓う かならず魂、此処に還る そして愛する汝も元へと帰る」

 「変な歌」

 「否定はできないよねぇ」




  それを横で聞いていた紫苑は、呼んでいた本を閉じながら言う。

 対する北風は、笑顔で返す。

 一瞬それが紫苑には人外に見えた。

 だがその影を振り切って、紫苑は言う。




 「だいたい何の歌さ?」

 「戦の歌であり、祈りの歌であり、召喚の基本の聖言だよ」




  意味不明な言葉を、歌うように北風は言う。




 「火薬の庭より来る火炎
  氷海より呻く冷気。
  水は広がり、時を進める。
  滅びの風に歌う風音。
  稲妻によって憤怒を砕く。
  腐りし大地より蘇る」

 「…………なにそれ?」

 「けど、これが縁起良いと言う人もいるんだよ?
  これは壊れた世界の中にも、希望や意思は生きている、そう言う意味なのだから」




  魔法使いが杖を振るうような動作をして、北風は帽子を被った。

 筒のような形の帽子は、彼の目を隠す。




 「それが魔法、そして――――」











  ―――――意思の力、人の力さ。























刻の後継者 第二話 『戦場 ―平和の裏は――』











 「暇だ……………」




  白いカーテン、白いベッド、白い壁。

 異様なほど白一色の部屋の中で、紫苑は呆然と呟いていた。

 言うまでも無く病室である。

  携帯ゲーム機で遊び始めて既に3時間。

 見舞いも来なければ、医師も看護婦も来ない。

 挙句個室のせいで、紫苑はとても退屈していた。

  ちなみに足にギブスがされていて、で歩く事すら出来ない。

 一度、松葉杖を使って出歩いたのだが、それを見つかって病室に戻されたあげく杖は取り上げられてしまった。

 杖が無ければ出歩く事などできるはずが無い。




 「ああ、暇だ…………」




  恨めしいほど真っ白な天井を見て、ため息をついた。












 「よし、上げろ」




  整備主任の朝河祐平が、クレーンを動かしている整備員に指示をだした。

 そしてクレーンはシメオン壱号機の左手を吊り上げる。

 そう、そこにはシメオン壱号機が倒れていた。

 元々ズタズタだったのが、さらに悪化している。

  左腕は肩から取れ、頭部装甲は取れ弐号機や参号機と同じ素体がむき出しになっている。

 装甲は所々が削れ、オイルの茶と人工血液の朱で壮絶な塗装が成されていた。

  向かいには、コックピットカバーを外されたシメオン五号機が倒れている。

 頭部の装甲が吹き飛んで、コックピット付近の装甲がへこんでいる。

 よく見ればコックピットカバーも大きくゆがんでいた。




 「しかし、もう動かないですよね、壱号機」

 「壱号機はもう動けない、はず、だ」




  既に壱号機の人工筋肉はすでに崩壊している。

 人間で言えば筋肉疲労を超え筋肉が引きちぎれているようなモノなのだ。

 だがすでに動けるはずが無い、とは言い切れなかった。

 現に一度、動いている。




 「今度御払いでもしてもらおうか、月野?」

 「それでなんとかなるのでしたら」

 「冗談だ、ジョーダン」




  シタンは両手を挙げて『降参』のポーズを取る。

 それに視線すら向けず、月野は歩き出した。

 すぐにシタンが月野を追う。




 「なんで怒ってるんだ?」

 「あの子供の事です! これでシメオンのパイロットは三人、全員子供じゃないですか!?」

 「『俺』もアイツもいるだろう?」

 「それとこれとは別事です! 彼は顔すら見せないじゃないですか!」

 「………アイツはアイツだ。決して俺達が命令できるような次元にいない。
  もしかしたら、人間で無いのかもしれないな」




  シタンが顎をさすりながら言う。

 月野は作業帽を被って、後ろを見る。

 そこには、筒のような帽子を被った少年がいた。




 「いたのかよ」

 「どうもお待たせしました『アイツ』です」




  人の姿をした、人では無き者が微笑みながら言った。





















  シメオン参号機の回収現場。

 静はそこでシメオンの右手に腰掛けていた。

 思ったよりシメオン参号機は損害を受けていない。

 背骨は整備員が何度も訓練をし、その修理にはなれている。

 人工筋肉も千切れてはいない。

 放棄決定ではなく、修理だろう。

 とても静は嬉しかった。

  まだこのシメオンは、自分の愛機なのだ。

 すれた傷跡がある人工筋肉の手は硬く冷たかったが、静はそれを心地よく感じた。

 しかし………

  シメオンの暴走は、怖かった。

 静はそれを思い出し、震える。

 悪夢だったらどれだけ幸せだっただろう。

 しかし現実なのだ。

 シメオン五号機は暴走し、そして―――










  美野里は弐号機のコックピットの中で、OSチェックを終えてやっと一息ついた。

 すでに何度も、何度もチェックをしている。

 何かをしていないと、あの悪夢が脳裏をよぎるのだ。

 シメオン五号機、シメオン壱号機、そしてオーガの屍。

 瞬間、美野里はキーボードを操作する。




##########################################################################

パスワード 『※※※※※※※※』
パスワード認識………… OK
マスター『ミノリ』と確認

OS Ver1.0.15
 1 シメオン起動
 2 モード選択
 3 その他

ミノリ>>2

………OK

モード選択
 1 オペレーションモード
 2 メンテナンスモード
 3 その他

ミノリ>>2

… … …   OK
メンテナンスモード起動します


メンテナンスモード
 1 マスター変更
 2 システムチェック
 3 プログラム追加/削除
 4 その他

ミノリ>>2

… … …   OK
全システムチェック開始
現在0%………

##########################################################################




  もう一度OSをチェックする。

 問題はもう無い。

 だが、もう一度したかった。

 弐号機も、五号機のように暴走する。

 OSに問題は無いだろうが、それは絶対ではない。

 もしかしたら暴走の原因はOSにあるかもしれないのだ。

  ――――違う。

  自分が頭に浮かべた言い訳を、美野里は自分で打ち消した。

 暴走したシメオンの姿を、思い出したくない。

 OSが原因なはずがない、あんな壮絶なものがたかが機械に出来るはずが無い―――

 あれは間違いなく、人や獣の闘争だ。

 間違いなく、命ある怪物の戦い。





 「……………」




  OSメンテナンスモードが終了した。

 異常無しの報告メッセージを消し、OSを停止させる。

 美野里はシメオンのハッチを開け、2時間ぶりに外の空気をすった。

 弐号機の修理は大部分を終えている。

 あとは少々の調整だけである。

  すでにランナーとしての調整は終えたので、残りは整備員に頼むしかない。

 まだ、この苦しい時間は続く。











 「で、シメオン壱号機の自律起動の原因は分かったか」




  シタンは自分の席に座りながら、月野の方を向いていった。

 対する月野は横目で『アイツ』を見る。

 そしてゆっくりシタンに向きかえった。

  闇に支配された部屋の中で、月野の報告の声だけが聞こえる。




 「人工筋肉が崩壊しているのとは別に、使われていない筋肉が腐食していました」

 「なるほど、エネルギーは使わない人工筋肉を化学変化させて作り出していたのか。
  …それで問題のOSはどうなっている?」

 「解析不能です。 しかし『トランス』能力無しの起動というコトは、『ブラックボックス』への干渉は無いでしょう」

 「そうか………だが念のためだ。 壱号機の『ブラックボックス』は使用不可能にしておこう」

 「それで、もう動かない、と?」

 「知らんよ、念のための処置だ。 確信などあるものか」




  シタンは自分のカップでコーヒーを飲み、壱号機の重要書類を取り出した。

 内容は単純で、『不明』の大盤振る舞いである。




 「やはり『EX・NO・01』そのものは作れない、か」

 「今の科学でも、解析不能な部品や素材がつかわれていますからねぇ」

 「かろうじて『ブラックボックス』のコピーはできたが……」

 「ええ、あれではイミテーションにもなりません」

 「『魔王』はフォルテを急いでいる。 02の模造品を、な」




  シタンが言った言葉に、『アイツ』は微笑む。

 そして小馬鹿にした口調で言った。

 楽しげにでは無く、まじめな口調で。




 「本音をいってください、フォルテはもう開発し終わったのですか?」

 「いやまだだ、『トランス』能力無しで『ブラックボックス』を起動させる。
  フォルテに最低限必要な機能が完成していない」

 「それなのに生産ラインに上げる気ですか?」

 「ああ、そのようだ。
  ランナーに投薬して、擬似的に起動させる事はできるらしい」




  苦々しい口調で、シタンは言う。

 投薬といっても、風邪薬などの生易しいものではない。

 簡単に人間一人壊せる劇薬なのだ。

 それを簡単に使う、ギゲルフの気がしれない。

  事実を聞き、『アイツ』は眉をひそめる。

 重苦しい空気を感じながら、月野は口を開いた。




 「正気ですか?」

 「奴は世界を守るためなら、人間一人をゴミのように捨てれる奴だ。
  この程度の犠牲なら問題ないと、やつなら笑いながら言えるだろう」

 「問題はこれからだ。
  ―――フォルテが三機、日本に輸送されてくる」




  少しの間、月野はシタンが言っていることが分からなかった。




 「はぁ?」

 「フォルテ、つまりFシリーズの『カトレア』『クロッカス』『カサブランカ』の三機が輸送されてくる」

 「参、四、六号機を?」



 フォルテシリーズ、『システム』本部製作『スズラン』
 フォルテシリーズ、『システム』本部製作『タンポポ』
 フォルテシリーズ、『システム』支部製作『カトレア』
 フォルテシリーズ、『システム』支部製作『クロッカス』
 フォルテシリーズ、『システム』支部製作『サクラ』
 フォルテシリーズ、『システム』本部製作『カサブランカ』



  あくまでフレーム自体は『システム』本社で製作され、その名前もその時に決定した。

 だが装甲や兵装、それらの細かい部分を製作した支部が製作した場所となっている。




 シメオンシリーズ、『システム』日本支部製作『弐号機』
 シメオンシリーズ、『システム』日本支部製作『参号機』
 シメオンシリーズ、『システム』日本支部製作『五号機』




  シメオンは三機、日本で『製作』されている。

 フレームから何まで日本、だが例外もある。




 シメオンシリーズ、『システム』本部製作『零号機』
 シメオンシリーズ、『システム』本部製作『壱号機』
 シメオンシリーズ、『システム』本部製作『四号機』
 シメオンシリーズ、『システム』支部製作『六号機』




  はっきり言って、シタンには日本支部製作のシメオンしか使う気がしなかった。

 特に本部のシメオンや、本部で基本部分を製作されたフォルテなど何が仕掛けられているか分かったものではない。

  現に、壱号機は暴走した。

 その原因は不明とされている。





 「やはり人工筋肉だろうな」

 「確かに、弐号機の人工筋肉と壱号機の物は似て、全く違うものでした」

 「………やはり直接培養した奴か……」

 「間違いなく」




  月野が言うと、シタンは黙り込んだ。












  無理やり動かした体は、関節が痛んだ。

 紫苑は差し入れのドリンクをのんでみる。

  ………生温かった。




 「まずぅ…」




  紫苑は思いっきり嫌そうな顔になる。

 シメオン五号機の暴走により受けたダメージは、関節をはじめ全身を痛めつけた。

 彼は気づいていないが、かなりの量の薬品が投薬されている。

 異常同調による、精神と肉体のずれを修正するためにさまざまな薬品が必要だったのだ。

  本人すら気づかない程度だが、指などの反応速度が低下している。

 まだ体は回復していない。

 彼は、手術で使えなくなった筋肉の一部を交換しているのだが、その違和感すらなかった。










 「紫苑は回復できるのか」

 「出来なければ、シメオンを放棄するしかありません」

 「シメオン五号機か?」

 「あれは壱号機と、あの機体を除けばもっとも01に近い兵器です」

 「………まさか」

 「はい、五号機の人工骨格は01の装甲の一部から削りだして作り出されました。
  そう、あれを扱えるのは01の適正者のみです」

 「全く、あいつめ。 とんでもない土産を残して………」

 「彼は02の存在と『彼女』の事を教えてくれただけですよ」

 「分かってはいるんだが………」










 「――――うん、そうだね、分かってる、じゃ、それじゃ」




  紫苑は受話器を置き、公衆電話から離れる。

 電話していた相手は祖父で、父親の紫譚の事は隠して、病院に入院している事を話した。

 紫譚を迎えに行く途中で、ブリッジ上でおきた『交通事故』に巻き込まれた事となっている。

 祖父は仕事などが忙しく、来られないそうだが心配してくれている事は分かっていた。




 「まあいろいろ忙しいだろうし、しかたないか」




  自動販売機で購入したスポーツ飲料を飲みながら、紫苑はエレベーターのスイッチを押す。

 そして、すぐにエレベーターは開く。

 エレベーターの中には緑色の髪をバンダナでまとめた少女、水面静がいた。




 「あ、あ、あの………」




  紫苑は少女が動揺するその横を通り、自分の病室の階のボタンを押そうとした。

 だがすでにそれは押されている、考えれる事は一つしかない。




 「もしかして、見舞いに来てくれたのか?」

 「え、ええ」




  静は自分の持った、中身により歪に膨らんだ鞄を紫苑へ渡す。

 中身はたくさんの雑誌や、飲料水が入っている。




 「これは見舞い品」

 「うれしいけど、どうしてこんなにたくさん………」

 「助けてもらったお礼も兼ねてますから」

 「けど、いくらなんでも………」




  紫苑はペットボトルのジュースを見つめた。

 1リットルの優しいものではなくパーティー用の大きなペットボトル、しかもコカコーラ。

 入院中の人間の見舞い品とは到底思えない、多人数パーティー用のドリンクだった。




 「俺に、これを飲め、と?」

 「無理、ですか?」

 「いや… 常識で考えればおのずと答えは出ると思うぞ」

 「そうですか………」




  彼女特有のねじれた感性に影響されたのか、紫苑はすこし眩暈がした。

 軽い浮遊感の後にエレベーターが停止する。















 「他の機体は?」

 「『Dシリーズ』ですね。
  『Fナンバーシリーズ』は『シメオン』と全く同じシステムです。
  『Vナンバー01』も『EX01』と性格的には逆ですが類似しています、使用は可能でしょう」




  『アイツ』がそこで眉をひそめた。



 「どうした?」

 「二機目はどうなっているのですか?」




  シタンと月野が黙った。




 「完全にはまだ遠いが、しかしいずれ、というコトですね?」

 「ああ、その通りだ。 実によく分かっている、むかつくぐらいにな」

 「もう、時間は、無い――― な」




  瞬間、『アイツ』は部屋から姿が消えていた。

 最初から居なかったかのように、忽然と、そして唐突に彼はいなくなる。

 それを見て、シタンがため息をついてから言った。




 「何でドア開けて出て行かないかな、あいつは」

 「ドアを開けるのは生き物です、開けないのはそれ以外ですよ」




  月野がそういいながら部屋の明かりをつける。

 暗闇に慣れていた瞳がその明かりに反応し、視界が真っ白に染まった。








  紫苑の病室は個室でかなり広い。

 その広さは4人で一つの部屋を使っている、普通の病室を馬鹿にしているようだ。

 システム関係者専用の特殊な病室で、警備は厳重である。

 しかもこの病室だけの専属の医師までいるのだ。

  他の病室とは格が違う。

 なぜなら紫苑は間違いなく、世界で数えるほどしかいないトランス能力者と確認されたからだ。

 ゆえにこんな病室に入ることとなったのである。




 「で俺は『システム』とやらに入ることが決定したわけか。
  本人の意思など無関係にね―――」

 「………すみません」

 「君に言ってるわけじゃないよ、むしろアイツを一発殴ってやりたい気分だ」

 「アイツ、ですか?」

 「ああ、気にしないで」




  改めて自動販売機に買いに行ってもらった缶ジュースの飲みながら、紫苑はベッドに座り込んだ。

 病的といってもいいほどそのシーツは白く、部屋そのものが白一色。

 例外といえば置かれたTVと冷蔵庫程度である。




 「そういえば退院まで3日かかるそうですよ、筋肉などが多少壊れてしまったので人工培養した筋肉と交換手術したそうです」

 「えっと、つまり俺って」

 「生体部品のサイボークですね、まあ人工培養って言っても貴方の細胞を使っているので拒絶反応を抑える処理はしていません。
  今ではよくあることですよ、壊れた体の交換なんてものは」

 「………全く違和感が無いんだけど?」

 「それは痛覚を抑える薬の副作用、普通なら違和感で3日は苦労します」




  静はゆっくりと自分の右袖を上げた。

 晒しだされた右腕には、つなぎ目がある。




 「シメオンの演習の時に、事故で壊れてしまいました。
  最近やっと神経系の回復が終わってきたところです」

 「壊れたって―――」

 「“よく平気で言えるね”でしょう?
  今の医学ではこれぐらいは当たり前です、内臓を病んだ時の為に自分の予備の内臓を作ってある人もいるんですから」

 「―――うぇ」

 「“作って”とは言ってますけど、つまりは細胞を冷凍保存しておいて必要な時にそれでクローンを作るというコトですよ?」

 「よ、よかった」

 「もしかして肉屋みたいに並べられているとでも思ってました?」

 「すこしね」




  自分でも考えてしまった恐ろしい光景に紫苑はぞっとした。

 それはかなりアニメ調で現実味に欠けていたが、かなり恐ろしい光景である。

 静がそれを否定してくれたおかげで紫苑は助かったと思っていた。




 「怖い想像をしますね」

 「……………」

 「ああそう言えば、そろそろ彼女も来る頃なんですけど………」




  静が部屋にある時計を見てそんな事を言う。

 それが合図だったかのようなタイミングで、廊下から駆け足の音が聞こえてきた。

 病院では静かにするべきだろうに、かなりうるさい。




 「はーい!」




  病室の扉を蹴りで開けて、美野里が入り込んできた。

 その両手にはかなり大きな袋を持っており、それで手が使えなかったのだろう。

 しかしそれを一度床に置けばいいだろうに、何故蹴りであけてしまうのか、紫苑には分からなかった。




 「って、紫苑じゃない!?」

 「………そういう君はハンガーで会った、えっと美野里さん?」

 「そう正解、藍原美野里よ」




  持ってきた荷物を乱暴に台の上に置き、美野里は椅子を引っ張ってきて座った。

 椅子に座った後は上着のポケットに入れていた文庫本を見始める。

 それは既にかなり後ろにしおりが挟まれており、ほんの数十秒で彼女は文庫を読み終えた。




 「っと、で容態はどうなの?」

 「………少なくとも自分の部屋にいるかのように読書を満喫してからいうセイフじゃない事は確かだね」

 「すこし手術してますから、退院まで三日かかります」

 「三日、けっこうな大怪我だったみたいね」




  医学が大幅に発展している今、ほとんどの病気が一日で完治する。

 そんな中で三日となると、それこそ大怪我に分類される怪我だ。

  はっきり言って今の医学で治せない病気は新種などで、それも数週間もしないうちに有効な治療法が確立するのだ。




 「そういえば、静。 聞いた?」

 「何を、ですか?」

 「案外情報には疎いのね、まあお似合いだけど」

 「……………」

 「それが日本に三機、フォルテが送られてきたって」

 「Fシリーズのテストナンバーが?」

 「そう、しかも私たちの所じゃなくて富士の演習場に」

 「………そこにシステムの支部はありませんね」

 「おそらく、独断による実験でしょう」




  システムは多くの国家により構成されている。

 故にシステムは一枚岩ではない。

  今までにもすでに何度か一部の暴走が起き、『ジャジメント』により鎮圧されている。




 「またかよ、大変だな、上も」

 「知った事じゃ在りません」




  冷たく静は言い放った。





 「それじゃそろそろ時間だ、後は頼むぞ、月野」

 「あ、もうこんな時間ですか」




  時計を見てから静が呟いた。

 それを聞いて美野里も腕時計を見て、立ち上がる。




 「もう私たちは帰らないといけなくなった」

 「すみません、帰らせてもらいます」




  美野里がぶっきらぼうに、静が丁寧に言う。

 二人が一緒に出て行くのを見て、実は仲がいいのではないかと紫苑は思った。

 しかしそれは表向きだけだと、冷静な部分が呟く。

  親父といたころの悪い癖が出て来てしまった。

 そう、何もかもをうたがって信じないという癖が。




 「まったく、なかなか拭えないな………」




  表面塗りの塗料とは違い、刻まれたその癖は年月がたっても消える事など無かった。















 「そろそろ時間か………」



  その日の夜、シタンは工場の屋根で星を見上げながら呟いていた。

 腰には一本の刀と剣、服装はまるで日本古来の着物を思わせるような服装だ。

 その豪華絢爛な服装は彼を人間とは異質の存在に見せさせる。

  彼はゆっくりと足を踏み出し、屋根から飛び降りた。

 下にいた整備員の一人が何かを感じて上を見上げるが、何も見つからない。

 シタンは――― いや、南原紫譚は彼の死角に影のように立っていた。




 (慣れてしまったな、こんな事に)




  まるで影のように人に気づかれず戦場へ向かう。

 そんな亡霊のような自分の行動が、あまりにも手馴れてる事にいまさら彼は違和感を覚えていた。

 日本に帰ってきてまだ数日も立っていない、それなのに自分はまた自分の戦場へ向かおうとしている。

  それは決して誰にも気づかれる事無い、一人だけの戦争。

 平和の裏で戦うシステム、さらにその闇の中で戦い続ける。

 それこそが紫譚の呪われた忌々しい過去への、行うべき贖罪だった。

  手に持つ刀と剣はどちらもこの世界の物では無い。

 そもそもこれから行う事を、第一世界の武器でやれば惨劇が起きる。

 この世界の人工合成皮膚や人工筋肉を渡す代わりに貰った第二世界製の武器。

 二つの武器が、これから行う戦いの相棒にして戦友だ。




 「それじぁ、行くか」




  おのれが戦場へ、彼は夜の中を歩んでいく―――




























次回

 「廃棄メガフロートに認識番号03?」

 「言っておきますが、参号機から離れないでください」

 「吹き飛べ! バケモノ!」

  ―――こうなってしまえば、単なるゴミか………―――


 第三話 『残骸 ―メガフロート『Mission.1』―』





作者蒼夜光耶さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル掲示板に下さると嬉しいです。