その少年は自分には難しい事ばっかりを言う。
六年前、神隠しに会い一年行方不明になった経験だからだろうか?
何か人とは別の生き物みたいに見える。
「なぁ紫苑。 もしさぁ、自分が支配者になったらどうする?」
「んぁ?」
昼休み、やきそばパンを食べている自分に彼は話しかけてきた。
最初は意味が分からなかったが、パンをかみ締める間に理解する。
「要するに絶対的な何かになると?」
「そう、それで世界を壊すのも生かすのも自分の気分しだい。
そんな絶対的な何かになったら、お前はどうする?」
彼は自分がそうであるかのように言った。
どんな答えも、自分の物では無い気がする。
きっと壊すといっても生かすといっても、すでに誰かがそれを決めている。
同じのは、選びたくない。
「そのままにする」
「へぇ」
「そのまま流れを見ている。それがいい、と思う」
「そっか、そうだよな。 お前は、そういうと思った」
彼はそう言って微笑んだ。
とても嬉しそうである。
自分もなんだから嬉しくなった。
「けどな」
「―――――?」
「お前はそれ以外の答えを選択することになる、それは―――」
―――お前が刻の後継者なのだから―――
刻の後継者 第一話(前編) 『騎士 ―へいき―』
空には月のみが輝き、大地は闇へ染まっている。
時刻はすでに午後を超えて、次の日の朝となっていた。
森の入り口はまるで獣の口のように開いている。
そして、その入り口に二台の巨大なトレーラーと車が止まっていた。
トレーラーは巨大な何かを積み込み、車は多数の装甲で戦車のようになっている。
そこだけが、まるで別の世界のようだった。
『弐号機起動テスト完了。 起動可能です!』
『OK。 システムを指揮車のKシステムにリンク』
『………完了。 ウォーミングアップ後、起動します』
トレーラーが動いた。
ゆっくりと油圧シェフトが動き、荷台があがっていく。
荷台がそのまま上がり、トレーラーの後ろを基準に垂直になった。
そこには、巨大な機械が固定されている。
『弐号機全人工筋肉、ならびに人工骨格正常。 システム稼動率86%。戦闘機動可能です』
「よっし! 弐号機起動!」
重い金属音。
そしてそれはトレーラーから下りた。
巨大なロボットは。
『弐号機。 正常に起動』
弐号機と呼ばれた機体は、遠目では騎士に似ていた。
まるで甲冑のような装甲で身を包んでいる。
だがそれは優雅には程遠い姿であった。
無数に貼り付けられた装甲の接続部を守るためのシール。
その接続部のアタッチメント。
装甲に無数にある整備用ハッチに、整備用の取っ手。
騎士は、立ち上がった。
そして一歩を踏み出す。
そのとたん、歓声が上がった。
「隊長!」
「わめくな。 素人みたいだぞ」
「けど実戦は初めてです」
「………プライドとか意地とかそういったモノは無いのか、お前」
「それだけで飯は食ってけませんよ」
『参号機の方はどうなってます?』
弐号機がレーダードームを戦車の前で会話している二人に向ける。
その二人はその声に気づき、弐号機を見上げた。
「ああ、演習用OSから書き換えが終わってねぇ。
終わったら指揮車と一緒に行くから先に行ってくれ」
『ええ。 まあ何とかやってみます』
「頼むぞお姫様」
弐号機はトレーラーからマシンガンを取り出し、腰に予備カートリッジをつけて森の中へ入っていった。
その後ろ姿は、まるで戦場へと進む戦士のようである。
しかし、隊長と呼ばれた男はその背中を見て眼を細めた。
まるでこの先の未来を見たかのように。
「む……… おーい静? 腕治ってるか」
「え。 ………動かせない事はありませんが………」
「オーライおーらい。 すこし待ってな、イイ事思いついたから」
隊長は妙に楽しそうに言った。
若干、静と呼ばれた少女はそれに冷や汗をかいて答える。
嫌な予感がする、と。
『………脚部バンパー10に設定』
機械音が狭いコックピットに響く。
弐号機のパイロットである美野里はヘルメットのバイザーを下ろして思う。
なんと、苦しい狭い世界なんだろう。と。
「…歩行速度は平地の30%程度。 まだまだ試作機でしかないのね」
PS………パーフェクト・スーツ。
ありとあらゆる環境下に対応する多目的パワースーツとして、このシメオンは考案された。
空気中を材料に物質合成を行い、エネルギーを自力で確保する半永久機関を搭載している。
それだけでも普通の作業用機械の規格外なのに、人型という利点をもっている。
もし生産が始まればいままでの常識は覆る。
だが、それは今では全く別の目的に使用されていた。
「脚部バランサーをタイプ3に変更。 戦闘機動へシステムをシフト」
『YES。 変更、シフト完了。 出力90%まで上昇』
シメオン戦闘機動。
PSは事実上無限大のエネルギーを持っているが、一度にそれを引き出せるわけではない。
戦闘機動とは、一分間に消費するエネルギーを増やす代わりに機能を大幅に上昇させる能力である。
ただし、この機動を維持できるのは最大十分。
『カウント10分』
「ラン」
戦闘機動により、あがった機能を満遍なく使いシメオンは走った。
腰からマシンガン『パラドックス』を引き抜き、両手で構える。
そしてセーフティーを解除した。
『指揮車両より弐号機へ。 前方三十に巨大生命体反応を確認した。 戦闘機動を………』
「すでに稼動中! 残り九分!」
美野里は通信機に叫び、弐号機を止めた。
地面に両足を食い込ませ、銃を敵の反応へと向ける。
「三点バースト。 一発目をトレーサー。二発目をヘッシュ。三発目を榴弾に変更」
『OK。 変更完了』
「ファイヤ!」
金属の機構がかみ合う音を立てて、火が銃口から吹いた。
一発目の光が闇を照らし、二発目が障害物を破壊し、三発目が攻撃を仕掛ける。
『残り八。 対象へと効果は不明』
「………役立たず!」
狭く密集し、あげく複雑な森と山という地形は、レーダーの精度を大幅に下げる。
本来弐号機は参号機との連携を考慮されて製作されている。
この二機は同時に使われる事で成果を発揮できた。
一機だけでは半人前もいいところだ。
『反応。 五時10』
「――――っぁた!?」
―――そんなに近く?
思わず変な声を上げて、弐号機を走らせた。
『パックパック破損、非常用バッテリー損壊。 フレーム強度8%低下』
しかし後ろから衝撃が来て、弐号機は前のめりに倒れてしまう。
とっさに武器を捨て、地面に手を突きすばやく立ち上がる。
しかし、そこへ追撃が来た。
繰り出された膝が、頭部を深く抉る。
カメラとレーダーが死に、溢れるノイズに耳を傷めながら来る衝撃に美野里は耐える。
『頭部破損、レーダーならびにメインカメラ損壊。フレーム強度20%低下』
膝を突き、体勢を整える弐号機にさらに拳を叩きつける。
上げた左手でそれを防ぐが、防いだ左手は骨が折れたかのように捻じ曲がってしまった。
『左腕部大破、フレーム強度10%低下。 危険、危険』
『美野里後退しろ! このままだとやられる!?』
「しかし―――あぁ!?」
衝撃で膝を突いた弐号機は、下からのアッパーで吹き飛ばされる。
重い音を立てて、弐号機は地面に叩きつけられた。
『いけません! フレーム強度限界。 もう動けません!』
『美野里ちゃんに軽いパニック症状が出ています!』
『………オーバライド! 緊急燃料投棄作動、遠隔操作で脱出させろ!』
『無理です! システムフリーズ、弐号機、完全に沈黙しました!』
「―――!? ――! ――――!!」
何が、なんなの?
美野里には何か何なのか分からなくなっていった。
人間の脳でも限界はある。
PSによるパニック症状とは、同時に多数のことが起き、脳が混乱して発生する状態だ。
PSの操作はそれだけでもかなり脳に負担をしいる。
その限界を超えれば、もはやPSは動けない。
そして戦場で兵器が止まるというコトは、そのまま死へとつながると言う事だ。
『美野里さん逃げてぇぇぇええええ!!!』
そして弐号機を襲った何かが、ゆっくりと拳を振り上げた。
瞬間、その拳が付け根から吹き飛ぶ。
驚くそれの前に、もう一騎の機械が立ちふさがった。
『参号機到着! 起動率54%、戦闘機動はできませんが、戦闘は可能です』
『………まあ無理やったからなぁ』
シメオン電子戦闘試作機、通称『参号機』。
今、この機体は無理やり演習用OSに戦闘用のプログラムを書き込んで動いている。
硬い動きながらも、その腕に持つマシンガンの銃口は一寸の狂いも無く『敵』に突きつけられていた。
『……………ロック、オン』
参号機のコックピットの中、小さい声で静は言った。
『敵』に画面内でマーキングが施される。
それをにらみつけながら、静は暑苦しいヘルメットを投げ捨てる。
長い髪が汗により頬に張り付く。
それを手で書き分け、静は叫んだ。
『フルファイヤ!』
機動音が鳴り響く。
その中を参号機はかけた。
『敵』は銃撃を回避したが、無数に迫る弾丸を全て避ける事はできない。
数発は掠っているが、あまり効果は無かった。
『スモーク』
静はゆっくり、今度は慎重に呟いた。
その言葉と共に、参号機が自ら生み出した霧の中に埋もれていく。
『自動追尾設定、対戦車ミサイル発射』
参号機の肩に追加されたミサイルポットが、2発の対戦車ミサイルを放った。
光の軌道を空に描きながら放たれたミサイルは、二発とも『敵』を撃ちぬいた。
それに怯んだ『敵』を、接近した参号機が殴りつける。
顔面を拳で強打された『敵』は後ろに下がった。
しかしそこへ、参号機が迫撃する。
参号機は拳を振りかぶり、『敵』へと降りかかる。
それを『敵』は後ろに下がりかわした。
『スモーク、最大濃度展開』
また霧が何もかもを覆い隠した。
「弐号機をキャリアーへ、ハッチを強制排除! 美野里を助け出せ!」
「了解!」
森の出口、そこで参号機がおぶって運んできた弐号機が下ろされた。
その弐号機の壊れ方を見て、複数の整備員がため息をついている。
一人が弐号機に近づき、胴体の排除装置を起動させる。
爆破音と共に、ハッチが吹き飛ばされた。
その中に、白いバンダナをつけた長い髪の男が入る。
中には、膝を抱えて丸まった美野里がいた。
美野里はゆっくり顔を上げて、その男を見る。
「………シタン・ウォー隊長」
「ご苦労さん。 どうした、そんなに小さくなって」
「………私は、静さんには勝てません」
「……………美野里?」
「静さんは、私より参加したのが遅いのに、なんで、私の方が弱いんですか」
「…………」
「情けないです。 本当に」
「ふざけるなよ」
「違う、違うんです。 ただの嫉妬って事は分かってるんです。
私の方が『トランス』が弱いだけなんです。 最初から、違うんです」
「………殴るぞ」
「―――!?」
「お前は、そんなに弱く無い」
それだけ言って、シタンを外へ顔を出して叫ぶ。
「弐号機ならびに参号機収容、撤退する!」
これは歴史の表にでない、世界の存続をかけた戦争の合図であった。
海上実験都市『ウミクジラ』
それは巨大な海上都市である。
2065年。
人工が増えすぎた人類は、宇宙と海に新たな移住地を作るというアイデアでそれを乗り切ろうと考える。
それは宇宙では火星開発とコロニーの開発、そして海ではこのようなフロートで実現した。
『ウミクジラ』は2030年に開発され、5年の実験の後もそのまま都市として機能する。
主な機能は港である。
そのために巨大な空港と港が存在していた。
フロートは外国にもっとも近い日本領土である。
「………早く来すぎた………」
海上フロートへの船は午前七時以降から二時間間隔で出航する。
南原紫苑は九時の便でフロートへときただった。
紫苑は2035年から生まれるようになった色素障害児である。
この症状は特に生命に危機は無い。
だが、普通ではありえない髪や瞳を持っていた。
紫苑はその瞳にその異常が起きている。
綺麗な紫色の色彩を、その瞳に持っているのだ。
その名前は、本来別の名前がつくはずであった。
しかし生まれたとき、両親はその瞳を見てこの名前に変えたのだ。
紫苑は瞳以外に異常は無い。
髪は黒、皮膚も多少の日焼けはあるが普通の色彩である。
だが、その瞳が目立つのは変わらない。
むしろ、他が平凡なため瞳が目立つ。
今、ベンチに座っている間にもかなりの人目が存在した。
「………見世物じゃあるまいし」
不愉快でも、楽しくも無い。
慣れてしまえば平気なものだ。
諦める方向へと向いた紫苑の思考はそう決め付ける。
その瞳は淡い宝石のようであった。
広い倉庫。
一言で言えばその場所はそれである。
その空気は重く、静はその色素障害児ゆえの緑色の髪をバンダナで縛りつけながら、自らの参号機を見上げた。
PS専用の椅子のような形状をしたハンガーに座り込み、膝に手を置き無言で佇んでいる。
その顔は下に向けられ、静と向かい合っていた。
PS/SシリーズNO3、シメオン参号機。
完全に情報戦に特化した機能を保有した移動情報基地とも言うべき機体である。
その四肢は太い。
一瞬の瞬発力を捨て、情報機器の重さに耐えるために持久力を重視した人工筋肉がぎっちりと装甲の中につまっている。
その頭部は、巨大なレーダードームなどでカエルのようになっていた。
胴体だけを見れば騎士の鎧のようなのに、全体を見ればできそこないになってしまっている。
「ああ静か。 学校はいいのか」
「あ、はい。 今日は休みですから」
静は弐号機の右手を組みなおしていた整備員に答えた。
弐号機はあの戦いのあと、一度分解されえフレームを補修した。
このシメオンシリーズは骨組みたるフレームに装甲や人工筋肉を貼り付けて作られている。
自動車などに使われるモノコック構造ににているが、トラス構造の特徴ももったワケの分からない構造だ。
実際、整備員も分解と組み立てで最近は徹夜である。
「大丈夫ですか? 目にクマができてますよ」
「この程度で参ってたまるかい。 それよか今度はもしかしたら参号機は二人乗りに変更かもよ」
「弐号機、直らないんですか?」
「んや、まだフレームにどんなストレスが残ってるか分からないからよ。 万全をきして数日は様子を見ておきてぇんだ」
「出撃の日にちしだいってわけですね」
PS/SシリーズNO2、シメオン弐号機。
前にも書いたが、参号機との同時使用を前提とした砲撃支援機である。
その本来の装備、60mmビームキャノンは現在調節中であり、前回の出撃では使用できなかった。
今もそのキャノンは組み立てられた状態で格納庫に置かれている。
市街戦闘などでは威力が有りすぎるため、出撃が決まったとき装備するのかしないのかを決めるのだ。
その点では融通が利くと言える。
「まあな。 参号機は本当はガンナーとFR(フレーム・ランナー)が別々だからな。
お前が強いおかげでそうじゃなくとも動くがな」
「フレーム………ランナーですか。
人間としては失格だと思いますけど」
「そう思うのはお前だけだ。 そしてその答えはNOだ。 お前は人間だよ」
「…………」
静はゆっくり、機体の腰にあたる位置にある足場から下を見た。
美野里がこちらを見上げていた。
だが、こちらに気づくとあさっての方向を向いて立ち去ってしまう。
その方向を向いたまま、静は聞いた。
「……………で、壱号機はどうなんです」
「封印のままこちらに運搬が決まったそうだ。 正直、扱いに困ってんだろう」
「また厄介を押し付けられましたか」
「いつものことさ」
その整備員は明るく言う。
しかし、その厄介がどんなものか分かった物ではない。
いや、そもそもシメオンシリーズそのものが押し付けられた厄介の代表なのだから。
「大体、『システム』もFシリーズを送ってくれればいいのに。
アレなら『トランス』が無くとも動かせるんでしょう?」
「まあな。 だがアッチはまだ仮組が一機だろう。
無理だろうなぁ。 シメオンが三機有る時点で上場さ」
「二人しかランナーがいないのに?」
「いざとなれば分解して部品にすればいいんだよ」
「規格は合ってるんですか?」
「ほとんどはな」
シメオンシリーズはほとんどが基本フレームに変更が成されていない。
それゆえに、装甲などもほとんどが同じようになっている。
だが弐号機のキャノンや、参号機のレーダーとコックピットなどと、それぞれの特殊装備は交換できない。
残った近接戦型の五号機はそもそもフレームが新型になっており、この機体はほとんど別の規格で作られている。
それゆえに部品での規格がこの場で合っているのは、弐号と参号だけであった。
「って、弐号機を参号機の部品に!?」
「もしくはその逆だ。 やっぱり試作機ってのは慢性的に部品不足なんだよ」
シメオンは前記したが試作機だ。
工場で量産されているわけではないので、その部品は全て注文する必要がある。
それゆえに常に部品は不足していた。
現に実際のところ、弐号機の修理が遅れたのはつぶれた装甲などが足りなかったせいもある。
だがそれ以上に実戦が始めてという事があった。
演習やシュミレーションはしていたが、実際に破壊される実戦は初めてである。
金属疲労を起こした関節のメンテならともかく、潰され、変形した装甲の交換などの経験は皆無だ。
だがそれでも、彼らは少しずつなれている。
それを見れば、敗北も無駄ではなかった。
「………正直な話をしましょうか」
「は?」
「シメオン。 これは何なんです」
「………零号と、壱号と、四号のことか」
「そうです。 零号は行方不明。 壱号は封印。 四号は爆発大破。
……………変でしょう? なぜ壱号は封印されたんです。 なぜ四号は爆発したんです。
単なるエミュレーターだった四号は」
静は外国の『システム』にて、四号機を見ていた。
足が無く、片手だけの塊。
足の代わりに肩のハードポイントで吊り上げられ、コードでトレーラーにつなげられていたシメオン、を模倣した機械。
シメオン『起動』の動作だけを真似て動くテスト機。
ただそれだけのもの。
「………さっぱりだ」
「そうですか……… 一応は私たちが命を預ける物なんですけどね」
「すまない」
「いいえ」
静はシメオンを見上げながら言った。
紫苑は空を見上げてみた。
見事なくらいに雲が無い。
「………暑ぅ」
まだ夏にも入っていない梅雨なのに、奇妙なほど暑い。
まるで何かの前触れのように熱が渦巻いている。
そんな気がして、紫苑は落ち着かなかった。
今日は父が帰国する日だというのに。
「だいたい父さんも父さんだよ。 東京の空港に行けばいいのに、わざわざ『ウミクジラ』なんだ」
ウミクジラは東京のかなり遠くの海上に存在する。
東京からでは、船でもかなりの時間がかかった。
せっかくの休みを削ってきてやっているというのに。
だいたいそもそも、仕事とはいえ両親ともに外国とは子供などどうでもいいというコトか。
「………飛行機雲」
空に飛行機と飛行機雲雲が浮かんでいた。
ただそれだけの光景がこの晴天では目立つ。
しかし、何の飛行機だろう。
既に高度を大幅に落としている。
「変だな。 まだ早い、前の飛行機だとしたら遅すぎる」
そう、その飛行機は時間的に変のだ。
前の飛行機は十分前に通過した。
同じ空港へこんなに短い時間で飛行機が来るわけが無い。
だが、それ以上にその飛行機の形状が気になった。
民間機ではない。
遠くからでもそれは大型の輸送機だという事が分かった。
しかし大幅な偽造が成されており、父に教わった判別法を覚えていなければ唯の飛行機と思っていただろう。
だがしかし、それは輸送機なのだ。
「………2050………最新鋭輸送機じゃ無いか。 ………日本は保有していない機体だ」
日本ではそれより旧式の2040を使用している。
輸送機としてはこちらの方も負けていない。
ただ最大移動速度が若干劣っているだけである。
その差も微々たる物。
わざわざ資金をだしてバージョンアップさせる事も無い。
「なのに、何故?」
「来ましたか」
「シタン隊長。 ………壱号輸送機、『ウミクジラ』空港にて現時刻到着しました。
壱号は硬化ペークナントによる固定と、人工筋肉への電圧カット。
そしてプログラムの全消去で三重封印をなされています」
「そこまでするか普通。 ランナーがいない機体に」
「さぁ? しかしそれだけ危険視されていると言う事でしょう?」
2050型輸送機『積水』にて、運ばれてきたのは一個のコンテナであった。
しかし、異常なほど頑強に作られている。
そのうえ、特定の人間の網膜パターン認識のみで開く事ができる。
厳重すぎた。
「VIP待遇より金かかってると思わんか、月野クン?」
「まあある意味VIP待遇ですよね」
お金がかかるという意味ではどちらも同じだ。
守ると封じると言う所が違うだけである。
シタン・ウォーはそのコンテナの中身を見てから、そのコンテナを閉じた。
そしてため息をつく。
「いやはや……… 『システム』め。 こんな気味悪いもん送ってきやがって」
「………そんなにイヤですか?」
「キモい」
「……………」
「冗談だよ、冗談。 けど嫌な気配がする。 暴力と、血と、憎しみの気配だ」
シタンは断言する。
そのコンテナの中には人工血液にまみれ、壊れた腕のまま封印された壱号機があったのである。
その腕からもどす黒い何かが流れていた。
ゆっくり吐き気を覚えて、シタンはコンテナの壁へ手をつく。
月野はコンテナが輸送の準備をされる所を見つめた。
「…・……けどあれはうちに運ばれます」
「ああ、頭が痛いよ全く」
月野は最近、シタンが頭痛薬を常時持っている事をしっている。
そしてそれを三日に二回は使っている事も知っていた。
よほど隊長とは大変のようだ。
「しかしまあ、保険はかけとくべきか」
「保険?」
「ああ……… ちょい電話するわ」
シタンはそう言って自分の上着ポケットから携帯電話を取り出した。
小型化が進んでいる今の携帯技術としては変なほど大きい。
それは市販のものより高性能化されている他に無い。
現に普通の携帯なら圏外のここでも使用できた。
「ああ。ああ……… ああ、頼む。 間に合うか? ………もうやってある?
すまんな。 ではかなり早くできるか。 ああ、すまん」
それだけ話して電話を切った。
携帯電話をしまうと、シタンはこの上なく嬉しそうな笑みを浮かべる。
よほど保険がいいものなのだろう。
「何処へ電話を?」
「保険会社ぁ。 ………さて、輸送車両の偽装は?」
「大型トレーラーに偽装されています、無論ナナツキ工業とは関係の無い幽霊会社です」
「よしよし、これでやることは無くなったな」
シタンへと誰かが走ってきた。
その男は早口でシタンに何かをいい、そのまま立ち去っていく。
「何です」
「用意完了だ。 トレーラーに乗れ、出るぞ」
シタンは擬装用に用意した帽子をかぶりながら叫んだ。
月野も続いて帽子をかぶる。
―――さてここからが本番だ。
月野は自分の心でそう呟き、気合を入れた。
港への歩行路。
そこを歯をかみ締めながら紫苑は歩いていた。
つまり結局、父とは会えなかったのだ。
シタンは色がついた眼鏡をかけて自分の目を隠している。
空にすこしずつ雲が集まってきた。
このままだと数十分で雨が降り出しそうである。
傘を持っていないが、紫苑は走っていない。
何かも、めんどくさい。
全身でそう語っていた。
「は……… 久々にやる気になればこれだ。 やる気なくなるよ、全く」
紫苑はぼやきながらも、その巨大なブリッジを見つめる。
船以外でフロートと行きゆきする巨大な橋。
歩きではとてもでは無いが時間がかかりすぎる。
しかし途中で駅があり、列車が運行していた。
そのため、紫苑はそこまで歩くことにしたのだ。
「………アレ?」
紫苑はゆっくり、ブリッジの車道を通るそれを見つめた。
巨大なトレーラーである。
『稲穂工業』と書かれているが、そんな会社聞いたことが無い。
「さっきの飛行機といい、奇妙な事があるもんだなぁ」
そう思いながら海を見ると、そこに何か異常があった。
「え―――」
呟きながら海面を見つめる。
海から何か―――浮上してくる!?
そしてそれは現れた。
「ふぁ………
「こら! 運転中にあくびするな!」
シタンと月野は暇だった。
海上フロートから東京へ戻る道は広く取られており、大型車両であるトレーラーも横にかなりの余裕がある。
しかもこの時間帯はすいている。
あくびもでるというものだ。
「しかしですねぇ。 こんなに楽な運転だとは思いませんでしたよ」
「まあ否定はしないが東京なら大変だぞ。 今のうちにすこしでも緊張しとけ」
「へんな言葉」
「否定はしないさ」
シタン・ウォー。
本名かどうかは不明。
髪の毛が白金色の色素異常者。
身長は上の中ぐらい、体重はその平均体重をホンのすこし下回るぐらい。
月野は自分の中で、シタンについて知っている事を並べてみた。
実際のところ、謎の人物で終わってしまう。
その技能には高い評価を出せるが、彼となると唸るしかない。
何せ判断材料が皆無なのだから。
「………子供?」
ふいにシタンが呟いた。
月野はそちらの方向が見えない。
シタンはその紫の瞳に目を細めた。
「…紫苑? いや、まさか、な」
「シタン隊長?」
「なんでもない」
そういいきられたら追求はできない。
月野は運転に集中しようとして、その横にある機器に目を開いた。
「き、巨大生命体反応?!」
「やはり……… 来たか『オーガ』」
海から巨大な生き物が、ブリッジへと降り立った。
そこはトレーラーのかなり前である。
月野は絶句し、思わずブレーキをかける。
甲高い音を立てて、トレーラーは停止した。
「隊長!?」
「跳ねても効果は無い。 バックで逃げるぞ!」
シタンが叫ぶ。
月野はそくざにギアをバックに変えて急発進をかけた。
タイヤがきしみ、その後かなりの速さでバックをし始める。
だが、ゆっくり前に降り立った生き物はこちらへと顔を向けていた。
その姿は巨大な鬼である。
「―――!? 森の時の!」
「認識番号02番。 『オーガ』………バックでは逃げ切れない―――………」
「―――はいッ!」
月野は一気にトレーラーを180度回転させようとするが、道は広いとは言えこの大型車両はそう簡単にはいかない。
トレーラーに『オーガ』が飛び掛ってくる。
「―――走れ!」
月野はシタンの声と共にギアを戻し急発進した。
オーガーの足をコンテナの角ぶつけながらも、オーガの攻撃を避ける。
対するオーガはその一撃で足を壊し、少しだけ動きが止まった。
しかしその直後、叫び声を上げてトレーラーへと走り出してゆく。
「―――隊長!?」
「速い―――ッ!」
バックミラーで見ても分かる。
オーガの足はトレーラーより速い。
月野はそれに気づき甲高い叫びをあげた。
逃げれないじゃないか!? と。
「まだだ、今度こそ跳ね飛ばす! バックを!」
「トレーラーが持ちません!?」
「その前に追いつけないようにする! 生き物と機械だ、こっちの方が硬い!」
「そういう問題ですか!? それに効果無いって言ってたじゃないですか!」
「やれ! このままだとこっちがやられる!」
「―――ツァ!?」
もう一度ギアをバックにいれ、トレーラーは後退した。
しかしオーガはそれを横に動いてかわす。
そしてその爪がトレーラーのタイヤを引き裂く。
トレーラーはスリップしなながら停止するほか無かった。
「―――隊長!?」
「くっ……… 仕方ない、トレーラーを放棄、逃げるぞ!」
「し、しかし壱号機が!?」
「むしろ消えてくれた方がマシだろうがっ!」
ドアを蹴り破り、シタンはアサルトライフルを取り出して外へと飛び出した。
トレーラーの外装に細工されていた装甲を引き剥がして、バズーカを引き出しながらオーガを睨んだ。
オーガの足を視線で止めるかのように。
「月野、走れ!」
「無理ですよ!」
「なら時間を稼げ! 時間を稼げば、何とか?!」
「な、何なんだ!?」
「何!?」
シタンはその声に、その声の方向に顔を向けた。
一人の子供が、紫苑がそこに立っている。
それを見てシタンは思わず自分の目を疑った。
しかし、事実と認め罵りながらそちらへ走り始める。
「グァアアアアアアアアアアアア!!!」
オーガが叫ぶ、それを聞き、バズーカをオーガに向けた。
バズーカを打ち込みその成果を見ず、シタンは紫苑へと走る。
対する紫苑も、事態を飲み込み始めたらしくシタンへ走り始めた。
「お前、呆けてるな! 地下の非常路があるだろうが!」
「な―――お父さん!?」
紫苑は自分に駆け寄って来た男を見て
「紫苑かよ! やっぱり!!」
「やっぱりじゃないでしょう!? 外国に行ってたというのは嘘なんだろ!?」
「そういう場合じゃ無いだろうが!」
紫苑はシタンをにらみつけた。
対するシタンも彼をにらみつける。
先に口を開いたのはシオンであった。
「だったらアレは何なんだよ!?」
「『敵』に決まってるだろうが?!」
「隊長! もう駄目です、バズーカではどうにもなりません!」
「………くっ……… 来い!」
シタンは無理やり紫苑の手をもって走り始めた。
紫苑は不愉快を顔に出してその手を払う。
一瞬シタンが紫苑を見るが、紫苑は自分で走り始めている。
そしてその瞳はシタンを見ていた。
「後で何が何なのか説明しろよ!」
「できたら、な!」
―――コイツに殺されなければな!
心中でシタンは紫苑に叫んだ。
オーガは確認された腕力でも、強化特殊合金で出来たシメオンの装甲をへこます事ができる。
そんな腕力で殴られたら肉片も残らない。
シタンは自分達に振り落とされようとする腕をにらみつけた。
紫苑が眼をひらき、手で顔をかばう。
月野はオーガを見つめて何もしない、もうどんな行動をしても無駄と知っているからだ。
そして腕が振り落とされ―――
―――横からの砲撃で腕はちぎれ飛んだ。
「シメオン!」
喜悦を浮かべて月野が叫んだ。
紫苑はその単語を聞いてから、顔を彼が見ている方向へと向ける。
そこには、巨大なトレーラーから半身を起こし、巨大な銃口をこちらの方向へ向けている巨人がいた。
一瞬、紫苑はそれがあまりにも現実見が無く、笑みを浮かべてしまった。
それはアニメで出てくるようなロボットだったのだ。
ロボットはゆっくり足を地面の上に置き、立ち上がる。
そしてその両手で持った機関砲をオーガへと向けた。
『さぁって! 前のお返しをしてあげるわ!』
弐号機のコックピットで美野里がヘルメットのバイザーを下ろした。
前回とは違う、敵は既に確認済み機体も完璧。
しいて言えば味方が、隊長が戦場にいるだけだ。
『隊長! わき目も振らず後ろも見ずに全速で逃げてくださいよ! 廃薬莢に当たったら眼に歯も当てられませんし!』
「美野里、油断するな!」
『言わずもがな! フルファイヤ!』
機械音が鳴り響き、機関砲がうねりをあげた。
両手で支える大型機関砲は小回りが聞かない。
だが、威力は絶大な上にこのような地形では使いやすい。
シタンのかけた保険とは、弐号機の出撃だったのだ。
本来なら参号機を出したかったのだが、この大型火器が使えるのは弐号機しかいない。
それに弐号機の現在の装備は大型機関砲を手に持ち、背中に大型剣とマシンガンを背負っている。
弐号機が使える限界重量だ。
間違いなく戦闘機動に影響がでる。
唯でさえ短いのに、あの装備ではもって4、5分で機体は停止しそうだ。
シタンはいまさらながら、重装備を持ってきたことを後悔していた。
一気に弾丸が消耗されるが、オーガは砲撃をかわしている。
機関砲の弾がなくなるのも時間の問題だろう。
―――その間に紫苑を安全な場所に送らなければ。
そう心の中でシタンは決めて、紫苑の方を振り向いたが紫苑はすでにそこにいなかった。
むしろ、逆にシメオンとオーガに近づいている。
「お、おい紫苑!?」
「…………………………」
思わずシタンは叫んだが、紫苑はぶつぶつ言っているだけである。
シタンはその言葉を聞かず、紫苑の手を引っ張って下がり始めた。
しかしそれでは余りにも遅すぎる。
現にもう、シメオンとオーガはかなり接近していた。
機関砲では逆に重すぎて小回りが効かない。
そのせいでオーガの接近を許していた。
『チィっ!』
コックピットで美野里はヘルメットを脱ぎ捨てた。
この距離で狙撃支援システムしか無いヘルメットを使う意味は無い。
『抜剣!』
弐号機の背中で動きがあった。
剣が柄を前にして肩へとスライドする。
そして鞘に内包された火薬が爆発した。
重力と爆圧の影響で剣が鞘からすべり落ちる。
それを右手で掴み、弐号機はオーガへと斬りかかった。
だがオーガも馬鹿ではなく、その鋭利な爪で剣先を弾く。
弐号機もそれを予想しており、腰から対装甲タガーを左手で引き抜いて首を狙った。
しかしそれはオーガが後ろ下がって避ける。
「……互角?」
「馬鹿野郎! 美野里の方が不利だろうが!」
月野がぼんやり呟いた言葉にシタンは感情をあらわにして叫んでいた。
互いを破壊できるロボットと生物の戦いでは生物の方が有利だ。
生物の方が、常に機体に気を配る必要があるパイロットより消耗が遅い。
このまま戦いが続けば、美野里の方が先に倒れてしまう。
その上、弐号機のフレームも心配だった。
どんなストレスが残っているかも調べず、すぐに組み立てたためどんなエラーがおきても可笑しくない。
機能停止も時間の問題でしかない。
あげく、すでに距離は剣を使いほど狭くなっている。
弐号機では開発コンプセントからして不利である。
今、すでに参号機もコッチへと向かってきているがまだ時間はかかるはずだ。
このままでは、弐号機は破壊される。
(参号機到着は!?)
まだ―――10分はかかる。
こうなるなら神経接続式無線機でも持ってくればよかった―――
いまさらそんな事を悔やみながら、剣を盾として使い攻めに入れない弐号機を見る。
オーガの接近戦での動きはすばやかった。
それは前の戦闘で、弐号機が身を持って体験している。
参号機のように奇襲が決まればいいのだが、こんな見晴らしがいいところで奇襲など不可能だ。
(ヤバイ、やばいぞ。これは――)
シタンは冷や汗が頬を伝うのを、自分でも分からないほどあせっていた。
美野里もコックピットの中であせっていた。
呼吸が変に荒い。
(―――くっ……… これじゃ静にも、あの道化にも笑われるじゃない?!)
内心はあせりより悪化している。
驚愕概念を自分で作り出し、それで自分を追い込んでいく。
かなり危険な状態である。
そのうえ、戦闘でも攻撃に移れない。
………もう疲れてきている。
(もう時間をかけられない、自分的にも、体力的にも―――!!)
「戦闘機動ッ――――!!」
シメオン弐号機、戦闘機動開始。
それと同時に機体が異常な稼動音を立て始めた。
やはりどこかに異常がある。
多分戦闘機動時に負荷がかかる部品にどこか異常があったのだ。
戦闘機動にどんな作用があるかは分からないが、やるしかない。
「―――ウェッポンラックU展開」
弐号機が目の前でマシンガンを右手に持った。
剣を左手でオーガへ投げつけ、マシンガンを構える。
オーガはその武器を見て、警戒した。
マシンガンの威力は、前回学習している。
あたればオーガでも危険だ。
冷静に、シタンはその事実を確認する。
「シタン隊長………」
月野がシタンへと語りかけるがシタンは聞いていなかった。
観察と後悔で意識がいっぱいになっている。
なぜ参号機を使わなかったと。
(そうだ………参号機はメンテナンスが完璧だった。のに、なんで弐号機を出したんだ?)
自分でもなぜか分からない。
機関砲を使うためというのは分かる。
だがしかし、その使用が絶対というわけではない。
なのに、何で。
(………美野里か―――?)
美野里なのだろう。
あの時泣いていた美野里のために、活躍の機会を無意識に与えたかったのかもしれない。
それならば自分は指揮官と隊長として失格だ。
シタンはそう思い、後悔している。
紫苑にしてもそうだ。
『ウミクジラの空港に行く』と言うのを、自分が外国にいると言う嘘と絡め帰国と勘違いしていた。
あの時、自分は輸送作業の命令を現場でしている。
自分の嘘が、全ての元凶なのだ―――
(………―――っ!)
弐号機がマシンガンを零距離で―――
自分の左手を犠牲に、オーガに接触し撃った。
だがオーガの腹の右側を削り取っただけに終わる。
近すぎたのだ。
威力が一点に集まりすぎて、銃口があたっていた部分しか成果を上げていない。
そしてオーガの反撃が、弐号機の顔面を抉った。
頭部を守るヘッドカバーが吹き飛び、弐号機本来の頭部が現れる。
それはレーダードーム。
シメオンの眼そのものである。
もしそこを破壊されれば、弐号機は唯の木偶と化してしまう。
しかし既にそれを守るカバーは無い。
弐号機は頭部を狙うもう一撃をマシンガンを掲げて耐えた。
だがマシンガンが変形してしまう。
もう使い物になら無くなってしまった。
それを放り捨てて、弐号機はもう一度剣を握り締める。
橋に突き立ったそれは、案外簡単に抜けた。
コンクリの破片を風と共に撒き、その美しい剣筋が映える。
分厚い殺意で出来た剣なのに、光だけは美しかった。
(無理だ。 片手でその上、その腕も損壊している。 勝てるわけがない!)
戦闘機動残り九分。
時間は有り余っているが、この状況ではさして意味を持たない。
さらには、その残り時間も怪しいものだ。
ダメージがあまりにも大きい。
いつまで、もつ?
(エネルギー合成による半永久機関と停止を考慮に入れて………
バッテリー駆動で30分………、さらに戦闘機動で………残り数分程度)
オーガの爪は硬い。
強化合金で出来た剣でも、爪で防がれてしまう。
弐号機の剣は効かず、オーガの爪はいともあっさり弐号機の装甲を剥ぎ取った。
既に弐号機は戦闘できる状態では無い。
「………父さん」
「…………逃げないのか。紫苑」
「あんな化物からにげられる分けないだろうに」
「だな………すまん」
「いまさら謝ったって、無駄だよ」
シタンは紫苑のその言葉に眼を細める。
すでに、諦めているのと同じか、と。
「それでも、だ」
「そうだね、それじゃ走る? 時速何百kmで走れば逃げ切れる?」
「人間にできるわけ無いだろうが」
「なら………アレに期待してみる?」
「―――アレ?」
紫苑がゆっくり指差した方向を見て、シタンは眼を見開いた。
巨大な筒を構えた何かが、こちらに走ってくる。
それは人型をしていた。
だが明らかに人間にしたら巨大すぎる。
それに四肢が歪だった。
四肢はかなり太い上に、所々に角がある。
それは装甲で、構えた筒はバズーカで、そして頭部は弐号機と似ていた。
「あれも味方でしょう?」
その人型は足を突き、その筒をオーガへと向ける。
筒についたトリガーを、鋼鉄の指が引いた。
オーガの頭部に爆発が起きる。
それによりオーガは、やっと倒れた。
弐号機がゆっくりそちらの方向へと振り向く。
そこには、もう一体のロボットがいた。
『シメオン参号機………』
美野里が呟く。
スピーカーでその声は皆に聞こえていた。
紫苑が、オーガの死体を見つめてから参号機を見る。
「シメオン………」
そのとき、オーガの死体が光のカケラになり消えていくのは、参号機に乗った静しか見ていなかった………
次回
「そうだな、ココこそ人類の壁そのものだ」
「壱号機が自律機動を………」
「人工筋肉が………自分でプログラムを構成している………」
―――これじゃまるで―――
第一話(後編) 『生物 ―せいぶつ――』
今日の裏話。
やっと書けた新シリーズ。
しかし鬼神のリニューアルに縁の指輪、そしてこれを最近大変だ。
一度みれば分かるかもしれないが、この作品は鬼神シリーズとつながっている
優たちの世界の下層に存在する第一世界の物語である。
この世界では魔法は存在せず、さらには魔術士も存在しない。
だがなら何故モンスターがでるのだろうか?
それはこれから書くと思う。
時間はかかると思いますが、これからもこのシリーズをよろしくお願いします。