準備は終わった。
少女はそう確認してから、立ち上がる。
赤と白の闇に映える巫女服姿をしており、美しい艶を放つ長い緑の髪を持っていた。
その髪をなびかせて、少女は時代劇にでも出てきそうなクナイを投げた。
それは部屋の出口の壁に突き刺さり、魔を通さない結界となる。
受け魔を通す事を拒絶するようになった世界を見渡してから、少女は顔を半分ほど後ろを向いた。
少女は人間ではありえないほどの聴覚でそれを感じている。
人間や普通の動物ではありえない、命の音を立てる生命体。
「紗美(さみ)さん…………来ましたよ。 出番です」
「はいはい……… まったく…… たまにゃ家でゆっくりねててぇぜ」
悪態をつきながらも、紗美と呼ばれた人物はたち上がった。
人間の色素ではありえない真紅の髪をもち、ライダーグローブをつけた少女である。
そう、この二人は人間ではない。
それは髪はもちろん、その超人的な技能もそうだ。
紗美はグローブを手で力強く締め付け、その後に隙間を無くすようにはめなおした。
そしてギュオを音がでそうなくらいすばやく振るう。
火がその後の腕の軌道を、火が追いかけた。
「真紀(まき)………お前。白兵戦能力、皆無だろう? 下がってろよ」
「頼みますよ。 炎蜥蜴(ひとかげ)さん」
「だぁぁぁああああ!!! サラマンダーだ! サ・ラ・マ・ン・ダ・−!!! 火蜥蜴じゃねぇつぅの! 何度言ったら分かるんだ!」
「無限大」
紗美はサラマンダーと呼ばれる人外の存在の一つであった。
そのよくRPGなどで出るように『火』を扱う術に長けた竜の娘だ。
今は人の形を取っているが、実際には3メートルを超える巨大な蜥蜴である。
本人はその名前で呼ばれる事が大嫌いだ。
それだから今の会話で分かる通り、誰かが紗美をからかう為の上等手段となっていた。
その他には爬虫類と呼ばれることも好まない。
これは一度言われた以降炎蜥蜴が開発された以降すたえている。
鈴雪真紀はユニコーン、有角の白馬である。
紗美の言葉どうり、この『人型』の状態では中距離を得意としており、紗美との相性がよかった。
それゆえに二人は行動を共にすることが多い。
しかし実際のところ、その力による治癒や汚染除去。
つまり浄化を得意とする存在である。
「鬼さん、鬼さん、こ〜ちら、こちら。手のなる。方へっ! へへへ………」
「相変わらず、音痴」
紗美が面白半分、ふざけ半分で歌を歌う。
真紀はその音程が狂った歌を聴いて、ボソッと感想を言う。
そして紗美の歌に誘われたかのようにそれは姿を現した。
「グルゥゥウウウウ」
「あら、本当に来た。 迷惑な歌も役立つ時があるものね」
「失礼な」
「正しい事を言っただけです」
その生き物は、はっきりいって熊より凶暴そうである。
巨大で強大な体。
そして角と血に飢えた狂獣の瞳。
どう考えてもまともな生き物ではない。
………鬼である。
そう呼ばれる日本古来からの、神話で出てくる存在であった。
鬼事態、この下級でしかない鬼では人間のような複雑怪奇な思考は無い。
それゆえに本能と戦闘経験で組み立てられたとても単純な思考で考える。
だが、だからそれゆえに紗美や真紀ではその行動は全く考え付かないものではあった。
しかし何を考えているのかは分かる。
つまり…ここを突破できるか? そういう事である。
鬼から見れば。巫女服の女………
つまり真紀は後ろに下がっているために、戦いは苦手と鬼は思った。
接近すれば一撃で倒せる、そう考えている。
しかし、前面に出ている女。紗美はそうもいかない。
鬼の目にはその存在。そう炎としかいえない戦闘意欲が見えた。
あれに焼かれれば痛いではすまない。
経験上。こういう存在は唯単に力で負かすことは出来ないとしっている。
それゆえに、一瞬で決断を出す。つまりのところこれが一番効果的だったのだ。
一回ですむ上に、この上無く有効で効果的な方法を選択する。
後ろに、跳ねた。
「何ぃ! 貴様、逃げる気かオイ! 待て! おーい! 待て! まてぇえええええ!!」
「聞くわけないでしょうに」
紗美が感情的に吼えているのとは対照的に、真紀は冷静に言った。
しかし鬼にとってはたかが言葉で時間を無駄に使う行為は有利な行動意外の何でも無い。
それゆえに口を曲げて笑いの形に変える。
その口からは粘りとした肉食動物特有の唾液があふれ出し、その鬼が獣以外の何でも無いことを思い知った。
これが、下級でしかない鬼の思考の限界と言うわけだ。
鬼は8段飛ばしで階段を飛び上りながら、屋上へと向かっていく。
その間を、階段の上の方から何か飛び降りてきた。
「―――!?」
「とぉりゃぁ!」
その何かは人であった。
手に長く、真紅の光を纏う神秘的な刀を持ったその人はその刀を振るい鬼を斬る。
痛みで驚く鬼を、右足で蹴り飛ばし人影は踊り場へと着地した。
しかし鬼はそうはいかない。
階段を二つ下の踊り場まで転げ落ち、体中を強打する。これは鬼でも相当な打撃だ。
だが、止まるわけにはいかない。
下からは紗美と真紀が走ってきている。
独りなら、突破できると鬼は確信していた。
しかし、妙である。傷がふさがらない。
鬼の圧倒的な再生力なら即座に浅い斬り傷などふさがるはずなのに、まだ血を傷はよだれのように垂れ流していた。
それを不思議に思いながらも、鬼は上の踊り場にあがる。
人影は15、6歳ほどの少年であった。
階段を何段か下りて、鬼を見ている。
そして口を開いた。
「やぁ。こんにちわ鬼さん。 お相手は俺だ」
少年は挑発的に言う。
それに鬼は怒りを感じ、飛び掛っていった。
「ああ、言い忘れてた」
鬼の鋭利極まりない爪を、刀で防ぎながら少年は変わらない口調で言う。
「俺の名前は、荒神。荒神、優だ」
そういいつつも、足場が悪い階段にかかわらず鬼の爪を受け流した。
優はすこし痺れた腕を笑いつつ、そのままがら空きの脳天へ刀を振り下ろす。
鬼は回避しようとしたが、この体制では無理である。
肩に深く刀が突き刺さったが、致命傷ではない。
むしろ、得物が使えない優の方が不利だ。
だからあっけなく優は刀を手放した。
代わりに指を握り締め鬼の顔面を殴りつける。
しかし人間の腕力で殴りつけたところで、一瞬ひるませるのが限度だ。
だが、この一瞬で十分なのである。つまりの所、刀を取り戻すのには。
「すまないが、返してもらう!」
優は叫んで刀の柄を握り締め引き抜いた。
撒き散る鮮血と共に刀が優の手元へと帰ってくる。
だが、刀一本でこの状態を打破できるのであろうか?
「壱!」
重い音を立てて、柄の底が鬼の顔面へと叩き込まれた。
それにより、一時的に鬼とはいえ行動を止めてしまう。
「弐!」
左拳を鬼の分厚い腹に叩き込んで体制を崩す。
普段なら不可能だろうが、足場が階段で不自由なのと高いところにいるおかげで成功した。
「参!」
振り下ろされた刀が、鬼の右腕を斬り飛ばした。
しかしそれで優も体制を崩してしまう。
だが、それも既に考えていた。
「ごめん!」
そのまま体制を崩して逆に鬼に乗りかかる。
これは予想できなかったらしく、鬼は驚愕に顔を染めた。
鬼の足を踏みつけて肩をぶつけて動きを止める。
そのまま刀で鬼の右わき腹を狙った。
鬼もさすがにそれを察したらしく、腕を出して防ぐ。
互角の戦いのように見えてそうではない。
人間である優がいくらがんばった所で体力で勝てるわけが無い。
だが、勝機は別にある。
優には紗美と真紀が来るまでの時間を稼げばいいのだ。
そうすれば勝てる。
しかし、どうやって?
「ガァァァァァッァァアアアアア!!!!」
鬼が、叫んだ。
怒りを体に込めて階段に足を突きたてた。
そして、それを軸に強大で重い拳を振るう。
優はそれを伏せてかわすが体制が崩れてしまい、次の体制に入れなくなってしまった。
笑みを浮かべた鬼が、優へ向けて口を広げ噛み付こうとする。
それに優は怒りで叫んだ。
「うぉおおおああああああ!!!」
腕を突き出し、全力で優は鬼から離れる。
ホンのすこし前までいた場所が鬼に噛み付かれた。
絶句した優だが、すぐに体制を治して切りかかって行く。
だがその斬撃も効いていない。
厚い皮膚でその一撃を防がれてしまった。
分厚い。
さっき腕を切断したのがまぐれのようである。
いや、まぐれかもしれない。
鬼の皮膚は切れた腕の断面から見るに1から2cmはある。
象でもここまで分厚いワケが無い。
ここまで分厚ければ逆に体が動けなくなってしまう。
つまり、そんな厚い皮膚を持ったまま動いているのだ。
怪力もうなずける。
むしろそんな物を斬れる刀が変なのだ。
優もそろそろ腕が痺れ始めている。
刀は軽いようで重い。
長い時間持っているのには向かないのだ。
それゆえに優は刀を手放して両手で鬼の顔面を押さえた。
鬼は噛み付くのが気に入っている。
今の行動で優が慌ててしまったせいだ。
どうやっても喰おうとするはず。
現に一撃で優を殺せるはずの拳を振るわずその口を大きく開けて優へと顔を近づけている。
あふれ出した鬼の唾液が腕をぬらす。
だが、その生理的嫌悪よりその鬼の殺意ではなく食欲に優は驚愕した。
敵だからではない。
ただ、餌として優を見ているのだ。
絶句するしかない。
だが、優は叫んだ。
「ふざけんなぁぁっぁぁぁぁあああ!!!」
左手のみで鬼の顔面を抑え、優は残った右手で腰のベルトに挟んでおいたコンバットナイフを抜いた。
とても鋭利的で横腹をでかく作られたそのナイフはちょっとやそっとでは壊れそうに無い。
しかも素材も見たことも無いようなものであった。
蒼く輝いている。
素材そのものが蛍のように蒼い光を放っているのだ。
まるで、夢で見た世界にありそうな幻想的な物体。
しかしそれはナイフであった。
殺すための、戦闘用の武器。
「うぉぉおおおおお!!!」
そのナイフは、優の手によって鬼の左目へ深く突き立てられた。
優はそのナイフを手放して、後にあふれ出した鮮血を避ける。
「ギャアハガァァァァガァガガガガッガガガ!!」
鬼の悲鳴が優の耳を突く。
優がそれにより後ろへ進んだ鬼へ、階段の一段下に落ちていた刀を広い飛び掛った。
見事にその一撃は残った右目を貫く。
そして貫通して鬼の後頭部から刀身が飛び出した。
大量の血液と脳の欠片が噴出す中、それを力ずくで上へ上げる。
しかし、間違いなく普通の生物なら致命傷なはずなのに鬼は動いた。
まだ、殺せていない。
だが優はすぐにその考えが違う事を自覚した。
鬼はもう致命傷を受けている。
だが、それでもまだ行動できるのだ。
致命傷を受けたからと言ってもイコール即死というわけではないのだ。
まだ動けるだけの脳細胞と体が残っている。
だから動いているのだ。
「じ、冗談きついよ!?」
即座に優は刀を鞘に収めて階段を登り始めた。
鬼は完全に理性を失っている。
いや、元からあったかと聞かれれば怪しいが、もう何か意味のある行動をしていなかった。
すでに思考する余裕が無いのだろう。
叫び声を上げつつ残った左腕を振り回している。
優はさすがにもう戦うことは不可能だと認識して逃げ始めた。
しかし、そのとき目がもう無いはずの鬼が優の方向を向く。
もう光が見えないはずなのに。
鬼はその瞬間、口をゆがめて手を動かすのを止める。
そして優はそれを、見てしまった。
「―――ひ!?」
あまりにも、怒りや憎しみが無い笑顔であった。
むしろ爽快といったほうがいいかもしれない。
だがそれゆえに、その中に内包した意思は読み取れた。
―――道ずれにしてやると。
笑顔で、鬼は優へと歩き始めた。
それに対し優は振り向くのを止めて全力で階段を駆け上り始める。
恐怖だった。
なぜ笑顔でこんな思考を出来る。
可笑しいじゃないか。
笑顔は、いいことがあるからやるんだろう?
何で、こんな事をしようとして笑顔を浮かべれるのだ!?
「はぁはぁはぁはぁはぁ………ふう! はぁ!」
優は手すりを掴んで、腕力も利用して階段を二段飛ばしで駆け上がっていく。
しかし鬼は片腕を失い瀕死でも四段飛ばしで階段を駆け上っている。
このままでは追いつかれる。
(屋上まで―――行ければ!)
そこまで行けば、アイツと合流できる!
希望。
それだけを信じ優は体が壊れてしまいそうなこのレースを行う。
骨が砕けてしまいそうだ。
筋肉が引きちぎれてしまいそうだ。
だが、負けてたまるか。
「うぉおおおおおおおお!!!」
「ガァァガァァガァァァッァァッァア!!!」
階段を登りきり、刀を抜いてドアを斬りとばす。
そして広い、荒れ果てた屋上へと飛び込む。
勢いが入りすぎて飛び込んだはいいが、着地できず無様に地面に肩をぶつけてしまった。
優はその激痛で息を吐こうとした。
しかし体は逆に吸おうとしており、激痛が走る。
だがまだ終わっていない。
「雄太ぁぁっぁぁぁぁあああ!!!」
「待っておったぞ優!」
何処からか、男の声が響いた。
同時に一本の鞘に納まった刀が投げつけられてくる。
優はその刀を受け取り、腰に下げていた唯の白い鉄で出来た刀を放り捨てた。
それでやっと息がつけたらしく、優は長いため息をつく。
そして、刀を抜いた。
「鬼殺し六号、抜刀!」
刀身は白かった。
ただし、その刀の刀身は紅い光を纏っている。
鬼殺しと呼ばれるその武器を抜き、優はそれを構えた。
疲れる。
その武器は持っているだけで体力を消耗した。
それは本来、人が使うには大きすぎる力だからである。
だが、優は使う。
使えるからではない。使おうと思うから、だ。
「ガァァァアアアアガガガァァァァ!!!」
鬼の叫び声が聞こえる。
優はそれに対して刀を構えて、叫ぶ。
「来い!」
屋上の入り口を破壊し、鬼が飛び掛ってきた。
その鬼が残った腕で攻撃を仕掛けてくるよりも早く、優が鬼殺しを鬼の腹に突き刺す。
見事にその刀身は鬼の腹を食い破り、その背中に刀身を生やした。
その位置は左胸。
心臓の位置である。
さすがにコレでは鬼でもおしまいだ。
振り上げた拳は、力を失いゆっくりと下に落ちていく。
そして優は鬼の右胸を手を当てて、ゆっくり鬼殺しを引き抜いた。
すでに血の流れは止まっており、血は噴出さずゆっくりと傷口から流れ出している。
優はそのあと、数回鬼の頭部を叩いた。
数秒立ってから壊れた階段の方を向く。
そこから紗美と真紀が駆け上がってきた。
優はそれを確認してから、やっと大きな大きなため息を吐いて額に手をやって空を見上げる。
夜により黒に染まった空を見てから、ゆっくり鬼殺しを鞘に収めて地面へと腰を下ろした。
「よ。 ごくろーさん。一人で勝つなんて腕上がったじゃねぇか」
「まぐれ。 雄太のおかげだよ」
「よく屋上に居ると分かったな。優」
そして屋上に据えられたフェンスを乗り越え、一人の少年が優の方へ歩いてきた。
手には優が持っているのと同じ刀を持っており、その目には夜にもかかわらず紫外線カット加工が施されたサングラスをかけている。
優は彼に手を振るいながら鬼の死体から離れた。
そして代わりに紗美が鬼に近づき、ポケットからビンを取り出す。
その中身を鬼にかけて、手の炎でそれに触れる。
火がついた。
そしてそれを見てから紗美も優の方へ歩いてくる。
「そーいや雄太。なんで屋上にいたんだ?」
紗美はそう聞きながら床に座ってグローブを外した。
そのグローブは所々こげており、本当に彼女が炎を出していた事を暗示している。
そして紗美の質問に答えたのは優であった。
「簡単。 月が、好きだからだよ」
「………ハズレだ。 唯の閉所恐怖症である」
「嘘つき」
「ふん」
雄太はそれだけ会話すると、一人階段を下りて立ち去ってしまった。
続いて紗美も立ち去っていく。
それを見て優は笑みを浮かべると、ゆっくり立ち上がる。
はっきり言って、どうしようか困っていた。
優の服は鬼の返り血で真紅に染まっており、もし誰かに見つかったら即座に警察に連絡されかねない状態である。
さすがにこんな服で出歩く勇気は優には無い。
「どうしよう?」
「これでも着てください」
話しかける機会を待っていた真紀が、これ幸いと優にコートを渡す。
それを受け取りながら優は階段から降り始める。
そして優が振り向くと真紀が月を見上げていた。
「真紀ちゃん?」
「最近。鬼が、多く出すぎだと思いませんか?」
「うん?」
優はもう一度あがり、真紀の所まで歩く。
真紀は目をつぶり、ゆっくりともう一度開けて優を見た。
「あの人が死んで数ヶ月。一ヶ月に多くても2回程度だった鬼の暴走が今月に入って既に5回。その前は6回でした。
どう考えても、異常です」
「……………何が言いたい?」
「破滅って。 夢物語じゃないように思え―――」
「止めろ」
瞬間。
優は真紀の口を手の平で押さえていた。
何が言いたいのかははっきり優にも分かっている。
だから、言わせたくない。
「頼むから、止めろ。 まだ絶望とは決まっていない」
優はそれだけ言って、立ち去った。
寒い。寒い。ここは、寒い。
その少女は、その向かいのビルに居た。
病的なほどに白い体、そして締め付ければ折れてしまいそうなほど細い体をしている。
しかしそれ以上に、存在が希薄であった。
まるで、幽霊のように。
彼女は一言も喋らない。
視線は今、階段をもう一度降り始めた優へと向けられていた。
淡い銀色の瞳はこの距離でも、闇でも視覚に問題は無いようである。
だが、それ以前に少女は何をしているのか?
年齢的には10になったかならないか程度だろう。
だがその顔には表情が無い。
能面のように固まった無表情で見ている。
それだけなら人形とでも思ってしまいそうだ。
しかし違う。
強い風がふくと彼女の長い銀色の髪の毛がなびくのと、その瞳が瞬きするのが人形である事を否定していた。
だが、こんな年齢の子にそうそう出来る表情では無い事は確かである。
少女は少しだけ、優が階段を降り見えなくなってから動いた。
屋上から身を乗り出したのである。
つまり飛び降りた。
自殺だと思うだろう。
しかし、地面にぶつかる前に少女は空に溶けるように消えてしまった。
まるで最初から居なかったかのように。
本当に、幽霊のようであった。
鬼神 オニガミ 第一章 第一話 飢(うえ)〜乾き〜
うるさい音が鳴る。
優はそれがうるさいと思い、目を開いた。
そしてうるさい元凶である目覚まし時計を止める。
「ねむぅ………」
それもそうだ。
結局優が帰宅したのは次の日の午前一時である。
遅くとも午後十一時には寝る優にとっては遅すぎる時間であった。
つまり本来必要とする睡眠時間を取っていない。
そのせいで、いつもならすぐに運動も出来るほど目が覚める優でも、いまだボーとした頭の重さを取れずにいた。
そしてゆっくりベットから下り、カレンダーを見つめる。
7月20日。
「しち、がつぅ………にゅうはちにちぃ…………」
数秒沈黙。
優はゆっくり口を開いて、叫んだ。
「テストの日だぁぁぁぁぁああああああ!?」
そう、今日は優の通っている中学の一学期期末試験の日なのである。
即座に優は机へ移動してその上に置いてあるノートと期末範囲を見つめた。
半分も終わっていない。
「……………おぉ。 大ピンチ」
ゆっくり他人事のようにつぶやいた。
そしてそのノートの表紙を見る。
英語6年荒神優。
「同姓同名同学年か。 すごい事もあるもんだなぁ」
すこしの間、沈黙。
「んなワケあるかあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫んで他のノートも調べるが、一つも範囲を終えたモノは無かった。
唯一、古文と生物のあたりは終わっているがそれ以外は悲惨な状態である。
時計を見れば午前五時。
登校は六時三十分。
まだ時間に余裕はあるが、これだけの内容を一時間半で終わらせるのは事実上不可能だ。
着替えや食事などもある。
それだけでも大体三十分は取られるはずだ。
つまり一時間程度しか時間は無い。
「あわわわわわ」
仕方なく一時間を勉強に使用した。
蝉の声が聞こえる。
夏。
もっとも熱く、中学生の求める長い休み。
つまり夏休みがあるこの季節。
良い事が多いように見えて、この季節には悪い所もたくさんある。
たとえば―――
「熱いです」
「そっか? 俺はいい感じだぜ?」
「貴女が異常なだけです」
学校への坂道。
そこを二人の少女が口論しながら歩いていた。
言うまでも無いが、紗美と真紀である。
汗を流している真紀とは別に、紗美はすがすがしい笑顔であった。
夏のこの温度は真紀には熱く、紗美には心地よい暖かさとなっている。
夏休みまで残り一週間も無い。
しかしそれ以前に。
「しかしかったりーなぁ。 今日のテスト」
「ろくにやらない癖に」
やはり真紀は小さく言う。
紗美には聞こえる程度に小さくだが。
そう、それ以前に嫌う学生が多いテストがあるのだ。
そのため真紀は、英語のカードを見ながら登校している。
しかし紗美はそんな努力の欠片も見当たらなかった。
むしろ一生懸命に勉強している人から見れば怒りを覚えそうな体たらくである。
だが、これが紗美のよい所。
自由なのだろう。
たとえ学校といえど、自分を縛る鎖となるなら止めるという。
自己の『人で無い』事を理解しているからこそ、選択肢に加えることが出来るものを持っている。
真紀では、考え付いても実行など夢であろう。
だが紗美ならできる。
しかしそれだと大変な事が起きるので、真紀は紗美の行動に常に目を光らせていた。
「それに60は毎回取っているから、努力すれば100も夢じゃないわよ」
「ぁあ? 無理無理、俺教科書見ると眠くなるからな」
「………そこを努力するのよ」
そして真紀は思い出す。
いつも教科書を立て、顔を隠して寝ている紗美の横顔を。
授業を聞かず、どうやればアレだけの点数が出せるのか聞きたくなる。
「努力なんて苦手だ」
「………嫌いなだけでしょ?」
「まあな」
「……………はぁ」
呆れた。
真紀の態度はそう言っている。
それはそうだろう。
0点を取るのを嫌う者が居ても、100点を嫌う者はいない。
紗美なら努力しての100より、遊んで0点を選ぶはずである。
それを友人である真紀はよく知っている。
去年の事だが、明日テストだって言うのに遊びにこられた事があるせいだ。
言うまでも無いが、次のテストは悲惨な結果に終わっている。
それなのに平気な顔で67点を取られた気分は最悪の一言。
それを知っているのだろうか?
しかし………
真紀は考えるのを止めて後ろを見た。
そこに紗美が後ろを見ずに話しかける。
「それに真紀だって平均80だろ? まあ優は40行けばいいほうだろうけど。 へへへへへ………」
「だぁ〜れが40だってぇ〜?」
「何!?」
「紗美さん。気づいてなかったのですね。 本当に」
真紀が振り向いた理由は、後ろに優が来たのを感じたからだ。
しかし話に夢中であった紗美には分からなかったらしい。
見て分かるほどに狼狽する紗美を横目に、優は真紀達の横にならんだ。
「おはよう」
「おはようございます」
「昨日はごくろうさま」
「いえいえ。 こちらこそご迷惑おかけしました」
「………堅苦しい奴ら」
優と真紀の会話はこのような肩書きが長くなってしまう。
それに紗美が口を挟んだ。
しかし同時に優と真紀が紗美を見る。
一瞬何かを感じ後ろに下がった紗美に優が言った。
「そうだよなぁ。お前は『ご迷惑をかけました』だもんな」
「そうですよ。それどころかそれに『とんだ』をつけないといけません」
「お前らぁ………」
「冗談ですよ」
「真紀はそうなの? 俺は本気だけど」
「なおさら悪いわ!」
紗美は優に向けてチョップをかます。
しかし経験により、紗美のこの動作を完全に予知していた優は簡単に避けた。
真紀もその後にくるとばっちりを回避するために紗美の後ろに回る。
「お前らぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「あはははっはははは」
紗美はチョップを乱発した。
それを優はスキップして回避する。
紗美はすぐに優へチョップを当てるのを諦め、真紀の方を向いた。
そして獲物を見つけた肉食動物のように笑みを浮かべる。
対して真紀は笑顔を崩していないが、その頬に冷や汗を流した。
「真紀ぃぃぃぃぃ?」
「はい? なんでしょうか紗美さん。 あ! ちょっと、止めてください!」
「問答無用!」
即座に紗美は真紀へのチョップを開始する。
真紀は鞄を掲げてそれを防ぐが、防戦一方であった。
「おいおい………お二人さん。 言いにくいが……… あと5分だ」
優のその言葉が合図になったかのように、学校のチャイムが鳴り始めた。
先に優が言ったとおり、このチャイムはちょうど朝の会ことHR(ホームルーム)の開始五分前のものなのだ。
優達の通っている月夜川中学はこのHRの開始時に席についていない場合と、休みなら連絡が無い場合には無条件に遅刻と見出されるのである。
そのためこの五分前チャイムは、登校中の生徒には急げと同様の意味を持つ。
「よし、走るぞ優! 真紀!」
「当たり前だぁぁぁぁっぁああああ!!!」
一足早く走り始めた紗美が言うと同時に、走りながら優は叫んだ。
「はぁはぁはぁはぁはぁは………ぎ、ギリギリセーフ………」
「心臓に悪ぃな………」
「………異議なし」
優は席に鞄を置き、やっと息をついた。
時計を見て、まだ一分時間が残っている事を確認してから椅子にゆっくりすわる。
そして席に寄りかかった。
「はぁ。 疲れた」
「相変わらず、緊張に溢れたスリリングな人生送ってるねぇ。 優君」
「あ、錬」
振り向いた優が目を見開いた。
ミイラがそこにいる。
「…………………錬?」
「また怪我しちゃってね」
秋雨錬。
優のクラスメイトである。
その最大の特徴は、よくよく怪我をするという事であった。
とくに今年からは酷い怪我が多い。
そしてなぜかすぐに回復するという、謎が多い少年だ。
だが、それ以上に優には大事な親友である。
「いつも怪我してるなぁ」
「……………………………………………………まあな」
すこし考えてから錬は言う。
優は何か納得いかなかったが、追求するのはよした。
なぜなら錬は、それを聞かれてものらりくらりとよけてそらして教えたがらないからだ。
「ま、命が危険じゃないならいいけど」
チャイムがそこで鳴った。
錬はそのまま自分の席に鞄を投げて椅子に座った。
そしてそのまま、脱力して机に倒れこむ。
「お、おい!」
「ん ああ。 大丈夫。 大丈夫」
嘘だ。
優はそう思ったが、言っても意味が無いために黙った。
「大丈夫。 大丈夫だよ。 ねぇしお……」
うわごとのように、錬は呟き続けていた。
この学校の屋上は広い。
だが、広いは広いのだが人は人は多くない。
しいていえば穴場なのである。
優はそこで自分の昼食を食べながら空を見ていた。
横で紗美と真紀は共に食事を取っている。
これは食事であり、そして会議でもあった。
「でも、本当に鬼が暴れる回数、最近多いよな」
「確かにな。 何も無いわけは無い。か。 理由有るはずだよなぁ」
「理由ですか………」
そしてそこで紗美が右の人差し指で『1』を作る。
「たまたま季節」
「イナゴの大発生じゃないんだから………」
すかさず優が否定した。
鬼という超生物は、季節に関係なく安定した力を発揮する。
そのため季節は意味を持たない。
顔に冷や汗を流しても、紗美は次のアイデアを提案した。
「2! たまたま旬!」
「サンマじゃないんだから」
「どちらも食べ物関係………」
真紀は呟くと左手を上げて、その指を三本立てた。
「3で繁殖したを提案します」
「却下!」
優が否定すると、真紀は右手でもう一本指を立てて言う。
「4……… 鬼が活気つくような事が起きた」
「だとうな線、だけど……… 『何が起きた』に問題が以降するだけだ」
「なにか、か………」
優達が鬼と戦った廃墟。
そこに、男はいた。
漆黒のコートを、この真夏に着ているが汗一つかいていない。
それに、人間ではありえない銀色の髪を誇っている。
だが、異彩なのはそれだけでは無い。
巨大な旅行バックを男は持っているのだ。
普通の旅行者でもここまで大きな物はもたない。
それより、そのバックには禍々しい気配が溢れていた。
爆発物のような気配が。
「まだまだ甘いな、あいつらは。 こんな事をやってたらいつまでも泥沼だ」
男はそうぼやきながら廃墟の中へ入っていく。
中は瓦礫が散乱していた。
「………」
破壊された風景。
それに男は目を細める。
「この場所は、なんの理由で作られた?」
少なくとも、殺し合いの場所では無いはずだろう。
しかし今は………
「………虚しいな」
そして足元で小さな音がなった。
「ん…………」
かがんだ男は、地面で小さな薬品アンプルを拾った。
とても怪しい。
ラベルは貼ってあるが、薬品名は記入されておらず日付だけが書かれている。
それに市販のもので、この形状のアンプルは存在しない。
「…………例の物か」
男は呟き、ため息を突いた。
すでにこのアンプルは使用されているからだ。
「へ。へへへへ………へへ」
そしてその声は聞こえてきた。
精神病患者のように抑制が、全く取れていないうめき声が聞こえてくる。
「減ったよ………」
廃墟の奥から、何かが歩いてきた。
制服姿の、サラリーマン。
だがその服は所々擦り切れており、汚れも全身についている。
しいて言うなら、地面を転がったかのように。
しかしそれ以上に、狂っている。
「へへへへへへ。 へへへへっへへへっへへっへっへえ。 おなかぁへたよぉ。 へぇへへへへっへえあぉぉおおお………」
「………」
「へへへっへっへへっへっへ。 へへ。 おなか、へった。 喰いたいのよぉ。 ああへへへへへへっへへっへへ」
「ふん………」
重い音を立てて、中身を残してバックが地面へ落ちた。
その中身は男の手に持たれている。
『フォルサーMKY』 軽機関砲であった。
口径二十。対鬼武装の武器としては口径はかわいいものである。
ただし、その連射速度。
秒間10発という速度を考慮に入れなければの話だ。
たとえ一発で倒せなくとも、この数を秒ごとに叩き込まれれは確実に肉塊も残らない。
血と肉のスープができるだけだ。
物騒このうえない銃器である。
しかし、サラリーマンはそんな凶器を向けられても呆然と呟くだけであった。
「へへへっへっへっへへっへへっへへっへっへへへっへっへへへっへへへっへへっへへへ。 おなか、へったよ。へったよへったよ………」
「………オープン―――」
「あへっへへへっへへええへへへ………………ゲヘヘ グフェ!」
その瞬間、サラリーマンの体が膨れた。
空気を入れた風船のように、一気に三回り巨大化したのである。
すでに人間ではない。
鬼に、なっていた。
「ャャヤヤッヤッヤヤッヤヤッヤアアア!!」
「―――――――ファイヤ」
轟音が鳴り響いた。
「何かって何よ?」
「………それは」
「何らかの存在の復活」
「何?」
真紀が呟いた言葉に、優は目を細めた。
胡散臭いという意思表示である。
それに真紀は顔色を買えず答えた。
「………鬼には長とも呼ばれる存在がいます。
大部分は死んだり、『あの人』のように人間と共存していますが………
知ってますか?
上位の鬼は、死からも蘇るのです」
「………本当に生き物か?」
優は呆然と呟いた。
それもそうだろう。
死んだ存在が生き返る。
そんな事があって言い訳が無いからだ。
「もちろん。皆というわけではありませんよ?
けど、実例が数件程度ありますから」
「マジかよ」
「でも」
「でも?」
紗美が呟いた。
「それだけでこんな事態は発生しない。 統率が取れて無さ過ぎる」
「確かに。 そんな存在がいるなら組織的に行動するはずだ」
優はバックの中から小さなノートを取り出した。
中身には鬼の事件の事がかかれている。
「………というか。 これは実験ぽい」
「実験?」
「そう」
優はノートを紗美に投げた。
紗美はそれを受け取って見始める。
「今月の鬼の出現場所は、森、水辺、山、市街地、廃墟………先月のを含めても重なった地形が存在しない」
「確かにな。 ならなんだ? 誰かが鬼を『作った』とでも言うのか」
「………………とりあえず巌先生に捜査をしてもらおう。 結論をだすのはまだ早すぎる」
「人為的でも、自然でもですね」
真紀は空を見上げながら呟いた。
鬼は地面をけり、飛び上がって銃撃をかわした。
それに対し、男は銃口を上に向けて撃とうとしたが飛び掛ってきた鬼の爪で銃が切断されてしまう。
男はその銃を捨てて腰から投げナイフを取り出す。
それを鬼へ跳ねながら投擲する。
しかし体制を整えた鬼は、そのナイフを爪で弾き飛ばした。
「チッ!」
男は腰のベルトにさした投げナイフ、総計4本を手に持つ。
そしてそのまま、じりじりと後退した。
その足が何かを踏み潰す。
「………アンプル」
それもアンプルであった。
さっき拾った物と同じだが、こちらにはホコリやゴミが張り付いている。
つまりこちらの方が古いアンプルなのだ。
「やはり、これは………人間を鬼のする薬品!」
「ギャヤヤヤヤヤア―――ハハッハハッハ!!」
女の叫び声のように、甲高い悲鳴を鬼が上げた。
いや、多分雄たけびだろう。
悲鳴を上げる理由が存在しない。
「武器は……… あのバック」
呟きながら、男は先ほど落としたバックを見つめた。
地面に落ちて広がったバックの横に、大きなリボルヴァーが落ちている。
どうやらバックの中に入っていたらしい。
「かっこつけなきゃよかったな」
「ギャヤハッハ ハ!」
鬼が飛び掛ってくる。
男はそれを走ってかわす。
重い音を立てて、鬼は着地した。
「ぉら!」
男は叫んで、持っているナイフを全て投げた。
それは鬼の右ひざを、襲う。
鬼の右ひざに、四本のナイフが突き刺さった。
「ギャヤヤッヤヤッヤヤッヤヤッヤアアアアアアハハハハッハ!」
叫びが笑い声に途中で変わる。
この程度の傷なら鬼なら特定の武器で無い限り、即座に回復する。
読みの浅い男を笑ったのだろう。
「笑えるか? まあ、目的は果たした」
しかしその間に、男はバックのところまで移動していた。
そしてリボルヴァーを広い上げる。
『フォルサーR(リバース)00(タブルゼロ)』
50マグナム弾を使用する回転式弾倉、つまりシリンダー式の拳銃である。
無論、この武器も対人兵器としては強力すぎる武器であった。
急所に当たらなくとも、この弾頭なら衝撃で心臓を麻痺させる。
それゆえに、この銃は激烈な反動に耐えるため本来の六発から五発に装填数が減らされていた。
だが、強力無比な武器である。
「来い」
「ギシャァァァッァアアアアア!!!」
鬼が叫んだ。
男はそれに対してリボルヴァーを両手で構えて駆け出す。
強大な鬼の腕が、その野太い爪を振るった。
回避できない速度だ。
だが男はそれを、逆に鬼の懐に入り込んでかわす。
「ギャア?」
不思議そうに、子供のような疑問の声をあげる。
それに対して、男はただ一言だけ言った。
「バイバイ」
銃口が鬼の額に押し付けられる。
男は目をつぶり、引き金を引いた。
大きな破壊的音が鳴る。
そのあと男が目を開くと、鬼は脳を吹き飛ばされ倒れていく途中であった。
「まあ当然だな。 50マグナムを零距離で喰らえば」
確かめるように男は呟く。
そしていつの間にか汗で額に張り付いていた髪を払った。
「ふひゅ……… 問題は山積みかぁ」
そう言って問題のアンプル二つを見つめる。
そのあと、ゆっくりと自分のポケットから何かを取り出した。
同じアンプルである。
ただしふは開いておらず、中身も入ったままだ。
「意図的に、誰かがこれを流していると言う訳か………」
男はゆっくり呟いて瓦礫の上に座り込む。
そのアンプルには『音子』とかかれたラベルが貼られている。
日にちも書かれていた。
20年前の年が書かれている。
「………銀。 いやオトネ……… お前の苦しみはまだ消えていないのか?
すまんないが、帰るのは遅れそうだ。
約束は、守らなければ………な」
だって、自分が彼女を殺したのだから。
風が吹いていた。
男が戦っていた廃墟の向かい。
そこにある電柱の上に、あの幽霊のような少女が立っていた。
男をみつめ、そのあとで空を見上げる。
空は、雲で見えなかった。
「殺した。 殺された。 けど、生き返れた」
意味不明な言葉を呟く。
「アナタは悪くない。 そうでしょう? 黒雨………竜伊」
そう、音子は呟いた。
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薬(くすり)〜恐怖〜