もしもその軍団を見るものがいれば、魔物の軍勢と言ったかも知れない。
彼らの掲げる旗は十字架なれど、その旗を持つ者達は―― 人ではなかった。
あるものは狼の頭を持ち、あるものは鳥の羽を持ち、あるものは猫の瞳を持ち――
人と獣の姿を併せ持つ者達、獣人と呼ばれる存在だった。
しかし、彼らの姿を魔物じみたものにしているものは、その生気の無さ。
ほぼ全員がまるで拷問でも受けたかのような傷を持っており、ろくな処置すら受けていなかった。
もはや死人とさほど変わらない顔色をしており、生きている事が不思議な者すらいる。
だがそのような半死人のような状態でも、彼らは進軍していた。
挙句、彼らにはまともな武器すらない。
まだ銅製のなまくらな剣でさえも、武器を持っているならマシな方だ。
中には尖った石を棒にくくりつけた石斧や石槍を持つか、素手の者までいる。
これで戦争に行くなど、狂気か自殺行為以外の何者でもない。
それも、当然である。
なぜならば彼らは獣人であり、この時代における教会にとって、生きているだけでも最悪の罪人とされる存在だからだ。
見つけた時点で何もしていなくとも獣人であるだけで処刑される。
中には彼らを木にくくり付けて、武器の試し切りに使ったり、何時死ぬのか賭けをする場所まであった。
モルモットですらもっとマシな扱いを受けるはずだろう。
外的へと見せる人間の残酷さ、それを身を持って彼らは思い知らされていた。
そして今、彼らは聖十字軍のために使われる道具として使用されている。
ろくな武器を持たさず、後に進軍を開始する本当の聖十字軍のために、敵を一人でも多く削るための捨石。
それを知っていても、妻や子供を人質にとられた彼らに逆らう術は無かった。
彼らの生気の無さは、死に向かう事への絶望から生まれた物だったのだ。
だが、何度も繰り返されてきたそれは、ある日、突然に終焉を迎える事となった。
何の予言や予定もなく、何の準備もなく、余りにも唐突に。
彼らの前に、現われたのは一組の男女だった。
極普通の人間で、とくに目立った武装をしているわけでもない。
たとえまともな武装をしていなくとも、人間をはるかに超える身体能力を持つ獣人にとっては何の問題でもない。
一瞬で殺せるはず―― ……だった。
たしかに闘いは一瞬で決着した。
だがその場にいた者の中で、その結末を予想していたのはその男女のみだったはずだろう。
なぜなら、一瞬にして敗者となったのは彼ら獣人達のほうだったからだ。
女が地面を蹴りつける、それにより大地震にも似た揺れが獣人達を襲った。
そしてまるで大嵐に襲われた船のように揺れる彼らへ、もう一人の男が襲い掛かる。
その手にもつのは見慣れない木の剣―― はるか東の国にて木刀と呼ばれる事となる武器。
恐ろしいほどの腕前で正確に一撃を打ち込み、獣人達の意識を刈り取っていく。
武器が元々殺傷力が低いという事もあるだろうが、それでも相手が棒立ちしているわけではない。
なのにこうも容易く殺さずを行なえるのは、彼の技量が恐ろしく高い証拠だった。
少しの間に、今だ立っている獣人たちは彼らには絶対に勝てないと思い知らされた。
それはまるで猫が獅子に勝てないように、下手に強さがある故に力の差が理解できる。
それよりも、彼らの一人の正体に気づいた事も、それに拍車をかけた。
「竜だ…… 何で……」
「馬鹿な
!? なんでそんな奴が……」
――グゥァォオオオオオオオオオオオオォォオオオオオオ!!!!
女が咆哮した、それは世界を震わせて自らの意思に従わせる。
竜が全種族、全生物の中でも最強と呼ばれる最大の由縁、竜魔法。
それは全知全能の力ではなかったが、もはやそれに近いものとして君臨していた。
大地が彼女の意思に従い、砂となる―― 一瞬で平原が砂漠と化したのだ。
一瞬で変わった地形に対応できず、何十人もの者達が地面に倒れこむ。
それで決着だった、今は殺されなかったが、彼女の力を持ってすれば、この場にいるものを皆殺しにする事などいとも容易く行えるはず。
この真実を知った以上、ただでさえ低い志気しかなかった彼らに、これ以上の戦いをする意思などもとてもなかった。
地面に座り込み、武器を投げ捨てた彼らに、男女はゆっくりと歩いてくる。
呆然とその死神じみた姿を見ていた獣人達は、ふとそれに気づいた。
男女二人組みの後ろから、誰かが歩いてくる。
男女の仲間かと思ったが、その姿を見たとき、彼らは別の方向の驚愕に支配された。
「さて、この聖十字軍は俺達が奪い取った」
初めて、男が口を開いた。
そして彼を追い越して、小さな子供の獣人が座り込む狼人へと抱きつく。
泣き声―― お父さん! という、必死の声。
そう、やってきたのは人質となっていたはずの家族達だったのだ。
余りにも唐突な状況に、呆然とする彼らへ竜の女性が吼えた。
砂漠と化していた場所が、またも一瞬で草原と変わる。
「選べ、このまま死ぬか、俺達とともに生きるか―― 二つに一つだ」
そんなどちらを選ぶなど、考えるまでも無い質問を男は述べた。
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縁の指輪
五の指輪 エピローグ その日、悪魔は森を出た
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穢れ一つ無い、澄んだ池で一人の女が水浴びをしていた。
長い髪がマナを纏い、風に靡く。
動かす手が水を巻き上げ、光と共に空を舞う。
そう、彼女が身動きをするだけで、それは力を秘めた神秘と化す。
霊感があるものが見れば、まるで光の柱のように見えるだろう。
たとえ霊感がなくとも、光を纏う姿を見れば、同じ感想を抱くはずだ。
それほど、彼女は神秘的な存在だった。
「……久しぶりだな……」
「ああそうだな、久しぶりに聞こえたわ」
足元まで届く長い黒髪を広げながら、彼女は口を開いた。
たんなる独り言だと思いきや、それに返す声がある。
その声も女性の物で、まるで鈴のように澄んだ音色をしていた。
いつの間にか、池の真ん中にある岩に一人の女性が腰掛けていた。
人間ではない、なぜなら彼女の足は途中から魚のものになっているからだ。
人魚だとしても、それならその背中から生えた白い鳥の翼が異様。
他にも青い髪や赤い瞳など、様々な種族の特徴があり、一概に何とは言えない。
ただ、彼女が人間の常識に収まる存在では無いことだけは確実だった。
ただ彼女を知っている者は、彼女をこう呼ぶ。
帝級吸血鬼オアシス―― 長い吸血鬼の歴史の中でも、最初期から存在する元は人ではない吸血鬼。
そして彼女が居るこの場所こそ、彼女が作りだした世界でも異世界でも無い場所。
彼女の認めない侵入者をその無意識に干渉する事により追い出し、それでも強引に進入するならその存在をエーテルに還元して消し去る。
彼女を絶対の神とする場所、帝の絶対的権利の象徴。
「ビーストハウリングがいなくなったとき以来だ」
「あの時は、我々の敗北に終わったがの……」
「――そうだ、私は、そのときは間に合わなかった」
池から上がった黒髪の女性は、木の枝にかけておいた着物に手をかける。
濡れているはずの体は、彼女が軽く体を振るうだけで水気が吹き飛んだ。
それは彼女の背中に刻まれた赤い模様を走る力によるもの。
模様はまるで回路図のように、彼女の染み一つ無い肌に刻み込まれていた。
「さて、それでどうするのじゃデーヴィ?」
「分かった事を聞くな」
彼女はろくに手を動かしていないのに、ひとりでに着物が宙を舞い彼女の体を包んでいく。
色は黒が主体、所々を金の色が飾っている。
しかしほとんど着崩れしており、ほとんど肩は丸出しだった。
ただしその露出した肩の皮膚には回路図が走り、意図して肌を出している事が知れる。
ある種の感覚を持つ人間なら気づくはずだ。
それが魔力とマナを合成するための回路と“全く同じ”である事を。
人間どころか竜ですら持っていないほど、精密で巨大な回路である事を。
それどころか、秘めた魔力だけでも、単純な熱量に変換すれば太陽にも匹敵する事を。
何より、人外の領域すら超えた超上の領域に存在する者である事を……
「今度こそ、ヤツラより早く、だ」
その言葉とは裏腹に、口調そのものは静かな物だった。
感情を上手く抑えているのか、元々感情が薄いのか、それともその両方なのか。
まるで石を削って作った仮面のように、その美貌に感情の変化など見えなかった。
「……覚悟を決めたか、辛い戦いとなるぞ」
「覚悟の上だ、悪魔に幸せなどあってよいはずが無い」
「都合のいい言葉だな、悪魔と言うのは―― 自分を悪人呼ばわりするには十二分じゃ」
「悪人以外の何者でもあるまいよ、特に私はな」
そのとき、初めて自らを悪魔と名乗る女―― デーヴィは明らかに分かる感情を浮かべた。
それは笑みの形を取って表情に表れる。
いつの間にか持っていた扇を広げて、その口を隠しているが細待った目や雰囲気が笑っている事を物語っていた。
「そうか…… ワシからしてみればおぬしほど誠実な女はおらんと思うが?」
「誠実? 私は違うぞ」
「ふむ、これは予想が外れたわ」
オアシスは魚の尾で水面を叩きながら、愉快そうに言った。
カタカタと少し品の無い笑い声を上げながらも、彼女が手を振るえば森の木々が動いて道が現われる。
今まで彼女が作っていなかった外界への道、ここを進めばこの森を抜ける事が出来るのだろう。
「場所は日本じゃ、ここからではさすがに時間がかかるわい」
「日本か…… また、懐かしい場所に出たものだな」
「ふむ、服装などからそうかとは思ったが…… お主が発生した場所は日本か」
「そうだ、かなり―― 昔だが」
デーヴィの手から扇が、現われた時のように唐突に消えた。
そして彼女は池のほとりに置いておいた下駄を履く。
カランと下駄特有の音が森に響いた。
「今まで世話になったな」
「ふむ、わらわも久しぶりに楽しいひと時であったぞ」
「だとしたら、幸いだ」
そういうとデーヴィは振り向く事無く森の出口へと歩き出した。
森の中である以上、歩きにくいはずなのだが、その足はかなり速い。
「さらばじゃ、デーヴィ」
「さようならオアシス」
振り向く事無く、互いに互いを見る事なく決別の言葉を呟いた。
再会を期待しているとか、永遠の別れを述べているとか思えないそっけない言葉。
それは単なる儀式のようなものだったのかもしれない。
少なくとも、今この場から二人が違う道を進んでいくのは間違いないのだから。
そして、その日、悪魔は森を出た。
人が悪の化身として罵る悪魔と呼ばれる存在、それを自ら名乗る女。
彼女が世界に現われた事で、何が変わるのか―― どうなっていくのか。
どちらにせよ、この日、悪魔は世界に現われた……
「結局、迷惑をかけただけに終わっちまったな」
翌日、聖十字軍の支部であるホテルの前で、カルと錬達は別れの挨拶をしていた。
様々な事があったが、帰宅の時間は予定通りだ。
あれだけの出来事があって、それが予定通りというのは奇跡のような物だったのだろう。
ともかく、後はアスラルの運転する車にて錬の家に帰るだけである。
別に何の問題も無い、さすがにあれだけの襲撃の後で続いての襲撃など無いだろう。
もちろん、襲撃を続けて行なえばこの支部を完全壊滅できるはずだ。
しかし、今回の襲撃は実験的な部分も多かったはずだ。
本当に壊滅目的なら世界者を六人ぐらい使えば十分なのだから。
欠伸をかみ殺しつつ、カルは背負っていた木箱を地面に置いた。
縦長な木箱で、下手をすれば錬の身長よりも長い。
重量もかなりありそうで、どうやってカルがそれを背負っていられたのかが気になるほどだ。
「俺からのプレゼント、というかお詫びの品だ」
木箱は見かけとは異なり、簡単に開いた。
中には無数の包装材に包まれ、鞘に収められた刀が一つ、収められていた。
包帯のような布を乱暴に巻かれた柄や、塗装や細工が欠けて地の色が見えている鞘など、かなり古臭い上に安く臭い。
だがその様こそが、これが芸術作品などではなく、実用品であると囁いていた。
それこそ何人も人や何かを斬ってきた刀ならではの、静かな殺意にも似た物がその刀にはある……
「刀、ですか?」
「色々やばいものを斬ってきたせいで妖刀になっているがな」
「……妖刀ですか」
「話に聞いたんだけど、錬、お前は神無まで使えるらしいな。
お前の神魔の魔眼なら呪いを無効化できる。
それなら何の問題もなく、こいつの異常なまでの切れ味と軽さを生かせるだろう」
「へぇ……」
「ああ、魔眼無しで抜くなよ、危ないからな」
錬は鞘をつけたまま、その刀を持ってみる。
とたんに思わず自分の感覚を疑う。
その刀の軽さは、思わず自分が刀を持っているのか不安になるほどだ。
しかし実際には重さはある―― ただし、刀や剣を持ちなれた錬が今まで感じ取った事が無いほど軽いのは確かだった。
「抜いてみる……」
「気をつけろよ」
今なら、できると思った。
錬の瞳が赤く染まり、神話否定の力が発生する。
それはありとあらゆる神秘を“そんな事あるはずがない”と否定する力。
あらゆる奇跡の宝石は、この力の前に唯の石ころとなる。
力を用いながら、錬は刀身を抜いた。
抜いた刀身は、薄っすらと紅色に染まって見えた。
だがそれは一瞬だけ見えた目の錯覚で、刀身は決して赤色などではない。
しかしその鮮やかさは、心に刻まれていくような不吉な赤さを纏っていた。
錬は軽く、その刀身の先に指を乗せる。
すると、乗せただけで指先が薄っすらと切られた。
薄皮一枚だけだが、傷口から血が染み出し、刀身を伝う。
瞬間、だれもがその刀が喜んでいる事を、五感以外の何かで感じ取っていた。
「危ない刀ですね」
「危険じゃない刃物なんて無いけどな」
決して、この刀は気軽に抜いてはいけないものだと、錬は確信を深める。
だがこれほど強い呪いをもつなら、毒を持って毒を制するが如く、人外にも有効だろう。
強い呪い
(悪意)は、弱い神秘(祈り)など食い破るのだから。しかしその呪いは神無によって消されてしまう、斬る瞬間だけ呪いを蘇らせる―― 難しい事だが、不可能ではない。
「ありがたく、貰っておきます」
「めでたい品物じゃないがな」
「……俺には最高の贈り物ですよ」
刀を鞘に収めて、錬はそれを車のトランクに詰め込んだ。
ここへ来る時もそうだったが、もはやテロでもする気かと言われそうな重装備。
今更、刀の一本などオマケにすらならない。
何の変わりもなく危険極まりないそれらを見て、錬は思わず顔をしかめた。
帰りもスピード違反などで捕まりませんようにと、祈るほかない。
「それじゃ、俺は行くな」
「今度はこんな嫌な話じゃなくて一緒にお菓子とか食べたいよねぇ〜」
「……帰るぞ!」
いつものように子供みたいな事を言う薫由里の首根っこを掴んで、カルは立ち去っていく。
引きずられながらも、まだ何か事をいっているようだが、余りにもハイテンションで放たれる言葉はもはや解読不能な状態だ。
そして思ったよりも早く、その姿は角を曲がって見えなくなった。
「相変わらず、義母さんは子供なんだから」
「……まあ、気軽に話せるのはプラスだと思いますけど」
思わず冷や汗を流しながら言うアスラルに、綾美は弁護の言葉を述べた。
だが言った本人でも、弁護しきれない事など分かりきっていたが……
「弁護なんてしなくていいのよ、娘の私が一番知ってるわ」
「……なんか嫌な思い出でもあるんですか?」
「……別に」
そっけなく言いながら車に乗り込んだアスラル。
彼女のその仕草に苦笑を浮かべつつも―― 瞬間、彼女の顔色は激変していた。
彼女を見ていない一瞬、カル達はここに居ず、錬とアスラルも車への意識を向けている。
誰にも見られていない彼女が見せた一瞬の地、それは―― 紛れも無い憎悪だった。
彼女が思い出していたのは、自らの弟から伝えられた真実。
それはトリカブトの塊根に含まれる猛毒にも似た、激烈は変化を彼女に及ぼしていた。
だがそれに、その大きな変化に誰も気づいていない。
この数日で何もかも変わってしまった事を、まだ皆、本来の大きさよりも小さく見ていた。
綾美すらもまだ知らない事があり、錬もまた同じく錬しか知らない事がある。
もしも互いに知っている真実を重ねれば、より真実にたどり着けるはずが―― 誰もそれを思いつきもしない。
「それじゃ行くわよ、早く乗って」
「あ、はい」
普段どおりに、明るい口調で答える綾美。
そのときにはすでに憎悪の表情は、片鱗すら残っていない。
誰もが自分のそばにある、火のついた爆弾にも似た危険に気づいていない。
ある意味、とても滑稽な状況と言えた―― その危険とは裏腹に。
そしてそれが爆発した時、何がおきるのか。
今は、誰も、それを知らなかった。
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縁の指輪 後編予告 ---------------------------
結局の所、彼らが知るべきと思っていた真実は表層でしかなかった。
今の彼らには十分な真実だったとしても、知れば知るほどそれが薄っぺらな物だと思い知ることになる。
そしてその先の暗黒を思い知り、誰もが逃げ出す事への欲求を覚える。
だが、それに逆らってこそ、真実を得る事が出来る。
それがたとえ、アダムとイヴが手に入れた善悪の知識のように、許されぬものだとしても。
「なら、どう対応してやればいんだ―― 秋雨錬として」
大きな勘違いと誤解の元に、時計はその歯車を狂わせ致命的な方向へ全ては転がり落ちていく。
歪んだ歯車は時計全体を軋ませながらも、悲鳴をあげさせながらも動かせる。
その悲鳴は人の悲鳴と何が違うのか。
「なら、私が死ぬしかないのよ―― だって、私のせいなんだから」
過去を知っているから未来が分かるわけではない。
未来を知ろうとしても分かるわけがない、人は現在
(今)しか生きられない。そして今すらも、少し前は分からない。
「そうよ―― 綾美、アンタが死ねばいいのよ」
「安心しろ、背中ぐらいは守ってやろう」
過去を知っているものは自らの勘違いで世界を狂わす。
もしくは語る言葉持たず、ただ沈黙するのみ。
そして真実は誰も気づかない場所から湧き出す。
「馬鹿な…… そんな事、あるはずがない…… なら、あの力は―― 存在するわけがないッ!」
「空想は時に現実を犯すものだ」
「聞こえるだろう、悲鳴にも似たあの声が―― 心が震えるだろう?」
「あなたが、逃げ出した理由が、その声か」
「なら、錬は破壊を知っていた―― なら錬は一度、破壊を身に刻まれていたんだ」
「自分を否定したいから、その力は生まれた」
「夜月も死織も、錬と梓織の事を大事に思っている。 だから傷つけてしまう」
「私はそれを嫌がったから、それを生み出して逃げ出したの―― 最低でしょう」
「生まれた子供の名前? そう―― あえて言うなら、“無垢なる”かしら?」
最初の吸血鬼は人の願いより生まれた―― 血に宿る神秘を想像した多くの人の願いどおり、血の力を司る女神として
秋雨錬/秋雨夜月 人間/吸血鬼
秋雨梓織/秋雨死織 人間/吸血鬼
それでも、物語に終わりはやってくる。
「死にかけ? もう助からない? 知るか、お前は必ず俺が壊してやる―― 錬が、壊す」
「お前は―― 私の存在にかけて、死なせない」
縁の指輪、後編―― 開始
次回 縁の指輪
六の指輪 一刻目 そして、死へと立ち向かう