「EX01か……… アナタにとっては懐かしいモノでしょう?」
「何が言いたい?」
月の灯りに取らされた闇の中、彼は上を見上げる。
道にある何の変哲もない電柱柱、しかしこの世界ではもはや電線は地下を走るものでありかなり珍しい品物だ。
そして周りには他の電柱は存在しない。
電柱の上には、漆黒のローブを纏った人影があった。
それを見た男はまさかこのためだけに、電柱の上に立ってこっちを見下ろすためだけに電柱を用意したのかと疑う。
おそらくその答えはYESだろう。
男は何度もこいつにあっている、だからこそ人影の主がとんでもない愉快犯という事を知っていた。
「とぼけるのはよしなよ、ネーム・ロア・フレイツ。
本当の“ネイ”を知っていれば、その名を名乗るだけでその目的が分かるというものさ」
「………不愉快だぞ、風渡り――― 笑いに来たか」
「そうでは無いよ、ただ……… アナタに一つ聞いてみたくて」
「―――何?」
「“なんで人並みの幸福なんて求めるんだい、この大罪人”」
世界が凍った。
男は目を細めて護身用に持っていた拳銃を取り出す。
撃鉄をあげようとしたとき、飛んできたタロットカードにより拳銃は手から弾かれた。
いや、それは硬いプラスチックのカードを使って作られた呪札だ。
驚く男に、人影は笑顔で言う。
不思議の国のアリスに出てくる猫のように人影は闇の中、笑う。
「そうだろ、なぁ―――」
「言うな!」
「OK、最初にそういえば良いんだ」
人影はゆっくりと闇より自分を這い出させる。
出てきたのは、筒のような帽子を被った少年。
「アンタの計画、手伝いに来た」
少年は、そういう。
笑みは消えていた。
刻の後継者 第三話 『暴走 ―富士演習場『Mission.2』―前編―』
富士演習場、2040年にここには巨大な実験施設が建造された。
表向きこそ4階のそれなりの大きさを持つ建物だが、地下には10階以上の階層と巨大な敷地を持つ、政府公認の極秘実験施設。
その14階層、隔離フロアに三機の巨人がつながれていた。
フロアの大部分を占める巨大なプールは、人の血液に近い要素を持つ液体で満たされている。
そのプールに、巨人は肩と首をアームで固定され、浸されていた。
固定された状態で脱力した巨人の姿は、子宮内の胎児のように見えるだろう。
まさに異形の落とし子とも言うべきその巨人達は、フォルテと呼ばれる機械の人型。
シメオンの兄弟に当たるロボット達だ。
巨人達を見渡す事が出来る一階上の実験制御室。
火嵐(からん)と下駄を履いた白衣の男が歩み進む。
一言で言えば変な科学者だった。
かなり分厚い近視用の眼鏡をつけ、伸びきってぼさぼさの髪はバンダナで強引にまとめている。
背は低く白衣は大きすぎて床に引きずりどんどん汚れていく。
子供じみているが、その瞳に宿る知識への渇望と高い知性が彼を子供以外の存在に見せていた。
そう、彼はこう仲間内で呼ばれる。
『湾曲思考(アストレイ・ルーチン)』砂本宗平と。
『フォルテ06、パイロット安定しました』
『同じく04、若干脳波に異常が見られますが許容範囲内です』
『03、機体のブラックボックスとシステムの同調が不安定』
実験の作業が行なわれる中、宗平は堂々とした様子で遅刻してきた。
遅刻を攻めたり非難する者は誰も居ない。
やっても無意味の上に無駄な時間を要するし、何より誰からも彼は慕われている。
その人間性は劣悪だが、研究者としては最高クラスだ。
「んで何がトラブってる?」
「03号機のブラックボックスがシステムを拒んでいます」
「あぁ、03は初期型だからなぁ、変な癖が残ってんだろ?
03のシステムを他の二機とリンク、二機に引っ張らせろ」
「了解……… 安定しました」
「03、04、06、起動可能です」
宗平は白衣のポケットからチョコステックの菓子を取り出し、一口で喰った。
眼鏡のレンズが光を反射し、その目を隠す。
そして、彼は宣言する。
「よし……… まずは06だ」
「はい、06の起動シークエンス開始……… 目覚めます」
フォルテの一機、その瞳に光が宿る。
人工眼球がぐるぐると回り、周囲を見渡していく。
その瞳は強化ガラスの向こうの、宗平に焦点を合わせた。
「06、ならびにランナー、こちらを認識しました」
「冬村君、気分は」
『巨人になった気分ですよ』
「まさにその通りです、はは、ジョークがうまいなぁ冬村っちは」
「砂本さん、私語は……」
「分かってるって、冬村君は上がってくれ。
続いて04、そして03の順番で起動、03は起動後にブラックボックスの擬似起動プログラムを流せ」
「システムオールグリーン、フォルテ04起動」
「システムオールグリーン、フォルテ03起動」
06号機と呼ばれたフォルテを固定していた首のアームが外された。
肩を支えるアームが動き、その機体をプールから上げる。
ゆっくり06号機はプールの外に輸送され、専用のハンガーに収容される。
そして06号機は実験フロアから離れていく。
04号機にも瞳に輝きが生まれた。
自分の腕を確かめるように何度も右手を握ったり開いたりする。
「よし、04号機も起動完了だな… それでは回収を………」
「砂本さん! 03号機に異常発生!」
「何!? どうした」
「03号機のシステム領域に外部からの不正アクセス……… 防壁展開、ダメです早い!
くそ、どこのどんなハッカーだ!」
「馬鹿な事を言うな、この施設にハッキングだと!」
「トレースを………」
鳴り出す警告音、赤く染まる灯り。
慌てだす研究員を尻目に宗平はもう一回、菓子を食べる。
ふぅとため息。
そして咆哮のように叫んだ。
「間に合わん、仕方ない! コードを強制切断!」
「り、了解! 起爆確認……… 汚染、止まりません!」
「トレース完了、ハッカーは……… フォルテ03号機のブラックボックスです!」
「な、そんな馬鹿な…」
研究員達はそのありえない報告に悲鳴のような声をあげる。
だがやはり宗平は冷静だった。
「…04号機を開放、03号機を撃破させろ」
「砂本さん… それは!」
「それしか方法は無い、おそらく汚染が残っているんだ」
「汚染とは!?」
「教える暇は無い、やれ」
04号機の拘束が解かれた。
そして腰アーマーに内蔵されているショックロッドを取り出す。
さすがにこれで装甲を破壊する事はできないが、関節に捻りこんで高圧電流を流せば電気回線を焼ききる事はできるだろう。
「03号機、人工筋肉活性化、拘束具を破壊しようとしています」
「撃破しろ!」
宗平の命令に従い04号機がロッドを繰り出した。
思い金属が激突する音。
それに研究員は参号機の撃破を確信する。
だが対して宗平は目を細めて冷たく言い放つ。
「失敗したな、どアホ」
やっと事実に気づき、研究員も04号機ランナーも硬直した。
参号機は恐るべき方法でショックロッドの攻撃を防いだ。
振り下ろされるロッド、それに首の拘束だけを破り頭突きをかましたのである。
シメオンのレーダードームを守るだけのそれとは違い、フォルテの頭部装甲はかなり強固。
元々折りたたみ式で大した強度を持っていないロッドはそれに激突して砕け散った。
ロッドが壊れた時に手首関節を痛めたのか、04号機はロッドの柄を保持できずプールに落とす。
03号機は04号機をカメラアイで睨みながら拘束を外していく。
それは見せ付けように、これから報復すると宣言するように。
まるで悪魔がこの世界に生まれるように、ゆっくりと羊水じみたプールへと落下した。
「総員撤収、後に隔壁閉鎖だ!」
「04号機は!?」
「“諦めろ、もう遅い”!」
03号機が跳んだ。
一気に04号機へ詰め寄り、その腕を振るう。
大量の赤黒い人工血液を噴きながら04号機の左腕が肩からちぎれて宙を舞った。
ゆっくりと、愛した男に抱きつく女のように03号機は04号機の腰を抱きしめる。
そして、力を、こめて! 一気に、腰を、叩き折った!
胴体から真っ二つになって人工血液を撒き散らしながら、04号機は二つになって朱に染まった羊水のプールに沈んだ。
その惨状は生命の誕生と終焉を混ぜ合わせた絵画のよう。
ぎろりと、03号機のカメラアイが宗平を見た。
「…ふん、そういえば一度会っているな、お前らとは」
その制御室へと、03号機の拳が叩き込まれる………
『間に合いませんでしたよ、実験は見事に大失敗です』
「当然としか言いようが無い」
『全く、道化師である私ですらもっともマシな滑稽をお見せしますよ』
「だな」
軍港にてメガフロートでの任務を終えたメンバーは、輸送船から輸送トレーラーにシメオンを移動させている。
その様子を身ながら、シタンは通信機で『アイツ』と会話していた。
『現在は隔壁を閉鎖して時間を稼いでいますが、03が地上に出るのは時間の問題でしょう』
「そうか… なら俺たちが行くしかないな」
『ああ、それと… あ、ちょっと待ってくだ………』
「どうした?」
『おっス、砂本宗平に交代しました』
「宗平?」
通信相手が変わり、シタンは驚いて思わず聞き返してしまった。
それに相手はぷぷっと笑い、話し始める。
『いやはや暴走時に現場にいてな、残骸の中に埋もれていた所を助けてもらったわけさ』
「相変わらずの不死身というか幸運っぷりだな」
『旅行や同窓会で某名探偵なみに殺人事件とエンカウントする、そんな俺相手を殺すにはまだ甘い』
火嵐と下駄が鳴る。
『03号機は間違いなくあのシステムの操り人形だ。
フォルテの初期型は不安定の上に汚染が大きいから放棄されたが、参号機は汚染されていない。
だからこそこの実験に投入されたんだろうが、それこそが罠だったわけだ。
ようするに綺麗な包装をされた箱、けど中身が爆弾。
機体のブラックボックスが起動すると“発病”する罠が仕掛けられていた』
「やれやれ、お前が見つけられないとな…」
『システムの三下研究員ごときならともかく、己(おれ)が騙されるとは……… 実に愉快だ』
くくくくくと、狂った声で宗平は哄笑する。
それはあまりにも愉快な事があったので面白くて笑うのと全く同じ笑いだ。
彼が自分の理解を超えた罠に愉快さを覚えていた。
『とりあえず足止めぐらいはしているから、急いで来てくれよ』
「分かってる、それと…」
『あぁ、すぐに仕上げておくさ。
飛びっきりに凶暴で凶悪で最高にな』
そこで声が変わる。
宗平が通信機を『アイツ』に返したのだろう。
『それでは、私もそろそろ』
「ああ、それじゃあな」
シタンは通信機の電源を切り、叫ぶ。
「出撃する!」
「月より来るものは月へと帰るべし、運命は反転し流転すべし!」
祝詞を歌いながら、筒のような帽子を被った少年が赤い光で満たされた通路を駆け抜ける。
その先には暴走するフォルテ03号機の姿。
フォルテに少年は右手を向ける。
「炎で満たせ檻の世界、焼き尽くせ愚か者の命、その魂魄さえも無に返せ」
右手より走る赤いライン、それは触れた物の分子を振動させ発火させる。
空気すら焼く炎の糸に全身を包まれながらも、フォルテは止まらない。
カメラアイが少年を見て、頭部を向ける。
頭部に装備されたバルカンが火を噴く。
「わが意思よ世界を腐らせ歪め湾曲させよ」
少年の前に光のリングが生まれた。
そのリングを通った弾丸は方向性を湾曲され、見当違いの方向へ飛んでいく。
しかし完全に防げたわけではなく、数発はそのリングを超えて少年へ襲い掛かっていた。
運良く被弾はしていないが、機動兵器サイズの弾丸など食らえば簡単にミンチにされるだろう。
「魔力の生成効率が悪い……… マナが薄いワケじゃ無いのに…」
理由は分かっていた、マナが薄いのではなく質が違うのだ。
彼が使う第三世界の魔法とこの第一世界のマナが“かみ合っていない”。
無理やり取り込むマナの量を増やせば威力こそ上げられるが、直流の機械に交流電源を使ったみたいに回路がズタズタになるだけだ。
全力疾走、この戦いだけならそれもよい。
だがこんなもの、本当の戦いのプロローグにも満たないのだ。
こんなところで倒れるわけにはいかない。
「まあ、私が本命ではないのだから足止めができれば良いんだが…… ね!」
フォルテの拳が振るわれた、それを少年は余裕を持ってかわす。
だがその一撃は床を壊し無数の瓦礫を生み出すと同時に、無数の亀裂を起こし一部は素材が変形して壁のようになってしまっていた。
少年はその瓦礫や壁に足を取られて機敏な動作が取れない。
フォルテがその対人用には強力すぎるバルカンを向ける。
だが発砲より早く飛んできた砲弾がその頭部を撃った。
「何をやっている道化! 早く下がりやがれってんだ!」
宗平が巨大な対戦車ライフルを地面に固定し、自分も地面に腹ばいになり狙撃したのだ。
フォルテが宗平を敵と認め、バルカンを放つ。
だがそれよりだいぶ早く宗平はライフルを手放し地面を転がって横の通路へと逃げている。
「時間稼ぎは此処までだ!」
道化が吼える、自身の体に無理やり“力”を流し込み能力強化と加速を行い通路を宗平の逃げた横道へと駆ける。
まさに疾風、ありえないほどの動きで道化は通路へ逃げ込んだ。
その数秒後、降りてきた隔壁がフォルテを通路へと閉じ込める………
「極普通に死ぬかと思った…」
「ライフルなんて使えたんですか?」
「一応、一通り訓練は受けてんだし」
「あ、そうかい」
階段を駆け上がり途中の踊り場で、二人は休みながらそんな会話をする。
ホコリや汚れでどろどろになってしまった白衣を脱ぎ捨てて宗平は深呼吸。
そして持っていたペットボトルを道化へと差し出した。
「それは?」
「スポーツドリンクだ、相当無理をしただろうにな。
手がかすかだが震えておるぞ」
「すまない」
強引に魔法を使ったダメージはかなりのものだった。
自分の目で震える手を見て、やっと自分が倒れかけている事に気づいたぐらいだ。
「末期だな」
「第三世界は魔法の世界… 第一は科学の世界、当然だろう」
「第二は共存、第四は闘争だがな… まあいい、シタンはとりあえず間に合いそうだ」
「はぁ…命張ったかいあったわ」
ふぅと一息ついてから、道化は立ち上がった。
これから一仕事しなければいけない。
宗平もこれから別の安全なルートから地下に向かわないといけないのだ。
目的は別なのでこれからは一緒に行動できない。
「それじゃあこれからは別行動だ」
「ああ、それとこれは俺の勘なんだが」
分かれる間に宗平はこれだけは言っておきたかった。
「この件、なんかきな臭い」
「何?」
「つまりは……… システムの問題だけではないということだ」
「…連中か」
「間違いなく」
その言葉に、道化の顔は凍りつく。
彼らが連中と呼ぶ存在はそれほどまでおぞましく、恐ろしい存在なのだ。
「…互いに全力で、遭遇したら逃げる事にしよう」
「ああ、俺たちでは勝ち目が無いしな」
悔しさを隠す事無くさらけ出しながらも、二人は駆け出した。
『システムを指揮車のKシステムにリンク ………完了。 ウォーミングアップ!』
『こちら弐号機、美野里。 ウォーミングアップ完了』
『参号機、静。 ウォーミングアップ完了』
「五号機、紫苑。 ウォーミングアップ完了」
演習場として用意された、広い草原。
そこに三機のシメオンを積んだトレーラーと、指揮車両はあった。
シメオン達が休眠状態にされた人工筋肉を電気信号で興奮させ、目覚めさせていく。
そして眠りを妨げられた事を怒るように身を振動させた後、自らの足でトレーラーから降りる。
『けど、連戦とはきついわ』
『機体も応急処置だけですから、戦闘機動は長く行なえませんしね』
「…なぁ… なんか、寒気しないか?」
コックピットの中で紫苑は、知らず知らずの内に自分の身を抱きしめていた。
寒いというより、体が震える、心が凍える。
理由は分からないが、寒気がした。
『…紫苑さんも、ですか?』
『おいおい、紫苑。 お前もかよ…』
「みんなも、なのか」
この草原に来た時から、この寒気を感じ始めた。
ゾッと、まるで小さな子供の頃に暗闇へと感じていた恐怖のような、寒気。
物質的な変化ではないが、精神を不安にさせるには十分だった。
『計器などで異常は無いのですが…』
『そもそもシメオンのコックピットはABC対策は完璧だよばぁか』
「………なんだろう…」
『みんな、聞こえるな』
そんな会話をしていると、シタンの声が通信機より聞こえてきた。
普段になく感情を押し殺した声、だからこそ今の緊迫した状況が伝わってくる。
『敵はシメオンと同じタイプの兵器… フォルテだ』
『フォルテ!?』
『なんで日本にフォルテがあるんだよ、オイ!?』
『俗に言う秘密実験ってやつだ。
いいな、暴走しているのは正式な戦闘用… 性能はシメオンより上だ。
最大火力で一気に仕留める』
紫苑はその言葉を聞いて、言いようの無い不安に襲われた。
フォルテ………
シメオンと同じタイプの………
兵器、それがどうした?
人型、それがどうした?
性能、それがどうした?
暴走、それがどうした?
有人……… ―――――“有人”!?
「ちょっとまて!」
『紫苑、どうした』
「シメオンと同じタイプの兵器って事は“ランナーはどうなってる!?”」
『―――――!?』
シメオンはその中枢部たるブラックボックスと機体そのものを結ぶ存在として必ず人を必要とする。
正式にランナーになった時、貰った資料にはそう書かれた。
なら同じタイプのフォルテにも―――
『暴走機に… ランナーは乗っている。 おそらくもう死んでいるだろうがな』
「何―――!?」
『ブラックボックス起動のために、トランスという能力が必要となる。
だがそれを持っている人間は余りにも少ない、今回の実験は“薬物による人工トランス”実験だそうだ…
特定時間内に特殊な薬品を飲まない場合、自律神経などに重大なダメージを負うらしい』
「ふざけるな!」
『そうだな、だがこれが事実だ。
世界が奇麗事だけで動くなら戦争なんて無いし、餓えて死ぬ子供だっていない』
「話をすりかえるな、こんな事を平然とやるシステムの正気を聞いてるんだ!」
シタンの解答を聞いた時、紫苑を支配したのはどうしようもない怒りだった。
同じなのだ、家を仕事で出て行くときに「ごめん」という声とその響きが。
だから許せない、口では説明できない漠然とした怒り。
『………間違いなく狂っているな、まだ日本支部はいいほうだ。
一部では孤児を使って人体実験などをしている支部もある。
“滅ぼされるかもしれない”という恐怖が生み出した最大の狂気、それが『システム』だ』
「…………………」
『何を夢見ていた、システムが“正義の組織”とでも思っていたのか?』
『そうですよね、たしかにそうです』
紫苑とシタンの会話に、静かなゆえに心に響く声が割り込んできた。
普段と全く違う口調、声質ゆえに一瞬誰か分からない。
そしてやっとのことで、静の声だと認識した。
『そうですが、助けなくともいいというわけではありません… 救出を前提に私たちは行動させてもらいます』
『し、ず…?』
美野里が、静を嫌う彼女が言葉を失うほどに強い声。
シメオン参号機がゆっくりと歩き出す。
そしてウェッポンボックスよりヘビーマシンガンを取り出した。
シメオン参号機の火力不足を補うために製作された両手持ちの大型マシンガン。
ドラム缶にも似たカートリッジを取り付け、両手で持ち、地面に砲身の先を引きずりながら歩く。
『何をしているのですか、いきますよ』
『あ、あぁ………』
美野里はそんな静を侮辱する言葉が思いつかなかった。
怒っている、そう彼女は怒っていた、静かに、それゆえに強烈な怒り。
温厚な上に臆病な性格で怒るという感情に乏しかった彼女。
だからその怒りは皆を戦慄させた。
『私はそんな逃げ道に、逃げ込みませんよシタン隊長』
『………そうか…作戦変更、救出を最優先に行動せよ!』
その言葉を聞き、美野里のシメオン弐号機もヘビーマシンガンを取り出して装備した。
紫苑もシメオンにショットガンを持たせて歩き出す。
美野里のシメオンが先に歩き出していた静機を追い抜く。
『テメェ負けられるか、私は―――静、アンタより上だ』
『そうですね、認めてあげます。 だから手伝ってください』
『当然だ、バァカ』
フォルテは歩く、どこへ行くのか分からない。
自分は大事な何かをしている気がするのだが――― 分からない。
フォルテは―――そのパイロットは―――薬物による副作用と長期のフォルテ起動で精神を極限まで磨耗させていた。
すでに自分の名前すら思い出せない、それどころか思考する事すら失い始めていた。
ゆっくりと自分が壊れていく、その感覚だけがあった。
フォルテは歩く、何をしたいのか分かたない。
どうしてこんなに苦しいのか分からない、どうしてこんなに悲しいのか分からない。
どうしてどうしてどうして………
フォルテは歩く、それしか無いから。
ゆっくりゆっくり、彼は死へと進んでいく。
その歩みが死へ進む歩みしか見えない。
フォルテは歩く―――――
次回
「美野里、足を止めろ!」
「アイツを止めさせろッ!」
「や…ばい…… “バニシングアウト”だ………」
―――闇が、世界を喰う―――
第三話 『消界 ―富士演習場『Mission.2』―後編―』