「闇を人は恐れる、そこに自分の知らない“何か”を想像してしまうからだ。
  そしてそれはだいたい当たっている、敵も悪意もたいていは闇の中に潜んでいるものだからね」




  学校からの帰り道の途中、北風は紫苑にそんな事を語っていた。




 「そしてもし、その闇と戦うつもりなら―――
  自分がその闇にならないように気をつけなければいけない。
  こちらが見ていると同時に、むこうもこちらを見ているのだから。
  つまり魔物と戦うものは、魔物にならないように気をつけなければいけないんだ。
  魔法もそう、魔法を使うという事は自分とは異なる世界に足を踏み入れること。
  多くの人がその異界に喰われ、飲まれ、死んだ」

 「その闇は照らす事ができないの?」

 「照らせばその分闇が何処かで増えるだけだ、闇が有るからこそ光はあり、光があるこそ闇がある。
  太極図の陰と陽のように、それは常に同価値で同量……… 片方が増えればもう片方も同量増える」

 「つまり闇は絶対に消すできないモノというわけ」

 「ああ、だから闇は消すのではなく克服し乗り越えるモノにしなければならない。
  相手を完全否定するのではなく、それを認め自分を保ち、両方を手に入れて先に進む、それこそが闇に勝利するという事なのさ。
  それこそが闇にならないように気をつけるという事なんだよ。 それが出来ないから人は闇を恐れ逃げる」




  北風は夕日を見上げながら語る。

 それが自分への授業のような気がして、紫苑は彼の年齢を疑った。

 先に生まれると書いて先生と読む。

 彼は自分と同年齢のはずなのに、まるで何十年も先に生まれて今を生きる存在のように感じた。






















刻の後継者 第三話 『残骸 ―メガフロート『Mission.1』―』











  廃棄メガフロート―――

 それは現在使用されている海上実験都市『ウミクジラ』の前身にあたる実験都市だった。

 もはや過去の存在だが、それは解体されること無く今も日本の海に浮かんでいる。

 そして今日、ここは戦場となった。





  廃棄メガフロートに向かって、一隻の船が進んでいく。

 その船の甲板上には三つのロボットが立っていた。

 シメオン弐号、参号、そして五号機の三機だ。

  三機とも機体サイズに拡大されたアサルトライフルを持ち、静かに仁王立ちしている。

 その兵器はただ立っているだけでもかなりの威圧感があった。




 「見えてきましたよ、廃棄メガフロート」

 「そうか………」




  月野がシタンに報告するが、シタンは椅子に座って呆けており真面目に聞いていない。

 帽子で顔を隠して南国のリゾートにでもいるかのようにくつろいでいる。

 ………それを見て月野の笑みは凍った。




 「何をやってんですか! 三人とも出撃しますよ!」

 「ああ、そうだなぁ。 だが俺たちにできるのは支援だけだろう、いつも通りな。
  いきなり廃棄メガフロートに超攻性生物発見? 俺たちを日本から離そうとしているのが丸分かりだ。
  真面目にやってられるか」




  超攻性生物、いままで認識番号で言われていた怪物達に正式に決まった名前。

 つい先日あの怪物達をそう呼ぶ事が決まった。

 だがそんな事を考えるより他にすることがあるだろうとシタンは思う。

 そうたとえは彼らが行なおうとしている実験の停止とか、廃棄とかだ。




 「それとこれは話が別です! 自分の部屋にいるかのようにリラックスされているとこっちの気が滅入るんです!」

 「はいはい、っと」




  シタンは立ち上がりながら、そのメガフロートを見る。

 かつては人類の希望となるべくして生み出された鋼鉄の楽園。

 だがそこはかつての栄光など見る影もなく荒れ果てていた。




 「こうなってしまえば、単なるゴミか………」




  言ってみて、シタンはとても悲しく感じた。








  今、三機のシメオンが船から船着場に移動している。

 そのうちの参号機の背中には一機の人間サイズより二回りほど大きいロボットがつかまっていた。

 強化外骨格、パワードアーマー『A.F.07竜機』だ。

  全長3メートルほどの機体で、機械制御で動く2つのアームを保持する。

 その二つ目の右腕と左腕には大型のガドリング砲を保持。

 腰には大型のパワードアーマー用ライフルを装着していた。

 二つとも歩兵が使うには強力な上に重過ぎる火器だが、パワードアーマーなら軽々と扱う事が出来る。

 本当の腕は機体の背中に急造された取っ手を掴んで機体を支えていた。




 『二神さん、もう少し早く歩いてもいいですか?』

 『ああ問題ネェ、さすがは新型。 俺が紛争の時に着てたフレアキャットなんて目じゃネェな』

 『まあそのフレアキャットの後継機ですから、技術も向上していますし』




  そんな会話をしながら、三機のシメオンは作業機械用のための通路の入り口へと到着した。

 弐号機が外部操作端末を操作して通路を開放する。

  まるで地獄の門のような音を立てながら、通路はその姿をさらけ出す。

 その先には真っ暗な闇が静かに佇んでいた。

  ゾクン………と、紫苑は背筋に寒気を感じた。

 昔、北風とゆう友人が話した闇の話を思い出したからだ。

 ―――その闇は入り込む者の魂を犯す怪物が住まう、異界への入り口。




 『どうしました?』

 「あ、うん……なんでもない」




  静のシメオン参号機が立ち止まった紫苑の五号機に声をかける。

 肩の装甲に腕をつけての、接触回線による声だ。

  心配そうな静の顔がモニターに表示される。

 それに紫苑は笑みを浮かべて言い返した。




 「それじゃ、行こう」

 『先頭はお前だぜ、紫苑』

 『言っておきますが、参号機から離れないでください。
  他のシメオンでは外部とのリンクが維持できないので、参号機を通して輸送船に搭載された指揮車とリンクさせます。
  離れれば外部操作による脱出、オーバーライドも使用できません』

 『そんな事、言われなくともしっている。 すこし黙ってろ』

 『おいおい、まだ静の事嫌ってんのか。 いい加減大人になれよ美野里』

 『私の勝手だ!』

 「………こんなんで大丈夫なのかな?」




  言い争う三人の会話を聞いて、紫苑は心の底からため息をついた。

 五号機は戦車としての属性が強い… 正面装甲が厚いのだが運動性を下げないために背部の装甲が薄くなっているのだ。

 ゆえに背後からの攻撃は他のシメオンより貧弱。

 その弱点をこの三人が守るのだ、不安になって当然である。

  通路の中に入ると自動的にモニターが暗視モードに切り替わる。

 三機のシメオン、そのカメラアイが専用のガードに覆われた。

 シメオン専用知性アサルトライフルの射撃支援AIが自身のカメラではロックできないと判断し、シメオンのカメラに機能を渡す。

 これでシメオンは目で見て敵をロックしなければいけなくなった。

  本来、射撃兵装を使うにおいてシメオン自身のカメラアイはあくまで補助的な意味しか持たない。

 シメオンの装備する兵器はほぼ例外なくAIを保持するスマート(知性)ウェポン。

 弾丸の装填とモード選択さえすればリアルタイムで弾道を調整する。

 つまり射手は何も考えず武器のカメラでロックオンし、撃つだけで高い成果を上げられるのだ。

  AIの支援を受けられない以上、知性アサルトといっても単なるアサルトだ。

 美野里のような手動火器の訓練をしていない静にとっては最悪の条件。

 思わずそれを考えて美野里は静に対し薄笑いを浮かべた。




 『さてダンジョンへようこそ皆様方』

 『ふざけないでください二神さん』





  言い合いながらも四機は通路を奥へ向かって進んでいく。

 ところどころ通路の壁が削れているのを見て、この奥にいる敵を確信する。

 紫苑はアサルトの安全装置を解除した。




 「静?」

 『熱源反応無し、この近くにはいません』

 「分かった」




  それだけ確認し、紫苑はシメオンを歩ませる。

 見えてきた通路の曲がり角を曲がった時、“それ”を見つけた。

 とっさにアサルトを発砲する。

  “それ”は攻撃を受けると通路の向こうへ逃げていった。




 『どうした!?』

 「蛇がいた… 画像を送る」




  美野里が言うよりも早く紫苑は参号機を通して全機に画像を送る。

 画像の中には通路の半分を多い尽くすほどの巨大な蛇の姿が映っていた。




 『そんな… センサーに反応はなかったのに』

 『超攻性生物だ、常識で考えてはいけない… まぁ、毒蛇じゃない事を祈っておこうかァ』

 『センサーで捕らえられないとなると肉眼ですか…』

 『ああ… どうする、散開するか?』

 『それはマジィ。 こんなところで分かれたら簡単には合流できないし、下手したら同士討ちもおきるかも知れネェ』

 「………そういえばこのメガフロート、ある程度は生きてるんだよね?」




  紫苑はふと思いついた事を言った。




 『それが何か?』

 「監視カメラとか生きてる?」

 『―――! その手がありました』




  すぐに静は外で待つ船の中に置かれた指揮車両にリンクを確立する。

 開いた回線の画像では一人真面目にモニターに向かっている月野と、椅子に深々と座り込んでリラックスしているシタンが居た。

  静の顔は一瞬で凍りつく。

 そして地獄の底から響くような声で彼の名前を呼んだ。




 『…シタン隊長』

 『ああ、静か……… そっちはどうなってる?』




  呆れた静の声を聞き、妙に素早くシタンはモニターの前に移動した。

 顔こそ真面目だがさきほどのリラックスぷりを見ているとかなり不安になる。

 だがそれでも静が状況を伝えると即座に行動に入っていく。




 『それは2年前に発見された奴の派生種だな… よし。
  こっちからフロートの残存警備システムのカメラで捜索しよう。
  だが大分壊れていてフロート全体の67%しかカバーできない、残りはそちらで捜索できるか』

 『やってみます』




  その会話を聞いていた紫苑達の機体のモニターに、現在生きている監視カメラの画像が映った。

 フロート全体をカバーするにはあまりにも足りないが、無いよりははるかにマシだろう。

 そしてそのモニターの一つに、あの蛇の姿が映っている。




 「あのカメラは?」

 『ここより一階層下の通路ですね… 行きましょう』

 『一番近いルートは作業用エレベーターを使っていくルートだな』




  三機のシメオンは通路を進み、エレベーターホールへと入り込む。

 大型作業機械用のエレベーターは三機同時とはさすがに無理だが、ニ機同時に運ぶ事ができるほどのサイズがあった。

 五号機と弐号機がまず最初に降り、下に降りた後周囲を警戒する。

 そして安全と確認した後、参号機と竜機が降下した。

  参号機がカメラで索敵を行い、蛇型の超攻性生物が移動していない事を確認する。

 その通路への最短コースを参号機が検索して、五号機がメンバーの先頭にたって移動を再開した。

 通路を警戒しながら進み、問題の通路へと到着。

 次の曲がり角の所で蛇の尻尾が見えていた。




 「こちらに気づいていないのか?」

 『蛇の尻尾に目は無いだろうが』

 『でも移動してすらいないと言うのは不自然では無いですか?』

 『確かにナァ、冬眠中なんて事は無いだろうし………』

 「五号機が突撃します、支援を」

 『お前、ほんとにすこし前まで民間人だったのかよ。 度胸据わりすぎダァ』




  独り言のような声で紫苑に話しかける二神を故意に無視し、紫苑はシメオン肩部のウェッポンラックが展開する。

 鞘に内包された火薬が爆発し、五号機専用の巨大な剣を開放した。

 その柄の部分を巨大な右腕で保持、そして一呼吸の後に爆発的な勢いで突撃。

 一瞬で通路の曲がり角までたどり着き、その奥へと左腕に持ち替えたアサルトライフルの銃口を向ける。

  その先に蛇の顔は無い。

 曲がり角からすぐの所で地面にあいた穴へと体が入り込んでいる。

 すぐにその尻尾が罠だと理解できた。




 「各機に連絡、罠だ―― 警戒を!」

 『こちらシメオン参号機、静。 罠とは―― きゃあああああああああああ!?』




  衝撃音が参号機の通信回路より放たれる。

 陣形の一番後ろに陣取っていた参号機へ、床を破壊しながら蛇が現れ、襲い掛かってきたのだ。

 とっさに左腕を盾にするが、蛇の体当たりはそれすら超えてシメオン参号機を吹き飛ばした。

 その衝撃で竜機が参号機から吹き飛ばされ壁へと猛烈な勢いで激突する。

 参号機もそれにすこし遅れて壁へと激突した。




 『静!? チッ、手間をかけさせる!』




  振り向いた弐号機がアサルトを発射する。

 蛇はその攻撃の前にもう一度、床へと逃げ込んだ。

  紫苑は静の方へと駆け出そうとしたが、それより先に床へと潜ろうとする尾が目に入る。

 怒りに身を任せて、その尾へ剣先を突き立て地面へと縫い付けた。




 「逃がすかこの野郎!」




  そのまま尾を掴んで引きずりだそうとするが、シメオン中最大の出力を持つシメオン五号機でも力が足りない。

 シメオン五号機に、戦闘機動の開始を命令する。

  モニターに戦闘機動活動残り時間が表示され、シメオンはその半永久機関の機能を変換する。

 周囲の物質を材料に必要な化学物質を合成してエネルギーを生み出す機関が安全値を超えた活動を開始。

 発生したエネルギーは機体の人工筋肉へと限界を超えて強引に供給される。

 それにより爆発的に瞬発力が上昇するが、人工筋肉が過剰な行使とエネルギー供給により崩壊を開始。

 人工筋肉や負荷のかかる部品、半永久機関が過負荷に耐えられる限界時間、それこそが戦闘機動の活動可能時間なのだ。

  戦闘機動に入った事により、爆発的に出力が跳ね上がったシメオン五号機はその力を用いて尾を引っ張る。

 尾の筋肉が引っ張る力に耐えられずめきめきと音を立てて千切れていく。

 紫苑がそれに「行ける」と確信した時、不意にその尻尾が半ばから取れた。

  抵抗を失い五号機は後ろに飛んで壁に激突する。

 何だと確認してみると五号機の手には蛇の尻尾が残っていた。

 やつは蜥蜴のように尻尾を切り離して逃げ切ったのである。




 「うわ器用な奴」



  思わずそんな感想を漏らしながらシメオンのモードを通常に戻す。

 腰の放熱ユニットが最大機動を開始、過熱状態の人工筋肉や半永久機関を冷却し始める。

 シメオンの頭部を振るいカメラで周囲を探った。




 『――――!?』

 「静!?」




  もう一度、今度は別の場所から飛び出して蛇が参号機を狙う。

 参号機はさきほどのダメージから立ち直っておらず無防備を晒している。

 静の悲鳴を聞きながら紫苑と美野里がシメオンを駆るが、間に合わない。




 『伏せろ静!』

 『は、はい!』




  伏せたシメオンの上から、蛇の顔を砲撃が殴りつけた。

 二神の乗る『A.F.07竜機』が、ガドリング二丁とライフルで攻撃をしかけたのだ。

  ガドリング『ドラゴンブレスMK.V』とライフル『ドラゴン・ストライク』。

 その火力はさすがにシメオンには劣るが、集中的に狙われればかなりのダメージとなる。

 苛烈なその弾幕により、ついには左目を破壊され蛇は今度こそ敗走した。




 『二神さん、助かりました』

 『やれやれ、衝撃吸収剤や衝撃吸収機構を最新型にしといて助かったぜ。
  しかし腰が痛ぇなぁこりァ』




  軽口を叩きながら竜機が立ち上がる。

 優れた対衝撃システムがパイロットを守りきったようだが、さすがにダメージは大きかったらしく動きが鈍くなっていた。

 とくに右足の膝のダメージが酷いらしく、すこし引きずっている。




 『逃げられたが今度はどうする?』

 『下手に追いかけるとまた罠が待ってそうだしなぁ、こうなりゃフロートごと沈めてなかったことにしねェか』

 『さすがにそれは………』

 『別にかまわんが?』




  突然通信回線が開き、シタンが顔を出す。

 そのあまりものタイミングのよさに思わずみんな驚きの声を上げてしまう。

 そんなみんなを無視してシタンは言った。




 『このフロートは解体関係の予算やなんらで放棄されたフロートだ。
  放棄されたんだから無くなってもしかたないよな』

 『ならやっちまいましょうやァ』

 『だな、よしこれから手順を説明する』














 『えんらほらさっさ…っと』



  フロート最下層、そこで二神の竜機が様々な装置を操作していた。

 A.F(アサルト・フレーム)の手は人間に匹敵するほど器用であり、このような事も軽々とできる。

 変な歌を口ずさみながら二神はキーボードで命令を入力する。

  その彼を後ろに広がる闇の中から蛇が見ていた。

 蛇にとって彼は己の左目を破壊して憎むべき敵である。

 もう一体、右腕のでかい巨人もそうであるが蛇は単独行動をしている彼に狙いをつけている。

 それにあれなら一飲みできそうだ。

  操作を完了して二神機は移動を開始した。

 この操作をしてここにいるのは命知らずの馬鹿だけだからだ。

  ふいにかつて戦場でいつも感じていた、懐かしく禍々しいそれが心に隙間風のように冷たく入り込んできた。

 それは、殺気と呼ばれる。




 「しまッ――」




  反応した時はもう遅かった。

 ぎりぎりで前に跳んだが、飛び出してきた蛇の牙は竜機の下半身をやすやすと噛み千切った。

 上半身だけになった竜機は跳んだ勢いのまま吹き飛び、左肩から壁にぶつかって停止する。

 傷口からは大量のオイルが血のように流れ出していた。

  蛇はそのさまにやったと思った。

 そして口の中にある下半身を飲み込もうとして、気づく。

 口の中には、一滴の血の味も無かった。

  残された竜機の上半身の装甲が強制排除され、そこから二神が飛び出した。

 実はA.Fは着込むよりも乗り込むといった方が正しく、機体の脇より飛び出した長方形の部品にパイロットの手足が納まっているのである。

 ゆえに下半身が破壊されたところでパイロットである二神には危険が及ばない。

 実際のところそんなのは副産物の様なもので、こんな独特のシステムを持つ理由は人の足を入れるスペースを足に内蔵した場合、強度面には問題が出たからである。

 だがそれが今はパイロットの命を救った。

  二神は撃破された竜機には目もくれず非常階段へと走った。

 その道は竜機では通れなかったルートなので、幸運といえるだろう。

  蛇は狭すぎて通れない道の先にある階段を上がる二神に憎しみの視線を向ける。

 だが実際にはもはやそれどころの自体ではなかった。

 重い音を立てて、外へと繋がるありとあらゆる隔壁が閉鎖された。

 蛇は驚き、それを壊そうとするが強化素材製の対水圧隔壁はびくともしない。

 そして様々なところから大量の水が流れ込んできた。

  メガフロートには緊急時に進入してきた海水を外へ排出するシステムを持っている。

 二神がやったのはそのシステムの内、フロアを隔離する障壁を一番外の場所のみ展開し、排出システムを逆流させたのだ。

 メガフロートがいくら浮力が大きいとは言え、大量の水をその中に入れてしまえばその浮力は失われる。

 つまりこのまま行けばもう間もなくこのフロートは巨大な水中の棺桶と化すのだ。

  蛇は何度か体当たりをして隔壁を破ろうとするが全く効果は無い。

 そしてついにあきらめて蛇も上の階へと上がり始めた。

 フロートの構造上、海の上に出ている部分も隔壁が存在する、波を防ぐためだ。

 それも無論、対水圧隔壁で蛇の力で出れるものではないが、最上層のヘリポートへの道だけは例外だ。

  ヘリポートには着陸したヘリなどをその下の階にある格納庫へと移動させるためのエレベーター式プラットフォームが存在する。

 無論そのプラットフォームやヘリポートの隔壁は対水圧隔壁では無い。

 このフロートに“ダウンロード”された蛇は数日の間でそれを知っていた。

  自分の通れるルートを思い出しながら蛇は上層へと駆け上がっていく。

 少しでもルートを間違えて行き止まりにでも行ってしまったときは浸水してくる海水から逃れる事はできなくなるだろう。

 本能でそれを悟った蛇は今までには無いほど必死に本能任せで使っていなかった脳を働かせルートを見つけ出す。

 その結果、ついに蛇は問題の格納庫まで登りきる事に成功。

  かなりのペースで登ったおかげで、海水を撒く事ができたので蛇はすこしの間だけ休む。

 数十秒後、蛇は自らの巨体をプラットフォームに納めこんだ。

 器用にプラットフォーム起動用のレバーを押し込み、ヘリポートへ上がる。

  蛇はこのフロートにはまだ未練があった。

 自分が世界に堕ちた時に来たこのフロートは第二の故郷といえる場所。

 えさは海で魚を食えばよかったし、特に不自由はしなかった。

 こうなった以上、蛇は海を渡って日本本土へ行かなければいけない。

 別にそれ自体に無理があるわけではないが、人間における寂しさが蛇を蝕んでいる。

  だからこそ蛇はそれに気づくのが遅れた。

 遅れた一瞬はそのまま蛇の死へと変化した。




 『ウェルカム、蛇』

 『死刑執行場へようこそ、ってな』




  ヘリポートの向こう側、管制塔の壁を背中にして三機のシメオンが立っていた。

 大型機関砲を持った弐号機、両手にサブマシンガンを装備した参号機、待てる限りのバズーカ弾倉を右手に持ち左手でバスーカ砲を構える五号機。

 一度帰還した彼らが持ってきた重装備、そのどれもが銃口を蛇へと向けている。

 プラットフォームで上昇中の蛇にそれを避ける手段は無かった。

  機関砲が吼える。

  サブマシンガンが唸る。

  バズーカが幾度も放たれ、爆発を生み出す。

  蛇はその猛攻の前になす術も無く蹂躙された。

 鱗は無数の機関砲弾で抉り取られ、サブマシンガンの銃弾が容赦なく肉へ喰らいつく、バズーカがそれらもろとも爆砕する。

 苦痛すら通り越してもはや痛みなど無く、ただ消滅へと恐怖が蛇を満たす。

 普通の武器なら巻き添えにできたものを… そんな事を考えながら、蛇は倒れた。


  ゆっくりと蛇の死体が光のカケラとなって宙に霧散していく。

 その光景は幻想的だが、原材料が問題なのか感動が生まれることは無かった。

 数十秒で蛇が完全に光の粒になり、消え去る。

  蛇の消滅を見届けてから、シメオン三機は各人の持つ武器に安全装置をかけた。

 だがこれで終わったわけではない。




 「走れみんな!」

 『言われなくとも分かってる!』




  紫苑達はシメオンの武装を全て廃棄して駆け出した。

 フロートは現在進行形で沈没中だ、すでにこのヘリポートでも低い所は浸水し始めている。

 巨大人型機械であるシメオンですら広いと感じるそこを残り少ない時間で走りきれるか、それはかなり分の悪い賭けだ。

  数秒で出せる最大速度をだした三機はヘリポートの端を蹴ってジャンプする。

 弐号機はほとんどの武装を排除したため重量が軽く、真っ先にシタン達の輸送船の甲板へと着地した。

 巨大なその輸送船はシメオンという大質量の着地にも大した揺れが起きない。

  次にシメオン五号機が飛ぶ、右腕が重く飛距離が多少足りないが腰部アンカーを一本射出した。

 それを弐号機が手に取って引き、五号機も無事に着地する。



 「静!」

 『あの鈍亀、あれじゃ…』




  シメオン参号機は、飛距離があまりにも足りなかった。

 唯でさえ他のシメオンより重量があり、最大速度も遅い。

 その上、蛇より受けたダメージがまだ残っているらしくその跳躍はあまりにも力に欠けている。

 ダメ落ちる、そう思ったとき紫苑はとっさに動いていた。

  舟の一歩手前で参号機は海に落ちた。

 そこへ五号機が何の迷いも無く飛び込んでいく。

 一瞬、美野里は死ぬ気かと思ったが、それに気づいて考えを改める。

  沈んでいく参号機の腕を五号機の左手が掴んだ。




 『紫苑さん何を!? 五号機も一緒に沈んでしまいます』

 「考えてある、美野里、頼むぞ!」

 『説明を先にして欲しいわね、ホント驚いちゃったじゃない』




  甲板の溝に引っ掛けられていたワイヤーを船のフックに固定し、弐号機は自らの戦闘機動を起動する。

 そしてワイヤーをその最大出力のパワーを使って引き上げた。

 ワイヤーにより引き上げられた獲物、それは参号機を掴んだ五号機。

  何の事は無い、ワイヤーを命綱にしただけだ。

 だがとっさにそれを何の躊躇もなく実行した事がすごいのである。




 『よくまぁ、二神が言ったとおり、たいしたタマだわ紫苑』

 「言葉使いが下品だぞ」

 『ほっときな』




  五号機が何とか甲板に手をかける。

 そして戦闘機動を起動させて三号機ごと自機を引き上げた。

  ワイヤーで機体を固定して紫苑と静はシメオンから降りる。

 ひさしぶりの外の空気は、今までの戦闘による非現実的な感覚を現実へと戻してくれた。



 「紫苑さん!」

 「お互い無事だったな」



  紫苑は笑顔でそう言った。












 「やれやれ、これで全員そろったな」




  シタンはブリッジの艦長席に座ったまま呟く。

 メガフロートそのものを罠に使った作戦、成功は確実だったが脱出が問題だった作戦は無事に全員帰還を果たした。

 だがこの作戦は彼にとって大失敗だ。

 ヘタをすれば、犠牲者が出るところだった。

  ―――こうなってしまえば、単なるゴミか………―――

 そう思っていたなら、最初からこっちの作戦をとっていればよかったのだ。

 もしかして、自分はこのゴミと化したフロートを哀れんでいるのではないか?




 「いや……そういえばフロートは似てるな」




  昔、シタンがまだ“シタンではなかった頃”にいた船、それにフロートはよく似ていた。

 もう二度とそこに戻る事はできない。

 だからこそ似ているフロートに哀れみを覚えていたのだろう。

  それを考えたとたん、耐えられない怒りが噴出し、衝動に任せてシタンは被っていた帽子を地面にたたきつけた。

 椅子から爆発したみたいな動きで降りて、帽子を足で踏み潰す。




 「ふざけるな。 俺たちは誓ったはずだ… もうあの過ちを繰り返さない、過ちは消す………
  そうだろうがっ! なぁ“ネーム・ロア・フレイツ”!」




  怒りを強引に押さえ込み、シタンは帰還命令をだした。

 さほど時間が無い、今、日本にて災厄が始まろうとしているのだから。




 「早まるなよ、ギゲルフ・ゴージュレッド!」




  あの男の悪魔のような真っ直ぐさを思い出し、シタンは冷や汗をかく。

 地獄のように揺ぎ無く、天使のような使命感を持つ彼は守るべき物のためなら地獄を生み出す事をためらわない。

 考えれば当然だ、なにせ当人が地獄なのだから。

  地獄そのものがどうすれば地獄を恐れるのだろう。

 ゆえに、彼は迷わない、どんな事でも決意し実行する事ができる。

 たとえどんな犠牲を払おうと。

 必要なら行なう男なのだ。




 「02は、人の触れていいものではない!」




























次回

 「いかん――― 取り押さえろ!」

 「それではランナーが死にます!」

 「なんだよコイツは!?」

  ―――システムオールグリーン『フォルテ03』起動―――


 第三話 『暴走 ―富士演習場『Mission.2』―前編―』





作者蒼夜光耶さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル掲示板に下さると嬉しいです。