この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件・地名等とはいっさい関係ありません。

 

 

      

       第5話

 

 

 

 

 

薄暗い簡素な部屋、アズマと千歳が使っているアジト兼住まいだ。

 

その部屋の一角に黒と深緑の混ざった靄が吹き上がってくる。

 

その靄から、黒いコートを纏った人物がひとり出てくる。

 

そしてその後ろから、子供を腕に抱えたまま大鎌をその子の首筋に当てている人物も出てきて、それと同時に靄―ゲート―も消えていく。

 

出てきたのは千歳とアズマだ。

 

あの後、ゲートを通ってうまくここへ戻ってくることが出来た。

 

だが、千歳は不満な気持ちで一杯だった。

 

アズマが時たま自分に何も言わないまま行動することはあったが、今回あの小さな子を人質のようにしていたことには、なんだか納得がいかない。             

 

あの時言っていた「保険」とはすなわちこのことだったのだ。

 

戻ったら問い詰めようと、先ほどからずっと機会を伺っており、今がそのときだと千歳は思った。

 

 

「アズマ、ちゃんと答えてもらうわよ。この子はなに? どうしてこんな真似…、やるなら相談してほしかったわ」

 

 

自分の不満を正面からアズマにぶつける千歳。

 

だが、当のアズマは子供を抱えたまま動かない。

 

ずっと俯いたままで、声を返すどころかこちらに向こうとさえしない。

 

 

「…? アズマ?」

 

 

怪訝そうな顔で千歳がたずねるのと、アズマの体がふっと前のめりに倒れるのは同時だった。

ドサッと地面に倒れる。抱えていた子供もアズマの体に巻き込まれるように一緒に倒れてしまった。

 

 

「ちょ、ちょっとアズマ、大丈夫!?」

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

 

 

千歳はすぐにアズマのもとへ駆け寄る。

横を見やると、子供がアズマの腕から逃れようと必死にもがいている。

千歳はとりあえず子供をアズマの腕から助け出し、その横に立たせてやる。

ベソは…かいてないようだし、とくに騒ぎそうでもないからとりあえずは大丈夫だろう。

 

 

「アズマ・・・ちょっとアズマ!?大丈夫?」

 

「う、ああ……だい、じょうぶ、だ…」

 

 

千歳の言葉にアズマがとぎれとぎれに答える。

起き上がろうとするが、体に力が入らないのかうまくいかない。

 

 

「すまない、千歳…。ちょっと肩貸してもらえないか…。部屋まで運んで欲しいんだ…」

 

「わかったわ」

 

 

千歳はアズマに肩をかし、アズマの体を持ち上げる。

 

その際にアズマのくぐもった声が千歳の耳に聞こえた。

 

だいぶ苦しいようだ。早いところ部屋に運ぶのがいいだろう。

 

 

「でもどうして突然? 戻ってくる前は全然そんな様子は見えなかったのに」

 

「あの“ゲート”は…長距離になればなるほど…発動と、維持に…力が必要になる。ま、ちょっと…あいつらと喋りすぎたって、ところかな…?」

 

 

つまり、戻ってくる直前あたりでは、相手側に気づかれないように我慢していた、ということになる。

 

その精神力に、千歳は感心するしかなかった。

 

だが再び呻くアズマを見て、すぐに安静にさせたほうがいいと思い、寝室まで運んでいこうとする。

 

ふと横を見ると、先ほどの子供がまだそこにいた。

 

逃げようと思えば幾らでも逃げることが出来たはずなのに。いや、こんな子供ではムリか。

 

 

「どうしたの? 突っ立ったりして? こっちは忙しいの。そこ退きなさい」

 

 

じっとこちらを見つめる子供に、千歳はそうつげる。だが子供は意外なことを言った。

 

 

「…おじちゃん、いたいの…? くるしいの…?」

 

 

このときの状況を、「一瞬だが、あたりが静寂に包まれた」と後に千歳は語る。

 

 

「……おじちゃん?………俺の…ことか…?」

 

「アズマ…大丈夫…あんたは全然若いから…」

 

「…お前の、そのフォローが痛いわ…」

 

 

子供の“おじちゃん”という言葉にアズマは少なくないショックを受けていた。

 

千歳が励ましの言葉をかけるが、あまり効果はないみたいだ。

 

 

「っ……」

 

「アズマ、しっかり。すぐ部屋へ運ぶから!」

 

 

再び苦悶の表情を浮かべるアズマに、千歳は少々あせりを感じていた。

 

すぐにでも寝かせるべきだろうと考え、部屋へ運ぼうとするが、子供がアズマの服を掴んで離さない。

 

 

「ちょっと! いい加減にしなさい! はっ倒すわよ!?

 

「やっぱりくるしいんだね? まってて、いまなおしてあげる…じっとして…」

 

 

子供はそう言うと、両手をアズマの体から少し離した位置で留め、手のひらをかざす。

 

すると、その掌から純白の魔法陣と淡く白い光が溢れてきた。

 

 

「!?」

 

「これは…? 君はいったい?」

 

 

光は粒子となり、アズマの体へすいこまれていく。

 

全てを包み込むような、優しくて暖かい光。一言で表すなら、癒しの光とでも言うべきか。

 

途端、アズマは体全体が軽くなっていくのを感じた。

 

先ほどまで、力の使いすぎで立つことさえままならなかったというのに。

 

この子供はいったいなんなのだろうか? この力は一体…?

 

そんなことを考えていると、子供が嬉しそうな顔でこちらを見ていた。

 

 

「ほら、これでもうだいじょうぶ♪」

 

 

そんなふうに喜色満面な表情をしていた。怪我が治って本当に嬉しい、というみたいに。

 

アズマは千歳の肩から離れて自分で立つと、改めて子供のほうを見つめる。

 

 

「君は…俺たちが怖くないのか? 君を攫った誘拐犯なんだぞ…?」

 

「うん、ぜんぜん。おじちゃんとおねえちゃん(・・・・・ ・・・・・・)、たしかにわるいことしてるかもしれないけど、わるいひとじゃないとおもうの」

 

「…………くぅっ!!」

 

 

再び子供のおじちゃん発言に、ついにアズマが崩れ落ちる。

 

それはもう見事に膝からガックリ、地面に両手をつく、といった感じに。

 

もはや千歳も弁護する気はなく――いや、正確にはへたにフォローすると余計に傷つけかねないから言わない――、話題を変えるために

子供に名前を聞くことにした。

 

 

「ね、ねえ……、君の名前、教えてくれるかな? いつまでも、君とか、おまえ、じゃ呼びにくいし」

 

 

子供の目線にあわせるように千歳は腰をかがめる。

 

子供は、落ち込んでいるアズマに少々首をかしげていたが、すぐに千歳のほうへ笑顔で向き直った。

 

 

「あたしー? あたしはルクスっていうの。つづりは、LUXでルクスだよ!」

 

「いや、そこまで丁寧でなくてもいいんだけど…っていうか綴りって…」

 

 

少しの怖がりも見せずにハキハキと喋るその様子は、本人が言うように本当に怖がってはいないようだ。

 

寧ろ一緒に話してくれる人がみつかって嬉しい、というように千歳には見える。

 

実際、その目には嬉しさでいっぱい、といったオーラを出している。

 

 

「…やっぱり納得いかない…俺がおじちゃんで、なんで千歳はおねえちゃんなんだ…? 確かにもう硝子の10代じゃないけど、それでもぴったり20歳だぞ…? ハタチだぞ? あの子の観点からみれば千歳もおばちゃんでいいじゃないか…」

 

 

完全に鬱で愚痴モードに入っているアズマの言葉が千歳の耳に届いた。

 

その中には、聞き捨てならない単語が。

 

そう……「おばちゃん」と。

 

 

「ア〜ズ〜マ〜? 今あたしのことなんて言った〜? おばちゃん? おばちゃんって?」

 

 

千歳のドスの利いた声が室内に響く。

 

それを傍で聞いていたルクスは「ひっ」っと震え上がり、少し後ずさっていく。

 

いくら人懐っこいからといっても子供は子供。これだけの怒りの感情を剥き出しにされては後ずさるのも仕方がない。

 

 

「だってそうだろ!? 俺20歳だぜ!? ぴったり20歳だぜ!? お前との年の差は3つだ。なら17歳のお前だってその子からすれば“おばちゃん”なんじゃないか!?

 

「おば…っ! また言ったわねー! あたしはまだ硝子の10代よ! それに年の差が3つだっていったけど、正確には“3つも”なんじゃないの!?

 

「何〜? この子の発言で傷ついた俺の心を少しは慰めようという気はないのか!? 同じ立場に立とうという気はないのか!?

 

「ごめん、アズマについていくとはいったけど、そこまで面倒見る気はないから」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

しばし無言で睨み合う。それだけで室内の空気にさらに棘が増えていくようである。

 

その静寂の中で「ぶちっ」と何かが切れる音が聞こえたのは、恐らく気のせいではないだろう。

 

 

「ふふふ、一度お前とは真面目に戦って実力を確かめたいと思ったことがあったんだ…。今がその時だと思うが?」

 

「あら、奇遇ね。あたしもそう思ってたところよ。ちょうどいいんじゃない…?」

 

「さっきそこの子に治してもらったからな…。遠慮はいらないぞ…?」

 

「手加減できるほど、あたしは器用じゃないよ…?」

 

 

アズマの左手の手袋から深緑色の光が溢れ、千歳の両手に炎が集っていく。

 

光と炎、それぞれがはじけ飛ぶと、そこには大鎌とチャクラムがそれぞれの手に握られている。

 

結界も防御壁も展開していないこんなところでぶつかり合えば、今の場所も唯ではすまないだろうし、その影響で居場所がばれる事もあるだろう。

 

だが、今のアズマと千歳にはそんなことを考える余裕がなかった。

 

つまり、相手に対する怒りで一杯で冷静な判断が出来なくなっている、ということだ。

 

 

「自己中なその精神叩きなおしてやる!」

 

「あたしにたいして“あんなこと”言ったこと後悔させてやるわ!」

 

 

二人が武器を構え飛び掛ろうと、足に力を込める。

 

 

「うええええええええん、やめてよ〜〜!!」

 

「「!?」」

 

 

突然聞こえてきた泣き声に、二人とも動きを止める。

 

声のするほうへ目をむけると、そこには両目から涙を零しながらこちらをみているルクスの姿があった。

 

 

「「…………」」

 

 

アズマも千歳もおし黙ってしまう。一応この子が元凶でもあるのだから。

 

だがふたりともルクスのその顔を見ると、どちらからともなく「はあぁ」とため息をついて、武器をしまう。

 

 

「…なんだかバカらしくなってきた…」

 

「そうね…あたしもそう言おうと思ってたところよ…」

 

 

アズマの言葉に千歳が同意する。

 

その二人の様子を見たルクスは、涙の残る目で泣きじゃくりながらも恐る恐る聞いた。

 

 

「う、ひっく、もう、喧嘩しない?」

 

 

上目遣いに見上げるルクスの顔を見て、アズマも千歳も頬を緩める。

 

おじちゃんといわれて少し落ち込みすぎたか、とアズマは思った。

 

この子は5歳くらいに見える。そのぐらいの子供からすれば、自分くらいの年の人はおじちゃんにみえてもしかたないのかもしれない。

 

いや、それで自分がおじちゃんだと認めているわけではないが。

 

自分のことを知らない子供におじちゃんと言われたからって、それで怒るようじゃまだまだ人が出来ていない。

 

 

「ああ、ごめんな。ちょっとおにいさん、かっとなっちゃったんだ。もう喧嘩しないから。さ、泣き止んで」

 

「グスン…うん、うん! もう喧嘩しないでね、おじちゃん(・・・・・)、おねえちゃん」

 

「……もういいよ、おじちゃんで…」

 

 

最後のアズマの言葉は、ルクスには聞き取れないぐらいの小声であったが、千歳には聞こえたようで、後ろから肩をポンポンと叩く。

 

 

「子供はこんなもんよ。…たぶん」

 

 

自信なさげな千歳の言葉は、今度はしっかりとした慰めになったようだ。

 

ああ、とアズマは少しばかり元気がないような声で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

 

いや、マジすいません。スランプなんです…orz

 

本当は管理局側のほうも書こうかと思ってたんですが、長くなりそうなのでここできります。

 

たぶん、初めてギャグ要素が混じったものを書いたと思います。

 

そして今回急遽追加した女の子「ルクス」は、自分の頭の中にキュピーンと急に浮かんできて、書きたくなってしまったキャラなんです。

 

反省はしてません。

 

この先はこのキャラも交えた物語にしていきます。

 

大筋は変わらないですが、所々修正を加える必要がありますので、これからが大変になりそうですよ(汗)

 

ではでは、また次回にお会いしましょう。

 

読んでくださってありがとう。

 

 

 

最後に

 

『この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件・地名等とはいっさい関係ありません』ので。

 

ご理解のほどお願いします。




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