君に好きな人はいるのか――?
馬鹿だねと思った、人様ってのは基本等しく他人が恋しくなるものだ。当然俺には関係ないと言いたい所だが
最近ではそうもいかなくなってきた。
とはいっても……な。
まあそれはそれとして、お前らも人が好きでいられるか?
例えば、そいつが実は殺人鬼だったり――これは多少矛盾しているが――実は人間じゃなかったり、実は他人
に言ったら警察へ厄介になりかねないような趣味を持ってる奴だったり。例えば……魔法使いだったり。
それでもお前らは偏見を持たずに等しく付き合っていけるか?
じゃあお前はどうなのか、って? 俺は問題ないな。なにせ『今更』だからな、そんな垣根はもうとっくに捨
ててるんだよ。
日が無くなり冷えた街を闊歩している俺は現在翠屋のバイトからの帰り道を通っている。ちょっと寄り道して
いこうと思ったのが運の尽きなのか、はたまた運命っていうのが俺の行く先行く先にことごとく壁を立ててちょ
っかいを出してくるのか、それは知らないが、俺は今ちょっと追われてるらしい。それが俺を付け狙うものなの
か、はたまた厄介ごとなのか……、っていうか厄介事としか思いつかない俺の脳はいろいろな物に犯されてる気
がするんだが、そこはあえて考えないようにしておこう。
これ以上考えていると、マジで実現するからな、あの時とか安請け合いするものじゃないと誓ったばかりだし。
「宮本良介だな、我々に同行願おう」
「相変わらず星が綺麗に見える街だな。よう、ちなみに俺は宮本良介って奴じゃないから他を当たってくれ」
「そうか、それは失礼した」
ってマジで気配が遠ざかった、何しにきたんだろうな……。
気にするな振り向くな聞く耳を立てるな。第一この手のに突っ込んで良いことがあったことなんて1度も無い。
こういうときは知らない人の振りってのを最近覚えた。
「ふん、では見知らぬ人よ。貴様の大切な人の命が懸かっていると言えば、いい加減こちらにも気を引かざるを
得ないのではないか?」
「――――」
心の内で舌打ちをした。
本当に厄介事に巻き込まれる。いい加減俺を平穏だった日々――があったかどうかは別として、災難と縁を切
りたい、そろそろ運命の女神さまの捺印が欲しい所だ、主に離婚届にだがな。
つーか、俺の気付かない間に回りこんでるってどんな奴だよ、知り合いに……いや複数人いるから問題ないの
か。って問題提議してる場合では無いって事ぐらい、いい加減俺にも分かる。
しかしなぁ……無視しても構わないだけど、な。
「仮に俺の大切な人とやらを人質にとっているのならそれなりの証拠があるんだろうな?」
あーあ、やっちまった。
本当ならどうでもいいやとほっぽり出して、そのまま帰宅すればいつも通りに戻るんじゃないかと思ってたの
だが……相手がどうしても俺の行く手を阻みたいらしい。相手はこの世界の人間なのか、それとも別の世界の人
間なのか、それとも人間じゃないのか。まずそこから分析する必要があるが、面倒臭い。
この件に関してどうでもいいと判断できるなら、とっとと帰って寝るに限る。こちとらバイトで笑顔を振りま
きたくも無いのに
すれば口うるさいメイドと口うるさい妖精さんがいつも近くにいるから、思うだけに留めておく。俺の周りにい
るのはどうしてこうも口うるさい奴しかいないのかと今疑問に思う。
それにしたって、こういう時に限って翠屋のロッカーに剣は忘れるわ、ミヤははやての所に預けっぱなしだし。
そんな状況で何をするにも中途半端な俺に太刀打ちできる訳が無い。
「ほら、こいつだ」
全身黒ずくめの奴から投げられたカードケースを受け取ると、そこには最近海外へ旅立った1人の少女が写っ
ていた。
グッバイ平穏! ハロー災難!
なので、こうして俺はまた厄介事に巻き込まれたって訳だ、本当にこの日は厄日だと核心めいた何かを感じる。
おいおいアリサ、お前は何故にこうも簡単に捕まってるんだ。
心の中で毒つくも現状ではどうしようも無いので従う事にする。
「――案内しろ」
「いい返事だ。まあ力抜いてこっちについて来い」
仮にも俺にとっては長く留まっている街並みだ、ある程度の地理くらいは把握しているのだがこのかた興味の
無い方角へは進んだ事が無い。つまるところ俺が今連れられてる方向は未踏の地という訳であり、それが余計に
不安感を煽る結果となった。
しかし、前にいる――声色からして――男なのだが、どうにも見覚えがあるように思えて仕方が無い。しかし
誰かさんが提案した友達……あー何だっけ、とりあえず美人女医が発案の計画の内の1人かもしれない、と現実
逃避する。だが現実逃避した所で現状は何も変えられないので、とりあえず今、俺の置かれている状況について
考えなくてはならない。
まず問題なのは今海外にいる筈のアリサをどうやってコイツが拉致した……いやそもそもに拉致して命の危険
があるとでも言うのか? もしそうならば組織だって動いている奴だという事だ。しかし男の風貌を見る限り全
身黒マントに黒いとんがり帽子って普通なら警察に見つかってしまえばご厄介になるような格好だ。こんなふざ
けた格好をした奴が組織ぐるみで動いているとでも言うのか?
アリサの安否を確認できない以上、コイツに従うしかないんだろうが今の俺はまさに一般人。剣士といいたい
所だがそれを象徴とすべき剣が無いようでは剣士とも呼べず、魔導師と言うにもデバイスがなければ魔法を使え
ない魔導師ランク最低レベルな俺は魔導師と言えない。まあそもそもに魔力が全然上がっていないのでどうしよ
うもないのは確かだけどな。
さて、どうしたものかと物思いに耽る事にする――が、どうやらそれを許してくれないらしい。
「ここだ、入れ」
どうやら考え事をしている間に目的地に着いてしまったらしいの……だが……。
「――おい」
「どうした、何か言いたいのか? だが貴様に反論は認められない、だからさっさと入れ」
いや言いたいとかそんなチャチなもんじゃねぇ……。
どう見たってツッコミ入れてくださいってオチじゃねぇか、それを無視しろだなんて俺の中のツッコミ魂が許
してくれない。大体、俺と同じ境遇な奴がいるとすれば――絶対いないと思うがな――そいつも絶対にツッコミ
入れたくなるだろう。
さて遠まわしに何度も言ったがツッコミ、入れさせろ、っていうか入れさせて下さい。
一思いに深呼吸、その後酸素が80%以上を占めるそのへんに売る程ある空気を肺全体に入れる。後は……吐
き出せ!
「どうしたもこうしたも、ハラオウン家じゃねえかああああああぁぁぁぁぁぁああ!!」
「例えばあったかもしれないバカ話」
「どうでもいいから俺の緊張感を返せ!」
「どうした宮本、食べないのか」
「食べる、食べるがその前に俺への弁明は無いのか、時空管理局執務官殿」
「宮本、食べないのなら俺が頂くぞ」
「おいそこの獣、勝手に人様のもん荒らすんじゃねぇよ! お前にはドッグフードがお似合いだ」
『ほむ――むぐむぐむむぐむぐ(ふう――君はいつも騒いでいるね)』
「食べるか喋るかどっちかにしろ魔法先生」
目の前には供宴が広がっている、のだがこいつらは俺に関係無く食事を貪ってやがる。
ちなみにアリサは海外でピンピンしてるらしいし、さっきまでのおかしなマント男は、ここで俺の飯を食い散
らかそうと目論んでいる青い獣兼駄犬らしい。おまけに分からない地理だと思っていたのは錯覚で、いつもと違
う方向からこの家へと行くことになれば、そりゃ分からない訳だ。
さて、種を明かしてしまえばどうやら宴会をしたいだけだったという事だ。はっきり言えばはた迷惑、向こう
からしてみれば俺は格好の獲物という事だったらしい。面子は俺、クロノ・ハラオウン、ユーノ・スクライア、
ザフィーラ。恭也達はどうも修行とかで家にいなかったという話だ。
まあ今出ているのは食べ物だけだ、それなら宴会といってもさすがに酒類の類は……。
「そろそろ、コイツの出番ではないのか執務官よ」
「君も中々の物に目をつけるね、それはここ日本でも最近中々手に入らないと評判の酒だよ。
僕が今日の為に用意したと言えば、君達は歓喜として僕を持ち上げ――ってラッパ飲みしようとするなそこの
哺乳類!」
『君も哺乳類だろう!?』
「黙れげっ歯類、姿だけ隠してどこで飲み食いしているんだ君は」
あぁうるせぇ……。
男共で騒ぎたいという願望がまるごとここに濃縮したみたいに暑苦しい。
夜道を平穏に歩いていた俺の休まる時を返せこの魔導師共め。サラリーマンのように鬱憤を晴らす様な行為を
平然とこの世界で繰り広げるこいつらが正直どうかと思う。ついでにフェレットは一応哺乳類でもあるからな、
とクロノの発言に対して一応突っ込んでおく。
しかしこの晩飯を作ったのがリンディというから驚きだ。
つまりはリンディ公認の宴会という訳で、クロノもこの家を宴会の場として提供した側という事だ。つまると
ころ一番鬱憤が溜まっているのは――
「だぁあ、こんちくしょぃ」
ラッパ飲みを展開し、いつものイメージとは違い奇声をあげるクロノという訳だ。
確かについ最近エイミィの奴から聞かされた内容はこの所忙しかったという愚痴ばかりであるからにして、当
然ながら直属の上司であるクロノも忙しかったという事だ。仕事をしている以上色々な不満、不平を溜め込む物
だろう。だが仕事というのはそういうものだ、最近では上の圧力と下からの期待であまり身動きが取れないとい
うしな、ここらで膿を吐き出すのもまた必要な事なんだろう。
だがそれと俺を掻っ攫う事とは違う訳で。
「いい加減俺を解放しろよ!」
これが俺の本音。
こっちの事情お構いなしに俺の生活をかき乱すのは何も今に始まった事では無いが、それでも本音くらい叫ば
せろという、最後の悪あがきみたいなものだ。
「――バインド」
「だあああ! 畜生今の俺にミヤがいないの分かっててバインドかけやがったな!
っていうか俺の自由権はどこに行った!」
「あの辺ではないのか?」
ザフィーラの指す物を見るとそこには小さなお家が……。
「俺の自由権やらなにやらはあのネバネバが床の90%以上を占める素晴らしいハウスの事か?」
「お前の自由権はあのネバネバが床の90%以上を占める素晴らしいハウスの中央付近にあるだろう」
「ふざけんなぁぁぁ! あぁくそ構成が分かってもぶち切る程の魔力がねぇ!」
「はははは!」
「笑って済ますな張本人!」
平然と言いのけるこの青い獣はあとで主にでも叱ってもらおう、そうでもしないと俺のイライラは解消されな
いし、個人的にも恨み辛みが溜まる。
それにしたって無駄にアクティブな今のこいつらに何を言っても仕様も無いのは確かなので、降参しておく。
諦めが早いと言えば、そう言えるだろうが実際こういう空気自体は……今は嫌いでないと言っておく。本当は
慣れなれしく付き合うつもりでも無いのに、気付けばこんな距離感で過ごしている事に不快感は無い。
一々昔の事を引き合いに出してしまえばそれこそキリが無い訳で、今は
にしてもこいつらどんだけ飲み食いするつもりだ?
「しっかし、お前らもよく食ってよく飲んで、あとは何がしたいんだよ」
「あとぉ〜?」
うっわ、酒臭ぇ……。
と思った瞬間に黒い影が飛び出してきた。ついにクロノにげっ歯類扱いされた魔法先生は姿をあらわしたか。
だが俺の横をそのまま突っ切ってクロノへと飛び掛っていた。
「積年の恨み〜! ぎゃははははは」
「うぉっぷ……」
ユーノはいつもの不当な扱いに対して小さな反抗を続けている。
だからといってフェレット姿で顔を足蹴にしたところでどんな報復なのだろうか、むしろ愛玩動物がちょろち
ょろとご主人に構ってもらいたくて必死に足掻く姿にしか俺には見えないのだが……。
「ふふふ、地球というのは娯楽が多いな――」
クロノは飛び掛るフェレットを軽くあしらいながら懐へと手を伸ばす。その懐から出たものとは――な、何で
すとぉ!? それはダメだ、それだけはこの面子ではやってはダメだ!
なんで俺がそんな虚しい思いをする事をしなければならない!?
「お、落ち着け執務官。そのゲームはな罠だ罠。
そんなのは伝統という名に埋もれた塵芥と一緒なんだよ!? だからそれをやろうなんて言い出すじゃな
い!」
「君が伝統を重んじない発言をするなんて意外だよ、ならばそのいらぬ伝統とやらを是非ともやろうではない
か!」
「だから止めろって! おい駄犬あの暴走執務官を止めるんだ、いいか拒否は認めない」
「……ほぉ、これをやればお前は嫌な思いをするんだな」
「なんでそこで復讐とか考え付くんだよ!? なあザフィーラよく聞くんだ、復讐は何も生まないんだぜ……」
「格好良く言ったところで俺はそれで満足だ」
あああぁぁぁ、どいつもこいつも!
「――あの僕には……」
「ああもう俺は知らないからな。ちなみに俺は止めたからな? その後文句言ったって苦情は一切受け付けねー
よ」
「はははは、大丈夫さ」
「さあやろう、いますぐやろう、やってあいつの鼻をへし折ってやろう」
「あの僕――」
「不穏な発言は禁止だそこの犬っころ!」
さっきも言ったとおりだ。
俺はこの後の展開は大いに予想できるが、それを止めようとしない奴がいるのでもう知ったこっちゃない。第
一あれは異性がいることによって娯楽として確立するのであって、間違っても同性だけでやる事じゃない。
さて聡明な奴ならここまでで分かるだろう、そうクロノの持つあれこそ――
「さあああ、キングキャプチャーゲーム行くぞぉおお!」
「いや王様ゲームだからな!?」
――適当な空き缶に割り箸数本突っ込んである、いわゆる王様ゲームに必要な物だった。
<現在の状況>
宮本良介:空腹・アルコール無摂取・バインドによって拘束中
クロノ・ハラオウン:満腹・泥酔
ユーノ・スクライア:満腹・酔い
ザフィーラ:腹ごなし・ほろ酔い
もう少しで制作費の下がったTV番組が放送される時間
「腹減ったんだ、何か食わせろ、というより目の前にある鶏の唐揚げを要求する」
「王様だーれだ!」
「俺だ」
「うぅ、また割り箸引き損ねた……」
人の話聞いちゃいないですねこいつら。
ちなみに、さっきまで強制参加させられていたのだが、番号も何も関係なく王様になった瞬間名指しで命令す
るという破綻したルールだった。
おかげで腕を動かせないのに腕立て伏せ100回とかやらされる始末だ。どうやったって? 口八丁でうまい
具合に回避したに決まっているだろう。
「ふん、ようやく俺の番が回ってきたか。よしそこのフェレットもどき、そこのバインドで拘束されている駄男
と口付けを交わせ、できなければ貴様は――キル、ユー」
「……………………あ?」
「……………………へ?」
何を考えてやがるこの犬っころ。とうとう気が狂ったのか、と思ったのだがどうやらあいつは正気らしい、い
やあいつの中ではと付け加えておくのが正しいのだろう。
そのうち、俺は正気に戻った! とかでも言い出しかねない雰囲気だ。だがそれ以上にあの男同士でってのは
な一部の女と一部の男にしか喜ばれな……。
「んー」
やる気満々っスねフェレットさん!? っていうか酔ってるこいつ完全に酔ってる!
ユーノ、お前俺と誰を間違えてやがる!
「おい、やめろ。やめなきゃなのはにあの事バラす」
「――――」
……なんで熟考してるんだ。っておいこっち近づくな、待て待て待てマテマテ!
身体が動かないなんて誰が決めやがった、そうだ俺だ。なら俺は動くと念じればいい、そうだ俺は動ける動け
ば動けるんだ――動けよおぉぉぉぉぉ!
<現在の状況>
宮本良介:満腹・アルコール微摂取・所々に擦り傷
クロノ・ハラオウン:ちょい空き腹・ほろ酔い
ユーノ・スクライア:満腹・先刻の出来事を記憶に留めたまま白くなり俯き時々嗚咽
ザフィーラ:腹ごなし・酔い・所々に擦り傷・首がちょっと変な方向
日付が変わりそうな時間帯
結論から言おう、俺の口は守られたが顔の一部は汚された。もうどうにでもなれと思った瞬間バインドが解け
瞬時に動いたは良いものの勢いのついたものは急停止できないのと一緒で、ユーノの唇は止まることなく俺の…
…これ以上言うのははばかられる。恐らく誰も聞きたくないだろう、俺ももう記憶に残したくない1ページだ。
その後当然ながら実行犯を処刑しに向かうも、抵抗するのでお互い生傷が耐えない事になったが完全に叩きの
めした。ついでに最大の元凶といえばそのまま何事も無かったかのように飲み食いを始める始末だ。そんな中酔
いが大分醒めたクロノが俺へと酒とつまみを持ってやってきた。
「余は満足じゃ」
「そりゃ、お前は満足だろうよ……ったく」
何を言うかと思ったら、鬱憤も大分発散したようで。
「むしゃくしゃしてやった、今は反省している」
「煩い執務官、まったくこいつらを止めもしないで暴走させっからこうなるんだよ」
酷い有様な家を眺める。ソファーの革はところどころで破れ、椅子の足がいくつか無くなってたり、何故か床
に赤いペイントで久遠殿最高! とか書いてあるが誰の所業かは知らぬが仏。
「……母さんにも怒られるだろうな……」
「まあ、俺は何も見なかった事にして――おい、なんで俺のシャツの裾を掴む。なんですがる様な目で俺を見る。
男にやられたって嬉しくともなんともねぇよ」
裾を持つ手を払い、俺はいつも通りのスタンスで付き合う事にする。
目の前にあるつまみを適当に取り口にしつつ、提供された酒を飲む。ふと思ったんだがこういう時間がいまま
でにあまり無いことに少し愕然とした。
「まあ……いつもはもっと俺の周り賑やかだからか、まあそれでも俺のいないところでしてくれるのが一番いい
んだけどな。毎度の如く騒動に巻き込まれて散々だ」
そんな思いをふと口ずさむも、完全に本心からでは無いと違う俺が否定する。
ここに来て最初に出会った事件もふと思い返せば今の俺に必要な事だったんだろう、だから今もまだ剣を手に
している。いつも固執していた剣も、自然に持つようになっていた。いや置いてきた事については忘れてほしい
事実ではあるけどな。
こいつ等とも出会ったのもこの街に来ていなければまったくもって面識も無いまま、そして世界がこの地球…
…いや太陽系とでも言っておけばいいのかわからんが、世界が他にもあるという事実も知らないまま過ごしてい
ただろう。
他にもこの世界の仕組みについて色々と知った。
それが良い事かどうかなんて考えたくもない、それにアリサやミヤは随分俺に近い存在となってしまった。そ
の事を否定するつもりも、肯定するつもりも無い。一々昔の事を考えるのは歳食った証拠というが、色々ありす
ぎてふと思い出したくも無いのに思い出しちまう。
呆れる程の事件を体験して、呆れる程の人と付き合いが出来てしまった今の俺を昔の俺はきっと否定するが、
お前もそうなるんだと今の俺は昔の俺に対して言い返してやれる。そんな事をまた口にしてしまえばお節介で小
さくも俺にとって頭の上がらないお医者様に話せば嬉々とするだろうが、そんなのは絶対に口にしてたまるもの
か、と思いを新たにする。
「今日はありがとう、宮本」
「俺に感謝するなんて珍しい事もあるもんだな」
どうも酒が入ってると調子が狂う。
「別に今に始まった事じゃない、あのプレシア・テスタロッサの事件の時も君がいなければ多分僕達はあのまま
彼女を重犯罪者というだけで逮捕していただろう。他にも色々ある」
「ふん、俺がやりたくてやっただけだ。その当事者が俺に感謝するならまだしも、代理みたいに感謝されても嬉
しくともなんともねぇよ。それに――」
「それに?」
「あいつらにとってそれが最良だったのかなんて誰も推し量れないさ。俺がやってきたのはあくまで俺が思った
事をしたまでの事、相手の事を考えてもやったけど結局最後は俺自身がそうしたいと思ったからしただけだ」
「そうか……君らしいな」
俺が言い放つとクロノは何かを考えるかのように今は暗くなった窓から外を眺めていた。俺がやってきた事に
ついて感謝される覚えは無い、それはさっきも言った通り俺が俺の我侭を通したいから必死になってやってきた
だけだ。
そんな事を考えていると、呆けていたクロノが急に呟いた。
「我が先に見える道が幾重にも分け隔てられているのは、それは未来がそれだけあるという事。だが後ろにある
道は1つしか無い、それは己が通った道が後ろに出来ているからだ。その道は少なくとも己以外にも影響してい
る、故に己が道を信じなければ、誰がその道を信じて進むだろうか」
「何だそりゃ」
思った事を口にして、疑問にしてしまっていた。
別に聞くつもりじゃなかったが、いつものクロノの口調で無い事に興味が惹かれたのかもしれない。
「受け売りだよ。昔、僕も中々上達しない魔法の腕や上がらない魔力、色々と壁にぶつかった物さ。その時仕事
では上司だった人にさっきの言葉を言われてね、今もこうやって時々思い出してる。
今の君にこの言葉を投げかけてどうこうする訳ではないけれど、それでも君がしてきた事は君自身が自信を持
って今を生きているからこそ、君の周りには人が集るんだろうね」
「こっちは好き好んであいつらと付き合ってる訳じゃねぇよ……まあ、それに感謝するなら俺もだ。
お前達がいなければきっとアリサはいなかっただろうし、フェイト達とも知り合えなかっただろうよお前も含
めてな」
「……」
「……」
何言ってるんだか俺は、クロノの殊勝な様子と普段と違う調子に毒されてるみたいだ。おまけにお互い言って
いることに恥ずかしくなってきたのか、無言になってしまう。湿っぽい空気はいつだって苦手なのは変わらない
し、本当こういうのは勘弁して欲しいくらいだ。
まったく調子が狂うぜ。
「ふん、お互い酔ってるな」
「まったくだ、君に感謝するなんていつもの僕ならありえない」
「どういう意味だコラ」
「言葉通りだ、と言っておこう」
特別な事は何も無い、ただ語るのなら無駄に意固地にならずに素直になるのが一番なのだろう。だけどそれは
酒も手伝ってやっと出来るような、不器用な俺たちだった。
「俺は忘れるからな、今日の事」
「なら僕も忘れよう、今夜の事は」
今宵の出来事は月だけが覚え俺たちは忘れいつもの日常に戻る、そんな暗示めいた言葉をお互い吐き出す。
さてと、酒も大分無くなって来たからな、そろそろお開きか。
「それよりもだ、宮本1つ聞きたい事があったんだが……」
晩飯とつまみがあった皿もとうに俺たちの胃袋へ入り、そろそろ消化される程時間が経ったのでさっさと皿だ
けでも片付けてやるかと思い、そこらに落ちている皿を拾い重ね集めていた時だった。クロノがさらっと発言し
たのは。
「君に好きな人はいるのか――?」
いきなり言い出すと思えばそんな事。
俺の返す言葉なんて決まっている、今の俺にだって分からない訳じゃない。それはもう大分前の5月に思い知
ったからな。
「いるぞ?」
しれっと俺はクロノの問いかけに答える、がここに反論する男3人がいた。
「何っ――!?」
「何だって!?」
「何だと?」
「お前ら揃いに揃って別の事は言えないのか!」
つーかいきなり復活するなユーノ、及びザフィーラめ。
しかし、そういう発言をしてくるとは思いもよらなかったが、何か思惑があると見ていいだろう。そこで俺は
こいつらにも同じ質問を仕返しとしてする事にした。
「お前らだって好きな奴の1人や2人くらいいるだろ?」
「「「い、いやぁー……」」」
揃いも揃って本当に同じ事しか言えない奴らだ。
しかも男の照れてる顔なんざ見たくもねぇのに、まったく気色悪いったらありゃしない。特にザフィーラのは
一番強烈だ、獣の癖に発情してんじゃねぇよ……いや? 獣だから発情すんのか、あれ?
「べ、別にいない訳ではないぞ」
こいつの事想像してたら、口を割りやがった――っていってもそれは周知の沙汰。知らぬは本人達だけだろう。
別にいいけどな、お互い人外な訳だし? かと言ってけしかければ那美に怒られるのは明白なので、絶対にしな
い。つーかこいつの喜ぶ事をするっていうのが俺の中でワーストランキング上位に食い込みそうだ。
まあやるなら勝手にやれ、俺の知った事じゃぁない。
「そこの駄犬気持ち悪いのでいい加減その両人差し指を互いに突くのは止めろ」
「む、むぅ……いやしかしだな」
「唸るのも禁止だ。ったくそんなのあいつの前で見せたらきっと『男なのに』……みたいな感じで言われるぜ?」
絶対に思わないし言わないけどな。
「むぐ……」
「それにユーノのも大体検討はついてるけどな」
「な、何ですと!?」
口調が変わるほど動揺するのは本当にお子ちゃまだな、大人は黙って黙秘しておくのが一番良いって言うのに
な。口は災いの元、日本のことわざにもあるくらいだぜ。
えーっと確か、数ヶ月くらい前に――
「あのペットショップの雌フェレットが忘れられないんだろ?」
「僕は人間だ!」
「……おいおい一体、何の冗談だ?」
「真顔で尋ねないでくれ! それに冗談でこんな事言うか!」
喧しい事この上無い。いい加減認めれば良いのに、己が姿を。
ただ、もう1人の方は誰なのかという検討がつかない。まあきっと俺が預かり知らぬ所……きっとあっちの世
界でのほうの事だろうな。とはいっても推測に過ぎないのでこれ以上の憶測はクロノを歪める事になるので止め
ておくか。
さてと……そろそろだな。
「宮本、僕はだな――」
「ああー、悪いがそろそろ帰らせて貰うぜ。皿とコップは片したから暴れた分はお前らで何とかしろよ。
んじゃまたな」
「お、おい!」
さてと、さっさと帰って剣の修行を――って剣は翠屋に置きっぱなしか、まあ別に無くても代替が利くであれ
ば無理してでも出来るか。
この面子とも酒を飲むのは悪く無かったが、恭也達とも1度飲んでみるのも悪く無いかもな。そう考えながら
俺は、誰に引き止められる事無くアパートを後にしたのだった。
「結局、あいつの好きな人というのが誰なのか分からなかったな」
「そうだね、それどころかこっちを穿り返して逃げて行ったよ」
「僕の話は一切されてないんだが、はあ……」
こんな事を残った連中が話していたかどうかは露知らず、俺はすでに夜も更けたこの海鳴の街をまた歩く。
街に颯爽と吹く冷え切った風は少しだけ酔った俺の身を引き締めさせてくれるのに十分だった。
クロノの話だが、好きな人という時点で別に恋愛感情とか関係ないんだろう? なら俺にだっていくらかいる
さ、この街に来て気に入った人間なんていくらでもいる。それを告白したのはフェイトが始めてだったな。今思
い返しても恥ずかしい思い出だが、それでも俺はなかった事にはしたくなかった。
また吹いた夜風が俺の頬を撫で、少しだけその冷たい風を受け身震いするが佇まいは変えず歩く。
恋愛……ねぇ。
今は、あまり考える必要も無いな。彼女とか要らんし、興味も無いのは相変わらずだしな。そんな事考えてた
ら昼間の事思い出しちまった。
「――ああ、そういや昼間翠屋に来てた女達も、彼女作らないのかなんて事言ってやがったな」
俺はこの時は知らなかった、このおおよそ1ヵ月後に次元世界をまたに駆ける大きな事件がまた起こる事と。
――その事件の発祥が俺の言葉からだった事を。
【あとがき】
まずは、1000万HITおめでとうございます(拍手)
私が投稿し始めてからおよそ300〜400万回も、リョウさんのサイトを見に来ているという方々が私も含めいる
ことにとても素直に凄い、と思っています。
初めてTo a you sideを題材にし、書かせていただきまして本当にリョウさんには頭が上がりません。
長々と書いてしまうのはとてもお恥ずかしいので、そろそろ失礼させていただきます。
また最後となりましたが、読者の皆様とこのSSの展示、執筆許可をしてくださったリョウさんに感謝を。
では次にお会いできる機会を楽しみにしています。