照明がぎりぎりにまで落とされ、何か映像を見るのに適した明るさになった部屋に気配が2つ。
少しだけ軽い音がする。その音の出所は誰かが椅子に座った音だった。
「これでとりあえず今日は終わりだね」
「ああ……」
椅子に座っていたのは時空管理局執務官のクロノ・ハラオウン。その隣に立っているのがその執務官補佐であ
るエイミィ・リミエッタだ。
先程まで行われていた模擬戦形式の魔法訓練は当然とばかりにヴィータが勝ち、恭司が負けた。その2人は隣
の訓練室にはいない。彼らは医務室で1人治療、1人はその責任で付き添いだ。
「どのみちこれ以上、志麻の体は持たないだろう。
……僕だってあんなの受けたくない」
「あははは……」
訓練室での様子をモニター越しに一部始終見た後、すぐに訓練室に駆け込んだ。
つい先程恭司の移送が終わって一息入れる前に訓練の様子を録画していたので、再生して見ていた所だった。
その映像には、ヴィータが1年前の事件の時に使った時とは比べ物にならないくらい小さめのハンマーで恭司を
叩きつける光景が映し出されていた。
恭司をノックアウトさせたのは魔法、ギガントシュラーク。さすがに威力共々最高の物でなくある程度小回り
が利くレベルにまで小さくなったものだったが。
恭司に一撃を入れられ激昂するヴィータの姿を見て、精神鍛錬がまだだな、とクロノは思う。
「それにしても、負けたとはいえ善戦していたな志麻は」
「そうだね、魔力量も一般の人に比べれば桁は違うし、すぐ魔法に適応した上でさらには応用を利かせた辺り訓
練すればもっと伸びるんじゃないかな、恭司君」
「しかし、相手がヴィータで正解だったな。あの志麻の戦い方を見る限りだが……ヴィータよりもフェイトとや
ったほうが伸びるかも知れない。後で見舞いついでに聞いてみよう」
「それで、クロノ君。恭司君の魔導師ランクは暫定ではどうなの?」
恭司が時空管理局に入るかは別問題ではある。未だに彼の心の行き所は何処なのか、羽休めする場所は何処な
のか、それは誰にも分かっていない。そもそもに当の本人ですら未だに迷っている状態で、誰かが分かるとは到
底言いがたいものではある。
だが忘れないで欲しい、自分の事を1番良く知っているのが必ずしも自分ではない事を。
いつかそれが恭司にも分かる時がくるかもしれない。
「志麻の魔導師ランクは――」
魔法少女リリカルなのは 救うもの救われるもの
第六話「彼の決意」
「あれ……俺」
恭司が目を覚まして辺りを見渡すと、昼に検査を受けた部屋と同じような部屋に寝かされていた。
まだ俺は検査を受けていたのだろうか、と錯覚を起こす恭司だったがそれはすぐに否定される。
「――わるい」
体を起こして相手をしようと思ったのだが、全身に痛みが走る。恭司は体が動かないので首だけで声の主を確
認する。
「ヴィー……タ」
恭司の声は先ほどまで寝ていたため、掠れ声になってしまった。そのままヴィータの姿を視界に入れると彼女
は恭司の寝ているベッドの横でただ立っていただけだった。
何でここに、と思う前に答えがやってきた。
「ついカッとなってやった、今では反省している」
「テンプレ解答かよっ!」
いきなりボケてきたので、怪我なんて関係ないと言わんばかりにツッコミを入れる恭司。
だが――
「あだだだだ――」
「お、おい何してるんだ」
お前のせいだろ、とまたしてもツッコミしたくなったがそれを耐える。ツッコミをすれば痛みがくる。恭司と
て人である、さすがに学習能力というものがあった。
ただ、このやり取りでお互いの空気が悪くなることはなかった。それは恭司にとってもヴィータにとっても気
は楽になれた。
「それで……なんだよ」
「まさか攻撃を受けるとは思わなかったから、つい本気になっちまっ――」
「それって軽く俺傷つきますよね!」
「だって本当の――」
「それ以上言わないで、俺立ち直れない!」
「じゃあどう言えってばいいんだよ、まさか私の戦闘力は――」
「それは色々な意味でダメー!」
「……」
「はあ、はあ」
いつまでたっても恭司がヴィータを遮る、なので彼女は簡単かつ簡潔に答えることにした。
「――お前の負けだ」
「あっぐ――はあ、今現実を直視しましたよ、ええ負けましたよ! くそっ、これでいいか!」
「これでいいも何も、負けたのは事実だしな」
「ぐすん、ヴィータがいぢめる」
少しだけ顔をシーツの中に入れてからヴィータの事を軽く睨む恭司、それをやるには性別が違うぞ。
しかしそんな睨む恭司をよそに、ヴィータはなぜか遠い目をしてから右手をチョキに、そのままその手を口に
あてると――
「ぷはー」
「そんなタバコ吸う真似……おい、それ何処で覚えた」
「シャマルが教えてくれた、2人ベッドの上で1人が落ち込んだらヤレって……」
「何を教えてるんだ、あの人はー!」
さすがにヴィータに教えるのはどうかと思いますし、あの人は昼ドラの見すぎなのでは……と恭司はヴォルケ
ンリッターとしての威厳は何処に行ったのだろうと、少々疑問に思ってしまっていた。
そのまま、恭司とヴィータは何をすることもなく、ただ静かに佇んでいた。だがその静寂を破ったのは意外に
もヴィータだった。
「ところで、えーっとあの高速移動――」
「ツインファクシか?」
「そうそうそれ、1回壁に体当たりしてからすぐ制御していたみたいだけど、そんなに簡単な物なのか?」
「壁に体当たりて……まあいい。あー、ありゃ制御なんかしてない、無理やり止まっただけだ」
「どうやって――」
「ヴィータ、人間ってどうして飛べないと思う?」
「は?」
いきなり何を言い出すのかこの男とヴィータは思った。だがそのまま恭司の独白は続く。
「確かに、今の俺もヴィータも『魔法』という力を使って空を飛べることはできる。だけどその力が無くて、た
だ自力で飛ぼうとしたら何が必要だと思う?」
「えーっと、飛ぶ乗り物用意すればいいんじゃないのか?」
「そうだな、俺も少し前まではそう思っていたよ。今では『魔法』なんてものがあるけど。
昔を思い出してさ、まだ俺が本当に小さい頃母さんに聞いたんだ『何で人は飛べないのか』ってな」
頭をひねるばかり、要領を得ない恭司の言葉に少しだけ苛立つヴィータ。
「それとどう関係があるんだ」
「まあ、それがヒントだったんだけどな」
体が大分動くようになった恭司は右手を突き出して、魔法を構築する。すると薄く白い色の魔法陣が現れる、
その後恭司が左手を魔法陣に手を乗せようとすると、壁に手を付いているかのように左手と魔法陣がくっつく。
「これが答えだ」
「これって……フローターフィールド、足場か!」
「そう、それを足裏に展開、何重にも形成された足場がツインファクシの速度を止めたっていうだけの話さ」
「なるほどな。……それで『飛べない』答えは何だったんだ?」
そう問われた恭司は思い出すかのように目を閉じて、一息ついてから答える。
「今の俺にも意味が分からない、ただこう言ってた――『飛びたいのなら人はいつだって飛べる筈、だけどそれ
をしないのは、飛ぶという事を正確に分かっていないから。だから人は飛ぶことを知るまで高く物を作って上に
上がればいい、それでいつか飛ぶことが出来るようになるかもしれない……かもね』
……今でも聞いたところで分からないな、つい最近になってまた聞いたから思い出したんだが……」
ヴィータの顔にはもう訳わかんねえ、と言った表情が浮かんでいた。
当然、恭司も同じような顔だった。ただヴィータを見て苦笑だけはしていたが……。
「意味わかんねえ」
「まあ、最後の部分だけで思いついたんだよ、何か引っかかる物があれば止まるんじゃないかってね。
実際ルージュに聞いて出せるって言われたから使えたんだけどさ」
「――ルージュ?」
「ん、ああルージュセーヴィングって長いだろ? だから呼ぶときはルージュって事にしてる」
「ふうん……それで最後のはどうやったんだよ」
やっぱりその質問がくると思ったと恭司。
事実あれは客観的に見ればただ、必死に見えただけだけどそれを受ける相手ならばだますことが出来る。恭司
は最終的に対一ならば使える戦法だと判断して最後の攻撃に踏み切った。
「あれはだな、ただ単にヴィータに見つからないようにしていただけだ」
「どうやって?」
「人の視野ってのは意外と広いものだ、左右だけで見るならば最大で180度すら越える。ただ上下にもとなる
と少しだけ話が変わってくるし動く物体なんて見ようとするならもっと話は別だ。
とまあここまで言い切ってなんだけど結局はヴィータの視界から外れるように常にツインファクシと足場作っ
て、止まっては動き止まっては動きってのを繰り返しただけ」
「それで見えなくなったと焦ったところに――」
「そ、ドーンってね」
人の視界にも限界はある、そこを補うのが気配を常に読む事という荒業だが、常人には完璧に気配を読むとい
う事は出来ない。もし相手が恭也だとして同じ事をしたら、即座に移動中であろうが関わらず足と止められて床
に叩きつけられるだろう。
ヴィータとてベルカの騎士ではあるが、彼女達はあくまで『魔導師』という範疇で戦っている。つまるところ
なのはやはやて、フェイトと同じで気配を読むという事は出来ないのではないか? と予測した結果だった。
「まあ奇襲攻撃も止められてしまえば、意味の無い行動になってしまうがな」
「最後の魔法ってあれはなんだ?」
「単純に言えばお前の鉄槌で攻撃するのと同じ魔法だよ、ブーツ自体に魔力付与させて攻撃」
「でも始めのは手だったじゃねーか」
「ん? ああ、ありゃなブーツだけ付与してもやりにくいから手にも移せるかなーと思ってやってみたら案外う
まく行ったから出来た」
「……あの土壇場でかよ」
あきれたとヴィータだったが次に思ったのが、それじゃあの高町と同じ感覚で魔法を構築するのかと。ただこ
れだけ聞いても疑問点はまだ尽きない。
「っていうか触れられた瞬間、アタシの防御魔法なくなったんだけどよ……」
「聞いた話だと、攻撃倍加の付与以外に、バリアブレイク能力が備わってるんだってよ。そっちの演算はルージ
ュの方でやってくれるから俺は攻撃を当てればいいって訳」
「ずるくねーか? アタシのはバリア破壊だけど防御魔法に介入は卑怯だぜ」
「じゃないと勝ち目ないだろ俺」
確かにと笑ってヴィータは言う。それに対してひでえなとは恭司。
事実ヴィータにとって接近されれば厄介な攻撃だが、魔法を組み合わせてヒット&アウェイの方法で攻撃すれ
ば恭司は脅威ではない。ただしツインファクシを最後のように何度も使われたら、そのスピードに追いつくかど
うか……というのが正直な所。彼女は相手を過小評価せず正当な評価を持って行動に移す。
「これで俺のタネは尽きたと思うけど、まだ何かあるか?」
「いや、大体は掴めたからもういいや。それでキョージはこれからどうするんだ? アタシたちと一緒に管理局
で――」
「すまんが分からん」
「働く……へ?」
「まだ決めてない、ここが俺が進む道なのかこれが俺のやりたい事なのか」
恭司が言い切ると、妙な顔になったヴィータだったがすぐに戻った。そのままヴィータは神妙な顔つきで、だ
が恭司に対しての強がる姿勢を変えず言い切る。
「――ふうん、まあアタシらはそのうちこっちのほうに暮らしてあそこから離れるからな、お前の顔みないで済
むと思うと清々するぜ」
これを本当の事と受け取ったのか、はたまた冗談と受け取ったのか恭司は――
「ふん、こっちもお前の顔見ないで済むなら願ったりかなったりだぜ」
「……バーカ、お前なんかどっかいっちまえ!」
――ただいつものように冗談を言ったのだった。
その恭司へとヴィータは捨て台詞の如く吐き出すと、部屋から走って出て行く。
恭司はその様子を呆けながら見ていると、ヴィータの奴元気だなと見当違いな事を考えていた。
*
「何か話しているかと思ったのだが、ヴィータはどうした?」
突如、部屋が開かれ恭司は扉のほうを向くとそこには、エイミィとクロノが部屋に入ってくる姿が見える。
ヴィータが出て行ったあとはただ呆けていただけだったので、部屋に来訪者というだけで驚いてしまった。
「さ、さあ? 話していたら急に出て行きやがった」
「またくだらない口喧嘩でもしていたんじゃないだろうな」
「してねーよ、本当に急に出て行ったんだ。つーかまたってなんだまたって」
「相変わらず信用のならない口だ」
「エ、エイミィさん、こいつこんな事言ってくるんですけど!」
「え? ええ!?」
急に振られたエイミィは当然何も言葉を用意していないのでうろたえる。
それを見たクロノはやはり――と付けてから。
「志麻、お前の評判を聞いたんだが聞くか?」
「な、なんだよ」
「通称『ガールブレイカー志麻』だ、目の前に女の子がいたら尊厳を失わせるか、からかうかとにかく何かしな
いと気がすまない奴だ、と聞いたが」
「なんだその不名誉な二つ名は! っていうかそれだけ聞いたら俺ただの女狂いじゃねーか!」
「え……?」
「なんでそこで俺の方を疑う顔になりやがりますかこの執務官殿は!」
「ふん、いつも妹をからかう礼だ。ついでにエイミィにもしたからな」
「……私ってついでー?」
肩を下ろすエイミィに、その肩を叩くクロノという光景がやけに哀愁が漂い何ともいえない空気になる。その
場の雰囲気を変えるが如く、クロノが切り出した。
「実は、君には隠された力が――」
「そんなありきたりな設定はどうでもいいので、普通に切り出してください執務官殿」
「これでも必死にボケというのを学んでだな」
「やけに地球の文化に感化されすぎじゃないですか、この執務官」
「この前24時間お笑い生トークバトルなんて見てたからねクロノ君」
「……」
「なんだ、その何ともいえないみたいな顔は……よせ、そんな顔で僕を見るな!」
「忙しいと思ってたのに、割と引きこもるタイプなんだな……」
「家にいるとあまり外でないのよねー」
「どう休暇を過ごそうが僕の勝手だろう! はあ、これじゃ埒が明かない――」
「どう見てもお前が悪い」「どう見てもクロノ君が悪い」
その後数分に渡って執務官が暴れたのは別の話とする。とにかく落ち着いてから話すまで大分時間がかかって
いたようだ。
そしてクロノは執務官の顔に戻る。
「君の模擬戦闘は一部始終見せてもらった、そこで暫定的にだが君の魔導師ランクを付けた」
「もちろん、検査結果も含めてね」
まあ、検査のほうは魔力量しか分かってないんだけどねーとはエイミィ。
そのまま話は変わらず続く。
「君の魔導師ランクはAだ、魔力量戦闘能力これらを総合的に見て今の君はAランクだろう」
「初めからAランクっていうのは凄い事なんだよ」
「……」
ただ恭司にとっては正直、なんとも言えなかった。確かにエイミィの言うとおりAランクというだけで十分す
ぎるのだ。だが彼にとってはそんなことは些細に過ぎなかった。ただそのランクを見て分かるとおり――
「なのはやフェイト、はやては――」
「AAAからS、正直桁外れだね」
「世の中やっぱ簡単には、できてねぇよな……」
呆然としてしまう恭司。それはあくまで数値化した強さではあるが、確かな物でもある。だからこそその結果
が彼を追いやる事となった。
「時空管理局内でも5%内に入ろうとするんだ、言うなれば努力はもちろんの事才能も必要だ」
「そっか……」
打ちひしがれる恭司。彼にとって目指すべきは隣であり彼女らの後ろではないのである。今彼がいる場所は彼
女達の遥か後ろの位置、助けようとも助けられない位置。支えようとしても、また支えることなく彼女達は立ち
上がるのをただ見ているだけの場所。
それでも彼は彼女達の友達として横にいたかった。なまじ才能があったが故の挫折を恭司は味わってしまった。
魔力がなければ彼女達の横にいられない訳じゃない、それだけは分かっていた。だけど――。
「あいつらに追いつかないと……俺が今やっていることはただの自己満足にすぎない――いやもう追いつこうと
いう事だけでもエゴなのかもしれない」
「志麻……」
「だけど、俺がここで甘んじていたら俺はきっと自分を許せなくなる。なんの為にあいつらと同じ力を得たのか、
意味が意思が霞んで見えなくなっていく」
「恭司君」
このまま諦める、なんと甘美な響きなのだろうか。そうすることによって自己を肯定していく、そんな作業は
恭司のとってただの苦痛でしかない。だからこそ彼はこの場にいるのではないのだろうか。
「どうすれば、どうすれば強くなれる! 俺は、俺はどうすれば自分の意思さえも貫くことが出来る!?」
恭司の独白は続く、だがそのような考えを言っている時点でもう既に不毛であった。それを分かっていたから
こそクロノは彼を止めようとする。
「もうよすんだ志麻」
「だってよ、俺確かに管理局に入るわけじゃないし、直接あいつらを手伝う事もないのかもしれないけど、けど
あんな女の子達が戦っていて、俺はそれを後ろから眺めるような位置に居たくないんだよ!」
「いい加減にするんだ! 志麻!」
「――ぅ」
恭司は悔しさで、ただ悔やむしかない自分が嫌で、ここで自分のやれる事を見つけようとして。だけど自分に
はその為の力がなくて、ただ見ているだけで。そんな事がぐるぐるとまるでメビウスの輪のように頭の中で巡っ
てしまう。
その恭司を一喝したのは執務官としてのクロノだった。俯いたままの恭司に対して、自分が思っている事を彼
に投げかける。
「だからといって、君がまだ強くなれない訳じゃないだろう。事を急ぎすぎだ志麻。
もっと努力すればいい、僕も初めから強かった訳じゃないし未だ僕も自分の強さに疑問を持つ。だからもっと
自分を磨くんだ、磨いて磨いてそれでも届かなかったら、それでも強くなるためにやれる事をするんだ」
「――そう、なのかもしれないな……」
僕の言葉はあいつに届いているのだろうか、そう不安になるクロノだったが彼の言葉は止む事は無かった。
「自分を責めるな。仕方のない事と定めるな。まだやれることがあるなら、やることをやってからさっきの台詞
を吐くんだ」
「クロノ君……」
「クロノ、エイミィさん。悪い、今は1人してくれないか」
今の状態の恭司を残していいか分からなくなったクロノだったが、それでも恭司の言う事を尊重した。
そのまま何も告げずクロノとエイミィは部屋を出て行く。彼らが出て行った後の部屋はただ閑散としていて、
恭司は正面の壁を見ていたが急にその壁が歪んだ。歪みの原因は彼にあった。
「なんなんだよ、畜生。もう少し世の中ってのはご都合的に出来てる物だと思ってたよ、くそ……」
恭司は誰に話しかけるわけでもなく、ただ吐き捨てるかのように呟く。期待してたわけじゃないが、だけどや
っぱり心のどこかで期待していた部分があった。
落胆は自分を貶めるようなものになっていく感覚だった。
<恭司君落ち込んでるところ悪いのですが>
「……話しかけてくるなんて珍しいな」
<ええ、話していなかった期間は殆ど選定していたようなものでしたから。それにしても不甲斐ないですね……
ベルカの騎士に遅れを取るなんて>
「――嫌味か?」
<いいえ、純粋にそう思っただけですよ>
恭司はその淡々と物を喋るルージュセーヴィングの様子に少々苛立ちを覚えるが、押しとどまる。
ここでいがみ合っても意味が無いと、平常心を保つ。だがルージュセーヴィングが発する言葉はその心を簡単
に揺さぶる物だった。
<マスターの方が、明らかに強かったですよ始めに私を使ってくれた時から>
「――俺はマスターじゃないって言うのか?」
既に苛立ちを抑えることが出来なくなっていた恭司の言葉の端々からは、怒りが満ちていた。
<ええ、私のマスターは未だ美咲です。貴方ではその域に達していない>
「だったら俺に使われるのは不釣合いという訳か?」
<いいえ、むしろ私のほうが誰よりも貴方に適しているでしょう。それは私自身が一番分かっています。だから
こそ不甲斐ないと思っているのですよ、この結果に>
「くっ――」
彼女はこう伝えているのだ、私を使って負けるなど不服だ、と――。
<強く、強くなってください恭司君。我がマスターを超える程の力を知識を戦術を戦法を――そして何より心の
強さを。貴方にはまだそれが出来ます、出来ないのと出来る可能性とは大いに違うのです>
「……すまない――少し頭に血が昇ってた」
ただ単純に力比べなら今の恭司は容易くベルカの騎士に負けるだろう、いや知り合いの中で対一を何度も経験
している彼女達ですら負けるであろう。だがそれを覆すための戦術、戦法なのだ。
恭司にとって『魔法』という土俵の上での手札は少なかった、知るのと使うのとでは大いに違うという事を身
をもって彼は体感したのだった。その上で彼は『魔法』という手札ではない平常の鍛錬での動きが殆ど見られな
かった。
何のために鍛錬をしたのか、誰が為に強く在ろうとしたのか――
「次は――勝とう、頑張るって言ったときにはもうしているんだ、だからこそ勝とう努力しよう。君のマスター
に追いつく為に……いや超えるために」
<ええ、這いつくばる事になろうとも貴方は努力するべきです>
「……こいつは手厳しいな」
冷静になった恭司はただ自分の思いを今吐き出すように、ルージュセーヴィングへと聞かせる。
「ただ、さ……今だけ弱音吐かせて欲しい、言うことで自分の弱さを確認するだけだってことも分かってるけど。
ずっと思ってたんだよ……ヴィータと、あいつと戦ってる間、俺ではヴィータに勝てないって。今じゃ魔力の
量だってある程度分かるさ、その為に母さんからも色々と学んだんだ、だけど――」
それは余計に彼を苛立たせる物となってしまった。
魔力量は絶対的な物ではない、それは分かっていた。だけどそれでもそう簡単に埋められる程の物でもない。
だからといって諦める等と格好の悪い事は出来ない、あれだけの啖呵をルージュセーヴィングにきったのだ、
諦める、仕方ない、そのような事を言った時点で彼は誰となく負けを認める事となる。
ならば今彼に出来ることと言えば――
「――ルージュ、強くなろう。俺は絶対に強くなる。この意思だけでも今はまだ十分すぎる、俺は自分の意思を
貫き通すために強くなる事を誓おう」
<ええ恭司君、貴方はこのような場所で止まってはいけません。貫きましょう一緒に>
「ああ……やってやる、やってやるんだ――」
鼻をすする姿は少々格好が悪かったが、ただそれは外見に過ぎない。今ここにいる恭司の決意は誰にも止めら
れない、たとえ止めようとしても彼によって貫かれるだろう。
そうして恭司は一歩また非日常を日常へと塗りつぶしていく。『魔法』という非日常を日常へと変えていくか
のように。
こうして志麻恭司という少年は魔法と出会い、戦い魔法使いとなった。
それから約2ヶ月が過ぎる時――――彼の物語は加速する。
【あとがき】
ここのところまとまった休みをいただけません。きりや.です。
前回のあとがき通り、ヴィータとの戦い。そのタネ明かしとなりました。
しかし、彼が他の人達と前線で肩を並べるのはいつになるのでしょうね……。
魔力量Fや魔力量AAAというオリキャラをよく見かけていたので、あえて中途半端なキャラを作りました。
次回は短編となります。
さてここで頂いた拍手の返信を――
>救われるもの、みました。主人公にげてぇええええええええ
お読みいただいてありがとうございます。しかし彼は逃げる事すら叶いませんでしたw
>恭司、生きて帰れよ。むしろ生き残らないほうがある意味幸せか?
ギガント直撃ですからねぇ……初出の威力だったら木っ端微塵だったかも。
また最後となりましたが、読者の皆様とこのSSの展示をしてくださったリョウさんに感謝を
では次お会いできる機会を楽しみにしています
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル、投稿小説感想板、