拝啓 お母様

 残寒いまだに去らぬ毎日が続きますが、皆様にはお変わりなくお過ごしのことと存じます。
 お陰様で息子は元気にやっています。
 昔と今の違いと言えば、魔法を知ったのと知らないということでしょう。
 ですがその息子は現在軽く後悔しております。

 目の前には赤い悪魔っ娘がいて、私を亡き者にするかのように全力で攻撃をしてきます。
 もしかしたら私はここで死ぬかもしれません。
 そのときは本棚の後ろの――(検閲削除)――お願いします。
 では息子は元気に目の前の脅威に立ち向かいます。

 余寒厳しき折から、お身体を大切になさってください。   敬具





















(いかん、目の前の光景を見て一瞬旅立った、しかし母親にアレを片付けさせるのは――)
「何ぶつぶつ言ってるんだ、逝くぞー!」
「ぎゃー! すいませんおねがいですからたすけてー! っていうか何か字が違う気がするっ!」
「うるせー!」
「問答無用!? ってうわああああああああ!」

 志麻恭司、今日も元気に後ろ向きで前進中!













              魔法少女リリカルなのは 救うもの救われるもの


                      第五話 「魔導師」
















「どういう事だ、クロノー!」

 ここにはいない誰かに、声を荒げる恭司。
 その間もヴィータの攻撃は止まない、飛行魔法で上空から接近しての攻撃。射撃系は使わないのかグラーフア
イゼンを右手にそのまま恭司の方へとやってくる。
 訓練開始の合図はなく、ただ入った瞬間より訓練がいきなり始まったのにはは変わりはない。
 ヴィータはそのまま恭司のいる場所に辿り着くとグラーフアイゼンを横なぎに振ってくる。それを紙一重で恭
司は後ろへと回避。
 見えない攻撃ではない、いやむしろ手加減しての速度なのかそのハンマーの軌道は恭司にとってゆっくりに見
えた。

『どうしても、彼女が相手をしたいということで連れて来たのだが何か問題でもあっただろうか』
「いや、大有りだろこの状況! 部屋に入るなりいきなり攻撃されたようなものだぞ!
 ぅっ、ああくそっ避けるので必死だ!」

 スピーカーごしにクロノの声が訓練部屋にこだまする。どうやら誰かが『あの恭司が戦闘訓練する』というこ
とを漏らしたらしい。ここ数日の間恭司は知り合いはともかく、最悪ヴィータにだけは教えたくなかったので、
割と根回しをしていたのだがそれは無駄に終わったようだった。
 とりあえずそのことは頭から離す。またヴィータが接近、そのまま胴をハンマーで殴られそうになるので再度
回避。

『デバイスを起動して相手をすればいい』
「そうだぞキョージ、いつまでそのままでいるんだ」

 さも当然といわんばかりに返してくる2人。その間にもヴィータは攻撃の手を休めないし、恭司もまた回避に
集中する。だが、ここにきて恭司は違和感を持った。
 こいつら、俺が1回でもデバイス起動しているとでも思っているのか? と。

「待て待て待て! まだ1回も起動してないから起動パスワード言わないといけないし、バリアジャケットも出
来てないんだぞ、こんな状況でゆっくりとやれるかあああ!」
「……」
『……』
「お前らまさかそのこと忘れてたって事はないよな……?」

 妙な沈黙をこの部屋と隣の部屋を襲う。案の定彼らはその事について念頭にも置いていなかったらしい。そし
て取り繕うかのように2人は弁解する。

『い、いや忘れてたという訳ではないぞ。そこのヴィータが勝手に突っ走っただけだ』
「あっ!卑怯だ――。
 ああそうか……クロノ執務官ともあろう人が他人に責任を擦り付けるなんて事しやがるのですか」

 怒ったと思いきや、急にニヤっとするヴィータ。
 ぼそっとテスタロッサの奴にも教えてやろう、と呟いたのだがそれは誰にも聞こえてはいなかった。

『なっ、事実無根だ! それこそヴィータが暴走した結果だ――』
「お前ら2人とも同罪だ!」

 叫ぶ恭司。分は彼にあったので、2人とも言葉に詰まり無言になる。

「まったく……それじゃ起動するからヴィータは少し待ってろ」
「あ、ああ」

 そのまま恭司は左腕を高く掲げその左腕を見やる。そして先日母親から教えてもらった起動パスワードを口に
する。

「えーっと……
 我が手には救いの力、其の手に宿すは紅き誓い、闇夜も照らす力ある赤き光。
 ……顕現せよルージュセーヴィング!!」
<認証しました。貴方を私の担い手として登録します。恭司君戦う姿をイメージしてください>
「分かった」

 恭司はイメージする、己の戦う姿のイメージを。
 その時、今まで見たことのなかったような景色が見えた。
 目の前で女性と男性が戦っている姿。その男性が最終的に女性の足によって身体を貫かれて絶命してる姿。そ
して女性が振り向いて、自分を悲しい顔で見て――ごめんなさい――と言っている光景。
 最後にはなぜかその女性はいなくなり、そこには大きな……それこそいままで見たことのないような木が映る。
大樹……と言うべきか、辺りは真っ白でただそこには恭司とその大樹が互い合わせにただ佇んでいる光景。
 そんなヴィジョンが恭司の脳裏に映る。
 なんだ……と思った。恭司にとって先ほどまで見えていた光景は自分がいままで見たことのないような光景で
あって過去の産物ではないということが、自分でも分かっていた。ただ、本当になんとなくだが最後の光景だけ
『懐かしいな』と恭司は思うのだった。
 そして再度戦う姿をイメージする、先ほどの光景はあとでも考える事はできる、今は目の前の女の子と戦う為
の姿を得る為に。

 志麻恭司は光に包まれた。こうして、彼は魔導師となった。



                         *



 目の前のモニターには、隣の部屋の一部始終が分かるように、幾重にもわたって別視野からの光景が映し出さ
れている。その隣の部屋をじっくり観察するかのように、モニターの前には大きめな椅子が2つ。その椅子には
人が丁度2人座っている。
 その姿は、先ほどまで恭司と一緒にいて、ヴィータと口喧嘩をしたクロノと、その執務官補佐のエイミィであ
った。
 モニターには左腕を掲げて、ぶつぶつと呟いている恭司とその目の前に立っているヴィータの姿がある。

「ようやく、本領発揮か……」
「それさっきまで、なんで戦わないなぜ受け止めずに避けるって言ってた人の台詞じゃないよ」
「過去は振り返らないものだ」

 おいおいとエイミィ。
 実際、バリアジャケットも展開していない状態での魔導師同士の戦いは危ない。たしかに非殺傷設定という便
利なものがあるとしても、それはダメージを負わないという確実性ではないのだ。おまけにヴィータのデバイス
はアームドデバイス。デバイス自体が武器なのだから直接攻撃もありえる。その直接攻撃を和らげる意味でもバ
リアジャケットは必要不可欠と言えるだろう。
 気づけば恭司の身体は光に包まれすぐさまバリアジャケットを着た姿になる。
 エイミィの隣で息を呑むクロノ。そうして誰に問うわけでないのに口にした。そのデバイスを見れば誰だって
言うだろう。

「あれは……なんなんだ?」

 恭司のデバイスは待機型を脱し、すでに起動状態だ。
 しかし、その形状は誰しもが想像してたものと違っていた。

「なぜ『インテリジェントデバイスなのにアームドデバイスに近い形態を取り、ベルカ式の特徴でもあるカート
リッジシステムを有している』んだ?」
「誰に説明してるのクロノ君……。
 でも本当、あれじゃミッド式なのかベルカ式なのかも分からないね」

 起動の時の魔法陣はミッド式だからやっぱりミッド式なのかな? とエイミィ。そこに異論を唱えるのがクロ
ノであった。

「もし、あれが本当にインテリジェントデバイスなら、何故カートリッジシステムを組み込んでいる……?
 いや待て、あれは今のところなのはのレイジングハートとフェイトのバルディッシュのデバイスにだけ組み込
んでいる物だけだし、まだ他のは試作段階だありえない……」
「でも……」

 エイミィは思索する。
 もし始めからインテリジェントデバイスにカートリッジシステムを組み込むという意図を持ってデバイスを作
ったのなら……? それが本当ならありえない話ではない。最近になってだが、管理局でミッド式にもカートリ
ッジシステムを、という話になっているのだ。
 それより前にどこかしらでそのような研究がされていたっておかしくはない。ただ――

「あれって、恭司君のお母さん……美咲さんから受け取ったんだよね」

 そうなると、実際10年は前にあのデバイスが完成していたことになる。これはある意味脅威でもある。あず
かり知らぬところでそのような研究がなされ結果が目の前にあるというのはいつになっても恐怖を抱くものだ。
 だが、と一呼吸置いて。

「分からない事だらけではあるが、その事は後でも調べることは出来る。
 今は志麻の訓練の様子を見ようじゃないか」
「――そうだねえ」

 これ以上詮索しても想像上のものでしかない。
 お互い考えることはやめて恭司の様子を見ることにする。すると恭司と訓練というので思い出したのか、エイ
ミィがクロノに聞いた。

「そういえば、クロノ君って恭司君と戦ったことあるよね」
「あ、ああ。あの時の事か」
「たしか、恭司君の事を強盗と間違えて、恭司君もクロノ君の事強盗と間違えてそれでもみくちゃになったって
……」
「そ、それは聞かないでくれ」

 過去の事だ、とクロノ。
 それはまだ引っ越して間もないころ、クロノと恭司だけはまだ顔合わせをしておらず、その事が原因で悲劇、
いや惨劇が起きた。
 当時、仕事で家を長い間離れていたクロノがやっと家に帰れた彼を待ち構えていたのは恭司ただ1人だった。
おまけに妹であるフェイトの部屋をあろうことが物色、その現場に居合わせたクロノは当然彼の事を強盗と間違
えた。
 しかし恭司はフェイトに頼まれて教科書を取りにハラオウン家に訪れていた。そこにいきなり入ってくる見知
らぬ男――クロノ――当然、強盗かなにかに見えたので迎撃に入る。
 そして勘違いから始まった決闘は――

「結局、母さんに見つかって2人とも怒られたよ。家に暮らせなくする気かってね。
 おまけにフェイトには2日ほど口を聞いてもらえなかった」
「は、はははは……」

 エイミィはただ苦笑するしかなかった。
 確かに、あの日はエイミィも少し遅くにだが帰ってきて家に入ってみると、強盗か何かに押し入られたかのよ
うに家の中が乱雑していたのだった。

「それで、その時はどっちが勝ったの?」
「魔法を使わずにやりあったよ。管理外世界の住人に魔法はいくらなんでも不味いからね。
 という訳でロッテから教わっていた体術を駆使したが……」
「ふんふん」

 興味津々のエイミィ。彼女がその日見たのは、リンディと美咲の2人に説教されている2人の息子達の姿しか
見ていない。お互いに戦ったというのが分かったのは当然、家の状態を見れば一目瞭然だったからだった。

「志麻は速かった。とにかくこちらが投げ技に入ろうとすると掴む前に目の前から消えている。そして投げて無
力化することができないのなら殴打による気絶を、と思って狙ったのだが、これも狙うころには目の前にはいな
い。
 とにかく人の死角を突くのが得意な奴だよ。横からの攻撃と思えば下からの攻撃だったり、後ろに回ったとき
にそのままやられると思って前に出たら、今度は横から攻撃されたり」
「それって強いよね、自分が思っていた場所に攻撃が来ないっていう事は結構疲れるし」
「ああ」

 例えば、右から相手が攻撃してくると分かったらその場で右に対しての警戒心を強める。
 しかしその行動を止めて、左からの攻撃にされると対応できないわけではないが、警戒心が右に偏っていたの
で左にも、という思考がなされ段々とだが思考に疲れが出てくる。そしてそのうち隙ができてしまいそこを突か
れる。
 相手の予測・読みを外す。恭司の行動はこれにつきるのだが――

「ただ、こちらからの攻撃が殆ど当たらない状態が続いたが、こっちもやられるわけにいかなかったからね。相
手と同じ思考をトレースして同じような動きをしてみたら向こうの攻撃もこっちには届かなかった。
 多分、志麻は正攻法には強いが同じような奇策を使っての行動に弱い……、いや単純に想定外の動きをされる
とそれに対しての行動が即座に取れないのだろう」

 恭司にとって常に訓練相手はあの恭也か美由希。
 正攻法なんてあったものじゃない相手に、自分もその動きに合わせる。ただ彼らと違う動きを――という元に
生まれた恭司独自の体捌きなのだが、同じ行動を取られるという予定外な行動をされた為、恭司は次の動きを決
める事が出来なくなったというのが本当の所。
 そのためクロノの言っている事はまさに正解だった。

「で、結局お互い決め手にかけて時間がただ過ぎていって……後はお察しの通りさ」
「なるほどね。
 それにしても恭司君のデバイス、いない訳じゃないけどブーツ型ってのも珍しいよね」
「ああ、アームドに近い形をとっているということは恐らくクロスレンジメインなのだろう。なのはとやらせる
と志麻は厳しい戦いを強いられるだろうな――ん、どうやら動き出すようだ」

 モニターには先ほどまで自分の姿を確認していた恭司がヴィータと同じように構えを取った状況が映りだされ
ていた。彼らの緊張がこちらの部屋にまで伝わる。
 恭司は一体どこまでやれるのか。ここにいる2人の目的はそれを探る事だけだった。



                         *



 自らを包んだ光が消え始めると、左腕にあったルージュセーヴィングが消えていたのを見た恭司。
 少しだけ足に違和感。その違和感を確かめる為に下を向くとそこには機械仕掛けのブーツがあった。右足の踵
を見ると、マガジンのような物が足裏に向かって挿入されている。これがカートリッジシステムなのだろう。
 確かめるべく右足を後ろに振り上げるとマガジンが飛び出す。そこには何も入っていなかったが大体の構造は
掴めた。足のマガジンを戻す。
 両手には赤いグローブ。その左手の甲の上に白で描かれているラインの中心に紅のルビーがあった。

<成功です、貴方のバリアジャケットは展開されましたよ>

 そのルビーからルージュセーヴィングの声があった。
 服装を見ると、黒を基調に白いラインがいくつか入ったジャケットにその下には赤いボディースーツ。額には
また赤い長めの鉢巻が巻かれている恭司の姿があった。

「赤って目立つなあ」
「それはアタシに対しての挑戦状か」

 目の前の少女に恭司が目を向けると、そこには赤いバリアジャケット――ベルカは騎士甲冑と聞く――に包ま
れたヴィータの姿。

「いや、実際目立つだろ」
「そりゃそうかもしれねえけど、アタシのははやてに作ってもらったからな!」

 はやてにデザインしてもらった甲冑を自慢げに話すヴィータ。
 彼女にとって、はやてがしてくれることを至上とし、自らがはやての為になる事をするのが彼女にとってなに
よりの充足感を得る行為なのだろう。
 恭司は先程のヴィータの様子からその事が感じ取れた。とはいっても彼は何度もそのような場面に出くわして
いるので特別何か思ったわけではないのだが……。

「キョージ、準備できたんだやろうぜ」

 その言葉を合図にヴィータは恭司との距離を開けグラーフアイゼン片手に構えを取る。
 対する恭司も一度上を向き、心の整理をする。
 これは訓練であって模擬戦……。この力を使うのなら正しい方向に……そう祈るように自身の慢心を消し去る。

「ああ、やろうか」
<いつでもいけますよ恭司君>

 ルージュセーヴィングに応えるよう恭司は前を向いて、自分の得意な構えを取る。
 左足を前に、右足を後ろにそして体の重心は左足よりに。両腕は相手の攻撃を捌くための物、軽く上げる。自
分の武器はこの足だ。
 どちらとなく合図もなく、始まる魔法訓練。この舞台は彼と彼女だけの用意された舞台。舞い踊るは2人の男
女の心と体。
 その2人が今ここに相対する。

「やあああ!」

 先に仕掛けたのはヴィータのグラーフアイゼン。
 先程と同じように飛行魔法を使い一気に間合いを詰める。
 恭司は母親、美咲に言われていたことを順に思い出す。まず慣れるなら移動……と。

「飛翔する二対の天馬、ツインファクシ!」

 恭司の言葉に反応するかのように、ブーツに魔力が宿り彼の足元に純白の魔法陣が現れる。その形状はまさに
ミッドチルダ式の物だった。
 その瞬間だった、ヴィータの目の前から掻き消えるかのように恭司の姿が見えなくなったのは。

「――っ」

 グラーフアイゼンを振りぬこうとしていた動作を上半身を使って止め、すぐさま防御を取れるように辺りを警
戒する。しかしそれは杞憂に終わった。

「があっ」

 ヴィータの右方向から声。
 その声は先程ヴィータの目の前から消えた恭司のものだった。その声の主である恭司は自身の魔法を制御しき
れなかったのか、訓練室の壁に正面から衝突していた。

「い、いてぇ……」
「ぶあはははははは、バカだー!」
「バカって言うなあ!」

 お互い戦っている事を忘れて声を荒げる。
 恭司の使った魔法は移動補助のものである。長距離での使用は無理だが近距離におけるスピードは計り知れな
いものになるが、その慣性を制御しきれず恭司はヴィータの攻撃を回避しようと左へ――ツインファクシを使っ
て――移動したのだが、そのスピードは予測以上のものだった為、壁に激突した。

「くっそ……仕切りなおしだ、行くぞヴィータ」

 体勢を整えて、再度構えを取る恭司。

「そのスピードは厄介、だが制御しきれないのなら問題ねぇ」
「それは、どうかなっ!」

 再度恭司はツインファクシを使う。
 今度は予想が取れたのか、ヴィータが防御姿勢を取る頃には恭司はヴィータの横にいた。だがやはり制御が難
しいのか横からさらにヴィータの後方へと進んでしまう。
 しかし、恭司が右足を少しだけ前へと上げると何故かそのスピードは嘘のように静止する。そしてそのまま全
身のバネを使って右足でヴィータを蹴ろうとするが。

「ワンテンポ遅いぜキョージ」

 当のヴィータは完璧にその恭司の動きを捉えていた。
 既に彼女は防御姿勢を解き、彼をグラーフアイゼンで殴りつけるため横薙ぎに振ろうとしていた。そのヴィー
タの攻撃に対して間に合わないと悟った恭司は舌打ちし、咄嗟に両腕を十字に組み防御を取る。
 だが――

「そんな防御、無意味だっ!」

 ――そのままグラーフアイゼンは恭司を捉え、ヴィータの言葉通り両腕の防御もろとも吹き飛ばした。

「くううあああ!」

 正常の人間ならば両腕の骨は砕けるか、打撲で使い物にならないほど腫れるかどちらかだが。バリアジャケッ
トには不可視の防御フィールドが張ってあるので現状この戦闘で大怪我を負うという事はそうそうにはない。
 決着がつくのなら、ダメージによる気絶か魔力ダメージによる戦闘続行不能のどちらかだ。
 恭司は防御の姿勢を保ったまま、床に叩きつけられそうになるが、先程と同じように何故か恭司の体が止まる。

「――っこん……のバカ力、が」

 魔力付加の掛かったグラーフアイゼンを叩きつけられて、五体満足という訳には行かなかった。両腕が痺れて
満足に動かせない、が痺れだけだったのでなんとか回復するだろうと恭司はそう自分のダメージを決定付ける。
 次に思い出したのは防御魔法。まだツインファクシを制御仕切れないとはいえ、アレを使えばなんとかなると
恭司はツインファクシの制御はそのままに、防御魔法を使う事にする。
 そのまま恭司は美咲の言葉を思い出す。

『最初デバイスを起動すると、貴方にデバイスが装着されるわ。その初めの形態をレッグブレイカーモードとい
うの。とにかく恭司が最初に使える魔法はルージュセーヴィングにインストールされている魔法だけ、まずはそ
れを使いこなしなさい。
 そして戦い方だけどその形態ではミドルレンジ攻撃はまず無いわ、接近してクロスレンジでの直接攻撃が主に
なるの。攻撃を届かせるには工夫が必要よ、そこは恭司が思うようにしなさい。あとインストールされてる防御
魔法だけど、担い手の精神力をかなり喰らうわ。ほぼ常にイメージし続けなさい貴方の――』

「俺の体に走る魔力を風のように……これか」
「こないなら、またアタシから行くぜ」

 もし実戦なら、恭司はヴィータにもう何度も寝かされていただろう。だがこれはあくまで魔法を使う訓練。恭
司が魔法に慣れさせるための急ごしらえな場である。
 恭司がぶつぶつと呟いていると、痺れを切らしたかのようにヴィータは再度突撃する。そのまま恭司の目の前
に現れるも彼はまだ動かずやはり口で何かを呟いている。そしてそのまま恭司の肩目掛けてグラーフアイゼンを
上から叩きつけたその時だった。

「あ、れ?」

 ヴィータは自ら見ていた光景を疑った。
 確かにヴィータは恭司の肩目掛けてグラーフアイゼンを振り下ろした、その時になっても恭司は動かなかった。
そう動かなかったのに、ヴィータにはハンマーごしの叩きつける感触がその手に伝わることは無かった。
 そしてそのヴィータは一部始終を目の前で見ていた。その違和感が彼女にはなんなのか分からなかったが、と
にかく自分の攻撃がまるで意思を持って恭司の体を避けたかのように見えた。

「確かにこれは疲れるが、常時やれないことは無いな」
「何をした……?」
「別にインストールしてあった防御魔法使っただけだぞ」
「防御、魔法? 幻覚とかじゃなくてただの防御魔法か?」
「俺の足元見れば分かるだろ、ちゃんと魔法陣出てるし。それにインストールされてる魔法に幻覚関係の魔法は
ないぜ、それらは全部母さんから聞いてるからな」

 その返答にただヴィータは困惑するだけだった。
 ならばと思い、ヴィータは恭司からいままで取っていた距離からさらに間合いを離す。恭司の防御魔法を確か
めるべく。

「グラーフアイゼン!」
<ja>

 どこから取り出したのかヴィータの前には拳サイズの鉄球が現れる。

「これでどうだ!」
<Schwalbefliegen>

 その魔法はシュワルベフリーゲン。ヴィータの得意とする中距離の射撃魔法だ。
 現れた鉄球をそのままヴィータはグラーフアイゼンで叩きつける。鉄球は真紅に光り輝き一気に恭司に向かっ
て加速し、目標に向かって最短距離を一気に突き進む。
 だが恭司は慌てない、このレベルの魔法なら自らの魔法で突き破ることが出来ると信じて疑わなかったからだ。

「風は吹き荒む、走れ銀の剣。ヴェールズシェル」
<ヴェールズシェル発動を確認、恭司君イメージを維持し続けてください>

 恭司に向かって走る鉄球は、恭司の前方約数10センチという地点で恭司の身体を撫でるように逸れる。
 鉄球は慣性のまま恭司の後方にて地面へと激突、そのまま――なんという材質を使っているのか分からないが
――地面がヴィータの攻撃によって砕ける音がする。音の発生源である鉄球は消え去った。

「……おいおいそれは反則ってものじゃないか」

 その様子を目の前で見ていたヴィータは既に、困惑から自分の放った魔法をいとも簡単に受け流した本人への
不満にと変化していた。
 だが、その当の本人といえば……両手を両足につけてへばっていた。

「は、はあ……な、何言って、やがる。こちとらこの、魔法構築に集中力一気に、持ってかれているんだ、それ
くらいか、勘弁してくれよ」
<ヴェールズシェル解除確認しました>

 初めヴィータの直接攻撃――テートリヒ・シュラーク――を回避したのはバリアタイプのヴェールズシェル。
 射撃魔法――シュワルベフリーゲン――を回避したのはシールドタイプのヴェールズシェル。
 消耗が激しいのはシールドタイプで、ある程度余裕があるのはバリアタイプ。ただここまで集中力が切れるこ
とはないと美咲は言っていたのだが、それは美咲が当時使っていた時は魔導師として優秀だったからなのだろう。
恭司にとってはシールドタイプを維持するだけでも意識を持っていかれるほどの構築作業であった。

「はあっ……。こちとらお得意はクロスレンジなんだ。それ以上距離が離れた魔法は防ぎきれなさそうだ」

 一呼吸置いてからいくぞ、と恭司はツインファクシを使って再度高速移動でヴィータとの距離を詰める。
 そのまま恭司はまたしても右足での蹴りをヴィータに叩き込もうと下から胴へと蹴り上げる。だがそれをよし
としないヴィータも応戦とばかりに防御魔法――パンツァーヒンダネス――を発動。
 そのまま恭司の蹴りはヴィータによって防がれる形となる。
 だがこのままの状態で甘んじていたら反撃を受けるのは目に見えて分かるので、恭司は心の中で舌打ちをして
ツインファクシを使用、ヴィータの後方へと逃げる。
 その逃げた恭司を追うように、ヴィータはシュワルベフリーゲンを2発、振り向き際に叩き込む。恭司は再度
ヴェールズシェルを自らの後方に展開するため振り向き発動。鉄球はそのまま恭司の体を逸れる、だが――

「――あぐっ」

 シュワルベフリーゲンは元々誘導型の射撃魔法。逸れても鉄球は存在しているのならそのまま軌道を変えてや
ればいい。恭司は防いだと油断してそのまま背中から誘導されていた鉄球の直撃を喰らう。
 ヴィータは慢心しない。そのまま追撃とばかりに恭司との距離を詰める。その間にカートリッジを1発消費。
 その距離の詰め方はグラーフアイゼンのもの、ヴィータはグラーフアイゼンの形態を変化させラケーテンハン
マーで追撃した。
 すぐさま意識を取り戻した恭司が見たのはヴィータがグラーフアイゼンの形態を変えそのロケットのような部
分から噴出する推進剤で一気に加速する姿だった。
 まずいっ――すぐさま恭司は思考を切り替えて回避か防御かの選択を出す。そしてすぐに目の前へと左手を突
き出す。

「――っ、ヴェールズシェル!」

 恭司の取った選択は防御だった。しかしそれは――

「貫けえ!」

 間違った選択だった。
 ヴィータのラケーテンハンマーはそのまま恭司の体を逸れることなく、恭司のヴェールズシェルと激突する!
 恭司は目の前の光景が信じられなかった、先程まで完璧に攻撃を逸らしていた自らの魔法を逸らすことなくそ
の魔法自体に攻撃をしているヴィータの姿に。
 このままだと防御が突き破られる。焦る恭司に、ヴィータはただこの魔法を突き破り恭司に攻撃しようとする
意思のみで恭司の目の前にいる。

「くそ……、うらあああ!」

 恭司は破られる防御なら回避を無理やりにでも、という行動に移った。
 右足で宙を蹴る。その一瞬にヴェールズシェルを解きツインファクシで回避――しようとした瞬間にヴィータ
の攻撃は恭司の体をかする。痛みを引きずりながらも、ヴィータと一気に距離を離す。
 だがそれを許すヴィータでもない、再度ハンマー型に戻してすぐさま1発のシュワルベフリーゲンを恭司に向
けて放つ。
 先程のダメージにヴェールズシェルの連続行使で集中力がなかった恭司はその鉄球を防ぐ手立てはなく……。

「あっぐ……」

 まさにクリーンヒットといわんばかりに恭司の腹部に鉄球。
 さすがにヴィータもやりすぎた、と思っていたが予想以上に恭司が喰らいついてくる。その事に焦ったヴィー
タは訓練ということも忘れて、ほぼ実戦と同レベルで動いていた。
 そのヴィータを焦らせた恭司はよろめきながらも、耐える。
 負けられない、負けたくない。恭司の心にはもうそれだけだった。それがあるから彼はまだ立つ、立ち続ける。
自分の得意とするのは何だ。

「負けられるか、負けてたまるか!」

 そう叫ぶと恭司は再度ヴィータと対峙する為にツインファクシを使って一気に突撃する。
 その恭司の様子に、少しだけがっかりしたヴィータ。

(攻撃が一辺倒すぎるんだよ)

 恭司からの攻撃は先程から2回、そのどちらともがヴィータに向かって蹴りを放つという事だけだった。
 だが、そのヴィータの落胆もすぐさま驚愕に変わる。ヴィータが恭司を察知できなくなっていたのだ。

(どこに行った!?)

 あのスピードで恭司を見失うことは致命的だ。すぐさまに恭司の姿を探しつつ、いつでも防御できるように魔
法も用意する。
 だが――

(――いない。どこだ、どこにいる)

 ツインファクシを使って移動したにしては遅すぎる。
 先程までの移動速度を見ればこの距離程度ならほぼ一呼吸ない時間で接近出きるはず。なのにヴィータの周り
には恭司の姿は無い。
 焦る。いるものがいないという恐怖にヴィータは焦る。
 だが何度目を部屋中に巡らせても、恭司の姿を視認することが出来なかった。

(一体――)
「ここだぜ、ヴィータ!」

 その声はヴィータの下からだった。
 だがヴィータが気づくには少々遅すぎた。ツインファクシで一気に距離を詰めた恭司はそのままヴィータに向
かって攻撃する。

<Panzerhindernis>
「くっ」

 だが恭司の攻撃はまたしてもヴィータに辿りつく前に止められる。
 ヴィータは内心一瞬だけだがほっとする。だがその一瞬が命取りだった。

「ツインブレイク、セット!」

 恭司の声に呼応するように、両足のブーツが光る。そしてそのまま片方の光は右手のグローブへと移動する。
そのまま右手のグローブが光った状態で、恭司は右手でヴィータの防御魔法に介入する。

「ブレイクー……ショット!」
「うわっ」

 ヴィータの防御魔法は一瞬にして恭司の右手によって掻き消える。
 一体何をしたんだ、とヴィータは詮索しようとする思考をすぐさま消し去ろうとする。やはりその隙は今の恭
司にとってはまさに好機。
 それを逃さなかった恭司はまだ魔力を帯びて光っている左足のブーツで――

「ブレイク!!」

 無防備なヴィータに向かって蹴りを放つ!
 その蹴りはそのままヴィータの右腕に入りそのままヴィータは左手で右腕を庇いながら恭司と距離を離す……。

「はあ、はあ、やったぞ! ……え?」

 恭司が蹴りを入れ、やっと1撃入れることが出来た! と少しだけ感動していた瞬間恭司の目の前が暗くなっ
た。そして上を向く。

「お、おいおいおい冗談じゃ――」

 ない、と言おうとしたがその声は出ることなく。慢心した恭司の心と体に鉄槌が振り落とされる、それは――

「ギガントシュラーク!」

 ――何倍にも質量の増したハンマーによる物理的なものだった。



























【あとがき】
 更新で読んでくださった方、一気にここまで読んでくださった方、こんにちはきりや.です
 前回のあとがき通り、恭司君奮闘しました。ただし簡単に負けてしまいました。
 次回はタネ明かしと行きます。

 私の中では妹がサンタ衣装を寝巻きにする=冬の到来
 我が家では毎日サンタと遭遇うわーい! ……正直すいません。

 最後となりましたが、読者の皆様とこのSSの展示をしてくださったリョウさんに感謝を
 では次回またお会いしましょう











作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。