「はっはっ――」
朝、というにはまだ早すぎる時間にここ海鳴の町で1人走っている少年がいた。その名は志麻恭司。
特に誰かが強要したわけでなく、自己的に自身を鍛えたいという一心で走っている。
最近、彼にとっての悩みは身長。未だ160の大台に乗れない事を悔やんでいる、まだまだ少年の姿があった。
まだ辺りは薄暗く、段々にだが色が黒から紫へと変わりつつある時刻にただひたすら無心に走る。
暦上では2月というこの時期の早朝は、想像できる通り肌に刺す痛みを感じるほどの冷気が辺りに満ちている。
「――はあっ……」
足を止め大きく息を吐く。息が外気に触れて、白くもやがかった煙となった。
心臓の動悸が激しく足もかなり消耗している。そこから無理に走ったところで成果も何も無いので一旦休憩が
てらに歩き始める。無茶を繰り返せば身体に返って来る、これは当然の回帰。
歩き始めてから数分が経ったところで、いつも折り返しに使っている海鳴公園へとついた。
「ふう……。ここで最近は色々な事があったよなあ」
恭司は思い返す。
魔法との出会い、そしてなのはと話をした場所。
世界の真実を知って1人の女の子の心を知った場所。
「ちょっと急傾斜過ぎないか……?」
その独り言は目の前にあるちょっとした坂ではなく、自身の変化に対しての物だった。
まるで流れ落ちる様に、状況が一転二転としている。
世界の真実……自身の境遇……。それらを知り、さらにそこへ母親から選択を迫られた。たしかに状況の展開
としては普通だ、順序もある意味正しく進んでいる。ただその速度が異常なだけだ……。
まるで――
「一気に膨らんだ風船、といったところだな」
ある程度歩いたところで海が見えてきた。
早朝だが、公園に人もまばらにいる。恭司と同じようにランニングしている人もいるし、体操をしているおじ
いさんの姿だってある。
日は既に昇り辺りは群青へと変化していた。
体操をしているおじいさんに恭司は挨拶をしてから、大分身体も休まってきたので走り出すためにもう一度身
体を暖めなおす。暖めるために足を交互に上げていたら恭司の視線の先に犬の散歩をしているのだろうか、リー
ドを持った少女がベンチに座って海を眺めていた。
その少女へと近づき話しかける恭司。
「こんなところでずっと座ってると風邪引くぞ」
「誰? と思ったらなんだ恭司か」
はあ、と溜息をつく少女。
その少女の名前はアリサ・バニングス、端麗な翡翠色をした瞳とその特徴とも言えるブロンドの髪は太陽の日
に当たり不純物の一切ない金と同様の輝きを放っている。なのはと同様恭司にとって長い付き合いのある女の子
の1人だ。
「なんだとはなんだ、失礼な」
「アンタなんてなんだで十分よ、まったく少しは考え事くらいしてるって察しなさいよ」
「俺は空気を読まない男だからな」
「そうだったわ、アンタにまともな精神を期待したあたしがバカだったわ」
そのままアリサは恭司に興味をなくしたかのように視線を青い海へとうつす。
「言ってくれるなあ。そこで俺から1つウマイ話があるんだが聞かないか?」
「聞かない興味ないあっちいって」
「聞こうぜ興味もとうぜこっち見ろよ」
「……」
「……」
どうやらアリサは本当に機嫌が悪いようだと察する恭司。何かあったのだろうか、と少しだけ心配になる。
恭司はアリサの隣にそのまま座りこむ。
「まあほんと聞けって、今ならなんと恭司兄さんが答えるお悩み相談室の利用料が無料なんだぞ!」
「……」
「じー」
10秒、20秒……1分経たないうちに恭司の視線に耐え切れなくなったアリサ。
「わかった、わかったわよ! というかなんでそんな子犬が捨てられたような目を簡単に出来るのよ!」
「志麻恭司オリジナル特技名づけて
『そんな! こんな子が捨てられるなんて一体どんな世の中なのよ! と分からせてくれる瞳』」
「長ったらしいわっ!」
「別名『子犬の目』」
「そっちでいいじゃないのよ!」
少しだけ息切れをしているアリサを尻目にしたり顔の恭司。
ここまでくれば後は話してくれるかもしれない、けど人の事情に首を突っ込むのはどうかと思ったが、今更だ
ろうと自身を納得させる恭司。
本当に話したくないのならアリサは絶対に口を開けないだろう。
「悩みってのはアンタの事よアンタの」
「恋は俺の管轄外だ――」
「バカいってんじゃないわよ、まったく……聞いたわよ恭司、アンタ魔力あるっていうじゃない」
そのことか、と今に思う恭司。
確かアリサとすずかにはもう話してあるとなのはが言っていたのを恭司は思い出した。
「そうらしい、まだ正確なところは今日向こうの世界に行って調べるんだけどな」
そう、今日はあのハラオウン家での騒動から数日が経ちミッドチルダへと赴く日だったのだ。
魔法少女リリカルなのは 救うもの救われるもの
第四話 「選択」
「それで、アンタはどうするのよ」
唐突にそれでいて前から決めていた様な質問を恭司にするアリサ。
「どうする……と言われてもな」
ただ苦笑するしかない恭司。
実際、流されるだけ流されて何か決定的な事を自分から決めた……といえばただ母親から選択を迫られて、そ
のどちらかを選んだだけだろう。
ここからが彼にとって正念場。自分で決めて、自分で行動する。これがいかに難しい事なのか今になって理解
する。
「どうせ、アンタも行っちゃうんでしょなのは達と一緒に」
その言葉に恭司は締め付けられるような思いを感じた。
もし、流されずになのはから魔法の事を知ったら俺もただ見送ることしか出来なかったかもしれない。魔力が
あるという事実を知らずにただ彼女達が夢に向かって進むのを応援するしかないじゃないのか……。
それは今のアリサを見て恭司は初めて思う。だからこそ――
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
――恭司は否定の言葉を口にする。
その言葉にアリサは驚くも、同時に怒りすら沸いた。
魔力がなく、ただ見送ることしかできない自分。それを魔力を持っていてなのはやフェイト、はやて達と一緒
の道に進むことが出来るのに、その道に一緒に並ぶ事を選ばないと彼は言っているのだ。
アリサの顔が怒りに歪む。この曖昧な事を言う男が許せなくなった。
「何よ……それ、同情でもしてるつもりなの? だったらふざけないでよ!
そんなものいらないし、感じたくも無いわ!
行きたければどこだって行けばいいじゃないの、アンタにはそれが出来る力があってそれを使う事が出来る。
なのにアンタは行かないとも言ってるそれはあたしに対して喧嘩を売ってるようなものよ!」
「ああ……」
「――っ! 帰る!」
アリサは立ち上がり、自由にさせていた犬達の元へと向かおうとした。
だがそれを恭司はアリサの腕を掴み、止める。
「悪かったよ、別にそんなつもりで言ったんじゃ――」
「じゃあ、どういうつもりで言ったのよ!」
「人の話は最後まで聞けって」
その言葉を無視して恭司の腕を払おうと一生懸命に左腕を振るう。
だが恭司は振りほどけないよう、それでいて強すぎないよう力を込めてアリサの腕を掴む。
「ああ、もう分かったわよ!」
振りほどくのを諦めたのか、何よもう、とぶすっとして恭司の隣に座りなおすアリサ。
恭司はそのまま思ったことを口にする、今何を思っているのか何を感じているのか……。
「簡単に言い過ぎた。たしかになのは達と一緒に管理局に行くことも考えてるし、管理局に行かずに何かしら別
の事も考えてる」
「……別の事?」
「ああ、何もあいつらの手伝いが管理局に行って一緒にやるだけじゃないだろ。
他にやりようはいくらだってあるさ、管理局だけが次元世界を守ってる訳じゃないだろうし」
「私設やもう少し別の公的な組織があるかも?」
「そういうこと。そこに気づくのはさすがアリサだな、この国だってそういう組織はあるだろう?
自衛隊や探偵、他にも色々だな。
管理局がどういう組織なのかは分からないが、それだけで守ってるっていうには幅が広すぎる。まあ管理局に
行くだけがなのは達と同じ道を進むっていう事じゃないって訳だ。後は……」
「後は……?」
恭司は言葉を切ってそのままアリサを見つめると思ったら、急に微笑んだ。
「魔法だけ知ってそのままここに居続けるってのも悪くないかもな」
「どうしてよ?」
「アリサが心配だからな」
「――なあっ!?」
顔を真っ赤にするアリサ。
それを尻目に、大きく口を開けてアリサの様子に恭司は笑う。
「なっなな、何よそれ! どういう意味よ!」
「いやいやその性格で結婚できるかどうかが心ぱ――」
「死にさらせぇ!」
ぐはあっ、とアリサからボディーブローをもらいきりもみして飛んでいく恭司。
顔を伏せて、肩で息をするアリサ。その様子だけみると本気だったのだろう……しかし。
「いっつつつ、そんなことしてるから心配になるんだ!」
「アンタがふざけたこと言ったからでしょうが! 何よちょっとだけ――」
特に問題もなく起き上がる恭司。アリサの後半のほうは聞き取れなかったが、怒り心頭なのは分かった。
立ち上がりアリサの前にゆっくりと向かう。
「悪かったよ……。まあただアリサ達が心配ってのは本当にあるぞ? だって友達だろ?
なのはだって友達だけど、お前だって同じ友達だ。それで選べって言われても選べないだろ」
「ふん――ならここに残ったら……そうね、あたしのボディガードにでも雇ってあげるわ」
「それも、いいかもしれないな」
声を出してお互い笑い合う。
恭司は選択に迫られるのはもっと後なのだろうと腹をくくっていた。
それが、まったくもって違うと思い知ったのは後になってからだったが……。
「それじゃ、あたしは帰るわ。
車もずっと待たせてあるし、これ以上ここにいたら本当に風邪引いちゃう。
恭司の思ってる事聞けて良かったわよ、1人でうじうじ考えてたらきっといつものあたしじゃ無いし少しは分
かった気がしたから」
「何をとは聞かないでおくさ……それじゃ『また』な」
「ええ『また』ね」
常に別れは次への出会いの布石、そう信じているからこそ『また』とつける。
こうしてアリサはいつもの気高さを感じる歩みで散歩に連れていた犬と共に、待たせているだろう車の元へと
急ぐ。途中、先程の会話が恥ずかしくなったのだろうかアリサは振り向き恭司に向かって舌を出してそのまま走
りいつしか恭司はアリサが見えなくなっていた。
1人となった恭司は、すこしだけ寂しく感じた。そして呟く。
「いつもどおり……とまではいかないだろうけど大丈夫。
しかし難しいよな、自分の事だろうに俺は進もうとしている道の先が見えないんだから」
もしかしたら彼女達の元を離れて1人になることもあるかもしれない。それはきっと耐え難いものなのだろう、
いまだけで少し心が軋む程の思いだ。それをアリサは感じていたのかもしれない。だからこそ――
「選べる訳、ないだろ」
――いつかくるいつもと違う日常、いつも誰かが隣にいて笑いかけてくれた日々が無くなる、それを想像した
だけで悪寒が走る。
それらを払拭するためにも、恭司は止めていたランニングを再開する。
冷え切った身体を無視して無理やりにも動いて……その考えを忘れるが為に、彼は走る。
だがこれだけは忘れてはいけない、彼は戦う事を選んだのだ。それが例え望まぬ形でこれから訪れようとして
も。
こうして恭司はミッドチルダへと赴くまで、嫌な考えを払拭できないまま時間を迎えた。
*
時は進み、時刻は昼前となる。
今恭司はミッドチルダ、時空管理局の本局にある一室にて寝かされている。
そんな彼の身体を調べるかのようにいくつか宙にディスプレイが浮かんでいる。そのディスプレイ3つくらい
を1人で担当するように局員が3人ほど彼の周りに立つ。
その1人が検査を終えるような事を言うと、立て続けに他の局員もディスプレイを見て操作するのを止める。
「終わりましたよ」
「はあ……」
ディスプレイを操作していた内の1人である女性が恭司に検査が終わったことを告げる。
恭司はもう少し別の事を考えていた。恭司はもっとごてごてした検査かと思っていたから拍子抜けしていたの
だ。彼が思っていたのは、身体になにか調べるためにチューブつけられたり、脳の中とか検査したり……。
その恭司が変な思考に耽っていると同時に部屋のドアがスライドし開かれる。部屋の訪問者はクロノだった。
「丁度終わったようだね」
「はい、滞りなく終わりました。
異常は今のところ見られませんが、最終的に結果が出るのは数ヶ月かかります」
「数ヶ月? いつもなら1週間程で終わるだろう」
「いえそれが――」
女性局員は他の人に聞かれたくないのか、はたまた恭司に聞かれるとまずいのか。どちらにせよクロノに耳打
ちをして結果が遅れる旨を話す。
それを聞いて苦虫を潰したかのような顔に一瞬なるクロノ。
「それでは仕方がない、ある程度は分かるのだろうし特に支障はないだろう」
「すいません……」
「では、次に移ろう。――志麻、デバイス起動から簡単な戦闘訓練だ」
「あ、ああ」
立て続けに行われるような検査を想像していたため、またしても拍子抜けしてしまう恭司。
恭司とクロノの2人は検査をしていた部屋を出る。
時空管理局本局というのは実に広い、いや凄くもの凄ーく広い。伊達に複数ある管理世界の秩序を守る組織だ
けはある。
そしてその施設の廊下を歩く2人の姿。
1人はAAA+クラスの実力者にして時空管理局執務官という肩書きを持ち、次期アースラ艦長かとも噂され
る程の人物。
1人は管理外世界から魔力資質があるということでやってきた少年。なのは達の例もあってか、もしかしたら
彼もあれほどの資質を持った人物なのだろうかと噂されていた。
噂もあって彼らは少しだけ目立っていた。視線という視線が好奇のものなので少々いたたまれなくなってくる
恭司。クロノは我関せずと歩いているがやはりこの視線は慣れるものではないので、気を紛らわすためにも恭司
に話しかける。
「とりあえず君の処遇はアースラの民間協力者というところに位置している」
「あーすら?」
またしても恭司にとって聞き慣れない単語が現れた。
それを簡単にだが説明するクロノ。
「時空管理局巡航L級8番艦アースラ、それ単体で次元世界を巡航することができる艦。
一応この本局も艦なんだが――」
「今ここ、本局そのものがそのアースラと同じような艦だっていうのか……」
「いちおうは……。そしてアースラに勤務しているのが通称アースラスタッフ、先程も述べたがそこに君は民間
協力者ということで所属している」
ふうん、と相槌を打つ。
恭司はそこで今まで疑問に思っていたことを聞いてみる事にした。
「それで簡単に質問なんだが」
「何だ?」
「なのは達ってもしかして強いのか?」
「――強いってものじゃないなあれは、今でも僕のほうが勝っているとはいえあのまま経験を積まれたりしたら
いつか負けるかもしれない。
負けるつもりはさらさらないが」
「……」
冗談じゃないと恭司。
実際彼女達が普通じゃないことは分かっていたが、それほどのものとは予想もしていなかった。
恭司はクロノの実力を以前聞かされて――話だけなので実感は出来なくともある程度は想像できた――いたが、
その実力とほぼ均等の能力というのは――
「それってかなり凄いってこと……か?」
「ああ……僕も彼女達に始めて会った時は驚いたよ。
こんな管理外の世界で管理局員でも5%いるかいないかとされているAAAクラス以上が2人、いや3人いる
なんて誰が予想できた事かって。
それを受けて、どこから漏れたのか君も噂になっている『あの少女達と同じ世界から来た』と、まあ他にもあ
の世界からこちら側にやってくる人も少なくないのだが、ここ最近では彼女達だけだからな」
「マジか……? 本気と書いてマジって読むくらいにか!?」
「大マジだ」
頭を抱える。
噂の事もあるが、彼にとってはこの大きな管理局の中でたくさんの人が働いているという、そしてその内のた
った5%しかいないランクに彼女達は到達していると言う事実に頭を抱えた。
クロノという男は冗談で物を言う奴ではないと恭司は知っている。知っているからこそ今は余計に性質が悪い。
「ついたぞ、君はそっちに。僕はこっちだ」
クロノが指示した扉の前へと立つ。
とりあえず深呼吸。
落ち着け、今後この力を使うのはまだそう多くない筈だと自身をなだめる。
決意を固め、扉を開ける。そしてそのまま部屋の中へと入る。
「よう、キョージ。待ちくたびれたぜ」
決意を固めたのに、凄く――
「――今、猛烈にこの部屋を出たい」
なんだとと返すのはこの部屋にいた人だった。
その部屋には青い瞳に強い意志を込めた可憐な少女がいた。その少女は赤い髪を2つに分けて、その髪と同じ
色のバリアジャケットを着込み、右手でハンマー――グラーフアイゼン――を持ち肩にかけていた。
そう、その少女こそ恭司が思う天敵、ヴィータだったのだ。
【あとがき】
更新で読んでくださった方、一気にここまで読んでくださった方、こんにちはきりや.です
連休が続いたため執筆に力を入れることが出来ました。
次回から恭司君が奮闘します。彼ははたしてヴィータに勝てるのでしょうか。
最後となりましたが、読者の皆様とこのSSの展示をしてくださったリョウさんに感謝を
では次回またお会いしましょう
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル、投稿小説感想板、