「――」

 美咲は仕事が終わり、やっと自宅へ帰ろうとしていた矢先の事だった。
 息子である恭司に渡したとある魔力がこめられたペンダントが夕方より作られていた結界内に入っ
た。
 魔法に関わる――それをいままで避けていた事だったのだが、こうなってしまってはどうしようも
ない。できることなら、このまま関わらずに暮らして生きたいと美咲は思っていた。彼にとって世界
は憎むべきもので、それでいて優しく出来ていたと知った筈なのだ。だからこそその優しさに身を包
んだまま一生を終えてほしい、そう願っていた美咲だったのだが。

「こうなってしまったのなら、話さないと納得がいかないわよね……あの子の事だから」

 そうしてやってきたのは自宅のマンション。しかし自分の部屋に用があるわけでなく、あるのはそ
の隣だ。
 恐らくそこであの可愛いい少女や、青年へと変わりつつある少年から説明を受けているだろう息子。
多分そこに私が入れば自体はややこしくなるかもしれない。だけど彼女は迷わない。彼女には恭司に
選択――単純でいてしかしこれからの人生を簡単に変えてしまう――を与えるために行くのだ。
 気づけば美咲はハラオウン家の玄関前に立っていた。
 右手で左腕につけているバングルを少しだけ愛おしく触り、決意を含んだ表情になる。
 インターホンを押す。

「こんばんは――恭司いますか?」
「いますよ、あがっていかれますか?」
「はい……」

 出てきたのはエイミィというハラオウン家で居候している女性だった。
 そして、家にあがった美咲を待っていたのは――

「だから、何度も言っているだろう! ここはいくつもある次元世界の内の1つで、君はそこの住人
だ、そして僕らはその次元世界を管理する『時空管理局』の局員で――」
「意味わかんねぇよ! なんなんだそのじくー……」
「時空管理局だ」
「そう、それだ。なんでわざわざたくさんもある次元世界ってのを管理せにゃあかんのだ、別にいい
だろその世界のことは放っといても、なんだアレか知っているから管理するって腹か! この服装も
黒ければ腹も黒いなこのエロノ!」
「エロ……! あーもうほんと君はいちいちつっかかるな!」
「うっさい、がおー!」
「えっと……恭司君、落ちついて聞いてね? 時空管理局でしっかり管理観測されているのは管理世
界ってとこだけで、ここは管理外世界なの。でも管理外世界って言っても観測されてないって訳じゃ
ないけど……、管理局は色々な世界のとりあえず魔法に関しての警察と裁判所が一緒になったところ
……かな?」
「別に管理ってのは世界自体は勝手にやってくれっていうだけで、魔法絡みの犯罪が起こったらそこ
で管理局が出張るって訳か、なのはのほうがわっかりやすいなー」
「引っかかるとこがあるが、まあ概ねそうだ」

 目の前の光景を疑いたくなる。
 息子がバインドで拘束されてソファーに正座している、しかし凄い抵抗しているが……。そしてそ
の目の前にはなのは、フェイト、クロノがいて何処から取り出したのだろうか、ホワイトボードがあ
る。
 ホワイトボードには『魔法』『魔導師』『次元世界』『第97管理外世界』『時空管理局』『ロスト
ロギア』等の単語がチラホラと書かれていた。
 生徒はただ1人、志麻恭司。そして講師はクロノ・ハラオウン、助手はフェイトとなのはといった
ところだろうか。あとはそれを見守るハラオウン家の母、リンディ・ハラオウン。
 そして……。

「エイミィさん、私頭痛くなってきたわ……」
「あ、あはは……」

 彼女達は置いてけぼりだった――














             魔法少女リリカルなのは 救うもの救われるもの


                     第三話 「確証」















 話は戻る。
 臨海公園において恭司の魔法との邂逅、なのはの人生何度目かわからない絶叫。それから少しだけ
時間を置いて、簡単な説明を――少しだけ壊れたなのはをおいてけぼりにして――話すシャマル。
 曰く、魔法とはこの世界でいう科学に近いものという事。
 現在彼女達は時空管理局というところに所属しているという事。
 この世界でハラオウン家もそこに所属しており彼らのほうが説明に向いてる事など。
 そういうことで、恭司となのははハラオウン家へ、ヴォルケンリッター――シグナム、ヴィータ、
シャマル、加えてザフィーラの3人と1匹は守護騎士というらしい――達は家にはやてがいるからと
いうことで帰っていった。
 ハラオウン家に行く間なのはは一言も喋らなかった。それを受けて恭司もまた、なのはに話しかけ
ることはなかった……。
 そして現在に至る。

「恭司」

 その言葉ではっとなる恭司。そのまま横を振り向くと母親がエイミィの隣に立っていた。

「恭司」
「何だ母さん、何でここにいるのかはさておいて俺は今何を信じたらいいか分からなくなっている所
なのデスヨ?」
「まあ無理も無いわね。
 でもそこにとんでもないサプライズを増やそうかと思うの」
「今の俺にこれ以上の驚きがあるとは思えないけ――」

 恭司の言葉を遮るようにしてとんでもない事実を突きつけた。

「母さんも魔導師なの」
「ほっほー、そいつは驚く……ってええ!?」

 これには恭司だけでなく、この場にいる全員が驚いた。
 ただこの場にいたリンディを除き。それが目に映ったのだろう、クロノが疑問に思った。

「――母さん?」

 何故自分の母親はこの事を知って平然としているのだろうかと。
 本来、管理外世界への無許可転送はご法度、いや悪ければ重犯罪にもなる筈。
 なのにいつもと同じで笑顔だったのだ。
 それに対してリンディは待ってましたとばかりのクロノの反応についつい笑ってしまっていた。

「ええ、本来ならば本局に一緒に行き事情聴取なのでしょうけど。
 実は私達が引っ越してきて間も無い頃に美咲さんから話を聞いていたのよ」

 そのままリンディは真面目な顔をして、それが全て本当の事だったらと付けた。

「彼女達は本来保護される立場なの」
「どういうこと?」

 フェイトは純粋に疑問に思ったことを口にする。
 リンディはそれに対して答える為、クロノへと問いかける。

「クロノ、貴方第8管理外世界の事知ってるわよね?」
「――え……!? 母さんあの世界は――」
「そう、とあるロストロギアによって滅んでしまった。――いえ正確には消された……ね。
 私たち管理局が駆けつけた後にはその世界に人は誰1人といなかったわ……。そしてそのまま世界
自体も消えてしまった。だけど美咲さんと恭司君がその世界の住人だったら?」
「……どっちにしても本局から出られなくなる」

 母親としての言葉でなく上司としての言葉として受け取ったクロノ。
 その上司として、自分が同じ立場で彼らの境遇を聞いていたら――

「この世界で普通に生活している人をわざわざ軟禁させるような真似はさせないわ」

 実際、彼らに魔力があるとは思ってもみなかった。
 だからこそ疑問に思わなかったし、この世界で何も知らずに暮らしていくのだろうと思っていたの
だ。クロノはリンディと同じ立場に立っていたとしたらやはり、同じ事を考えていただろう。

「だけど恭司君はこの事を知らない、だから美咲さんが来たのよ」

 美咲はありがとう、とリンディに感謝してからこの場にいる皆を見る。
 クロノは既に訳知り顔でいたし、フェイトもなんとなく理解していた。ただなのはだけはまだ驚い
ている様子だったが……。
 すると自分の息子である恭司が顔を伏せていた。彼にとってこの事実は今日初めて知らされるもの
だ、驚く以上の感情はないと思っていたのだが――

「どういう……ことだ母さん」

 恭司は震えていた。今まで何も知らされずに生きていた。
 自分が助かったのは何故なのか、そんなことはどうでもいい。
 自分が住んでいた世界が何故滅んだというのも、どうでもいい。
 だが……自分がのうのうと生きていて、実は生まれた世界はとうの昔に滅んでいた。その事実を
『知らなかった』事に対して怒りを感じていた。

「答えるまで何度だって聞いてやる、どういうことなんだよ!」

 恭司は立っていた美咲を見る。ただ本当にどういうことなのか、それを問いただす為に。彼の目は
『疑問』と『憤怒』に満ちている。『憤怒』は自分への『疑問』は母親への表れだ。
 他の人達にとって恭司のこの怒り様は初めてのようで、確かに彼女達の前でこのように恭司が怒っ
たことは1度たりとも無かった。
 たった1人を除いてだが……。
 それからいくら時間が空いただろうか、美咲は少しだけ目を閉じて間を置いてから話す。

「何から話そうかしら……」

 美咲は再度考える、ただこの状態のまま彼に選択を与えても実直な事しか考えていない今では判断
力に欠けると結論付けた。
 だから――

「そうね恭司が怒っているという事に対してまず言っておくわ。
 貴方の生まれた世界は滅んでしまった、だけどこの事を今更知ったところで貴方には何も出来やし
ない、ただ滅んだという事実を知った上で生活するだけ。
 それなのに貴方は知らなかった事に怒りを感じている。やめなさい、それは不毛というのよ恭司」

 その感情を否定、そして打ち消す為に美咲は現在思っていることを包み隠さず恭司に話す。
 冷ややかな美咲の視線の先にはバインドも解かれ、自らの母親に食って掛かろうという様子の恭司
がいる。
 母親の言葉に対して反論するのは彼だけだ。

「だからって俺は知りたかった! たとえ不毛だとしても、人が死んでしまった事には変わりない!
 だからこそ生き残った俺が覚えてなくてどうするんだよ!」

 たとえ不毛だったとしても、自分が生きているのには何か理由がある。そこに誰か知らない奴が知
らないうちに死んでいたという要因が含まれていたら?
 そう考えるだけで、今の恭司にとっては虫唾が走るような思いだ。
 美咲はその言葉を受けて、やれやれとため息をつく。

「貴方はいつから偽善者になったのよ、それこそ傲慢というものだわ。
 貴方は生まれて少し経ってからその世界を離れているの、その離れた結果が滅びだったとしても。
だからこそ私だけが覚えてる必要があり、貴方は知らなかった事にいちいち腹を立てる必要はない。
いい? もう一度言うわ恭司、それは偽善者のやることで不毛なのよ」
「くっ――だからってそれで納得しろって言うのか!」
「人ってのは助けたり救ったりするのにキャパシティってのがあるものよ。それを超えることはまず
ない。その限界を超えようとして生きていい事があった人なんて誰もいないわ。
 少なくとも、私が知っている人でそういう生き方をした人がいたけど端から見ればただの偽善者で
愚か者よ」
「俺は愚か者でも――」
「これ以上……私に言わせないで頂戴」

 美咲は有無を言わさない目で恭司を見る。
 そもそもに覚悟が違うのだ。世界が失われたのを目にした彼女と生まれて間もない上にその世界を
知らなかった彼にとってその違いはまさに大きかった。だからこそ彼女は突き放した、恭司にとって
その感情は意味の無いものだと。
 納得は出来なくても理解しろ。その意思を汲み取れたのか恭司は黙る。ただ彼にとって悔しい思い
をしているのには変わりはない、だがそれ以上に彼の母親が言っていることも確かな物だと感じた。
 知らないまま生きていたとしても、誰も責めはしない。美咲はだからこそ話さなかったし、今後も
関わってほしくないと思っているのだった。

「続きを話すわ。私が魔導師ってのは変わりないけど今現在、魔力に関してだけど殆ど無いわ。
 そうね、管理局でいうランク付けすると今の私はよくてE、おそらくFね。
 これに関しては別に私が魔導師でいる必要がなくなったから、問題視してなかったけど……」

 美咲は恭司を見たまま話す。彼の様子はもう落ち着いている、なれば大丈夫だろうとそのまま続け
る。

「恭司もまたそれなりの魔力を持って生きている、今恭司の持っているペンダントには魔力探知から
排除させるような能力があるの、だからみんなには分からなかったでしょうけど恭司は魔力を持って
いる。だから今日結界内に入ることが出来た。何かしら結界側で動きがあったせいでもあると思うけ
ど、さして結果は変わらないからその辺りはいいわ」

 いったん言葉を切り、次は恭司以外に視線を移しながらまた最後に恭司を見る。

「そして恭司、貴方は魔法もこの世界の成り立ちも知ってここにいる彼女、彼達の境遇もある程度知
った……。それを知った貴方に選択肢を私は与えるわ。
 もし魔法に関わっていくならこのまま私の話を聞きなさい。それが出来ないのなら、いますぐ自分
の家に帰りなさい」

 考える。
 もしこのまま魔法に関わらないで生きていくことが出来るのならば恐らく、今目の前にいる少女や
少年のやっていることに関与せず日々を生きることが出来る。あくまで危険とかそういった類ではな
く、今までの常識内で生きていくという意味でだ。
 恐らく自分の母親は出来るならこの選択を取ってほしい……と願っているのではないだろうか? 
だからこそ自分に魔法や生まれた世界の事を教えなかったのでは? と恭司は思う。
 自分が親の立場だったら、安心に暮らしていけるのを選んで欲しいと思うからだ。
 だけど、目の前にいる子達が先程、臨海公園で見たように戦うのならば放っておけないと自分の心
が訴えかけている。これは簡単な選択じゃない、もう人生の分かれ道といっても過言ではないレベル
だ。
 だからこそ――

「俺にはもう放っておけない、それが俺の選ぶ道だ。
 何も知らないまま生きていく……それが出来る程器用でもないし、ましてや自分が守ってやりたい
と思っている人達が戦っているんだ。
 それこそ何も知らない振りをして生きるなんて俺の心が決して許さない、だったら自分の心を偽っ
てまで生きるのなら、俺は死んだってかまわない」

 たとえそれが偽善者の取る道だとしても楽な道でなくとも、自分の心には正直に。
 恭司の心は決まっていた。

「――ふう。なら私が言う事はもう無いわ、まずはこれを受け取りなさい」

 やはりこの選択を取ったのね……と美咲は誰に言うでもなく思った。まさかここまで事が進むと正
直何かを疑いたくもなる、まるで何かに踊らされているかのようだと思ったからだ。だが実際はそん
なことないだろうとやはり自分の思いが否定をする。
 思考が別の場所へ飛んでしまいそうなので今やるべきことに専念しようとする。
 美咲は左腕につけていたバングルを外す。

「これは貴方が進むべき道を見せてくれるわ」

 そしてそのまま恭司に近づき、彼の左腕を持ちそのまま自分が先程外したバングルを付ける。
 サイズも殆ど一緒だったのか簡単につけることが出来た。
 そのバングルは銀をメインとした綺麗な作りで、アクセントとして赤い宝石をあしらっていた。

<貴方が私のマスターから譲りうけた恭司君ですね>
「うお、喋った」
「これから貴方のデバイスとなる子よ、名前はルージュセーヴィング。
 私が以前使っていた子だけど、今では十分に扱うことが出来ないから恭司、貴方に託すわ。
 ちなみに本来の設定では基本英語なのよルージュセーヴィング、でも貴方……英語ダメでしょ」
「うっうるさいな……」
「だからわざわざ設定を初期化して色々と変えたわ、感謝しなさいよ?」
「あ、ああよろしくなルージュセーヴィング」

 恭司の言葉に反応したのか、一瞬だけバングルの宝石――ルビーだろう――がきらめいて。

<こちらこそよろしく、恭司君>

 恭司は今日この日に魔法というものを知って、この場にいた全員に色々なものを教えてもらい、
色々なものを譲り受けた。
 世界の成り立ち、そして彼女や彼がやっていること。正義だとかそういうもので動けるようなもの
じゃない、信念といってもいい程のもので彼女達は動いている。
 正直に自分は1年も前から彼女達に心で負けていたのかもしれないと、恭司は思う。
 するとなのはが恭司の受け取った物を見て。

「これ、インテリジェントデバイスですか?」
「インテリ……?」

 聞きなれない言葉が出てきた。

「そうよ、ただかなりピーキーなデバイスだから他に使い手がいなくて私が使い手になってたの」
「私とフェイトちゃんのデバイスもインテリジェントデバイスなんです」
「へー、そうなの見せてもらってもいいかしら?」
「はい!」

 どんどん話が進んでいくようで、目の前にいる恭司はまったくもって置いてけぼりだった。そのま
ま彼女たちは一種の結界を築く……そう女性特有のおしゃべり結界というものを。
 これってインテリジェントデバイスだからミッド式よねとか
 そうです、でも1年前にベルカ式のカートリッジシステムを組み込みましたとか
 それじゃこの子たちもかなりピーキーな仕上がりになってるのねとか
 色々聞こえるけど、恭司の耳に届きはするももう何がなにやら。

「恭司、どうやら色々事情があったようだが何も知らなかったんだろ?」

 そのおいてけぼりの恭司を見かねたのか、クロノが話しかけてくる。
 恭司にとっての常識が通用しない出来事が多すぎた。ただそれらは世迷言ではなく真実だと目の前
に突きつけられたのだ。そもそもにそれが世迷言だとして、どうやってなのはやシグナムは空を飛ん
でいたのか、道具も使わずに人をどうやって拘束したのか。それらの説明がつかないのだ、これを真
実として誰が疑おう。
 思考が横にずれていたのを戻す。

「そうだな、何も知らなかったよ。実は自分はこの世界の住人じゃなくて、他の世界の住人だった。
そんなこと言われたら正直誰だって混乱するさ」
「僕も君と同じ立場だったらまず疑うだろうね」
「だとしても目の前で見せられたし、それにお前やフェイト達全員揃って誰かを騙そうっていう感じ
じゃないからな。
 それに信じてやらないとただ現実逃避している嫌な奴になっちまう」

 夕方、自分がとった行動を恥じるように言う。

「そろそろ時間もあれだし今日は帰るか?」
「そう……だな、また今度話でも聞かせてくれよ」
「何もかも、という訳にはいかないがある程度なら色々教えよう」
「サンキュ。この時間だとなのはは送って行くかな」
「それがいい。とりあえず時間も遅くなってきたし今日は終わりにしよう」

 クロノはこの場にいる全員に聞こえるように言った。
 恭司の魔力を調べるために後日ミッドチルダへ赴き、検査を行わなくてはいけないという事らしい。
そういうことで今日出来ることはもう終わった。
 恭司と美咲、なのははハラオウン家を後にする。
 外は真っ暗なまま廊下の天井から蛍光灯が光り輝いてそれを頼りに出歩くほどに暗くなっている。
そして外気は寒く肌に突き刺さる程だった。

「恭司、なのはちゃんを家まで送りなさいよ? あとご飯ないから帰りに何処か寄って買ってきて頂
戴」
「言われなくとも、あとご飯は適当でいいよな」
「特に問題の無いものだったらいいわ、それじゃちゃんと送りなさいよ」
「あいよー」

 美咲は自らの財布からいくらか取り出して恭司に渡す。それを受け取って少しだけ笑顔の恭司。
 ……それはお前の金じゃない。

「美咲さん、さよなら」
「なのはちゃん気をつけてねー」

 なのはにだけ告げるとそのまま家に入ろうとする美咲だった。

「実の息子には無いのかよ!」

 彼女は振り向くことなく家の中へと入っていった。恭司はそれを見て頭を抱える。

「く……なんて母親だ……」
「は、ははは……」

 なのはと恭司はマンションを後にする。高町家まではそこまで遠くないが、歩くにはちょっと遠い
といったところだ。
 夜はさらに寒くなっていた、日はとうの昔に沈んでいるためコンクリートが冷され自分の周りが冷
気に包まれるような感覚になってくる。
 お互い喋らない。
 恭司は何を思ったのか寄り道をして臨海公園へ行く。なのはは何も言わずついてくる。
 そうして気づけば、結界内でなのはと会った場所へと辿り着く。
 恭司は振り向かずそのまま海と地上を隔てるフェンスの前に立ち、ただ黒く染まった海とそれを照
らす月を見ていた。
 まだ喋らない。
 颯爽と吹く風の音とそれを受けて木々が揺れる音、ただ静かに波が堤防にぶつかる音だけがその場
における音楽だった。そしてその楽曲を聴くかのように恭司は目を閉じた。
 お互い喋らなくなってから大分経っていた。その沈黙を破ったのは恭司の方だ。

「……どうか、したか」

 それはなのはに問う形ではなくあくまで彼女の様子を心配する。
 恭司にとってはいつもの事だったのだが、そのいつもは今のなのはにとっては少し辛いものでもあ
った。
 なのはは何も話していないのは私のほうなのに、何故この少年はその事について聞こうともせず私
を心配するんだろうと思っていたから。

「話したくないなら、別に――」
「お話あるよ」

 そうかと恭司はそのままなのはのほうへ振り向いて待つ。
 これ以上延ばす事の意味はない、覚悟を決めたなのは。

「んー」
「これ……か?」

 なのはの視線、その先にある左腕を軽くあげる。その手首には先程美咲から受け取ったデバイス
『ルージュセーヴィング』があった。

「うん、やっぱり受け取ったなあって」
「やっぱりって」

 恭司は苦笑する。
 それは恭司の思ってる事を分かっている言い方だった。
 実際、なのはと恭司の付き合いは長い。おおよそ5年間友達付き合いをしている彼らにとって互い
の思っている事の大抵は分かるくらいに。

「後は魔法の事知っちゃったなって、本当は今日にいままで隠していた事話そうって思ってたけど、
先に知られちゃった。
 ――今まで隠しててごめんなさい」

 なのははそのまま顔を下げる。
 なのはにとって今日の事はタイミングが悪すぎた。朝に覚悟して実際ならば今頃何も知らない恭司
に話すつもりだったからだ。だが彼には魔力があって実は生まれ世界も違っていましたという事実が
あって、その事を知っていた美咲は恭司に対して何も話さなかったということは、魔法の事について
本当は知られたくなかったという事だ。
 つまるところ、なのはが話すことで彼はあくまでなのは達が魔法を使える事実を知るだけであり、
彼自身が魔法に関わる、とは違う。だがしかし今目の前にいる彼はもう既に魔法というものを知った
上で魔法に関わっていくという事になってしまっていた。これはなのはが話していたら彼は魔法に関
わらずに生きていたかもしれないという可能性の1つを絶やしてしまったという事なのだった。
 お互いの事を分かっているからこそ、恭司はその考えも読めてしまっていた。

「バーカ」

 恭司は呟いた。それはなのはにあてたものなのか、自分にあてたのか、自分でも良く分かっていな
かった。なのはの意気地の無さに対してだったのか、母親の意思を潰してでも意地を貫いた自分に対
してなのか……。
 その呟きはなのはに聞こえたようで。

「にゃ!? バ、バカはないんじゃないかな!?」

 となのはが顔を上げて反論すると、そこにはまだ苦笑している恭司がフェンスに寄りかかり海を背
に立っていた。

「バカはやっぱりバカだ、いまさら隠してましたごめんなさい。って謝られても仕方ないだろ?
 それに今日、何か話してくれるんだ、だったらその事教えてくれよ、俺には何の事だかわからない
んだからさ」
「えっ、でも――」
「……」

 恭司はもう話さない、目の前にいる彼女が全て話し終えるまで――

「にゃはは、うん。今まで隠してたけど、私ことなのはは魔法が使えます。
 そしてそれを使って色々な人を笑顔にしてあげたいんです、それが私の夢――」



 彼らは話す。話すことで互いをわかりあうために。
 明けない夜は無い。
 必ず月が夜を照らすように、必ず太陽が昼を照らすのだ。
 彼が選らんだのは戦うこと、人を守るために選んだ。
 こうして彼らの長い1日が終わろうとしていた。































【あとがき】
 早速、有限不実行が出てしまいました!
 あとがきは最終回でなどと言っていたのですが、予定していた話数より大幅に増えそうな予感がし
ています。
 ということであとがきでも書こうかと思いまして……。
 軽く補足ですがヴォルケンリッターの部分で1匹と書いていますが、恭司にとっては彼は犬と思っ
てます。人間形態なんて見てませんからねー。
(ちなみにアルフもです、今回は登場キャラ数の多さのため泣く泣くカットしました……実際にはハ
ラオウン家の場面ではずっといます)

 仕事を再開したので少々執筆が疎かになってしまい、現状遅くなってる次第です。
 できれば改善できればいいのですが……

 では、次回にまたお会いしましょう










作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。