フェイト・T・ハラオウンの仕事は家を出てからすぐだ。
 学校へ行くため制服に着替え、身だしなみをし、自らの家で朝食を取る。
 大抵朝はリンディと会い、次に同居人の女性と一緒に食べる。
 クロノも朝たまにいる、今日はたまたまのほうだった。
 そうして彼女は家を出て友人たちと一緒に登校するのだが、友人と比べると彼女だけ少し違う。
 彼女だけ一仕事あるのだ。
 嫌々やっている訳ではないので特に苦もなくこなしている。むしろ新鮮さを持って取り組んでいる
といっても過言ではないだろう。
 クロノが兄に変わりはない。だが家にいないことが少々ある上、彼女の兄は凄く優等生なのだ。そ
れ故この作業に新鮮さが増す。
 ちなみにやらされているのではなく、自ら申し出た仕事である。
 なんとも稀有な存在だ、とここに記しておく。

 そうしてやってきたのは隣に住んでいる志麻家の玄関。
 今日もまた肌寒い。朝はもちろん、このまま昼、夜と続いて寒いままと今日の天気予報で言ってい
たのをきっちりチェックしておいた。天気は晴れ、マンションの廊下から見える空は白い空模様では
なく綺麗な青空だった。

「やっぱりちょっと寒いかな?」

 彼女は1年とちょっと前に引っ越してきたので、先に住んでいたのは志麻家だった。
 引越しをしていてその後なのはと一緒に過ごしていたら、会わせたい人がいるということで翠屋ま
で一緒に。その時に会った男の子が志麻恭司。
 いきなり「なんだパツキン少女は!?」と急に叫んだので少しおかしな人だなとフェイトは思った。
 この奇妙な少年との友達付き合いがここから始まったのだった。

「おはようございます」

 勝手知ったるやはなんとやらで、チャイムを一押ししてから合鍵を使い普通に家に上がる。
 以前までは合鍵を持っていても彼の母親が現れるまで律儀に玄関先で待っていた。いつからだろう
か気にしなくなったのはとフェイトは思う。
 そうしてリビングに入る。
 既に準備を終えすぐに仕事に出られる状態でいた彼の母親、美咲がTVを見ながら待っていた。
 TVでは「先日未明、○○県海鳴市において暴行事件がありました。被害者の方は40代後半の男
性と見られており、警察では加害者の捜索と同時に周辺での聞き込み作業に……」とニュース番組が
流れていた。
 見飽きたのかはたまた仕事の時間なのだろうかTVを消す美咲、そして彼女は立ち上がる。

「おはようフェイトちゃん、今日もかわいーわねー。
 それじゃもう私、出るから。いつもすまないと思ってるけど、あのバカ息子の事よろしくね」
「はい、頼まれました。お気をつけて」

 フェイトちゃんも気をつけてね、と一言残して美咲は仕事へと家を出た。
 以前は可愛い、いつもすまないやバカ息子の件で「そんなことないです」と毎回反論していたが、
こちらも「おはよう」と同じ定例句のようなものになっていたので、反論はすることなく肯定もする
こともなくただ流していた。当然ながらフェイトは微塵にもそのような事は思っていない。
 ただ実の所、恭司に対しては世話の掛かるお兄さんだな程度には思っているが。

 フェイトの目の前には恭司の部屋。
 当然ながら扉は閉まっている。
 先に彼の名誉の為に言っておく、ここまでで察すると彼が朝に弱いように聞こえるが実は違う。
 彼は大体朝5時くらいには起床し、ランニングをしているのだ。ただ、何故フェイトがこのような
作業をしているのかと言うと……。
 単純にランニングしてシャワーを浴びる、ここまではいいのだが、何故か寝るのだ。寝ずに起きて
いれば朝あわただしくなることもないのに彼は寝る。以前何故寝るのですか、とフェイトが尋ねると
「それが俺だから」と分かる様な分からない様な答えが返ってきた。それからという訳ではないが、
今ではフェイトが朝に彼を起こしている。

 そしてフェイトの出番だ。
 控えめなノックから始まり、反応を伺う……予想通り反応がないので部屋にそっと入る。
 意外と小奇麗な部屋は単純に物が少ないだけであって、彼が掃除好きかと言われると答えに詰まる。
 フェイトは部屋に入った後、すぐさま目につくベットの山。失礼、ベットの上に出来上がった山。
 普通に揺さぶり起こしていた時、恭司が「たまには刺激のある起こされ方もいいな」と話していた
のを思い出した。
 フェイトは目の前にある山を見て、普通じゃない起こし方……と頭を働かせる。
 すると、昨日同居人の女性と一緒に見ていたプロレスを思い出す。
 何か思い立ったのか、少しベットから距離を置く、走る、そして――跳躍!

「えいっ!」

 かわいい掛け声とは裏腹に、運動神経のいいその助走から完璧に跳躍したフェイトの起こし方は…
…。

「ぐえええええっ」

 という、かわいさの微塵の欠片もないリアクションで返って来た。














             魔法少女リリカルなのは 救うもの救われるもの


                     第二話 「発覚」














「すばらしく刺激的な起こし方だった……」
「ご、ごめんなさい」

 現在恭司とフェイトは自らの学校へと少し急ぎ気味に歩く。
 いつも恭司はフェイトの歩幅に合わせるような形で歩くため、今日の恭司はいつもどおり自分の速
度で歩いているが。
 急いでいる理由はあのフェイトの刺激的な起こし方、フライングボディプレスから復活するのが少
し遅れた為である。

「なかなかいいプレスだった、精進せよ――ただ結構痛かった……ということで罰ゲーム!」
「ええ!?」

 手をわきわきする恭司。それだけ見たらただの変態だった。

「むにー」
「いふぁいでふ(痛いです)」
「くく……冗談だ」

 うう……と唸り少しだけ赤くなった頬をさすり、恨めしそうに恭司を見るフェイト。
 そんな様子を見て笑う恭司。笑われたフェイトは恥ずかしくなって余計に頬を染めるのであった。
 どれだけ歩いただろうか、少しづつではあるが遠目に見えるフェイトのクラスメイトたち。
 1年前あたりからだろうか、恭司はフェイトに起こされるようになってから、彼女達と登校するの
が日課になっていた。
 同じ小学校に通っていた時は、なのはやアリサ、すずからと一緒のことが多かった。
 アリサ・バニングスと月村すずかの両名は、高町なのはの友人だ。1年生の時からずっと付き合っ
ているようで、その途中で恭司とも出会った。
 さらになのはと一緒に登校していたのは恭也からなるべくなのはと一緒に登校してほしい、と言わ
れていた為というのもあり、割と違和感なく一緒に過ごしていた。

「おはよう……フェイトちゃん」
「おはよう、なのは」

 あとは全員それぞれ挨拶。
 現在いるのは恭司、なのは、フェイト、アリサ、すずか、はやての6人だ。
 これだけいると目立つのだが、もう1年にもなるので周りの目も大分落ち着いた。
 アリサとすずかは本来車での登下校なのだが、最近では朝だけだが途中まで車、あとはなのはや恭
司達と一緒に登校するようになっていた。
 少し歩いたところで恭司がふと思い出すように。

「はやては大分足治ってきてるな」
「そうやね、初めて会うた時は車椅子やったもんね」

 1年前から始まったこの登校で八神はやてと初めて出会った恭司。
 その時のはやては足が悪く、車椅子に乗っていたのだが原因となる病はもう治っていたらしく。今
では車椅子から杖をつく程度になっていた。これもそれも彼女の懸命なるリハビリと周りの励ましに
よる賜物である。
 しばらくすると、また彼女も思い出したのか。

「そや、きょう兄。これプレゼントや」
「お、なんだ? 別に今日は俺の誕生日なんかじゃないぞ」
「恭司さん、先々月に誕生日迎えたばかりです……」

 すかさずフェイトがつっこむ、あの時の出来事は誰しもが忘れられないと思っているからだ。
 そして、はやてが渡したのは綺麗にリボンと紙で包装された箱だった。

「やっぱ忘れとったんか、今日はバレンタインやで」
「おお、忘れてたどころかもう14日だったのかと今、時間の経過をかみ締めているところだ。
 時が過ぎるのは早くそして季節もまた巡り巡るのだな……」
「軽く自分に酔っとるみたいやけど……忘れとったんやろ?」
「はい、忘れてました。――なにはともあれありがとな」

 お互い吹き出す。とそこでやっと2人のやり取りに気づいたのか、アリサが――

「はやてからチョコもらって、そこで今日がバレンタインだと知ったアンタは、
 そこであえてボケたわね恭司」
「何故見ていなかったのに見ていたかの様に一部始終が分かる! さては貴様エスパーだな」
「何言ってるのよ、もうアンタの行動パターンなんて読めてるわよ!」

 恭司に向かって指を指すアリサ、おまけにもう片方の腕は腰だ。すずかが隣で「アリサちゃん…
…」と少し俯いたのは誰の目にも映っていた。
 しかしその当のアリサは効果音で「ババーン」と出るくらい完璧なポーズで恭司をいまだに指して
いた。
 いくらか経った後、満足したのか先ほどのポーズを解きおもむろに自らの鞄から何かを取り出した。

「というわけで、これがアタシのよ。手作りじゃないのは義理だからよ義ー理」
「はいはい、わーってますよ。あんがとさん」
「あ、恭司さん私も……」
「おーすずかにも貰ってしまった……。アリサと比べ物にならないくらい、こう気持ちが篭ってる感
じがする。ありがとうな」
「――なんですずかの時は感動して、私のときはおざなりな上に比較されるのよっ!」
「アリサだからだ。
 それにアリサが殊勝にチョコを作って俺に渡してきたら、俺が大笑いしてたところだぞ」

 どういう意味よそれ! と殴りかかるアリサ。
 それを、ふははは甘い甘いのだよアリサ君、世界は君が思っているほどやわではないぞ! と全て
避けきる恭司。
 ラッシュラッシュラッシュ! ヒョイヒョイヒョイ!
 高レベルなのか低レベルなのかいまいちわからない争いだった。
 はやてがそれを見ながら。

「そや、ちなみにそのチョコ私だけやないで、作ったのはヴィータにシャマルにシグナムも一緒や。
 途中まで一緒に作ってたんやけど、ヴィータがどうしても自分で作りたい言うてな。
 それで最後の仕上げのちょう前からみんな独自の製法なんよ。
 1つで4度楽しめるっちゅう特典付きや」
「え……」

 軽く時が凍る、全員がほぼ同じ反応だった。
 その発言には実に2つの爆弾が隠されていたと、後の証言者は語る。

 1つ目はこうだ。ヴィータが『何故』恭司にあげるチョコと知りつつも『どうしても自分で作りた
い』と申したのか。
 はっきり言おう、恭司とヴィータは仲がいい。とこれは周りの人物が語るだけで本人達は全力で否
定する。まさに犬猿の仲と言っても過言ではない……が、周りから見ればじゃれあっているとしか見
えない。
 そのため、あのヴィータが作りたいと言ったのは何かあると踏んでいた恭司だったのだが、さすが
にあの料理好きのはやてと『途中』まで一緒に作っていたのだ細工はできまいと踏んでいた。まあそ
れが既に爆弾なのだが……。

 2つ目はこうだ。実の所シグナムは不器用と思われるのだが、努力家なのでありえない方向には持
っていかない。しかしシャマルは違う。
 彼女は『善意』を持ってとんでもない『失敗』を起こすというとんでもスキルをお持ちなのだ。
 以前、みそ汁を作る際、彼女の頭の中にはどういう工程でみそ汁が出来ていたのだろうか、ダシに
「コンソメ」を入れたのだ。「だしの素」もしくは「昆布やかつおぶし」ではなく。
 彼女の記憶ではやてがみそ汁を作る際、味噌と具材を入れる前、お湯に何かを入れていたことだけ
は分かっていたのだが何を入れていたのか分からず、以前はやてがスープを作った時コンソメを入れ
ていたのを思い出し、そこから推測してみそ汁のダシにコンソメを使ったつわものである。
 当然ながら非常に言葉にしにくい味だったと、食べた皆は申したそうな。
 しかし、八神家の面々はザフィーラに押し付け、もとい好物だったようなので全て食べさせたとい
う辺り食べ物は粗末にしていないとの事。
 嗚呼、哀れザフィーラ。
 その時のザフィーラさん「みそとコンソメのコラボレーションやー」と叫び、某料理感想で名が知
れたあの人とそっくりやったで……とはやてをうならせた。
 そうして、そのとんでもスキルをお持ちの彼女が何かしていないとも限らない。これが2つ目の爆
弾である。

 しかし2つ目の爆弾、この場においてその事を知っていたのははやてとシャマルの作ったご飯を食
べたことのある、なのはとフェイトだけだった。恭司は当然知る由もなく、むしろチョコを作ってく
れたという部分だけ受け取り、食べずにそのまま彼女達に感謝を伝えたという。
 その後食べた恭司がどうなったかは、今は語らないでおこう。

「ふーん……なら今度挨拶行かないとな」
「きてやきてや、みんなもよろこぶと思うで。特にヴィータとか」
「いっ!? あいつだけは勘弁してくれよ」
「なんでや仲ええやん」
「それは勘違いだ!」

 またまたーと笑いはやてはからかう、恭司はそれを必死に否定するがこうなったはやては止められ
ない。
 そしてここまできて、フェイトが初めて気づく。
 そう……なのはが一言も話していないという事を。

「なのは、どうかした?」
「え……ううん、なんでも……ない。――あ、家に忘れ物しちゃったんだ、私戻ってとってくるね」
「おい、なのは?」
「先に行ってて――」
「待て――」

 そのまま制止の言葉も聞かずなのはは自分の家の方向でないほうへと、走っていった。

「はあ……丸分かりだな」
「うん」

 返答は全員だった。
 そしてなのはは誤魔化すの下手だな……とも全員思った。

「じゃあ、俺が行ってくるみんなは――」

 フェイトがすっと恭司の前に立つ。

「恭司さん私が行きます、遅刻しないようにはしますから」
「……」

 フェイトは恭司を見据える。そして恭司はフェイトの目を見る、そこには心配と決意の入り混じっ
た目だった。
 ならば何も言うことはない、そう決めた恭司だった。

「分かった、遅刻しないと約束できるな?」
「恭司さん?」
「恭司?」
「はい、任せてください」
「よし行って来い!」

 フェイトは全速力で走った。遅刻しない為と一刻も早くなのはと話がしたいという一心で。
 おー速い速いと恭司。速いなフェイトちゃん、さすがなのはちゃんの事だけはあるでとはやて。
 しかし2人と違って、すずかとアリサは疑問に思った。
 いままでこういう事があったときは、すぐさま恭司が駆けつけていたという印象があったからだ。
 事実、恭司は1年と半年前の時も恭司がなのはの隣にいた。多分、いただけだったんだろうという
のは2人の想像。
 だからこそ今回も恭司がやっぱり一番初めに隣でいてあげるのだろうなと思ったのだが、あっさり
とフェイトに任せた事が疑問だった。
 あんなに――

「よし、俺達はフェイトの努力を無駄にしないためにもさっさと学校に行くとしますか!」
「そうやね、なのはちゃんはフェイトちゃんに任せたろ」
「まあフェイトなら大丈夫でしょ」
「そうだね」

 そうして彼と彼女たちは学校へと向かう。
 すべてをフェイトに託して。



                      *



 300mほど走っただろうか、フェイトは目の前に小さな公園を見つけた。その公園の真ん中、そ
こになのはが俯いて立っていたのを確認した。
 なのははもう動いていない、だから安心したフェイトは息を整えながら歩いて公園に入りなのはの
前に立った。

「はあっ――なのは、どうしたの」
「フェイト……ちゃん?」

 なのはが顔を上げる、そこにはいつも毅然として立っていた親友の姿はなかった。
 フェイトはこの時のなのはを見て思った、なんだろう何かに似ている……そう迷子のようだ、と。
 そうして、いくらか経ってからなのはが閉ざされた門を開けるかのように話した。

「本当は分かっているの、話さなくちゃいけないんだって。だけどいつも話そうとすると、止まるの。
 口がいう事きいてくれないの。……酷いよね私――
 だってアリサちゃんやすずかちゃんには話したのに、恭司君には一切話してないだもん」
「なのは……」

 フェイトはそこまで思いつめていた親友に、すぐに気づいてあげれなかった自分を恨んだ。
 なんで私は気づかなかったの? どうして? と、だから思ったことを口にした。

「ごめん、なのは。だったら私が――」

 なのははフェイトの言葉を止め、静かに首を横に振る。

「ううんそれはダメ、フェイトちゃん。これは私が話すって決めたから、前フェイトちゃんに言った
よね私が恭司君に話すって」
「……うん」
「だからそれは破れない。ここでフェイトちゃんを頼っちゃうと恭司君に面と向かって話せない。
 だけど……怖いの、話してどうにかなるの? 
 もしかしたら信じてくれないかもしれない。
 もしかしたら恭司君が離れちゃうかもしれない。
 もしかしたら……もしかしたら……、そうやって思って思いつめて気づいたら隠しきれなくなっち
ゃってた。
 気持ちが逃げてた、それでさっきみたいにみんなから逃げちゃった。ううん恭司君から逃げた」

 情けないよねと言って親友は顔を空へと向ける。
 そこにはフェイトが家を出て初めに見た空があった。

「実はね――フェイトちゃんとこうやって友達になれたものある意味、恭司君のおかげなんだ」
「え……?」

 フェイトは当然そのようなことは知らなかった。
 なのはが想って、私がそれに答えた。それだけだと思っていたから。

「うん……。いつだったかな? 多分フェイトちゃんと会ってまだ間も無い頃だと思う。
 その時、はぐらかして相談したのが恭司君だった。
 相談したらね『なのはは俺に相談するのは間違いだ』って最初に言うの」

 折角相談したのに酷いよねと当時の事を思い出して笑うなのは。
 確かねと付ける。

「こう言ったの『お前の中で答えが決まってるのにどうして俺に相談する? 
 それはお前を偽っているようなものだ。答えが出ているなら、それに従って頑張るんだ。
 そうすればきっとお前が、なのはが想っている様になるさ。世の中案外ご都合で動いてるんだぜ』
 って笑って言うの。そうだよねもう話を聞こうってそれで友達になろうって思ってたのにね。だか
ら私は頑張った、フェイトちゃんの友達になれるようにって……」
「そうだったんだ」
「だけどね、なのに私はこうやって隠してる。話して答えを出すのは恭司君なのに、私が焦ってるだ
け。それだけなのに逃げちゃった」
「……」

 フェイトはなのはが全て話してくれるのを待つ。

「多分、にゃはは……さっきのでバレちゃったかな? 私が何か隠してるって」
「あはは……」

 さっきのなのはの逃げ方を思い出して笑ってしまったフェイト。
 しかし、フェイトはなのはの言葉を否定できるものを持っていた。
 だからこそ話した、恭司がどう思ってるのかを。

「でもね、恭司さんは待ってるよなのはの事」
「え?」

 今度はなのはが驚くほうだった。

「1週間……くらい前かな? なのはその頃から恭司さんの前でこそ普通でいたけど、恭司さんがい
なくなってからはずっと考え込んでた。
 だから、心配して相談したの恭司さんに……なのはの事で気づいた事ないですかって」

 フェイトはなのはが何も返してこないことを確認して、続きを話す。
 彼女を勇気付ける為に、なにより恭司を想いそれ故に逃げ出してしまった彼女の為に。

「うん、そうしたらね『俺に何か言いたそうにしているのは分かる、話したいけど話していいかわか
らない、そんな感じが1年の間、何回かあった』って。
 だからね、きっともう隠し事があるのは分かってるよ恭司さん。でもなのはを信じてるから、ずっ
と……待ってるよ」
「あ……」
「だから、ね。心配してるし行こうみんなのところに」

 そうやってフェイトは手を差し伸べる。
 迷子だったなのはを連れ出して、探してあげよう。彼女の答えを。

「そうだね、もう迷ってなんかいられないね。
 恭司君ずっと待っててくれたんだもん、だから――」

 なのははフェイトの手を取る。
 答えは1つ、簡単な事だった。いつもそうだった、彼女はいつだって全力全開なのだ、そして彼女
は取り戻すいつもの自分を。

「――今度は私が恭司君を信じないとね!」

 そこには笑顔のなのはがいた。



                      *



 フェイトはなのはを連れて、学校へ向かっていた恭司たちに途中で追いついた。
 その時のなのはは笑顔だったし、フェイトも笑顔だった。
 特に問題にすることもないだろうと思った恭司達はいつもどおりの生活をする。
 校舎の違う恭司は1人中学の男子校舎へと向かった。

 学校内ではなにか起こったかと恭司に尋ねると、いつも通りと返って来る。
 そのいつもどおりが他の人にとって普通なのかどうかというのはさておき。
 こうして気づけば彼の教室には人1人いない状況となり、それはもう放課後という時間を示してい
る他ならない。
 恭司は友人とゲームセンターへ行き、散々遊び倒した。
 しかし彼が遊び倒した訳ではなく、彼の友人達が遊び倒したというほうが正しい。
 何故なら。

「金がない……」
「ケーキばっか食べてるからだろ、この甘党」

 悔しいが反論できるほど彼の口はそこまで達者でないし、事実でもあった。
 しかしゲームセンターのハイスコアに大体5つくらい名前がのっている「N・T」とは一体誰なん
だろうか……? と彼の友人は口々に話す。
 ここまでほとんどのゲームにおいてハイスコアを叩いているのに誰も知らないという。
 唯一、恭司だけが知っていた。だがこの事を話すと『彼女』は怒る。以前ボロが出たとき約3日間
口をきいてもらえなかったという罰があったからだ。
 いくらか時間がたつと彼らのうちの何人かが塾ということで皆解散ということとなった。
 冬の夜は長い。
 まさにその通りでまだ時刻は17時前だというのに、もう空が茜色だった。

「暗くなる前に家に帰るか」

 いつもなら行きつけの本屋で軽く立ち読みしてから帰る彼なのだが、財布が軽いのでめぼしい本を
見つけたとき購入できないという悔しさを味わいたくない為、彼はそのまま家へと帰る。
 空を見上げると、星と月だけの世界がまた広がっているかと思いきや、薄い白が空全体にかかって
いた。

「あんなに天気が良かったのに……急だな」

 そうして海鳴臨海公園の辺りについた頃だろうか、何か違和感を感じる。
 別にここを通らなくても家には帰れる。
 通る必要はない。
 と彼は何度もそのような脅迫概念に捕らわれた気持ちになった。
 すると、たまたま空を見上げたら何故か白いリボンが舞っていた。空は黒で当然リボンは白、何故
かそれだけがはっきりと見えた。
 そうして彼は海鳴臨海公園へと足を踏み入れる。

 何処かで歯車が動いた気がした、けど歯車が足りなくて回っていたのは1つだった。

 なるべく電灯のある道を進んでいた、だがそれは急にやってきた。

「おいおい、こんなところに何の用事だお前」

 いきなりだった。
 そういきなり後ろから声をかけられたのだ。
 いつの間に後ろにいた……? 未熟とはいえ、さすがに背後を取られるとは思っていなかったと恭
司は思う。目の前に広がる暗闇がいっそう暗くなった気がした。
 そう思うと無意識に唾を飲む……その音がやけに響く幻聴すら聞いた。
 それらを悟られまいと、恭司は返答する。

「そうだな、空に舞う蝶々を追いかけていたらここにいて、お前に話しかけられてる。
 これなら理由になるだろ」

 正直いままでこのような事は極力避けてきた、今だって心臓の動悸が聞こえていないか心配になる
ほどだ。この出来事は恭司にとってイレギュラーすぎた。
 逃げる方法は今のところ無い、自分の後ろを易々と取るほどの相手だ、きっと下手な真似をすれば
後ろからバッサリとやられかれない。どうすればいいと恭司は考えを巡らせる。
 恐らくコイツは早朝からのニュースで話題になっていた海鳴での暴行事件の犯人だろうと推測する。
 対峙する事すらご遠慮願いたいところなのに、既に相手は自分の後ろなのだ、小細工なしの正攻法
で潜り抜けるしか現在のところ思い浮かばないと恭司。

「はっ、バカにしてんのか。はたまた本当のバカなのか、まあそれはどうでもいい――
 おっと動くなよ? ついでにこっちも向くな、アタシがいいって言ったら振り向け、反論は許され
ねーからな」
「……」

 その間何秒か、いや何分か……。

「――いいぞ」

 相手から声が掛かったので、ゆっくりと慎重にそれでいて相手を警戒していると思わせないように
振り向く。
 振り向いた恭司がまず驚いたのはその相手の身長だった。
 まず恭司の胸くらいしかない。
 それにはさすがに疑問に思ったのだが相手の容姿で力量を測るなど3流のすることだ。と何度も窘
められていた。
 顔は闇に隠れていてはっきりと分からない、だが少しだけ衣服が見えた。
 色は分からないが相手は「スカート」を着ている。
 それを着ているということは相手が特殊でない限り女性、それも恐らく恭司より年下だ。

(声である程度推測できずに何が対処か――)

 恭司は心の中でかぶりを振る、自分を責めるのは後だ、今は目の前にある脅威に集中しろ。無理や
りにも冷静になろうとする恭司。
 この子が朝に発覚した暴行犯なのだろうか?
 そこまで思考を働かせていると、先程まで月が雲で隠れていたのだが、急に辺りを月が照らし出す。
相手の顔がはっきりとはいかないものの、ぼんやりと見えた。
 その顔は――

「逃げる!!」
「おい、待ちやがれ! って言っても逃げれないがな。
 バインドだけ覚えろってのはこういうときに使えるからか」
「――っ!」

 動けない、否先程までは自由に動かそうと思えば動かせたのだ。
 しかし逃げだそうとした瞬間だった。急に何かに腕と足を固定されたかのように動かなくなった。
 一体何なんだ! 叫びたくなる思いを一心に隠し、冷静に答える。

「さて……どういうことか説明してもらおうか、ヴィータ」
「アタシの名前を知ってるのか? ん……なんかその声聞いたことあるぞ」

 そう、先程から恭司の後ろにいたのははやての同居人、そして恭司と犬猿の仲であるヴィータだった。
 どうやら相手には恭司の顔がまだ暗がりに入っていて見えていないようだった。
 少しの間悩んだヴィータだったが、何かを思い出したかのように顔を上げる。

「キョウジの兄ちゃん?」
「いや、その言い方だと俺に兄がいるように聞こえるのだが……」
「ああ、やっぱキョウジか。なんだよお前いきなりこんなところに来るなんてよ」
「来るってここ、臨海公園だろ? 別に来たっておかしくないだろ」
「そりゃ、そうだろうけど……」

 するとヴィータは考え込む。
 先程から「んー?」とか「むむ……?」と唸り声を出しながら悩んでいた。
 するとヴィータの後ろからさらに気配が。

「ヴィータちゃん、何? すぐに来いって」
「……あ、ああシャマルか、いやなんか知らないけどキョウジがここにいるんだよ」

 ヴィータの後ろにいた気配の主はシャマルだった、彼女もまたはやての同居人だ。
 ヴィータの言葉にまたしても反論する恭司。

「だからここは公園なんだから来たっておかしくないだろ?」
「そりゃ、そうなんだけどよー」
「ところでなんでその恭司さんは、何でバインドで捕縛されてるの?」
「逃げ出したから」
「多分逃げたから」

 ヴィータと恭司の声が重なる、2人の発した言葉は殆ど同じだった。だからこそ2人はお互いに思
った。そして視線に込めて相手を凝視して送る。

(なんで真似するんだ!)

 シャマルはその様子が可笑しかったのか、吹き出した。
 すると、そのシャマルを見て恭司とヴィータがシャマルをジト目で見る。
 その視線に耐え切れなかったのか、こほんと1回咳払いをして。

「恭司さんはヴィータの言っていることが分かっていない。
 ヴィータは恭司さんの言っている意味が分からない。
 これでは平行線なので、恭司さんには私が説明します。当然ながら聞いていないでしょうし」
「まあ説明してくれるなら……だけどこれ解いてくれないか?
 地味に身動きが取れないって嫌なんだ」
「分かりました。だけど逃げないで下さいね」

 そうして、恭司にかけられていたバインドが解ける。
 それと同時に逃げ出すために駆けた恭司だったが――

「はっはっは! ――のうあっ!」

 仕掛けておいたバインドが発動。
 ひたは(舌か)んだーーーー!!というのは恭司。
 恭司はまたしても身動きが取れなくなった!

「だから逃げないで下さいって……言いましたよね?」
「はひ……」
「だからお仕置きです」
「へ……?」

 シャマルは右手を差し出す。

「ふいまへん、なにほ…………(すいません、何を)
 ひゃんっ!」

 ……一応言っておこう志麻恭司、性別は男。
 そしてシャマル、彼女がやったのは旅の鏡を使って恭司の背中をじかに指でなぞっただけ。
 恭司の反応をみたヴィータとシャマルのリアクションは両者違っていた。
 ヴィータは口をあんぐりと開け、驚いていた。
 シャマルは恭司の反応を見て……嗤った。笑ったのではない嗤ったのだ。
 そして右手をまた差し出して上から下へと動かした。

「ひゃまるひゃん、やめ――ひゃああん!!」
「ふふふ……ダメですよお仕置きなんですから、まったく」
「理由になってまへ――ひゃ、ひゃひゃん」
「そんなまるで恥らう乙女が必死に鳴くのを我慢しているように鳴くなんて……、
 恭司さんは罪な人ですねっ!」
「フィータ! ほめへふれ!」
「自業自得だ」

 フィータアアアアアア……と断末魔を残し彼はあますとこなく汚された。
 シャマルの何かに触れたのだ、もうシャマルの黒い部分を呼び出しちゃいけない。そう誓う恭司と
ヴィータだった。
 先程の出来事から一段落して、シャマルの説明を簡単に受ける恭司。
 ちなみに彼にはもうバインドはない、あれだけの事をされてまだふざけられるほどの体力と精神力
があるなら、そんな人物を紹介してほしい、変わるから。
 どうやら今のここには人がこれないようにしているのとの事、そしてまずはどういう事なのか目で
分かってほしいとの事。
 どういう意味なのか、はっきりしないまま……臨海公園でも海が見えるところまで来た。
 すると飛んでいた。
 何が? と問われれば、人がと答えるしかない現状がここに。

「すげー、なのは飛んでる。しかも戦ってる。相手シグナムさんだー」
「キョウジの兄ちゃん? 大丈夫か? さすがにアタシでも心配になってくるぞ」

 恭司の目は点になり、ぶつぶつと高揚のない声で「飛んでる、飛んでるよはは、○空術かな? な
んかビーム出た。すげービームラ○フル?」と呟いている。
 まさに目の前の光景が冗談だったらどれだけ救われるかと思われるくらい……。
 それは恭司にとって「非現実的」な出来事だった。
 恭司が彼女たちの戦いを見てからすぐだった。何かの合図でもあったかのように戦闘をやめこちら
に降りてきた。

「なんだシャマル、わざわざ止めるほどの事でも起こったか?」

 ピンク色が降りてきた。失礼シグナムが降りてきてシャマルを見据える。
 彼女もまたはやての同居人だ。
 シグナムがシャマル達を見て、合点がいったのか。

「ああ、そういうことか」
「ええ、そういうことなの」
「ああ、そういうことらしい」

 何故かシグナムとシャマルのやり取りに混ざった恭司だったが、シグナムに少しだけ睨まれた。

「んー、あと少しだったのになー。って言っても勝てる見込みは少しだけはあったんですけど、負け
る確率のほうが高かったです。でもやっぱり近接主体の人とやらないと訓練にならないし……うー
ん」

 そしてなのはが降りてくる。
 彼女の容姿がいつもと違っていた。二つ結びにしている髪が、片方だけ解けている。
 着ている服は聖祥の物と似ていたが、似ているだけであって殆ど違っていたし、なにより自分の身
長と同じくらいの杖? を持っていた。
 なのははシグナムがいる方向を向いて、目をやる。
 そこにはシグナムはもちろんのこと結界を張ってくれたシャマルに、なのはの訓練を見に来たヴ
ィータ、そして恭司がいた。

「よう! なのは、空飛んでたな! すげーな!
 でも俺、物理法則無視する奴なんて始めてみたぜ!」

 と無駄にテンションの高い恭司がいたのだ。

「え?」

 恭司はまだ喋る、しかしなのはの耳には届いていない。
 彼は彼なりに現実逃避をしているのだった……。そして時は動き出す。

「ええええええええええええええええええ!?」

 動き出した歯車は止まらない。けど1つ歯車が足りなかった、だから周りの歯車も動かない。
 カチリという音がした。
 だから歯車を足してあげた、周りの歯車を動かしてあげるために。













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