――――海鳴市 4月23日 PM 6:00



 海鳴市街のおおよそ6分の1程を覆う程、大きめな結界が海鳴の海を中心に張られていた。
 恭司はその結界に入った瞬間にルージュセーヴィングを起動させ、空を駆ける。別に急ぐ必要は無い、むしろ
恭司にとっては援軍が来ることを知っているので時間を稼いだ方が良かった。だがそれをしなかったのは結界を
張った人物に心当たりがあったのと、その魔力の膨れ具合が時間を追うにつれ増大していく事が気にかかってい
たからだった。
 急ぐ理由と急がない方がいい理由、矛盾した2つを抱えつつも恭司は感覚として捉え、彼なりに元凶の元へと
進む。
 日はそろそろ落ちようとする時刻に陽の光を浴びながら海へと進む彼の姿はいつになく真剣だった。
 死ぬかもしれない、そんな訳が無い。変に意識すれば躊躇いが恭司の中に出来る、今の今まで命の危険に自ら
飛び込むという経験が無い以上そんな彼を誰が責められようか。
 一応と付け加えれば、彼は死地というのを体験した事もある。だがそれは自らが飛び込むのではなく、なし崩
しに「そうしなくてはならない」理由があったからこそ今までの彼には躊躇いが無かった。
 だが今回はどうだろう、全て「そうかもしれないから行く」という憶測のみで自らが動いていることに恭司は
気付く。ならば憶測を金繰り捨て、なのはやフェイト、もしくは時空管理局員と行動を共にすべきだろう。でも
一重にその事をしないのはそれなりに理由があった。
 恭司が目的の場所に到着したのだろう、飛ぶのを止めた。
 彼の目の前にいる彼女、それが――

「よう、昨日ぶりと言えばいいのかな。ふぅ……、まったく知り合って間もないのに問題を起こさないで欲しい
な」
「やっぱり分かっていたのね。随分な挨拶じゃない、偽善の王子様」
「そりゃ、あれだけ魔力放ってれば嫌でも分かるさ。それにわざとだろう?」
「ふふ、伊達に感性だけは養ってないって訳。ふぅん、ならこの仮面はいらないわね」

 ――恭司の目の前で、陽を浴びた美しい黒髪をなびかせて飛ぶメイアの姿があるからだ。
 彼女は目元を覆っていた仮面を脱ぎ捨て、素顔で恭司と相対する。

「本当に感謝しているわ、アンタと会わせてくれた教授とそして生きていたアンタ自身にね」
「おおぅ、これは軽い告白かな」
「馬鹿言わないで頂戴、この前も言ったとおりよ。アンタを殺して、わたしはわたしに為る。そのためにアンタ
にはここで死んでもらうわ」

 メイアの手にはデバイスらしき物は見つからず、恭司は対峙する相手の獲物が分からない事に少しだけ焦りを
感じる。
 恭司にとってこの戦い、そもそもに勝負にすらならないと全感覚が警笛を鳴らしているものだ。彼の感性に嘘
があるとすればそれは常日頃の事くらいだろう、命のやりとり、対決、勝負、彼の持つ感覚自体はあの恭也を相
手にしている時と同じか、それ以上の危機を感じ取っていた。
 勝てるわけが無いと身体が警告する。
 ここにこれ以上留まる事を選べば、きっと無事では済まない。彼女の言葉の信憑性としてはほぼ5割で信じて
もいいと恭司は判断する。そう、自分をあの少女は殺すと言いそれを行うことに躊躇いは無いという事を感じた
からだ。
 彼女が彼女になるという事については疑問が残るがそれでも、その中にある意思は誰にだって分かる程の目だ
と恭司は判断する。
 それを否定するのは彼女を侮辱する事に他ならない。だから冗談なんだろ、と恭司はからかう事もしなかった。
恭司は佇まいを変えない。変えた瞬間それは油断に繋がる、故に彼は全神経を尖らし次に来るメイアの言葉を待
った。

「別にアンタに興味があって殺す訳じゃないわ、そこの所間違えないで。
 わたしがいるから、わたしはアンタを殺すのよ。それは動機とか理由じゃない、わたしが生きている限りそれ
は付きまとう物。アンタを殺すというのがわたしにとってスタートラインなのよ」
「じゃあ、聞こう。もし君が俺を殺す理由が既に君が今ここにいるという事ならば、もし仮に俺が誰かに殺され
たとしよう、それは君にとって不服なのか?」

 メイアは一度思案して、恭司の問いに答える。

「別に、アンタが死ねばいいのよ。その経緯とか死に方なんてどうでも良い、圧死だろうが焼死だろうが窒息死
だろうが安楽死だろうが、心肺停止でもすれば何でもいいのよ。わたしが殺す必要性は無い、アンタが死ぬ必要
性だけがわたしにとっての条件なのよ」
「なら、ここで殺す理由は無いのか」
「でも、ここで死ぬ必要はあるのよ」

 両者ともに一歩も引かない。
 言葉のやり取りだけで聞けばそれはその歳ではありえない会話である。だがそれでも恭司とメイアにとってそ
れは必要のある会話だった。互いが互いという存在を認める様に、そして同時に認めない様に。
 恭司にとってここで殺される事はあってはならない事だと認識する。なぜなら彼が死ぬことによって無効にな
ってしまう契約があるから。
 メイアにとってここで恭司を殺す必要は無いが、彼が死ぬという事実が欲しかった。なぜそこまでして恭司が
死ぬことに固執しているのか、それは彼女だけが知る事なのだろう。だが彼が死んだその先に待っている物はな
んなのだろうか。復讐でもない、かといって私怨でもない。欲しいのは恭司が死ぬ事ただそれだけ。

「俺を殺した所で、何が待っている? 俺が死ぬことによって君にとっての利点は一体何なんだ。俺にはそれが
理解出来ない、かといって理解したからといってほいほい死ぬ訳にもいかない。俺は俺であるために俺が死ぬ事
を許されないから」
「さっきも言ったわ。アンタが死ぬことによってわたしは初めてわたしに為れるの。アンタという器があっての
わたしじゃない、わたしがいるからこそわたしが、そう、この時空時間空間とありとあらゆる物にわたしという
者を刻む事が出来る」
「どうしても俺が邪魔だという事か」
「そう、アンタがいるから邪魔なのよ」
「例え俺が失踪して、俺という痕跡の何もかもが無くなったとしても……、それでも君は俺が死ぬ必要があると
言うのか、俺にはそういう風には聞こえないのだけれど?」

 恭司がこの世に存在しているから、メイアがこの世に存在を認識出来ない事と余儀されているのでは無いのか
と恭司は推察する。ならば恭司自身がいなくなることによって、それは達成される事なのではないのか。恭司は
そこからさらに考察する。

「そうね、それでも良いかもしれない。けれどそれは行方不明という肩書きがつくだけ。それでも志麻恭司とい
う存在そのものが無くなった訳ではない、それならばアンタが関わった人間、物、ありとあらゆるものを消去す
る必要性がある。そんな事不毛よね、だから手っ取り早い方法として……。
 ――アンタが、死ねば良いのよ」
「――――っ」

 恭司はメイアの視線でうろたえた。その瞳は何もかもを綺麗に映し出す黒い瞳だったが、その先にあるものが
無かった。光も無い、闇も無い、ただ無が広がるのみ。彼女は何も映し出していなかった、視力としては捉えて
いても彼女自身がその先にあるものを捉えようとしていない。
 恭司はその事に驚愕する。そこまでメイアは何を求めているのだろうかと悩んでいたのが馬鹿らしいと自嘲す
る。だって彼女は既に必要な事を簡潔にそして彼女が求めようとしていた物をたった一言で表していたのだから。


 ――死ねば良い。


 既に両者の意見は平行線で交わることをしない。2人の心はたわむ事は無く、一向に決まることの無い約束事
を交わしているようにも見えた。嫌う人間が互い同士認めないように、また恭司とメイアも互いを認めなかった。
 もう話すことは無い、そう言っているかの様にメイアは構える。
 両手には何も無い、両足にも何かあるようにも思えない、かといってアクセサリーの類も何も無い。つまると
ころ、恭司から見て彼女の持つデバイスらしき物は見つからなかった。

「こうしている事でわたしが既に満たされている事が分かる。アンタを認めない事がどんだけ楽な事なのか今や
っと分かった。本当に……、長かった。ここまでに至るのに数年とかかったわ。
 そんなわたしの終着点でもあり変わることの無い始発点でもあるアンタを、ここで終わらす。ありとあらゆる
物に対してアンタという存在そのものを停滞させる。そうすることで訪れるわたしの充足感はどれほどのものか
――味わいたいのよっ!」

 メイアの狂気とも言える言葉の羅列は恭司を余すことなく侵食していく。彼女に与えた、自分そのものという
存在がどれほどの物なのかという事を少しでも知った恭司は困惑する。今まで接点等無かった彼女に対して恭司
は何をしたのか、それとも知らぬ所で何かしていたのか。
 恭司の巡る思考は止まることをしなかった。
 だがそれでも恭司の疑問に対する解答は見つからなかった。なぜならそれはメイアだけしか知りえない事なの
だから。
 やってくる――メイアが。
 ゆっくりと恐怖そのものが這ってくるような感覚を恭司は感じる。
 今動けば死ぬ、だが動かなければ死ぬ。そんな閉塞感にも似た、圧力じみた恐怖心を恭司はメイアに感じたの
だった。
 徐々に明るかった世界が仄暗い世界へと移り変わる。

「……、アンダーレ」

 呟いたメイアの姿が豹変する。それは神々しくも、同時に圧倒的な力の差を恭司に見せ付ける程衝撃的だった。
彼女の姿自体は大きく変わりは無い、だがその背中から生える銀色で光など殆ど当たっていないはずなのに、辺
りを照らす程の翼。御伽噺に出てくるような天使の翼が彼女から生まれ出た。
 2対の翼は生まれた鳥が羽ばたくかのように、力強く、また美しく広がる。
 冗談じゃないと恭司は焦る。翼を出したメイアから感じる魔力は既に桁違い。アレに触れようならばきっと身
体が不規則に離散すると、彼は感じた。思わず恭司は無意識に手に力が入り、また呼吸も乱れていった。
 メイアは表情を変えず、ただ恭司を眺めるだけ。そこに何も感情は無かった、いや彼を無として捉えていた。
興味も無い、あるのは己が満たされる心のみ。充足感を得るためだけの行為、それは利己的でまた暴力的だった。

「ツインブレイク――セット」

 応戦するのも馬鹿馬鹿しい、さっさと逃げるべきだ。そう恭司の心は訴えかけていた。
 それでも恭司の身体は動いた。本能に従うように、それでいて心に反発するように。

「やるのね、わたしと」
「君の欲求を満たすためだけに俺はここにいるわけじゃあない。俺は――
 ――時空管理局、民間協力者として君を拘束する!」
「ならばわたしを拘束してみなさい、そう簡単に出来るほどわたしは柔じゃないわよ? さあ……、やれるもの
なら、やってみなさい!」

 激突する魔力と魔力。
 恭司の何にでもなれる純白を意味する魔力と、メイアの何物にも染められぬ心を意味する白銀の魔力。
 どちらが勝つのか、それは今このとき誰が知りえただろうか……。



*





「あ――――ぐっ」
「なんだ、その程度……、面白くないじゃない」

 恭司とメイアが衝突してからまだ数分。それでも恭司はメイアの猛攻から身を守るので精一杯だった。魔力量、
構成、速度、威力、強度、ありとあらゆる面で恭司は負けていた。
 ツインファクシで死角を突こうにも、恭司が魔法を使う前にメイアの魔法が完成している。彼が魔法を使う前
に攻撃されるのだ、それも回避できない速度で。別に魔法自体の威力としては比較的高く無い。それより恭司に
とって問題なのが数だった。例えば恭司が魔法を1つ完成させる間にメイアは2つ完成させている。つまり約2
倍の速度で彼女は魔法を恭司に放つ事が出来るという事なのだ。
 メイアの翼から現れる羽――これが彼女の射撃魔法だ。常に8つを展開、同時に制御可能、なのに反則じみた
威力で恭司のヴェールズシェルのバリアタイプをいとも簡単に切り裂いた。そのことに驚愕した恭司はその隙を
つかれ直接身体に数発貰うことになる。その後の恭司はシールドタイプの防御魔法を使ってなんとか防ごうとし
ても、瞬時に死角から現れる羽に翻弄され、みるも無残に何度も攻撃を受けた。
 これでは既に狩りだ。
 人が娯楽で狩りを楽しむのと同じ、メイアは恭司を遊び道具と同じような感覚で戦っている。
 それでも恭司は諦めない。死にたくない、これは勿論あるがそれと同位置にあるあの"約束"それがあるからこ
そ彼は戦う。だが威勢だけではこの場で逆転は無理である。身体的にそして精神的にもかなり恭司は参っていた
のだ。

「はあっ……、はあっ――んっ、面白くなくて申し訳ないね。結構……、はぁっ、俺としては必死なんだけど、
さ」

 ジリ貧どころじゃない、完全に遊ばれている事に恭司はちょっとは腹を立てていたらしい。彼は憎まれ口を叩
くがメイアは表情を変える事無くそれを気にする事は無かった。

 ――コレがわたしが求めていたモノ、コレがわたしに必要なモノ。

 メイアはむしろ苛々していた。ボタンを掛け間違えたような形容しがたい苛立ちを彼女は覚えていたのだ。だ
が恭司はそのメイアの心情なんて露知らず彼のブーツが光る。彼の魔法が完成されたという事なのだが、その事
に何も危機感を覚えないメイア。
 つまらない、つまらない、つまらない、つまらない。始めようアイツを殺す事を始めよう。そう思ったときの
ほうが満足していた。なのに今あるこの虚脱感は何? メイアはそう自問自答するように苛立った顔をする。
 少年にとってこの勝負、命を賭けるには分が悪すぎる。
 少女にとってこの勝負、何も無い作業のような感覚だった。

「アンタに合わせてやるわ」

 本来の目的である恭司を殺す事ではなく死ぬ事が欲しいのならば、メイアは勝負自体を楽しむ必要は無い。だ
が彼女はそうしなかった。ほんの少しでも本気を出せば一捻り、それこそ時間をかけずに目的を果たすことが出
来るだろう。しかし何故だか彼女はそうしたくなかった。
 メイアは腰につけていたポーチから1対の手袋を取り出し、自分の手につける。

「銀の――爪」

 メイアが一言発すると、先ほどつけた手袋から鉤爪のような爪がそれぞれの手に5本づつ現れる。恭司はその
様子をただ眺めることしか出来なかった。

「わたしは一切射撃魔法を使わないわ、これで負けたらアンタは自分の土俵で負けたことになる。その時は……、
潔く死になさい!」
「死ねと言われて死ぬ阿呆がいるか!」

 応戦する恭司、それをあしらうメイア。ブーツと爪がそれぞれ交差する。
 メイアが右手で恭司の胸を切り裂こうとするならば、それを恭司は左足で受け止める。恭司は受け止めた反動
を受け流し、勢いに身体を任せ、捻り右足でメイアを攻撃しようとする。
 しかし、その直前でメイアは翼を1枚前に出し自分の身体を包むように纏う。その瞬間、ツインブレイクが付
与された状態のブーツがメイアの翼に直接当たり翼が霧散する。
 恭司は油断した。
 防御を崩したといつもの感覚で捉えていた、しかしそれは彼が魔法として戦っている勘ではなく、生身で戦っ
ている勘の方だった。その勘は致命傷だ。何故なら今彼らが戦う道具として用いているのは自らの体だけでない、
魔法もなのだから。
 メイアは翼が1枚消えたところで何も感じない、ただ壊れたという事実を認識して次の一手二手先を考えてい
た。恭司が体勢を整える前に彼の右足に直接爪を叩き込む。

「――っ」

 その時恭司は右足に走る痛みを感じ、自分が油断した事に気付いた。ブーツに直接あたったせいか痺れる様な
痛みだったが、それを感じても直接的なダメージまでには至らなかった。
 考える前に恭司はツインファクシでメイアの背後に回る。すかさずそのままツインブレイクを付与したブーツ
で攻撃を叩き込む、がまたしても彼女が纏う翼によって攻撃が阻まれる。だが反撃が来る前に恭司はまたツイン
ブレイク付与し、もう一撃加えるもやはり防御される。
 メイアは背後で何があったのかは分かっていたが身体が追いついてなかった。感覚としては既に先の先を捉え
ていても、身体のほうがそれについていけてなかったのだ。それでも彼女はダメージを負う事なく、恭司の居る
ところへ振り向く。振り向き様に爪をそのまま恭司に当てようと、いると推測される場所に反撃を試みるが彼の
姿は無く、その爪は風を切り裂いただけに留まった。
 一方の恭司と言えば、メイアの姿を確認していた。彼女の翼は既に2枚になっており、先ほどの連撃で2枚失
ったと考えてもいいが、一番最初に霧散した翼は既に蘇っていた。

(あれを突破しない限り、こちらの攻撃があたらないという訳か)

 しかし、分かったとはいえそう易々と4回も攻撃を当てられるほどの相手ではないことは恭司にも理解してい
た。そうしてメイアが恭司の姿を探している間にも羽は徐々に修復し、数秒もかけずに元の姿に戻っていた。

(おまけに回復速度が早い……、あんなの鉄壁を誇る城塞を単騎で攻略するのに等しい)
<こちらの損傷も酷いですしね、さすがにこのままこちらを攻略されると無事にとはいきませんよ>
(ああ、分かってる。それにそれはもうさっき嫌と言うほど味わった……、だがきっとあの城壁にも突破口はあ
る筈。それを見つけるまでだ!)

 恭司はメイアの真上で待機していた。それは最も彼女の姿を捉えやすく、また見つかりにくいという事である。
これは以前始めて彼が魔法で戦った時にも使った戦法だ。彼はツインファクシを常に駆使し、死角から攻撃、死
角から攻撃というのを繰り返す事にする。
 上から一気に下降、瞬時にツインブレイクを翼に叩き込み1枚を破壊する。
 その間にメイアは攻撃された事実と共に恭司の姿を確認する。とはいえ彼女自身の格闘能力としては恭司を下
回るものの、魔法としては確実に上ということはついこの間まで恭司は知らされた。それにメイアも達人クラス
まではいかないが、それでも十分動けているのは確かだ。
 油断はしない、だがそれでも恭司は詰めが甘かった。
 立て続けにメイアの背後や上下からの攻撃で強襲を何度もかけるが、どうしても3枚目を壊す間に1枚目が修
復し終えているのが現状だった。おまけに何度も奇襲しているせいか、メイアのほうの反応も段々と良くなって
いた。かといって正面きって恭司が攻撃すればメイアの思う壺。

(いくらなんでも回復が早すぎる。何か、何か糸口は無いのか……!?)
<彼女の翼が全て彼女自身の魔力で出来ている、それとあの翼自体が余剰魔力を放出するのに必要という事だけ
は確認できました>
(情報はたったそれだけ、か)

 いつまでたっても自分の攻撃を回避されることに苛立ちを覚えるメイアが痺れを切らしたのか、恭司に向かっ
て挑発する。

「いつまでも鬱陶しい、羽虫のように飛び回るわね」
「そうでもしないと、すぐ君に壊されそうでね。羽虫といえども生きているので必死なんですよ」
「憎まれ口を叩くのもその辺になさい」

 だが言い合いは恭司のほうが上手だった。とはいえ現状では何も変える事が出来ていないので正直どうにも言
えないのだが、恭司は考えそして動く。
 諦めるなきっと何処かに綻びがあるはずだ。そう自分を奮い立たせるようにまた何度もツインファクシ、フ
ローターフィールド、ツインブレイクを幾重にも使いメイアを攻撃する。
 メイアはとにかく翼で防御し、カウンターを狙う。いくら奇襲といえども攻撃の隙だけは隠せない、そう考え
た彼女はとにかく恭司が来る方向を見極め、反撃のチャンスを窺う。

<…………>

 そんなお互いの思惑が交差する中、1つのデバイスが何かに気付く。恭司は必死故にそこまで心のゆとりがな
いのか、些細な出来事だけでも見逃すまいとルージュセーヴィングは魔力探知と状況判断を怠っていなかった。
 その結果が今、何かに引っかかる物を見つけるのだった。
 何度奇襲したのだろうか、恭司はもう既に数えるを止めていた。翼を壊す効率のいい方法だけが彼の思考を埋
め尽くしていた。

<やはり、そうですか>
(――っ!! ルージュ、何に気付いた!)
<いえ、多分恭司君が考えている事を同じです。多分アレは回復速度の違いが現れる時必ずする事って何でし
た?>
(やっぱりそうなのか……、かといって分かった所で俺の手数は最大でも2手、次に最速で次の2手を行ったと
しても多分、4枚目を壊す頃には既にはじめの2手分が回復されている。おまけに理想値だ、次にある最速の手
を使ったところでおそらくそれを見極められ手痛い反撃を受けることになる)
<ええ、それでも恐らく……、間に合わないでしょうね>
(かといって今ある手はそれしか無い、ならやるしかないだろう)

 現在のメイアの戦い方だと恭司にとってはやりやすい相手な筈なのだ。
 メイアの戦い方、それは防御力重視のカウンター攻撃。だが恭司にとってツインブレイクというバリアブレイ
ク能力が備わっている以上、防御はすぐに破られる。そのまま残った1撃で相手に大打撃を与えるという、恭司
は言わば防御を崩して1撃を入れ、素早い移動を使って離脱するヒットアンドアウェイ攻撃が得意だ。
 だからこそ、防御後にカウンターを入れる攻撃は元来恭司に対してはよくない戦法なのだが、その防御が
御力・・でなくでこられた場合はその方程式は崩れる。だからこそ現在恭司は苦戦を強いられている訳だが。

 ――それはあくまでメイアが射撃魔法を使わないという前提の下で……、苦戦しているんだよな。

 完全に格下相手にしているメイアの様子に、さすがに恭司もイラっとするが自分の実力が伴っていない事もま
た事実だと反省する。その上段々とメイアの反応が良くなり、危ない場面も増えてきた以上このまま時間をかけ
るのは恭司にとって得策ではない。
 ならばあの防御を崩せる方法を、といくつか彼は頭の中でシミュレーションしてみるもどれもうまくいってい
ない。嫌なイメージだけ彼の脳裏にこびり付く。

「やっぱり面白くないわね、つまらない、つまらないつまらないツマラナイ――」

 メイアは言葉を漏らしながらグローブごしに爪を噛む。恨めしそうに恭司を眺めながら。
 その様子に恭司も何かを感じずにはえなかったのか、さすがに疑問の言葉を口にする。

「俺を殺すのは容易いのに何故躊躇する、何故面白くなくてはいけない? 一体何が君の中にあるんだ」
「うるっさいわね、どうだっていいでしょうそんな事。アンタの存在を消す事ばっかり考えてるわよ、そうどう
やって消そうか、ね」
「君にとって最優先の事を、何ですぐにでもしないんだ。そもそもにこの戦い自体、君にとって茶番なんじゃな
いのか? 俺という存在そのものを消し去るのなら、すぐにそれをすればいい」
「だから……、五月蝿いって言ってるでしょう!」

 取り付く島も無いとはまさにこの事だろう。だが恭司の疑問は尤もだ。メイア程の実力を持った人間が格下の
相手である恭司を殺すことは容易い、ならば彼女自身が最優先と述べる「恭司の死」というのを実力行使を持っ
て達成させる事は可能なのだ。
 だが今のメイアはどうだろうか。まるでこの戦いに意味を持たせるような事ばかりする。実に無意味だと思わ
れるし、それをする理由すら見つからない。あるのならば、それは彼女の心の内が変化しているという事だ。
 生きる目標も無く、死ぬ理由も無く、恭司の死という事象を持ってメイアがメイアになるという事を中継点で
なく、始発点にしているのならば、それは一体どういう変化なのだろうか。
 恭司にとってその変化は嬉しい限りである。同時に自身の死を望むメイアにとって今のこの状況は限りなくお
かしいと感じている。だがそれが今の戦い方に現れているのなら恭司にも希望の道はあった。ただそれは限りな
く見果てぬ道であることに変わりは無い。

(やって――みせる!)
<貴方の実力でどこまでいけるか、見せて貰います>
「ああ……」

 恭司は力強く頷き、今自分が出来る――否、最大限を超えなくてはいけないと決意を固める。
 メイアの様子は相変わらず恭司の出方を見ていた。それは恭司を明らかに格下と見定めた瞬間でもあった。彼
女は一度翼を身体が伸びをするように広げ、ただ彼女は待つ。
 静止した時間が動く時、それは彼と彼女の決着をつけるものだった。

 恭司が――動き出す!

 今度は奇襲なんかじゃない、猪突猛進の如く恭司はメイアの真正面を突き進む。その様子に一瞬だけ思考に緩
みができたメイアだったが、すぐさま状況を整理し、次に来る2手先3手先を分析する。それは彼女が彼女たる
証の力だった。そんな対策を立てられた恭司に活路はあるのか、それは誰にも分からない。
 恭司は直進途中でフローターフィールドを使って足場を蹴り速度を上げた瞬間にツインファクシを使う。緩急
のついたその動きにメイアは思考し戦術を組み立て直す。今まで恭司がしてきたことは主にメイアの意表を突く
ような攻撃。
 だが、メイアは恭司の動きをシミュレートし、そこから導き出せる自身の最善な動きを取捨選択し、実行に移
す。それは単純に意表を突く攻撃のみのものではなく、いままで見せた恭司の手を分析した結果から生まれ出た
もの。そこには当然ながらそのまま直進し4連撃の下翼を叩き壊す・・・・・・・・・・・・・・・・・という方法もあった。恭司の行おうとして
いる行動はまさにそれだった。
 恭司は今まで奇襲を使っていたからこそ、ここでも緩急をつける為に正攻法で攻める方法をとったのだが、そ
れもすでにメイアの組み上げたパズルのうちの1つになっていた。
 戦術が持つ脆弱性とは何か。
 こう聞くといくつか思い浮かぶ物があるだろう。それは同じ戦術然り、戦術の枠を超えた何か・・だったり。
 恭司はその枠を超える事が出来るのか、はたまた別の策があるのか……、だが彼の取った行動はただ直進して
いただけだった。
 しかしメイアの思考にも1つの問題があった。それは彼女自身の身体能力にある。今の状態で彼女の鋭い洞察
力、考察力を持ったとしてもメイア自身が枷を作ってしまっているのだ。そう恭司に合わせて戦っているという
事だ。だから先ほどまで彼女が彼の動き自体を見切れていても、彼にダメージを与えられていなかったのはその
事が原因だったのだ。
 条件、状況、その他様々な要因を含むこの攻防。どちらが組み伏すのか、それは刹那の時で決まるものだった。


 恭司が颯爽と攻撃射程内に入る。当然メイアの真正面だ。
 刹那の時、恭司の足技が映える。ツインブレイクを付与したブーツをコンマ数秒と無い内に連撃を与える。そ
の連撃は一瞬にして1対の翼をかき消す。
 メイアはその瞬間下翼が破壊された事実を知る。だがそこまでは彼女の想定通り、そしてやがて来る恭司の更
に付与した2連撃。
 己の限界を超える動きをしても、恭司の魔法完成速度は変わらなかった。彼自身のロジック的能力がフィジカ
ル的能力に勝てなかったのだ。付与する前に一撃だけ……、素のブーツで蹴り上げてしまう。

 ――しまっ!!

 そう恭司が思った時には何もかも遅かった。
 メイアは恭司の動きを全て読みきった上であえて回避でなく防御を選んだ。それは彼女の自信の表れだった。
そうして彼女は反撃の一撃を加える。外さない……自己暗示のような思いと共に恭司へとカウンターを仕掛ける。
 銀の爪は恭司のバリアジャケットを切り裂き、そのまま止まることなく恭司の右わき腹を抉った。

「あ……」

 恭司が下手をしたと実感したと同時に共にやってきたのはわき腹が焼けるような痛みだった。メイアはこの隙
を逃さない。瞬時に右手が動き、今度は彼の腹部を



――貫いた。




*










 絶望したのは自分の愚かさだった
 大丈夫だと信じた己を次に恨んだ
 彼なら大丈夫だと心の底から信じていた
 きっと――大丈夫だと
















だったら目の前に広がるあの光景は何?
彼を貫くあの鋭い銀の爪は何?
意思も身体も切り裂くあの凶器は何?
何よりも自分の身が引き裂かれたように痛む理由は何?











 ――――海鳴市 4月23日 PM 6:30



「嫌……いやああああああぁぁぁぁ! 恭司くん!」
「嘘だよ、何で、こんな」

 私が来た頃にはもう遅かった。この時をこの場所を全て捉えた後にやってきたのは絶望的な光景だった。
 目の前に見えるあれは本物だ。
 志麻恭司、彼が力無く蒼い空から落ち、暗い海に姿を消すのを見たのは……、本物だった。
 今まで魔法を信じて疑わなかった私に、魔法は凶器なのだと現実を突きつけられたのがこの瞬間だった。こん
な事を平気で私はしていたんだと、非殺傷設定という現実味の無い暴力で私は幾重にも傷つけていたのだろうか
と、そんな思いに苛まれる。
 それでも、私にはしなくちゃいけない事がある。
 後ろを振り返る余裕は今は無い、一刻も早く恭司くんを助けなくてはいけない。
 叫ぶ暇があるなら助ける、嘆く暇があるなら動く、絶望する暇があるなら希望に変えればいい。人を助けるの
に何を躊躇う必要があるのだろうか。
 私が魔法を手にした理由は、笑顔。
 人の笑顔を見たくて、みんなが幸せでいて欲しいから私はこの魔法を手に取った。
 恭司くんが海に落ちる。
 まるで相手の女性が無造作に落としたようにも見えた。がそれは二の次。
 上空から見える海は仄暗く、藍色というよりそれは闇にも似た黒。まだ落ちてから数秒、水面には落ちた後の
波紋が広がっていた。

「恭司くん、待ってて!」

 海を眺めていた私は意を決して海へと潜る。
 アクセルフィンを使って急いで恭司くんを引き上げるために一気に入った。
 まだ4月、当然海は冷たい筈だけどバリアジャケットのお陰で気にすることも無かった。もっとも、今の私に
は関係ない事だけど……。

「何処……、恭司くん何処にいるの? 見えないよ」

 闇雲に探したけれど見つからない、何か目印になるものでもあれば――、そう思った時だった、丁度雲に隠れ
ていた月が海を照らし出してくれたのか海には無い色が見えた。
 これを辿れば!
 私はその赤い色をした何か――きっと血だろう――を辿りさらに潜り恭司くんの行方を捜す。

<"この先にいるようです。現状では命に別状はなさそうですが急ぐ事に越したことはありません">
「――うん、分かった」

 レイジングハートが言う通り、急ぐ事に越したことは無い。だから私は恭司くんの元へと急ぐ。
 時間にしては数秒だったけれど――

「――見つけた!」

 恭司くんの姿が見えた。
 既に意識は無いのかもがく事もしない彼の様子に私は動揺した。
 生体反応に異常は無くても、このままじゃ……。

<"急ぎましょう、海の中ならマスターでも引き上げることは簡単ですから。その後は全力でサポートします">

 そうレイジングハートが言った後、私は沈む彼の身体を支える。
 幸いというべきか、バリアジャケットはパージしてなかったお陰か機能自体はルージュセーヴィングの方でし
てくれていたので恭司くんは水を飲んでいなかった。
 フェイトちゃんの様子を見ると、先ほどまで恭司くんが相手をしていた人と対峙しているみたい。

「ん、しょっと……」

 恭司くんの身体を抱えて私はそのまま海から飛び出し、近くにあったベンチへ彼を寝かせる。
 フィジカルヒール……、何かあった時の為にユーノ君から教わったけど私の特性上中々うまくいかなかった。
けれど今成功させないと恭司くんが危ない。
 だけどこんな時ユーノ君がいてくれたら――

「呼んだかな? なのは」
「ふぇ!?」

 レイジングハートを両の手で握り精神集中していた時だった、後ろから声をかけられたのは。

「ど、どどどどうしてここにユーノ君が!?」
「それより彼だよ。なのは、ちょっと……」
「う、うん」

 ユーノ君が何を言いたいのか察知して、私は恭司くんから離れた。ユーノ君はそのまま彼の腹部に手を当てて
魔法を唱える。

「――フィジカルヒール」

 緑色の暖かい光が恭司くんを包む。すると流れていた血が止まり、傷口も段々と癒えていくのが見えた。

「…………本当は」
「え?」

 ユーノ君は治療を続けながら口を開いた。

「無限書庫にいたんだけどクロノに至急来てくれって言われてね」

 さっき私が疑問に思っていた事をユーノ君は答えてくれた。
 私はその言葉に見えなくても頷き、次の言葉を待っていた。

「大変だったよ、仕事途中で抜け出す訳にもいかないって言ったんだけどね……、でも、クロノが頭を下げてく
るものだからよっぽどの事なんだと思って色々とすっぽかしてきちゃった」

 両手で恭司くんの腹部を癒すユーノ君。私たちにクロノ君が出撃を命じたのは夕方に入ってすぐくらいだった。
その時のクロノ君に特別急いだ様子は無かったけれど、目は泳いでいた気がする。
 段々と恭司くんの顔色が良くなってくるのが分かる。レイジングハートが命に別状は無いって言っていたけど、
やっぱり怪我が治るのを見ないと安心できなかった。

「なのは、こっちは大丈夫。それよりフェイトの方をお願い。やっぱり――」

 一度言葉を切り、海の上を眺めるユーノ君。私もそれに倣って見るとフェイトちゃんとさっきの人が戦ってい
た。

「――そう簡単に捕まってはくれないみたいだね。それよりフェイトが危ないかもしれない」
「うん。ユーノ君、恭司くんお願いしていいかな」
「任せて」

 ありがとうと私はユーノ君にお礼をしてからフェイトちゃんの加勢に向かう。
 どうしてこんな酷い事をするのか、それと朝の人たちの何か関係があるのか……。
 だけどこの時、私は気付いていなかった。この事件が数々の人にどれだけ深く関わっていたのかを……。





 ――――海鳴市 4月23日 PM 6:50



 なのはがフェイトの元へ飛び出した数分後。
 ユーノ・スクライアは未だベンチの上で横たわっている恭司を眺める。

 ――魔力量は僕より少ないくらい、だけどなんだろう何か引っかかるような……、うーんでも気のせいだと思
うんだよね。

 ユーノは恭司と一緒に残ってから色々と考えていた。
 クロノからいくつか聞かされていた、いま担当している事件の事について。そしてユグドラシルの棺について
調べて欲しいとも頼まれていたようで、無限書庫にこもっていたのだ。
 前日の八神はやて襲撃事件、今朝の管理世界での襲撃、そして今回の襲撃。
 始めの2件に関しては、ユグドラシルの棺に関して資料が残されているとされていた遺跡で襲撃されたという
共通性があるのだが、今回の戦闘は明らかに前の襲撃とは明らかに異なっている。
 実際には襲撃というよりは、脅迫に近い形。そしてユグドラシルの棺に関して何も関わりの無い事だ。だけど
見逃せない点がある。それが――

(志麻君がユグドラシルの棺があった世界での生まれだという事)

 もし強引に共通性をあげていけば3つの襲撃に関して全てユグドラシルの棺が関わることになっている。そう
考えた瞬間ユーノは何か気味の悪い物を見たような気分になっていた。
 見えぬ真実、分からない襲撃、まるでわざと開示したかのような資料や言動。
 事実何も分かっていないし、見えてもいない。真実とは程遠い位置に僕たちはいるな、とユーノは思う。そし
て同時に敵対勢力の手の平で踊っているかのようにも思えて仕方が無かった。
 ユーノはそんな考えを振り払うかのように、頭を振る。

「僕は元々推理は苦手なんだ」

 自嘲するかのように独りごちる。そんなユーノの言葉に反応するかのように恭司が意識を取り戻す。

「あ、れ……」

 自分の視点が定まらないのに加え、空を向いているため一瞬何処で何をしているのだろうかと意識を混沌下に
置いたかのように混乱した恭司だったが、すぐに先刻まで行っていた戦闘を思い出し突如起きようとする、が。

「いづッ!! ……あれ、俺やられたんじゃ」
「僕がある程度治したよ、とはいっても応急処置程度だから無理はいけないよ」

 恭司は独り言と思っていたのでまさか返答が返ってくるとは思わなかったので少しだけ驚き、そしてユーノの
姿を見て再度驚く。

「君は……?」
「ああ、そういえばこの姿で志麻君に会うのは初めてだったね。僕はユーノ・スクライア、よろしく」
「ユーノ、ってあのフェレットじゃないのか」
「うん、あれも僕。2年前は魔力の回復を急いでいたからね、あの姿だったんだ」

 恭司はその言葉を聴いてとりあえず思案する。

「ユーノ、って名前で呼んでもいいかな」
「構わないよ」
「後で色々と話があるから……、逃げるなよ?」

 ユーノ・スクライア、彼がフェレット姿で何をしたのか。その罪は重かった。
 当のユーノは顔を引きつらせながら、恭司に質問をする。

「何でここで戦闘に?」
「メイアが……、あ、メイアってのは俺が戦ってた奴だけど、そいつがこの街を壊すっていうからなさすがにそ
れを見逃す事は出来ないという事で戦闘になった」

 事実を隠しながら、かいつまんで説明する恭司。その答えに満足したのか、ユーノは何度か頷いた。
 その間恭司は焦っていた。
 ユーノ、彼がいるという事は恐らくメイアと戦闘を繰り広げているのはなのはとフェイトだ。だがメイアの目
的は恭司を殺すという事。それが為しえてないという事は彼女にとっての第一条件をクリアしてない。それは彼
女の暴走を引き起こすかもしれない、と恭司はそこまで考えて止めた。

「俺にもっと戦える力さえあれば――」

 その次にくる言葉は破壊を望む言葉でも、相手を破滅させるような言葉でもない。
 なのはとフェイトを巻き込んでしまった。
 元々援軍を頼んだのに、矛盾した恭司の思い。その思いが分かったのかユーノが言葉を続ける。

「君は立派に戦った。まだ魔法という言葉を知ってから半年も経ってないって聞いてるし十分だよ。志麻君の行
った戦闘は無意味じゃないし、力が無いなんて思わないほうがいいと思う。その為に僕たちがここにいるのだか
ら」
「ありがとう……」

 ユーノの優しい言葉を受けて感謝するも、その心はユーノの言葉を否定していた。
 確かに無意味じゃなかったかもしれない、確かに俺は魔法というものを知って半年も経っていないひよっこだ
けど……、自分のわがままを押し通す事すら出来なかった。これじゃただの傲慢だ。と恭司はそんな思いに駆ら
れる。
 晴れぬ恭司の顔を心配しつつ、これからどうするのか聞いたユーノだったが。

「俺は戦う、メイアから逃げちゃいけない気がするんだ……」
「でも今の君じゃ――」
「分かってる、とてもじゃないけど敵わないのも、そしてあの2人の足手まといになるという事も」

 恭司はベンチから立ち上がり、自身の身体を確認する。
 その様子にユーノも無理には止めなかった。

「だけどそうだったんだよ、俺が何よりも欲しかったのは相手をねじ伏せる力でも無い。相手を倒す力じゃない。
自分が守りたいと思った人達を守りたいからこの力を取った」
<でも今の貴方にそれだけの力はありません>

 理想論を言う恭司に対して、現実を突きつけるルージュセーヴィング。
 だが恭司も負けじと右手を握りながら反論する。

「違う、力はもうここにあるんだ。この思いだけでも力なんだ、そして俺は絶対に諦めない。
 自分に力が無いって事ぐらい分かってるしそれを悔しいとも思っている。だけど俺は自分の決めた意思を曲げ
ない。俺はこの意思を武器に、そして自分の力に変えて戦ってやる」
<それでも守れるだけの力が、貴方にあるのですか?
 力量としても負けている彼女達を守るというのですか? それは恭司君、まさしく傲慢な事ですよ>

 恭司は穏やかに目を閉じ、ゆっくりと言葉を吐き出す。

「そうさ、傲慢さ。俺の言っている事は可笑しいと笑われるものだし、あの2人、いや俺が守ろうって思ってる
人にとっては迷惑な事なのかもしれない。でもさ……」

 次は笑い出した恭司。何か憑き物が落ちたかのようにすっきりした笑顔だった。
 あんな致命傷を受けて、逃げたくない相手から負けて、ボロボロだったのに何でこの人は笑うのだろうかと
ユーノは思った。

「守りたいって思っちゃったんだよ。
 可笑しな話だよな、守られているのに守りたいって思ってるんだ。このどうしようも無い俺の戯言は誰にも届
かないかもしれない。だけど俺は負けたくないんだ、何より自分に」
<……それが貴方の、貴方なりの戦う理由ですか>

 恭司の言っていることは無茶苦茶だった。誰だって彼の言っている事はおかしいと否定するだろう。
 だけどルージュは頭ごなしに恭司のその言葉を否定しなかった、まるで何かを待つかのように。

「空を飛びたい。
 誰かを守りたい。
 傲慢な事と分かっていても、自分のやりたい事をやり通したい。
 俺に空を見せてくれ、ルージュ」
<私は……>
「ああそうか、こういう事だったのか。今なら母さんの好きな言葉の本当の意味がやっと分かった気がするん
だ」

 ふと恭司が呟いた。




"Use your might to Als do justice to them all"



"全力でお前が正義を貫き通すのを見せてやれ"







 その時だった。
 恭司のデバイスが白く輝き、そして弾丸が穿たれた音がするのは。


















魔法少女リリカルなのは 救うもの救われるもの


第十五話 <Are you Ready?>


















「――え」

 恭司は自分の身に何が起こったのかわからなかった。
 ただルージュが一言残しただけだった。だがそんな分かっていない恭司の様子に再度ルージュは呼びかける。

<Again. Are you Ready?>

 恭司は握り締める拳が熱く煮えたぎると思うくらいなのに、頭の思考が一気にクリアになるのを感じた。
 ルージュは言っているのだ、恭司さえよければ何処までもいつまでも一緒だと。
 ならば答えは決まっている恭司はそう答える前に、自らの相棒に応える。

「行こうルージュ、俺たちの意思貫く為にも」
<Yes, my load. 私たちの底力見せましょう>

 今、この時を持ってルージュセーヴィングは己の担い手を決めた。
 ならば躊躇うことは無いとルージュセーヴィングは自らの意思で彼についていこうと決めたのだ。
 その時、恭司は光に包まれた。




























【あとがき】
 仕事の異動、改装様々な要因で筆を取ってませんでしたきりや.です。おはこんばんちは。
 環境の変化で中々うまくいかず、風邪を引いたり、親知らずを抜いたりと色々と大忙しでした。

 現状、筆を全く取ってないので続きが殆ど出来てません。すいませんです。

 また最後となりましたが、読者の皆様とこのSSの展示をしてくださったリョウさんに感謝を。
 では次にお会いできる機会を楽しみにしています。












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