――――第73管理世界 遺跡前 4月23日 AM 6:55



 1人の少女が1つの世界へ舞い降りる。
 何、ここまでは特に造作も無い事である。何故なら少女にとって、このように別世界へ舞い降りる事は特別な
事ではなく日常茶飯事なのだから。
 その少女がその世界へやってきたときに思ったのが――

「すごい……綺麗」

 彼女の目の前に広がる景色は、まさに幻想的……まさに神のなせる業と言うのか。地表一面が白銀に覆われ、
さらには舞い落ちる冷気の結晶と地表に敷かれた純白の絨毯が、日に照らされ美しく煌びやかに輝く。
 雪が降っているのに何故、空を仰ぐと恒星が視認できるのか。一重に説明できぬ事である。
 彼女――高町なのはが降り立った世界は第73管理世界、通称『キュリタル』と言う。ただ1つのロストロギア
を管理する為だけに用意された、まさにロストロギアのための箱庭。かのロストロギアは地中に眠るという。
 そして、元々そのロストロギアが管理される前からあった言われる遺跡を目の前に、なのははゆっくりと宙か
ら地へと降り立つ。その時地表にある雪が彼女によって踏まれ、心地よい音を奏でる。

「うん、レイジングハートお願い」
<Standby,ready,setup>

 美しい情景を背景に彼女はバリアジャケットに包まれる。手には1つの大振りな杖。その杖をしっかりと握り
締め目には確かな意思を持ち遺跡を前にする。
 遺跡の高さはおおよそビル4階分だろうか……だが、高さよりも彼女が気になったのが――

「これ遺跡って言うけど、妙に近代的な作りだね」

 遺跡と言われなのはは自らの世界に認められた遺跡の数々を思い描いていた。それらと目の前にある遺跡は明
らかに食い違っていた。材質は分からないけど、つるつるした感じがリノリウムみたいだから、同じ様な物なの
かな? となのはは思った。
 遺跡中には鬼が出るか蛇が出るか。そっと息を呑む彼女に突如1つのサプライズがやってくる。

「――――っ!」

 なのはは後ろを振り返る前に右手を後ろへとかざし、ラウンドシールドを展開した――直後に衝撃がくる!
 何者かが自分を襲った。その事実に気を引き締めるなのは。だが同時になんとか防げたと安堵感を得たのだっ
た。
 その安心と共にやってきたのは――1つの音だった。

 ――パチパチパチパチ

 拍手音。
 なのはが何処から音が出ているのか確認する。――すると自分の後方、その上空に人影が見えた。ただ恒星に
重なっている様に立っていたので、その姿をなのはは確認することが出来なかった。

「まさか本当に来るとはね、管理局のワンちゃん。
 しかし、私の奇襲をいとも簡単に防ぐとは……さすがは時期エースいや実質エースか? まあどちらでもいい。
 ――ふふ、少し私も自信を失ったよ」
「貴方は……誰ですか!? 何故私の事を知っているのですか!?」

 じっと、なのはは相手の様子を伺う。何者なのか、目的はなんなのか、はやてを襲った理由は……いくつもの
疑問が浮かぶ。そしてまずは相手の事を知る。それが何より重要だと思っているなのはは、奇襲した相手を知ろ
うとした。
 だがそのなのはの様子を嘲笑と共に受け流す。するとなのはが問いかけてから影がゆらりと動く。

「貴方は管理局、私はそれの――いいえこれは愚問だった。今はコキュートスの名を冠する者と言っておく!」

 台詞と同時にコキュートスと名乗った人物がなのはに接近しようとする。
 幻想的な光景は殺伐とした戦場に。静寂した空気は緊迫した空気に。――戦いとは常にそういう物だ。

























魔法少女リリカルなのは 救うもの救われるもの


第九話「奔走す」















 ――――第73管理世界 キュリタル遺跡前 4月23日 AM 7:05



 接近を許すわけにはいかない。
 なのははまず目の前の相手を見て、自らを奮い立たせる。今の状態で相手に話しが通じる訳がない。だがそれ
でも話を聞くことは重要だ。だからこそ自分が不得手とする近接戦で相手をしながらは禁物であると。
 なのはは彼女が得意とするミドルレンジからの撹乱、砲撃による制圧を試みる。コキュートスと名乗った相手
はなのはに接近した。接近したからには相手の得意なレンジは恐らく近距離に近い。
 なのははそれらを全て分析し、相手の不得手、自らの得手とするフィールドへと持ち込もうとした。なのはが
精一杯後ろへ退く。彼女は移動補助であるフラッシュムーブを逃げの一手に使う。そのまま彼女はコキュートス
よりいくらか離れた後、集中しおおよそ12の魔法を思い描く。射撃魔法でも彼女が得意とする魔法、アクセル
シューターだ。

「アクセルシューター!」
<"コントロールは精巧です">

 12の魔力球は全て違う軌道を描き、相手に攻撃を与えようとする。
 1つは相手の正面、1つは相手の背後を取る動き。そして残るは相手の動きを見切る為に無作為に動く。
 これでダメなら、本当に戦わないといけない。なのははそう思いながら魔法を制御する。
 彼女の思惑とは裏腹に、コキュートスはいまだになのはへと接近する。当然ながらなのはの放った魔法も気づ
いている筈だ。だが、そのままなのはの魔法はコキュートスへと衝突する。それも全てだ。
 爆発音、その後魔法の残滓による煙が立ち込める。
 当たった!? なのはは相手が無抵抗に自らの魔法を受けたことに当惑する。むしろ気づかない訳がない。あ
れだけ直接的に狙ったのだから、相手も抵抗する筈。そう思っていたなのはの頭の中は混乱した。
 だが、これは相手の罠である。

「――――もう少し周りに気を使ったらどうかな?」
「えっ――」
「遅い!」
<Protection powered>

 次の瞬間なのはが聞いた音は金きり音。
 なのはが持つレイジングハートの柄と相手の魔法がぶつかり合う音だった。なのはの防御力を持っても尚侵入
してくるコキュートスの魔法、どれほどの物なのか……。

「ちっ、デバイスの方は優秀か……」

 なのはが次に確認したのは相手の姿とその魔法だった。
 魔法は相手の白いグローブから出ていた指先。その先から赤い、真っ赤な5本の爪。それが魔法によるものと
認識するまで時間は要さなかった。だが、それ以上になのはを惑わせたのが――

(……女の人?)

 目の前で自らを攻撃しようとする相手の姿は顔は、奇妙な仮面で分からなかったもののその隠し切れないプロ
ポーションからなのはは年上の女性と推察した。

「どうして、こんな事するんですか!?」

 話を聞く姿勢は変わらずに。
 そのままつば競り合いのようになるなのはとコキュートス。その合間になのはは相手の話を聞こうとする。

「言って分かるのなら、始めから話してるよ」
「言わなきゃ分からない事もある! だからお話聞かせて!」
「――残念。もう少し考えて行動するかと思えば、今までそうやってきたのか。
 だから君は管理局の犬なんだ、知ろうともしない、たとえ知ろうとしてもその事情を相手から聞きだす事でし
か情報を得ようとしない。君の目と耳、そして体は何の為にあるのか!」
「――――っ!」

 コキュートスは魔力による赤い爪でレイジングハートの柄を挟み折ろうとした。
 その行動をいち早く察知したなのはは退くことにする。しかしなのはの回避行動を逃すコキュートスでも無か
った。彼女はなのはが退いたと分かった瞬間に更に前へと出る。

「遅いよ。もがきな!」

 そのままコキュートスはなのはをバインドで束縛する。なのはの腕や足に赤い魔力で出来たチェーンの形をし
たものが絡みつき彼女は身動きが取れなくなってしまう。
 なのはは必死にもがくも簡単に構成が見破れる物ではなかった。

「あっ――」

 なのはは目の前で起こる出来事がゆっくりに見えた。
 コキュートスはバインドで束縛したなのはに対して追撃するべく、接近する。見えるのは赤い、血をも想像さ
せるような真っ赤な真紅の爪。辺りの白を朱に染めるが如くその爪が今、自分の胸に突き刺さろうとした。だが
5本の爪が彼女の胸を突き刺すことは無い。
 ――コキュートスが動きを止めた為だった。

「ふふふ、今の君の心は恐怖に彩られている。楽しいね、あの子も同じような表情をしていたよ」
「……。――――っ」

 最初なのはは何の事を言っているのか分からなかった。だがあの子というのがはやての事だという事を理解し
た瞬間、さすがのなのはも少しだけ頭にくるものがあった。
 こうやって、相手を動けなくして――はやてちゃんを傷つけたんだ……と。彼女の事を思うと胸が痛んだ。
 こんな……こんな事って――

「どうして……こんな事、するんですか……」

 俯き、心の奥底から自らが知りたいと感じた事を捻り出す。
 その様子を我関せずと、構えを解き知らん振りをするコキュートス。

「別に……私自身なんでこんな事してるのかなって思うときがあるさ。
 だけどね、これ以上は待てない、待ってたら君みたいな人に妹が殺されるから。何も知らなかったあの人です
ら管理局に殺された。だから私は動いた、妹を助けるために……管理局から守るために」

 なのはは絶句した。
 管理局が……人を殺す? いや殺した?
 それが何の事なのか、なのははまったくもって理解できなかった。否、理解したくなかった。

「お喋りが過ぎたね。とにかくこれ以上聞かれたってもう話さないよ。
 最後まで自分を貫いた君に対して敬意を持った。だから話した。それだけだ、そうただ……それだけ」

 コキュートスは何でこんな少女にこんな事を話しているのだろうか……言い過ぎたな終わりにしよう、と仮面
で見えぬ表情で苦笑いをする。
 なのははコキュートスの声と感情だけでなんとなくだが、哀しそうだと感じ取った。もっと聞きたかった……
たとえ傲慢な事でも理解し合えるかもしれない。
 だがその意思は簡単に打ち砕かれる。

「だから――今度は私が悲しみ、後悔、憎悪、負という負の感情を誰かに打ち付ける!
 永遠に離れることのない楔による、負の感情を!」
「えっ――」
「ここで朽ち果てろ」

 コキュートス、彼女は我を見失った訳でない、ただ彼女は鬼と化けたのだ。それをなのはは感じ取った、彼女
に対する恐怖心と共に……。
 まったく見えない何か、そして目の前のコキュートス、この女性は……。
 ――何も、何も分からない見えない。だから知りたい、話し合いで解決できるなら……。

「理想と現実を穿き違えるなっ!」

 真紅の爪を振り上げ袈裟斬りの様に振り下ろそうとするコキュートス。
 もう、ダメだ。そう思ってしまう、心が折れてしまう程の恐怖。それでもなのはは目の前の脅威を払いのける
為にも今自分が出来ることを思案する。――まだ負けちゃいけないっ!
 なのはが意気込む、その時だった。

「獲物を前に舌なめずりは三流のすることだって、恭司の漫画にも書いてあった」
<"まったくです">
「何!? ――あぐっ」

 なのはは後ろに懐かしい魔力を感じた。それはもっとも大切にしたい友達の物だった。その人の魔法はそのま
ま一直線にコキュートスへと肉薄する。
 その間になのはは自らに巻きついていたバインドの構成を見破り、魔力を流し込んで引きちぎる。勢い余って
そのまま前へと倒れそうになるが、それを支えたのが――

「あはは……フェイトちゃん、ありがとう」

 戦斧の名を冠する杖を左手に、右手は大切な友達を守るために。彼女は、フェイトは親友を助けるべくここキ
ュリタルへやってきた。

「ごめん、遅くなった……って前にも言った気がするかも。
 なのは大丈――うん、聞くまでも無いよね」
「……どういう意味かなあ」

 形勢は逆転、まさに2対1。かといって油断できる相手でもないことは百も承知。だからこそ管理局の2人は
杖を握り締め構えを取る。見据えるはコキュートス。
 当の彼女はフェイトの魔法を受けて少しだけよろめいていたが、すぐに踏みとどまる。

「本当に、フフ……。君の言うとおりだね。何も話さずいつもの通りにすれば良かった」
「そのお陰で私は親友を助けることが出来ました。感謝します」
「――あはははは! いいよいいよ君。威勢のいい子は大好き、妹も威勢が強いからね。
 だからこそ……!」

 右手だけだった真紅の爪は今や両手から生み出されている。
 右手5本、左手5本、計10本の赤き爪。コキュートスはそのまま彼女達に接近戦で挑もうとする。
 だが、それらの攻撃をただで貰う程彼女達は甘くは無かった。既になのはは後方に下がり、フェイトは彼女と
接近戦で隙を作る。
 今まで通りの戦法。まさにリハーサル通り、台本通りの戦術。だからこそ彼女達は強い。だが、その舞台とい
うのはいつも、どこかで番狂わせのような出来事が起こる。それが内的要因だとしても、また……外的要因だと
しても。
 コキュートスがフェイトへ接近し射程に入った瞬間。ダイアモンドダストを彷彿させるあの永遠に振る雪が勢
いを増したのだ。その時フェイトはつい目を閉じてしまう。その『つい』が致命的だった。
 コキュートスも目が眩んだ筈だった。しかし彼女は目の前のフェイトを魔力としか見ていない。だからこそこ
の白い視界の中でフェイトを捉えることが出来た。そのまま右腕を突き出し爪を刺突させる。
 それでも番狂わせはとある所で補うことが出来る。それはフォローという形で成立させる事が可能だ。
 フェイトから見て右後方でコキュートスの動きをしっかり捉えていたなのはは、フェイトが動いていない事に
気づく。このままでは彼女が危ない。そう考えたなのは苦肉の策を取る。

(フェイトちゃん!)
「ディバインバスター!」

 なのはも真っ白な視界でコキュートスを視認できない、つまりフェイトも視認できていない。そんな状態で砲
撃すればフェイトも危ない。だがフェイトを信じることで今はこの危機を回避する。なのはは祈りながらまた親
友を信じながら、魔法を放つ。
 フェイトは親友の思いを受け取る。親友の放った魔法は自らの前方を狙っていた。だがそれはつまり――

(――なのはっ)

 一瞬だけ聞こえた親友の念話。その意図を汲み取る。
 すかさずフェイトは左へと回避、するとそこになのはの魔法を回避したコキュートスの赤い爪が先程までフェ
イトの立っていた所へ静かに現れた。
 すると周囲を覆っていた白い視界は晴れ、また先ほどまでのダイアモンドダストの光景に戻る。

「ちぃ!」
「いい加減、投降してください! 2対1じゃ無理があります!」
「それでも、私はやらなくてはいけない義務がある、義理がある。だからこそ私は退くことはしない!」

 コキュートス。彼女を傷つけたくない。それはなのはもフェイトも思っていた。事情を知らないからこそ、き
ちんと話す事で相手と分かり合う。
 これはなのははもちろん、フェイトだって同じ事を思っていた。だからコキュートスに何度も問いかける。

「だとしたら……時空管理局嘱託魔導師フェイト・T・ハラオウン。私達、時空管理局で貴方の身柄を確保しま
す。よろしいですね」
「よろしいも何も……君達相手に私は退く事は無いと言っているだろう!
 ――行け、スティングレイ!」

 コキュートスが両腕を振りかぶりフェイトに向かって突き出す。すると30cmくらいだった赤く鋭い爪が急に
勢いを増してフェイトを貫こうと伸びる。
 それをフェイトは防御魔法で弾き、防ごうと――

(フェイトちゃん、ダメ! 避けて!)
「――!」

 ラウンドシールドで防ごうとしていたフェイトは、魔法を発動したまま無理な体勢で右へ回避する。
 コキュートスの赤い爪がラウンドシールドに当たった瞬間、魔法は霧散した。まるで一瞬にしてバリアブレイ
クしたかのように。そのまま何もかもを貫こうとする赤い爪はフェイトを捉えようとする。
 まさに一瞬が命取りだった。
 なんとか致命傷を避けることが出来たフェイトだったが、コキュートスの赤い爪はバリアジャケットをも破り、
左わき腹に掠ってしまい、彼女は少しだけ出血した。

「くぅ……」
「ディバインバスター!」

 すかさず遠距離からなのはは追撃しようとするコキュートスを止めるが如く、魔法を放つ。
 何故なのははコキュートスの爪がラウンドシールドをも貫くと分かっていたのか。それは、目の前で起こった
出来事が物語っている。
 なのはの放つ桜色をした魔力の奔流が、コキュートスへ命中するという瞬間だった。なのはのディバインバス
ターはコキュートスを前に真っ二つに切り裂かれた。まるで木材を電動ノコで切るかのように。
 コキュートスは長くなった爪を邪魔ともせず、自由に振るい、魔法を切り裂いた。そう文字通り魔力を切り裂
いたのだ。
 その非常識さになのはとフェイトは息を呑む。

「斬る、とイメージするだけでこの爪は何もかもを切り裂く――ネイルカレント。
 突く、とイメージするだけでこの爪は何もかもを貫き通す――スティングレイ。
 そして――」

 コキュートスは両腕を体の中央にて交差させる。彼女の足元には銀色の光芒が……すると真っ赤な爪はさらに
伸びる。伸びて2人を切り裂くのかと思えば……急に爪がしなった。

「――鞭のように振るいたい、とイメージすれば本来の使い方とは違うけど……切り裂きながら、貫きながら君
達を壊すことが出来る。君達相手ならこれを使ってもおかしくない。
 行くよ――」

 攻撃と防御は一見、違うように見えて同意な時もある。まさに攻防一体。
 激しい攻めは、相手に攻撃する隙すら与えない。つまり防御をも兼ね備えているという事である。その攻めが
大きければ大きいほど防御の効果も上昇する。
 限定された状況を作り出すとはどのようなものか。それは攻撃の隙を与えさせなければ、防御または回避せざ
るを得ない状況下に相手を追いやる事である。このように、相手の動きすら制限するほどの攻撃。これはまさに
攻めによる防壁である。
 だが、それでも完璧な攻撃は完璧な防御にはなりえないのである。

「――血塗れの籠ブラッド・オブ・ケイジ





 ―――― 第73管理世界 キュリタル遺跡前 4月23日 AM 7:20



 念話で管理局ペアは会話する。
 この状況をどう打破するべきか……お互い考える事は一緒なのである。ならば1人で考えるより2人で考えた
方が効率はいい。だが……。

(これは、どうにかできるって物じゃない、ほら……)

 フェイトが意識を向ける方向になのはも向けると、そこには1本の大木があった筈なのだが彼女達が見たとき
には血塗れの籠ブラッド・オブ・ケイジの余波により切り株になってしまっていた。その切り株の周りには切り刻まれた枝や幹が……。

(で、でもでも。そのどうにかするって事をしないと私たち、倒されちゃうよフェイトちゃん)
(……い、いや倒されるとかそういう問題じゃない気もするけど)

 今、彼女達を襲っているのはまるで竜巻だ。
 何もかもを巻き込み際限なく吹き飛ばす――自然現象でも災厄の1つとされるタイフーンを彷彿させる様な波
状攻撃。その奔流の中になのはとフェイトはいた。
 コキュートスの放った爪で大木すら切り刻まれる程の攻撃を必死に避け、受けるので精神を集中させなくては
いけない。
 先ほどまでコキュートスの両手にあったあの短かった真っ赤な爪は今ではおおよそ30mくらいにまで伸びて
いる。その30mの射程の中で彼女達は必死に打開策を見つけようとする。
 コキュートス、彼女は一切動いていない。だが、意思を持ったかのように赤い10本の爪は際限なく動き続け
る。刺突するように動く爪がいきなり大きな動きを持って切り裂こうとする動きに変わったり。延々と対象者を
貫こうとする爪もある。まるで赤い球体の檻の中にいるようだ、とフェイトは錯覚した。
 だが、本来ならばその射程から逃れればいい、そう思うのだが。

(あの人から離れようとすると、まるで囲まれるように逃げることが出来なくなる)

 射程から逃げようとすると爪が意思を持つように、逃げる者の逃げ道を閉ざすのだった。
 防御をしようとすれば、貫こうとする爪に壊され。回避しようとすると切り裂こうとする爪に道を阻まれる。
2人が何かをすればその対応策を取ってくる。かといって防御・回避をおろそかにして攻撃に転じたところで致
命的なダメージを与えられるか分からない。第一その攻撃の隙をついて被弾する危険性もあるのだ。
 必死に回避しながらも、フェイトとなのははとにかく考える。

(……フェイトちゃん、私気になったんだけど)
(何? なのは)

 フェイトを貫こうとする爪が襲ってくる。その爪をバルディッシュで弾き返し、回避する。
 既に彼女の体には無数の傷とまではいかないが、バリアジャケットがところどころ引き裂かれている。致命傷
を避けることが出来たとしても、爪の速度が速い。故に掠るだけでも体力を奪われる。

(この爪って壊せないかな……)
(……多分出来なくは無いと思う)
(だったら――)
(でもこれ魔力で出来てるから、壊したところでまた造られると思う)
(あう……)

 たった10本の爪。されど10本。
 そのどれもが致命傷を与える攻撃と分かっているからこそ、この10本というのが大きい。コキュートスの攻
撃する対象が多ければ、もっと隙が生まれるのではないかと安直な考えすら浮かぶ。が、現状2人という状況下
そこに援軍がくるとは考えがたい。おまけにこの奔流の中に大人数でいたら逆に危険である。
 どうにかしないと、そう考えた所にフェイトは違和感を覚えた。その違和感が何なのか思考を巡らせようとす
るのだが、そこに何度も襲ってくる真っ赤な爪が自らの下――死角となっている位置から今まさに体を真っ二つ
に切り裂こうする。
 ――前から、横から、後ろから、上から、下から……そして死角から。
 行動すら制限される攻撃の嵐の前に、彼女達は為す術を失っていく。どうにかしないと、けどどうすればいい。
この考えが巡り巡る。やがて思考にも疲れが見え始める。そんな彼女達に対して容赦しないコキュートスと赤い
爪。
 フェイトはとにかく、自らに襲い掛かる爪を振り払う。
 ハーケンフォームのバルディッシュが、下から襲うコキュートスの攻撃の軌道を逸らせようとする。どの道爪
に対して魔法攻撃は効かない。そう思っていた――

「――あれ」

 またしても違和感。
 何故だろうか、フェイトは軌道を逸らそうと思っていた爪が自分から勝手に逸れたと勘違いしたのだ。
 そしてそのまま、振りかぶって逸らそうとしていた攻撃が爪に当たると。

 ――切り裂いた部分から先の赤い爪が消える……。
 そうあの切り裂き、貫き通すと言った爪の魔力が……いとも簡単に塵と化したのだ。

(何だろう、何か見落としている気がする)

 この違和感を疑問に、疑問を正答に。
 必死に思いを巡らせる。きっとここに現状を打開できるものがある、そう信じて。
 その間にも、フェイトは横からくる爪を回避し、貫こうとする爪をデバイスで叩き落し、そして――不意打ち
を狙う爪を切り裂くのだった。

「何かが足りない、何か――」

 ふとなのはの様子が気になってフェイトはなのはを見た。
 その時だ、違和感という不協和音が四重奏の美しい整合の取れた音色になるのは。
 なのはは貫く爪を回避して、切り裂こうとする爪をラウンドシールドで防ぎ。そして不意打ちを狙う爪を無詠
唱で発動できるディバインシュートで破壊する。
 フェイトは自分でも無意識に、これまでの訓練での反射で行っていた行動故に自らがどうやってこの攻撃を回
避してきたのか気にも留めていなかった。そしてなのはを見て思い出したのだ。

(なのは、分かったよ!)
(――ほえ、何が? ……わわわっ)

 不意にやってきた念話に気を取られてしまうなのは。その様子を見たフェイトは自分のせいだと謝る。

(ごめん、とりあえず私が言う爪を全力で攻撃して!)
(うん!)

 フェイトちゃんが何か閃いたのかな、となのははフェイトを信じて彼女は今まで通りに回避し防御する。
 フェイトも自らに降りかかる火の粉を払うが如く、爪をそれぞれ避ける。だが集中するのはなのはの周りの爪
だ。
 ――私が失敗したら、なのはを危険に晒す事になる。自分の判断が親友の命を握っているのだ。なれば慎重に
もなるフェイト。
 またしても袈裟斬りのようにやってくる爪。それをなのはは防御魔法で弾く。
 そして1秒もしないという間に、体を貫こうとせん爪が襲ってくる。それをなんとか回避するなのは。
 その回避行動を取ったなのはを気づかれないように、彼女の下から切り裂こうとする爪が――

(なのは、下の爪! ――全力全開!)
<Load cartridge>
「うん! ディバインシュート!」

 フェイトの合図通りに、カートリッジによってなのはの魔力が上乗せされた状態で彼女の周りに出た5つの魔
力スフィア。そこから放たれる魔法弾はまさに彼女が杖を初めて手にして使った時とは大違いの高密度の魔力を
帯びた弾丸だった。その5つの魔法弾はそれぞれ爪のあらゆる箇所に命中し爆発を起こす!
 すると、死角からなのはを切り裂こうとした爪が一気に掻き消えたのだ。
 その様子をなのはは呆然と、フェイトは確信を持って眺めていた。――これで9本。

「――っ」

 コキュートスは、自らの赤色が桜色に侵食する光景を魔力で感じ取った。彼女は仮面の下で苦虫を潰したよう
な顔になる。
 いくらなんでも10本全てを同じ構成で爪を成形していたら彼女の魔力はあっという間に底を付く。彼女の魔法
――血塗れの籠ブラッド・オブ・ケイジ――は構成によって消費魔力が変化する魔法だったのだ。
 硬質化した爪をしならせるには? 簡単である伸ばせばいいのだ、かといえば鞭ほどしならせるまでは至らな
い。伸ばした後、基盤である爪の性質は硬質。動作、状態だけを軟質させるのだ。
 このような段階を用いてコキュートスの魔法は完成されていた。その1本完成させるだけでも気の遠くなるよ
うな構成を10本だ。おまけにそれを自由自在に動かす事を目的としている。圧縮した魔力を放つのではない、
常に制御し続けるという複雑さを含んでいる。
 だから、死角から襲う攻撃に使う爪を決めてその爪の構成だけ甘くしていたのだった。だがそれが今回仇とな
ったのだ。
 1本失った瞬間動揺していた――負けない、そう意思を確立させている間の出来事である。

血塗れの籠ブラッド・オブ・ケイジが爪1本無くなっただけで――――っ!」

 コキュートスは目の前の光景を疑いたくなった。
 2人の少女から感じる魔力の総量を感じ取る。――まずい、何をするのか分からないけど、とてつもなく嫌な
予感しかしない!
 コキュートスは残り9本の爪を使ってなのはとフェイトに対して総攻撃を仕掛ける。
 これ以上魔力消費について考慮する必要はない。何故なら彼女達を止めないと自分が倒される。そう予感した
のだ。
 後の憂いを払ったコキュートスの攻撃は全力そのものだった。嵐は止まること無く籠の中にいるものを喰らい
尽くす。捕まってしまった者が罪人だとしても冤罪で捕まったとしても、籠の中に入ってしまえば変わりは無い。
全てを飲み込むのだ。
 だが……コキュートスの怒涛の攻撃に対して、なのはとフェイトは焦ることなく捌いていた。それはコキュー
トスが怒涛の攻撃をしているという事が間違いだったのだ。彼女の動揺は彼女自身のリズムを崩す事となってい
る。
 今や爪は裏をかくような攻撃が無くただ直線的になのはとフェイトを襲っていた。

((この程度ならシグナム(ヴィータちゃん)の方が速い!!))
<<Yes. Load cartridge>>
「「いっけぇー!!」」

 息の合った2人の攻撃にコキュートスの爪は飲み込まれていく。
 再度構成してもそれを上回る速度で彼女達の魔力、魔法に飲み込み奪いつくされる。
 それでも、コキュートスは諦めなかった。1本奪われたのなら2本。3本奪われたのなら3本以上。10本す
ら越える本数になろうとしても、コキュートス自身の限界を超えようとしても、相手をただ倒すのみ。これだけ
を思い、攻撃の手を止めることはしない。
 だが怒涛の攻撃を繰り出しても、なのはとフェイトの魔法は止むことが無かった。
 いける――そう感じ取るフェイト。
 彼女の金色の魔力は目の前の爪を捉え、穿つ。全てを飲み込むなら、飲み込めばいい。ただそれを超えるだけ
だ!
 フェイトとなのはが必死に爪を破壊して気づけば、コキュートスが形作っていた赤い爪の長さは既に元の長さ
に戻っておりそのコキュートスと言えば肩で息をしている状態だった。

 ――魔力切れ・・・・

 魔法を使う上で必要な魔力。それが簡単にも尽きてしまったのだ。
 次に待っていたのは、コキュートスが空中から落下する光景だった。飛行魔法を使うことも出来ないレベルに
まで彼女の魔力は尽きていたのだった。手にも赤い爪が無かった。どうやら落下する直前で意識を失ったらしい。


 ――地面にぶつかってしまう。


 なのはとフェイトはすぐさま彼女を助けるべく、全速力で追いかける。


 ――間に合わない!


 あと数m。フェイトが全力で追いかけてももう届かない。ぶつかる!
 そう2人は思っていたのだが。


「お姉さま、危ないですよ。
 ――管理局相手に2人も同時に戦って……その上で血塗れの籠ブラッド・オブ・ケイジまで使うのですから」
「ごめ……ん」

 見知らぬ誰かによってコキュートスの体は地表にぶつかることなく、その誰かの腕の中に抱かれていた。
 支えながらゆっくりとコキュートスを地に座らせる。溜まった二酸化炭素を一気に吐き出すように息をつくコ
キュートス。――その時、仮面が剥がれた。

「あ……」

 管理局のペア2人が呆けた声を出してしまう。彼女達が仮面の落ちたコキュートスの顔を見ると、そこには端
整な顔立ちでショートカットにした美しいブロンドの髪を揺らす女性の顔があったのだ。
 それだけなら呆けた声を出すような2人でもないのだが、目の前の彼女、コキュートスの瞳に光は灯っていな
かったのだ。

「別に……」

 コキュートスは息が乱れたまま、なのはとフェイトを睨む。

「同情なんてして欲しくない。いらないさそんなもの。
 ――私が得る物は私が決める。同情なんて……その辺の奴にでも分け与えてろ」
「……相変わらず、お顔を見られるのがお嫌いなのですね、お姉さま」
「そう、言わないでくれ、私の……愛しい妹よ」

 コキュートスに妹と呼ばれた少女、コキュートスとは違い目元だけに仮面が付いていた。少女は雪に埋もれて
しまった仮面をコキュートスにつける。そのまま彼女はコキュートスと同じように、目の前に立っている少女達
を凝視する。その視線になのはとフェイトは後ずさりをしてしまう。彼女の視線……あるのはただ憎悪だけだっ
た。
 少女の視線を受けた時、フェイトは概視感を覚える。どこだったか、この感覚をどこかで受けた……だが所詮
は既視感、思い出せる筈が無い。

「今は退きます……次は無いと思いなさい」
「事情を聞くまで逃さないと言ったら?」

 少女とフェイトは一触即発の状態だった。
 事情を聞きたい……なのははとにかくコキュートスの言っていた管理局のフレーズがとにかく気になっていた
のだ。その思いを常に持ち続けながらなのはは彼女と戦っていた。

「そう、別にいいわよここでやりあっても。
 ――だけどね、そうも言ってられないみたいなのよ。よかったわね」

 一息入れる、少女の口元は嗤っていた。

「――――死ななくて・・・・・

 一体何を言われたのか、フェイトには分からなかった。だが次にフェイトが気づいたのは足元の雪が数cmに
渡って抉られているという事だった。何をされたのか彼女はまったく理解できていなかった。

「っ!?」

 フェイト、なのはは少女に威嚇されたのだと分かったのは先程の少女が放った言葉によって判明した。
 今、フェイトやなのはがコキュートスを逃すまいと妨害し、それに少女が応戦すれば、2人共見えなかったあ
の雪原を抉る何かに攻撃される。少女は本気で言っていた――次は殺すと。
 だが、フェイトはそのプレッシャーを受けても負けなかった。
 フェイトはバルディッシュを両手に握り締め構える。別に恐怖を覚えたわけではない、しかしそれでも無視で
きないほどの嫌な感覚をひしひしと感じていたのは、確かだった。

「さようなら、今度会うとき貴方は何も言わぬ屍になってるかもしれないわね」

 少女の足元に銀色をした魔法陣が描かれる。
 その時またしても永遠に降り続ける雪が勢いを増したのだった。

「待って――!」

 視界が零の状態でもなのはは必死に少女とコキュートスを呼び止めるが、それでも彼女達が止まる事はなかっ
た。別世界へと飛んだのか、白い世界が終わりを告げると共に彼女達のいた場所には魔力の残滓だけがあり、そ
こには人の姿は無かった。
 そうしてフェイトとなのはの目の前から事件の手がかりが消えてしまう。限定された情報だがそれでもいくつ
か手に入れた物はあった……。
 雪原を床に、力なく座るなのは。掴めるものは遠く、その存在だけは確かに。この景色と同じように全てが真
っ白になってしまった。

「なのは……」

 親友の姿を見守るフェイト。そのフェイトの声に呼応したようになのはは立ち上がる。

「うん、今度会ったら……」
「そうだね」

 遠いなら近づくまで、在る物は在るのだ、失った訳ではない。ならば掴むまで何度も挑戦し続ければいい。
今までそうやって自分の意思で、自分の望むがままに行動した。ならば今度もそうするまで。なのははそう決意
する。ただ両腕を体の前でむんっとガッツポーズを取る姿は可愛らしかったが。
 その親友の姿に笑顔で応えるフェイト。彼女もまたなのはの言葉を真摯に受け止めた1人なのだから。

「今出来る事をしていこう?」
「そうなったら、まずはあの遺跡に行こうフェイトちゃん」
「うん。――あ、その前に一応アースラに連絡取っておこう」

 フェイトは端末を取り出しアースラに連絡を入れる。遺跡への調査許可を貰うために。
 なのははまたゆっくり辺りを見渡す。見える景色は一面が白。白銀が舞い散るが如く雪がふらふらと地へと落
下していく。遠くに林が見えるがその木々もまた白に染まっていた。染まるべき色なのに、この世界を染めてい
たのは純白だった。
 ふいになのはは思い出した、今の自分にとってまだまだ必要でそれでいて大切なものを。

「ねえ、フェイトちゃん」
「……はい……分かりました2人で……。っとなに、なのは」

 端末でアースラスタッフと連絡していたフェイトは視線をずらして、なのはの相手をする。
 その様子を見たなのはは、両手でごめんとポーズを取ってから言いにくそうに話した。

「うーん、私たち学校間に合うかなあ……って」
「――あ」

 2人は凍りつく。だが、彼女達は学校を休むのは何度かある。それはもちろん管理局が関係しているのだが…
…そう、なのだが今日だけは少し違っていた。
 彼女達のクラスで今日、この日小テストがあるのだ。もちろんそれは成績に直結するとても大切で必要な物だ
った。その事を思い出した2人は呆然としてしまう。
 静寂がこの場を包み込むが、端末は未だにアースラと接続中である。聞こえるアースラスタッフの声をバック
ミュージックになのはとフェイトはお互いの顔を見合わせて――何かを諦めた顔になる。





 ――――第73管理世界 キュリタル遺跡内部 4月23日 AM 8:40



 遺跡調査に乗り出してからおおよそ1時間程が経った。
 先の戦闘でところどころ破れていたバリアジャケットを形成しなおしてなのはとフェイトはデバイスを明かり
にして遺跡を探索している。
 1時間も内部を調査するも、有益な情報を得られなかった。

「いくらなんでも、ただ通路があるだけじゃ……何かあるわけないよー」
「部屋の1つくらいあってもいいのに、何も無いんじゃ……」

 結局の所2人はぐるぐると、延々と続く通路をただひたすら歩いていた。
 部屋も何も無い。ただ見えるのは自分達の身長の倍ある高さの通路にたまに交差する通路と真っ直ぐに見える
通路。おまけに通路意外は全て壁である。
 壁を途中で叩いたりしても硬い音がするだけで、壁内部に部屋があるように思えない。
 ――何も無いんじゃないのか、そう2人の頭にふとその言葉がよぎる。諦めるべきか、まだ続けるべきか……
そう何度も悩む程歩き倒した少女2名。そんな時2人の内寡黙な方のデバイスが突如喋りだした。

<"この先に……部屋があります">

 立て続けになのはのデバイスも反応を示しだす。

<"微弱な魔力の反応もありますね">

 フェイトとなのはは内心――あったんだ……。とうれしさ半分、落胆半分でバルディッシュとレイジングハー
トの言葉を聞いた。
 また歩く、まだ歩く。いくらか通路をまっすぐに進んで行くと何もない行き止まりが待っていた。

「何もないよ、バルディッシュ」
「うーん……?」

 なのはは何を思ったのか両腕を突き出して、一気に行き止まりに向かって走り出す。
 急だったので、フェイトはなのはの奇行を止める事が出来ず――なのはは行き止まりにぶつかろうとしていた。
その瞬間にフェイトは見たくないと目を思いっきり瞑った。
 だがフェイトが思っていたほど音もならず、不安に思ったのか目を開ける。そこにはなのはが壁に激突して座
り込んだ姿は無く、ただ行き止まりの壁があるだけだった。

「?」

 フェイトは頭を捻る。横にいた友の姿は無く、目の前にはただの壁。
 なのはは何処へ行ったのだろうか。頭の中ではそれで一杯になる。そのままずっと壁を見続けていた。
 そこに――

「わあっ!」
「――え……きゃああああああああああああ!」

 フェイトがじっと見続けていた壁からなのはの顔だけがにゅっと出てくる。
 その奇天烈で想像すらしていなかったなのはの行いはフェイトにとって驚天動地の思いだ。その驚いた拍子に
思いっきり転んでしまう。

「にゃっ!? ご、ごめんねフェイトちゃん……」

 なのはは謝りつつも壁から体を出してフェイトの手を掴み、立ち上がらせようとした。
 その壁から人の体が出てくるという事にすっかり怯えてしまうフェイト。彼女の思考はすでにオーバーヒート
寸前。

「な、なの、なのはが壁、壁から出てき……きゅう……」
「ああ、フェイトちゃんここで気絶しちゃだめえ!」



*




「それで、気になって壁に触ってみたらそのまますっと入れたの。
 中はやっぱり部屋になってたよ」
「そ、そうなんだ」

 あれから数分が経つ。
 気絶、そして混乱したフェイトをなのはは必死に謝りつつも落ち着かせようとしていた為である。フェイトが
落ち着いたのを見計らってなのははフェイトに先程までの経緯を説明していた。

「とりあえず入ろう?」
「うん」

 おずおずと壁に触れ……ようとしたフェイトだったがそもそもに壁は抜けられるので触る事も適わなかった。
その為少しだけ躓きながら壁を抜けたのだった。
 なのはもフェイトに続いて隠し部屋へと入る。部屋の中は薄暗く、それでも壁や床の材質なのか仄かに光を発
していたので、ぼんやりとだがデバイスを使わずとも部屋全体の様子を見ることが出来た。
 部屋の中に入って一番に気になったのが、大人の人がすっぽりと入ることが出来るんじゃないかというくらい
大きなそして透き通ったポットが2つ。それ以外に特出した物は無かった。
 フェイトとなのははそのまま部屋を捜索する。
 何か有益な情報は無いか、ここで何をしていたのか、痕跡は何か無いのか。今自分達が出来る事で見つけられ
る物を探した。だが……中々見つからない。

「フェイトちゃん、何かあったー?」
「ううん、なのはは?」
「こっちも何も無いかな」

 お互い何も見つける事が出来ない。そもそもにこの部屋は誰かが使っていたのだろうか? 遺跡なのだからた
だこういう部屋があるだけじゃないのか? そんな事が2人の脳裏をよぎる。
 そんな時だ、なのはがポットで影になっていた場所に数枚の紙を見つけたのは。

「紙……?」
「なのは、何か見つけたの?」
「うん、でもおかしいなって」

 要領を得ないので、直接見ようとなのはの元に駆け出すフェイト。

「何がおかしいの?」
「普通、管理世界なら殆どの資料とかのやり取りって紙を使わないで、データを使うよね」
「うーんと……そう、だね」

 全てが全てという訳ではないが、基本的にデータでのやり取りがメインである状態で何故紙媒体なのか。
 だが、それはミッドチルダでの話である。魔法技術が発展しても紙媒体が失われた訳ではない。だが、このよ
うな場所で紙というのはいささか違和感を感じずをえなかった。
 なのはひとまず見つけた資料に目を通す事にする。したのだが――

「うーん……なんて書いてあるのかチンプンカンプンだよ」
「なのは、見せて」

 読める文字だった。ミッドチルダ語での文体、文法だったのでなのはでも読めなくは無かったが、その内容が
どういう意味を持つのかがいまいち理解出来なかった。
 フェイトも一応という事でなのはから資料を受け取りなのはと同じように目を通す。
 フェイトにも分からないのか……そうなのはが思った時、フェイトが2枚目を読んだ。

「こ、れ……」
「フェイトちゃん分かるの?」
「……」
「フェイトちゃん? フェイトちゃん!」

 ――ありえない。
 何故こんな所に、こんな資料があるのか。理解できない。フェイトは呆然とそう考える。
 これ以上、ここにいたくない。後はアースラの人達に任せよう。そうフェイトは逃げるように――なのはの制
止の声を無視して――部屋を後にした。
 一体何が書かれていたのか。なのはには結局分からず仕舞いだった。ただフェイトが部屋から出て行ってしま
ったのでこれ以上の探索は出来ないと判断し、アースラスタッフに後を頼もうとフェイトの後姿を心配しながら
見つつ、端末から連絡を取る。勿論フェイトが力なく落としてしまった資料も忘れずに。




 キュリタル遺跡内部。
 一体、ここで何が行われ、何があったのだろうか。
 謎は謎のままこの世界を後にするなのはとフェイトだった。
































【あとがき】
 お読みいただきありがとうございます。きりや.です。
 戦闘描写は苦手です……。威圧感を出したり、音を擬音ではなく文章で伝えるというのは考えるだけでも頭が
パンクしそうになります。
 それでも徐々に戦闘も増えてくるので慣れなくては……とは何度も思っているので、今回の話、実の所難産で
した。
 次回は戦闘無しのお話です。

 また最後となりましたが、読者の皆様とこのSSの展示をしてくださったリョウさんに感謝を
 では次にお会いできる機会を楽しみにしています








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