第三話 変化の兆し






あれから何日か過ぎた頃、ハクオロさんは皆に受け入れられていた。

まだ完全に回復していないらしいが、一人で村を散策しているのを何度か見かけた。

彼も村の人たちに馴染んできているようだ。

その彼が、恩返しをしたいと言い出した。その為に、畑を何とかする、と。

その内容はかなり大変なもので、やり遂げるのはかなりきつい。

しかし、やり遂げれば作物の量が一気に増える。

そうなるならば、と反対する人はいなかった。

自分もなにかできないか、と考えていたので丁度いい。

狩りの手伝いや家の修理程度では恩返しにはならないだろうと思っていたから。

そうして村の男手を集めた大工事が始まった。

彼は自らも率先して手伝おうとしたが、

ゴギッ!! グギギッ!! 「ぐあっ!?」

……と、いった感じで、クワを振り下ろすだけで腰を押さえて痛がる始末。

怪我が治っていないのに無理をする人だ。

「ハクオロさん。無理しないで指示だけ出してくれれば良いですよ。

さすがに重労働は無理でしょう」

「い、いや。自分だけ何もしないのはどうも」

「いや、アンちゃんは休んでていいぜ。俺らをこき使ってくれ。

で、こんくらい石をどければいいのか?」

「いえ、もっと徹底的に。石はどんどんどけていって。

塊になっている土は砕いてバラバラになるまで」

「な、なんだよ。そこまでやんなきゃ駄目なのか?

モロロっていうのは種まいて水をやってりゃ勝手になるものなんだぜ」

「他の土地ならともかく、こんな痩せた土じゃろくに成長しませんよ」

うわ、確かに重労働だな、それ。

そこまで徹底的にやるとは思わなかった。

……いや、ハクオロさん、一緒にやってたら動けなくなるんじゃない?

しかし、ハクオロさんも不思議な人だね。

こんなにぼろぼろになっている畑をどうすれば直せるのか。

記憶喪失なのにそういう知識は失っていない。

……トゥスクルさん曰く、

『たとえ記憶喪失でも全部を忘れるわけじゃあないよ。

言葉や運動の仕方、知識、そういったものはいつ覚えたかを思い出せなくても、

普通に使えるものなのさ』

とのこと。まあ、そっちの事はよく分からないので、

専門家の意見をそのまま飲み込もう。

でも、いつどこでこんな知識を覚えたんだろう。

実はどっかの有力者とかのお抱えの識者だったとか。

「うおおーぃ、休憩終わりだあ。さっさと仕事に戻るぞぉ」

オヤジさんのドラ声が休憩の終わりを告げる。

周りを見回すと皆まだ疲れているようだ。

でも、日が暮れるまで頑張らないとな。

ターがへばってて、オヤジさんにハッパかけられているのを見ながらそう思った









なんとか石や固まっている土をほぐし終えた次の日の仕事中、

「ハクオロさーん、頼まれたものを持ってきましたよ」

と、エルルゥとソポクさんがなにか抱えてやってきた。

「何もってきたんだ、エルルゥ」

「はい、ハクオロさんに頼まれて、薬石や灰を集めてきたんです」

……何に使うんだろ、それ。

まさか畑に薬をばら撒くなんてわけじゃないだろうし。

「いや、その通りなんだが」

って、ハクオロさん!? 本気ですか!

「畑に薬を撒いたって健康にならないでしょう、人と違って」

「いや、本当に畑に撒くんだ。植物が健康に育つには土に十分な栄養素が必要だからな。



とにかくこれを撒けば土が豊かになるんです」

「なんだかよく分からないけど、お呪いみたいなもんだろう?

よく分からない力で荒地を森に変えちまう連中もいることだし、

それならそうと言ってくれればいいのに」

ソポクさんの意見に賛成。いろいろ言われても頭に入りきらない。

なんかハクオロさん、いや、私が言ってるのは、とかなんとか。
とりあえず信じて撒いていこう。 彼の言葉を信じて。










そうしてハクオロさんの指示の元、大工事が行われていった。

始めは半信半疑の人も中にはいた(自分も多少信じきれてなかった)が、

種を撒き、芽が出て、成長し始める頃には、

今までとは全く違っていた。

前は半分も芽が出れば良い方、成長しても痩せたモロロしかできなかったそうだ。

なのに今回はどんどん成長し、収穫時でないのにもう前の頃の出来を上回っている位だ。

それを見たら、もはや疑う人などいなかった。

その他にも、水路を引いてくる工事や、

他の場所にも畑を増やすなど、どんどん彼は指示を出していった。

正直、ここまで的を得た指示ができるとは思っていなかった。

ちょっとした雑事でしか恩返しのできない自分と比べて、

彼の出した成果は凄いものだった。正直嫉妬の一つも沸いてくる。

でも、自分にできる範囲で、自分なりに働き、恩を返すことが大事だ。

誰かと恩返しの量を比べるのは意味が無いし。

それに、この工事のおかげで皆が笑っている。そっちの方が何倍も大事なことだ。

あと何日かすれば丁度収穫の日を迎える。

そう、何事も起こらなければ、のはずだった。











「この野郎ー! そこから降りてきやがれー!!」

オヤジさんの叫び声が村中にこだまする。

その声を浴びせられている本人? は

「ウキッ、ウキャキャッ!」

完璧にこっちを舐め腐ってやがる。

朝になって畑に行くと、食い漁られたモロロの痕。

皆が集まって何があったかを話しているとき、オヤジさんがアイツを見つけた。

キママゥ、という森に住む動物だ。

毛むくじゃらの体に人の半分も無い背丈。しかし、動きが素早く、頭も悪くない。

普段は森の木の実などを食べていて、人里まで出てくることは無いのだが、

畑が直り、大きな作物が大量にできるようになったのを嗅ぎつけたのだろう。

見える範囲では3匹。だが、今回の件で味を占めたはずだ。

これからは昼夜を問わず、群れて何度でもここに来るだろう。

そんなことを考えているとオヤジさんがほうほうの体で戻ってきた。

キママゥに投げられた糞だらけになっていたのでとりあえず距離を置く。

……皆同じ行動をとり始めたら、オヤジさんそりゃねえだろうと嘆き始めた。

とりあえず、川にでも行って体を洗ってきて下さい。本気で。








さて、村の皆で対策を考えてみてもいい案が浮かばない。

自分の案として待ち伏せや罠を仕掛けたら、と言ったところ、

「あいつらは賢いから難しいし、毎晩見張らないといけない」

ので辛いだろうとのこと。

結局ハクオロさんの案である、森の中に罠を仕掛け、皆で追い回して、

罠のところに追い込むという策が実行に移された。

結果としては上々のところ。ある程度駆除できたし、

ここは危ないところだとあいつらも認識しただろうから、

早々近づくことはなくなっただろう。

これで一件落着、万事解決、といけばいいのだが、

問題事とは畳み掛けるように起こり続けるのだ。







ある日、村の真ん中の方から騒しい声が聞こえてきた。

何事かと思いよってみると、一人の少年が偉そうに騒いでいた。

ハクオロさんに絡んでいるみたいだが、いったい誰だ?

「ああ? なんだ? てめえも見かけねえ面だな」

いきなり失礼な態度を取る少年。カチンとくるね。

「ここの人達に助けられた傭兵だ。いったい何だあんた」

「けっ、俺の名前も知らないとは、田舎者はこれだから困るぜ。

いいぜ、耳の穴かっぽじってよーく聞きな。

俺様はヌワンギ!何を隠そうこの國の皇!!

――の弟であるここいら周辺を治める藩主!!

――の息子だ!

どうだ、恐れ入ったか?」

……うん、ある意味恐れ入った。ここまで遠い威を刈る奴は初めて見た。

それを恥ずかしげも無く。いい度胸だと思う。

その後、よってきたエルルゥにも絡んでいた。

どうもエルルゥが好きらしく、豪華な生活をさせてやる、と口説いている。

しかし、エルルゥはそれを拒否。まあ、贅沢したいなんて考える子じゃないしな。

それが分からないのか、無理矢理連れて行こうとする少年。さすがに止めに入ろう。

「その辺りにしておけ。困っているだろう。」

「いい加減にしておけ。みっともないぞ、そういうのは」

「ああ? てめえら俺様にはむかう気か? 関係ない奴は引っ込んでろ!」

「関係なら十分にある。その娘は自分の恩人であり、家族だ」

「ハクオロさんに同意。自分にとっても命の恩人だ。助けるのは当たり前だろう?」

「いいか、俺様は藩主の息子だ。そして親父の兄はここの皇だ。

俺に逆らうって事は皇に逆らうってことだ。分かってんのか!」

ドガッ! という音と共に叩き込まれる握り拳。しかし、ハクオロさんは微動だにしない。

「うぎいやあーーー! て、てめえ。何だその仮面はぁ!?

よ、よくもやったくれたな。いいぜ、これから俺様がてめえを……」

「あ、あの、ヌワンギ。そ、その」

「いいから見とけ、アルルゥ。今こいつをぶちのめすからな」

「そ、そうじゃなくて、手。かつて無い方向に曲がってるんだけど……」

「あ? ……ぎゃもーーー!?」

また転げ出した。 旅芸人の芸でもここまで面白くないよな。

「き、今日のところはこれくらいで勘弁してやる。つ、次会った時は容赦しねえ」

「いや、私は特に何も」

「うるせえ! お、覚えてやがれぇ!」

そういってウマに乗り立ち去ろうとするが、ウマくん草を食べるのに夢中。

ヌワンギにけりを入れられると振り払って落っことす。で、踏みつけられた。

そのまま走り去るウマくんを追いかけていくヌワンギ。うん、面白い奴だった。

「昔は、あんな人じゃなかったのに」

ポツン、とつぶやくエルルゥ。昔はここに住んでいたらしい。

藩主に跡継ぎとして無理矢理連れて行かれ、そこで贅沢な暮らしを知って変わった、って事か。

ここでくらしていたなら、エルルゥがそんなもの望まないのは知っているだろうに。









そんな騒ぎの後、仕事も終わり眠りについていた時、いやな感じに気付き目を覚ました。

誰かが外を歩いている。それだけなら気付いても起きはしない。

問題は、気配を隠しながら歩くもう一人がいることだ。

完全に気配を隠そうとしていたならまず気付かないだろう。

そのまま村の外へ行くようだ。何があったかわからないが、とりあえず用心を固め、槍を持ってくる。

少し経つと、ウマの走る音が聞こえてきた。さすがに外に出てみると乗ってたのはハクオロさん。

話を聞いてみると、トゥスクルさんがこんな時間に出て行ったそうだ。

エルルゥがそれに気付き、ハクオロさんが様子を見に行くことになったとの事。

「自分も一緒に行くよ。さすがに心配だ」

もう一人、気配を隠してた奴がいることは気付いていなかったらしい。それを聞くと慌てていた

大急ぎで出て行った方に走り出す。ウマに付いていくのはつらいが、この位なら問題ない。

鎧を着てなければなんとか付いていける。

しばらく追い続けた後、ある程度開けた場所に出た。その瞬間、

「ハクオロさん、危ない!」

叫ぶと共に槍を一閃! って、かわされた!? なんていう身のこなしだ

飛び降りると同時に、ハクオロさんに蹴りを入れ、ウマから突き落とす。

そのまま背後を取り、首に短刀を押し付ける。なんて速さだ。

そこに立っていたのは、外套を身にまとい、顔を隠した一人の若者だった。

「お前達、何故俺達の後を付けて来た」

「なに?」

ばれていたか。しかし、となるとまずい。まさか一人で二人を相手取るとは考えていまい。

つまりは、この周りには

「答えないというのなら、無理にでも口を割らせるだけだ」

……そう、何人もの待ち伏せが会って当然だ。

この状況はまずすぎる。大人しく答えても身の安全は保障されていない。

引けば矢を浴びせられ、進めばハクオロさんが危ない。

どっちも地獄、か。なら

「「押し進むまでだ!!」」

ハクオロさんと同時に行動に出る。ハクオロさんは後ろを取っている彼を木に叩きつけようとし、

自分は前に走り出し、矢を射られた際の囮役。彼を振り払ったら下がって森に後退!

ハクオロさんも同じ事を考えていたのは眼を見れば分かる。あれは諦めていない目だったが、

ここまで同じ行動を取れるとは思わなかった。

しかし、彼もまた只者ではなかった。木に叩きつけられる前に飛び上がり、刀を一閃。

ハクオロさんがもう少し手を引っ込めるのが遅かったら手首を落とされていただろう。

しかし、よける時に彼の外套を掴んだようで、彼の姿が見えるようになった。

細身の体、しかし痩せているのではなく、引き絞られているのがよく分かる。

「……見たな」

ゾクリ、とするほどの殺気。今までとは違い、本気で殺そうと考えている。

「見られたからには、その首もらいうける」

そういって身をかがめ、飛び掛ろうとした時

「何をしているんじゃ、このばか者ども!!」

という、よく知った怒鳴り声が鳴り響いた。トゥスクルさんの声だった。

「お前さん、いったい今のはどういう了見じゃ?

人様の命を奪おうというのは?」

「い、いや、今のは言葉のあやでして。ほ、本当に殺そうなどとは」

「当たり前じゃ、バカもん!!」

……トゥスクルさんに説教をされている彼。なんだろう。

あれだけの殺気を出していたとは思えないくらいの落差があるな。







その後、トゥスクルさんから事情を説明してもらった。

なんでも重病人が山奥にいること。村まで来る事もできないのでこうして診察に来ている事。

診察をするのは夜のほうが都合がいい事。彼はその娘の兄で、トゥスクルさんの護衛を兼ねていた事など。

ハクオロさんがエルルゥが心配していた事を伝えると、なにか木巻に書こうとしていたので、

それなら自分が先に戻って伝えておく、と申し出た。

トゥスクルさんは了承し、なぜかハクオロさんは一緒に付いて行く事になった。

……いいのかな、と思っていたら彼、オボロが猛反論。

でもトゥスクルさんに勝てるはず無く、あっさり撃沈。

そしてハクオロさんも一緒に行く事となった。

自分はそのまま戻り、エルルゥに事の次第を報告。

納得してはいないようで、帰ってくるまで待つとの事。

まあ、自分の仕事はすんだので、今日は帰ろう。







次の日、ハクオロさん達が帰ってきた日、エルルゥがとても不機嫌だった。

ハクオロさんに聞いてみると、病気の娘、

ユズハという娘と再会できるお呪いをした事を説明したら不機嫌になったと言う。

いや、それって確か、恋愛成就かなにかのお呪いだったと思うんだけど。

エルルゥが不機嫌になった理由がよく分かった。

まあ、ハクオロさんには言わないけど。頑張って下さい、いろいろと。







 後書き

ようやく書きあがりました。ファストです。

今回の話の部分は閑話のような部分なので、特に大きな変化はありません。

ただ、この後の話の部分からいろいろと変わっていくかもしれません。

……鬱展開の所をなんとか変えてみたいなぁ。





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