第一話 流れ着いた場所
ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、
暗闇の中を息を切らせて走り続ける。
遠くから刃がぶつかり生まれる甲高い金属音が響き、彼方より轟く馬(ウォプタル)の足音が駆け抜けていく。
こうして逃げていく俺達を拿捕しようと敵歩兵達が松明をかざし追いかけてくる。
俺達傭兵団は戦場に出て戦い、褒賞を受け取り生きていく者たちの集まりだ。
今日の戦も同じように戦い、そして生きて帰ってこれるはずだった。
だがそうはならなかった。戦場に出てみればありえないほどの敵兵の数。
正規軍の連中は俺らを盾にしてとっとと逃げ出しやがった。
なにが「戦線を立て直すための時間稼ぎをしろ」だ。
盾になって死んで来い、と言外に言っているようなものだろう。
そして一刻も戦線を保てず、団長は全員に逃げろと命令を下した。
ちりぢりになって逃げた俺たちは、お互いが無事かも分からぬまま今もこうして走り続けている。
ズキリ、ズキリと脇腹が痛む。息が切れるほど走り続けているからではなく、単にそこに刀傷が刻まれている為。
血は止まらず、無理矢理巻いた手拭い程度では止血もままならないが、悠長に手当てをしていたら敵に捕まってしまうため意味が無い。
手に持っている相棒と言える槍が、いつもは感じない重量に感じる。
それほど体力が無くなっているのか、とこんな時なのに不思議な感じだ。
……音がいつからか聞こえなくなっている。すでに戦がおわったのか、あるいは……いや、そんなことは無い。
皆無事に逃げられたはずだ。そう思わなければ前に進む力すら沸かない。ただ無事を祈りながらも走り続ける。
しばらくしてから息が苦しくなくなっていることに気が付いた。
それは体力が回復したからではなく、その真逆。出血状態で無理を押してきた為に限界を超え、苦しみを感じなくなっているだけだった。
……視界が狭まってきた。何も考えずにただ歩く。
……意識が混濁してきた。何も分からず前に進む。
そして自分が地面に倒れていくことすら分からなくなり、そこで意識が途切れた・・・・・・。
……眼が覚めた時初めに眼に入ってきたのは木でできた天井だった。
少し離れたところからごりっ、ごりっというなにかを磨り潰しているような音が聞こえる。
まず考えたのはここが何処なのかということ、そして自分の立場を思い出し勢いつけて体を起こした。
その瞬間、左脇腹の傷がとんでもない痛みを発信してきて傷口を押さえてまた倒れこんだ。
こんなに痛いということは実は結構深い傷だったんだなー、と解り、本気でやばい状態だった事に今更ながら気が付いた。
「おや、やっとお目覚めかい?」
俺が起きたり倒れこんだりした音を聞いて、手元の作業を止めて声をかけてきたのは柔和そうなおばあさんだった。
「まったく世話の焼ける坊主だねぇ。2日も寝込み続ける程の衰弱だったんだよ?
あんな怪我をしてるのにろくに手当てもせずに歩き続けるなんてねぇ」
……いや、それでも逃げないと、運が悪かったらその場で殺されるし。
「いえ、助かりました。怪我を押してでも逃げないといけない立場でしたので」
「まぁわかるけどねぇ。あんな傷をおいながら血塗れの鎧を着て行き倒れているのなんか落ち武者くらいだろうし」
「…行き倒れ……い、いやそれはそうなんですが行き倒れって言うのはちょっと。あの、ここはどこでしょうか?」
「ここはケナシコウルペのヤマユラの集落だよ。わしはトゥスクル。この村の村長さね」
「そうですか、私はヒショウと言います。ショウと呼んでください。あの、誰が私を見付けてくれたのですか?」
「うちの村落の若い衆だよ。狩りに森へ入った時にね。いや運のいい男だよあんたは」
「確かにそうですね。あのままだったら一日持たなかったと思えますし」
「そうじゃなくてよく森の動物に食べられなかったものだって意味だよ。
肉食の動物に見つかっていたらそのままお陀仏だったよ」
「……そういう意味ですか。本気で助かりました。
……でもなんで助けてくださったのですか?落ち武者なんか助けても厄介ごとにしかならないと思うんですが・・・・・・」
「そうかもしれないね。でも山で暮らす者はお互い助け合わないと生きていけない環境だからね。
見捨てるのも気分が悪いってことさ。もし恩に感じるんだったら元気になったら私らを助けてくれればそれでいいさ」
……本当にいい人だ、この人は。いや、この村の人たちは。
「……感謝します。このご恩は、いずれ」
「まあそんな話は元気になってからの話さね。とっととその傷を治すことだけを考えな」
こちらの言を遮って無理矢理話を切り上げられた。そんなにやばいのか今の俺。
「とりあえず傷は化膿していないから安心しな。あとはこの薬を飲んで休んでいればじきに治るよ」
「あ、ありがとうございまって、うぇ?」
な、なんか凄い匂いだよあれ。嗅いだだけで苦いと解るような香りだよ。大丈夫か?本当に。
「さあ、さっさと飲んで寝ちまいな」
「う、ううう……ええいっ!」
意を決して一気に飲み干す。その予想を少し斜め上に飛んでいた苦味は冗談抜きできつかった。
しかしその後、痛み止めの成分が入っていたのか少しずつ痛みが楽になっていき、眠気が押し寄せてきた。
・・・睡眠薬もかねてるのかな、と思う間もなく眠りの沼へと沈んでいった。
「……おぉーーっ」
ちゅんちゅんと鳥の鳴き声が聞こえてくる頃、おかしな声?が聞こえてきた。
まだぼんやりしている頭で体をを起こしてみると、なにかビクッ!と驚いて逃げていく音が聞こえたような・・・・・・。
なにか変な生き物でもいるんだろうか?と考え、まだ頭が寝ぼけている、と自覚できた。
「あ、お目覚めになられたんですか?」
そんな風に寝ぼけている自分に声をかけてきたのは一人の少女だった。
「お体の具合はどうですか?簡単なおかゆを作ってきたんですけど……」
「あ、はい。かなり楽になりました。えっと、この家の方ですか?」
「はい。エルルゥって言います。ショウさんでしたよね。お婆ちゃんから聞いています。」
「お婆ちゃんって、トゥスクルさんのことですよね」
「ええ、あともう一人家族はいるんですが・・・アルルゥったらどこかへ行っちゃったんです。
ちゃんと挨拶もしないで……」
……さっき走っていったのがそのアルルゥって子なんだろうか?
「いや、また後でもいいじゃないですか。後おかゆ、作ってもらってありがとうございます」
「どういたしまして。あ、あと食べ終わったら言って下さい。お婆ちゃんからお話しがあるそうです」
うん、自分も感謝とか言い足りないところだし、色々考えないといけないこともあるしな。
「分かりました。それでは頂きます」
「おや、もう食べ終わったのかい。早かったねぇ」
そういってトゥスクルさんは声をかけてきた。ってまだこっちから声をかけてないのになぁ。
「ご馳走様でした。おいしかったです、本当に」
ちょうどいい温度になっていたし、味付けも薄めでちょうど良かった。気遣いのできる子だなと感心しましたとも。
「そういう事は本人に言ってくれ。喜ぶと思うよ」
「分かりました。ところで話しなんですが」
「ああ、そうそう。お前さん行くところはあるのかい?」
……行く所、か。傭兵団の皆が生き残っていれば集合地点に行くのもいい。ただ……何人生き残れているのか、ということを確かめるのが怖い。
「トゥスクルさん、自分以外にこの辺りで倒れている人はいませんでしたか?」
「いや、お前さんを見つけてからも森に行っている連中からは何も聞いていないねぇ」
……そうなるとこっち側に逃げられた人は…他にいない、ということか。
「集合場所はあるんですが、クッチャケッチャの領内ですし、行けるかどうか……」
さすがに怪我を押して進入するのは無理だろう。結構領地の奥側の町だし。
「そうかい、だったら行き先が決まるまでここに居ればいい。丁度空き家になっている家があるしね」
……そんなに面倒をみてもらうのもどうか。恩が積もって返しきれなくなりそうな……
「いや、そこまでご迷惑をかける訳にも。寝床なんて夜露をしのげれば外でもいいんですし」
「いくらなんでも完治していない者を外に寝させるなんてできるかぇ?ま、住む者が居ないと家はすぐ駄目になるからね。丁度いいっちゃ丁度いい」
……そこまで迷惑をおかけしてもいいんだろうか?しかしこのままの体で出て行ってもあてがほぼ無いわけだし・・・
「分かりました、ご迷惑をおかけします」
「気にしなくてもいいよ。あんた腕っ節が立つんなら狩りの手伝いとか力仕事やら手伝ってもらいたいものも多いからね」
迷惑だと思うなら働くことで返せばいい、ってことか。
「まあ、傷が治るまでは養生していればいいさね。後でエルルゥに案内させるよ」
しばらくはここでお世話になるしかなさそうか。ま、命の恩人達の村だし、恩返しができるのは嬉しいことだ。
「あと、あんたの頭の頭巾の中のことなんだけど」
……あ、そうか。そりゃ手当てをしてもらったんだから見られてて当たり前か。
「えーっと、その。これは、ですね……」
「まあいいがね、なんで自分の種族を隠しているのかは聞かないよ。なにか考えがあるんだろう?
安心おし。私以外は見ていないから」
……この人は本当にいい人だ。詮索もしないし、隠してもくれるのだから。本当に頭が上がらなくなってきたな。
「はい、あちらがショウさんの住む家です」
エルルゥに案内されて着いたのはこじんまりした一軒家だった。一人で住むには丁度いい、というか少し大きめのような気もするけど。
「本当にここに住んでいいのかな?結構大きいと思うんだけど」
「大丈夫です。ここに住んでいた人は2ヶ月前によその村の女性と結婚して引っ越していきましたから。
それから使われていないんです」
なるほど、それで空き家のままか。まあよそから越してくる人も珍しいだろうし、当然か。
「おーう、エルルゥ。こんなとこでなにしてんだ?」
「あ、テオロさん。このショウさんに案内をしているんです」
声をかけられそちらをみると老けて見える男が立っていた。
「ショウさん、こちらはテオロさん。このすぐ近くに住んでいるんです」
「おう、誰かと思ったらあんときの行き倒れか。結構元気になったみてえだな」
あんとき、ということはこの人が見付けてくれた人の一人、か。
「ええ、助けていただいてありがとうございました。かなり危ない状態だったそうなので」
「ガッハハハ!礼なんざいいってことよ!それよりここには何しにきたんだ?」
「はい、今度からここに住まわせてもらうことになりまして」
「ほーう、てことは近所同士になるってことか。ま、なんか困ったことがあったらいつでも言いな。
あと俺の事はオヤジでいいぜ。父親みたいに頼りになるってんで皆そういうんだ。」
「嘘言うんじゃないの。本当はオヤジみたいに老けて見えるからでしょう?」
「ぐ、か、カアちゃん……」
そういってきたのは金髪の大人の女性だった。
「オヤジ、嘘、いかん」
「そうダニ、生まれた時からオヤジくさい顔をしとったダニ」
「あ、あはは」
他にも背の高い男、お爺さん、線の細い少年が来た。彼らもこの辺りに住んでるんだろうか。
「えーっと、この人たちは……」
「はい、こちらはソポク姉さん。テオロさんの奥さんです。
姉さんといっても血の繋がりがあるわけじゃなくて、年の離れた人を兄さん、姉さんと呼んでいるんです」
「そうだね、でもあたしにとっちゃエルルゥもアルルゥも実の妹のように思っているよ」
「だがよぉ、おれは一度もテオロ兄さんと呼ばれたことがないんだがよぉ」
「あんたの場合はそんなに老けてるのが原因だろ」
「む、むぐぐ……」
「あ、あはは…。それと、そちらの背の高い人がウゥハムタムさん。お爺さんがヤァプさん。
彼がタァナクンさんです。皆、この人はショウさん。
この前森で倒れていたのをテオロさん達が見つけて、今は行く場所が決まるまでこの家に住むことになったんです」
「はい、どの位お世話になるか自分でも分かりませんが、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、だね。まあご近所さんになるんだし、気軽にしてくれていいよ」
「ああ、同じ村に住むって事は俺達は仲間ってことだ。他人行儀な態度は取らなくていいぜ」
「分かり…いや、分かった。傷の具合をトゥスクルさんが良いと言ってくれたら、色々仕事もするからよろしく」
さて、ご近所さんとの挨拶は済んだし、家の中の様子もみておこうかな。
中に入ってみたが、2ヶ月間使われていないにしては綺麗に片付いていた。
これなら少し掃除をすれば問題なく住めるようになるだろう。
それ位のことなら傷の開くようなこともないだろう。
「ふぅ」
しかし、他の仲間達は無事なのだろうか。それだけが心配だな。
……じーーーっ……
ん?なにか視線を感じたような……
きょろきょろ周りを見渡してみると子供が窓から覗いていた。
それに気づくとびくっ!と反応して慌てて逃げていった。
「…たしかアルルゥっていう子だよな……」
どうも興味を持たれているようだが、見つかるとそそくさと逃げていくのは警戒されているからなのか。
「……まぁ、そのうち解いてくれるだろ」
さて、掃除を済ませてしまおうか。やれることから終わらせていかないとな。
……それから数日がたち、村にも馴染めてきた。
オヤジさん達と狩りに行ったり、エルルゥ達が木の実や草などを採りに行く際の荷物持ちなど、
色々と手伝いもできる様にもなった。(おかげでアルルゥとは少しだけ打ち解けられた)
ただ、村の畑に関しては何もできなかった。
荒れ果てたその畑を良くする方法は自分には思いつかなかったからだ。
この畑での収穫量が上がれば、税の苦しさが多少は楽になるのだけど。
それでも村の人達と仲良くなり、いつしか普通に暮らしている状態になっていた。
傭兵団の仲間達がどうなったか分からないのが唯一の悩みだが。
いつか機会があれば、必ず集合地点へ行き、皆の無事をしようと思っているが、
やはりあそこは遠い。用意をしないとまず国境越えは無理だろうしな……
まずは恩を返していくことが第一だな。
そう頭では考えてもふと考えてしまうのはしばらくどうしようもないだろう。
そうやって数週間が経った。
そしてあの日が訪れた。
おそらく、この後起きた幾つもの大事件や大騒動の。
全ての始まりの発端となるあの日が……
後書き
初めまして、ファストと申します。
少し古いうたわれるものの2次小説ですがどうでしょうか。
最近新しい投稿小説が多く来ているようなので意を決して投稿してみました。
初めて書いた2次小説なのでおかしな所もあると思いますが、
どうかこれからよろしくお願いします。
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル、投稿小説感想板、