第十三話 太陽、いつも空から見守るものなの(前編)
 事件から翌日のこと、あかねははやての足の診察の為に海鳴市総合病院を訪れていた。
 受付を済ませ向かった診察室で待っていたのは、あかねも以前にお世話になったことのある石田医師であった。
 はやてのカルテだと思われる資料をぶらぶらと手で揺らしながら眺めていた石田医師は、あかねたちが来たことに気付いてカルテを揺らす手が止めていた。
 硬直し続ける手には力が全く入っていなかったようで、カルテが手の中から零れ落ちて机の上に落ちた。
「はやてさん、また遠くの親戚の方ですか? 一部、極近所の方が見えますけれど」
 石田医師が遠くの親戚の方と言葉で指したのは、闇の書改め、夜天の書改め、晴天の書ことリインフォースであった。
 改名については、太陽の書にしようとしたところアリシアが太陽は自分だと譲らず、あかねの母親が似た様な意味の晴天を授けた。
 だが次にヴィータが間違えて、晴天をあっぱれと間違えて読んでしまい、凹んだ晴天の書を見かねてはやてがリインフォースの名を贈ったのだ。
 そのリインフォースは現在、シャマルに借りたセーターとロングスカートと言ういでたちで、一行の最奥で控えている。
 そして石田医師が極近所と言い表したのは言うまでもなく、あかねとその母親であった。
 ザフィーラは病院の外で待っているが、シグナムたちも加え付き添いが六人とかなりの大所帯なのである。
「全員うちの可愛い娘たちですよ、石田先生。もう毎日、より取り見取り。お風呂の時間が待ち遠しくて、待ち遠しくて」
 ふやけた顔を両手で挟み、体をくねくねと身悶えさせながらあかねの母親がとんでもないことを言い出したのを見て、石田医師ははやての両肩に手を置いて言った。
「はやてちゃん、いつも言っているけれど、困ったことがあったらなんでも言いなさい。なんでも、相談にのるわ」
「石田先生、目が本気すぎます。良い人ですよ、あかね君のお母さんは」
「後ろを見てみて、はやてちゃん」
 良い人と言う言葉をあまり信じていなさそうな石田医師の言葉に従い振り返ったはやては、少し納得してしまった。
 シャマルとシグナムはその時のことを思い出して羞恥に顔を紅潮させ、俯いてしまっている。
 まだまだ感情が乏しいリインフォースでさえ、昨晩家に戻るなり受けたお風呂での洗礼にヒクヒクと頬を引きつらせていた。
 一人反応が違うのは、身長同様に小さい小さいと言われ続けたのを思い出して憮然としているヴィータであった。
「あかね君、はやてちゃんだけじゃなく、皆を守れるのは貴方だけよ。しっかり、頑張って」
「申し訳ありませんが、こういう時にあまり話を振らないでもらえますか?」
 居辛いと思う以上に、何故だがもの凄く消えてしまいたい。
 肩身が狭く消え入りそうになっていくあかねを救ったのは、あかね同様にお子様のヴィータであった。
「なあ、先生。今日のはやての診察ってどれぐらいかかりそうなんだ、ですか?」
「そうねえ、先日のこともありますから、今日は綿密に。全部終わるのに二時間は掛かりそうです」
「うわ、しんどそうや」
 二時間の間にいくつの検査を受けさせられるのか、はやては思わず天井を見上げるようにぐったりと車椅子の背もたれにもたれていた。
 麻痺の理由が闇の書による侵食であったことを知り、その侵食が消えた今、はやての反応は当たり前のものであった。
 だが石田医師にしてみれば原因不明の麻痺が、原因不明のまま回復しようとしているのだからそうは行かない。
「はやてちゃん、まだ油断は禁物よ。今日の検査は回復に向かったのを確かめる検査だけれど、まだお薬もマッサージも続けてもらいますから。気を抜くのは完全に治ってからよ」
「はい、わかりました。今日もよろしくお願いします」
 原因を知っているからと言って、不真面目な態度は良くないとはやても返事をしなおし、頭を下げた。
「それじゃあ、私たちは予定通りってことね。シャマルちゃん悪いけれど、付き添いお願いね」
「はい、お任せください。慣れてますから」
 予定とはバリアジャケットに相当する服しかない、リインフォースの服を皆で買いに行くことである。
 一緒に行けず残念そうなはやてをシャマルに任せ、多すぎた付き添いの殆どが診察室を出てその扉を閉めた。
 リインフォースにどんな服を着せようか、またついでにヴィータやシグナムにもと意気揚々と歩くあかねの母親の後ろを皆でついていく。
 どんな目にあうのか大体予想出来ているシグナムは、良くわかっていない様子のリインフォースの肩にお互い頑張ろうとばかりに手を置いていた。
 一方あかねはあかねで、女物の服を買いに行くのに付いて行きたくないと足取りが重かったのだが、右腕に巻きつけたゴールデンサンに声を掛けられてその足を止めた。
「Brother, I want to tell you」
「えっと、話ですか? 歩きながらじゃ駄目ですか?」
「Right now, it is an important thing」
 なんとなくそう言ったのではと理解し尋ね返したあかねであったが、続く言葉までは理解することが出来なかった。
 立ち止まったままどうしようかと悩んだあかねにゴールデンサンの言葉を伝えたのは、立ち止まったあかねに気付き戻ってきたリインフォースであった。
 ちょっと立ち止まったつもりが、あかねの母親とシグナムは廊下の随分先でどうしたのかと振り返っていた。
「我が主、ゴールデンサンは大事な話があると言っています。屋上に行かれてはどうでしょうか?」
「大事な、解りました。少し遅れて行くと、母さんに伝えておいてください。行き先はだいたい解ってますから」
「はい、我が主」
 リインフォースが別行動に対して素直に頷いたことに若干首をかしげながらも、あかねは一人屋上へと続くエレベーターがある場所に向かった。
 改まって大事な話とは何なのか想像も出来ないが、ゴールデンサンは話があると呟いて以降何も口にはしてくれなかった。
 ゴールデンサンとリインフォース、二人の不可解な行動が何を意味するのか深く考えずに、あかねはエレベーターを使用して屋上へと足を踏み入れた。
 以前に一度だけ足を踏み入れたそこは、相変わらずの良い眺めであった。
 海鳴市を一望できる単純な高さは、魔法で空を飛んだ時の方が高いのだが、地に足をつけてなお高い屋上ということが何だか特別に感じられた。
 景色を眺めつつ冬の冷たい空気を吸い込みながらフェンスへと歩み寄ろうとすると、気付かなかった先客が頭上から話しかけてきた。
「あかね君、こっちこっち。太陽のお兄ちゃん、頼まれてたもの持ってきたよ」
「アリシア、頼まれてたもの?」
 あかねの右腕に巻かれたゴールデンサンに近付いたアリシアは、小さく口ずさみながらその宝玉に触れた。
 すると淡い輝きがゴールデンサンを包み込み、何時もと同じ声で違う言語が飛び出した。
「言語変換ソフト、間に合わせにしちゃ良い出来だ。プレシアに礼を言っておいてくれ」
「うん、でもお母さん遅くまで頑張ってたみたいで、今頃は多分寝てるよ?」
「やっぱり、気付いてる奴は気付いてるか」
 そんなものがあるならもっと早く欲しかったと思いながらも、あかねはゴールデンサンの言い回しに口を挟むのを躊躇した。
 ゴールデンサンの言う大事な話、それがあまり良い話ではないと直感的に感じてしまったのだ。
 アリシアもそれは同じ様で、なんとなくそれを察している様であった。
 あかねが屋上に用意されていたベンチに腰掛けると、アリシアはその膝の上にちょこんと座った。
「それで話というのはなんですか? アリシアが聞いても?」
「その為に呼んだんだ。あかね、アリシアも良く聞け、単刀直入に言う」
「うん、なに太陽のお兄ちゃん?」
 あかね、アリシア共に背筋を伸ばして迎えたゴールデンサンの言葉は、想像を遥かに超えた内容であった。
「今この瞬間か、それとも明日か、一ヵ月後か。俺はそのうち必ず消える、消えてこの体はG4Uに戻る」
 ゴールデンサンがまた消える、再びいなくなる。
 空耳だと、屋上に吹く強めの風が耳を打ち聞き間違えたのだと思いたかった。
 だが皮肉にも今この時間だけは風が一切停止し、北から寒さを運ぶことを止めていた。
 聞こえたのは、涙混じりに叫ぶアリシアの声だけであった。
「嘘だもん。そんなこと言う太陽のお兄ちゃん嫌い。居なくならないもん!」
「嘘じゃない、思い出せ。今回の事件に関わったロストロギアは闇の書だけじゃない。そうだろ、あかね?」
「ジュエルシードですね」
 今は既に晴天の書から摘出され、クロノの手により厳重に封印を成され管理局が保管しているものである。
 今回の事件を引っ掻き回しただけでなく、あかねの記憶を封印し、リンカーコアを不安定にさせ続けていた根源。
「奇跡には何時もタネがあるもんさ。覚えてるか、虚数空間に落ちる直前三人で会った時のことを」
「話をそらさないで。死んじゃやだよ、ゴールデンサンの名前返すから。太陽のお兄ちゃんがいるなら、私ゴールデンサンじゃなくてもいいから!」
「アリシア、ゴールデンサンの話を聞きましょう。ゴールデンサンが何時消えるのか解らないのなら、なおさら。自暴自棄になってはいけません。聞かなければ、きっと後悔します」
「やだよ、嫌だもん。出来ないよ。やっと会えたのに、三人揃ったのに」
 なおもぐずるアリシアを抱きしめ、あかねはあやし続けた。
 自暴自棄になってはいけないと口にしつつも、あかねだって完璧に冷静だったわけではなかった。
 アリシアと同じ様に、どうしてとゴールデンサンに向けて叫んで喚きたい。
 ゴールデンサンが消えると言う言葉が頭の中でぐるぐると回り、冬の寒さを忘れてしまうぐらいに動転させていた。
 ただ今は泣きじゃくるアリシアを一心になだめることで、なんとか冷静さを保つことができていたに過ぎない。
 なかなか泣き止まないアリシアをなだめ続けること十数分、アリシアはまだしゃくり上げて呼吸するのも辛そうだったが、あかねの方は少しだけ落ち着きを取り戻していた。
「アリシア、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない、けど聞く。太陽お兄ちゃんのお話、聞く」
 ぐじぐじと目元を越すったアリシアが歯を食いしばり、あかねの膝に座りなおす。
 良い子だとあかねが頭を撫でていると、その腕で揺れていたゴールデンサンが続きを再開した。
「あの時、あかねにジュエルシードを渡した時、あの場所には俺も居たんだ。あかねやアリシアの願いを叶えながら、ジュエルシードは俺の願いを叶える時を待っていた」
「ゴールデンサンの願い、それってまさか」
「そうだ、お前がしけた面見せた時にまた殴りに行く。それが俺の願いだった」
 虚数空間に落ちる直前、同じ夢を共通したかのような世界での会話。
 もう駄目かと、くじけそうになった自分を殴りつけ言ったゴールデンサンの言葉。
 また守られていたのかと、ジュエルシードを通してゴールデンサンに守られていたのかと、今度はあかねが歯を食いしばり少し強めにアリシアを抱きしめていた。
「あかね君」
「大丈夫です、大丈夫。今の僕が弱いことぐらいわかってます。僕はこれから強くなるんです、ゴールデンサンの様に」
「うん、私ももっともっと強くなるよ。二代目ゴールデンサンだもん」
「俺が消えてしまう前に忠告しておきたかったのはそこだ」
 目指す頂を口にし同じ場所を目指そうと呟いたあかねとアリシアへと、ゴールデンサンが聞けとばかりに言った。
「誰かの背中を目指しはしても、そいつそのものになろうとするな。人は他人どころか、自分以上の自分にもなれないんだ。だから今じゃなくても、何時かは自分が思う自分の背中を追いかけろ。自分が理想とする自分に追いつき、誰かに背中を追いかけてもらえるだけの人間になれ」
「自分が理想とする自分」
「誰かに背中を追いかけてもらえるだけの人間」
 いまいちピンとこない面持ちで、あかねもアリシアもゴールデンサンの言葉を復唱していた。
 自分たちの周りには、自分たち以上に凄い人たちが大勢居て、目標を掲げるにはまずそちらが浮かんでしまう。
 自分自身を目標に掲げていては、とても前に進んでいける気がしない。
 ゴールデンサンの言葉の意味がほとんど理解できなかった。
「まあ、今のお前らじゃ、そう言う顔になるだろうな。幾つもの背中を追いかけ、追い越し、誰の背中も前に見えなくなった時の話だ」
「誰の背中も前に見えなくなった時って、もの凄く未来の話をしていませんか?」
「お母さんでしょ、フェイトは……妹だから後ろ。クロノ君にリンディさん、あかね君のお母さんに他にも一杯。お婆ちゃんになってそう」
「その時になれば、きっと解る。自分が理想とする自分の背中が見える。自分が理想とする自分が解らないってことは、まだその時じゃないってことだ」
 ゴールデンサンが指摘した通り、今はまだ遥か遠い所に二つの背中が見えていた。
 揺るぎない強さと精神力を持ったクロノと、一度守ると決めたものを守りきる信念を持ったゴールデンサン。
 両者の背中は遠くて遠くて、置いていかれないように走るので精一杯だった。
 だがもしもその背中に追いついて、追い越したとしたならば、見える気がする。
 自分が理想とする自分の背中が。
「見たいです、自分が理想とする自分の背中を」
 心底その背中が見たいと思いながらも、それが何時のことになるのか見当もつかなかった。
 いつかきっと、以前の母親に幻想の父親を追うなと言われた時の様に、ゴールデンサンがその時を濁して言うのが解る気がした。
 そして解った分だけ、また少し前に進めた気がしていた。





 少し遅れて行くと言う言葉に反し、あかねが買い物先であるデパートにたどり着いたのは一時間以上後であった。
 その頃には買い物も一段落していた様で、合流先はデパート内の喫茶店となっていた。
 何度か足を運んだことのある喫茶店である為に迷うことはなかったが、大人数でテーブルを占領する母親たちの中に意外な人物を発見した。
 人間形態で帽子を目深に被ったザフィーラの隣にいるクロノである。
 事件の翌日と言うこともあり、一番忙しく働いていそうな人物がそこにいたことにあかねは驚きを隠せなかった。
「丁度良かった、彼らの処遇について伝えようとしていた所だ。君にも関係がある」
 あかねのに気付いて振り返ったクロノに言われ、立ち上がり椅子を引こうとしたリインフォースを手で制してあかねは席についた。
 異変に気付いたアリシアがあかねのコートの襟元からぴょこんと顔を出し、この場に居る全員が顔を見せたところでクロノが切り出した。
「まず文句が出る前に言っておくが、八神はやてに関しては管理局内でも意見が分かれていて保留扱いだ。彼女は闇の書の主ではあったが、蒐集は守護騎士たちの独断によるもの。または主として守護騎士たちの蒐集を止められなかったのなら同罪と、二つの意見がある」
「はやては何にも悪くねえよ。悪いのは私らだし」
「必要ならば我らの口から証言しよう」
 はやてに罪が及ぶのだけはと少々声が大きくなったヴィータに続き、シグナムもあくまで自分たちがと主張した。
 腕を組み押し黙っているザフィーラとて、聞くまでもなく気持ちは同じであろう。
「私はそっちの法とかは良く解らないけれど、はやてちゃんが居なければ闇の書、あまりこの名前で言いたくはないけれど、止められなかったんでしょ? そこは評価すべきじゃないのかしら?」
「もちろんその意見もありますが、最低でも守護騎士であるシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラの罪は逃れられない。動機と被害者の容態が長くて全治一週間以内と比較的軽度であることから、なんとか保護観察に持っていくつもりではいる。管理局の任務への従事、その働き次第では八神はやての擁護論も大きく傾く」
 クロノの言葉に対して、確認は不要であった。
 はやての為なら自分の罪を証言さえすると言い切った守護騎士たちが、はやての擁護論を増やすために苦労などいとうはずがない。
 シャマルはこの場に居ないが、ほぼ同時に帰って来た三つの頷きに迷いはなかった。
 クロノもそれを知っていて口にしたのだろう、確認の言葉を貰う前に決定事項として話の矛先を変えた。
「この話がまとまるのが早いのは解りきっていたが、問題はあかね、君だ」
「ぶう、なんであかね君が問題なの。納得いかない」
「私、ですね?」
 アリシアにしてみれば、あかねが居たからこそ闇の書の運命が変わったと言う認識であったが、事態はもっと複雑であった。
 自分のせいだと呟いたリインフォースの認識以上に。
「それも一つの要因だ。まず闇の書ほどではないとは言え、捜索指定遺失物だったジュエルシードの保有と無断使用。正直、保有に関しては発見出来なかった管理局に落ち度があるのだが、無断使用はまずかった。しかも事件への接触を禁じられた状態で介入し、無理矢理闇の書の主となった」
「しかしそうしなければ、はやて様は死亡し破壊を撒き散らした私は次の主を定め転生していた」
「だからあかねも八神はやて同様に意見が分かれてはいるが、八神はやてとは違い己の意思でそれをなしたことで、擁護論が浮かび上がりにくくなっている。結果としてまんまと闇の書、今は晴天の書の主に納まっているからなおさらだ」
 あかねが行おうとしたのは闇の書の主となって、転生先を太陽の中に固定し永遠の消失と再生を繰り返すことであった。
 自分の命すら顧みない究極の自己犠牲は、普通の精神状態を持つ人には受け入れられないことだろう。
 あかねとて重度に追い詰められてさえいなければ、決して選ばなかった道である。
 邪推しようと思えば幾らでも邪推できる状況で、それがさらに複雑さを増していた。
「あかね、君がこの先も魔導師として生きるなら、今回のことはついて回る。晴天の書についても同様だ。君たちが何と呼ぼうと、人々は闇の書と呼び続ける。それを変えたければ管理局に来い、自分の力で変えて見せろ」
 もはや罪状や管理局の思惑を超えて、クロノの言葉は個人的な勧誘に変わっていたように思えた。
 より多くの人を守りたいと言うあかねの気持ちは、地球に居るよりも魔法が認知されている外の世界での方が叶えやすい。
 より多くの偉大な魔法を記したいと言うリインフォースの願いもまた、外の世界でしか叶えられない。
 ならば答えは決まっていた。
 自分の守りたいと言う気持ちを、リインフォースの偉大な魔法を残したいと言う純粋な気持ちを疑われたのなら示せばよい。
 クロノの言う通り、妙な邪推が入る隙間もないほどに示し、見せ付ければ良い。
「管理局に、入ります。この力でより多くの人を守りたい。リインフォースの願いを叶えたい」
「ありがとうございます、我が主。晴天の書、リインフォースは何処までも貴方についていきます」
 あかねとリインフォース、二人の決意を聞き頷いたクロノは、最後の伺いをあかねの母親にたてた。
「事後承諾になりますが、よろしいですか? 彼を管理局で、僕のもとで預かります」
「止めなかったんだから、承諾と言うことで良いわ」
 それに止めても止まらないだろうと、諦め半分で肩を竦めていた。
 ただし、素直に送り出すほど甘くはなかった。
 テーブルの向かいにいるあかねへとその手を伸ばし、その鼻を思い切りつまみあげた。
「あんまり、駆け足で大人になろうとするんじゃないわよ。気がついたら、大切なもの色々と見過ごしたり、見落としたりするわ。ゆっくり大人になりなさい。良いわね」
「良いことを言ってるのは認めます。ですが普通に、痛ッ。言えないんですか!?」
「こんな気恥ずかしいこと、真顔で言えますかっての」
 あかねの文句を悪い意味で力に替えて、鼻をつまみあげ続けるあかねの母親は、次にリインフォースやシグナムたちに視線を向けた。
「リインフォースちゃんや、シグナムちゃんたちもよ。主の為に頑張るのも良いけど、たまには骨休めに帰ってきなさい。大空の家だろうが、八神の家だろうが。好きなほうで出迎えてあげるわ。はやてちゃんと一緒に」
 普段ふざけて皆を引っ張りまわしているだけに、急に真面目になるのは反則であった。
 満面の笑みを添えて言われ、皆が皆、言葉につまり頷くことしかできていなかった。
 特に寡黙なザフィーラが照れたように押し黙る様は、珍しいを通り越してありえないとさえ言えた。
 ただしその様子は誰の瞳に納められることもなく、あかねの母親が一人皆の視線を一身に浴びて微笑んでいた。


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