第六話 灯火、より大きな篝火とするためなの(後編)
 時空管理局本局、何度も耳にしながら一度も足を踏み入れたことのなかったそこへと、あかねは足を踏み入れていた。
 窓の外を覗けば、暗黒とその中で輝く数々の光が宇宙の様にも見えた。
 厳密には宇宙ではない様だが、小難しい説明があった為にあかねはそれを意図して宇宙だと解釈することにしていた。
 一人あかねだけは物珍しさも加わり辺りを見渡していたが、慣れている三人にとっては本局だろうがマンションの廊下だろうが変わらないようであった。
「四人がかりで出てきたけど、大丈夫かな」
「まあ、モニタリングはアレックスに頼んできたし」
 一時とは言え自分が現場を離れることに対してクロノが不安そうな言葉を発したが、エイミィが大丈夫だろうと気楽に答えていた。
 監視以外にも戦力としてはなのはやフェイトがいるし、クロノ以上の切り札であるリンディも駐屯している。
 クロノもそれはわかっているのだろうが、戦力以前にすぐさま自分が駆けつけられない場所にいるということだけで不安なのだろう。
 完全なるワーカホリック的思考であった。
 だが一週間はシグナムたちが姿を現さないことを知っているあかねは、心の中でクロノに謝罪した。
「闇の書について調査をすれば良いんだよね」
「ああ、これから会う二人はその辺に顔が利くから。あかね、君の修行の方もその二人に任せることにする」
「二人? クロノさんの師匠は二人いるんですか?」
「残念ながらね」
 何処か顔を引きつかせているクロノを見て、クスクスとエイミィが笑っていた。
 どうやらエイミィはクロノの師匠に面識があるようだが、何故そこで笑うのか。
 あかねとユーノは互いに顔を見合わせながら、首を傾げることしかできなかった。
 今しばらく廊下を先へと進み、とあるドアの前でクロノが立ち止まると、ドアを開けて入り込んでいく。
「リーゼ、久しぶりだ。クロノだ」
 笑みを浮かべて言ったクロノに続いて部屋へと入ると、ソファーで思い思いにくつろいでいる女性がいた。
 一人はだらしなくもソファーの上でねころがり、もう一人は本を開いて行儀よくしている。
 正反対な印象を受ける第一印象であったが、すぐに瞳が二人の頭部へと吸い寄せられる。
 アルフやザフィーラと同じように、獣の耳が髪の毛の間から自己主張しながら伸びていた。
「わお、クロスケ。お久しぶりぶり」
 誰かの使い魔かと思う間もなく、ソファーに寝転がっていた女性が跳ね起き、正真正銘一足飛びでクロノの前に跳び出した。
 それだけなら久しぶりの再開に感激したともとれたが、女性の行動はそれだけに留まらなかった。
 恐らくわざとなのだろうが、体格差を利用して抱きしめたついでにクロノの顔を自らの胸にうずめさせた。
「なッ、ロッテ。離せこら」
「なんだと、こら。久しぶりに会った師匠に冷たいじゃんかよ」
 一度は抵抗を試みるクロノであったが、ロッテという名の使い魔の方が上手の様である。
 よりいっそう強くクロノを抱きしめ、決して逃がそうとはしなかった。
「この人たちがクロノさんの師匠」
 思わず信じられないとあかねが呟いても、クロノに対する責め苦は続いていた。
「うりうり」
「わあ、ああ。アリア、これを何とかしてくれ!」
「久しぶりなんだし、好きにさせてやれば良いじゃない。それに、まあなんだ。まんざらでもなかろう?」
「そんなわけが」
 その呟きを最後にクロノはロッテに押し倒され、発言権さえも奪われていった。
 あかねはユーノと一緒に普段見たこともない様なクロノの取り乱しっぷりに、言葉を失うしかなかった。
 なかったのだが、あかねには目の前で繰り広げられる光景に耐えられなかった。
 両手で耳を塞ぎ瞳を閉じて、天井へと向けて叫ぶ。
「嘘だ、あのクロノさんが女性の胸に顔をうずめて喜んでるなんて嘘だ。クロノさんは、絶対にそんなことで喜ばない!」
「あかね、それはそれで語弊があるから大きな声で叫ぶな!」
「じゃあ喜んでるんだな。素直に言えば何時でも触らせてあげるのに」
「喜ぶとか喜ばないとかじゃなく、まずは抱きつくのをやめろ!」
 尊敬する人の見たこともない痴態に、あかねは心に負った傷を無理やり治す様にぶつぶつ呟き続けていた。
「そうだ、師匠だから逆らえないだけで。普段のクロノさんが、本当のクロノさんなんだ。今のクロノさんは、普段のクロノさんとは別で……」
「あかね、それってもはや尊敬じゃなくて、神聖視してるようなものだよ」
 ユーノの突っ込みも今は遠く、あかねに届くようなことはなかった。
 まだまだロッテによるクロノへの洗礼は終わらないようで、苦笑しながらエイミィがアリアへと話しかける。
「リーゼアリア、お久し」
「うん、お久し」
「リーゼロッテも相変わらずだね」
「まあ、我が双子ながら時々はかりしれん所はあるね」
 やはりこれが何時ものことなのか、エイミィが傍観に入ったことで誰もロッテを止める者はいなくなってしまう。
「ご馳走様」
 何処か満足そうに口元を拭う仕草を見せたロッテが特に印象的であった。
 ロッテが落ち着き、クロノがキスマークに溢れた顔を洗ってきてから、各々がソファーへと腰を落とした。
 クロノから二人へと伝えられたのは、現在受け持っている闇の書事件について。
 未だ尻尾を掴ませない闇の書の主と、一筋縄ではいかない守護騎士たちについてであった。
 決してはやての名前が出ることはないと思いながらも、あかねにとってはハラハラし続けさせられていた。
「う〜ん、なるほど。闇の書の捜索ね」
「事態は父様から伺ってる。出来る限り力になるよ」
「よろしく頼む」
 素直に頼り軽く頭を下げたクロノを見て、本当に師匠なのかと思いなおしているとエイミィに対するユーノの耳打ち声がかすかに届いた。
「エイミィさん、この人たちって?」
「クロノ君の魔法と近接戦闘のお師匠様たち。魔法教育担当のリーゼアリアと、近接戦闘教育担当のリーゼロッテ。プレシアさんの監察官を務めているグレアム提督の双子の使い魔。見ての通り、素体は猫ね」
「狼とフェレット以外の使い魔って、初めて見ました。素体そのものの優劣はあまり関係ないんですね」
「だから僕は使い魔じゃないっての、ちゃんと駐屯所に自分の部屋だってあるんだ。アリサが怖いからだけど」
 ひそひそ話が聞こえたのか、ふいにロッテが振り返り怪しげな笑みと共に手を振ってきた。
 先ほどクロノが襲われた一幕の後で、ネズミと言われたユーノは特に顔を引きつらせていた。
 以前にもすずかの家で子猫のアインに襲われたりしたこともあって、ユーノにとって猫はある意味トラウマの生物である。
 振り替えした手のリズムも何処かぎこちなかった。
「二人に駐屯地方面に、来て貰えると心強いんだが。今は仕事なんだろ?」
「武装局員の新人教育のメニューが残っててね」
「そっちに出ずっぱりにはなれないのよ、悪いね」
 やはり師匠だからか、信頼の見えるクロノの言葉にアリアもロッテもすまなそうに断りを入れてきていた。
 クロノも二人が忙しいのはわかっていたのか、今日訪ねた本題を口にした。
「いや、実は今回の頼みは彼らなんだ」
 ネズミ呼ばわりが後を引いているのか二人の視線を受けてユーノは及び腰であったが、あかねは逆に胸を張って姿勢を正した。
「まずはユーノ。彼の無限書庫での調べものに協力してやって欲しいんだ」
「それはまた難儀なお願いね」
「で、そっちの子は?」
 一つ目のお願いに深く頷きながらも、ロッテがあかねを見て先を促した。
「彼の方が簡単だ。出来るだけ短時間で鍛え上げて欲しい」
「クロスケ、それ本気で言ってる?」
 ユーノに関するお願いにしても驚いた表情を見せた二人であったが、あかねに関するお願いにはそれ以上に驚いた顔をされた。
 確かに図書館での調べものよりは手がかかるだろうがと思ったあかねであったが、その意志があると頭をさげた。
「お願いします。今は出来るだけ、力が欲しいんです」
「嫌がっているとか、そういうことではないの。当たり前のことだけれど、人が成長するには時間がかかるわ」
「言いたくはないけれど、父様が見込んだクロスケでさえ半年と言う期間で教え込んでいったのよ。よ〜く覚えてるでしょ」
 今度は怪しげな視線をロッテがクロノへと向けると、沈痛な面持ちでクロノは呟いていた。
「アレは地獄だった。けれど、同じことを頼みたいわけじゃない。彼は独学以前に、実戦しか体験したことがない。さらには半年もの間、魔法を使ってこなかった。今回は勘を取り戻すのと同時に、基礎だけを教え込んで欲しい」
「短期集中ね。死ぬほど基礎を叩き込めというなら、出来ないこともないわ」
「無限書庫の使用申請には少し時間がかかるから、まずはクロスケが保障した腕前でも見せてもらいましょうか」





 先に無限書庫と言う図書館の申請を終えてから、あかねたちは本局内にある訓練場へと場所を移していた。
 本格的な訓練を想定した場所ではなく、本局勤めの人間の運動不足を解消する一種運動場でもあった。
 そんな裏話はさておいて、腕を組んで待っているロッテを前に軽い屈伸運動をしていたあかねは大事なことを忘れていた。
 それに気付いたのは、一番最初にあかねにデバイスを贈ったユーノであった。
「あかね、当然過ぎて誰も突っ込まなかったんだけれど。デバイスは持ってるの?」
「当たり前じゃないですか。アリシアならここに……アレ?」
「どうしてこう……君は、肝心な所が抜けてるんだ」
 ユーノに言われて持ち上げた右腕にはアリシアの姿はなく、慌てて確かめた胸元にも、もちろんない。
 昨晩にフェイトに預けてから、ずっと返してもらうのを忘れていたのだ。
 と言うよりも、本来今日は平日であり、フェイトは学校へと行ってしまっていたのだ。
 今頃アリシアは妹と一緒に授業を受けて、ご満悦な頃だろう。
 これから師事を乞うというのに、まさかデバイスを持ってきていないとは、自分でも思いもしなかった。
 恐る恐るロッテに振り返ってみれば、思い切り良い笑顔であった。
「良いのよ。あとでたっぷりねっとり、教えてあげることにするから。気にしちゃいないわ」
 ただし、それがただの笑顔ではないことは、ひくついている額が教えてくれていた。
「教導にデバイスを忘れてきた子は、初めてね。クロノ、さすがに可哀想だから貸してあげなさい」
「確かに、念を押すのを忘れた僕も悪いか。あかね、使え」
「良いんですか?」
「ああ、名前はS2Uだ。君が使える魔法のうち魔力増幅以外は入っている。それとストレージデバイスだから、インテリジェントデバイスとは多少勝手が違う、気をつけろ」
 投げつけられたカードを受け取り、あかねは起動の掛け声をあげた。
「ストレージ、意志を持たない代わりに演算処理が早いタイプ。S2U、セットアップ」
「Stand by ready. Set up」
 ゴールデンサンともアリシアとも違うセットアップの声に戸惑いながらも、あかねの体が白光の中に隠れていく。
 だが次にあかねが光の中から姿を現した時には、やはりと言うかいつもの黒シャツと黒い半ズボン、そして黄金色のコートであった。
 クロノのデバイスであるS2Uを持ってしても、そこは変えられなかったようだ。
「キラキラ、目が痛い。アリア、やっぱり変わって」
「私だって嫌よ。頑張りなさいな。それにしても、センスを疑うね」
 そしてあかねのバリアジャケットに対して、初見の人が抱く感想も変えられなかった。
 特に猫が素体の二人にとっては眩しすぎるあかねのバリアジャケットは、少々目に毒だったようだ。
 ロッテが少し泣きそうになりながらギブアップを宣言していたが、アリアに笑顔で断られていた。
「仕方がないにゃ、早く終わらせて脱がせてやる」
「よろしくお願いします!」
 ロッテが軽く地面を蹴って身軽に跳ね始めたのを見て、あかねは一礼してから杖となったS2Uを構えた。
 なのはと違い武器がずっとフィンガーレスグローブだったあかねは、杖の使い方など全く知らない。
 それでも問題ないことは本人を加え、ユーノもクロノも知っていた。
 目の前で楽しそうに跳ねていたロッテが、霞むように消えた。
 近接戦闘担当、その言葉を念頭においていたあかねは、特に驚く様子は見せずロッテが接近するその時を待っていた。
 たった今ロッテが見せたような高速移動は、あくまで移動専用でその勢いをそのまま攻撃に乗せると、自身もしくはデバイスを破壊しかねない。
 必ず勢いを衰えさせる一瞬が存在し、その前兆があるはずであった。
「ふうん、実戦を体験ってのは本当みたいね。普通の新人はロッテの高速移動に、まずうろたえるものなんだけど」
「AAAランクまでの魔導師との戦闘経験もある。経験だけはそれなりにあるんだ」
 少し驚いた様子のアリアと、補足を入れたクロノの会話の後、訓練場の床を強かに蹴りつける足音が響いた。
 それに反応したあかねは身を振り返らせると同時に、S2Uを薙ぐように振りぬいた。
 展開されるのは太陽に似た光を放つ魔法陣、魔力の盾であった。
「Round shield」
 防御魔法の上にロッテの拳が突き刺さり、魔力の火花を散らしていく。
「そ〜れ、もういっちょ」
 一撃では少し足りなかったかと、ロッテはもう一度身をひねって拳を叩きつけたが結果は変わらなかった。
 飛び跳ねる魔力の火花が増えるのみで、あかねの防御魔法はびくともしなかった。
 高速移動に騒がず冷静に対処したあかねの姿と、防御魔法の硬さにロッテの瞳が輝いた。
「凄い、凄く面白いよ君。良い玩具になりそう」
 本気でそう考えていそうな瞳を細めると、ロッテは力押しを諦め再び高速移動で姿を消した。
 が、今度はさほど間を取ることもなく、あかねの真横に姿を現していた。
「速すぎる!」
「Round shield」
 振り上げられる拳に対し、合わせるようにS2Uを振り向けた。
 やや展開が遅れたが、今度もまたロッテの拳はあかねの防御魔法により止めることに成功する。
 だがそこまでであった。
 攻撃を受け止めたと思ったのも束の間、ロッテは直ぐに高速移動で防御の手薄な背後へ回り込んだりと止めきることができない。
 ロッテが回りこむ、あかねが防御魔法で防ぐと同じような光景が幾度か続いていく。
 そのうちにロッテが足は止めないまま、怪訝そうな表情を浮かべていた。
 もちろん端から見ていたアリアも、同じことには気付いていた。
「変な子。こういう場合には、牽制でもして相手の足を少しでも鈍らせたり、距離を取ったり色々あるのに。肝は据わってるのに基本がなってない」
「それだけじゃないんです。あかねは、その性格から攻撃魔法が使えない。自分で欠陥魔導師って呼んでるほどに」
「どういうこと?」
「言葉の通りだ。彼は攻撃魔法を使えない代わりに、チームの中で敵の攻撃を受け止める囮と言う役割を負って来た。根本的に、彼は個人戦に向いていない」
 あかねには大抵の攻撃を受け止められる防御魔法があるが、そこから何かアクションを起こすことは絶対にできない。
 相手を制するために攻撃魔法で気絶させるといった、魔法の戦闘で重要な手段を行使する力が欠けているのだ。
 攻撃魔法の使えない、欠陥魔導師。
 一対一の状況では、相手の魔力が切れるまで耐えるという何よりも難しい戦い方を強いられる。
 そしてあかねは誰かを守ることによってのみ本来の魔力を発揮し、他の魔導師と組むことでのみ力を発揮するタイプである。
 向き不向きを言う以前に、絶対に一人で戦闘を行ってはいけないのだ。
「これはまた……教えるのが難しい子の訓練を申し出てきたわね。ほら、ロッテもそろそろ飽きてきた」
 アリアの言葉通り、あかねが反撃に出られないことに気付いたロッテは足を止め完全な攻撃一辺倒へとスタイルを変えていた。
 目の前で絶えず連撃を行い、プレッシャーを与えつつ防御魔法を使い続けさせる。
 防御魔法を一瞬展開することや、一定量の魔力を攻撃に回すといった使い方であれば、直ぐに疲れることはない。
 だが魔法と言う形に形作ってはいても、垂れ流しに近ければ話は別である。
 言うなれば息を吐き続けたり吸い続けたりするのと同じで、いつか限界が訪れる。
 それが今のあかねの限界かと、最初から見えていた勝敗だけにクロノもユーノも特別驚きはしなかった。
「それに、しても良く粘るわね」
 勝敗は既に決し、後はあかねが息切れを起こすのを待つだけであるはずなのに、その時間が長いとアリアが呟いた。
 呆れの混じった呟きではあったが、ユーノとクロノの二人にあることを気付かせる切欠ともなった。
「あかねってこんなに魔力が大きかったっけ? なのはに比べたら見劣りするレベルだったはず」
「馬鹿な、あかねはAマイナーランクの魔導師だったはずだ。だがこの大きさはAマイナーじゃない。AA……いやAAAはあるぞ。今この状態で誰かを庇ったら、何処まで魔力が伸びるんだ?!」
 二人の驚きをよそに、ロッテによるお試し訓練は継続中であった。
 あかねに息をつく間を与えないロッテの連続攻撃。
 だがロッテの思惑は大きく外れ出し、あかねより先に自分の方が疲れが見え始めると言う結果となっていた。
 すぐ終わるだろうと見込んでいただけ、あかねの粘りにロッテが追いすがれなくなっていたのだ。
 だがそれでもロッテは、指導教官を務めるほどの使い魔である。
 訓練さえ受けていない、しかも攻撃を全く行わない相手に撃ち負けるわけには行かないと、ことさら拳を強く握り締め渾身の一撃を放つ構えに入った。
 こぶしに貯められた魔法は、バリアブレイク。
 相手を打ち倒すことよりも、相手の防御魔法を砕くことに主眼を置いた一撃。
「いい加減、殻に篭もるのはやめなさいってば!」
 ロッテのバリアブレイクがあかねの防御魔法へと叩きつけられる瞬間、何の前触れもなく防御魔法が消えた。
 最初から防御魔法へと目掛けて打ち出していた拳は、あかねには届かずその鼻先を掠めるように過ぎ去っていく。
 渾身の力を込めた盛大な空振り、大きく体を振り回されたロッテへとあかねが飛び出し手を伸ばした。
 攻撃魔法は出来なくても、そのまま組み伏せて終わらせるつもりか。
 だが魔力を放出し続けた手前、それは決して素早い動きとは言えなかった。
 あかねの手が届くよりも先に、空振りした手に振り回されていたロッテが、回り続ける体を逆に利用して片足を軸に体を一回転させた。
「ふんッ!」
 鎌のように刈り取る動きで、ロッテの踵があかねの横腹へと突き刺さる。
 訓練場の床が凹み、震えるほどに強くあかねは叩きつけらた。
 体と床の衝突には信じられない程に大きな音が鳴り響いたのに、あかね自身は悲鳴一つ上げることもなかった。
 完全に気を失っているようで、指先一つ動く気配がない。
「ふぃ……焦った、焦った。この子の相手、疲れるわ」
 冷や汗まじりに、良い汗かいたと一息ついたロッテは指導教官の面目躍如とばかりに笑顔を皆に見せたが、返って来たのは双子の姉妹の冷たい眼差しであった。
「ロッテ、さすがに今回ばかりはフォローできないわ。足元、見てみて」
「足、もと? うわッ、ごめんやりすぎた。悪くないよ、私は悪くないよ!」
 自己弁護を繰り返しながらロッテが倒れているあかねを抱き起こしてみれば、気を失うだけに留まらず口からあわをふいていた。
 全くの無防備状態で、盛大な空振りの遠心力を加えた踵が腹にめり込み、かつ床にたたきつけられたのだ。
 あかねの防御力が高いと言ってもそれは魔力の話で、肉体的にはその辺の子供と変わらない。
「衛生兵、衛生兵!」
「まったく、落ち着きなさい。ほらその子かして。これに懲りたら、格闘戦だけじゃなくて簡単な回復魔法ぐらい覚えなさい」
 とりあえずは訓練を行う上での師弟関係には問題なさそうだと、アリアに膝枕されるあかねを見てクロノは一息ついた。
 ロッテの踵が突き刺さった時はひやりとしたが、アリアが慌てない所を見ると緊急性はないようである。
「そにしてもブランクから魔力が低下を見せるならまだしも、なんだあの増加率は。普通じゃない」
「あ、確かアリシアさんがあかねの魔力は半年経っても乱れたままだって。一度プレシアに相談した方が良いんじゃ。ジュエルシードについて誰よりも詳しいのはあの人だと思うし」
「そうだな。何も報告がなかったが、本人も調べるとは口にしていた」
 一度訪ねて途中経過ぐらいは耳にしておこうと、クロノは今後の予定に一つ加えておくことにした。


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