壁が破壊され、大穴が空けられたビルの一室。 なぎ倒されたデスク共々埋もれていたなのはを抱き起こし、支えたのはユーノであった。 その少し手前ではなのはを守る様に、バルディッシュから魔力の刃を生み出したフェイトが立ちふさがっていた。 放電の唸りを上げるバルディッシュを真っ直ぐに謎の少女へと向け、これ以上の狼藉を許さないとばかりに突きつける。 少女もまた鉄槌の様なデバイスを掲げながら警戒をあらわにし、互いに睨み合い続けていた。 敵意はともかくとして、まだ決定的な行動を行わない少女へとフェイトが先に勧告の言葉を述べた。 「民間人への魔法攻撃、軽犯罪ではすまない罪だ」 「なんだてめえ、管理局の魔導師か?」 管理局かと当たりをつけながらも、怯まず凄む少女は肝が据わっていた。 「時空管理局、嘱託魔導師。フェイト・テスタロッサ。抵抗しなければ、弁護の機会が君にはある。同意するなら武装を解除して」 「誰がするかよ!」 フェイトの言葉は届かず、少女は後ろへと跳び退り、そのままビルの外へと飛び出していく。 投降はなく、戦闘は避けられないと判断したフェイトは、振り返らずに言った。 「ユーノ、なのはをお願い」 「うん」 頷きを確認する間もなく、フェイトは赤毛の少女を追って自身もビルを飛び出し舞台を空へと変えてく。 傷つき動くこともままならなかったなのはは、飛び出していったフェイトを心配そうに見送りながらも、傍らに寄り添うユーノへと気になることを尋ねた。 自分が狙われる覚えはないのだが、結界を張られた後の襲撃を考えると狙われたのは間違いない。 そして海鳴市には自分以外にも、もう一人大きな魔力を持っている魔導師がいるのだ。 「ユーノ君、あかね君は?」 「わからない。今アルフがあかねの家に様子を見に行ってる。なのはの方が急を要する事態だったから」 あかねの安否については今は保留にしながらも、ユーノは手をかざし、回復魔法の光でなのはの体を覆い始めた。 「フェイトとプレシアさんの裁判が終わって、フェイトは無罪が、プレシアさんも有罪ながら、ジュエルシードやその他のロストロギアの情報提供、管理局の研究の従事などから減刑が決まったばかりだったんだ。それで皆でなのはに連絡しようとしたら、通信は繋がらないし。局の方で調べたら広域結界は出来てるし。だから慌てて僕たちが来たんだよ」 「そっか。ごめんね、ありがとう」 「あれは誰、なんでなのはを?」 「わかんない、急に襲ってきたの」 戸惑いを含んだなのはの言葉を聞いていたのは、隣にいたユーノだけではなかった。 なのはとユーノがいる部屋のすぐ外の廊下、そこに隠れていたアリシアもまた二人の話を聞いていた。 フェイトの無罪と、母であるプレシアの減刑には特に耳をそばだて、聞き取ると同時に大きく胸をなでおろしていた。 「お母さん、体の方どうなったのかな?」 出来ることならば今すぐにでも部屋に駆け込んで、詳しい話を尋ねたい。 そんな欲求をグッと飲み込み、アリシアは後ろ髪を引かれる気持ちでその場を離れていった。 理由は様々とあるが、廊下の窓から空を見上げてみれば、フェイトが謎の少女と向かい合い戦闘を開始し始め様としていたからだ。 特徴的な三角形の魔法陣を足場に立って待っていた少女へと近付いていったフェイトは、バルディッシュを頭上で旋回させると魔力の刃を投げつけた。 三日月の刃が方円に見えるほどに、高速に回転しながら少女を襲う。 対する少女は指の間から鉄球の様なものを取り出し宙に放り出すと、デバイスに纏わせた魔力により打ち出した。 互いに非干渉のまま通り過ぎる三日月の刃と数個の鉄球。 すぐさま回避を選択したフェイトへと追尾性能を発揮してた鉄球が追い、防御を選択した少女は魔力の刃をいなし払おうとしていた。 先に自由の身になったのは少女の方であった。 三日月の刃を防御魔法にして方向をそらしやり過ごすと、逃げに徹し続けるフェイトを見上げた。 だがフェイトもまた逃げ切れないと判断して、数個の鉄球をあらたな魔力の刃にて斬り裂き破壊する。 飛び道具に決定打となる力がないことを互いに察したのか、じりじりと距離を縮めそれぞれの獲物を手に突っ込んでいった。 「フェイト、お姉ちゃんに何かできることないのかな?」 胸に手を当てて心配そうに呟くアリシアであったが、二人の戦いに何処か腑に落ちない点があることに気が付いた。 管理局の嘱託魔導師であるフェイトが、少女を確保する為に多少なりとも手加減することは解る。 だが相手の少女もまた、何処か加減をしているように見えたのだ。 そんなことはありえないと思いつつも、アリシアは移動を始めた。 廊下を半周してビルの裏手に出ると、そのまま窓を開けて空へと身を躍らせる。 出来るだけ魔力を小さく抑えながら、フェイトが戦っている戦闘地点を中心にビル群を大きく回り込んでいく。 そのうちに目の前に現れたビルの屋上、貯水槽の影に隠れて再び戦闘に見入った。 鎌と鉄槌と武器は違えど、何度か切り結ぶフェイトと少女。 フェイトは段々手加減が必要な相手と理解し始めていた様だが、何故か少女の方は拮抗した状態であっても何か手を出しあぐねていた。 躊躇いにも似た、妙なぎこちなさが見て取れた。 「あれなら、私でも援護ができる。フェイト、もう少しだけ待ってて。お姉ちゃんが決定的な隙を作ってあげるから」 空から一度視線を下ろしたアリシアは、自分の手の平の中に小さな魔力の光を生み出していった。 魔力が形を持ち、生成されたのは一振りの光のナイフであった。 ゴールデンサンとしてアリシアが持つ唯一の攻撃魔法、あかねの手により何度も不発に終わった不遇の魔法である。 光のナイフを作り終えると、アリシアは再び空を見上げた。 フェイトの速さになかなか付いていけず、防戦が多くなった少女を睨み、その時を待つ。 「ぶっ潰したら意味がねえからって、手加減してたのに。もう止めだ。大怪我ぐらい覚悟しろ!」 不可解な台詞を少女が叫び、交差する様に斬り結んだ直後で背を向けていたフェイトへと振り返る。 そのまま追いつこうと、鉄槌を振りかぶり駆けた。 今しかないとアリシアは感じた。 フェイトは自分に対して背を向けているし、少女の瞳にはフェイトしか映っていない。 ずっと隠れていた貯水槽から飛び出し、アリシアは手にしていたそれを投げつけた。 「貫け光の刃、シャインナイフ!」 夜と広域結界の二重の闇を、一本のナイフが一条の光を生み出しながら切り裂いていった。 フェイトへと向けて駆けていた少女の目の前をシャインナイフが駆け抜け、釣られるように少女の瞳が投擲元であるアリシアへと向けられた。 「うおッ、誰だ!」 守護獣の人に睨まれた時ほどではないが、少女の眼光に気圧されたアリシアは息を呑んだ。 そのアリシアへと目標を変えて少女が追いかけようとしたが、現時点で相手が二人となったことを忘れていたようだ。 少女の両手、両足に絡みつくように放電を行う光の輪が締められていた。 「ライトニングバインド、終わりだね」 「あ、この野郎。ん、グッ。放せ!」 もがく少女へから一度視線を外したフェイトが、先ほどの援護が誰であったのか確かめようと、やや下方になるこちらへと振り返る。 相手がフェイトであっても慌てて逃げ出したアリシアは、貯水槽に隠れて、そのままビルの屋上へと降りると扉からビルの中へと入っていった。 フェイトには会いたいし言葉もかわしたいが、あかねをこれ以上魔法に関わらせるわけにはいかない。 まだ未熟ながら、二代目ゴールデンサンとして守るべきものは守った。 そんな充実感に浮かされながら、ビルの廊下からアリシアは少女を捕まえたフェイトを今しばらく見守ることにした。 探し人が見つからないままフェイトは首を傾げていたが、直ぐに目の前の少女に視線を戻していった。 バインドに縛られ身動きのとれない少女へとバルディッシュを突きつけ、今度は勧告ではなく尋問を行う。 「名前と出身世界、目的を教えてもらうよ」 歯噛み悔しげに唸る少女へと、フェイトがもう一度見せ付けるようにバルディッシュを掲げる。 その姿が妹ながら格好良いと、すっかり一段落した気持ちでアリシアが呆けていられたのも一瞬のことであった。 フェイトの真下、死角から急上昇してくる女性の姿。 あかねを魔法に関わらせたくないと言うこだわりを持ったアリシアに、緊急の念話をフェイトへと送ることは出来なかった。 新たに現れた女性がとてもデバイスに見えないような剣でフェイトへと斬りかかり、防御したバルディッシュごと吹き飛ばす。 「フェイト!」 吹き飛ばされながらもフェイトは、バルディッシュに生み出していた三日月の刃を現れた女性へと投げつけた。 追撃と救出の封鎖、咄嗟の判断ではあったろうが、これで直ぐに少女のバインドは解かれずに済むはずである。 だが新手は女性一人だけではなかった。 唸りを上げる三日月の刃が向かう女性の前に飛び出したのは、立派な体躯と獣の耳と尻尾を持った男性、守護獣を名乗る人であった。 白い魔力によって生み出された防御魔法の硬さの前に三日月の刃は勢いを削がれるままに砕け、女性が剣を頭上高く掲げる。 そして何事か呟くと、柄の根元にある機具がスライドし、蒸気を吐き出す。 アリシアの知識の中にないそれがどんな意味を示すのかは不明であったが、効果は一目瞭然であった。 高まる女性の魔力が剣へと流れ込み、炎を吹き出し刃に絡ませた。 アリシアには見ている事しか出来なかった。 つい先ほど手にしたばかりの達成感と自信にひびが入ろうと、見ているだけしか出来なかった。 体勢を立て直したばかりのフェイトへと斬りかかる女性、剣の刃をバルディッシュの柄で受け止めるもそのまま両断されてしまう。 いくら魔力を帯びた剣の刃であっても、同様にバルディッシュにもフェイトの魔力が通っている。 単純すぎる魔力負け、顔色を驚愕に染めるフェイトへと女性が第二撃を繰り出しバルディッシュの防御魔法の上から剣を叩き込む。 「もう、やめて。フェイトが死んじゃう!」 思わずビルの外へと飛び出そうとしたアリシアの叫びも虚しく、フェイトは直下のビルの屋上へと叩きつけられそのまま天井を突き破っていく。 数秒、数分待ってもコンクリートが砕けたことによる排煙の中からフェイトが飛び出してくることはなかった。 胸が痛く張り裂けそうになったが、それを超えるもどかしさと至らなさの方が大きかった。 大切な妹一人守れず、何が二代目ゴールデンサンか。 あかねを魔法に関わらせたくないと拘っている場合ではないと、アリシアはビルの中を走りフェイトが落とされたビル目掛けて移動を始める。 力及ばずとも、守ると決めたのなら退かない。 確かに意図せずして受け継いだゴールデンサンの名前だが、この時初めてアリシアはゴールデンサンの意味を理解した気がした。 力の上下など、ゴールデンサンとしての意志に何一つの障害とならないではないか。 未熟な魔導師、だからどうした。 あかねとてかつては攻撃魔法の使えない欠陥魔導師であったにも関わらず、皆を守り続けた。 守りたいと思ったのなら、守りたいと決めたのなら全力で守り通す。 そう心に誓い眼差しを強くしたアリシアであったが、直ぐ横の壁に突然亀裂が走る。 「見つけたぞ。そんなところでこそこそ隠れて……って、滅茶苦茶派手な格好じゃねえか。隠れる気あんのか!」 亀裂が穴となり、そこから飛び込んできた少女が叫び、鉄槌のデバイスを掲げ振り下ろしてくる。 先ほどまでの自分なら驚きに身を固め、何故見つかったのかと思うだけで何も出来なかったことだろう。 だが守ると決めた今は違うと、アリシアは少女から目をそらさず手の平を向けた。 「ラウンドシールド」 金色の魔力が生み出す方円の魔法陣によって鉄槌を受け止め、押し返す。 「馬鹿にしないで。こんな格好良いバリアジャケットが、他にあるわけないでしょ。お気に入りなんだから!」 「格好良い騎士服ってのは、あたしのみたいなのを言うんだよ。覚えとけ」 「何よ、そっちこそ真っ赤なドレスで場違いなのよ。それに帽子のうさぎがとっても子供っぽい」 「ガキに言われたかねえ!」 それは言ってはいけない言葉であったのか、目の前で鉄槌を握り締めている少女の目が据わる。 アリシアの防御魔法によって弾かれた鉄槌を再度振り上げ、今度こそとばかりに振り下ろしてきた。 「ぶち抜けッ!」 少女の鉄槌の威力に押し負け破られるより先に、小柄なアリシアの体が吹き飛ばされていた。 狭い廊下でのことであり、すぐそばにあるのは壁である。 アリシアは平衡感覚を失った体を何とか立て直し、コートから炎を噴出させた。 「プロテクション、それとジェットフライヤー!」 言葉にし魔法を構成すると、球体の防御魔法が体全体を包み込み、なぎ倒された勢いのまま壁を貫きビルの反対側まで飛び出していく。 空へ飛び出したアリシアを直ぐに少女が追ってくるが、思考に時間をあてられないほどではなかった。 三人いたうち、一人がこちらへと来たと言うことはフェイトへは残り二人が向かったはずだ。 だがなのはの治療をしていたユーノが加勢すれば、まだ絶望的な戦力差ではない。 今自分がフェイトの為にしてあげられることは、とにかく目の前の少女をフェイトの方へ行かせないことである。 「逃がすか、アイゼン!」 「Schwalbe fliegen」 少女の手の中に生まれた鉄球が、鉄槌により文字通り打ち出される。 フェイトはそれをバルディッシュで斬り裂いたが、アリシアは近接戦闘用の武器がないし、シャインナイフで器用に撃ち落すことも出来ない。 かと言ってフェイトでさえ逃げ切れなかった追尾性能を持つ鉄球から、逃げ切ることは叶わない。 「逃げ切れないのなら……大丈夫、出来る。私はアリシア・ゴールデンサンだから!」 そう叫んだアリシアの次の行動を目の当たりにして驚いたのは、鉄球を打ち出したはずの少女であった。 アリシアはその場に立ち止まると、向かってくる鉄球を前に馬鹿正直に両の手の平を向けて受け止める格好を取ったからだ。 展開された防御魔法の上から複数の鉄球がほぼ同時に着弾していき、魔力同士の衝突による爆煙を空に上げた。 その爆煙の中から真下に飛び出したのは、鉄球を受け止めたものの衝撃に気を失ったアリシアであった。 『そこで戦っている人、聞こえますか?』 さすがに決意のみで実力は挽回できなかったアリシアを起こしたのは、決意を向けた妹からの念話であった。 意識を取り戻して直ぐに確保の為か、こちらへと近付いてくる少女が視界に映り、手の平を向ける。 「貫け光の刃、シャインナイフ」 「ちぇ、気を吹き返すのがはええ。どんな体してやがるんだ」 威力があまりないことを見抜かれたのか、鉄槌の一振りであっさり破壊されるが、少しの足止めには十分であった。 少しの間を置いて、視線で少女と牽制しあう。 『聞こえているよ、フェイト。どうしたの?』 『その声、アリシア? それじゃあさっき助けてくれたのは、でもあの、どうして隠れて』 返答を返したアリシアの声に当然ながらフェイトが驚き言葉を詰まらせるが、今は他になすべきことがあった。 『お話は、後だよ。何か言うことがあったんでしょ?』 『う、うん。もう直ぐアルフが戻ってくるから、ユーノと協力して結界の中から転移して脱出するよ。それまでそっちの子、お願いできる?』 『私はフェイトのお姉ちゃんだよ。大事な妹のお願いは断らないよ。皆が無事に脱出したら、一杯お話しようね』 『わかった。アリシアも気をつけて』 念話を終えると改めて、鉄槌を掲げ突撃してくる少女へと意識を集中して目の前に防御魔法を展開する。 「今度こそ、完璧にぶち破ってやる。覚悟しろ」 「破っただけで勝てると思わないで、私はゴールデンサンだよ。例え破られても落とされても、また上る」 「意味わかんねえよ。鉄槌の騎士にぶち破れないものは、ねえんだ!」 「だからぶち破っても、また上るから関係ないの! アンプリファイ、アリシア・ゴールデンサン」 何処か同レベルの口喧嘩を行いながらアリシアは少女の鉄槌、もしくは打ち出される鉄球を受け止めていった。 足りない実力は、増幅魔法で自身の能力を底上げし、埋め合わせていく。 フェイトが直ぐと言うからには、転送までそれほど長い時間はかからないだろう。 幸運にも相手の少女は小細工が苦手のようで真正面から殴りかかるタイプであり、同じく真正面から受け止めるタイプである自分には相性が良い。 実力が拮抗している間は、ずるずると勝負が長引くはずだ。 そう思った矢先のことであった。 少し遠い空にいるフェイトが弾き飛ばされ、ビルに激突する様が目に映った。 体が勝手にフェイトを目で追い、思わず助けに行こうと目の前に居る少女から体までもを背けてしまう。 「フェイト!」 「余所見してんじゃねえ!」 「きゃあぁッ!」 少女の言う通り余所見のせいで反応が遅れたアリシアは、鉄槌の一撃を受けてフェイトと同じようにビルへと向けて吹き飛ばされた。 ビルに激突する瞬間に防御魔法で体を覆ったが、全てのダメージを緩和することは到底不可能であった。 瓦礫に埋もれた体を起こし、痛みを耐えながらもう一度空へと飛んだアリシアにユーノの念話が届く。 『転送の準備は出来てるけど、空間結界を破れない。結界の基礎構造がミッドチルダのものじゃない。今ここにアルフがいたとしても、破れるかどうか』 その念話を聞いていた誰もが、同じことを思っていた。 自分がなんとかしないとっと。 アリシアもそう思っていたが、目の前の少女を相手にするだけで精一杯でこれと言った手が思い浮かぶことはなかった。 焦りから注意力が散漫になり、少女の攻撃が受け止めきれなくなってくる。 そんな時に感じた膨大な魔力の増大は、なのはのものであった。 『フェイトちゃん、ユーノ君、アリシアちゃん。私が結界を壊すから、タイミングを合わせて転送を。スターライトブレイカーで撃ち抜くから』 唯一戦闘に参加していなかったなのはからの念話、それは後手後手にまわった状況での光明であったはずだ。 だと言うのに、アリシアは素直に喜ぶことが出来なかった。 念話の発信先へと振り返ってみれば桃色の巨大な魔法陣が出現し、その中心に集束された魔力が集まり始めていた。 膨大な魔力の集束に気付いた少女が邪魔をしようと駆ける目の前へと立ちふさがりはしても、胸に残るしこりがとれなった。 「邪魔だ、どけ。グラーフアイゼン、カートリッジロード!」 「Explosion」 叫んだ少女に答えるように鉄槌の先端が柄の中に吸い込まれ蒸気を噴出す。 「Raketenform」 鉄槌の先端部分が変化し、ロケットブースターと反対側には尖った突起が現れた。 より貫通能力を高めたのか、気を抜くなと自分を叱咤しても、自身に嘘は通じなかった。 「ラケーテンハンマー!」 「やだよ、こんな気持ち。認めたくない、認めたくないのに!」 鉄槌のデバイスから炎を噴出させ、加速しながら向かってくる少女を止めようとするが、防御魔法の展開が遅い。 心のどこかでなのはが光明を見出すことに、なのはが状況を打破するキーとなることに拒否反応が出ていた。 吹き飛ばされることはあっても、ずっと少女の重い攻撃を受け止め続けてきた防御魔法がいとも容易く撃ち砕かれる。 これには相手の少女もなさすぎる手ごたえに驚いていたようだが、アリシアは撃ち砕かれた勢いのまま流されていく。 「ってしまった、そっちにはシャマルが!」 少女の叫びが遠くに聞こえていく中で、アリシアは周りのビルに比べ幾分背丈の低いビルの屋上へと叩き落された。 よろめきながら立ち上がったそこは、なのはがスターライトブレイカーを使おうとしていたビルの直ぐ近くであった。 そしてすぐそばには若草色の法衣をまとった女性が、デバイスが生み出すエメラルド色の鏡に手を突き入れていた。 「外しちゃった」 焦りを含んだ声で呟いた女性と、目が合う。 「え、嘘。どうしたら。私、戦うことなんか?!」 デバイスが生み出した鏡の向こう側に女性の手はない、女性の手は空間を隔ててなのはの胸に突き出ていた。 状況がわからない、わからないが外したという言葉からまだ間に合うのであろう。 「動かないで、その手を。光の」 目の前の女性はなのはを攻撃しようとしている、ならば止めなければならない。 当たり前だ、なのははあかねの大切な、大切な。 「光の」 目の前の景色が滲み、直ぐそこにいる女性を見失ってしまいそうになる。 この攻撃は外せない、だと言うのに見えなくなってしまう。 代わりに頭に浮かんでくるのは、本当に自分はあかねと魔法を関わらせたくなかったのだろうかと言う疑問であった。 本当はあかねが魔法に関わることで、記憶が戻ることを恐れていたのではないのか。 記憶が戻ったあかねがなのはへと向けて、笑う。 その想像がアリシアの胸を大きく貫いていた。 「太陽のお兄ちゃん、私ゴールデンサン失格だよ。私はあかね君を守りたかったんじゃない。なのはちゃんから、遠ざけたかっただけだった」 女性へと向けた手のひらが落ちる、見てみぬ振りを決め込んでしまう。 「よくわからないけれど、いまのうちに。リンカーコア、捕獲。蒐集開始」 「Sammlung」 女性のデバイスとは別物の何かが擬似的な声を発したが、アリシアの耳には何も届いていなかった。
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