第九話 大きな力の前に砕け壊れる想いなの(後編)
 一番最初に気がついたのは、辺り一体を包み込んでいる結界を作り出しているアルフであった。
 誰かが結界に侵入して近付いてきていると。
 未だ一つもジュエルシードを封印できていないフェイトを気遣いながらも侵入者がいる方向へと気を配っていると見えてきた。
 届く光は分厚い雲越しの太陽と、雷の閃光だけの中で金色に光るコートを纏った少年が炎を吹き上げながら飛んできていた。
 一瞬迷いを見せたが、フェイトの思いを尊重してあかねへと拒絶の言葉を投げかける。
「お呼びじゃないんだよ、お節介小僧。誰も助けなんか呼んじゃいないよ!」
 狼の姿のアルフが口を開いたままあかねへと飛びかかる。
「Round Sheild」
「呼ばれたら助けに来るとは言いましたが、呼ばれなきゃ来ないとは言ってません!」
 防御魔法を境にすべるようにすれ違い、あかねはそのままフェイト目掛けて飛んだ。
 すぐに切り替えしたアルフが追いかけてくるが気にもかけない。
 すでに疲労がピークに達しているらしきフェイトは、まともな封印作業ができなくなっていた。
 バルディッシュから生み出した魔力の刃も明暗を繰り返しては消えかけ、酷い時には飛ぶことさえ困難になることもあった。
「フェイトさん!」
 ふらついたフェイトの足が海の高波に飲まれた。
 大きくバランスを崩した所へ、竜巻の一つがフェイトを飲み込もうと迫っていた。
「フェイト!」
 アルフの悲鳴で振り返ったフェイトの瞳が大きく見開かれた。
 竜巻が大きすぎてもはや壁にしか見えなかったが、それが自分へと迫ってくるのが解る。
 雨に打たれ冷え切った体の反応は遅く、防御魔法を使おうにもバルディッシュは鎌の形態でさらに出力が不安定であった。
 残された手段は身に纏ったバリアジャケットだけであり、思わずフェイトが目を瞑る。
「Protection」
 断続的に体を打ち続けていた雨と風が途切れた。
 暖かな空気さえ感じられ、そっと瞳を開いてみれば金色のコートとそこから吹き上がる炎が目に入る。
「気の利いた台詞一つ、場を和ませる冗談一つ言えず、挙句の果てに呼ばれてすらいないのに助けに来てしまいました」
「どうして……何度も助けて」
「フェイトさんが意地を張って一人で何もかも抱え込んでいるように見えるからです。知っての通り、僕は攻撃魔法が使えません」
 こくりと頷いたフェイトは、以前あかねが自分を攻撃しようとしてデバイスにエラーと言われていたことを思い出した。
「僕一人じゃ、なのはが居なければ今までジュエルシードを封印してくる事はできなかった。それだけじゃない。傷ついた犬や猫を拾っても、僕じゃ世話を仕切れないからすずかさんやアリサの手を借りた。ついさっきだって、僕一人じゃここに来ることさえ出来なくて強制的にアースラの人たちの手を借りた」
「私は、一人で出来る。母さんの娘だから、不可能な事があっちゃいけない」
「違います。不可能な事なんていくらでもある。一人じゃ出来ないから二人で協力するんです。二人じゃ出来ないから、皆で協力するんです。僕は貴方を助けたい、僕の手を借りてくれませんか?」
 差し出された手を前に、フェイトはすぐには手を出さなかった。
 確認するように、あかねに忠告するように正面から瞳を合わせて呟いた。
「私はまた裏切るかもしれない」
「かまいません。その時悔しい思いをするのは僕一人です。周りからそれ見たことかといわれるのは僕一人です」
「私は母さんがジュエルシードを使って何をするのか知らない」
「もしも悪用されるのであれば止めに行きます」
「その時私は貴方の前に立ちふさがるかもしれない」
「だったら、なおさらです。フェイトさんを止めます。何をしているんだと叱るかもしれません」
 一時の躊躇もないあかねの返答に、最後にと心で決めてフェイトは尋ねた。
「どうして、そこまで言えるの」
「一人ではないからです。一人では誰も間違いを指摘してくれません。二人なら、友達同士ならそれができるんです。多分僕が勝手にフェイトさんを友達だと思ってるんです」
 ゆっくりとフェイトが差し出されたあかねの手の平へと自分の手をのせた。
 冷たく感覚の消えていた指先からあかねの手の温もりと、包み込むような魔力が伝わってくる。
 フェイトの雷に似た黄金色の魔力とは違う、太陽の光に似た黄金色の魔力がフェイトとあかねを包み込む。
 冷え切った体が温まっていくのを実感していると、突然バルディッシュが内部から蒸気を吐き出した。
「Power charge」
「Use it importantly, Soldier」
「Thanks, Civilian」
 デバイス同士の他人行儀なやり取りのあと、あれだけ不安定だったバルディッシュの刃が安定して出力された。
「僕程度の魔力じゃ、足しになるかわかりませんが使ってください」
「でもこの量……大丈夫?」
 フェイトが不安になったのも無理はなく、自分が回復した分あかねの持っている魔力がかなり小さくなったからだ。
 半分個どころではなく、あかねの魔力が二割程度にまで落ち込んでいた。
 今までずっと自分達を包み込んでくれていた防御魔法も、外からの衝撃でかなり薄くなりもうすぐ破られそうであった。
「先ほども言いましたが、僕は攻撃魔法が使えません。何があろうとフェイトさんを守りますから、フェイトさんは封印に集中してください」
「フェイト、今はそいつの言う通りに。もういい加減アタシの結界も限界に近い」
 なおも言い縋ろうとしたフェイトを近付いてきたアルフの声が留めた。
 ジュエルシードが生み出す竜巻はまだ一つも封印できておらず、予定していた時間を遥かにオーバーしていた。
 それだけ自分が疲労していた事もあるが、明らかにアルフへの負担も増加していた。
 迷っている時間も惜しいと、あかねから貰った魔力を宿して熱を帯びた気のするバルディッシュを強く握り締める。
「バルディッシュ」
「Sealing form. Set up」
 覚悟を決めた顔をしたフェイトを見て、あかねは一度防御魔法を解いた。
 途端に嵐と雷が二人を襲い始めるが、その中をアルフを加えた三人で飛んでいく。
「それでどうするんだい、一気に全部封印するかい?」
「一気には無理です。一つずつ確実に、一番近い所から」
「Amplify brother. Wide area protection」
 先ほどまで自分達を襲っていた竜巻が、再度向かってきた為あかねはフェイトの前に立って正面から竜巻にぶつかっていった。
 あまりにも無茶な行動に慌ててアルフが援護の為に捕縛の鎖を魔力で生み出し伸ばしていった。
 二人掛かりで一つの竜巻を止めると、すかさずフェイトがバルディッシュを封印形態にして向けた。
 なのはの羽とは違い、一見刃にも見える金色の羽が四枚バルディッシュから生まれた。
「ジュエルシード、シリアルナンバー三封印!」
「Sealing」
 嵐が生み出すそれとは違う雷が竜巻を飲み込むように包み込んでいった。
 封印が進むにつれ竜巻の威力が弱まり、あかねはアルフへと視線を向けた。
「ここ、任せても良いですか?」
「ちょっと待ちなよ。それは良いけど、ジュエルシードはどうするんだい?」
「アルフさんに任せます。持ってるなり放置するなり、好きにしてください」
 それはあかねからの信頼なのか、今まさに封印されようとしているジュエルシードを見つめアルフはぼそりと呟いた。
「この前はいきなり殴って悪かったね」
「良く聞こえません。何ですか?」
 嵐の音にかき消されてしまったようで、聞き返してきたあかねに少し不満そうな顔をアルフは向けていた。
 だがあかねは何も言ってこないアルフに対して、大事な内容ではないと勝手に判断して次の竜巻へと向けて飛んでいった。
 まだ残り五本も残っている竜巻は、衰えるどころかますますその勢いを強めていっていた。
 自分から渡した魔力だけでフェイトが最後まで封印できるのか。
 それ以上に自分の方も持つのかと、あかねは心臓に近い場所を服の上から握り締めるように片手で掴んでいた。
「Get psyched up, Brother. Wide area protection」
「わかってますよ!」
 応援だろうとなんとなく当たりをつけたあかねは、返事と共に気合を入れて両手を突き出した。
 竜巻同士の位置が近く、二本同時に受け止める形となってしまう。
 周りで鳴り響く雷鳴よりもけたたましい音が防御魔法と竜巻の衝突で生まれていた。
 耳を塞ぎたい衝動にかられながらも、あかねは両手を突き出したままでいたが、魔力不足が祟ってジリジリと押され始めた。
 それ以上に防御魔法が破られる方が早いかもしれない。
「バルディッシュ、次」
「Yes sir. Sealing」
「もう少しだけ持たせなよ!」
 竜巻に押され続けるあかねへと、アルフが援護の魔力の鎖を伸ばして竜巻を縛り上げる。
 それでいくらか負担は減ることになるのだが、あかねは視界がぼやけていくのを感じた。
 少しフェイトへと送る魔力の配分を間違えたかといった考えが浮かんだが、頭を振って振り払う。
「ゴールデンサン、もう一度魔力の増幅をお願いします」
「Impossible any further」
「お願いします。あれだけの事をしてアースラを飛び出してきて、フェイトさんを守りきれなかったら恰好悪いじゃないですか」
「Favorable reply, Brother. Amplify brother」
 無理やり魔力を引き出し、雷に包み込まれようとしている竜巻を押し返す。
 壊れたエンジンのように際限なく体が熱くなる反面、ぼやけていた視界がクリアになってきた。
 目の前では竜巻の封印作業が完了し、抵抗はほぼ皆無となっていた。
 ここまできてようやく折り返し地点、あかねは残りの三つの竜巻を見据えてから振り返った。
 一度は回復の兆しを見せたフェイトも三つのジュエルシードを封印した事で、バルディッシュを重そうにだらりと垂らした腕にもっていた。
 アルフの方も結界の維持が困難に見えるぐらい息を荒げ、それでも主人の安否を気遣っていた。
「僕を含めて、限界が近い。あと三つ……次のは僕が封印します。その間に二人とも息を整えてください」
「ちょっと待ちなよ。私たちよりアンタの方が」
「待って、一人じゃ無理!」
 二人の制止が聞こえていないかのように、あかねは真っ直ぐ次の竜巻へと向けて飛んで行ってしまう。
 度重なる増幅魔法のせいで体と精神にずれが生じ始めていた。
 体は異常な熱を放ち異常を訴えているのに、意識だけははっきりとしているためそれを普通の事だと受け取っている。
 少し魔力が足りないだけと思い込んでいるあかねは、四つ目の竜巻の前まで来ると防御魔法を使う時のように両手を突き出した。
「ジュエルシード、封印」
「Sealing mode」
 意志があるかのように自分へと迫る竜巻を前に、ゴールデンサンのセットアップの声を待つ。
 が、いつになってもセットアップの声は聞こえず、ようやく焦りを含んだ声をあかねがあげた。
「ゴールデンサン?!」
 明暗を繰り返して光るゴールデンサンの宝玉から返答はなかった。
「ジュエルシード、封印!」
「Sealing mode. Set up」
 もう一度と叫ぶ事でゴールデンサンの宝玉から、グローブの甲の上を光の線が走る。
 次いで封印の為の炎が飛び出そうとするが、すでに竜巻はほんの目と鼻の先であった。
 強風があかねの体を玩具のように弄び、あと数秒で風の渦の中に取り込み粉みじんとなることだろう。
 ようやく自分の魔力が増幅魔法をかけてさえ足りないことに気付いたあかねが後ろへと下がろうとしたが、わずかに竜巻があかねを捕らえるほうが早かった。
 僅かに竜巻に足が触れてたあかねを飲み込もうとしたその時、緑に淡く光る魔力の鎖があかねを絡め取った。
「捕まえた、あかね!」
「ユーノさん?!」
 竜巻のそばから一本釣りされたあかねの脇を、閃光が駆け抜けていく。
 見慣れた感じのある桃色の閃光は、先ほどまで目の前にあった竜巻を貫き渦巻くエネルギーを消失させていった。
 相変わらずとんでもない攻撃力だと、再びぼやけ出した視界であかねは振り返った。
 そこには自分を魔力の鎖で引っ張り挙げたユーノと、不満を全く隠そうともしないなのはがいた。
「これで二度目なんだよ。あかね君が私に黙って、一人で行っちゃうのは。私たちだってフェイトちゃんの事を心配してたのは同じなんだから。怒ってるんだからね」
「すみません。でも……どうやってここに?」
「状況が変わったからね。彼女たちが説得に応じてくれそうだったから、クロノが許可をくれたんだ」
 ユーノの手によって立たされたあかねは、ゆっくりと飛んでくるフェイトとアルフへと大丈夫だと手を挙げた。
 多少なのはとユーノを警戒しつつも、二人は怒りと不安の表情を浮かべてあかねに言ってきた。
「一人が駄目だとか言っておきながら、一人で突っ込むんじゃないよ。少し心配したじゃないか」
「あの、魔力少し返す?」
「いえ、大丈夫です。残りのジュエルシードは二つですから」
 言葉通り大丈夫に見えないあかねが視線を向けた先では、時間が経過したせいかますます勢力を増した竜巻が二つ残されていた。
 それだけに留まらず、互いに近付きあった竜巻がエネルギーを食い合って一つになろうとしていた。
 早く封印しなければ、手がつけられなくなるのも時間の問題であった。
「念のため、ユーノさんとアルフさんは結界の強化を。アレの封印はなのはとフェイトさんの二人でお願いします」
「わかった。しっかり手伝いなよ、ネズミの坊や」
「フェレットだよ。じゃなくて、僕は普通の人間だ。決して使い魔とか、そういうのじゃないから」
「今まで似たようなもんだったじゃないか。さっさとしなよ」
 ツンと顔を背けられ、多大に不満そうにユーノは結界の強化へと向かう。
「それじゃあ、私とフェイトちゃんはジュエルシードの封印だね。魔力、足りる?」
「平気、彼がわけてくれたから」
「あかね君だよ、彼とかあの子とかじゃなくて。あかね君。お友達らしく、名前で呼び合おうよ。ね、フェイトちゃん」
「今はまだ恥ずかしいから、後でなら……」
「うん、後で絶対。レイジングハート」
「Sealing mode. Set up」
 砲撃の形態から、封印の形態へとレイジングハートが姿を変えていく。
 三枚の翼がレイジングハートから噴出し、なのはは大きくうねる竜巻へと向けて構えた。
 それにならいフェイトもバルディッシュを向かってくる竜巻へと向けて構えた。
 巨大化したぶん竜巻の移動速度は遅くなっていたが、威力だけは今もなお強くなり続けているようだった。
 吸い込まれるような風を体全体で感じ始めた二人の前に、あかねがたった。
「二人は封印に集中してください。ゴールデンサン」
「OK, Wide area protection」
 三人をあかねの防御魔法が包み込み、荒々しい風の音が全て消え去っていくようだった。
 障壁越しでも微弱な振動を感じる事はあったが、微々たるものである。
 あかねの金色のコートを瞳に入れながら、なのはとフェイトは互いの顔を見合って言った。
「フェイトちゃん、準備はいい?」
「いつでも」
「せーの、ジュエルシード」
「封印!」
 二人の魔力が膨れ上がり、絶妙なタイミングであかねが防御魔法を解いた。
 再び雨と風が三人を包み込んだが、ジュエルシードを捕獲する為の二つの光が真っ直ぐ伸びていく。
 桃色の帯がなのはの魔力で、雷に似た閃光がフェイトの魔力である。
 二つの魔力が競い合うように、互いを引っ張り合うようにしてジュエルシードが生み出した竜巻へと突き進み貫いた。
 竜巻の表面上を雷が走り、桃色の帯が締め上げるように絡み付いていく。
 ジュエルシードから噴出していた魔力が徐々に小さくなっていき、それに伴い風が止み、雨が上がっていく。
 完全に封印が完了した頃には、やや荒れ模様の海と残り火を灯す二つのジュエルシードだけであった。
「終わった……」
 全てのジュエルシードを封印し終わり、力が抜け切ったようにあかねが呟くが、それは少し時期尚早と言うものであった。
『気を抜くのは少し早い。まだ君には色々とやってもらわなければならないことがある』
『今頃何の用ですか、クロノ執務官』
 脅迫してまでアースラを飛び出した手前、あまり聞きたくない声であった。
 だが結局はクロノが許可をだしたおかげでなのはが来てくれたわけで、話を大人しく聞くだけの恩がある。
 他にも初対面で攻撃行動に出た自分をあっさり許したりと、クロノに対する恩は今回の事だけではない。
 そんな歳は変わらないはずなのに、随分と差があるんだなと少し思考に余裕が出てきたあかねであった。
『君はしっかりと彼女を説得し、ジュエルシードを確保しておく事。なのはやユーノに任せる事は許さない。これは君の仕事だ。今僕が出て行くと、話がこじれる可能性がある。僕の出番は彼女の説得が完了した後だ』
『解りました。ただし僕なりのやり方で説得しますから』
『頭に血の上っていない平時の君の考え方は理にかなっている。よほどの無茶でない限り、任せよう』
 クロノの了解を得たあかねは、ジュエルシードを一つずつ持つなのはとフェイトへと振り返った。
 その後ろからを維持する必要のなくなったユーノとアルフが戻ってきていた。
「とりあえず、フェイトさんの気持ちを聞いておきます。ジュエルシード、どうしますか?」
「まだ少し、迷ってる」
「フェイト、もういいだろ。ジュエルシードなんて管理局に渡して、二人で何処か静かな所で暮らそう。もう十分フェイトは頑張ったよ」
 思わぬアルフの説得の言葉に驚いたのは、あかねたちの方であった。
 フェイトはアルフがそう言ってくるであろう事はわかっていたようで、手に持つジュエルシードを胸元に抱え俯くように唇を噛んでいた。
「僕からの説得の言葉も贈ります。ジュエルシードを管理局に渡す代わりに、今までの事を不問にしてもらいましょう。フェイトさんの母さんの事も同様です」
「母さんも?」
「この数日、少しだけ管理局の事を知りました。管理局が捕獲しようとしているジュエルシードを横からさらって行く事は、恐らくは犯罪にあたるでしょう。ですが、フェイトさんが子供だと言うことを考えると、罪はむしろそれを命令した人に向かいます」
 罪と聞いてフェイトは考えもしなかったのか、不安に揺れる瞳であかねを見ていた。
 そんなつもりじゃなかったとすがる瞳を前に、あかねは自己嫌悪に陥らざるをえなかった。
 フェイトは今まで自分がしてきた事を十分に理解していたとはとても言えない、理解するより前に抱える想いにしたがって動いていたことだろう。
 そのフェイトに自覚を促す事は、赤子のような無垢な心にじわじわと傷をつける行為に等しかった。
 恐らくこれはアースラのブリッジで行った脅迫に対する罰なのだろうなと、あかねは考え付いていた。
「フェイトさんのお母さんや、フェイトさん自身の為にも、ジュエルシードを管理局に渡す事を勧めます。ジュエルシードを受け取った管理局がそれでもフェイトさんの罪を問うと言うのなら、その時は僕がフェイトさんを守ります」
「アルフ……今の話」
「あながち間違いじゃないと思う。それに私はフェイトさえ普通に過ごせるのなら、普通に笑ったりできるならこんなものいらないし」
 アルフが持っていたジュエルシードの全て、四つを手放し目の前に浮かび上がらせた。
 全員の視線がフェイトに集まる中、ゆっくりとだがフェイトがジュエルシードを手放した。
「母さんが何を望んでジュエルシードを欲したのかは解らないけれど、母さんを犯罪者にできないから。これを渡して母さんが許されるなら」
「ありがとうございます。絶対に約束はクロノ執務官に守らせます。なのはも、ジュエルシードを」
「うん。私は異論もなにもないけど……まだ怒ってる事忘れないでね」
 できればその場の勢いで忘れて欲しかった事だったが、しっかり覚えていたようだ。
 フェイトの事が上手くいったと思えば、なのはが上手く行かず。
 ずっと上手く行ってなかった気もするが、ままならないものだなと空を見上げる。
 空の色が影っているように見えた。
「さて、ここからは僕の出番になるな。改めて名乗るよ、時空管理局執務官のクロノ・ハラオウンだ。フェイト・テスタロッサとその使い魔アルフ。二人のこれまでの行動は善意でジュエルシードを集めていた事にさせてもらう。司法取引とでも思ってくれれば良い」
 アースラからゲートを通ってクロノが現れた事で、あかねの意識が空から引き戻されていた。
 だが空から意識を離すべきではなかった。
 クロノの言葉に誰もがほっと息をつき、第三者から見れば六つのジュエルシードを前に全員が隙だらけであった。
『クロノ君、皆もすぐに退避して。別次元から次元干渉、魔力攻撃が来る。あ、あと六秒!』
 エイミーの悲鳴か警告か解らないような声が全員の心に飛び込んできた。
 だが余りにも時間がなさ過ぎた。
 たかだか六秒でできることといえば、上を見上げる、突然の事に瞬きをするといった程度のことである。
 唯一の例外は、事前に空に兆候を見つけていたあかねぐらいのものであった。
 何か恐るべきものの来襲を前に、守らなければと、理想の父ならそうした筈だと一人空へと突出する。
「ゴールデンサン!」
「Wide area protection」
 空が破れる様に砕け、光一つ存在しない闇の中からうねるように紫色の雷が落ちてきた。
 あかねを含めた六人を包み込んだ防御魔法の上へと叩きつけられる。
 最初の衝突の衝撃で目の前が真っ白になりかけたあかねは、歯を食いしばり落ちてきた雷を睨みつけるように上を見上げた。
 するとすでに防御魔法にヒビが入っていた。
 それだけに留まらず防御魔法の上で止められた雷は、その場に留まりエネルギーを蓄えつつ防御魔法を食い破ろうとしていた。
「か、母さん?」
 自分もここにいるのにと、信じられないと呟くフェイトであったが拘っている場合ではなかった。
「アルフはフェイトを、ユーノはなのはをつれて退避。次元を超える攻撃魔法はオーバーSランクだ。あかね、無理だすぐに退け!」
 クロノはなのはたちが退避した事の確認もままならないままに、未回収のジュエルシードへと手を伸ばす。
 だがジュエルシードまであと少しの所であかねの限界が訪れた。
 明らかに許容量を越えた雷の威力を前にあかねの防御魔法は砕け散ってしまう。
 元々残りの魔力が少なかったあかねは、限界まで魔力を振り絞りバリアジャケットの維持さえもできていなかった。
 溜まりに溜まった紫色の雷が全くの無防備なあかねを貫いた。
「うあぁぁぁぁぁッ!!」
 勢いの衰えない雷はそのまま海をも貫き派手な水しぶきを上げて海全体に解けていった。
 巻き上げられた海水が雨の様に降り注ぐ光景の中で、誰もが目を奪われていた。
 一人しかいないはずのあかねが二つの方向へと別々に吹き飛ばされていたのだ。
 意味が理解できない。
 あかねの破片が荒れた海の中へと落ちて行き、本体とでも言うべき頭と心臓の付いた方は退避していたフェイトの両腕へと飛び込んできた。
 血がフェイトの顔を濡らし、恐る恐る確認したあかねの左腕は、根元からなくなっていた。


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