高町家の招待を受けてやって来た海鳴温泉。そこで出会ったのは奇妙な雰囲気の女性、アルフ。
そして、ジュエルシードを求めて暗躍する黒衣の少女――フェイト。
災禍の魔石に導かれ、湯煙の地に戦いの嵐が吹こうとしていた。
魔法少女リリカルなのは シャドウダンサー
第八話 再会は湯煙の地で(後編)
空が朱く染まる頃、連音は夕涼みを兼ねて旅館の外にいた。
浴衣の袖からおもむろに取り出したのは数枚の紙。それを丁寧に折りたたんでいく。
やがて出来上がったのは鶴。
それを地面に置き、印を結ぶ。
「宿…霊…元…!」
鶴の真下に術方陣が展開し、やがて折鶴は意思を持ったかのように翼をはためかせて大空に舞い上がった。
あっという間にその姿は見えなくなる。
式神。陰陽道の秘術の一つともされる術で、命の無い物に仮初めの命を吹き込み使役する術だ。
連音には闘いに使えるほどに大きな力は使えないが、捜索程度なら行わせる事ができる。
「町じゃどうにも上手く行かなかったけど、ここは何とか上手くいったか…。よかったぁ〜…」
町での捜索の際、何度か式を使おうと試みたのだが、町に漂う不可思議な力や海風によって式の発現がどうにもできなかった。
その結果、地道な作業を強いられる事になったのである。
今回はそうならずに済んだ事に連音は安堵した。
「さてと、これでジュエルシード探しは良いとして……戻るか」
連音は踵を返して旅館に戻っていった。
それから少し経った頃。川縁に黒衣の少女――フェイトの姿があった。その視線の先には淡く輝く青い石。
「見つけた…ジュエルシード……」
「あれがジュエルシードかい?しっかしなんでまたフェイトのお母さんはあんなの欲しがるんだろうねぇ?」
森の奥から出てきたのは昼間、なのは達に絡んでいた女性――アルフだった。
「……関係ないよ。母さんが欲しがってるんだから……手に入れるだけ……」
フェイトは右手をジュエルシードに向ける。
「起きて…バルディッシュ!」
「――っ!?」
すぐにでも動けるよう、私服に着替えて一階のロビーで連音はのんびりとくつろいでいた。そこに感じた強い力の行使。
それは放った式神から送られてきたものだった。
「どうかしたの?」
向かいに座っていた忍が怪訝そうに聞いてきた。
「忍姉ぇ…悪いけどちょっと出てくるね…。もし誰かに聞かれたら適当に誤魔化しといて。あと夕飯の件も!」
「え、ちょっと!?」
忍の言葉に答えず、外に飛び出す。旅館の光が見えなくなる程の距離で琥光を起動させる。
光に包まれて、一瞬にして忍装束を身に纏う。
地を蹴って、一気に加速すると、周囲の木々がぐんぐんと流れて消えていく。
やがて、空を閃光が貫くのが見えた。青い光と金色の光。
「あれは…ジュエルシードの光…?それとこの間の黒い奴か!?」
“急行”
「分かってるよ!」
連音は更に加速する。そして森が終わり、大きな川が見えた。
その川に掛けられた橋の欄干。そこに立つ黒い少女と、隣に腰掛けるもう一人。
「これで一つ目……」
フェイトの手の中にゆっくりと落ちてくるジュエルシード。未だに光を放ってはいるが、その力は完全に封印されていた。
「どうやら邪魔者も来たみたいだよ?」
「……分かってる」
二人が向けた視線の先に連音はいた。水面に立ち、フェイトらを真っ直ぐに捉えていた。
「やっぱり来た……。今回は邪魔、できなかったですね……?」
幾分か挑発的な物言いに、アルフは少しだけ驚いた。
今まですっと一緒にいて、彼女がそんな事を言うなど無かったからだ。
自身でも気が付いていないらしく、フェイトはバルディッシュを構える。
「あなたに取られたジュエルシード、返してもらいます。そして借りもここで返します……!」
(アタシも手伝うよ…!)
(アルフは手を出さないで。これは私の事だから…!)
やはり、いつものフェイトとは何処か違う。アルフはそう感じた。
だが、フェイトの指示を無視もできず、いつでも加勢できる態勢で待機する。
連音は琥光を掴み、抜き放つ。それを合図に戦闘が始まった。
「っ!?ユーノ君、これって!?」
「ジュエルシードの気配が一瞬、それと強い魔力が……二つ!?急ごう、なのは!」
連音が出て少し後、なのは達もまた、一瞬感じたジュエルシードの気配と連音らの魔力を感知し、
急ぎその場に向かうべくロビーを走っていた。
「ちょっと、もうすぐ夕食よ?何処に行く気なの?」
なのは達に声を掛けてきたのは、部屋に戻ろうとする途中の忍だった。
外は既に日が沈んで真っ暗だ。当然街灯も無い。そんな所に子供が出て行こうとする姿はあまりにも不自然だった。
“どうしよう、ユーノ君?”
“どうしようって……よし、この間の手で行こう”
“この間…?あ、分かったよ!お願い”
なのはとユーノの間で打開案を話し合っている間にも忍は二人に近付いてくる。
「ホラ、どうしたの?」
「えっと……」
“ユーノ君!”
“行くよ、それ!!”
ユーノは力強くなのはの肩からジャンプした、が。
「こら!」
ジャンプした瞬間、その体はワンハンドでダイレクトキャッチされた。
ユーノが肩から離れる寸前、忍は一気に目前に踏み込んでユーノを捕まえたのだ。
「ほら、ちゃんとしとかないと逃げちゃうわよ?」
そう言ってユーノをなのはに返す。
「は……はい…ごめんなさい……」
余りの出来事になのははそう返すので精一杯だった。
(恐るべき運動神経だね……)
(流石はすずかちゃんのお姉さん……)
こうなってはもう大人しくするしかなかった。
忍に背を押されて、なのはは夕食の用意されている大広間へと向かった。
大広間には既に全員の姿があった。忍達が最後のようだ。
「あれ…?」
なのははアリサとすずかの間に、忍は恭也の隣に席を取った。空いている膳はない。
だが、一人足りなかった。
その場に連音の姿と膳が無かったのである。
「なんか、アイツの夕食だけ用意されてなかったんだって」
「えぇ!?」
そんな事がありえるのだろうか?なのはは疑問に思った。
無論無いのではなく、先程、連音がキャンセルしたのだ。
連音もそれ所ではないので、無駄に膳を用意させる事は心苦しいものがあった為の措置だ。
だが、そうと知らないなのは達は、一様にして気まずさを覚えていた。
何より本人がいないという現状がそれを助長させていた。
これに困ったのは忍だ。この状態を作ったのは自分である以上、責任を果たさなければならなかったからだ。
「気にしなくても大丈夫」と言って納得するおめでたい性格の人間はこの場に一人としていない。
「今、外に出かけてるから大丈夫」さっきなのはを注意した手前、これも言えない。
下手をしたら総出で山狩りだ。
ならばどう言えば納得させられるか、そう考えているとノエルと目が合った。
そして、ピンと来た。
「それなら大丈夫よ?ね、ノエル?」
いきなり話も見えないままに振られてさしものスーパーメイドも一瞬驚いたが、すぐにいつもの調子で答えた。
「連音様は元々食が細い方ですし、それにこの事も既に承知しておりますので大丈夫かと」
これで良いですか、とノエルの目線が語りかけてくる。
忍は小さく指で丸を作る。
「今、彼はどうしているんだい?」
士郎の言葉にノエルは少し考える。
「また温泉にでも行かれたのではないでしょうか?」
「個人行動の好きな子だしねぇ」
その言葉に今度はアリサが怒り出した。
「何それ!拗ねて勝手してるっていう事!?」
「アリサちゃん落ち着いて」
「そうじゃないわ。元々、集団で動く事が嫌いなのよ、連音は」
「それってどういう事だ?」
忍の言葉に恭也が尋ねた。
「う〜ん、そこはプライベートな話だから……ね?」
歯切れの悪さに皆それぞれに何事かを感じ取ったようで、それ以上聞く者は無かった。
(……!?魔力反応が強くなった!?)
なのはは一気に高まった魔力に身を硬くした。今、外で何が起きているのか想像がすぐについた。
「どうしたの、なのは?」
「もしかして調子悪いの?」
「――え?」
言われてなのはは今度は自分が注目の的になっている事に気が付いた。
「あ――と、チョット食欲ないかな、ごめんなさい」
なのはは立ち上がり広間を後にする。ユーノはなのはの肩に飛び乗りついて行く。
「なのはちゃん……大丈夫かな…?」
「う〜ん……顔色は悪くなかったけど……」
広間を出て、なのはは階段を駆け下りる。そしてロビーを抜けて外へと飛び出した。「急ごう、ユーノ君!!」
「まだ魔力反応がある、急げば間に合う!!」
暗闇の森をなのはは疾走した。
フェイトは大きく飛び上がり、連音の頭上を旋回しながら加速していく。
「フォトンランサー、ファイア!!」
“Photon Lancer”
バルディッシュから幾つもの閃光が放たれる。連音は水面を走り、その尽くを躱していく。
だが、それを予想していたフェイトは更にフォトンランサーを放ちながら急接近する。
水面ギリギリを飛行し、バルデシッシュを連音の足元に向けて構える。
「ファイア!!」
掛け声と共に放たれた閃光が水面を爆発させる。派手に上がる水飛沫が連音の視界を奪い、動きを一瞬遅らせた。
“Scythe Form”
バルディッシュが戦斧から鎌にその姿を変貌させる。
鎌が飛沫ごと連音を薙ぎ払う。が、その手ごたえは全く無かった。
「っ!?」
フェイトの顔に一瞬動揺が走る。
寸前までいた筈の連音の姿はそこに無かったからだ。
「フェイト、上だよ!!」
アルフの声に反射的にバルディッシュを上向きに構え、防御する。
瞬間、衝撃が襲った。連音の攻撃がバルディッシュとぶつかったのだ。
「クッ…!」
「おぉおおお!!」
連音は更に強引に琥光を押し込んでいく。その力技にバルディッシュのフレームが悲鳴を上げる。
「ふっ!」
フェイトはバルディッシュを斜めにずらし、攻撃をいなす。そしてそのまま一気に間合いを離し、大きく鎌を振り抜いた。
“Arc Saver”
放たれた魔力刃は僅かにブレながら、弧を描いて飛翔する。
バランスを崩した連音にそれを回避する時間は無かった。
「決まった!」
アルフがガッツポーズをする。だがフェイトに油断は無い。そのまま、返す刀で更に放つ。
“Arc Saver”
先程と逆の軌道で刃は飛翔する。
“攻撃接近”
連音は琥光の刀身を親指で擦り上げる。刀身が白刃へと変化した。
「五行剣、金剛刀っ!!」
アークセイバーに向けて剣を振りぬく。白刃が一撃目を砕く。
「金剛…飛刃!!」
二撃目を飛翔する斬撃が撃墜した。連鎖的に爆発が起きる。
「嘘だろ!?フェイトの魔法を撃ち落した!?」
だが、フェイトは既に次の攻撃態勢に入っていた。左手を連音に向かって突き出し、眼前と足元に魔方陣を展開する。
「貫け…サンダー、スマッシャーッ!!」
“Thunder Smasher”
今までとは比べ物にならない程の魔力が集束し、閃光が放たれる。
だが連音も次の攻撃を構えている。
「穿て…白光裂波の術!!」
目前に術方陣を展開し、白い閃光が放たれた。
激突する二つの力。その余波で水面が大きく波立つ。
「ぐぅうう…っ!」
「う…ぁあああ!!」
徐々にだが、白光裂波がサンダースマッシャーを押し込んでいく。
「いっけぇえええええ!!!」
“出力最大”
更に大きな波動がサンダースマッシャーを飲み込み、フェイトを襲う。
“Round Shield”
フェイトはシールドを展開して直撃を防ぎ、そのまま上空に舞い上がる。
波動はそのまま後ろの森を直撃、爆発を起こす。巻き起こる土煙は連音の視界を覆い隠した。
“Scythe Slash”
「はぁあああああああ!!」
気合と共にフェイトは死神の鎌を振り下ろす。連音はとっさに盾を展開し防御するが、ギシギシと嫌な音を立て続ける。
「バルディッシュ!!」
掛け声を受けてバルディッシュが更に強大な魔力を発する。そしてついにシールドを打ち砕いた。澄んだ音が響く。
「ちっ!」
「もらった!!」
連音の懐に飛び込んだフェイトは躊躇無く、至近距離からバルディッシュを振り上げる。
寸での所で回避するものの、回避しきれず装束を切り裂かれる。
連音は間合いを離そうと後ろに飛ぼうとする。その瞬間を狙い、フェイトの魔法が放たれる。
「フォトンランサー、連撃!!」
“Photon Lancer,Full auto Fire”
夜空に向かい放たれる金色の流星は、連音を容赦無く撃ち貫いていく。
「ぐあぁああああああ!!!」
防御も出来すに直撃、そして爆煙。フェイトの心に一瞬だが油断が生まれた。
「――黒水…縛布の術!!」
フェイトの足元から囲う様に水柱が上がる。
「これは…!?」
「捕縛せよっ!」
水柱は巨大な水竜巻に変貌しフェイトを一気に飲み込んで、その華奢な体を蹂躙していく。
水流がフェイトの口から容赦なく酸素を吐き出させる。
(ク……息が…!)
「フェイトォーーーーッ!!」
濁流にされるがままのフェイトの耳に微かに届いた声。
(アルフ…?)
「ウォオオオオオオオ!!!」
気合を込め、アルフは水流の中に飛び込む。そのまま一気にフェイトを抱きかかえて飛び出した。
「ゴホッ、ゴホッ!!……アルフ…どうして…?」
「どうしてじゃないよ!アタシはフェイトを守るのが使命なんだよ!?なのに見てるだけなんてやっぱり無理さ…!」
アルフは今にも泣き出しそうなほどに不安で崩れていた。
それを見て、自分が冷静さを欠いていた事にようやく気が付いた。
「ごめんね…前の事でチョットだけ熱くなってたみたい……もう、大丈夫だから」
フラフラのままアルフから降りるフェイト。かなりのダメージを受けてはいるものの、その目は未だに闘志を失ってはいなかった。
「行くよ、アルフ…バルディッシュ……!」
「あぁ…アイツをぶちのめしてジュエルシードを頂きだよ!」
爆煙の中から連音が現れた。所々がボロボロになって息も上がってはいるが、
こちらもまだまだ戦闘継続の意思に満ちていた。
連音は琥光を構え、左手を振るう。すると一瞬でその手に苦無が握られた。
「はぁ…はぁ……何故、そこまでしてジュエルシードを欲する?」
「何を…?」
「これ程に真っ直ぐな刃を持ちながら…何故、災禍の力を求める!?」
「あなたには…関係の無い事です」
「その力は世界を滅ぼすものだ。そんな物を目的も無く、ただ集めているだけではないだろう!?」
「……っ!?」
一瞬、フェイトの顔に動揺が走る。それを連音は見逃しはしなかった。
「まさか……そうなのか……?」
そんな筈はない。そう思いながら連音は思い至った言葉を口にしていた。
「何も知らないで…集めているのか……?誰かの命令で…?」
「…っ!!」
今度ははっきりと動揺が見えた。紅玉の瞳は大きく見開かれ、戦斧を握る手が震える。
「そうか……。だったら尚更だ」
連音は両手の刃を構える。
「お前達にジュエルシードは渡せない。俺の全てを懸けてでも止めて見せる…!」
「ゴチャゴチャとうるさいね!」
アルフが飛び出し鉄拳を振り下ろす。
“防御結界”
パンチが琥光のバリアで防がれる。バチバチとスパークを起こし、拮抗する。
「だったらアンタは何でジュエルシードを集めるのさ!?」
「それが…俺の使命だからだ!!」
「ハン、命令とどう違うってのさ!!」
アルフの拳が琥光のバリアにヒビを入れる。
「違う!!俺は俺の意思でジュエルシードを集める!!」
更にバリアがひび割れていく。
「理不尽な力に抗うこともできず、大事なものを奪われる!そんな悲しみをさせない為に!!」
澄んだ音と共にバリアが砕かれた。アルフはそのまま一気に蹴りこむ。
「俺みたいな思いをさせない為に!」
“瞬刹”
「何っ!?」
アルフの足は空を切った。一瞬でアルフの視界から連音は消え去ったのだ。
「ぐぁっ!?」
アルフの肩に連音の蹴りが打ち込まれる。真上から、全体重をかけての一撃を。
そのまま、一直線に川に叩き落された。
「アルフっ!!」
フェイトがバルディッシュを構えて連音に攻撃を仕掛ける。
連音はそれを真正面から受け止めてみせた。
ギシギシと金属の削れる音が響き合う。
「くぅ…!」
「命令だから…それに何の疑問も持たず遂行する……!そんなの…」
「…!?」
「只の…人形じゃないかぁ!!!」
連音の言葉にフェイトの顔が歪む。初めて見せる怒りの色だ。
「何も…何も知らないくせに……好き勝手言わないで…!!」
フェイトが叫んだ。その瞳に涙を浮かべて。
「知るものか!!言葉にして…言わなくて誰かに伝わるものか!!」
連音も叫ぶ。その怒りに更に怒りをぶつける様に。
「言葉だけじゃ意味なんてない…!」
「あるかどうか、お前はやってもいないだろ!!」
弾け飛ぶように互いに間合いを離す。
「そんな必要もない…無駄だから…!」
「無駄だと…?」
「伝えたとしても…私は私の戦いを辞めるつもりはないから……」
「私の戦い…か。少しはマシな答えだな…」
「……?」
「命令だから、よりは断然戦い甲斐もある…!」
その言葉にフェイトは少し驚き、そして顔が僅かにほころぶ。
自分達をボロボロにした相手の筈なのに、何故こうも胸が熱いのだろう。
フェイトは大きく息を吸い込む。
「行きます…!」
連音も琥光と苦無を構える。
「いざ…!」
互いの姿が消えるように移動する。瞬間、魔力の激突する光が走る。
「クッ…!」
フェイトの頬に鮮血が滲む。
「うくっ…!」
連音の腕を守る手甲に亀裂が走る。
再び激突。その都度、放つ一撃がお互いを掠めていく。
「おぉおおおおお!!」
連音は琥光を逆手に握り、攻勢をかける。フェイトは嵐のような連撃を的確に裁きながら隙を窺う。
「ここっ!」
“Blitz Action”
今までより更に速く、フェイトは連音の背後に回りこむ。既にバルディッシュは死神の鎌を展開していた。
「ハァアア!!」
“瞬刹”
振りぬく寸前、魔力刃が砕かれる。
「――っ!?」
連音の姿も一瞬で消え、フェイトの背後にあった。
「フォトンランサー!」
「螺旋風弾!」
振り向きざま、接近距離では躱せない一撃を構える。
「ファイア!」
「撃ぇ!!」
閃光と空圧弾が爆発を巻き起こす。
爆風は二人を一気に突き放した。互いに体勢を直し、構えを取る。
(速い…ここに来てまだ速くなるのか…!?)
(凄い…接近距離じゃ動きが全くつかめない…!?)
(攻撃力は向こうが上……だが、直撃が無ければ…!)
(速さが上でも……直撃を当てれば…!)
二人には残しておく力は無かった。最後の駆け引き。互いのカードを切る瞬間はそこに来ていた。
「フェイト……」
川から上がり、水面から出ている岩の上でアルフは固唾を呑んで見守っていた。それしかできなかった。
先程見せた攻防は既にアルフが介入できるレベルの速さではなかった。
下手に手を出せばかえって邪魔になる。アルフにはフォローの魔法を入れる隙さえ窺えなかった。
一転して静寂が辺りを支配する。川のせせらぎと虫の音だけが時が流れている事をかろうじて教えてくれている。
膨れ上がる緊張感は破裂寸前にあった。
不意に風が吹いた。月光が薄雲によって隠れ、辺りが僅かに暗さを増した。
その瞬間、二人が動く。
「やめてぇ!!!」
「あそこ、まだ戦ってる!」
空中で激突する二つの光。なのははそれを見上げながら走り続けた。
途中で何度か足元の石に躓きながら、それでも必死に。
「なのは!」
「レイジングハート、お願い!!」
なのははレイジングハートを取り出し、空に放り投げる。
“Stand by Ready”
赤い閃光が夜を染め上げ、なのはを魔導師へと変身させる。
くるぶしに桃色の翼をはためかせて一気に空を駆ける。
やがてその姿がはっきりと見えてきた。
「やっぱりあの子…それと忍者さん…!」
二人は対峙し、今にもぶつかり合おうとしていた。
そのただならぬ雰囲気に、なのはは反射的に叫んでいた。
「やめてぇ!!」
「っ!高町なのは……」
「あの白い子…!?」
叫びに二人がその方向を見やる。橋の向こうから白い魔法衣に身を包んだなのはが必死の形相でこちらに向かってきていた。
やがて、橋の手前になのはは降り立つ。
「チッ!邪魔なのが来たね!」
アルフは岩から橋の欄干に飛び上がり、見下ろすように威圧してみせる。
「ちゃんと忠告したよねぇ?おいたが過ぎるとガブッ!と行くって…!」
「あなたは昼間の!?」
「アタシはアルフ。別に覚えとかなくてもいいよ?ここでサヨナラするんだしね!」
なのはの目の前でアルフはその姿を変貌させていく。口はせり出し、凶暴な牙がむき出しになる。体毛が全身を蔽い、手足から鋭い爪が伸びる。
巨大な犬、いや狼に似たものに変化した。
「あの子の使い魔か…!」
「使い魔…?」
「使い魔とは魔法生命の事だ」
なのはとアルフの間に連音は降り立つ。覆面は既にその機能を果たしておらず、顔を隠すには一番手っ取り早かったのだ。
フェイトもまたアルフのすぐ後ろに降り立つ。
「魔法生命…?」
「そうさ。アタシはこの子に創って貰った魔法生命。
製作者の魔力で生きる代わり、命と力の全てを懸けて護ってあげるんだ…!」
一歩、アルフが踏み出す。全身から感じる迫力に僅かながらなのはは気圧される。
“フェイト、ここは退いて。アタシがこいつらを引き受ける!”
“アルフ!?”
フェイトの返事を聞く間も無く、アルフは地を蹴って連音を跳び越えてなのはに襲い掛かる。
「やらせない!」
ユーノはなのはから飛び降りて防御結界を張り、攻撃を防ぐ。
「なのははあの子を!」
「やらせないよ!」
「させてみせるさ!!」
結界を破壊しようとするアルフよりも早くユーノの魔法が完成した。
その気配にアルフが驚きの声を上げる。
「移動魔法!?しまっ…!」
緑色の光が発すると同時に、ユーノの姿とアルフの姿がその場から消え去る。
「え?ユーノ君!?」
なのはは何が起きたのか把握できず、キョロキョロと見回すばかりだ。
「結界に強制転移魔法……良い使い魔を持ってる…」
「――ユーノ君は使い魔ってやつじゃないよ。わたしの大切な大事な友達…!」
「っ………!」
友達。なのはの発した言葉にフェイトの顔が厳しいものになる。
「――それで、どうするの?二人掛かりでも構わないけれど…?」
「………」
「話し合いで何とかできるって事…ない?」
「…私はロストロギアの欠片を…ジュエルシードを集めないといけない」
「そして、同じ様に集める者は敵同士。そういう事だ…」
「だから、そういうのを簡単に決め付けない為に…話し合いって必要なんだと思う…!」
連音とフェイトの言葉をなのはは否定した。
連音はマフラーを解き、口元を覆い隠し、後ろで縛る。
「それがお前の覚悟か……」
「え――?」
「ならば見させてもらおう。その覚悟、本物かどうか」
「え?ええ!?」
驚くなのはの後方に一瞬で回り込んだフェイトの影があった。
“Frier Fin”
横薙ぎに振られたバルディッシュを空を飛んで躱すなのは。
それを追い、連音が飛ぶ。
「何で忍者さんまで!?」
「他者を否定するという事は自身の肯定と同じ事だ。進む道が違うなら、ぶつかり合う事は必然」
「だから敵とか味方とかそんなに簡単に…!」
「そんな低い概念の話じゃない。信念の問題だ!!」
連音は琥光を収め、両手から鋸刃のような手裏剣を連続して投げる。
「見せてみろ!お前の信念を!」
「くっ!」
“Round Shield”
なのはが展開したシールドがそれを阻むが、手裏剣はそれすらも破壊せんと回転し続け、その隙に連音は側面に回りこむ
「賭けて…」
「…!?」
「何っ!?」
「それぞれのジュエルシードを一つずつ……!」
“Photon Lancer.Get Set”
魔法を構えながら上空から二人目掛けてフェイトが襲い掛かる。
「ファイア!」
威力を重視したフォトンランサーが空を切り裂いて飛ぶ。その後をフェイトは飛び、バルディッシュを振り上げる。
「ちっ!」
「キャァッ!!」
連音はなのはを蹴り飛ばし、フェイトの迎撃に飛ぶ。衝撃でなのははフェイトの魔法を躱し、かつ間合いを離す事ができた。
なのはが体勢を整える間にも、二人は先程にも負けない激突を繰り広げていた。
「ダメ…それ以上……傷つけ合わないで……」
“Shooting Mode,Set up”
レイジングハートがシューティングモードへと変形する。なのはは二人に向かい、それを構えた。
細かな照準は付けられないが、魔力量でそれを補う。
「ディバイン……!」
“Divine”
「バスターーーーーッ!!」
“Buster”
桃色の奔流がレイジングハートから発射される。微かな弧を描きながら二人目掛けて飛翔する。
「――!?」
「――っ!!」
完全な不意打ち。だが、二人は即座に反応を見せた。
計ったように互いの足が互いの足を押し合い、同時にフェイトは上空に、連音は地上に向けて猛スピードで移動してみせたのだ。
なのはは自身の放った魔法の余波でその事に気が付いていなかった。
“なのは逃げて!!”
「っ!?」
ユーノの叫びで自分の攻撃が躱された事に気が付いた。だが、遅かった。
“Scythe Slash”
“青風剣”
真上から襲い掛かるフェイト。真下から襲い掛かる連音。そのスピードは完全になのはの回避速度の外側だった。
容赦なく、二つの刃はなのはを襲った。
「――っ!!」
躱せない。なのはは恐怖で目を伏せた。
暗闇の中でくるであろう痛み、あるいはそれ以上のものを待っていたが、一向にそれらが来る気配が無かった。
「……?」
恐る恐る目を開けると、なのはの細い首にはクロスするように魔力刃と風を纏った琥光が突きつけられていた。
“Pull Out”
レイジングハートからジュエルシードが二つ、放出される。
「レイジングハート、何を!?」
その行動に、なのはが驚きの声を上げる。
「きっと、主人思いの良い子なんだ…」
「え…?」
「主はそれに見合ってはいないようだがな…」
連音の言葉はなのはの心に深く突き刺さった。
“マスターに対する侮辱は許しません”
レイジングハートがその怒りを露にする。
が、その言葉もまた、なのはに突き刺さった。
ジュエルシードは、一つはフェイトの手に。もう一つは連音の手の中に納まる。
三人はゆっくりと地面に降り立った。
「さて、こっちの決着はまだだったな。どうする…?」
「今日のところは此処までです。ジュエルシードがある以上、急ぐ必要はないから……」
連音の言葉にフェイトは背を向けて答えた。
「帰ろう、アルフ」
「待って!」
その場を去ろうとするフェイトをなのはが呼び止めた。
「もうこれ以上わたし達の前に現れないで。次は…止められないかもしれない……」
「名前…、あなたの名前は!?」
一瞬の沈黙。そしてゆっくりとフェイトの唇が動いた。
「フェイト…。フェイト・テスタロッサ……」
「あの…わたしは」
なのはは自分も名乗ろうとした。だがそれを聞く事もなくフェイトは空高く舞い上がった。
その後を追い、人型になったアルフが飛ぶ。
「そんじゃね〜。次は容赦無しだよ」
「ふん、こちらもそうだ」
二つの影はあっという間に見えなくなった。
なのはとユーノはその背をやはり見つめるしかできなかった。
「さて、それを渡してもらおうか?」
「え!?」
連音はなのはの持つレイジングハートを指差して言った。
「お前は元来、戦う人間じゃない。後の事は俺が引き受けよう。それを捨て、あるべき日常に帰れ」
「あるべき日常……?」
「魔法と出会う前の自分。暖かな家族と、仲の良い友人らに囲まれた世界だ」
「……!!」
「俺の目的はジュエルシードを集め誰の目にも届かない場所で封印、管理する事だ。
その事自体、お前達の目的とさほど違わない筈だが?」
「でも、わたしはユーノ君と約束して、自分の意思でジュエルシードを集めるって!」
「人が相手になった途端、崩れるような思いで、か?」
「な…っ!!?」
「………それに忘れたか?ジュエルシードによって町がどうなったか…」
「…っ!!」
その言葉になのはの足が震えた。
連音の言葉は否が応にもなのはの心を抉っていく。
「悪いようにはしない。さ、それを渡せ。そして全てを忘れて帰れ、戻れる内に」連音は手を差し出した。だが、なのははレイジングハートをぎゅっと抱きしめたまま動こうとしない。
連音の言葉は間違っていない。それはなのはも分かっている。
ユーノの手伝いでなく自分の意思で、そう誓った筈が。自分と同じ歳の少女が現れて、また迷っている自分がいる。
本当の全力でと言いながら、本当の全力を出せないでいる。
このまま、彼に全てを任せた方が良いのでは?
そんな考えが頭を過ぎる。
だが、黒衣の少女――フェイトの事も頭から離れない。
心にはっきりと映る、その余りにも寂しい瞳。
その意味を分からないまま諦める事もしたくなかった。
でも、どうしたら良いのか、自分がどうしたいのかも分からない。
ぐるぐると回る思考はただレイジングハートをぎゅっと抱きしめる事にだけ集約された。
連音はしばらく待ったものの、なのははそのまま動こうとしない。
「…まぁ良い。それ程でもないが時間はある。ゆっくりと考えると良い。納得がいくまで、な」
連音は踵を返し、月村邸の時のように風の中に消えた。
残されたなのはは、自分の思いすら分からない事にただ泣きじゃくっていた。
月光の真下を連音は跳んでいた。
思い返すのは自分の言葉。
フェイトに向けて言った言葉。
なのはに向けて言った言葉。
その一つ一つがリフレインする度に心が軋むような気がした。
「……………この偽善者が」
自傷するように吐き出す。自分にそれを言う資格などないと言わんばかりに。
それを聞くのは、静かに浮かぶ月のみである。
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