連音は屋敷から延びる林道を疾風の如く駆け抜ける。
頬を撫でる風と耳に響く轟々という音がなんとも心地良い。
海鳴に着くまで疲労回復のために睡眠をとっていたり、
ただ電車の中でジッとしていただけだったのでストレスも溜まっていたのだ。
曲がりくねった道を大きく飛び越えて、目前にある木の枝に着地。
そのままヒョイヒョイと飛び移っていく。
海鳴の町まで数分の距離まで迫っていた。
魔法少女リリカルなのは シャドウダンサー
第三話 災禍の魔石
「う〜む…これが海鳴の町か〜。里とは違って随分とでかい建物が多いんだなぁ〜」
連音が嘆息しているのはとある高層ビルの屋上。
町一番の高さがあるそこからは海鳴の町を一望する事ができた。
そこのフェンスの上に立ち、連音は五感を研ぎ澄ませる。
鼻腔をくすぐる潮の香り。ビルで見えないが風の吹いてくる方角に海があるのだろう。
通りを歩く人々の顔もここに来る途中に見てきた顔とは全然違っている。
その町はここよりももっと発展していたが、それに反して町の“氣”が淀んでいた。
淀んだ氣は人の心にも悪影響を及ぼし、人外なるもの“鬼”を生み出す。
人の乱れは地の乱れになり、地の乱れは天の乱れに、そして天の乱れは人の乱れとなる。
連音は里でそう教わったが、実際にその目で見るまで意味を真に分かる事はなかった。
だからこそ、この町は他と違うのだと感じることができる。
町を抜ける風が氣を入れ替え、地脈にも良い影響を与えているのだ。
良い町だ、そう感じた。この町には不思議な気配に満ちているが、嫌なものは無かった。
そんな町に今、どれほどかの危機が迫っている。
その事実は連音の心を締め付けた。
「竜魔衆の名に懸けて必ず使命を果たしてみせる……!」
それがこの町を守る事にも繋がる、そう信じて。
ちなみに、連音の真下ではその町の人達がざわつき始めていた。
「おい…あれってまさか……?」
「うそ!?飛び降り!!?」
ザワザワ!!
「おい誰か警察を!」
「馬鹿ヤロォ!消防が先だろ!!」
「やべっ!」
その騒ぎに気が付いた連音は大慌てでそこを後にしたのだった。
所変わって月村邸。
「ところでお嬢様?」
「何?」
「すずかお嬢様への伝言を何故お頼みになったのですか?
携帯電話に連絡を入れれば済んだのでは?」
「それじゃ面白くないでしょう?何のために今日から連音が家に住むって事を黙っていたと思ってるの?
あの子の驚く様を見たいからじゃない!」
「………なるほど。ですが先ほどお嬢様から迎えに来て欲しいと連絡を頂いたのですが?」
ちょっと忍の頬が引きつった。
「………まぁ大丈夫よ!?帰ってきたあの子のリアクションの代わりに家で会った時のリアクションっていう楽しみがあるんだから!!」
「その前に連音様が何時頃戻られるかが問題では?
せっかく予約したレストランも時間に間に合わないの可能性も…」
「…………………う〜む、仕方ない。連音に連絡してあげるか」
忍は本当に残念そうにポケットから携帯電話を取り出す。
「ノエル、番号教えて〜?掛けるから」
するとノエルはキョトンとした顔をした。
「は…?私は存じておりませんが?お嬢様はご存じないのですか?」
「……………とりあえず、すずかを迎えに行ってきて頂戴」
「……………かしこまりました」
庭に吹く風はやっぱり冷たかった。
所戻って海鳴市大通り沿い。
コンビニで買った地図を片手に連音は大通りを進んでいく。
月村邸を後にしてそこそこの時間が経過していた。
初めての町で騒ぎから逃げる為に適当に走り回って、その結果、迷子になった。
が、流石に都市と名が付くだけあってコンビニをすぐに発見できたのは不幸中の幸いと言わざるを得ない。
「地図をバッグの中に忘れるとは……。何のために準備してたんだか……」
現在地を確認しながら指を地図に滑らせて目的地を探す。目的地は――
「みどりや、みどりや……と」
緑屋なのか?水鳥屋なのか?はたまた碧屋なのか?
何せ文字が分からないのだから、しらみつぶしにそれらしい場所を調べていくしかない。
だが、この行為自体も無駄になるわけではない。
「……琥光、反応は?」
右手首に掛けられた腕輪に問いかける。が、腕輪は反応を返さない。
「……当たり無し、か」
溜め息を吐いて地図に視線を落とし、テクテクと進んでいく。
隣にある喫茶店にも気が付かず。
翠色の看板には『翠MIDORIYA屋』とあった。
とある一軒家。その一室に一人の少女と一匹のフェレットがいた。
ばったりとベッドに横たわる姿は疲労の色が見てとれた。
「なのは、寝るなら着替えてからじゃなきゃ…」
少年らしき声が聞こえる。
「……ぅ〜ん………」
なのはと呼ばれた少女は少ししてからモゾモゾと起きたかと思うと、上着に手を掛け脱ぎ去る。
「〜〜〜〜〜〜ッ!!??」
その光景にフェレットは驚いて慌てて後ろを向いた。
「ユーノ君も一休みしといた方が良いよぉ…?」
が、なのははそれに気が付くこともなく、スカートも脱いでパジャマのズボンを穿いた。
「なのはは晩御飯までおやすみなさ〜い……」
パジャマの上も着てバッタリとベッドに倒れこむと、すぐに寝息が聞こえてきた。
時折、うなされるような声も混じる。
その様子をフェレットは辛そうな表情を浮かべて見ていた。
(やっぱり慣れない魔法を使うのは相当の疲労なんだろうな…。僕がもっとしっかりしてれば……)
「ぅ……ぅん」
ユーノ、そう呼ばれたフェレットは、なのはの苦しそうな寝顔をただ見ている事しか出来なかった。
「う〜む……ここはどこだ?こっちが北で…あっちが西で…で、こっちから来たんだから……あれ?」
連音はすっかり迷子になっていた。
正直なところ誰かに道を尋ねれば済む話なのだが、そこは新米とはいえ、忍者としてのプライドが邪魔をする。
地図を睨みながら唸る小学生程の男子というのも中々に不気味であった。
それは歩いている途中にすれ違ったサラリーマンも今、隣で信号待ちをしているジャージ姿の同い年ぐらいのカップルでも同じだった。
「あの子、どうしたのかな?」
「う〜ん、迷ったのかな?」
ヒソヒソする声が連音の耳に届いた。無意識にジロリと見てしまう。
「うっ…!」
「あっ…」
どちらの側にも悪気があった訳ではないが、こればかりはどうしようもない。
女の子の方がこの場の空気を少しでも何とかしようと男の子の方に話しかけた。
「きょ、今日も凄かったね…」
「え?あ、いや、そんな事無いよ。ほら、ウチはディフェンスが良いからね…」
「でも格好良かった……」
「ぁ……」
女の子の言葉に頬を赤らめる男の子。
それを見て微笑む女の子。
甘酸っぱい空気が二人を包んでいた。
(………なんだ、この居心地の悪さは!?)
“……”
(人がこんなに苦労してるってのに何でそんな甘々な世界を見せ付けられなきゃならないんだ!?)
“………ジ”
(くそう、電話でもして翠屋の事聞くか?)
“………ルジ”
(ん?そうだよ!電話だ!!すずかだって携帯ぐらい持ってるだろうに!クソォ、忍姉のヤツ、人の事おちょくりやがったな!!)
“主”
(あ〜〜〜〜っ!なんだよ一体!!?)
“強大反応感知”
「何ッ!?」
「あ、そうだ」
現実に引き戻された連音の耳に男の子の声が飛び込んできた。
何故その声に意識が向いたのか、それは分からない。
だが連音の目にそれが映った瞬間全身が硬直した。
「はい」
「わぁ…綺麗……」
取り出されたのはひし形に似た形の青い石。
「只の石だと思うんだけど、綺麗だったから……」
(止めろ…)
連音の目に、それは余りにも恐ろしく見えた。
石から、今にも破裂しそうな風船に似た危うさが発せられていたからだ。
(止めろ、気付かないのか!?)
女の子はそれにそっと手を伸ばす。
「―――それに触るなぁああああっ!!」
「――え?」
連音は叫ぶが女の子の手はすでに石に置かれていた。
「え…?」
「きゃぁああ!!」
「うわぁああああ!?」
石から放たれた光は二人を一瞬で飲み込み、天を貫き、大地を鳴動させる。
二人を中心に巨大な木の根が猛スピードでアスファルトを砕き、這いずり回る。
その一本に連音は大きく弾き飛ばされた。
「うわぁああああああああ!!!」
数十メートルを一気に飛ばされ、そのまま更に地面を転がされる。
だが、その状態でも受身を取り、立ち上がる。
手と顔に擦り傷が出来ていたがその程度どうという事はなかった。
今、目の前で起きた事を、そして今の状態を把握する事の方が優先だからだ。
「あの二人は!?」
見上げれば何か光る繭のような物に包まれて、そのまま上に運ばれていくのが見えた。
根だけでなく、幹も大きく.成長しているのだろう。
見る間に幹は枝を広げ、葉を生やし、町を蹂躙していく。
「まさか…あれが姫様の言っていた『災禍の魔石』……!?
…その力の一端でこれかよ…!!」
“主”
「……あぁ、分かってる…災禍の魔石が目覚める事も姫様の刻見の通りだ。
だけど…クソ!行くぞ、琥光!!」
“了承”
連音は右手を大きく空に掲げる。
――我 大いなる使命を与えられし者なり――
力ある言葉に腕輪の石が光を帯びる。
――古の盟約の元 その力を解放せよ――
ドクン!
石が力強く鼓動した。
――暁に誓いを 黄昏に願いを――
光が徐々に強くなっていく。
――そして 不屈の闘志をこの胸に――
琥珀色の輝きが連音を包んでいく。
「この手に力を!目覚めよ、琥光ぉっ!!!」
“起動開始”
吹き上がる光の中で連音の服は消え、そして藍色の衣に包まれていく。
“忍装束、展開”
金属の手甲、足甲が装備され、衣は忍者服に変わる。
口元を隠す黒の覆面。首には異様な長さのマフラー。
そして額には耳から後頭部を覆うような布の付いた鉢金が装備される。
腕輪――琥光は一瞬にして鍔は六角柱、刃渡りは四十センチ程の直刃の忍者刀に変化し、腰の後ろの鞘に装備された。
“展開完了”
光が砕け、その中から一人の忍が現れた。
腰に差した琥光を握り締め、魔の大樹を睨む。
「これ以上、好きにはさせない!竜魔衆、辰守連音……参る!!」
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