太陽が海岸線に昇ろうとする時刻。
朝靄に包まれた海浜公園に、幾つかの人影があった。
一人は金髪の少女。隣に立つのは獣耳を持った野生的な女性。
少し離れた所に、黒い服装の少年が立っている。
そして、その靄の向こうからやって来る人影を見つけ、金髪の少女――フェイトは幾分か緊張の面持ちを見せた。
やがて、ハッキリと見えてくる。
肩にフェレットを乗せ、制服に身を包んだ、ちょこんと結んだツインテールの少女。
そして並んで歩くのは、白のシャツにデニム地のジャケット、ジーンズといったラフな格好の少年。
「ありがとう……来てくれて」
フェイトは少女に礼を言った。少女は首を振った。
「ううん…わたしも、会いたかったから……」
そう答え、少女――なのはは笑った。
フェレットが肩から降りる。
一見すれば他愛無い会話。しかし、フェイトはギュッと何かを握った。
そして、なのはも胸に揺れるそれを掴んだ。
「バルディッシュ――セットアップ…!」
「レイジングハート――お願い…!」
“Stand by,Ready”
“Set Up”
デジタルな音声が聞こえると同時に、二人は光に包まれる。
そして、一瞬でその姿が変わった。
その手には、彼女達と共にある頼もしいパートナー、インテリジェントデバイス。
魔導師の杖レイジングハートと、閃光の雷斧バルディッシュ。
二人の間に入るように、少年――連音が立った。
「これより、模擬戦形式による決闘を執り行う……。高町なのは、そしてレイジングハート」
「はい…!」
「フェイト・テスタロッサ、そしてバルディッシュ」
「ハイ…!」
互いに名を呼ばれ、力強く返事を返す。
「強さとは力に非ず……その心、想いを込めて振るう時、初めてそれは強さとなる」
「……」
「………」
「ならば、その手の力に想いを込めて、強さを示せ。今の自分の、全てを出し切る為に…!」
連音の言葉を受けて、二人の心に強い想いが燃え上がる。
「立会人は、自分――辰守連音が務めさせて頂く」
連音は二人の少女を見回し、その手をゆっくりと持ち上げた。
なのはとフェイトは互いにデバイスを構える。
「それでは………始めッ!!」
魔法少女リリカルなのは シャドウダンサー
第二十六話 宿命は星の光に消えて
それは、今から二日前。
病院を勝手に抜け出し行方をくらませたと思えば、またしても大怪我を負った事をフィリスに怒られ、
強制入院という名の二十四時間完全拘束を平身低頭で謝り倒し、どうにか解放される事に成功した夜の事。
ちなみにその際、はやてにも怪我を見つかって、また一悶着があったり。
すっかり精神をすり減らした連音は、バッタリとベッドに倒れ込んでいた。
短い人生の中で、これだけメンタルにダメージを喰らった事は、指折り数えるぐらいしかない。
ともあれ、それだけの状況から解放された事で、連音の意識は急速に休息へと傾いていった。
軽く溜め息を吐き、瞼を閉じれば、緩やかに眠りが誘い始めた。
ピリリリリリ……。
「――んぁ?」
枕元に放って置いた携帯電話が、自身の存在を必死にアピールし始める。
はたして出るべきか。
数秒の思考の末、連音は携帯に手を伸ばした。
液晶に映るのは『時空管理局』という文字。
何時の間に登録されたのだろう。
そもそも、何時この番号を知られたのか。
考えればすぐに答えは出た。
連音が意識を失っている間である。
連音は容赦無く着信を切って、再び放り投げる。
しかし携帯は懲りる事無く、再び鳴り出した。
事件は一応終結している。後始末に関しては、竜魔である自分の知る所ではない。
とはいえ、ここまでしつこく鳴らす以上、何かあったのだろうか。
二度も鳴らされ、眠気も消えてしまったので、仕方無しに連音は電話に出る。
「……誰だ?」
『えっと……何か、怒ってる?』
「……せっかく眠ろうと思ってたのに、起こされましたから。で、何ですか…エイミィさん?」
『う〜ん…アタシじゃないんだよねぇ〜、用があるのは。ちょっと代わるから』
「……?」
エイミィがそう言うと、少しの沈黙が流れ、そして聞こえてきたのは少しおどおどとした声だった。
『あの……こんばんは』
「…?フェイトか…。俺に何の用だ?」
『えっと……体の方は………?』
「概ね順調だが……そんな事を聞くために態々?」
勿論、そうでない事は分かっていた。
今のフェイトは逮捕、拘束をされてはいないが、重要参考人の立場だ。
その彼女がこうして通信をしてくるのだから、何か大事な話があるのだろう。
しかしフェイトという少女は、こういった時には変に遠慮してしまう節がある。
なので、連音はフェイトに話をするように促す。
「大事な事ならちゃんと言え。そうしないと何にも言ってやれないぞ?」
『…………』
「言うなら、ちゃんと聞く。聞いてもらいたいから、こんな風に連絡してきたんだろう?」
『…………はい』
弱々しくフェイトは返事をした。
そして語り出した。
一通り話し終え、フェイトは受話器の向こうで溜め息を吐いた。
『――――――ど、どうしたら良いんでしょう……?』
「……とりあえず言っておこう」
『は、はい…!』
「話が長いッ!!」
『え、えぇ…っ!?』
連音の一言に、フェイトが驚きの声を上げた。
しかし、連音の言う事も尤もだった。
話始めて、最初はしどろもどろだったが、段々と饒舌さを増し、色々付け加えだして、
結果、既に四十分が経過していた。
ちなみにその間に話は七回ループし、連音は相槌以外の一切を入れられていない。
連音は長話をするタイプでない為、これはかなりの苦痛であった。
「話を纏めると…なのはが『友達になりたい』って言った事の答えを考えていたが、結論が出ない、と」
『ハイ……そうです』
連音は隠す事無く、盛大な溜め息を吐いた。
これだけの内容をよくも四十分間、七回もループさせたものだ。
しかし、収穫がまるっきり無かった訳ではない。
話の中で、ちょっと気になるフレーズがあった。
「それで、あれか……なのはが勝ったら話を聞くって時に、お邪魔虫クロノが現れ、有耶無耶になったと?」
『――誰が、お邪魔虫だ?』
「何だ、やっぱりいたのか」
『フェイトは重要参考人だからね。それはそうと、誰が――』
「それでな、フェイト?」
『おい!スルーするなッ!!うわ、止めろエイミィ!!』
『は〜いはい、下がりましょうねぇ〜?』
エキサイトするクロノだったが、そのままエイミィに引きずられて行った様だ。
ズルズルという音が嫌に大きく響いた。
「それでな、フェイト?」
『はい』
数秒前を無かった事にして。
「お前はどうなんだ?高町と友達になりたいのか?」
『…………うん』
「だったら、そう言えば良いだろう?」
『………』
沈黙。連音はフェイトの言葉を待った。
『……だって、わたしはずっと、あの子に酷い事をしてきたから……』
「ん〜……それぐらいの事なら、高町は気にしないだろう」
『あの子が良くても………わたしがダメ…だから』
「………そうか」
連音は頭を抱えてしまった。
なのはは、フェイトと友達になりたい。
フェイトもそう思っている。
だがフェイトは、今まで自分がなのはにしてきた事を思うと、そう伝える事ができない。
でも、友達になりたいと思っている。
この辺りで思考がループに嵌り、抜け出せなくなっているようだった。
フェイトは良くも悪くも真面目なので、こういった辺りに融通が利かせられないようだ。
それは、自分にも言えることでもあるが。
ふと、これがなのはではなく、はやてだったなら、と思う。
彼女ならば、かなり強引にフェイトを引きずり回し、そのままわだかまりも、何もかもを粉々にしてしまいそうだ。
しかし、当事者はフェイトとなのは。オカンな関西弁少女の入る余地は無い。
(…わだかまり、か………)
少し考える。
このまま何を言ったとしても、フェイトは納得できないだろう。
フェイトは動く前にちゃんと考える所が長所だが、それは短所の裏返しでもある。
思考が嵌ると、そこから抜け出せなくなる傾向が強いのだ。
一途で、頑固で、真っ直ぐで。
だからこそ、フェイトには何も考えずに行動する、という選択肢を教えるべきだろうと思う。
とはいえ、どう伝えたら良いものか。
少し考えて、そして思い出した。
迷った時に自分がどうしたのかを。
「―――だったら一度、とことんまでぶつかってみたら良いんじゃないか?」
『とことんまで……?』
「そう、とことんまで。考えてゴチャゴチャするなら、いっそヘロヘロになるまでさ……」
『……でも』
「大丈夫だって。高町の家は、そういう荒事の塊みたいな所だから」
『そう、なんですか……!?』
フェイトが驚きの声を上げる。
実際に父、兄、姉はそうだから、ウソは一つも入っていない。
「そうそう。だから問題なしだ。それに……」
『…?』
「ちゃんと決着、つけてないんだろう?何だかんだで…高町と」
話の中では、連音の知らない間での闘いもあったようだが、なのはとのハッキリとした決着はついていないらしい。
その辺りも、フェイトの心に引っ掛かりを生んでいるのだろう。
フェイトはしばし考えていたが、やがて力強く答えた。
『分かりました……とことん、ぶつかってみます…!!』
「ん。それじゃあ、頑張れよ……お休み」
『ハイ……お休みなさい』
そして、連音は電話を切った。
携帯を放り、ベッドに倒れこむ。
これでやっと静かに眠れる。
そう安堵して、連音は帰ってきた眠気に身を委ねた。
“連くーーーーんッ!!!”
「おわぁっ!?」
いきなり頭に響いたデカイ声に、連音は反射的に声を上げて驚いた。
ドキドキと心臓がうるさい。
“ッ…!何だよ、いきなり……!”
“何だよじゃないよ〜っ!さっきフェイトちゃんから、いきなり……決闘を申し込まれたんだけど〜っ!!”
早速やったか。
“で、返事はどうしたんだ?”
“待ってもらってる。て、連君なんでしょ?フェイトちゃんの事、唆したのは!?”
“唆したとは人聞きの悪い。俺はフェイトにこう言っただけだ。とことんまでぶつかってみれば?と。
とことんぶつかって、ヘロヘロになってみれば……ほら、夕焼けをバックに『なかなかやるじゃないか?』『お前もな…?』的な?”
“そんな、八十年代熱血系少年漫画的な友情の生まれ方はイヤだよっ!?”
連音のナイスな提案に、なのはは本気で嫌そうに返す。
“そうかぁ?お前の家的にアリだと思うけどなぁ〜?俺と恭也さんなんて、正にそんな感じだし”
“それ初耳だよ……って、まさかお兄ちゃんの怪我って連君のせい!?”
“――どうしてそんな事言うんだ?”
“女の勘だよ!”
“あちゃ”
某CMの様なやり取りはさておいて。
“真面目な話、かなり煮詰まっているみたいだから。気持ちはハッキリしてるんだから、後は踏み出すだけ……。
でも、考え過ぎるからそれを踏み出せないんだ……フェイトは”
“………”
“だから……そのキッカケに、てな。実際、フェイトもその辺りは満更じゃない様だし”
“うぅ〜ん……でも…”
“憎しみ合う訳でも、いがみ合う訳でもない。そう理由だけでしか、戦ったらいけない事は無いだろう?
自分の全てを込めてぶつける。形は違うけど、そういうのって……今までやってきた事と同じじゃないか?”
“………”
連音の言葉になのはは考え込んでいるようだった。
なのはも、そういう事の意味は理解していた。
アリサやすずかとの最初もそうだったから。
あの時はいっぱい話して、伝えて。そうやって分かり合った。
連音はそれと同じだと言う。
傷付く事は嫌い。
傷付ける事はもっと嫌い。
だけど、それだけでないのなら。
それが、自分とフェイトの始まりになるのなら。
“………分かったよ”
迷う事なんて、きっと無い。
この手の魔法に想いを込めて。ぶつけて、ぶつけられて。
そして分かるのだ。相手の事が。自分の事が。
恭也が言っていた。
『剣士とは、剣で己を語るものだ』と。
それはきっと、これと同じ。
“わたし、フェイトちゃんと戦う……本気の全力で…!”
力強いなのはの言葉。しかし、連音はそこはかとない不安を感じずにはいられなかった。
何か、開けてはならない扉を開けてしまったみたいな――そんな感じがした。
しかし、これで二人の対戦は決まった。と、思ったがまだ問題が残っていた。
いくら当人がやると決めても、管理局が『ハイ、そうですか』とやらせてくれるとは思えない。
その辺りの説得はかなり面倒そうだ。
“後は管理局がどう判断するか、だけど……そっちは任せた”
“え、えぇ〜ッ!?”
“当然だろう?実現できるように説得しろよ〜?”
“にゃー!まっ―”
そう言って、連音はさっさと念話を切ってしまった。
そして、今度こそ連音は眠りについたのだった。
次元航行艦船アースラ。
その艦長室で、フェイトとアルフ、リンディとクロノは向かい合っていた。
そして音声だけながら、なのはもその場にいた。
「そんな事、許可できる訳がない」
開口一番。クロノはキッパリと言い切った。
「そうね…。決闘、というのは許可できないわね」
そしてリンディも、ハッキリと言った。
『そんなぁっ!!』
「っ………!」
それも当然の事。事件とは無関係に管理外世界で戦闘行動をするなど、認められる訳がない。しかも、フェイトは重要参考人だ。
意気消沈する二人。
しかしリンディはポン、と手を打った。
「だから、模擬戦って事にしましょう」
ガターーーーーン!!
クロノが盛大にコケた。
「あら、どうしたのクロノ?」
「どうしたのじゃないです!!何を言ってるんですか、艦長!!」
「何って、模擬戦なら問題無いじゃない?」
「大っっ有りです!!」
リンディは凄い剣幕で迫るクロノに、一寸だけ困ったように首を傾げた。
「でも近い内にフェイトさんは本局に行くから、なのはさんとは離れ離れになっちゃうし……。
心残りはできるだけ無くしてあげたいのよ……。それに、ほら…二人のちゃんとしたデータだって欲しいじゃない?」
なのはの世界は、魔法が存在する世界ではない。
レイジングハートの様なデバイスも、地球から見ればオーバーテクノロジーの塊である。
つまりこの事件の終わりは、なのはの魔導師としての生活の終わりにも繋がるのだ。
しかし、なのはの様に才能に満ちた人材を放置出来るほど、管理局は人材に恵まれてはいない。
いつでも人材確保に忙しく、ましてやなのはクラスの人間は管理局でも5%程しかいない。
それ故に、なのはがこのまま魔導師としていられるように根回しをする為に、彼女のデータは必要不可欠だった。
勿論、なのはとフェイトの事を何とかしてあげたいという思いも、大きくある。
クロノは何かを言おうとしたが、やがて諦めたのか、盛大に溜め息を吐いた。
「………分かりました、もう何も言いません」
「ごめんね、クロノ?」
「もう良いです。艦長がそういう人だと、今更ながら理解してますから」
「あら、流石は自慢の息子だわ♪」
「皮肉です」
「分かってるわよ」
リンディのニコニコ笑顔の前に、クロノは再び盛大な溜め息を吐いた。
「それじゃあ、場所等はこちらで決める。文句は無いね?」
「ハイ…!」
『ありがとうございます!リンディさん、クロノ君!!』
素直に礼を言われ、クロノは苦笑いしか浮かべられなかった。
決闘の場所に、其処に張る結界に、色々な事をしなければならない。
まだ、先の事件の証拠集めも途中だというのに、だ。
(……徹夜、何連チャンかなぁ……?)
とりあえず、クロノの未来は暗かった。
そして二人の決闘が正式に決まり、そして当日の朝を迎える。
なのはは家の道場で一人、正座していた。
これから闘いに赴く。その事実に乱れそうな心を静めたかったのだ。
「良い顔になったな?」
「…っ!?お父さん…?」
突然に掛けられた声に振り向けば、士郎が立っていた。
「色々悩んでいたみたいだけど、どうやら吹っ切れたみたいだな…?」
「ッ!お父さん……なのはが悩んでたの…知ってたの……!?」
なのははすっかり驚いた声を上げた。
士郎はなのはの肩に手を置き、優しく語った。
「そりゃあそうさ。お父さんは、お父さんだからな?
……ま、なのははしっかりしてるからな…そんなに心配はしていなかったけど……」
言葉でこそそう言うが、実際は違う。娘の事を心配しない訳がない。
だが、なのはが何かをしようとする事を止める事もできなかった。
だからなのはを、ただ信じる事にしたのだ。
そして遠出からなのはが帰って来た時、見違えたように大きくなっていた。
きっと良い出会いをしたのだろう。
そして、なのははまた何かをする為に出掛けようとしている。
だから士郎は、ただ一言だけをなのはに送った。
「頑張って来い、なのは」
「―――はい、行ってきます!!」
そして表に出てきたなのはは、向かいの塀にもたれる連音を見つけた。その肩にはバッグが掛けられていた。
「連君?」
「よぉ、お出かけか?」
「うん……大事な、ね」
「んじゃ、お付き合いしますか」
と、塀の上からフェレットが跳び下りた。
「ユーノ君?今まで何処にいたの??」
「美由希さんに捕まってた……やっと逃げてこれたよ…」
余程何かが凄かったのか、げんなりといった風にユーノは答えた。それが何なのかは聞かないでおいた。
「これで、全員だね?行こっか…!」
「うん…!」
「よし、行こう!」
そして三人は連れ立って決闘の場へと向かった。
アースラでも、もう一人が決闘の場に向かおうとしていた。
病人という事もあり、護送室には簡易ベッドが置かれ、其処にプレシアは横になっていた。
フェイトの声がドア越しに届く。
「母さん……わたし、これから決闘に行ってきます」
「………」
聞こえている筈。しかし、プレシアは無言だった。
それでも構わず、フェイトは声を掛ける。
「あの白い子……あの子と、戦ってきます。とっても強いけど……でも、負けません。
わたしの最初はあの子との闘いだった……だから、最後も…」
「…………フェイト」
「っ!?母さん…!?」
「――やるのならば勝ちなさい…何があろうとも……テスタロッサを名乗るなら、尚更……」
「っ……」
「理想も未来も、勝者のみに与えられる。どんな綺麗事を並べようとも、それが真実……。
だから、その道を邪魔するものがあるならば、全力を以って潰しなさい。
倒された者は、全てを奪われるのだから……」
プレシアの辛辣な言葉。しかし、それは現実という地獄を知るが故。
「―――でも、それは次からで良いわ」
「――え…?」
「精々、悔いの無い様になさい………フェイト」
「あ――」
その声に、フェイトは聞き覚えがあった。
記憶の彼方、アリシアを呼んだ時と同じ温かさ。
心が震える。
頑張れ、なんて一言も無い。
だけれども、その言葉だけで充分だった。
「ハイ……行ってきます、母さん……!」
なのはとフェイトは合図を受け、一気に飛び上がった。
「ディバインシューター、シュート!!」
なのはの掛け声で桜色の光弾が四つ、フェイトに向かって飛翔した。
しかし同時にフェイトも魔法を放っていた。
「フォトンランサー、ファイア!!」
曲線を描くディバインシューターと違い、真っ直ぐになのは目掛けてランサーが飛ぶ。
それを回避しつつ、なのはが接近する。
フェイトの方も回避行動をとるが、シューターの誘導率は高く、振り切れない。
「クッ――!」
回避からシールドでの防御に切り替える。
全弾がぶつかり、衝撃が走る。しかし、シールドは砕けない。
全てのシューターを潰し、フェイトがすぐさま反撃に移ろうとする。
「シューーートッ!」
シールドを解いた時、既になのはは次を構えていた。
再び飛翔する五つのディバインシューター。
(魔法構成が早い…!)
シールドで防ぐ事はできる。しかし、それをすれば足が止まる。
フェイトはバルディッシュを鎌へと変じた。
“Scythe Form”
そして一気に攻勢をかける。
飛び交うシューターを一つ、二つ、三つ、四つと切り裂き、五つ目を躱してなのはに迫る。
「あ――っ!?」
鎌を振り上げるフェイトに、なのはがとっさに手をかざす。
“Round Shield”
レイジングハートの声。目前にシールドが展開される。
しかし、フェイトは構わず魔力刃を叩きつけた。
ぶつかり合った箇所から、バチバチと閃光が走る。
(クッ…!硬い……!)
予想以上のシールド強度に、フェイトは心の中で舌打ちした。
しかしバルディッシュは、徐々になのはのシールドを削っていく。
「―――」
なのはは慌てず、意識を集中させていた。
その先は―――一個だけ残ったシューター。
それをコントロールし、後方から一気に襲い掛からせた。
「ッ!?」
感じた魔力に、フェイトはとっさにシールドを後方に展開した。
ぶつかり、そしてシューターは砕け散った。
それを確認する間も無く、フェイトは振り返る。しかし、なのはの姿は既にない。
周囲を見回すが、なのはがいなかった。
(一体何処に…?)
バルディッシュを構え、何時攻撃が来てもいい様に態勢を整える。
“Flash Move”
「せぇぇええええええええええええええええいっっ!!!」
突如聞こえた咆哮。フェイトがハッとして見上げると、真上から迫る白い影。
人間の弱点。それは真上からの攻撃。
それを知ってか知らずか、なのはは行っていた。
その勢いのまま、魔力を込めたレイジングハートを振り下ろす。
ぶつかり合う、レイジングハートとバルディッシュ。
“Flash Impact”
その瞬間、レイジングハートに込められた魔力が爆発した。
まるでスタングレネードの様な爆音と閃光が轟く。
その光の中、なのははファイトを見失った。
目前にいた筈が、いなくなっていた。
“Scythe Slash”
「はぁああああっ!!」
背後から死神の鎌が迫る。
「――ッ!?」
なのはの足のフライアーフィンが羽ばたき、その一撃を寸での所で躱す。
掠めた魔力刃がなのはの胸元のリボンを切り裂く。
それに構わず、なのはは距離を取ろうと加速する。
「――なっ!」
その眼前には、行く手を阻むように金色のスフィアがいた。
“Fire”
バルディッシュの声で、一斉射撃が放たれる。
なのははシールドを展開し、それを斜めに構え、攻撃をいなして弾いていく。
次々に海に落ちるバレットが水飛沫を上げる。
それを防ぎきり、なのははシールドを解くと同時に、その場を離れる。
瞬間、飛翔する魔力刃。
それは軌道を変えながら、なのはを追撃する。
「これって!?」
なのははそれに驚いた。
何度か見た事のある、アークセイバーであるのは間違いない。
しかし、その大きさが違う。
アークセイバー・オーバーチャージ。
これの威力ならば、恐らくはなのはのシールドも砕く事ができる。
そして、もう一つの性質。
フェイトの腕が振るわれる。
「ツインエッジ!!」
“Twin Edge”
その掛け声と共に、魔力刃が二つに分裂する。
一気に加速し、なのはに迫る。
「レイジングハート!!」
“Divine Shooter”
六つの光弾がツインッジを迎撃する。
だが、それを粉砕して、二重の刃はなのはに襲い掛かった。
“Round Shield”
「くぅう……っ!」
なのはのシールドに魔力刃がくい込む。しかし、シューターで威力を殺され、それ以上は行かない。
“Shield Burst”
レイジングハートの声で、シールドが爆発。
その衝撃でなのはは大きく離れ、ツインエッジも砕け散った。
攻防の果て、二人は海上で向き合っていた。
乱れる息を整えつつ、次の一手を探る。
どちらも、今までの経験から戦術を練ってきたが、ここに来てそれは意味を成さなかった。
(強い……流石フェイトちゃん……!速くて、鋭くて…わたしなんかよりずっと強い…!)
なのははフェイトの強さに改めて感心していた。
接近戦では全く歯が立たない。
かといって中距離戦も、五分と言う事もできない。
それでもなのはの心は揺るがない。
元より、インスタント魔導師の自分とは経験値が違うのだ。
そんな事は分かりきっている。だから今更なのだ。
自分がフェイトに勝てる要素は、たった一つだけなのだから。
(待つんだ……!“アレ”を決められるチャンスを……!!)
(最初はただ魔力が強いだけだった……でも、今は違う…速くて、強い…!)
フェイトはなのはの成長ぶりに驚きを隠せないでいた。
時の庭園で一緒に戦った時は、彼女の力に頼もしさを憶えた。二人ならどんな相手にだって負けない気さえした。
しかし、いざ敵に回したなら、その何たる恐ろしさか。
強固な守りと、重厚な攻撃。
そして、なのはの最大の武器である砲撃は、喰らえば確実に落とされる。
しかし勝てる要素は多い。
一つはなのはの体。
なのはは連音の様な戦士ではない。幾ら才能が在ろうと、肉体は短期間で変わりはしない。
つまり、防御さえ抜けば落とす事は容易いのだ。
二つ目は、その砲撃魔法そのものだ。
どれだけの威力があろうとも、足を止めない限りは警戒するべき砲撃も撃てない。
三つ目は高速戦闘。
なのはのディバインシューターの誘導率は高いが、高速戦闘ではこちらを負いきれないでいる。
やはり、足さえ止めなければ問題は無い。
(ミドルレンジをキープしつつ………一気に畳み掛ける……!)
二人が狙うのは決めの一撃。それを撃てるポジションを取る事。
魔法を手札に、陣取り合戦が始まった。
閃光が飛び、雷光が駆ける。
なのはの攻撃はフェイトのそれを追い切れず、フェイトもまた、なのはの堅固な守りと、一撃の重い攻撃に攻め切れないでいる。
「この戦い…どちらが勝つと君は思う?」
二人の戦いを見ながら、クロノは連音に問いかける。
「う〜ん、そうだなぁ〜……」
元より、勝ち負けという話ではないのだが、問われればやはり考えてしまう。
「やはりフェイトの方が有利だろうな。今は互角だが、消耗していけばその差が見えてくる」
「やはりそう見るか……」
「―――だが」
「…?」
「それを高町も分かっている筈だ。なら……」
「動く、か?」
「恐らくな」
クロノは知らないが、なのはは士郎の娘で、恭也の妹だ。
御神の血。その戦闘センスは彼女にも受け継がれている筈だ。
腕組みをしつつ戦局を語る二人の後ろで、アルフとユーノはヒソヒソと話していた。
「ねぇ……あの二人、本当に子供なのかい?というか、あの“ツラネ”ってのは本当にフェイトと同い年かい?」
「う〜〜〜ん……どうなんだろう…?」
二人は別の事で頭を悩ませていた。
フェイトはフォトンランサーを繰り出し、一気に攻める。
なのはもすぐにシールドを展開するが、ランサーはなのはから僅かに外れたコースを飛んでいた。
「バーストッ!!」
“Burst”
連続して爆発が起こり、なのはの視界が塞がれる。
「レイジングハート!!」
“Protection”
なのはは全方位型のバリアを展開する。
相手を見失ったなら全方向を防御する。それは基本だ。
その上方からフェイトは、サイスフォームに変形したバルディッシュを構え、急降下していた。
意趣返しともいえる攻撃。しかし、フェイトはそれに気が付いた。
なのはのデバイスも変形していたのだ。
ゾクリと、冷たいものが背を伝った。
“Master!”
「ッ!上だぁっ!!」
なのははレイジングハートを真上にかざした。
“Divine Buster”
そして爆煙を貫いて、閃光が走った。
「バルディッシュッ!」
“Defenser”
回避をしつつバリアを展開。しかしそれごと、なのはのバスターはフェイトを吹っ飛ばした。
「ウァアアアア……ッ!!」
直撃を避けるが、それでもダメージは半端ではない。
魔力がバリアの上から削られるどころか、抉り取られていくのが分かる。
こんなもの、まともに防御するだけで形勢をひっくり返される。
フェイトは弾かれるように砲撃から外れる。
バスターの閃光はそのまま、空に吸い込まれていった。
レイジングハートの排気口から、残滓魔力が放出される。
「あぁ〜。直撃いかなかったね、レイジングハート……」
“ですが、魔力ダメージは与えられました。勝負はこれからです”
「うん、そうだね……!」
なのはとレイジングハートは、今度こそ決めるという意欲に燃えた。
対するフェイトとバルディッシュも同じく燃えていた。
「危なかったね……今のは」
“良いコンビネーションです”
「うん…索敵をデバイスに任せて、自分は即座に反応して攻撃……良いコンビだ」
“ですが、負けません”
「勿論……行くよ!!」
再び攻防が始まり、アルフは安堵の息を吐いた。
「彼女が心配?」
ユーノの言葉にアルフは少し照れながら答えた。
「そりゃあ、勝つのがフェイトだって分かてても、あの子のアレは物騒だからねぇ…」
その言葉にユーノがちょっとだけムッとした。
「勝つのはなのはだよ」
今度はそれにアルフがカチンと来た。
「フェイトだよ…!」
「なのは…!」
「フェイトだよ!」
「なのは!!」
「フェイト!!」
そんな虚しい言い合いは、ユーノの溜め息で幕を閉じた。
「そんな事はどうでも良いんだった……ただ、どっちも無事でいてくれれば」
「………だね。アンタ…ユーノだったっけ?」
「うん…ユーノ・スクライアだよ」
「あんがとね。フェイトの事も心配してくれて……」
「………一人じゃないって、凄い事だよね」
「あぁ…そうだね……」
この戦いの結果がどうなろうと、きっと何かが変わる。そんな確信がアルフの中には生まれていた。
フェイトはなのはの攻撃を躱し、なのははフェイトの反撃を躱す。
どうにかして距離を取りたいなのはと、接近して一気に畳み掛けたいフェイト。
一進一退の攻防が続く。
“あんまり状況は良くないね……こっちの動きが読まれ出してる…?”
“魔力もかなり使ってしまいました。残り、62%程度です”
“なら、切り札は取っておくとして……ちょっと勝負を掛けようか?付き合ってくれる?”
“All right,My Master”
何処かしら楽しそうに、なのはとレイジングハートは言葉を交わし、そして動いた。
「――?」
フェイトは足を止めた。
なのはが突然、動きを止めたのだ。
その足元には巨大な魔法陣が生まれていた。
嵐の中で同じ物を見た記憶が呼び出される。
「あの時の……大出力砲撃…!?」
なのはが勝負を掛けて来たと、フェイトは即座に判断した。
“Sealing Form”
フェイトもまた、巨大魔法陣を展開させた。
大技を撃つ為には足を止める必要がある。これはフェイトにとっても好都合だった。
「どれだけ強力でも、発動はこっちが早い…!削れるだけ魔力を削らせてもらう…!」
「っ!乗ってきた!!」
なのはの誘いにフェイトが乗ってきた。
もしフェイトが接近してきたなら、それにも構わず撃つつもりでいた。
反応炸裂砲撃とも言うべきそれを、ディバインバスター、二つ目のバリエーションを。
“Let’s Shoot It”
「よーーっし、行くよぉっ!!」
黒雲が空を包み、雷光が迸る。
「攻撃をぶつけて、向こうのは全力回避する」
“マスターならば可能です”
「うん……行くよ…!!」
力強い主の言葉に、冷たい金属の体が高揚を覚える。
“Get Set”
「サンダー…ッ!」
“Stand by,Ready”
「ディバイーーーン…!」
フェイトとなのは、魔法構成はほぼ同時だった。
フェイトがバルディッシュを振り上げる。
「レイジーーーッ!!」
分けたのは発動の早さ。バスターよりも微かに早く、雷光がなのは目掛けて襲い掛かった。
“Lightning Protection”
レイジングハートが対電属性のバリアを展開する。
この戦いの為に、なのはが用意していたものだ。
しかし、それを抜けて雷撃はなのはを打ち据えた。
「くぅううう……っ!!」
バリアでかなり弱体化しているが、全身に感じる圧力は予想以上だった。
だが、来ると分かっていれば、耐えられなくはない。
なのははそのまま、レイジングハートをフェイトに向けた。
「ぅう……!バスターーーーーーッ!!」
フェイトはすぐさま回避しようとした。だが、できなかった。
「――――なッ!?」
フェイトの視界を埋め尽くす、桜色の閃光。
それはフェイトの回避範囲すら呑み込み迫る、大魔力を込めた圧倒的拡散率の砲撃。
ディバインバスター・フルバースト。
なのはの中で二番目の威力を誇る魔法だった。
「グゥウウ……ァアアアアッ!!」
光の奔流に呑み込まれ、フェイトはシールドを展開させていたが、その上から凄まじい圧力に襲われる。
拡散されている分、威力は低い筈なのに、先程にも負けない破壊力だった。
二つの大出力が海面を吹き飛ばし、辺りにスコールを降らせた。
「しっかし、何つーバカ魔力だ…結界、持つか…?」
雨避けのシールドを展開しつつ、連音はポツリと零した。
「それは問題無い……筈だ」
クロノもポツリと答えた。
この決闘場の結界はアースラの動力によって成り立っている。
それこそプレシアの次元魔法クラスで無ければ、破壊する事などできない。
しかし、そう分かっていても、不安を覚えてしまうのはどうしてだろうか。
やがてスコールが治まり、その奥になのはとフェイトの姿が確認された。
それぞれのバリアジャケットは焼け焦げ、破れ、ダメージの深さを視覚化させていた。
「はぁ…はぁ……凄いね、フェイトちゃん……今のを耐えちゃうなんて……」
「こっちも…ハァ……サンダーレイジを……耐えられた……凄いよ…」
肩で息をし、体力も限界に近い。それなのに、不思議と口元が歪む。
口の端がつり上がり、ボロボロのままでお互いに笑っていた。
渾身の魔法を互いに放ち、それを互いに受け切った。
フェイトは、今まで悩んでいた自分が莫迦らしくさえ思えた。
魔法を通して伝わってくる。
魔法を通して伝えている。
自分の想いを、なのはの想いを。強くて、真っ直ぐな想いを。
連音の言った通りだった。
考えずにぶつかるだけで、こんなにも伝わる事がある。
そして、見えてきた本当の想い。
今なら言える。なのはと、友達になりたい、と。
でも、と思い直す。
(それは……あの子に勝ってから……!)
魔力は互いに大技を撃ち、そして削り合って、残りは大技一発分。
フェイトはデバイスモードにバルイディッシュを戻し、目前の少女に問いかける。
「そろそろ……決着をつけよう………」
「そうだね……フェイトちゃん、魔力残り少ないでしょ…?」
なのはの何気ない言葉。しかし、フェイトは何故かムッとした。
「まだまだ……全然余裕だよ。君こそ、もう残り少ないんじゃない…?」
幾分か挑発的な物言いに、なのはもちょっとだけムッとした。
「こっちだって……バスター後百発は行けるんだから…!」
「……それは、無理があると思うよ…?」
「………そだね」
自分で言っておいて、なのははあっさりと否定してしまった。
実際、百発も撃てたらどれだけ恐ろしい事か。
想像したら、フェイトの背中が寒くなった。
フルフルと頭を振って、嫌な想像を追い出す。<
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「――正直、後一回大きいの行けるかどうか、かな…?」
「こっちも、そんな感じ……」
互いに切れるカードは一枚ずつ。
「だから、次で決める……!」
「こっちも、次で最後……!」
二人は同時に魔法を構えた。
なのははついに切り札を切った。
集中し、魔力をチャージする。
フェイトも最後のカードを切る。
詠唱し、魔法を構成していく。
「アルカス・クルタス・エイギアス――」
術式が構成され、魔法陣が展開する。
しかし、妙だった。大技と言いながら詠唱が早い。
「――ッ!」
フェイトの狙いに気が付き、チャ−ジを終えた直後にフェイト目掛けて突進した。
だが、一瞬遅かった。
行く手を阻むように魔法陣が現れ、なのはを包囲していた。
そして、なのはの両腕が何かに引っ張られ、空間に張り付けられた。
そのまま両足も押さえられる。
「設置型のバインド……!?」
「間一髪、お互いに攻撃を匂わせておいて違う仕掛けだったね……?」
「っ!?」
「君も、攻撃を構成してなかったでしょ?でも、これで終わり……!」
なのはは必死に暴れる。バインドを解除しようとするが、固くてビクともしない。
「うぅ〜っ!!ズルイ、こんなのっ!!」
「ズルくなんてないよ?」
にっこりと笑うフェイト。とても綺麗だが、もの凄くムカッと来たのはどうしてだろうか。
そして、フェイトは今度こそ大技を構えた。
――アルカス・クルタス・エイギアス 疾風なりし天神 今導きのもと撃ちかかれバルエル・ザルエル・ブラウゼル――
力在る言葉によって、フェイトの周りには、あっという間に三十以上のスフィアが構成された。
「これがわたしの切り札…ファランクスシフト。わたしとバルディッシュの必殺魔法。
三十八基のスフィアからなる、千六十四発の一斉射撃…!」
「ひ、必殺ッ!?千六十四発ッ!?」
フェイトの説明に大慌てのなのは。
必殺とは『必ず殺す』と書くのだから、それも仕方のない事だ。
「大丈夫。非殺傷だから、魔力ダメージだけだよ?」
「そんなニッコリして言っても、ダメだよぉ~ッ!!」
“Photon Lancer,Phalanx shift”
バルディッシュは容赦なくセーフティを解除した。
そして、フェイトもバルディッシュを構え、天を指差した。
「これが、わたしの本気……わたしの全部……!!フォトンランサー、ファランクスシフト…!」
一気にそれを振り下ろした。
「打ち砕け、ファイアッ!!」
フェイトの号令を受け、スフィアが一斉にランサーを放った。
それは圧倒的だった。
僅か四秒の間に、千六十四発の集中砲火。
フェイトもそれの制御だけで精一杯で、ひたすらに四秒間を耐え続けた。
轟音と、爆煙と、大気に走る電光が、凄まじさを物語る。
これを喰らっては、シールドさえも意味を成さないだろう。
フェイトは撃ち終わった後の残ったスフィアを集め、一発の魔力弾を構成した。
バインドも既に解いている。
現在の体勢を維持するだけでも限界だった。僅かな魔力も無駄に使えない。
誰もが、なのはの安否を気遣った。
しかし、ユーノは違った。何故ならユーノは知っていたからだ。
なのはがあの時、何を構成していたのかを。
もうもうと上がる白煙の中、光り輝く魔法陣があった。
その輝きにフェイトは唖然とした。
「そんな……!?」
そこにいたのは、ボロボロのバリアジャケットを更にボロボロとしながらも、耐え切って見せたなのはだった。
「――っ!?」
一瞬の隙を突き、なのはがバインドを仕掛ける。
四肢を拘束され、今度はフェイトが張り付けにされた。
そんな莫迦な。どうして耐えられた?
それに耐えられたとしても、もう魔力なんて残ってない筈。
それなのに、何をしようというのか。
なのはの行動、現状にフェイトは完全に混乱していた。
「広域型の対電防御魔法か…!」
連音はすぐに種に気が付いた。
なのはがチャージしていたのは、広域防御魔法だった。
元より、フェイトの切り札が雷と知っている以上、それに対する備えはして然るべき。
実際、サンダーレイジを防いだのもそれだ。
「だけど、防いだ代償は大きい…!もう魔力は残ってない筈だ…!」
クロノが叫ぶ。
バインドを仕掛けたという事は、この状況にあって尚、大出力魔法を撃つという事だ。
その疑問の答えは、すぐに明らかとなった。
「今度は、こっちの番だよ……!」
桜色の光が、周囲から集っていく。
最初はなのはの近くから。そして段々と遠くまで。
集められたそれは、徐々に大きな塊へと変わっていく。
その光景は星の光が集うかのようだった。
“Starlight Breaker”
レイジングハートがセーフティを解除する。
更に、光は集っていく。
「収束…砲……!?」
空中に残留した自分の魔力を、再び集め、再構成する。
実戦レベルで行うそれは、Sランク以上の高等技術である。
まさか、そんなものをなのはが使えるとはフェイトを始め、誰も予想していなかった。
事前に知っていたユーノを除いては。
その中で、フェイトはある事に気が付いた。
桜色の中に混じる、金色の光。
「ま、まさか…わたしの魔力まで!?ズルい!!そんなの反則だ!!」
自分のどころか、フェイトの魔力まで使われているのだから、この意見は当然だ。
この訴えを聞いていた全員がしきりに頷く。
しかしフェイトの訴えは、なのはによってあっさりと粉砕された。
「ズルくなんてない!全く、全然、これっぽちも!!!」
その言葉に全員が突っ込んだ。
『いやいや、すっごくズルいって!』と。
しかし、そんな事はなのはには関係無い。
なのははずっとこれを狙っていたのだ。
その布石に、集めやすいように魔力をばら撒いていたのだ。
集めて撃つだけの力さえあれば、限界以上の威力で砲撃が撃てる。
魔力消耗の大きいなのはの辿り着いた、完成形だった。
「これがわたしの全力全開……スターライトッ…!」
なのはが杖を振り上げ、そして、叩きつけるように振り下ろした。
「ブレイカーーーーーーーッッ!!!」
砲撃。そんな言葉すら生温い一撃がフェイトを掻き消し、そのまま海を撃ち抜いた。
桜色と金色の閃光が周囲を照らし、高波が押し寄せる。
「やばっ!」
「っ!なんて無茶苦茶な手を使うんだ、なのはは!!」
連音達は一斉に飛翔した。
余波で起きた津波が、四人の所まで押し寄せたのだ。
全員の見守る中、フェイトの姿が見えた。
あれを耐え切ったのか!?そう思った矢先、グラリと彼女の体が揺らいだ。
「マズイ、気を失ってる!!」
「フェイトちゃ――!?」
一番近くにいたなのはが助けにこうとした時、なのはの体が揺らいだ。
最後の一撃を撃ち、もう浮いているだけで限界だったのだ。
全員が急ぐ中、其処から飛び出した影があった。
瞬間移動かと思うほどの加速で、一気にフェイトを受け止める。
「――うぅ…?」
「良かった。意識が返ったか…」
ぼんやりとする意識の中、フェイトは顔を上げた。
そこにいたのは、帽子を被った少年――連音だった。
連音がフェイトを受け止めた事を確認し、ユーノに支えられながらなのはが降りてきた。
それを見て、フェイトは戦いが終わった事に気が付いた。
「わたし…負けちゃったんですか……?」
分かっているが、それでも連音に問いかける。
「あぁ。お前の負けだ、良い勝負だったんだが……最後のあれは、なぁ…」
苦笑する連音に、なのはが食って掛かった。
「あれだってなのはの魔法!全力全開だから卑怯でも何でもないよ!!」
「いや、卑怯なんて俺は………なぁ?」
「ど、どうして僕に振る!?」
いきなり振られてクロノが狼狽する。
なのはの視線が連音からクロノに移った。
「どうなのかな…?クロノ君もそう、思ってるの…?」
「いや、その……」
「ハッキリ言って?いや、その、とかじゃ分からないよ……?」
徐々に、奇妙な凄みを見せるなのは。
追い詰められたクロノは全てをユーノに押し付けようとした。
「そうだ、ユーノ!君はどうなんだ!?」
「え?何も卑怯じゃないでしょ」
フェレット男はあっさりと言い切った。
ユーノはSLBの事も知っていたので、当然の回答だった。
(クソ!ちょっとは空気を読め!!)
クロノは振る相手を間違えていた。ある意味ではバッチリ読んでいる回答だったが。
慌てて連音を探すが、既にアルフと共に公園に戻っていた。
「さて、と……色々お話しよっか…クロノ君?」
公園に戻った二人は、ベンチに腰掛け、連音の持ってきていたスポーツドリンクを飲みながら休息を取っていた。
疲労した体に甘いドリンクが吸い込まれ、なんとも美味しい。
ちなみにクロノは、戦った当人達よりもグッタリとしているが誰も突っ込まなかった。
ヤブヘビはご免なのだ。
「でも、最初はびっくりだったなぁ〜」
「…?何が……?」
なのはの唐突な言葉に、フェイトは首を傾げた。
「だって、いきなり『わたしと戦って!!』なんだもん」
「あぅ…ゴメン……」
シュンとして、フェイトは謝った。
と、慌ててなのははフォローする。
「あ、謝んないで!?受けたのはわたしだし、それに……」
「それに…?」
なのははポリポリと頬を掻きながら――
「楽しかった……から」
そう、フェイトに答えた。
「―――うん…わたしも、楽しかった」
フェイトも戦いの中で感じたものを答えた。
そう、楽しかったのだ。
心が震え、高揚し、必死になって勝ちたかった。
それが、とても楽しかった。
連音はそっとフェイトに聞く。
「それで、どうだ?答えは言えそうか……?」
「―――うん」
小さく、しかしハッキリとフェイトは答えた。
フェイトはなのはに向き直った。
「答え――」
「え――?」
唐突に言われ、一瞬何の事か分からなかったが、すぐに思い当たった。
「友達になりたいって、あれの答え………」
「うん…!」
互いに緊張の面持ちで、フェイトは深呼吸し、なのははフェイトの答えを待った。
決闘の時よりも空気が張り詰めている。
「わたしも、君と友達になりたい………」
冷たい海風がそれを祝福するかの様に、二人の頬を優しく撫でた。
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