ついに起動するジュエルシード。
世界の崩壊を目の前に、少年少女は決戦に挑む。
そうするだけの理由があるから。

世界を呪う者と、世界を守ろうとする者。最後の戦いが始まる。



   魔法少女リリカルなのは  シャドウダンサー

       第二十三話  一つの過去、二つの現在



アースラのブリッジでは状況の把握にクルー総出で当たっていた。
「次元震発生!震度、徐々に増加していますっ!!」
「この速度で震度が増加していくと、次元断層の発生予測値まで後、三十分足らずです!!」

「あの庭園の駆動炉もジュエルシードと同系のロストロギアです!」
エイミィがコンソールを操作し、庭園内部の魔力反応を解析していく。
「それを暴走覚悟で発動させて、足りない出力を補っているんです……!」

「――初めから、片道の予定なのね…!!」
リンディの表情は険しさを増した。
「私も現地へ出ます!クロノ達にはプレシア・テスタロッサの逮捕を優先にと!!」「了解です!!」




時の庭園の入り口に転送された四人。その眼前に魔導兵士が立ち塞がる。
「一杯いるね……」
「まだ入り口だ。中にはもっといるよ……!」
「クロノ君……この子達って…?」
「近くの相手を攻撃するだけの、ただの機械だよ」
「そっか……なら安心だ……」
もう時間が無い。なのはがレイジングハートを構え、魔法を撃とうとするが、クロノが手で制した。

「この程度の相手に無駄弾は必要ないよ……」
クロノが大きくS2Uを振り上げる。
“Stinger Snipe”
そして、襲い来る機械の群れに杖を振りかざした。
「はぁぁあああ!!」
青白い閃光が放たれ、戦場に光の燕が舞い踊った。

命無き機械の騎士が、その舞によって次々に撃破されていく。

「――っ!速い…!」
その精度、速度になのはが感嘆の声を上げた。
「スナイプショットッ!!」
上空に渦巻いていた光が収束し、光の矢へと転じる。
そして、一瞬で無数の魔導兵士を撃破していった。

更に、一番奥にいた一際巨大な敵に向かって飛びかかった。

しかし、矢は装甲に当たった瞬間、弾け飛んだ。
幾つもの敵を倒した事で、威力そのものが落ちていたのだ。
しかし、既にクロノは動いていた。

一気に駆け出し、間合いを詰める。攻撃を躱し、そのまま大きく跳び上がった。
魔導兵士の背に降り立ち、杖を接触させた。

“Break Impulse”

閃光と共に衝撃波が叩き込まれ、その巨躯を灰燼として見せた。

既に入り口を守っていた兵士は、一体も残っていなかった。

「凄い……」
「うん……流石は執務官だね……」
「確かに凄いな……」
これには流石の連音も驚くばかりであった。
「フッ…」
得意げな顔をするクロノ。
「――あの杖、提督の声で喋ったぞ!?」
「あぁっ、そういえば!!」

格好つけたクロノが盛大にこけた。

「そこかっ!?驚く所は!!」
「さぁ、時間が無い!行くぞ高町、ユーノ!!」
「うん!」
「おうっ!」
突っ込むクロノを残して、三人はさっさと先に行ってしまった。
「ちょっと待て!先に行くなっ!!」


門を抜け、内部に入る。
崩れた床の下には不気味な黒いシミのような物が見える。

「連君、あれって…?」
「虚数空間だ。全ての魔法を発動させなくする暗黒の井戸……飛行も出来ないから、落ちたら戻れないぞ?」
「うぅ…気を付ける……」

そして、眼前のドアを蹴破り飛び込む。
「うわ…!」
「随分といるな……どこに仕舞ってたんだ、こんなに?」
「軽口を叩いてる場合か…!」
チラリと、クロノの視線が兵士達の後ろに動く。そこに見えるのは上に続く階段。
「ここから二手に分かれる!君達は最上階にある駆動炉の封印を…!」
「クロノ君は…!?」
「プレシアの元へ行く…!それが、僕の仕事だからね……」
不安そうな表情を浮かべるなのはに、連音が肩を竦めた。
「俺もプレシアの方に行くから、安心しろ」
「……うん!」

「……それは何か?僕が君に守られるという事なのか?」
「「いやいや、そんな事は言ってないよ?」」
「ハモるなッ!!……まぁいい…今、道を空ける!そしたら……!」

なのはが頷き、ユーノの腕を掴んだ。同時に飛行魔法を唱える。

S2Uの先端に、光が膨れ上がった。

“Blaze Cannon”

閃光が放たれ、一気に機械の群れが薙ぎ払われた。
そしてその隙になのはとユーノは階段に向かって飛んだ。
「クロノ君、連君、気を付けてねーっ!」

そしてなのは達の姿が消え、目前には未だ無数の機械兵士達。
「さて、こっからが本番だ……邪魔な物だけを破壊して、先を急ぐぞ!」
「よし、ここは俺が先行しよう。遅れないで付いて来いよ?」
「おい、ちょっと待て!」
連音はクロノの制止を聞かず、一気に駆け出した。
「五行相剋……火を以って金を剋する。火、剋、金!」
紅蓮の刀身に変じた琥光が一閃する。
クロノの目に追えない速さで、魔導兵士は次々にその巨体を切り裂かれていった。
左手を大きく振るうと、ワイヤー付きの苦無が弾丸のように貫いていった。

襲い来る敵を、躱すと同時に切り裂いて、破壊していく。
「五行剣、朱炎飛刃ッ!!ハァアアアアアッ!!」

飛翔する紅の刃が、触れる全ての存在を焼き切っていく。

崩れていく鉄塊の群れを飛び越えて、連音はさっさと進んでいった。
クロノもそれを急いで追いかける。

「君はバカか!?あんなに動き回ってたら、体力が持たないぞ!?」
「…?あの程度、動いた内にも入らないが?あの速さを十時間はキープできなければ里では半人前だ」
「………どれだけの化け物なんだ、君の一族は……?」
襲い掛かる敵を撃破しつつ、そんな事を呟いたクロノであった。


その頃、アースラではリンディの出撃用意が整った。
「庭園内でディストーションシールドを展開して、次元震の進行を抑えます」
「アースラからの魔力バイパス、正常稼動。艦長、どうぞ!!」

そして、リンディもまた、戦場へと向かった。


館内のメディカルルーム。意識を失ったフェイトを、アルフはここに運び込んでいた。
モニターには庭園での映像が映っている。
「あの子たちが心配だから……アタシも、ちょっと手伝ってくるね…?」
瞳を閉じたままのフェイトの顔をそっと撫でる。
「すぐ、帰ってくるよ……。そんで、全部終わったら……ゆっくりとで良い、アタシの大好きなフェイトに戻って…ね?」
そしてアルフがドアへと向かう。

「それじゃ、行ってきます………フェイト」
一言だけ言い残して、アルフは部屋を後にした。


それからどれだけの時間が経っただろうか、数秒の様でもあり、数分の様でもある。
フェイトはゆっくりと瞼を開いた。
「―――ここは?」
見覚えの無い室内を見回し、モニターが目に入った。そして思い出した。

プレシアの絶対的な否定。
フェイトという存在を真っ向から拒絶した。

覚悟をしていたつもりだった。
でも、心が軋んで、壊れかけて。

最後に憶えているのは、なのはの叫び。

(わたしは……母さんに笑って欲しかった……。
あれだけはっきりと捨てられて、それでもまだ、わたしはそう思っている……)


モニターの向こうにアルフの姿があった。
(アルフ……ずっと一緒に居てくれた……。言う事を聞かないわたしに、きっと随分と悲しんで……)
そして、なのは。
(白い服の子……何度も戦って、ぶつかって、そして……何度もわたしの名前を呼んでくれた……真っ直ぐに向き合ってくれた……)
別のモニターにはクロノと連音の姿。
(覆面の子……わたしに“真実”を教えてくれた…強くて、綺麗な瞳をした子。
最初は敵同士で、でもいつもわたしは彼に怒られて……あぁ、そうか…怒られていたんだ)

そして、気が付く。
いつの間にか、自分の周りには色んな存在があった。
それを見ないフリをしていたのだと。

フェイトの瞳から涙が伝う。

(今まで生きていたいと思ったのは、母さんに認めてもらいたかったから……。
それ以外に生きる意味なんて無いと思っていた……!)

でも違う。そうではないのだ。
顔を上げ、見回せば、広がるのは無限の世界。

勇気を持って踏み出せば、更に広がっていく。

目を向ければ見える。耳を傾ければ聞こえる。心を開けば感じる事ができる。

この場所で出会った。
生まれも育ちも全く違う、自分と違う存在。

友達になりたいと、言ってくれた子がいる。

本気で、怒ってくれる子がいる。


フェイトはベッドから降りて、置かれていたバルディッシュを掴んだ。
「まだ、わたしは伝えていない……自分で決めた最初の真実を……!」


“Get Set”


フェイトの想いを感じ、バルディッシュが勝手に起動した。
出現するのは師の想いの込められた、無二の相棒。
あらゆる困難に打ち勝つ刃。未来を切り開く、閃光の斧。

「そうだね……バルディッシュも、ずっと一緒にいてくれたんだよね……」
バルディッシュを抱きしめ、呟いた。
一人ではない。それはどれほどに勇気付けられる事か。

戦いは激しさを増していく。
攻撃は激しくなり、全員が苦戦を強いられる。

「バルディッシュ……わたしは弱くて小さな存在だけど、これから強くなる……だから、一緒に戦ってくれる……?」

その問いに、閃光の戦斧は一言で答えた。

“Yes,Ser”

「――ありがとう、バルディッシュ……一緒に頑張ろう…!」

光が、フェイトの体を包みこむ。
そして、バリアジャケットを身に纏い、中空に現れたマントを羽織る。

「行こう、私達の“本当”を……始める為に……!」



かつて連音が戦った吹き抜けのフロアでは、なのは達が襲い来る敵と交戦状態にあった。

なのはの砲撃とアルフの攻撃、ユーノのサポートでどうにか撃破しているが、足が遅々として進まないでいた。

「クソ…数が多い……!」
アルフが苛立ちを見せる。
「……だけなら良いんだけど!この……!」
なのはが飛行しながら、ディバインシューターを放ち、上空から来た敵を撃ち落とした。

ユーノは一番大型の斧騎士をバインドで封じ込めていた。
「何とかしないと……!」
駆動炉が臨界を迎える前に辿り着かないといけないが、この状況がそれを許さない。

せめて、あと一人。戦力があれば突破できる。

「――っ!?しまった…!なのはっ!!」
ついにユーノのバインドが引き千切られた。
斧騎士はなのはに目掛けて、その斧を真っ向から振り下ろした。
躱そうとするが、間に合わない。
「――ッ!」
その時、なのははそれを感じ取った。
“Thunder Rage”
同時に真上から金色の雷光が斧騎士を打ち据える。
”Get Set”
「サンダー、レイジッ!!」
放たれた破壊の電光が斧騎士ごと無数の敵を破壊していく。

吹き抜けを爆炎が覆い隠した。


「フェイト…!?」
アルフが降りてきた人影に驚いた。
フェイトはそのまま、なのはの前にまで高度を下げた。
「フェイトちゃん…!」
その呼びかけに、どう答えれば良いか戸惑うフェイト。
その時。内壁を破壊して、今までで一番巨大な魔導兵士が出現した。

その背の魔導砲の照準を二人に合わせる。
「大型だ、バリアが強い……!」
「うん、それにあの背中の……」
見ただけで分かる。あれが撃たれれば一溜まりもない。

「――だけど」
フェイトは続けた。
「――二人でなら……!」
「――っ!?」
その言葉になのはは少しだけキョトンとし、そして満面の笑みで何度も頷いた。
「うん!うん、うんっ!!」

「行くよ、バルディッシュ!!」
“Get Set”
「こっちもだよ、レイジングハート!!」
“Stand by,Ready”
バルディッシュがデバイスモードに、レイジングハートがシューティングモードに移行する。
砲門に凄まじい魔力が収束していく。
しかし、二人も負けてはいなかった。

巨大な魔法陣を展開し、砲撃魔法を構える。
「サンダー……!」
「ディバイーン……!!」

「スマッシャーッ!!!」
「バスターーーッ!!」
魔導砲が放たれる前に、二人の攻撃が命中した。

「「―――せーの…っ!!」」

二人が息を合わせ、更に出力を上げる。
バリアを貫き、そのまま庭園の底にまで砲撃は貫通した。


庭園を砲撃の振動が揺さぶった。





「………なぁ、クロノ?」
「何だ……?」
「俺達の後ろって……通路が在ったよな?」
「その通りだが……?」
「じゃあ、何で今はでっかい穴に変わってるんだ?」
「………それを僕に聞くのか?君は……」
「―――先を急ぐか」
「―――そうしよう」

二人は先を急いだ。
後、一歩遅かったら巻き込まれていたという事実に、ちゃんと蓋をして。




「………予想よりもかなり早いわね」
プレシアのジュエルシードがまるで音階のように陣取り、その輝きを強めていく。
そして、駆動炉も後少しで臨界を迎えようとしていた。

その駆動炉へ、なのは達は一気に接近していた。
敵を蹴散らし、ドアをなのはが魔法で吹っ飛ばす。

その先に見えるドアを指してフェイトが言う。
「あそこのエレベータから駆動炉へ向かえる……」
「うん、ありがとう……フェイトちゃんは、お母さんの所に…?」
「……うん、まだ伝えてないから……」
なのはに、背中合わせでフェイトが答える。

不意に、何かがフェイトの手を取った。
「…っ!?」
「何て言ったら良いか分からないけど……頑張って……」
振り向けば、心から心配そうななのはの顔。
重ねられた手に、フェイトは自分の手を重ねる。
「―――ありがとう」

「なのは、フェイト!」
「ッ、ユーノ君?」
二人に慌ててユーノが状況を伝えた。
「今、二人がすぐの所まで向かってる!急がないと間に合わないかも…!」
それを聞き、三人の表情が変わる。
「フェイト!」
「うん…行こう、アルフ!」

そして、なのはとフェイトは別れた。

なのはは駆動炉へ。
フェイトは最下層の母の元へ。


「ハァアアアッ!!!」
連音の一撃で、一気に四体の魔導兵士が鉄塊と化す。
「エイミィ、状況は!?」
『なのはちゃんとユーノ君は駆動炉へ突入!フェイトちゃんとアルフは最下層へ。大丈夫、いけるよ、きっと……!』
「あぁ…!」
クロノの魔法が迫る敵陣を切り裂く。


「一気に突っ込む!近寄るのは頼んだぞ!!」
「即席コンビネーションか。いいぜ、精々俺に手間を取らせるな!?」
「ぬかすなッ!」

二人は機械の群れに攻勢をかけた。




その頃。
地球では数分前から全世界規模で、震度4強クラスの地震が観測され続けていた。


そして日本。月村邸の窓際では、すずかが夜明け近い夜空を、不安そうに見上げていた。
「なのはちゃん……連音君……」
つい、その名前を口にしてしまう。不思議な感じだった。
突然姿を消してしまった連音と、突然、学校を十日以上も休んだなのは。
そして、突然のこの地震。
突飛過ぎる想像だが、この事態に何故か二人が関係している様な気がした。

そして、リビングではテレビを見ながら厳しい表情をしている忍とノエルの姿があった。
「ノエル、この地震って……」
「はい、通常の地震と違い……空間そのものが揺れている、というべきです。
このまま続くなら……最悪の事態も覚悟するべきかもしれません」
「連音…、これもあんたの戦いなの……?」
テレビではイギリスの様子が映し出された。忍は今、あそこにいる友人の事を心配してしまう。
そして、首を振った。
「大丈夫、だってあの子が戦ってるんだから……!すぐに終わるわ、きっと……」



場所は移り、八神家。
はやての招待を受けた那美と久遠は今夜、ここにお邪魔していた。

そして、この地震。リビングのテレビも、世界中の地震の速報が流れ続けていた。
先程から久遠は耳を押さえて、ソファーのクッションに潜ってしまっている。
「この地震、連音君が関わってるんやろか……?」
「この世に災い現れる時、竜魔光臨し、邪悪を討ち払うものなり……」
「那美さん、それって…?」
「言い伝えです。竜魔衆はそれこそ世界の危機に現れて、その元凶を滅ぼすんです……そして」
「……そして?」
「そして、己が使命を終えた竜魔は……そのまま闇に還るんです」
「闇に……還る………」
その言葉に、はやては嫌なものを感じた。まるで、連音が死んでしまうようなイメージが見えてしまったのだ。
しかし、実際の意味は連音がこの町からいなくなるという事。

(そうや、これが終わったら……もう)

込み上げる思いを抑え、はやては窓から夜空を見上げた。
(連音君……絶対に無事に帰ってきてな………この町に……)



そして、高町家。
「うぅ〜っ!恭ちゃ〜ん!!」
「痛い、暑い、くっつくなバカ者!」
地震に怯え、抱きつこうとする美由希を恭也は必死に押さえ込んでいた。
そしてその隣では、年甲斐もない夫婦がひしと抱き合っていた。
「あなた……」
「大丈夫、俺が付いてる……心配ないさ……」

そして、その更に隣では。
「何というか、ものすっごく寂しいんですけど……。どう思います、フィリス先生?」
「う〜ん………ごめんなさい、晶ちゃん」
「謝らないで下さいっ!?すっごく傷付きますから!」
城島晶とフィリス・矢沢。この雰囲気を前にしては、地震どころではなかった。





そして時の庭園。駆動炉に辿り着いた二人の前に今まで倒した数にも匹敵する魔導兵士達が待ち構えていた。
ユーノがなのはの前に立ち、魔法を構える。
「防御は僕がやる。なのはは封印に集中して……!」
その言葉に、なのはは笑った。
「うん、いつも通り……だよね?」
「え…?」
「ユーノ君……何時もわたしと一緒にいてくれて、守っててくれたよね……」
ジュエルシードの時も。フェイトとの時も。
なのはがいて、そこには何時もユーノがいた。

二人で、何時も。

いつからか、二人の心にはちょっとだけ、小さな想いが生まれていた。
それはまだ、本人達も気が付いていない、そんな想い。

“Sealing Mode”

「だから戦えるんだよ……背中がいつも……温かいから……!」
魔法陣が展開し、魔力弾が生み出されていく。

どれだけの敵がいようと、怖いものなど何も無い。
何故なら、一人じゃないから。負けるなんて、これっぽっちも思わない。

「行くよ、ディバインシューターッ!フルゥ…パワァーーーーッッ!!」

シューターが更に輝きを強めていく。
「―――シューーートッッ!!!」





「―――来たわね」
プレシアがそう呟くと同時に、閃光が壁を貫いた。
粉塵の向こうから、黒コートの少年と、覆面の少年が姿を現した。
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ!プレシア・テスタロッサ……あなたを逮捕する!!」
「全く……派手過ぎるんじゃないか?」
連音は服の埃を払いながら、一人ごちる。

そして、同時に何か巨大なフィールドの発動をプレシアは感じ取った。
大きくなっていた振動が、外から強引に抑えられていく。

『プレシア・テスタロッサ……終わりですよ。次元震は私が抑えています』

庭園の入り口で、リンディは巨大魔法陣を展開していた。
その背中には、虫の羽のような半透明の翼が見えた。

『駆動炉もじき封印されます。……忘れられし都、アルハザード。
そして、そこに眠る秘術は存在するかどうかも曖昧な只の伝説です……!』
「ッ!違うわ……!アルハザードへの道は次元の狭間にある。
時間と空間が砕かれた時、その狭間に滑落して行く輝き……道は確かにそこにある」
『……随分と分の悪い賭けだわ………。あなたはそこに行って何をするの?
失った時間と、犯した過ちを取り戻すの…!?』
リンディの言葉に、プレシアの体から陰気が膨れ上がった。
「そうよ……私は取り戻す……私とアリシアの…こんな筈じゃなかった世界の全てを!!」

「プレシアァッ!」
激昂したクロノがS2Uを構える。
「世界はいつだって!こんな筈じゃない事ばっかりだよ!!ずっと昔から!いつだって、誰だって、そうなんだ!!」
クロノが叫ぶ。
その言葉の裏に連音は不意に感じるものがあった。
クロノもまた、何か大切なものを失った事があるのだろうか。

「――ッ」
真上から降りてくる気配。
それは、フェイトとアルフだった。

そしてクロノが更に叫ぶ。
「こんな筈じゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは個人の自由だ!
だけど、自分の勝手な悲しみに無関係な人間まで巻き込んでいい権利は、どこの誰にも在りはしない!!」

クロノの言葉は正しかった。
だが、クロノは知らない。
世界にはそれすらも超える闇があるのだ。人の心の奥に。いつだって。

絶望というには生温く、狂気というには余りに稚拙。

相応しい言葉もない、そんな想いが。


フェイトが一歩、プレシアに近付いた。
視線だけ向けて、プレシアは言い放つ。
「何をしに来たの……!?消えなさい…もうあなたに用はないわ……」
「ッ――!………あなたに、言いたい事があって、来ました……」
一瞬、連音と目が合った。連音は小さく頷く。
たったそれだけで、フェイトの心に勇気が湧き上がった。
フェイトは震えそうな体を落ち着けるように深呼吸し、口を開いた。

ここから始める。フェイト・テスタロッサを。
その、最初の一歩。

全員がそれを見守る中、フェイトの戦いが始まる。

「わたしは……わたしはアリシア・テスタロッサじゃありません。
あなたが創った……只の、人形なのかもしれません……」
「………?」
「だけど、わたしは……フェイト・テスタロッサは、あなたに生み出して貰って、育てて貰った……あなたの、娘です」

少しの間。そして、響く嘲笑。
「フ…クク……ハハハハハ……!だから何?今更あなたを娘と思えと言うの?」
その言葉にアルフが怒りのまま、飛びかかりそうになる。
それを抑えたのはいつの間にか隣にいた連音だった。
「アンタ――!」
「手を出すな。これは彼女の戦いだ……!」

フェイトは大きく息を吐き、言葉を紡いだ。
「―――あなたが、それを望むなら」
迷いなく、真っ直ぐにプレシアを見つめる。
その言葉にアルフが目を見開いて驚く。
「それを望むなら……わたしは世界中の誰からも、どんな出来事からも……あなたを、守る。
わたしが、あなたの娘だからじゃない………。あなたが、わたしの母さんだから……!」
伝えるのはただそれだけ。
娘だからじゃない。代わりだからじゃない。
自分の真実を、自分で決めたから。

だから、守る。



一瞬、プレシアの陰気が薄らぐ。
(やはり……まだ、プレシアは………)



「―――くだらないわ」
「―――ッ!?」

プレシアは微笑を浮かべていた。
傍から見れば、フェイトを嘲笑っているようにしか見えないかった。


「………母さん!」
「本当に……バカね、あなたは…」
その言葉に、フェイトの体が揺らぐ。

ダメなのか。
アリシアでないから。代わりにもなれないから。
フェイト・テスタロッサではダメなのか。


「よく頑張った―――後は任せろ」

堕ちそうになる心を、抱き上げた手があった。
崩れ落ちるその背中を、抱き止めた腕があった。

気が付けば、目の前には強い輝きの瞳。

「フェイト!」
「アルフ、フェイトを…」
「あぁ……」
連音はフェイトをアルフに任せ、プレシアに歩み寄る。

「何かしら?もしかしてまた怒ったのかしら?」
「いや、呆れただけさ……本当に哀れだな、お前は?」
「―――何ですって?」
冷たい声が響いた。そして、プレシアが杖を小さく持ち上げ、振り下ろし――

キィイイイン!!

プレシア目掛けて、棒手裏剣が飛んだ。
いきなりの事にとっさに杖で叩き落す。

「悪いが、空間転移はさせない」
「―――ッ!?」
連音は琥光を静かに抜き放った。
「お前の目的は分かっている。本命はアースラ内のジュエルシード。
それを手に入れる為に、こんな自爆覚悟の次元震を演じて見せたんだろう?」
連音の言葉にプレシアがギリッ、と歯軋りする。

「武装局員は全滅。残る戦力は全て、時の庭園に集結している。
そして提督は次元震を止める為に動けない。事実上、アースラはがら空きだ。
後はここで転移してジュエルシードを奪えば計画の完成だ………そうだろう?」
「―――何故、分かったの…?」
プレシアの瞳に強い気配が宿る。全てを看破された怒りと、邪魔者への殺意。
それを受けても、連音は揺るがない。br> 「別に……俺だったら間違いなく、そうするからだ。以前のお前なら自爆覚悟で次元震を起こしていただろうが、今は違う。
その身に再び命が燈った今のお前が、そんな愚考をするとは思えない」
「………ッ」
「プレシア……認めたくはないが、俺とお前はよく似ている……」
「何……?」

全員が連音の言葉を聞く中、連音は静かに語った。
「俺も、アルハザードを目指した事があった……。
こんな筈じゃない世界、過去の過ちを取り戻す為に……」
その言葉を聞く全員に困惑が浮かぶ。

連音は大きく息を吐き、二つの罪を口にした。

「お前は、自分の娘を……アリシアを殺した」
「――ッ!!」
面と向かって突きつけられた事実に、プレシアは苦悩と、絶望で揺さぶられる。

「そして俺は………母さんを、殺した」



連音の言葉に、全ての人間が凍りついた。
狂気の魔女ですら、その言葉を理解しきる事ができなかった。

連音はそのままプレシアを見据え、刃を構えた。
「その手で掛け替えのない者を奪った―――その痛み、苦しみを俺は知っている。
だが、俺とお前は違う。俺には……“俺の世界”には多くの人達がいた」
瞳を閉じて、連音は思い出す。
父の言葉を伝えてくれた士郎。剣を持って向かい合ってくれた恭也。
心から案じてくれた忍とノエル。危うい所を救ってくれた、那美と久遠。

自らの血を与えてくれた、はやて。
そして、全てを懸けて自分を守ってくれた、雪菜とアリシア。

多くの人の想いが、ここに自分を立たせている。

「お前はその悲しみから目を逸らし、耳を塞ぎ、心を閉ざした。
自分世界には自分一人だと思い込んで、勝手な妄執に囚われた……。
その側に、どれだけ自分を思ってくれている存在がいるとも知らないで……」

「クッ………!」
「だから、俺が教えてやる……お前の妄執、妄念…その全てを打ち砕いて……!」


巨大な術方陣が足元に展開される。

「行くぞ、出し惜しみは無しだ……!」
連音の体に幾筋もの光が走り、帯状魔法陣を形成していく。
「我が身――この世に只一つ――!」
背中に光が収束していく。
「我が刃――常に心と一つ也――!」
光が二つの輪に変わっていく。
「我が身に刻むはその御印―――!!」
吹き上がる魔力が、連音を包み込んでいく。
「我が魂に刻みし誓い、今こそ果たす力となれ!!―――禁術発動、刻印の行!!」

光が弾け、魔力が嵐となって吹き荒れた。


「クッ…この魔法は…!?」
プレシアは目の前の事態に混乱した。


淡い光に包まれた、少年の姿。
その肩の上に、歯車を思わせる半透明のリング。
そして、それと連動するように存在する、四枚の翼。
バリアジャケットと肌の上には魔力回路が形成され、今も膨大な魔力が走り続けている。

琥珀色の輝きが神の様な神々しさを思わせ、その背の翼が悪魔の如き禍々しさを思わせた。


連音の念話がクロノとアルフに届く。
“クロノ、アルフ……フェイトを守ってやってくれ”
“な――っ!君は何を…まさか、プレシアと戦う気かッ!?”
“元からそのつもりだ。生憎と手加減はできないからな、気を付けろよ?”
“ちょっと!”

「クソッ!」
クロノは訳が分からなかった。何かの呪文を唱えたと思えば、連音の魔力が以上に跳ね上がったのだ。

吹き荒れる魔力に、鳥肌が立つ。


そして、それはアースラでも同じであった。
『エイミィ、何が起きているのッ!?』
リンディの言葉にエイミィが急いで状況を纏めていく。
「プレシアの近くに強大な魔力反応出現!オーバーSクラス…!魔力パターン……連音君です!!
ッ!?ウソ……まだ強くなってる……!!こんな事って……!?』
『ッ!?オーバーS……!?クロノッ!!』
『こっちも何が何だか分からない!でも一つだけ言える……Sクラス同士の戦闘……只ではすまない……!』


プレシアはジュエルシードに向けて手を振った。
すると、溢れ出しそうだった魔力が消え、ふわりと移動を始めた。 
そのままアリシアのポッドを囲むように展開し、再び輝きだした。
「これで、アリシアには被害は被らない………」
プレシアの瞳が真紅に染まる。
同時に吹き上がる陰気が、床に沿うように徐々に広がっていく。


「さぁ、決着の時だ……俺は何度でも立ち塞がり、お前の全てを打ち砕く……!」
「あの時……逃してしまった事が私の唯一のミスね……でも、それなら……今度こそ、潰してあげるわ……!」

連音が一歩進む。
プレシアが手にした杖を構える。

対峙するのは、互いの選ばなかった未来。
留まった者と、留まれなかった者。



「竜魔衆、辰守連音……推して参る!!」



“瞬刹”
琥光の音声を残し、連音の姿が消える。瞬間、プレシアはシールドを張り、そこに連音の刃がぶつかっていた。
ギシギシと音を鳴らし、シールドが歪んでいく。しかし、決して砕かれない。
「フッ…そんな攻撃が―――ッ!?」

攻撃を受け止めたプレシアがニヤリと笑う。が、すぐに表情が一変した。
連音の剣は、その勢いを止めていなかったのだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!」
腕に有らんばかりの力を込め、連音は琥光を気合と共に振り切った。
「グァァアアアアアアッッ!!?」

魔法でもない、単純なる腕力。十歳の少年の振るった剛剣が、魔女を中空に弾き飛ばした。


連音はプレシア目掛けて一気に飛んだ。
同時に、手裏剣を八方向から包囲するように放つ。

プレシアは飛行魔法を発動すると同時に、バリアを展開。そして、杖を細剣へと変化させる。

強固なバリアが手裏剣を弾き飛ばし、そして連音の追撃をも防いでいた。
「クッ――!」
「ヴォルト・セイバー……ッ!」
間合いが離れたその一瞬、プレシアの剣が一閃する。
横薙ぎに振るわれた刃を、真下に向けた瞬刹で回避した。

躱された斬撃が、転がる大岩と外壁をバターの様に切り裂いていく。
あちこちで崩れ落ちた岩によって粉塵が上る。しかし、互いの目には敵しか映ってはいなかった。

着地と同時に連音が再び跳んだ。
「――何ッ!?」
プレシアの上に上がった連音。しかし、その左にも、右にも、正面にも連音の姿があった。
その数、二十体。
ステレオで響く、連音の声。
「「「「「竜魔忍術、蜃の一位……!」」」」」

「幻術……!?こんなものまで……ッ!」

幻術。ミッドチルダでは既に廃れた魔法。
その原因は使い勝手の悪さにあった。
幻術は高い資質を持つ者以外が使うと、酷く魔力を消耗してしまう上、幻術を維持している間は動けなくなるという欠点があった。

だが、それでもミッド式に劣るという訳ではない。
ただ、使いこなせる術者がいないだけなのだ。

だから、もしも高位の術者がいたなら。
それこそ自在に幻術を使いこなす者がいたならば。

幻術の弱点を克服した、完成された幻術使い。そんな者がいたならば、それは絶対的な脅威だ。

それが、接近戦を得意とするならば尚の事。


連音の底知れなさに、プレシアが舌打ちする。
そして、一気に百近い小型の魔力スフィアが構成される。

「サンダー・クラッカーッ!!」
スフィアが連動してスパークし、周囲に飛び散った。

「ブレイクッ!!」
プレシアの掛け声と共に、一気に全てが爆発していく。
大気に紫電が走り、連音を次々に破壊していく。


その爆煙の中、四つの影が飛び上がった。
「ハァアアアアアッッ!」
連音が真正面から斬撃を放つ。
しかしそれに構わず、プレシアはそのすぐ後ろにいる連音に攻撃を放った。
雷光が連音を貫き、そして砕け散った。

同時に、最初の連音がプレシアを通り過ぎた。

最初が幻術であると、プレシアは一見して見切ったのだ。
「残るは二つ…!」
普通に考えれば最後が本命。しかし、それこそが狙いか。
プレシアは強固なシールドを展開する。
直後、三人目の攻撃がシールドに阻まれた。そのまま横を通り抜けていく。

「やはり…!」
プレシアが振り向きざまに砲撃を放つ。
閃光が連音を飲み込んでいく。


そして、砕け散った。
「ッ!?そんな――!!」
驚くプレシアの目に飛び込んだものは、ワイヤーで括られた一本の苦無。
幻術に重ねて連音が放ったのだ。
振り向いた時、既に連音は琥光を振り上げていた。
「ク――ッ!」
とっさにプレシアが背後からの攻撃を躱す。

そして、再び抜き打ちの砲撃を放った。
連音は躱せず、今度こそ直撃した。



そして、砕け散った。



「な―――!!?」
全て、幻術。
その事実にプレシアが動揺した。

全てを欺く。その力の恐ろしさを目の当たりにし、思考が冷静さを失った。

だから、背後で揺らめいた影に気が付けなかった。
気が付いた瞬間、プレシアの体には光の糸が何重にも巻き付いていた。
「これは…ストリングス・バインドッ!?私の魔法をッ!?」


プレシアの体が羽交い絞めにされ、何もない空間に、連音の姿が現れた。
「――竜魔忍術、陽炎」
連音は爆煙の中、恭也との戦いで使った陽炎を用いていた。
未だ不完全な術ながら、高町恭也という、達人の域に達した武人ではないプレシアには効果があると判断していた。

どれだけ強い力、魔力が有ろうとも、経験値はそう簡単に埋まる事はない。

付け入る隙は必ず出来るのだ。

“瞬刹”
一気に連音は上昇する。凄まじいGが二人を襲った。
そして、ある程度の高さから一気に反転。
錐もみ回転で一気に急降下する。
“瞬刹”
更に瞬刹で加速。本来なら急制動の術で、発動距離が終わるとスピードが落ちるのだが、今回は違う。

重力加速を加え、高速状態が維持されていた。

背の翼が光の螺旋を闇に描く。

「グゥウウ―――ッッ!!?」
「―――竜魔忍法、燕(つばくろ)落とし!!」


そのまま、下の大岩目掛けて突貫した。
激震と共に岩は真っ二つに割れ、轟音と粉塵を巻き上げる。


凄まじい地響きの中、連音が飛び出してきた。

その目は、粉塵の向こうに集中したままだった。


その戦いにクロノ、アルフ、フェイトは唖然としていた。
特に、プレシアの魔力を知っている二人にとって、この光景は信じがたいものだった。
「ウソだろ……!?あの鬼婆を圧倒してやがる……!!」
ようやくアルフが口を開いた。
フェイトも、やっとプレシアの状態に気が付き、慌てる。
全身を拘束され、凄まじい速さで岩に叩きつけられたのだ。
無事である保証など無いと言った方が正しい。
「母さん……!」
フェイトが駆け寄ろうとするが、それをクロノが止めた。
「行くな、まだ終わっていない……」
「え……?」
クロノの視線を追って、フェイトが視線を送る。

其処には、微かながら人影があった。


「驚いたわ……まさかこれ程の力を隠していたとは……」
粉塵を抜けて、プレシアが現れる。

その顔を一筋に血が伝い、足元が多少覚束ないでいる。
直撃をバリアで防いだが、しかしその衝撃は、バリアを突き抜けてプレシアを襲った。

衝撃で頭が割れ、軽い脳震盪を起こしていた。


「刻印といったかしら……?自己ブーストの一種ね……?」

「自己ブーストだって!?」
プレシアの言葉にクロノは焦った。
どうしてクロノが焦っているのか、フェイトとアルフには分からなかった
「一体何なんだい、自己ブーストってのは?」
「自己ブースト…文字通り、自らが掛けるブースト魔法のことだ。それによって、限界を超えた力を発揮する事ができる。
だが、掛かる負担はかなりのものだ。ましてや、プレシアを相手に出来るだけの強化ともなれば……」
ブースト魔法は本来、魔力の付与によっての強化である。
それを自分自身で行う事で、魔力消費を増やす代わりに威力を高める。
これが自己ブーストの理論である。

「だが、そんなものが長続きする筈がない……!すぐに息切れして殺されるぞ!?」
「ッ!?そんな……!」
フェイトが悲愴な面持ちで連音を見た。
腕、足、背中。様々な所から出血が見えた。ポタポタと紅い雫が滴っていく。
そして隠してはいるが、すでに息が乱れ始めていた。

明らかな魔力のオーバーロードである。


「でも、只の自己ブーストという訳でも無さそうね……」
プレシアは連音の背の物に注目していた。

先程から、翼がその光を強めているのだ。
まるで何かを蓄えているかのように。

「―――ッ!まさか…!?」
プレシアがある事に気が付いた。

ありえない。そんな術式が存在するなどと。
もし、自分の考えた事が正しければ、それは魔法技術の革命。

否、根底からの崩壊である。


全身に走る魔力回路。
大仰な背の翼。
AAランクの魔力が、Sクラスにまで跳ね上がった事実。

確たる証拠は無いが、説明をつけるには充分過ぎた。


プレシアが恐る恐る口を開いた。


「リンカーコアの………外部構成術式……!?」


「「――ッ!?」」
その言葉を聞いたクロノ、そしてモニターしていたリンディが驚愕した。

リンカーコア。
魔法を行使する者は必ず有する魔力機関。
体内に魔力を溜め込み、術者の意思で放出する。

しかし、その生成プロセスを始め、多くの謎に包まれていた。

人工のリンカーコアを作ろうとする研究は各機関によって何度もされていた。
しかし、それは機械的機関であったし、そして何より、既に現状では不可能とされていた。


だからこそ、これは有り得ない話なのだ。

外部構成術式。
それはつまり、リンカーコアを解析して創り出した事になるのだ。

人工のリンカーコアを。


翼が魔力を溜め込み、体に走る術式が放出の役目を。
それを魔法――忍術に上乗せする事で、自己ブーストを行っている。


単純な話、ブーストを維持できる時間が一気に延び、欠点を補っていた。


『でも、もしそうなら……連音君、今すぐにそれを使うのを止めなさい!!』
リンディの切羽詰った声が響いた。
しかし、連音は首を振った。
リンディの怒声がすぐさま届いた。
『今すぐに止めなさい!!死ぬ気なのッ!?』

「死ぬ、気……?」
フェイトが僅かに震えながらリンディの映るモニター見やった。

『確かに、魔力ではプレシアに匹敵している。持続時間も維持できるでしょう……。
でも、その負担は計り知れないものよ……。そんなものを使って、只で済むはずがないわ……!
良くて大怪我…下手をすれば魔導師として…いえ、本当に死ぬかもしれないのよ!?』

いくら、強い魔力を得ても、負担が消える訳ではない。
むしろ、明確に大きくなる。

オーバーロードの末路は酷いものだ。

暴発した魔力が、術者に大怪我をさせた例が幾らでもある。
そして、最悪のケースでは死者も出ている。

未来ある子供が、そんな刹那的な戦いを選ぶ事をリンディは止めたかった。

「わたしの……為に……?」
フェイトがポツリと零した。

連音はフェイトに約束した。
必ず想いを届かせて見せる、と。

「だから……そんな……」

「莫迦言うな……お前の為なんかじゃない………」
「えっ……!?」
「俺は、俺の為に戦う……『誰かの為』なんて、戦う理由を他人に預けたりはしない……!」
「―――ッ!」
「死ぬのが怖い訳じゃない。痛いのや苦しいのが平気な訳じゃない。
ただ……自分が死ぬ事より、傷付くより、嫌な事が在るだけだ……」
連音がふっと笑った。
今までに無い、優しい笑い。
「だから、そんな不安そうな顔をするな……。大丈夫……」

琥光が闇に煌いた。

「約束は守る。必ず、な……!!」















深い、深い闇の中。

連音の声を聞く少女がいた。
かすかに残る意識と、残った想いが彼女を繋ぎ止めている。


――約束は守る。必ず、な――


『―――――――――ツラネ』


少女は信じた。

その言葉を。






そして、その時をジッと待った。









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