その日の回診に来たフィリス・矢沢は困惑していた。
今、目の前に医学というものを根底から覆す結果があったからだ。
「信じられない……あれだけの怪我が……どうして一日で……!?」
「ハハハ……」
実際どうしてこうも回復力が高まったのか、連音自身も分からなかった。
忍の血が入ったせいとも考えられるし、はやての血を飲んだせいとも考えられる。
どちらとも考えられるが、違うような気もする。

「ま、まぁ……恭也君の知り合いで、忍ちゃんの親戚っていうから一筋縄ではいかないだろうと思っていましたけど……」
「あははは……」
もう、笑うしかなかった。
(どんなイメージを持たれてるんだろ、あの二人……)

とりあえず、良いイメージでない事は確かだ。



   魔法少女リリカルなのは  シャドウダンサー

       第二十話  その心に伝えたい言葉



とりあえずフィリスはこの事を秘密にしてくれると約束してくれた。
見舞いに来たノエルにも聞いてみたが、彼女は信頼できる御方だと太鼓判も押され、とりあえず問題は無さそうだった。


「態々お見舞いに……ありがとうございます、神咲さん」
「いえ、あの後も気になっていましたから。それに久遠も来たがってましたし」
「つらね…元気?」
連音の病室には那美と久遠が来ていた。
ちなみに久遠は先日の事があるので、今回は子供状態だ。
耳が目立たないようにカチューシャで偽装もしている。

「うん…怪我はもう大丈夫。でも、フィリス先生には落ちた体力はすぐには戻らないって言われて。
俺としてはすぐに鍛錬をしたいんですけど……」
そう言いながら連音は苦笑いする。
落ちた体力、そして少しでも鈍った体をすぐにでも戻したいのだが、許可が下りなかった。

となれば、やる事は一つだ。こっそり抜け出して訓練する。

プレシア用に新しく技を組み上げる必要もあった。
そしてなんと都合良く、今目の前にいるのは狐耳の少女。
「神咲さん」
「はい?」
「久遠をしばらく借りたいんですけど」
「――へ?」




海鳴大学病院の近くには大きめの広場のある公園がある。
そこに異層結界を張り、連音は琥光を起動させた。
忍装束に身を包み、準備完了となる。

「よし、まずは準備運動からだ」
軽くステップを踏むように、そして徐々にスピードを上げていく。
その状態からサイドターン、更に跳び上がり、着地。
同時に琥光を抜き放ち、空気を切り裂いた。

「はぁああああっ!」
琥光を手首で返し、更に斬撃。そして、蹴り上げから回し蹴り。
まるで目の前に誰かと戦っているかのように、連音の動きは鋭さを増していく。

その光景を那美と久遠は半ば呆然として見ていた。


フルスピードで三十分。ようやく連音はその動きを止めた。
「ふぅ……こんなもんか?」
“身体能力判定 六割三分”
「う〜む、微妙だな……」
琥光の判定に、何とも言えない顔で汗を拭う連音。


「……あれで微妙って…」
「……つらね、すご〜い」
「あの体力の一部でもあったらなぁ〜……」
連音の言葉に那美と久遠が話していると、連音の声が響いた。

「すいませ〜ん、お待たせしました〜っ!」
「え、あ…はい!いや、はいじゃなくて」
ビックリしてテンパる那美をそのままに、久遠は連音に近寄っていく。
「久遠、何するの…?」
「あぁ…と、その前に久遠?」
「何…?」
「久遠は雷…、その状態でも使えるのか?」
「使える…」
こっくりと頷く久遠に、連音も我が意を得たり、と頷いた。




連音は久遠から少し離れた地点に立ち、琥光を構える。
「じゃ、始めて下さい!」
「あの〜!本気でやるんですか〜っ!?」
「はい、お願いします!」
連音はやはりそう答えた。この問答も既に三回目だ。
しかし、どうしても逡巡してしまう。

「いくら何でも…久遠の雷を受ける、なんて……」

しかし、久遠は那美と違ってもの凄く素直だった。
「いくよ……雷!」
「よし、来いッ!!」
「ちょっと待って〜ッ!!」

那美の叫びは雷鳴に掻き消された。




そして、どれだけの時間が過ぎただろうか。
ヘロヘロになって狐に戻った久遠と連音は、すっかり肩で息をしていた。
そして地面には、これでもかと言うほど落雷によって付けられた焦げ跡があった。
連音の装束も落雷で受けたダメージがありありと見て取れた。
「大丈夫……?」
心配そうに尋ねる久遠の頭を撫でながら、連音は笑った。
「平気平気。疲れたけど……」
「久遠も疲れた……」
「悪かったな……付き合わせて」
連音がそう言うと久遠は首をブンブンと振った。
「久遠……つらねの役…立てた?」
「もちろん。サンキューな、久遠」
「くぅ〜ん!」
「うわっ、コラ、顔を舐めるなっ!」


じゃれあう二人?を見ながら那美は思った。
「何か……凄く仲良くなってないですか?」

ちなみに那美の服も、久遠の流れ弾で結構ボロボロになっていたりした。




久遠を連れて帰るというので、那美とは公園で別れ、連音は病院に戻ってきた。
無論、正面から入るなんて事はしない。
病室の窓を開けて、こっそりと戻る。

「おかえりー。何処に行っとったんや?」
「何だ、はやて……お前、まだ入院してたのか?」
「今日退院やから、挨拶しよう思うたのに……何やその言い草は!?」
口を尖らせて拗ねるはやてに、連音は苦笑しながら謝る。
「悪かったよ」
「ほんまにそう思っとる?」
「思ってるよ」

はやてはまだ納得していない感じだったが、それに気付かない振りをして話を変える。

「そうだ、これ飲むか?」
と言って取り出したのは、戻る途中で買ったペットボトル飲料だった。
緑のラベルと黄色のラベルの二つがある。

「どっちが良い?」
「緑のは何?」
「抹茶オ・レ」
「何や、微妙そうやな……で、黄色のは?」
「焙じ茶オ・レ」
「何でやねん!」
はやてのツッコミが炸裂した。

「何でどっちも微妙なチョイスやねん!おかしいやろ!?
と言うか、焙じ茶をオ・レにしたらあかんやろ!?
抹茶はまだええわ。焙じ茶オ・レて何!?あれか、焙じ茶にケンカを売っとるんやな!?
謝れーっ!焙じ茶に謝れーっ!!」
「何だと!?この味が分からんとは、本当に日本人かお前はっ!?」
「生粋の日本人や!別世界の血も引いとらん、純度百%の大和民族や!!
こんなん美味い言うんは連音君だけや!!」
この言葉に流石の連音もカチンと来た。いつもの事とは言わないで欲しい。
「じゃあ飲んでみろ!それで不味いかどうか決めてもらおうじゃないか!!」
「おーおー、ええよ。それで不味かったらどうするつもりや?」
「そんなのは個人の味覚の差だ!どうするも何もないだろ!?」
「何やと!?何処まで身勝手な男や!」

いよいよ点火した二人のテンション。
しかし、そこに思わぬ伏兵がいた。


「病院では静かにしなさーーーーーーーーいっ!!!!」


フィリス・矢沢の鶴の一声で、火はあっという間に沈静化した。
そして、二人には楽しい御叱りタイムが待っていたのだった。

そして病院内で大声を出したフィリスもしっかりと婦長に怒られたのだった。




そうこうやりながら連音は日々、久遠と共に鍛錬に勤しんでいた。

「―――っ!また、封印されたか。これで四つ目か」
“否 五ツ目”
「俺が倒れいてた時のを含めて、か…?」

ここ最近、ジュエルシードの封印の気配をよく感じる。
どういう理由か分からないが、かなり効率良くジュエルシードを探せているようだ。

心に少しの焦りが生まれる。しかし、まだ“あれ”が未完成である以上は動けない。
それにジュエルシードの捜索がされている間は、次元断層の危機は無いと考えられる。
時間は少ないが、無いわけではない。
だから、今は。

「つらね……行くよ?」
「よし、来いッ!!」

久遠の雷が天地を貫いた。




そして、その夜。
『一体どうした、連音?』
空間モニターに映るのは白髪に立派な髭を蓄えた老人。

竜魔衆頭領――辰守宗玄、その人。

「はい……実は許可を頂きたく……」
『許可、だと…?』
「………辰守連音、“刻印”の使用許可を申請いたします」
『…“刻印”……よもやそれ程の……。だが、分かっているのか、あれは……』
「はい、覚悟の上です」
連音は真っ直ぐに宗玄を見つめ、頷く。
その眼差しに迷いは無く、そして強さに溢れた輝きを放っていた。
『分かった、許可しよう』
「ありがとうございます」
『だが……使わずにすむのなら、使うな。良いな?』
「………はい。あ、そうだ…もう一つ」
『何だ?』
「母さんに死の予言があったと聞きました……そして、俺にも……」
『………どこでそれを?』
「事実ですか?」
『………事実だ。お前も知っての通り、姫様の刻見は決して違わぬ。それとあれは戦い、そして死んだ。それだけだ』
「………では、失礼します」
『…うむ』

そして、空間モニターは消えた。

「やっぱり、ただの夢じゃなかったのか……。まあ、今更だけど…」
やはり予言の事が事実だと知って、心に込み上げるものがあった。
しかし、同時にあの母の言葉も真実であると確信出来た。

そして許可は得た。宗玄にはああ言ったが、連音の心は既に決まっていた。

“刻印”を使う、と。




そして、翌日。
今日も鍛錬を行う為、久遠と共にいつもの場所とは違う所に来ていた。
「う〜ん、潮風が気持ちええなぁ〜」
「何でお前まで来るんだよ?」
ジト目で連音は背伸びする車椅子の少女を見ていた。
「何でって、そりゃ〜、せっかく会ったんやから」
はやてはくすくすと楽しそうに笑う。
「俺は遊びに来たんじゃないんだが?」
「まぁまぁ…やらなあかん事もあるから、すぐに帰るよ」
そう言って、久遠を膝に抱きながらはやては臨海公園の散歩コースを進んでいった。
仕方なく、連音もそれに付き合う。
ここの所、久遠にはかなり手助けされている。
その久遠も口には出さないが、かなり疲れているようだ。

はやてにも、色々と心配を掛けてしまった。

(とりあえず“あれ”の下準備は出来たし、刻印も使えるなら何とかなる、か……)
そう思い直し、連音がはやてに追いついた時だった。


「―――っ!?」
「くぅんっ!?」
「えっ!?何っ!?この感じ!?」

連音が慌てて走る。その後ろをはやても追いかけた。
歩道を抜け、海に辿り着くと連音は空を見上げた。

「何だ……この魔力流は…!?」
灰色の雲が空を覆い隠し、彼方の海上に金色の魔法陣が見えた。
「あれは…フェイト!?」

フェイトの魔法陣の上に球体が生まれ、そこから何本もの雷光が海に降り注いだ。

そして直後、海から六つの光が天に向かって迸った。


一瞬にして、嵐が巻き起こった。
海は荒れ狂い、風が吹き荒れる。

遠方で起きた事の影響か、海鳴市に突如スコールのような雨が降り出した。

「連音君っ!」
「ここから離れろ!津浪が来るかもしれない!!久遠っ!」
「くぅんっ!?」
「――はやてを頼むぞ?」
「…分かった、久遠、はやて守る」
久遠は連音の言葉にしっかりと頷いた。

それを見て、連音は琥光を構えた。
「行くぞ、琥光!」
“高速起動 装束展開”

光に包まれ、連音は忍装束を身に纏った。

「連音君っ!」
「……?」
はやての声に、連音は振り返る。
その顔は連音の事を心配に思う色で染まっていた。
行かないで欲しい。行ったらまた死にそうな怪我をするかもしれない。

でも、はやては思いを呑み込む。その代わりに、もう一つの思いを口にする。

「絶対に……帰ってきてな?」
「――当たり前だ」

そして、連音は飛翔した。




「見つけた……残り、六つ……!」
フェイトは昇る光を睨みつけるようにして見ていた。
その息は荒く、この結果を招いた事の代償が軽くないと分からせた。

(こんだけの魔力を撃ち込んで…更に全てを封印して……こんなの……フェイトの魔力でも絶対に限界超えだ!!)

「アルフ、空間結界とサポートをお願い!」
「あぁ…!任せといて!」

(だから何が起きようが……誰が来ようが……アタシが絶対に守ってやる!)
悲壮な決意の元、これを実行したフェイト。
その思いを知るからこそ、アルフは心に固く誓う。
この子を絶対に守り抜く、と。


そして、光は雷光と水竜巻となってフェイト達に襲い掛かった。

「行こうバルディッシュ……一緒に頑張ろう…!」




「ったく、どんだけ莫迦なんだ、あいつは!?」
現場に向かいながら、連音は余りの無謀ぶりに頭を振った。
あれだけの魔力を使って、その上でジュエルシードを封印するなんて芸当ができるのは正直、数人しか思いつかない。

だがそれよりも、問題はあれが複数ある事だ。
もし何かの拍子で共鳴なんてしたら大惨事を起こしてしまう。

それ程の無茶をするまで、今の彼女は追い詰められている。

――フェイトを守って――

何からどうやって守れというのか、それは分からない。

だがそれでも、命を懸けて守ってくれたアリシアとの約束を果たさなければならない。

「急ぐぞ!!」

連音は更に加速した。大気を切り裂き、琥珀色の弾丸となって。




その様子はアースラでも確認されていた。

ブリッジに上った少女――なのはは、嵐の中で懸命に戦うフェイトの姿に少なからずショックを受けた。
「あの…わたし、すぐに現場にっ!」
なのはは艦長席の後ろ側にある転移ゲートに向かって走る。
それを、クロノが制した。

「その必要は無いよ。放っておけば彼女は自滅する」
「っ!?」
「仮に自滅しなかったとしても、力を使い果たした所で叩けばいい」
「っ!でも…!!」
「今の内に捕獲の準備を」
「了解」
なのはが何かを言おうとするが、クロノはそれを言わせないかのように指示を出した。

モニターの向こうで戦うフェイトの姿。
なのはは戸惑った。本当にそれで良いのかと。
クロノの言う事は間違っていないと分かる。
でも、もっと深いところがそれを否定する。

迷うなのはに、リンディの言葉が刺さる。
「私達は常に最善の選択をしないといけないわ。残酷に見えるかもしれ無いけど……これが現実」

現実。
そうなのかもしれない。
自分の思いはただ、自分だけの思い。

でも、と思う。
映るフェイトの、あの瞳。それを見ていると思うのだ。それじゃダメなんだ、と。

“行って”

頭に響く声になのはは驚いた。
“なのは…行って!”
振り返れば、転移ゲートの前に少年が立っていた。

“僕がゲートを開くから…行って、あの子を…!”

“でもユーノ君!わたしがあの子と…フェイトちゃんとお話したいのはユーノ君とは…”
関係ない事。そう言おうとした。
しかし、ユーノは優しく微笑んだ。
“関係ないかもしれない……だけど僕は、なのはが困ってるなら力になりたい……なのはが僕に、そうしてくれたみたいに”

見知らぬ異世界で一人戦い続け、傷つき、そしてなのはに助けられた。
だから助けたい。この世界で出来た、最初の友達を。


背後のゲートが光りだした。
「君はッ!!」
それに気が付き、クロノが叫ぶ。止めようとするより速く、なのははゲートに向かって走り出していた。

「ちょっと待って!!」
それら全てを押さえるかのように、エイミィの言葉が響いた。
「っ!なんだ、エイミィ!?」
「どうしたの?」

「現場空域に高速で接近する魔力反応確認!ウソ、速いッ!?」

エイミィはコンソールを操作し、映像を出した。
そこには海上すれすれを飛ぶ連音の姿が映し出された。

「っ!忍者さんっ!?」
「奴が三人目か…こんな時にっ!」
クロノが苦々しく吐き出す。

「まずい、なのは急いで!!」
「――うんっ!」
なのはは飛び込む様にゲートに入った。

ハッとして振り返ったリンディとクロノに向かってなのはは宣言した。
自分の思いを。ただ一言で。

「ごめんなさい…高町なのは、指示を無視して勝手な行動をとります!」

「あの子の結界内へ……転送!!」
ユーノの魔法によって、なのはの姿がゲートから光となって消えていった。



青い電光が大気を走り、フェイトを打ち据える。
「くぅっ!」
ただの一撃で揺らぐフェイトの体。
体力も魔力も限界に近かった。しかしそれでもフェイトは退かない。
未だ一つも封印できていない事もあるが、それ以上にこれを起こした自分への責任を感じていたからだ。

だから、退く事なんてできない。

しかし、思いとは裏腹に現実は残酷だった。
アルフのサポートがあるとはいえ、事実として封印は不可能だ。

たった一人。

手足がまるで、鎖が巻きついたみたいに重い。
体が、バリアジャケットの上から冷たくなっていく。

バルディッシュの光刃も、維持できなくなってきた。

「ハァ……ハァ……!」

荒れ狂う大気の中、体勢を維持しつつ電撃を回避し続ける。
それだけで体力も集中力も奪われていく。

たった一人なのだ、自分は。

アルフは使い魔で、真に対等な存在ではない。
だから、一人。

だから、こんなにも背中が寒いのだ。

あの白い子は一人じゃない。
だから、あんなに真っ直ぐに向かってくる。


「違う……っ!」
挫けそうになる心を、必死に支える。
「わたしは……負けたりしない!!」
吐き出すように叫ぶ。自身を奮い立たせる為に。

フェイトは力を振り絞った。

まだ叶えていないのだから。
母さんの願いを叶えて、昔の様な優しい母さんに戻ってもらうのだ。
その願いがある限り、この心は絶対に折れたりしない。

「ハァアアアアッッ!!!」
襲い繰る雷光をバルディッシュで切り裂く。
しかし、どれだけ払おうとそれは矢継ぎ早に襲い掛かってくる。

そして、ついにフェイトを雷光が捉えた。
「―――ッ!!」
電撃に撃たれた衝撃は凄まじく、フェイトの体を、まるで小石を弾くかのように弾き飛ばした。
悲鳴も上げられず、フェイトは荒れ狂う海に真っ逆さまに落ちていく。
既に意識はなかった。

「フェイトォオオオッ!!」
アルフがフェイトを助けようと急いで向かう。しかし、距離がある上、この嵐では間に合わない。

それでもアルフは飛ぶ。
大切な人を守りたい。その一心で。

しかし、フェイトの体はもう水面寸前にあった。

(どうして!!どうしてあんな……優しいフェイトがこんな目にばっかり遭うんだい!!)
誰が悪い。何が悪い。どうして悪い。
頭がグシャグシャになる程、アルフの心が叫んだ。
幸せになって欲しい人がいて、でも自分ではどうしようもなくて。


「ちくしょおっ!フェイトォオオオオオッッ!!」

アルフの絶叫が嵐の海に響いた。

その時だった。
「――なっ!?」

突如、フェイトの真下から水竜巻が吹き上がったのだ。
それはあっという間にフェイトを飲み込んで、天高く昇っていく。

そして、水竜巻はその表面を流動させたまま、姿を変えていく。

「な……何なんだい、こりゃあ……!?」

アルフの瞳に映ったのは、水の体を持った大蛇だった。
目も鱗も、その巨大で長い体躯も全てが流れる水で創られた海の蛇(くちわな)。
驚き、呆然としていたが、あれにフェイトが飲み込まれた事を思い出した。
「この…!フェイトを出せぇえええええ!!」

アルフが飛びかかろうとした時、制するかのように大蛇はその顎をゆっくりと開いた。


その奥に、誰かに抱き抱えられたフェイトの姿があった。

「フェイトッ!!」

「ん……アルフ…?」
アルフの声にフェイトは目を覚ました。
ぼんやりとする視界の中で、フェイトは人影を見ていた。
アルフにしては小さく、何か色合いがおかしい。

それに、どうしてアルフの声が遠くに聞こえるのだろう。

「全く……相変わらず無茶をするな…お前は……」
「――ッ!あなたは…!」
そのくぐもった声にフェイトの意識が覚醒する。
はっきりとした視界に連音の顔がしっかりと見てとれた。

そして、自分が今、彼に横抱きにされている事にも同時に気が付いた。

「…ッ!降ろして…!」
「分かったから暴れるな……ほら」
暴れようとするフェイトをゆっくりと降ろす。
フェイトの足がそれに触れると、パシャッ、と水音がした。
水溜りに立った様な感触が伝わってきた。

「何…?これは……海水?」
見渡せば、まるで水中のような錯覚を覚える。
「竜魔忍法、幻楼水蛇の術。水氣で作り出した、大蛇の口の中だ」
パチン、と指を鳴らすと、解けるように下から水蛇の体が崩れていった。

「飛べるか?」
「……大丈夫です」
全てが崩れて消えると同時に、二人は嵐の中を飛んだ。

フェイトは怪訝そうな顔を連音に向けていた。
「どうして、わたしを助けたんですか……?」
連音はフェイトの方を向かず、未だに暴れ続けるジュエルシードを見据えていた。
「その話は後……ッ?…どうやら、役者は揃ったようだな……」
「えっ…?」
連音の視線が空に向けられていた。
フェイトもアルフも釣られて上を見た。


厚い灰色の雲を桜色の光が超えて輝く。

白い衣を身に纏い、光の翼はその足に。
舞い散る羽はとても美しく、舞い降りる様はさながら大天使の降臨の如く。

その手に、想いを込めて輝く魔法の杖を持って。

その心に、不屈の闘志を宿して。


「来たか……高町なのは」
連音は少女の降臨を今までにない思いで迎えていた。


(クソ…最悪だ…!あの覆面が来て…その上、白いチビまで……!)
今までならこれ程に敵意を抱かなかっただろう。
だが、今は違う。

覆面の方はどういう理由かは知らないがこれで二度、フェイトを助けている。
その点を見て、今すぐに敵になる可能性は低そうに感じた。

しかし、あの白い方は違う。
彼女は完全に敵だ。

今、彼女は管理局と手を組んでいる。
管理局と敵対に近い状態の自分達にとって、それは敵と判断するに値する。


「フェイトの…邪魔をするなぁああああっ!!」
アルフはフェイトを守る為、舞い降りたなのはに襲い掛かった。

しかし、その攻撃は目前に現れた光に阻まれる。

緑色の魔法陣。その向こうにはマントと何処かの民族衣装を纏った少年がいた。
その圧力にそれ以上進む事ができない。
少年が叫ぶ。
「違う…!僕達は君達と戦いに来たんじゃない!!」
「ユーノ君!?…っ!」

ユーノがアルフを抑えている間に、なのははフェイトの所まで降下していく。

『バカな!何をやってるんだ、君達は!?』
頭の中にクロノの罵倒が響く。
『ごめんなさい……命令無視は後でちゃんと謝ります…!だけど…ほっとけないの!!』
『ッ!?』
なのはの強い言葉にクロノは驚く。
『あの子きっと一人ぼっちなの…。一人きりが寂しいのは……わたし、少しだけど分かるから…!』

「まずはジュエルシードを停止させないとマズイ事になる…!」
アルフを抑えていたシールドを解き、ユーノは先行してジュエルシードの方に向かう。
強風の中、バランスを保ちながらユーノは魔法を発動させる。
「だから今は…封印のサポートを!!」
巨大な魔法陣が展開され、そこから生まれた光の鎖が竜巻を捉え、捕縛した。
「ッ…!」
アルフに向かっていた雷光が、目の前で消失した。


「フェイトちゃん!忍者さん!!」
なのははフェイト達の所に辿り着いた。
その後に続く言葉をなのはが言おうとするが、先んじて連音が口を開いた。
「分かっている、ジュエルシードを止めるぞ…!」
「っ…!はい!!フェイトちゃん、一緒にやろう!!」
なのはがレイジングハートを構えると、その先の宝石部から光が緩やかに放たれた。光はバルディッシュの宝石に触れ、吸い込まれていく。

「魔力切れか…?仕方ない……琥光」
“了解 魔力供給開始”
その反対側からも、抜かれた琥光の柄頭の宝石部から琥珀色の光がバルディッシュに注ぎ込まれた。
その事にフェイトは驚き、なのはもまた驚いていた。
「二人なら負担も軽いだろう?あれを全部封印するんだ…軽くて困るものじゃない」
そう言って顔を背ける連音。
その姿になのはは思わず笑ってしまった。

笑われて、連音は「フン」と鼻を鳴らした。


“Power Charge”
バルディッシュが再び魔力刃を力強く生み出した。
“Supplying Complete”
“供給完了 戦闘状態移行”
琥光とレイジングハートが光を収めた。

フェイトは自分の中に戻った力に戸惑いながら、なのはを見た。
「三人できっちり三等分…!」
やはり戸惑うフェイトになのはは強く頷いた。
「一人二個ずつか……ま、一応妥当な提案だ」
連音の言葉にフェイトはそちらを向いた。

連音は軽く肩を竦ませていた。


その間、ジュエルシードを抑えていたユーノがついに押され始めた。
「くぅ……うぅっ!!」
バインドが切られそうになった時、その上から更にバインドが掛けられた。

アルフがユーノのサポートに入ったのだ。
二人分のバインドで再びジュエルシードが押さえつけられる。


「ユーノ君とアルフさんが止めてくれてる…!だから、今の内…!!
三人で「せーの」で一気に封印ッ!!」

なのはが一気に飛翔する。
“Shooting Mode”
レイジングハートも先端部を音叉状に形態を変える。

飛んで行くなのはの背中を、フェイトはただ見ていた。

一体どうして。
どうして、敵の筈の自分を助けようとするのか。

分からなかった。
だから、動けなかった。

「ぼさっとするな!」
「ひゃんっ!?」
いきなり腰を叩かれて、フェイトはおかしな悲鳴を上げてしまった。途端に顔が羞恥で真っ赤になる。
それを連音は意地悪く笑うと、なのはと反対方向へ飛んだ。
「一発で決める…!遅れるなよ!?」
「………」
フェイトはそれにも答えられなかった。



降り注ぐ雷撃を躱しながら、なのはは飛ぶ。

(一人ぼっちで寂しい時に一番して欲しかった事は…『大丈夫?』って聞いてもらうことでも、優しくして貰う事でもなくて……!)

なのはは全てのジュエルシードを見渡せる位置に陣取り、展開した魔法陣に降り立った。
振り返れば、フェイトはまだそこにいた。
反対側では、連音も既に準備を整えている。

後はフェイトだけ。それでも、フェイトはまだ戸惑っていた。
“Sealing Form,Set Up”
それを察したのか、バルディッシュがフェイトの命令を聞かずに封印形態に変形した。
魔力刃が消え、ヘッドパーツが更に九十度動き、槍の如くなった。
「バルディッシュ…?」
自分の指示を聞かず、勝手に動いたバルディッシュにフェイトは驚いた。
その問いに、宝石部を輝かせて答える。

(バルディッシュが……信用している…?あの子達を……?)

フェイトはもう一度なのはを見やった。
それに気が付き、なのはは軽くウインクして見せる。
今度は連音を見やる。
その視線に気が付き、連音はやはり肩を竦めた。
『さっさとしろ』。そう言っているような気がした。


なのははレイジングハートを構えた。
「ディバインバスター・フルパワー……行けるね!?」
“All right,My Master”
三枚の光翼が展開される。

「琥光、封印術式展開!!」
“了解 出力最大”
「天地万物の正義を以て、封ずるは災禍の魔石……ジュエルシード!!」
連音となのはの足元に、今までにない大きさの魔法陣が展開された。


(熱い……)
不思議だった。
あれ程に冷たかった体が、今は燃えるように熱い。
手足に力が戻り、吹き付ける強風さえ、ものともしない。

挫けそうだった心が、不思議な自信に満ちていく。

何よりも、背中が温かかった。


フェイトはバルディッシュを振りかざし、魔法陣を展開する。
四枚の光翼が雄々しく輝き、フェイトもまた、準備を整えた。

なのはと連音は視線で合図を送る。

三人の魔法陣に凄まじい魔力が注ぎこまれて行く。

桜色の輝きと、金色の閃きと、琥珀色の煌きが、嵐の海に眩い光を放つ。


なのはが叫んだ。
「せーのっ!!」

「サンダーッ!!」
フェイトの雷撃が降り注ぐ。

「ディバイーンッ!!」
レイジングハートに光が収束されていく。

「封ッ刃ッ!!」
琥光の刃を覆うように、巨大な魔力刃が創り出され、それを上段に振り上げる。

「レイジーーーーッ!!」
「バスターーーーッ!!」
「光覇ァーーーーッ!!」


同時に放たれた三色の閃光が海を撃ち抜き、荒れ狂う力の奔流が彼方の海岸線さえ吹き飛ばす。

その意思ある力の前に、只在るだけのジュエルシードの力は塵にも等しかった。


「ジュエルシード、六個全ての封印を確認しましたっ!」
アースラで戦況を見ていたエイミィがクロノとリンディに報告する。
「な…、なんてデタラメな……!」
「…ッ!?でも、凄いわ……!」

デタラメ。正にそうだった。
あれだけの数をいくら三人がかりとは言え、一度で封印してしまう事を考えるなのはもそうだが、
それに乗っかって、実際にやってのけた三人のポテンシャルは、余りにデタラメだった。

魔力頼みの力技。しかし、それでも普通はここまで行かない。
だからこそ、リンディも呆れ半分、驚き半分といった顔をしていた。

「っと……クロノ、至急現場に向かって。あの二人に話を聞きたいから」
「了解です、艦長」

クロノは転移ゲートから現場に向かった。


嵐は未だ収まらなかった。
かき乱された天気――天の氣はすぐに正常にはならない。
だから後は、自然に戻るまで待つのみ。自然の力は人の考えるよりも遥かに強いのだ。

連音は一応の事態の収拾に嘆息した。
これで、全てのジュエルシードが封印された事になる。
残すはただ一つ――プレシア・テスタロッサ。

フェイトの回収した物が三つ。アリシアが使った物を回収しているとして四つ。
それだけなら次元断層を起こす事は出来ない筈だ。

しかし、何か気になる。
こう、何かを失念している気がした。


未だ降り注ぐ雨の中、なのははフェイトの前にまで来ていた。
「…っ!」
海の中から光が立ち昇った。
青い光の柱の中に、六つのジュエルシードが二人の眼前にまで上って来て停まった。
静かに、美しい光を放つ災禍の宝石。
その光を見ながら、フェイトは何とも言えない気持ちに包まれていた。

一人では何も出来なかった。

二人が来なければ、ジュエルシードは確実に暴走し、それに巻き込まれていた。

いや、その前に命を落としていただろう。

(どうして……わたしを…?)

答えの出ない疑問が、ただ頭の中を回り続けた。



そんな顔を見ながら、なのはは思った。

なんて、悲しそうな顔なんだろう、と。

そして、ふと気が付いた。

どうしてほっとけなかったのか。どうして、こんなにも気になるのか。
とても簡単に見えて、でもとても難しい自分の本当の心を。
(同じ気持ちを分け合える事……寂しい気持ちも、悲しい気持ちも半分こに出来る事……)

思い出す。今は親友と呼べる少女達のことを。
ケンカから始まって、色々と話して、そして知った。その心を。

人に触れることを怖がるすずか。人にどう接していいか分からないアリサ。
そんな気持ちを知って思ったのだ、その寂しさを分け合いたいと。

(あぁ……そうだ……やっと分かった……。わたし、この子と分け合いたいんだ)
なのははようやく気付いた自分の想いを、ゆっくりと、でもはっきりと口にした。
とても大切に。ちゃんと彼女に届くように。

「友達に……なりたんだ」
雲の隙間から、陽光が差し込んでいた。


「……っ!」
それはまるで魔法のように響き渡り、フェイトの心が大きく揺れた。
そして思い出した。
彼女の瞳と、同じ瞳をした人がいた事を。
慈しみの心と優しさの光を宿して、しかし、とても強い意思に満ちた瞳。

フェイトの魔法の師――リニスと同じ瞳。
そして、記憶の中にある――かつてのプレシアと同じ瞳。

「わたしは……」



その時、アースラに警報が鳴り響いた。
「次元干渉!?別次元から本艦及び戦闘空域に向けて魔力攻撃来ます!!あぁ、後六秒!!」
エイミィの悲痛な叫びが響くと同時に、轟雷がアースラを直撃した。
その衝撃で、アースラが大きく揺らぐ。
クルーの悲鳴が響く中、通常照明が消え、すぐさま非常用の赤色灯が点いた。




連音はそれを少し離れた所で見ていた。
「友達、か……なるほど、あいつらしいな」
すずかから聞いた、なのはの事。
誰かの痛みを解れる優しい子。自分のことより、誰かの事を思う優しい子。

ちょっと危なっかしい所もあって、ほっとけない。そんな子だと。

「………?」
不意に空気が変わった。
収まりつつあった天の氣が、再び乱れ始める。

見上げれば空に巨大な穴が開けられていた。
まるで、光すら呑み込むブラックホールのように黒い穴が。

その時、連音は自分の愚かさを痛感した。
プレシア・テスタロッサ。それこそが失念そのものだったのだ。

プレシアはフェイトを信用してはいない。
あくまで、都合の良い駒なのだ。

そんなフェイトがこれだけ派手な動きを見せていて、プレシアが何もしていない筈がない。

当然、成り行きを見ていた筈だ。
そこに別の収集者と、自分の命を狙った相手が現れて、見ているだけでいる訳がない。

連音は二人の元に飛んだ。
「二人とも、そこから離れろッ!!」

「えっ!?」
「っ!?」
二人がその声で異変に気が付く。

その瞬間、紫電が降り注いだ。

「うぉおおおおおッッ!!」

雷撃が二人に当たる直前、連音はその腕を掴み、瞬刹で一気に離れる。
「きゃぁあああっ!?」
「うぁあああっ!?」
その急制動に振り回され、二人が悲鳴を上げるが、連音はそれで二人が無事であると確認し、一気に落雷の中に飛び込んだ。

全ての者を拒むように襲い掛かる、プレシアの雷撃を躱しながら、連音がジュエルシードに迫る。

しかし、それよりも早く、プレシアの転移魔法が展開された。
六つの宝石を囲うように帯状魔法陣が幾重にも巻かれていく。

連音は琥光を刺突に構えた。
「切り裂け、琥光ッ!!」
“干渉開始”
その帯に刻の刃を突き立てる。
バチバチというスパークが走り、連音の手や顔に鮮血が飛んだ。

徐々に刃が押し込まれていく。
「くぅぅうううっ!!」
連音は強引に道をこじ開け、そこに指を差し込んだ。
(転移は止められない…!しかし、一つでも少なくできれば……!)

空から電撃が連音を打ち据えた。
「ぐぁあああああっ!!」

衝撃は凄まじく、連音は大きく弾き飛ばされた。その隙に転移魔法がついに発動した。
巨大な光の柱が天穴に向かって伸び、ジュエルシードが吸い込まれて行った。
「クッ…!」
連音は海に落ちる寸前、体勢を立て直し、水面スレスレで止まった。
見上げた時には既に転移は完了し、空は元の静けさを取り戻していた。

魔法陣に突っ込んだ指は焼けて、際限無く血が滴り続けていた。

「取れたのは……二つだけか」
ズキズキと痛む左手を開くと、その中には血に濡れたジュエルシードが二つ、静かに佇んでいた。
それを琥光に収め、連音はフェイトを探した。



誰もが事態の展開に追いつけず呆然とする中、アルフが動いた。
まだ呆けているフェイトを掴まえ、一気に加速する。
「っ!アルフッ!?」
「ここから離れるよ!」

「あっ!」
なのは達が気付いた時にはアルフはかなりの距離を飛んでいた。
(このまま距離をとって……ランダム転移で逃げる…!)

アルフは後ろから追ってくるであろう二人に、意識を集中させていた。


だから、もう一人に気が付けなかった。

突如、アルフ達の体を青白い光線が縛り上げた。
「――ッ!?バインドッ!?」

「―――悪いが、二度も逃がす訳には行かない」

上から聞こえた声にアルフが見上げる。
そこには愛用のデバイス――S2Uを構えたクロノがいた。
杖の先端は淡い光を帯びている。

バインドを引き千切ろうとするがビクともしない。
それだけ強力なバインドを一瞬で掛けられた事に、アルフが苦虫を噛み潰したように顔を歪める。

前回もクロノの前に逃げる事しかできなかった。
しかし、今回はそれすら出来ない。

さっきも今も、フェイトを守れない自分が腹立たしかった。


「こちらクロノ。逃走しようとした二名の身柄確保、残る一名を…っ!」
クロノがアースラに連絡を入れた時、剣閃が走った。
アルフとフェイトを拘束するバインドを切り裂き、クロノの杖を弾いた。

二人の間に、刃を振り上げた連音が割って入っていた。

「貴様ぁッ!」
クロノが激昂する。
しかし、連音はそれすら平然と受け流して言い放つ。
「お前が何者かは知らないが……とりあえず、退いてろ」
連音は躊躇無くクロノに蹴りを打ち込む。しかし、クロノはそれをシールドで防いだ。

「穿突脚…!」
シールドに当たり、止められた足に螺旋軌道で氣が奔った。
抉り込む様に蹴り足を押し込んだ瞬間、爆発に似た衝撃がクロノを襲った。
強制的に、肺の空気が吐き出され、コートの胸元には何かが捻り込まれた跡が生まれていた。

クロノを大きく弾き飛ばした隙に、連音はアルフとフェイトの手を取った。

「行くぞっ!」
「なっ!?」
「えっ!?」
戸惑う二人に構わず、風が三人を巻き込むように吹き荒れた。

そして、それが消失すると同時に、そこに人影は無くなっていた。



「逃走するわ、補足を!」
リンディの指示が飛ぶ。
「駄目です!雷撃でフリンチャーが機能停止!」
「ッ……!」
「機能回復まで後、二十五秒!追いきれませんッ!」
追尾が事実上不可能と分かり、リンディは次の指示を出した。
「――機能回復まで対魔力防御、次弾に備えて……それから、なのはさん、ユーノ君、クロノを回収します」

ようやく艦が正常に戻った時には全てが終わっていた。
連音達の姿は無く、ジュエルシードもまた、消えていた。
その転移先も掴めなかった。

余りにも手痛いミス。
事態を進展させるチャンスだったのに、それを生かせなかったリンディの顔は厳しかった。

そして、なのは達もまた、海上にあって厳しい顔で周囲を警戒していた。




未だ、雨は降り続けている。






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