深い森の中に建つ大きな城。その天守閣に一つの影があった。
虫の音だけが響く中、満天の星空を見上げている。

と、空に星が流れた。それを見て影の口元がギュっと固く結ばれる。
「―――誰かありますか?」
夜空を見上げたまま、影は言った。その細さと高さから女性であると分かった。
「――いかが致しましたか、朱鷺姫様?」
まるで闇の中から抜け出るように突然、人影が現れた。
だが、朱鷺姫と呼ばれた女性はそれに別段驚くこともなく現れた人物に視線を落とした。
「繋ぎを至急。竜魔衆…辰守家に」
「竜魔衆……よもやそれ程の事態が?」
「起こるかもしれません。下手をすればこの世界そのものが消える程の事態が……」



      第一話  災いの予言



薄暗い板張りの間。薄暗い室内を照らすのは何十本もの燭台。
その部屋の中に立派な髭を蓄えた厳格そうな老人、
その両脇に精悍な顔つきの青年と居心地が悪そうにしている少年が座していた。
「竜魔衆、辰守宗玄(たつがみそうげん)。御呼びにより参上致しました」
老人は深々と頭を下げた。
「同じく辰守束音(たつがみたばね)、連音(つらね)、参上致しました」
「い…致しました」
老人に続いて脇の二人も頭を下げた。
「よく来てくれました、宗玄。それと束音、連音」
部屋の奥――上座から鈴のような声が聞こえた。闇に紛れてよく見えないが、二つの影があった。
一人は今どき十二単、もう一人も和服に身を包んでいる。
「して、我らを呼ばれるとはどのような事態が?」
「朱鷺姫様の刻見(ときみ)によりこの世に災いを呼ぶ存在が現れた事が分かりました。
竜魔衆は即、かの地に向かって下さい」
先程と違った凛とした声。静かだが鮮烈な意思が篭っている。
「委細承知致しました。では戻り次第、束音以下数人、手の者を送ります」
「いえ、それには及びません……辰守連音」
「はっはい!」
「此度の任…そなたに全てを任せます」
「なっ!?」
「永久(とわ)様!?」
永久と呼ばれた女性の言葉に連音と束音が同時に驚愕の声を上げた。
「それは…朱鷺姫様のお言葉ですかな?」
宗玄は闇の向こうに問いかける。 「そうです」
返ってきたのはたった一言。それだけで宗玄は再び頭を下げた。
「……承知、致しました」
「頭領っ!?朱鷺姫様!無礼を承知で申し上げます!
弟は訓練こそ積んでいますが未だ実戦を知りません!!
その任、どうか私に!!」
「言葉を慎みなさい、辰守束音。朱鷺姫様の御前です」
「ですが…!」
束音はそれでも何か言おうとするが、それを制して朱鷺姫の声が響いた。
「辰守連音…あなたはどうですか?この任、引き受けてくれますか?」
「…えぇ!?」
突然の問いかけに連音は頭が一瞬、真っ白になった。
彼女――朱鷺姫と言葉を直接交わすなど頭領である宗玄、
御付の永久など限られた人物にしか許されていなかったからだ。
彼の兄であり、次期頭領である束音ですら許されないのだ。
「え…?あ……俺…いえ、私に務まるでしょうか…?」
「大丈夫…あなたはあなたの心の思うまま……それで良いのです」
「………分かりました。辰守連音、この任確かに御引き受けいたします!」
「っ!?連音!!」
「その言葉、確かに聞きました……永久、例の品を」
「はい」
闇の中に動く気配。やがて三人の前にひとりの女性が現れた。
雪のように美しい白い髪とそれに反するような真紅の瞳を持った女性――永久の手に葉小さな桐の箱があった。
永久は連音の前に座るとそれを差し出した。
「どうぞ、お開けなさい」
朱鷺姫の言葉に連音は箱を受け取り、ゆっくりと開いた。
「これは…腕輪、ですか?」
中に入っていたのは飾り気のない銀色の細い腕輪。その表面には琥珀色の石がはめ込まれている。
「それなるは『琥光』。我が一族に伝わる神具の一つで
かつては竜魔の三代目頭首、瑠璃丸が使っていたものです。
これをそなたに授けましょう」
「………そ、そんな貴重な物を?」
三代瑠璃丸とは伝説の人物として一族には伝わっていた。
その瑠璃丸の使った品、それも刻見の一族の神具でもあるのだ。
余りにも恐れ多い物の登場に完全に声が上ずっていた。
「私はそれをあなたが持つべきと考えました。これより先、あなたが戦う存在は想像を絶する脅威です。
願わくばその琥光があなたの身を守る力とならん事を……」
「……して、連音が向かい、脅威なる存在と戦うかの地とは…?」
宗玄の言葉に永久の唇が動く。


「東にある都…名を海鳴市と言います」










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