ARMORED CORE NEXUS −OVER AGAIN−
2話 relation――関係というもの
深夜。薄暗い廊下を、マリアは一人眠たげに歩いていた。ふらついている足元を見る限り、半分寝ているのかもしれない。
「トイレトイレ〜・・・」
寝ている最中に急に尿意を催した彼女は、寝る前に教えてもらったグライヴ宅のトイレへ向かっているのだ。
「くぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・ん・・・・?」
大きな欠伸をした時だった。ふと耳に聞きなれない声を聞き、マリアは立ち止まる。機能停止している脳をわずかに起動させると同時に周りを見渡し、音の発生源を突き止め始めた。
「ん、グライヴの・・・部屋?」
どうやら音は自分のすぐ脇に存在しているグライヴの自室から漏れているようだ。
この部屋にはグライヴと、彼の相棒であるレベッカが寝ているはず。一体何をしているというのか。
原因を探るべくマリアは押しつけるように壁に耳を傾ける。そして彼女は、音が何であるかを瞬時に悟った。
「っ!?」
真実を知った瞬間、自身を襲っていた眠気は瞬時に吹き飛んだ。聞き間違いでなければ、部屋から聞こえるのはレベッカの嬌声だ。それが何故発せられているか、成人していないマリアでもすぐにわかる。
勇気を振り絞りマリアはそっと部屋のドアを開け、そっと中を覗いてみようとしたが――。
「・・・・はっ」
ふと浮かんだ邪な想像を振り払うかのように、勢いよく頭を振るマリア。他人の色恋に首を突っ込むわけにはいかない。子供でもあるまいし。
深呼吸をし自らを落ち着かせると、戸惑いを見せた面持ちで、
「さっさとトイレ行こ・・・・」
名残惜しそうな目でグライヴの自室を後にしたマリアはトイレへと向かい、用を足した。
その後、ベッドへと戻ったマリアは妙に頭が冴えてしまい寝不足に陥ったという。
曇天模様の朝、マリアは目を擦りながら居間へと入る。
「おはよー・・・・・・ふあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・」
「どうした。寝不足か?」
マリアが椅子に座る直前、見計らったかのようにトーストとココアを置いたグライヴは、怪訝そうに彼女の顔を見る。寝不足の原因のひとつが、自分であることも知らずに。
「ん〜・・・・・ちょっとねぇ〜。枕が合わなかったんだ〜・・・・」
にへらにへらと笑みを浮かべるが、頭の中は深夜に聞いたレベッカの嬌声が反芻している。常に笑みを浮かべ、落ち着いた調子で話す彼女からは想像できない淫らな声。
知識だけでしか知らない彼女にとって、それはあまりにも刺激的過ぎた。
(この二人って、もしかして恋人同士・・・かな?)
直に聞いてみたいところだが、率直に言ってしまうのは気が引ける。ここは少々遠まわしに言ってみることにした。
「ねえ、グライヴとレベッカって仲いいよね? なんかこう・・・恋人みたいな感じ見えるなぁー」
「冗談は止めてくれ。誰が恋人なもんか」
苦虫を噛み潰したような顔のグライヴに、レベッカは下がったメガネを上げ、言う。
「まあ失礼ですね。女性に縁のないあなたにあんなことやこんなことを色々と教えてあげた人に言う言葉ですか?」
「無理やりだろ。しかも俺の処女まで奪っただろうが」
「・・・・へ? どゆこと?」
「気にするな。お前みたいな清純な乙女には踏み込んではいけない領域だからな」
首を傾げるマリアに、グライヴはコーヒーを啜りながら忠告した。そして時計をチラリと見ると、急いでコーヒーを飲み干した。
「さて、今日は依頼遂行日だからな。俺は先にガレージに行っているぞ」
「了解です、グライヴ」
背中越しにグライヴを見送ると、レベッカはいそいそと慣れた手つきで食事の片づけを始めた。
オペレーターはレイヴンに逐一情報を与える、もしくは依頼者からの依頼変更報告など、レイヴン以上に多忙な仕事なのである。
マリアには彼女の華奢な体からは想像もできないほどのタフさがあるようには見えなかった。
「わたしもそろそろ準備をしなければいけないので。すみませんが、片づけは自分で行ってくださいね」
「うん。じゃ、仕事頑張ってね」
「ええ」
ニコリと微笑むと、レベッカはダイニングルームを後にした。
今回の紛争の発端は、新興企業ナービスが自社領――ナービス領十七地区で発掘したらしいと言われる「新資源」がそもそもの原因だ。
「新資源」とは大破壊よりも以前に存在していた文明の遺物であり、その文明は現在の技術力をはるかに上回っていたと言われているが、詳細は不明である。
何にせよ、これによりナービス社が強大な力を得ると踏んだ世界最大手企業・ミラージュはすぐさまナービスに対し情報公開を請求。ナービス社は『自社領の問題であり、公開する義務はない』と頑なに拒否をした。
そして三ヶ月後。
ミラージュ社はついに強行調査を開始した。それは軍事侵攻以外何ものでもない暴挙。
しかしナービスもただ傍観していたわけではなかった。
ナービスは強行調査以前に、自社領の砂漠緑化計画にて技術提携を結んでいた中堅企業キサラギと「新資源」の共同研究を行い、世界2の企業であるクレスト・インダストリアルも同じく研究に加わったのだ。
「新資源」を欲する大企業ミラージュ。それに対立する新興中小企業のナービス。そして腹の底で何を考えているのか分からないクレストとキサラギ。
こうして企業間の醜い争いがまた一つ幕を開けた。
――この闘争こそが自身の身を滅ぼすことも知らずに。
グライヴが赴いたアクバス平原は生憎の大雨日和だった。どす黒い積乱雲が太陽光を隠し、降り注ぐ雨は大地を激しく濡らす。
その平原のど真ん中にミラージュの駐屯基地は存在していた。周辺では二足型MTが細々と巡回している。辺りは逆間接型MT――ミラージュ製MT『OSTRICH』――の駆動音以外、何も聞こえない。
悪天候で視界があまり利かない中、一体のOSTRICHがふと足を止めた。それと同時に平原の奥の空から黒い影が忍び寄っていた。
それはMTのパイロットに一瞬のみ考える時間を与えた。
「て、敵――!」
言葉は、ヘリのローター音と銃声、そして爆破音によって遮られた。通り抜けざまに機銃の掃射を食らったMTは煙を上げ、その場から盛大に吹き飛んだ。
爆音を察知した基地はすぐさま警報を鳴らし、緊急態勢を敷く。
ヘリはそれよりも早く基地へと到達し、機銃を一斉に放つ。一秒間に百発以上の弾丸が基地を覆い、さらにはミサイルまでもが基地へと直撃した。
あちこちから爆発や火の手が上がり、さながら小さな地獄絵図である。
そんな状況でもグライヴは動じることなく、愛機・グルンギィハウンドのコックピットでヘリを眺めていた。
≪レイヴン、出番だ! 敵のヘリを全部撃ち落としてくれ!≫
「・・・わかってる」
そう言うと、グライヴは自機のシステムを移行させた。コックピット内の様々な計器が起動を開始し、旧式のコンピュータがノイズ交じりにメインシステムの起動を伝える。
『メインシステム/戦闘モード/起動します』
そして巨人は真に目覚めた。モノアイに赤い光が鋭く光り、駆動音が響く。機体を格納していたコンテナが開き、グルンギィハウンドはゆっくりと、一歩ずつ外界へと躍り出た。
≪頼むぞ! 今ここで基地を失うわけにはいかんのだ!≫
「いちいち五月蠅いな。被害は可能な限り抑えるから、少しは黙っていてくれ」
この手の熱い人間はどうも好かない。口うるさい女はもっと嫌いだが。
レーダーを確認してみると、どうやら敵は五、六機ほど。これなら手持ちのライフルだけで十分に片がつく。だが今回は防衛任務。速攻で倒すにはミサイルとの連携だろう。
グライヴはブースターを吹かすと、ライフルを構え空中へと飛んだ。ヘリからミサイルや機銃の雨が降りかかろうとするが、グルンギィハウンドはそれよりも速い。
これこそ軽量機体の持ち味である回避性能の良さの賜物だ。
「悪いな。仕事なんだ」
呟くと同時に肩に装備している六連ミサイルポッドから二発ミサイルが撃ちだされた。ミサイルは回避運動を行おうとしていた獲物を迷うことなく追尾し、直撃。ヘリは墜落することなくその場で爆散した。
汚泥を上げ難なく着地すると、今度は挟み打ちでヘリが攻撃を仕掛けてきた。機銃から放たれた弾丸がぬかるんだ大地を抉り、徐々にグルンギィハウンドへと向かっていく。
しかしグライヴはアクセルを全開に踏み込み、蛇行運転の如くACを巧みに操り、大地を駆ける。
回避を続行しながら一機のヘリをロックしたグルンギィハウンドは、得物の一つであるライフルを容赦なく撃つ。弾丸はコックピットと腹に命中し、操作不能となったヘリは炎を上げ、墜落。
残る一機は仇を討とうと突撃を試みるが、既に行動を読んでいたグライヴには無意味だった。素早く上昇したグルンギィハウンドよってライフルの直撃を受け、勢いをそのままに火の粉を上げ地面へと滑りこんでいった。
(この調子じゃ間に合わない、か)
思考時間二秒弱。再びフルスロットルに加速すると、都合よくロック範囲内にいた三機のヘリをロック、ミサイルのロック限界数である六発のミサイルをそれぞれ三発ずつヘリへと撃ち放った。
一機は辛うじて避けたものの、他の二機はそうはいかなかったらしく、ミサイルを受け轟音をあげて墜落した。
最後のヘリを撃ち落ち落とそうとしたその時、レベッカから通信が入った。どうせ良い情報ではないだろう。
≪グライヴ。三時方向より敵増援を確認しました。全て撃ち落としてください≫
家にいたときとは違い、非常に声音は落ち着いている。いや冷徹といってもいいだろう。例え相棒であっても仕事の際は感情を表に出さないのが彼女のポリシーなのだ。
それは彼も同じである。
「了解した。五月蝿い蝿は落としきる」
これまで以上に加速したグルンギィハウンドは、基地に襲いかかるヘリに向かって接近した。
基地の破壊が優先任務である彼らにとって、ACは極力相手にはしたくない。こちらへと向かうことはないだろう。
都合の悪い展開にグライヴは眉をしかめると、彼は思い切って基地の盾となるように自機を移動させた。
「!?」
ヘリのパイロットはグライヴの不可思議な行動に驚きを隠せなかった。自機を盾にして守るなど聞いたことがない。そこまで命を賭けるレイヴンなのだろうか?
だがそれは彼の作戦ではない。グライヴの狙いはもう少し軌道が逸れている作戦だった。
「っ、しまった!」
パイロットは口惜しげに唇を噛む。彼はグライヴの作戦に気づいたのだ。
「ちくしょう。そこをどきやがれ!」
ヘリはミサイルを撃とうとしても、射線軸状に存在しているもう一つの熱源であるACが阻み、基地施設をロックしづらい状況にあった。
そしてその時間こそ彼が待ち望んでいたもの。油断を突かれたパイロットは上昇を行うが、既にミサイルをロックオンしていたグルンギィハウンドにより、ヘリは一瞬にて藻屑と化した。
≪基地被害十パーセント。冷静に対処してください≫
「わかってる」
依頼書に小さく書かれていたが、基地施設が破壊された場合はその被害分を報酬から減額されてしまう。
一コーム――コームとは企業保障通貨の意であり、世界共通の通貨である――すら惜しい性分のグライヴとしては、報酬減額はできる限り抑えたい。
だがそんな彼の想いをブチ壊さんばかりにレベッカの冷淡な通信が入る。
≪被害三十パーセントに拡大。グライヴ、急いでください≫
グライヴは眉間に皺を寄せ、レバーを握る手に万力の力を込めた。目からは恐ろしいまでに憎悪の闇が宿っている。
飯の種が、酒の種が、ACの修理費が、消えていく・・・・。
――全員、死んで詫びろ・・・!
狂気の化身と化したグライヴは味方MTに脇目も振らず、一直線にヘリへと向かっていく。
機銃やミサイルなぞなんのその。全て紙一重で避けきったグルンギィハウンドは急上昇し、弾丸とミサイルを立て続けに撃ちまくった。
被弾したヘリは断末魔の轟音を立て、撃墜されていく。次々と。次々と・・・・。
数分後、基地はようやく平穏を取り戻した。天気は回復し、雲の間から日をのぞかせる太陽が、彼を祝福しているかのようだった。
しかし、当のグライヴは浮かない顔だった。
報酬は減額。弾薬も予定以上に使ってしまい、これでは半分が関の山だろう。
『作戦目標クリア/システム/通常モードに移行します』
コンピュータが告げるが、項垂れるグライヴの耳には何も聞こえてはいない。しばらくは節制生活かもしれない。そう思うと腹がキリキリ痛み始めてきた。
≪よくやったレイヴン。基地の被害も許容範囲内だ。≫
司令官からの労いの言葉も彼には蔑みの言葉にしか聞こえなかった。
その日の夜、ソファで横になっているグライヴを横目に、マリアとテーブルで向かい合って杯を交わしあっていた。
彼は拗ねるとすぐ不貞寝をする、とレベッカは笑みを交えて話す。
グライヴは自宅へと帰ってすぐソファで寝てしまった。マリアが見たその顔は、えらく不機嫌だったのをよく覚えている。元々不機嫌そうな面持ちではあるが。
不機嫌の原因は言わずもがな、報酬の減額である。この家では彼が家計を仕切っており、報酬のほとんどは家庭の維持費に充てられている。
貯蓄はあるのだが、彼がかなりのケチであるが故に、それが使われることは滅多にない。
まるで専業主夫だとマリアは内心思った。
「ところでマリア。あなた昨日、グライヴと私がナニをしているところを見ましたね?」
「え!? あっ、えっ、い、うっ、えっ・・・・・な、何の事かな? さっぱりだわぁ」
必死で誤魔化そうとしているが、冷汗を垂れ流して焦っていては説得力皆無である。それが可笑しかったのか、レベッカはクスクスと笑みをこぼした。
大人の余裕だろうか。こんな女性になってみたいものだ。
それはさておき、動揺するマリアはこれを機に彼女に質問をしてみることにした。今こそグライヴとレベッカ、この二人の関係について教えてもらうべきだと思ったからだ。
「ねえ・・・・レベッカ。一つ聞いていい?」
「? なんでしょうか」
本当に恋人ではないのか、それとも否か――。いざ口に出して言おうとすると恥ずかしいものだ。
それでも聞きたいという好奇心の方がはるかに強い。マリアは頬を赤らめさせながらも率直に質問した。
「・・・・本当にグライヴとあなたって恋人同士じゃないの? 昨日のアレ、見ちゃったけどさ・・・わたしにはそうは見えなかった」
「まあそうですよね。そう見えても仕方ないですものねぇ、アレは」
えらくあっけらかんと告白したレベッカに、マリアは大いにコケる。もう少し恥じらいか何かを見せてくれれば話題が弾むものだが、堂々と言われてしまっては立つ瀬がないというものである。
この女性は取り乱すと言う事を知らないのだろうかと思えてしまう。マリアは体勢を立て直すと、強張った面持ちでレベッカに詰め寄るように近寄った。
「ホントの事を言って! あなた達って本当に恋人同士じゃないの!?」
「だから、違いますって。強いて言うなら“パートナー以上恋人未満”でしょうか」
「そんな言葉聞いたことないわよ」
「うーん・・・・、まあ、仲は良いですね」
この女性は自分を騙そうとしているのか、はたまたこれが真実なのか。疑問と推定回答が巻き起こり、脳がスペック推奨動作範囲を超えてオーバーヒートを起こしかけている。
これ以上質問してももう無駄だろう。マリアは頭を振ると、納得いかない様子で椅子に凭れかかった。
本当に腹の読めない女性である。 前言撤回。こんな女には絶対になりたくはない、と心の底から思う。
「そうだ。私からも一つ訊いてもいいですか?」
「? 何?」
突然ニヤニヤと妖しい笑みを浮かべたレベッカに、マリアは気味悪げに顔を歪める。この女、微笑は似合うが笑みは腹黒さが出ると見た。
「あなた、グライヴは好みのタイプですか?」
「・・・・・は?」
一瞬頭が雪も尻尾巻いて逃げるほどに真っ白と化した。
耳が健常ならば、グライヴは好みのタイプかと訊ねられたはずである。本当にこの女性は何を言ってくるのか分からない。
そのうち疲れで頭がイカれるかもしれない。
「・・・・・・いや、わたしはオッサンには興味無いんだけど」
「ふぅん、そうですか。へぇー」
「何よその目は」
相も変わらずニヤニヤしながら自分を見るレベッカが鬱陶しく思い始めてきた。
「いえいえ。いつあなたがオチるか楽しみなだけですよ」
「オチるって・・・・・・わたしがアイツのこと好きになるって言いたいの?」
「ええ。近い内、必ずオチるのは間違いないと思いますけどね」
「まっさかぁ。ンなことになるわけないわよ。わたしがあんなケチくさい男を好きになるなんて」
ソファで寝そべる“ケチくさい男”グライヴを後ろ手で指差すマリア。当人が聞いていたら間違いなく頭を叩いているだろう。
「いいえ、断言します。あなたは必ず彼の事が好きになる。それが長続きするかはともかくとして、一瞬でもあなたは彼の事を・・・ね」
「・・・・気味の悪いこと言わないでよ」
そう言ってマリアは憮然とした面持ちのまま、安らかな寝顔で昼寝をかましているグライヴを見る。
なぜ自分がこの男を好きになるのか。ただの仕事上の相棒であると言うのに。その時のマリアには、彼に好意を抱くとは全く想像すらできなかった。
「さて、世間話もこれくらいにしますか。マリア、ベイロードシティを知っていますか?」
「随分と方向が変わったわね。・・・・・知ってる。ナービスがテコ入れしたおかげで発展した街でしょ? 本社もそこにあるっていう・・・・」
「そのナービスからアークに依頼が来ているんですよ。ミラージュの特殊部隊がベイロードシティを襲うという理由で」
「・・・そういうのはまずグライヴに言うべきじゃない? なんで私に言うのよ」
依頼情報は常識的に考えれば相棒であるグライヴに言うべきだ。なのに何故自分に話しかけるのか。本当によく分からない。
「彼なら報酬見ただけで無条件承諾しますよ。ほら」
どこから出したのか、マリアの目の前にレベッカ愛用のノートPCが置かれる。そして映し出されている報酬の額に、マリアは首を縦に振って納得した。
「十八万コーム・・・・こりゃ文句なしに納得するわね」
「でしょう? あなたはどうします。初の共同ミッションですが・・・・」
「構わないわ。いつでも大丈夫」
マリアはウインクをして返す。
「それでは依頼主にその旨を報告しておきます。あなたのオペレーター――ソフィアでしたっけ? 彼女にも報告をしておいてください」
「わかった。グライヴが起きるのが楽しみね」
二人は目配せをして作業に移る。そんな中でもグライヴは穏やかな寝息をたてて眠っていた。この顔がどのように歪むか、今から楽しみで仕様がないマリアだった。
ベイロードシティ。
元々砂漠地域に存在している小都市のひとつであったが、ナービスの力によって近代都市にまで発展、ナービス本社もそこにある。
砂漠という過酷な環境でも暮らせるよう、都市全体を分厚い防壁で固めているおかげで、内部の人間は快適に暮らしている。
気候を外界と同じくするシステム配備されており、これにより季節に沿った気候を変動させることができるのだ。
そして今、ベイロードシティは夜。加えて雨が降りしきっていた。
普段ならば雨音しか聞こえないベイロードシティだが、今宵は大きく異なっていた。
機械の放つブースター音が都市全体に響き、雨に濡れた道路を、四機の人型MTが駆けている。
ミラージュ製のMT、MT09‐OWL。ミラージュ製の陸戦用MTでは高性能で知られ、数機でかかれば下位レイヴンのACに勝るとも言われている。
深い緑色が特徴的なそれはブーストよる高機動で、作戦を開始し始める。
「アルファチーム、作戦区域に到着。これより任務を開始する」
四機の先頭に立つ機体の搭乗者は合図を出し、それに倣い、他の三機は散開していく。
彼らの任務はミラージュ本社総攻撃に先駆けてのベイロードシティ襲撃である。少数精鋭でなるべくナービス本社に多大な被害を及ぼす、という任務だ。
できることなら何の障害もなく達成したいが、世の中そう簡単にうまくいくはずはない。
その証拠に、先行していた三機が急にブースターを吹かすのを止め、薄暗い前方を睨めつけている。
「アルファ3よりアルファ1。前方約百メートルにACを二機確認。どうしますか?」
「情報が漏れていたか――ツーマンセルで行くぞ。アルファ3はアルファ2と。アルファ4は私について来い。同時にECMをばら撒くぞ」
MT部隊は二機ずつ分かれ、ACの排除へと移行した。
「来たか。情報通りだ」
「グライヴ。約束覚えてるわよね?」
「多く倒した方が報酬いただきで、撃破数が同じだったら山分け、だろ? わかってる」
「その通り。じゃ、お先に」
それだけ言い残すと、マリアの駆るAC・ヴァーミリオンはブーストを吹かし、散開したMTへと向かっていく。
そして一歩遅れて、グライヴのAC・グルンギィハウンドもブーストを使って駆けていく。
計器を見ると、所々ノイズが走り、FCSにも異常がきたしている。ECMを展開されたのだろう。これではまともに敵をロックするのは難しい。
だが、そのような状況に一番効果的なのが、左腕に装備しているレーザーブレードだ。これならばロックオンは関係ない。距離を肉薄にし、切り刻めばよいだけだ。
(ミラージュも本気になりだしてきたか。さて、クレストとキサラギはどこまで味方するかね・・・・)
内心そうぼやきながら、グライヴは機体を最大まで加速させる。ビルとビルの間を通り抜け、曲がり角でのすれ違いざまに斬る。
市街地戦で真正面から突っ込むのはバカのすることだ。この状況では側面、もしくは背後からの攻撃が望ましいのだ。
≪グ・・・イヴ・・・・E・・・・展開・・・・・気・・・・・通信・・・で・・・・!?≫
レベッカからの通信は、ECMによってまるで聞き取れない。舌打ちをすると、グライヴはそのまま機体を走らせ、目の前のMTに近づく。
同時にレーザーブレードを起動させ、MTが放つ弾丸の雨をある程度躱しつつ、グルンギィハウンドは念願のゼロ距離へと到達した。
MTは後退しようとしたが、遅かった。超高熱度の刃はブースターを吹かしたMTを横薙ぎに斬り、掻っ捌かれた機体は地面へと落ちると同時に盛大に爆発した。
(まずは一匹!)
一方のマリアも戦闘中だった。ブレードを装備していない彼女はECMが展開している戦場で如何にして戦っているのか。
答えは至極簡単だ。ロックモードを解除し、ノーロック――要は目視で敵に当てるのだ。簡単に見えるが弾丸の未来予測はレーザーのそれより難しく、余程の先見の才能がなければ直撃は難しい。
ECMでロックが安定しないせいで。彼女は仕方なく使うしかないのだが、ノーロックモードで敵を倒そうとするなど、余程の馬鹿か天才しかいない。
「ノーロックなんてね・・・・。ブレード買おうかしら・・・・」
平然と冷めた顔で呟くマリア。だが機体を動かすその手はちょこまかと動く目視で捉える為、機体の微調整に充てられている。
腕の微調整によって周囲にマシンガンの弾丸をばら撒きながらも、まるで追い詰めているかのように敵の周辺へと当たっていく。
その時だった。MTは怯えるようにジグザグに後方へと回避するが、偶然弾丸が一発、機体へと当たったのだ。
(獲った!)
移動しているとはいえ、射線軸さえ分かれば後はこちらのものだ。射線へありったけの弾丸を撃ち込むマリアのヴァーミリオン。
直後、数十もの風穴の開いたMTは、エンジンに直撃したらしく、内部から爆散していった。
(よし! 一つ取った!)
それぞれの僚機を倒された二機のMTは一度前線を離れ、十字路で背中あわせにライフルを構えていた。
戦況は絶望的に不利。臆病さが見えない軌道を見る限り、相手のレイヴン二人はかなりの手練れと見えた。
「ちっ・・・、これでは不利か。アルファ4ついてこい。撤退するぞ」
「了解、アルファ2。撤退し――」
アルファ4の返答は銃声と共に途中で途切れた。アルファ2は急いで振り向くと、そこにはコックピットを寸分違わず撃ち抜かれたアルファ4のMTが煙を吐きながら横たわっていた。
そしてアルファ2はふと上を見る。見上げたビルの屋上には漆黒の色を纏い、モノアイを血のように赤く光らせる二足の巨人――ACがMTを睨めつけていた。
そのACは華麗に着地すると、ブースターによって生み出される高機動で、MTのライフルが放つ弾の嵐を掻い潜る。
ゼロ距離へと近づいた瞬間、左腕に装備していたブレードで、MTがライフルを装備していた右腕を斬りおとしていった。
衝撃で体勢を崩したMTは、なんとか真正面を向くと、そこには目前で、右腕にライフルを構えている漆黒のACがいた。
「ヒッ――!」
アルファ2はマトモな悲鳴を上げることもないまま、MTは一発でコックピットを撃ち抜かれ、その場に倒れた。
事態は収束したのだ。
漆黒のACがMT二機を倒した直後、MT部隊を追撃していたグライヴのグルンギィハウンドとマリアのヴァーミリオンがその場に到着した。
「・・・・・どうやら始末してくれた人間がいたいみたいね」
「グレネードを二門も背負っているACか・・・・もしかして――」
グライヴが呟いた直後、漆黒のACは後詰めで来た二人の機体を振り返って見つめる。まるで確認でもしているかのように、じっと。
二人は警戒して、常時武器を使えるように構えるが、漆黒のACはそれを見るなり、ブースターを吹かして、どこかへと華麗に去って行ったのだった。
「・・・ナービスめ。ランカー9と8の俺たちが信用できなかったか」
「今のACって・・・・デュアルフェイスよね。ランカーbP、ジノーヴィーの・・・・・」
「ああ。よほどの腰ヌケの集まりらしいな、ナービスは」
レイヴンズアークでも最強のレイヴン、ジノーヴィー。漆黒のACを駆る無敗の鴉。ランカー1を投入できるとは、ナービスの資金力も中々侮れないということか。
「マリア。お前、何機倒した」
「一機だけど」
「お前もか。取り分、どうなるか。なにせジノーヴィーが二機も取っちまったからな」
「半額かしらね」
「――勘弁してほしいな、全く」
システムを通常モードに戻すコンピュータの声と、通信が回復した事に喜ぶレベッカの声が無性に腹立たしく聞こえたグライヴだった。
―――この戦闘を切っ掛けに、ミラージュの攻撃は激化し、敵対するナービスもクレストやキサラギの力を借り、戦況は泥沼と化していく。
そしてレイヴンもその争いに駆り出されていく。
後にすべてを巻き込む厄災への第一歩を、人間たちは踏み入れたことをまだ知る由はない。