VANDREAD The Third Stage
♯EXTRA(前編) それから
パジャマ姿のメイア・ギズボーンは、早朝七時ぴったりに目を覚ました。眠たげな顔でむくりと上半身を起こすと、大きな欠伸をひとつした。次に、気付け代わりに頬を叩く。頭がガンガンと痛み、吐き気もする。昨日、勢いで瓶半分飲んだ水割りのラム酒のせいだろう。間違いなく二日酔いだ。メイアは痛む頭を押さえながら、布団から出でベッドから降りる。
「気持ちわる・・・」
そして部屋を出て、覚束ない足取りですぐ近くの洗面所へ行った。別にこれが初めてではない。日常茶飯事の事だ。
メイアは冷たい水で顔を数回洗うと、タオルで顔を拭いた。そしてハンガーにタオルを戻した途端、突然抑えがたい嘔吐感が襲い掛かってきた。メイアはすぐに隣に設置されているトイレへと駆け込み、胃からせり上がって来たモノを激しく吐瀉した。
「・・・ぶはっ・・・・はぁっ・・・・」
一分ほど経ってだいぶ落ち着いたのか、メイアは吐瀉物を流した。彼女は壁に寄っかかると、重いため息を吐く。
「最悪だ・・・」
地球との激戦を終え、海賊団一行は、それから三ヶ月ほどして無事アジトへと帰着した。ほとんどのクルーはアジトで待機していた仲間達と再会を祝していたが、メイアは別だった。
愛する人――火星人の軍人、クロウ・ラウとの別れである。終戦の後、彼女は火星に残る道よりも、故郷で行方不明となっている自分の父――オーマを捜す道を選んだ。その道に後悔などなかった。そのはずだった。しかし、胸に残っているのは悔恨の思いのみだ。
さらに、現実はメイアにとって過酷だった。アジトへと到着し、まず伝えられたのが行方不明となっていたメイアのオーマの訃報だった。なんでも、数年は都市のスラムで暮らしていたらしく、約半年ほど前そこで亡くなっていたのが発見されたというのだ。死因は餓死という事だった。
以来数週間、メイアは自室で塞ぎこんだままだった。オーマを探すと言って、愛する人と別れ、帰ってみればオーマは死んでいた。滑稽だ。自分はただの道化だ。絶望に打ちひしがれ、命でも絶とうかと考えていた時期もあった。もう何もかもがどうでもよかった。
だが、それを思いとどまらせたのは彼女自身でもあった。病院のベッドで彼と交わした「いつかきっと会える」という約束。それは果たすべき約束。生きていればいつかきっと会える。そして――。
それから程なくして、彼女は再び生きる意志を取り戻したのだった。
そして数日後。メイアはディータやヒビキらと共にメジェールへと降り立った。二人が気分直しとして誘ったのである。三人は街でショッピングなどをし、いろいろな所を回った。
久々に見た故郷は随分と見違えていた。どうやらタラークとメジェールは二国間で交換留学のような事をやっているらしく、街では男がチラホラと見えた。メイアはそれを見て呟いた。
(いない間に、随分と変わったものだ)
その時だった。偶然通りかかった大通りに設置されているオーロラビジョンからニュースが放送されていたのだ。映し出されているアナウンサーは一礼すると淡々とニュースを報道した。
『先日、公式にタラークの総帥グラン・パ、我々メジェールの代表グラン・マによる話し合いが行われ、その一つに二国間協同によるメジェール本星のテラフォーミング計画が含まれていることが明らかになりました。主導はメジェール大手複合企業ウェルシュ社、そしてタラークの大手食品会社が行い、二国は国家レベルでテラフォーミングをサポートするとの事です』
その報道に、メイアはまるで心を奪われたかのように見入っていた。十数年前、自分の両親が関わっていたメジェール本星のテラフォーミング計画。それが再び行われようとしている。その時、メイアは言いようのない使命感を感じた。両親が成し遂げられなかった夢を自分が叶えようという思いなのだろうか。それはどうでもよかった。
これこそ自分の天命なのだと思ったのだ。
それからすぐ、メイアはウェルシュ社のテラフォーミング部門への就職の道を決めた。その為に寸暇を惜しんでその分野の勉強をした。まるで別人のように。
思い立ってから一年ほどが経ち、メイアはウェルシュ社の入社試験を受けた。一次試験である筆記試験は辛うじて突破できたが、最後の難関である二次試験――役員面接が問題であった。
メイアは、元とはいえ有名人である。彼女の両親は以前のテラフォーミングに失敗し、国民の恨みを買っている。その一人娘がテラフォーミング計画に参加するなど、常識的に考えればふざけているとしか思えない。
だが、ウェルシュ社の上層部はそう考えてはいなかったらしい。メイアは地球の刈り取り艦隊からタラークとメジェールを救った一人。そして地球との対決において勝利し、今や海賊団は英雄のイメージが強い。その一人であるメイアが、今ウェルシュ社が心血を注ごうとしているテラフォーミング計画に加われば絶大なPRとなる。企業としてこれを逃すわけにはいかない。
数週間後、メイアにはウェルシュ社の内定を受け取った。彼女自身としてはとても意外だったが、今は入社できればそれでよかった。かくして、メイアはウェルシュ社へと入社し、念願のテラフォーミング計画に加わる事となったのであった。
それから四年の歳月が流れ、メジェール本星はどうにかメジェールの人口の半分を住めるほどにまで開発が進んでいた。メイアはその間にメキメキと頭角を現し、今では部門の副主任へと顕達するまでになっている。
そして彼女は今、本社に向かうため、部門の人間と共にメジェールへと来ていた。
メイアは洗面所から出ると、ダイニングルームへと向かった。テーブルに隅に置いてある眼鏡を取ると、それを慣れた手つきでかけた。
アジトに居た頃の特徴的な髪飾りは、以前爆発を起こした開発施設跡地に建てられた墓地、その一角に存在するオーマの墓の中にある。あの髪飾りは元々はメイアのファーマであるシェリーの物であり、すなわち唯一の形見である。看取られる事なく亡くなった父に、せめて墓の中では母と共に眠らせてあげようと思ったのだ。
「えーと・・・・・」
メイアはタンスの引き出しからスーツを取り出すと、今着ているパジャマを脱ぎ、スカートを穿いた。最近、腰回りが少々きつくなったのは気のせいという事にしよう。
続いてワイシャツを着ようとした時だった。突然隣の部屋から電話のベルが鳴り、メイアは少々戸惑うと、そのままの姿で隣の部屋へと向かい、受話器を取った。
『あ、メイアさん!』
「フレーバ? どうしたんだ、こんな朝早くに」
フレーバ――メイアと同じく、ウェルシュ社のテラフォーミング部門の人間である。
「すいません! でも、緊急に言わなきゃいけないことがあって!」
「? どうした?」
電話口から聞こえる焦りの声に、メイアは眉をしかめる。
「主任が――グレーンさんが、事故で病院に!」
「なんだって!?」
クロウ・ラウは朝、ベッドで目を閉じたまま目を覚ました。今の火星の季節は冬。誰もが布団から出たくない季節だ。それは彼とて例外ではない。
「んん〜・・・・・・うむぅ・・・・」
ワケのわからない言語で呻くと、クロウは布団の中へと潜り込む。周りの気温は酷寒そのものであるが、布団の中はは別次元。ポカポカとしている。一生ココから出たくない。そう思い、微笑んだ時だった。
「お兄様! もう九時ですよ! 布団から出てください!」
ポニーテールの女性、ミスティ・コーンウェルはベッドのすぐ傍でたいそうご立腹な面持ちで怒鳴る。クロウはひょっこりとカタツムリの如く頭を出す。そして糸目で彼女を一瞥すると、再び布団の中へともぐりこんだ。
今日は休暇最後の日。それにこのような寒くて布団から出たくない日はブランチなのがお約束なのだと世界中の人間は言うに違いない。よって、出る気はまったくもってない。
「もぉ! 出・て・く・だ・さ・い!」
ミスティは布団をガシリと掴むと、一気にそれを剥ぎ取った。
「ひぃぃぃぃ・・・・・鬼だぁ、悪魔だぁ」
寒さのあまりガタガタと身を縮めるクロウ。さらに彼女は彼が抱きしめていた枕を力づくで奪った。
「お兄様! 今日こそ、私の言うこと聞いてくれるって、昨日言いましたよね!」
「・・・そんなこと言ったっけ?」
「言いました!」
以前ミスティの誕生日の際、彼はどうしても抜けることのできなかった用事で、見事に誕生日パーティーの時刻をオーバーしてしまい、その賠償として彼女の言うことに付き合うと言ってしまったのだ。いま思えばもっと違う事を言えばよかったかもしれない。
「・・・・わかったよ。おー、さぶさぶ」
身を震わせ、クロウは渋々ベッドから出た。
「で、何でこんな所に来なきゃならねぇんだ?」
「え?」
ミスティは満面の笑みを浮かべるが、クロウの顔は酷く苛立っていた。
「・・・・なんでこうもクソ寒い日にオープンテラスのカフェでクソ冷たいパフェを食わなきゃならねぇんだ、って言ってるんだよ」
クロウとミスティは自宅から少々離れた、首都・ヨトゥンで一番の見晴らしの良いビルにオープンしているカフェに居た。確かに見晴らしは良い。しかし、このような真冬の時期は北風がびゅうびゅう吹き、とてもではないが見晴らしどころではない。
二人はダウンコートを纏ってはいるが、クロウだけはそれでも足りないと思うほどだ。
「ここのチョコレートパフェ美味しいって評判なんです。一度行ってみたかったんですよぉ」
「お前、この気温でそんなモン食って風邪ひかねえのか?」
「若いですから」
「俺はこの寒さがキツい歳になってきたがな・・・」
「そうですか? お兄様はまだまだ若いですよ」
「・・・あと一年で三十路突入が若いと思うか?」
戦争終結から早五年。クロウは数ヶ月前、二十九歳を迎えた。体力の低下は無いが、この歳になってくると寒さが身に凍みるようになり、口元には皺が出てき始めてきた。老化は怖い。
見た目も少々変わった。腰まで行きそうなロングヘアーは今ではバッサリと切り、ショートヘアと化している。
「お前は・・・・二十歳だよな?」
「ええ。正式に大人の仲間入りです」
ミスティはクリームを頬張りながら言う。この五年で彼女も見違えるほどに成長した。ポニーテールは相変わらずだが、顔つきは昨今のアイドルに負けないほどの可愛らしさ。スタイルはグラマーをという言葉を体現したかのような素晴らしい肢体。街ではすれ違った者は大概一瞬目を奪われる。事実、今もガラス越しにチラチラと有名人でも見るかのような目つきでミスティを見ているものが数人居る。
「もう五年か。早いモンだな・・・」
「お姉様、どうしてるんでしょうね・・・」
「さぁな。親父さんと仲良く暮らしてるんじゃないか?」
ぶっきらぼうに言うクロウに、ミスティは申し訳無さそうに微笑む。
「・・・素直じゃないですね、お兄様」
メイアと別れた後のクロウは、まるで魂が抜けたかのように、茫然自失とした生活を送っていた。仕事はほとんど真面目にこなしてはいるが、いざ私生活となると大半がボーッとして過ごすのが日常だった。今までは軽い調子でうそぶき冗談を言うなど、好感の持てる男であったが、今では冗談も言わなくなり、口数もかなり減ってしまった。それほどまでにメイアを愛し、彼の心を占めていたということだ。
今、彼女は何をしているのだろうか? 父親と共に幸せに暮らしているのだろうか? もしかしたら、他に恋人が――。
(ンなわけない。アイツが・・・・そんなことするはずがない・・・・)
その憶測だけが、彼の唯一の希望であり、願いであった。
「明日からまた仕事なんですよね?」
「ああ。火星の復興も終わったし、もう訓練くらいしかやることはないな」
「もしかしたら、とんでもない任務でもきたりして?」
ミスティは芝居のかかった口調で言う。
「・・・もうあんな戦闘はこりごりだ」
五年前の最後の戦闘。今思えば死ななかったのが不思議ないくらいだ。だが、今こうして自分は生きている。
だが、唯一足りないのは――。
メイアは急いで着替え、会社の宿舎から出ると、一目散に病院へと駆け出した。フレーバに寄れば、宿舎から歩いて五分の大きな病院に運ばれたという。それなら車よりも走っていった方が早い。
一分ほど走った頃だろうか。息が窒息しそうなほど辛くなってきた。普段から運動しておけばよかった。だが、悔やんでもしょうがない。彼女は懸命に走り続け、三分ほど経った頃、ようやく病院の前へと到着した。メイアは息を整えると、ドアを潜り、病院の内部へと入った。
病院には既にフレーバを含む、部員のメンバー十数人が全員揃っていた。皆、一様に心配そうな面持ちだ。
「・・・あ、メイアさん」
副主任であるメイアの存在に気づいたフレーバは、彼女へと目を向ける。
「一体、何があった?」
メイアはフレーバの元へと近寄る。
「・・・つい三十分ほど前、主任が交通事故に巻き込まれて、それで重態だって電話があったんです」
「・・・意識はあるのか?」
「いいえ。まだそこまで聞いていないです」
フレーバは悲しげな面持ちで首を横に振る。
それから数時間後、手術を終えたであろう手術衣を纏った女性が部門一行の下へとやって来た。すかさず一行はその女性へと駆け寄る。
「グレーンさんは!?」
「落ち着いてください。大丈夫、命に別状はありません」
その言葉を聞いた瞬間、メイア達は安堵の息をついた。フレーバや他の女性らは涙を流し、喜び合う。しかし、医者の女性は嶮しい面持ちで話を続けた。
「ですが昏睡状態で、いつ彼女が目覚めるかは私たちにはわかりません」
「え・・・・?」
「もしかしたらもうすぐ、もしくは何年、年十年も昏睡状態のままかもしれません」
その場の空気が一気に凍りついた。
宿舎へと戻ったメイアは、半ば呆然とした面持ちで、スーツのまま自室のソファに寝転がっていた。目の前のテーブルに置いてあるコーヒーを入れたカップは既に冷めていた。
主任ことグレーン・ヘイム・ダイロンは部門でもかなりのキレ者で、会社や市民からも大きな信頼を受けている女性。だからこそ主任という地位まで上り詰めたのだろう。
そして、その主任がいない今、副主任であるメイアが主任代理という立場となった。しかし、彼女には自信がなかった。それは主任代理という立場の問題ではない。
今、テラフォーミング部門が抱えている大きな問題を、自分が率先して動かす事ができるかどうかだった。
その問題とは、メジェール本星に海を作るというとんでもない計画であった。
ウェルシュ社は自社で海を作り、そこで観光事業を立ち上げようというプランを立てたのだが、海を作る以前に一つ問題があった。
――どうやって海を作るほどの水を手に入れるかであった。
メジェール本星の軌道上にある氷の塊を全て投入する案があったが、それではあまりにも数が足りない上に、完成までに数十年単位もかかってしまう為に、この案は否決された。市民の期待を背負っている以上、計画を破棄するわけにもいかない。部門は行き詰っていた。
(・・・・どうするべきか・・・)
本星のおよそ半分を海で覆うなどどうすればいいのか。
すっくと起き上がり、ため息をつくと、メイアは気晴らしに顔でも洗おうと洗面所へと歩き出した。
しかし、歩き出した瞬間、ゴッ、という鈍い音が鳴った。
足の小指がテーブルの足にぶつかったのだ。
「あいたたたたたたたっ」
小指を押さえ、ピョンピョンとウサギの如く跳ねるメイア。さらに今度はバランスを崩し、後頭部からテーブルにダイブしてしまった。メイアはドスンと床に落ちると、言葉にできない言葉を発し、ゴロゴロとその場でのた打ち回った。泣きっ面に蜂とはこの事だ。
「・・・・・・・・・・・・・!」
暫くして、メイアは呻き、後頭部を押さえながら起き上がった。
「っつ・・・・・・・っ!」
メイアは急にハッとした面持ちとなった。頭を打った衝撃のおかげなのだろうか、はたと今まで抱えていた問題が解消できる名案が生まれた。まるでマンガのようだ、とメイアは内心感じた。
メイアはすぐさま受話器を取ると、フレーバに連絡をした。
「フレーバ? 聞こえるか!?」
『どうしたんですかメイアさん。そんなに興奮して?』
「たった今、あの問題を解消できるアイデアが浮かんだんだ!」
「ホントですか!?」
触発されたかのようにフレーバの声も息巻く。
『それで、どんなアイデアなんですか!?』
「ああ。実は――」
それから数ヵ月後の火星。季節は春への兆しを見せ始めていた。
しかし、クロウ・ラウが赴いている基地、ルクナ基地は火星でも北半球に位置しており、未だに雪が残っている。
朝、暖房がそれなりに利いたブリーフィングルームにて、クロウを含む様々なパイロットが集まっていた。皆、イスに腰掛けながら談話している。
「少佐、どんな任務だと思いますか?」
ディオン・アングラート少尉から横から話しかけられたクロウは、至極やる気の無さそうな顔で返す。
「さぁな。面倒なのは勘弁だ」
その直後、見計らったかのように壮年の男――ルクナ基地司令官、ルイス・バルタナス少将が副指令を連れて堂々とやって来た。このルイスという男を、クロウはどうも好きになれなかった。クロウが異動する一年ほど前まで居たエヴァルド基地の司令官、別名鬼神のレッドウェル大佐と似たような性格で、堅い軍人なのだ。エヴァルド基地において、騒動ばかり起こしていたクルツ・シュライヒャー中尉もバルタナス少将と面識があり、曰く「ヤツの脳味噌は石化してる。間違いないね」との事だ。ルクナ基地に赴いて、その意味をクロウは存分に知った。別に固い軍人がいけないというわけではない。むしろ真面目でなければいけないとは思ってはいるが、部下の恋愛に口出しするのはどうだろうか。からかうならまだしも、まるで別れろと言わんばかりに説教を垂れるバルタナス少将は、「絶対馬が合わんな、コイツとは」と思った。
「ブリーフィングを始める」
パイロット達の前に立った少将らは、その背後の大型ディスプレイを見るように促した。
「諸君、今回君らが出動するのは戦闘行為をする為ではない。それは知っておいてほしい」
「司令。まどろっこしい事は抜きに、率直に話してくれませんでしょうか?」
クロウは少将を睨み、バカにしたかのように言う。しかし、少将は動じることなく頷いた。
「そうだな。少佐の言うとおりだ」
そして、少将は事を端的に話し始めた。
「今回、君達は護衛艦モルゲンに搭乗してもらう。機体はこの基地の物を運んでいくので、気にする事はない」
「それで、何の目的に我々が出るのですか?」
ディオンが言った。
「輸送艦の護衛の為だ」
「何を運ぶのですか?」
「火星の北極と南極の氷を、だ」
その言葉に、パイロット達は驚きを隠せなかった。なぜ氷を輸送するのか。どこがそんな物をほしがるというのか。
「行き先は――」
ディスプレイにホログラフが現れ、惑星と軌道上の衛星が映し出された。
「メジェール星系だ」
その言葉を聞いた途端、クロウは目を剥いた。
「・・・クロウ・ラウ少佐。君はよく知っているな?」
「ええ。それなりに。で、何で彼らが氷を欲しがるのでしょうかね?」
「海を作るためらしい」
火星の北極・南極には極冠と呼ばれる、冬の間にしか広がらない巨大な氷があり、氷の平原と呼ばれるほど巨大である。二十一世紀に火星で行われたテラフォーミングでも極冠を溶かし、海を形成した。メジェールもそれと同じ事を行うというのである。
「ふぅん。でも、よく火星に極冠があるなんて事知っている人がいますね」
「もしかしたら五年前に来た海賊の関係者ですかな、少将」
「その通りだ、少佐」
クロウは空笑いを浮かべると、腕を組み始める。
「で、そんな大仰な計画を発案したのは誰なんですかね? かのヒビキ・トカイですか?」
「いや、違う。ラウ少佐、君もよく知っている女性だ」
「・・・・女性?」
彼の頭の中に、もしや、という思いが過ぎった。もしかして、彼女が・・・・?
「その・・・女性とは?」
バルタナス少将はクロウの問いに、至極冷静に答えた。
「メイア・ギズボーン女史。テラフォーミング部門の副主任で、今は怪我を負った主任の代理をしているそうだ」
――その日、彼は初めて運命というモノを信じたという。