希望は強い勇気であり、あらたな意思である。
― マルティン・ルター ―
VANDREAD The Third Stage
♯10 愛の歌
「報告! ドレッド隊の戦力、半分以下に低下!」
「敵、数を増しさらに接近!」
『痛え! 痛ええええええええ!』
ニル・ヴァーナのブリッジも、他の艦隊と同じく喧騒に包まれていた。アマローネやヴェルヴェデールなどが悲痛な面持ちで報告をしている。耳に入るのは全て悪い情報ばかりだ。
「まさに、混沌の縮図ってヤツだね」
マグノは顔を顰め、周りの戦況を見て呟く。状況は未だ好転してない。それどころか悪くなる一方だ。
『誰かこっちのチームに援護回してよ! やられちゃうわ!』
『敵が多すぎます。援護は来ないんですか!?』
モニターからもパイロットからの悲痛な面持ちが映される。絶望的な状況には既に慣れてはいるが、これは別だ。規模が違いすぎる。
「火星軍の機体から通信、来ます!」
エズラの報告の後、モニターにその火星軍のパイロットの顔がバストアップされた。
『こちら火星軍所属、即席編成部隊スクラッチ隊隊長、クルツ・シュライヒャー。ニル・ヴァーナ、援護する!』
「そ、即席・・・・?」
ブザムは困惑した面持ちで呟く。
『寄せ集めだからってナメないでくれよ!』
クルツはニヤリとすると、一方的に通信を切った。
「よし! ひと暴れするぞ、お前達!」
『了解!』
『やってやろうぜ!』
クルツ率いるスクラッチ隊はニル・ヴァーナに向かい、直進して行く。周辺まで辿り着くと、まずは数十発のミサイルで牽制した。数十機が火球と化すが、数はまるで減ってはいない。
「各機、散開!」
命令と共にスクラッチ隊は四方に散開していく。
「イヤッホゥ!」
敵が放つ攻撃をいとも簡単に避けると、レールガンを連続で撃ちだし、次々と敵を撃墜していくクルツ。それを見ていたニル・ヴァーナのパイロット達は生気を取り戻し、活気に満ちていく。
「アタシたちも負けてらんないわね!」
「行っくわよぉ!」
ドレッドチームもスクラッチ隊に混ざり、協同して次々と敵機を撃破していく。
絶望するには、まだ早い。
『ほらほらっ! 避けてみせろ!』
豪雨の如く襲い掛かるホーミングレーザーを、セイヴァーは脚部のブースターをフルに使い、縦横無尽にギリギリのタイミングで避けきる。
「チッ!」
機体を逆さまの状態した途端、続けて真正面から襲い掛かろうとしたホーミングレーザーを、飛行形態に変形し、一気にブースターを吹かして辛うじて避ける。
一気に機体を駆けると、無人艦の残骸に身を隠し、人型形態へと戻した。
(くそっ。このままじゃ埒が明かねぇ)
避けてばかりでは戦いは延々と続いてしまう。だが、このホーミングレーザーの波状攻撃をどうにかしなければ攻撃はおろか、近づく事さえできない。ミサイルで牽制するのも手だが、全て防がれるのがオチだろう。
(エネルギー源は・・・・やっぱ地球のペークシスか?)
だとするならばそれを破壊しない限り、無尽蔵にホーミングレーザーを撃ち出される事になる。それなら地球のペークシスを破壊する第二作戦が完了するまで待ってみるのも一つの作戦か。
(・・・いくら俺でも体力が持たないな)
続けざまの曲芸染みた戦闘起動で体は限界へと近づいてきている。作戦完了まで、見積もって三十分はかかるだろう。ならば、成すべき事は一つ。
――突貫、か。無謀すぎるなぁ、まったく。
自嘲的な笑みを浮かべた、その時だった。身を隠していた無人艦からホーミングレーザーがあちこちから貫通してきたのだ。このままこの場所に居るのは危険だ。
(ちくしょう! やるしかねえか!)
セイヴァーは翼状のブースターを限界まで吹かし、急上昇した。待ちわびていたかのようにホーミングレーザーが波打って襲い掛かるのを見て、クロウはすぐさま飛行形態へと変形させ、コンマ数秒の差で避ける。だがホーミングレーザーは容赦なく左右へと広がり、セイヴァーを追い続ける。
しかしクロウは機体をさせ、なぜかスピードを落とす。目を閉じ、なにか集中しているように見えた。そしてホーミングレーザーが挟撃しようとした、その刹那だった。
「・・・・・・・あああああおおおああああああああぁぁぁ!」
セイヴァーは一瞬降下したかとおもうと、変形を解き、大の字に寝そべるかのような姿勢をとった。すると、ブースターとバーニアを吹かし、まるで体操選手の如く大きく数回宙返りをした。
ホーミングレーザーの追尾をかわしたセイヴァーは限界まで速度を上げ、ギルガメスの元へと向かっていく。
「!? のぁっ!?」
突如四方から現れたキューブ型がセイヴァーを襲った。攻撃は急上昇して避けたものの、千載一遇のチャンスを逃してしまった。
クロウは「クソッ!」と喚く。一度体勢を立て直そうとした、その時だった。クロウの顔が驚愕に歪む。
「ンなっ!?」
いつの間にかギルガメスから発射されていたホーミングレーザーがすぐ近くへと迫っていたのだ。クロウは急いで機体を急発進させるが、間に合わず、数発のレーザーが左脚部に直撃する。体勢を崩され、失速してしまったセイヴァーは、牙を剥くかのように襲い掛かるホーミングレーザーを全身に浴びてしまった。
「第三射発射まであと五分!」
「よし! 第二作戦の準備にかかれ! 突入部隊の発進だ!」
「了解! グングニル隊、エクスキャリバー隊、発進してください!」
「グングニル、エクスキャリバー隊は出撃後、第六防衛ラインで待機していてください」
作戦は終盤へと向かっていた。それにつれて、皆の意気も高揚していく。誰もが勝利を信じていた。
『よし。グングニル中隊、出撃する!』
『こちらエクスキャリバー小隊。出るぞ!』
ヘイムダルから二十機ほどの戦闘機部隊と人型戦闘機部隊が颯爽と駆け出していく。
向かうは地球である。
艦長が作戦の成功を信じ、壮気な笑みを浮かべる。しかし、その時だった。先ほどの二部隊が悲鳴にも似た報告を告げた。
『クソッ! こちらエクスキャリバー1。ブリッジ、襲撃を受けた!』
『こちらグングニル4! おい! 第五防衛ラインまでは大丈夫のはずじゃなかったのか!?』
『くそったれが! エクキャリバー4と5がやられた!』
『グングニルリーダーが落ちた! 指揮系統を確認しろ!』
「艦長! 残存機体八機にまで減少しました!」
「くそっ・・・・! どの部隊でもいい! 援護を要請しろ!」
艦長は俯き、沈痛な面持ちとなる。作戦は見事に数に押され、しかし、まだ希望は在る事に気づいた。
――ヴァンドレッド。
艦長はハッと顔を上げると、声を張り上げる。
「ヴァンドレッドだ! 第三射が終了次第、突入部隊に合流するように伝えろ!」
「了解です!」
オペレーター班はすぐさまヒビキとディータに連絡を取る。戦局は、未だ劣勢のまま。
『メイア、ジュラ。聞こえるか!?』
「はい。どうしました?」
「何よ? コッチは忙しいってのに!」
ジュラは唐突に通信を開いてきたブザムに苛立ちを隠せない。
『先ほど火星軍の旗艦・ヘイムダルから連絡があった。ペークシス・キャノンの第三射が終了次第、ヴァンドレッド・ディータと合流して欲しいそうだ』
「何か起こったんですか?」
『第二作戦を任されていた二部隊の半数以上が撃墜されてしまい、人手が足りないらしい。そこで・・・』
「私達の力が必要、ってことね?」
『その通りだ』
第二作戦――地球内部へと侵入する作戦である。敵の攻撃は熾烈を極めるに違いない。
『ココはアタシ達に任せて。アンタ達は早く行きな!』
ヴァロアが逞しい笑みを浮かべる。それを見たメイアとジュラは静かな笑みを浮かべ、小さく頷く。
「了解。行って来るわ!」
「必ず、戻ってくる!」
そして、二機のドレッドは僅かに軌跡を残し、地球へと駆けていった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
クロウは顔を右手で押さえ、あまりの激痛に叫び声を上げた。機体はホーミングレーザーの直撃を受け、半壊状態だった。頭部、左腕、左脚部は跡形も無く吹き飛び、様々な関節が異常をきたしていた。
クロウは呻きながら顔面を覆っていた右手を除ける。機体と同じく吹き飛びはしなかったものの、その顔は至る所が酷い裂傷で覆われ、血に塗れていた。目は瞼が切れているせいで、視界がよく利かない。左手足は動かそうとすると、激痛が走った。今のところ使い物にならないだろう。
痛みを堪え、機体を何とか立て直すと、モニターには様々な箇所がレッドアラートを告げているのが映し出されている。クロウはそれに目を配らせる。
(クソッタレ。・・・・関節の異常で変形は不可能か。右手とバーニアは・・・何とか無事か)
砂嵐で埋め尽くされているモニターをクロウは睨む。残った右手で緊急用の胸部のカメラに変える。少々ノイズが走ってはいるが、充分に見えるので問題は無い。右手はブレードの発生装置に異常が少々見られた。見ると、エネルギー回路関係のようであった。だとすると、そう長くはブレードを使用できない事になるだろう。あとは・・・。
(隙をどう作るか、か・・・・)
機体がこのような状態では先ほどのような動きは難しいだろう。一か八かの作戦はあるが、それは機体が満足に動かなければ、間違いなく失敗するだろう。クロウは歯噛みし、侮蔑そうにこちらに目を向けているギルガメスを睨む。
『さて、そろそろ終わりにしようか?』
その言葉と共に、ギルガメスの手足から無数のホーミングレーザーが発射される。クロウはバーニアを吹かし、縦横無尽に動き、振り払おうとするが、損傷のせいか、動きは普段よりも重い。
(ちくしょう・・・・。これまでか・・・・!)
自分の死を予感し、目を閉じる。その先にあるのは天国か。地獄か。
だが、神はまだ彼を見捨ててはいなかった。
『クロウ!』
その声に、クロウは目を見開く。それは、一番聞きたかった愛しい女性の声。
振り向くと、ホーミングレーザーと追い越し、メイアのドレッドがこちらへと向かっているのが見えた。メイアのドレッドはセイヴァーの下へと辿り着くと、有無を言わさずヴァンドレッド・メイアへと変形し、ホーミングレーザーを驚異的なスピードと戦闘起動で振り切った。
ギルガメスからなんとか離れたのを確認すると、メイアは前部席にいるクロウへと身を乗り出す。そして、クロウの顔を見るなり、顔を青くさせる。
「おまえ、その顔・・・!」
「ははっ・・・ちょっとやられちまった・・・・」
軽く言うクロウだが、傷は深刻だった。傷からの大量の出血により、意識が朦朧としてきており、感覚が徐々に薄れつつあった。クロウは頭を振り、なんとか意識を集中させる。
「そういや何でここにいるんだ? お前の任務はニル・ヴァーナの護衛だろ?」
「・・・・実は――」
メイアは今までの経緯を説明した。二部隊半壊、ヴァンドレッドへの支援要請。彼は特に慌てた素振りも見せず、所々頷いた。
「――そうか、わかった。とりあえず、お前はヒビキ達と合流しろ」
「っ! でもお前、その傷で――!」
「聞け」
クロウは荒い息で彼女の言葉を遮る。早急に治療を受けなければ彼は死ぬだろう。それなのに彼は――。
「お前にはやるべき事があるだろ? だったら、それを優先しろ。大丈夫だって。こんな所で死んでたまるかよ。それに、まだお前の答えを聞いてないしな」
クロウは悪戯交じりにウインクする。空元気を笑みが痛々しい。メイアは感極まったのか、瞳からボロボロと涙を流した。そして、おもむろに両手で彼の頬を掴むと、強引に彼の唇を奪った。
「・・・・必ず」
彼女は唇を離すと、手を頬に挟んだまま、ジッと彼を見つめた。
「生きて帰ってきて。お願い・・・」
「・・・・・了解。無事――は無理そうだが、絶対生きて帰ってくる」
その直後、大質量のビームが戦場を駆けた。ペークシス・キャノンの第三射が成功したのだ。という事は、即ち第二作戦への移行が行われる事になる。
「さあ、時間だ」
メイアは名残惜しそうに手を話すと、合体を解いた。そして、機体を地球へと駆けさせていった。
『別れの挨拶は済んだか?』
いつの間にか、ギルガメスはセイヴァーの数十メートル先へと姿を現していた。しかし、クロウは意気を荒げながらも、余裕を見せつけ、うそぶく。
「生憎だが、そんな事はしちゃあいねえよ」
『ふん・・・地獄で後悔するんだな』
『地獄に逝くのはてめえだ、ヴォルター』
ギルガメスは体を大の字に開くと、ありとあらゆる箇所からホーミングレーザーの全発射口を開く。本来は腕だけの装備であったが、恐らく改良でもしたのだろう。そうなると、レーザーの本数も半端なものではないだろう。
それでもクロウは笑みを崩さない。
『死ね!』
スコールのようなホーミングレーザーが、セイヴァーへと向かっていった。
合流したヒビキ達は機体を加速させ、地球へと一直線に向かっていた。
「ちっ、まだ着かないのかよ・・・・・!」
歯車に包まれた地球は近くあるようで、実際は遠くに位置していた。レーダーでもまだ半分の距離である。
『五体合体で行くピョロ!』
ジュラのコクピットに居座り、モニターいっぱいに顔を近づけるピョロ。その声を受け、ヒビキの蛮型を中心に、ディータ、メイア、ジュラのドレッドが集結する。青緑色の光が四機を包み、その光の繭を打ち破り、スーパーヴァンドレッドが姿を現した。
スーパーヴァンドレッドは掌からブレードを抜き放つと、妨害しようとする敵機を切り捨てる。何機を倒しただろうか、そう思った頃には火星の二部隊と合流を果たしていた。
『こちらグングニル3。来たか、ヴァンドレッド! 一緒に地球の工場をブッ潰そうぜ!』
『エクスキャリバー1より全機へ。ビビるなよ! 最大推力で行くぞ!』
敵の猛攻を掻い潜り、火球を潜り抜け、遂に地球の外壁周辺へと合流部隊は辿り着いた。
『アレだ!』
エクスキャリバー1が映像をリンクさせる。そこには一際大きな歯車の中心の穴に矢印が描かれていた。
「この中に突っ込めって言うの!?」
「マジかよ!?」
ジュラとヒビキがヒステリック気味に叫ぶ。その間にも距離はどんどん縮まっていく。
『その通りだ! 行くぞ!』
ブーストを限界まで吹かし、合流部隊は滑るように歯車の内部へと突入して行った。
夥しい数のホーミングレーザーが迫っているというのに、クロウは至って平然とした。荒い息でジッと見据える。ホーミングレーザーの束が囲むかのように襲い掛かろうとしている。それでもクロウは動かない。
『アッハハハハハハ!』
まるで勝利の美酒でも飲んでいるかのように、ヴォルターの声は酔っていた。クロウは、操縦桿を一際強く握り締めると、ようやく口を開いた。
「まだ・・・・終わっちゃいねえ!」
突然セイヴァーはブースターを吹かし、真正面へと突っ込んで行った。これにはヴォルターも目を見張った。
『なっ――!?』
セイヴァーは最後の力を振り絞り、人外の反応と動きでホーミングレーザーをかわして行くが、完全とは言えない。レーザーは装甲をかすり、時には直撃もした。しかし、それでも必殺の一手である右腕のブレードは絶対に守りきった。
『くそっ! くそっ!』
ヴォルターの声が上擦る。ギルガメスは来させまいとホーミングレーザーを撃つが、セイヴァーのスピードは衰える事は無かった。
「がっ――!」
レーザーの一発が胸部に直撃し、クロウは鮮血を吐く。真っ赤な生血がモニターを濡らす。既にコックピットは血の海と化しており、いつ失血死してもおかしくない状態、加えて目の前が霞むが、それでも足は止めない。それは約束のため。生きて帰るという約束を守るため。
「・・・・・・あああああぁぁぁぁぁぁ!」
『やめろおぉぉぉぉ!』
ホーミングレーザーの嵐を抜け、満身創痍となりながらも、クロウは渾身の雄叫びを上げ、眼前のギルガメスへと右腕のブレードを突き入れた。
『おわああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
ブレードと拳ははコックピットごと胸部中心を貫き、穴を穿つ。
「あばよヴォルター・・・・・地獄でも元気でなっ!」
右腕を引き抜くと、残った右足でパイロットを失ったギルガメスを無人艦の残骸へと向けて蹴り飛ばした。ギルガメスはくの字に吹っ飛ばされ、無人艦の外壁を突き破り、内部に激突した。レーダーの光点が消えたのを確認すると、クロウは張り詰めた糸が切れたかのように、体をシートに投げ捨てる。
「はぁ・・・・・・・・はぁ・・・・・・・」
痛みの感覚が無くなりつつある。このままでは危険だと判断したクロウは震える手でどうにか救難信号を出す。それを確認し終わった途端、彼の視界は闇に帰していった。
歯車の内部は、外装とは大きく異なり、巨大な生物の食道を彷彿させる構造だった。それでも所々は機械の部分は在り、そこから大量の無人機が排出させていった。加えて遥か前方からはビームの嵐が襲い掛かる。このような場所を潜り抜けろというのか、とヒビキは文句を言う。
「くそっ! 盛大にやってくれるじゃねえか!」
「飛行形態で一気に行くぞ!」
メイアの提案にヒビキは「おうよ!」と頷く。その直後、スーパーヴァンドレッドはエイを髣髴とさせる飛行形態へと変形し、ビームの雨を猛スピードで掻い潜る。
その時、後続に新たな部隊が加わる。巨大なブレードを有する人型戦闘機を先導とした部隊と、レーザー兵器を両翼に装備した戦闘機小隊である。それと同時に、モニターにルークの姿と戦闘機小隊のリーダーと思しき女性パイロットが映った。
『こちらブラスト隊! 地獄の一丁目まで援護するぜ!』
『メテオ小隊です! 行ける所まで援護します!』
増員していく味方を見て、ヒビキ達は笑みを浮かべる。しかし、それも一瞬で終わる。
『こちらエクスキャリバーリーダー。無人機が大勢来やがったぞ! 警戒、警戒!』
あらゆる型の無人機が全部隊に襲い掛かる。この混沌とした戦場を駆け抜け、最深部まで行くとう無理難題をどうこなせというのか。
「クソッタレ! 全速力で行くぞ!」
スーパーヴァンドレッドはさらに速度を加速させる。続けて後続の部隊もブーストをフルスロットルで吹かした。
『うあっ! すまない、これ以上は無理だ! エクスキャリバー2、離脱する!』
『グングニル3。こちらもだ! すまんが離脱する!』
『メテオ4が落ちた! くそっ!』
『ブラストリーダーより各機! もう少しだ! 耐えろ!』
『ちくしょう! グングニル中隊全滅!』
『こちらメテオリーダー。足止めを食らってしまいました! 先に行ってください!』
「味方がどんどん減っていってる・・・。もうダメなの・・?」
ディータが沈痛な面持ちで呟く。
「まだだ! 残りで切り抜ける!」
メイアがここぞとばかりに元気付ける。その声に、ディータはハッとすると、「はい!」と頷く。しかし、限度を超えた敵の攻撃により、次々と味方の悲痛な通信が入る。
『こちらブラストリーダー! クソッタレが! エンジンに被弾。戦線を離脱する!』
『エクスキャリバー1より残り全機! もうすぐだ、凌げ!』
『エクスキャリバー9がやられた! 残存機、残り五機!』
『ブラスト3も落ちた! 残り四機!』
『こちらメテオ2! 敵機を振り切れない!』
『こちらエクスキャリバー1。こっちもだ! 一機だけになっちまうが・・・ヴァンドレッド、後は頼む!』
とうとう残りはスーパーヴァンドレッド一機のみとなってしまった。敵機は狙い目だと言わんばかりにスーパーヴァンドレッド目掛けて襲い掛かる。
「どけぇ!」
スーパーヴァンドレッドはビットを四方に展開すると、嘴からキャノンビームを発射、ビットにビームを反射させ、襲いかかろうとした敵機を串刺しにした。それでも敵機は一向に減らない。
「前が開けてきた!」
ディータが前方を指差す。数百メートル先に出入り口のような巨大な穴が存在していた。その先が最深部だろう。ヒビキは「よし!」と声を上げると、人型形態に戻し、掌からブレードを抜き打つ。ブレードを片手で構えると、数秒のうちに全方位に向かって斬りつける。裂かれた敵機を捨て置くと、機体を前方に向かって駆けさせる。
待っているのは何なのだろうか。鬼が出るか、蛇が出るか・・・。
スーパーヴァンドレッドは巨大な穴を通過した途端、機体の急制動をかける。そして、ヒビキたちは最深部の光景に半ば呆然とした面持ちで辺りを見渡す。
「これは・・・・・・」
「ペークシス・・・・。けど、この数は尋常じゃないわ・・・・」
ジュラの言うとおり、壁、天井、至る所に膨大な数の赤いペークシスが埋め込まれ、異常なまでの数の管から無人機を製造していた。おそらく、唯一残っていたオリジナル・ペーシスを奪われたために、大量のペークシスで補ったのだろうか。
『悲しいピョロ・・・・』
悲しげに呟くピョロに対して、メイアはいつもの冷静な面持ちで言う。
「ここを壊せばこれ以上増える事は無い・・・・。やろう」
「・・・・・ごめんなさい」
ディータは赤いペークシスを見て、呟く。ペークシスは生命体である。ペークシスを壊す事は命を奪う事。殺す事になる。
「この業は一生忘れない。忘れずに・・・生きていく」
自分に言い聞かせているかのように、ヒビキが呟く。その直後、レーダーが大量の敵機を捉える。躊躇している時間は無い。スーパーヴァンドレッドはブレードを両手で構えると、ペークシス目掛け斬りに掛かる。
「・・・・・・うおおおおおおおおおお!」
同じ頃、ヘイムダルのブリッジではスーパーヴァンドレッドの動向を逐一モニターしていた。戦況の良好さに、ブリッジは大いにに沸きあがる
「ヴァンドレッド、順調に目標を撃破していきます!」
「よし・・・・。これでこの戦いも終わ――」
艦長が言いかけた時だった。ブリッジ班の一人が慌てた調子で艦長に報告をする。
「艦長、大変です!」
「どうした!?」
「工場内部に膨大なエネルギー質量を確認しました!」
「エネルギー・・・・・・もしや地球の奴ら・・・・! ヴァンドレッドにすぐに連絡をしろ!」
「了解!」
ペークシスを全て破壊し終わったヒビキ達は、作戦成功とは裏腹に暗く落ち込んでいた。胸中にあるのは命を奪ったという罪悪感だけだった。
「・・・・・帰ろうぜ。ニル・ヴァーナに」
「・・・うん」
機体を反転させた時だった。唐突に緊急用の通信が入った。モニターにヘイムダルのブリッジ班の顔が映し出された。
『緊急通達! 突入部隊は至急、工場から脱出してください!』
「どうした!?」
ヒビキが怪訝な面持ちで問う。
『自爆シークエンスが作動している模様です! 繰り返します! 急いで脱出を! 隔壁も閉まりつつあります!』
「なんて事だ・・・・。急いで脱出するぞ!」
「わかってるさ!」
スーパーヴァンドレッドは飛行形態へと変形すると、急いでその場から去って行った。
「うわっと! 危ねえ!」
スーパーヴァンドレッドは徐々に閉鎖しつつある隔壁の隙間を猛スピードで駆け抜けていた。自爆が既に始まっているのか、背後からは赤色のエネルギーの衝撃波が、まるで意思でもあるかのように迫ってくる。
「ああ、もう! 何で最後の最後にこんな無茶しなきゃいけないのよー!」
目に涙を浮かべ叫ぶジュラ。メイアは振り向き、言う。
「ジュラ! これで最後にするんだ!」
それから何キロか飛んだだろうか、レーダーに光点が現れ、目の前に人型戦闘機が悠然と手を振っていた。
『こちらエクスキャリバー1。聞こえるかい、ヴァンドレッド』
「ンなっ!? 何で脱出してねえんだよ!?」
ヒビキは目を剥き、吼えるが、それに対してエクスキャリバー1は平然と答える。
『なぁに。君らと一緒に脱出すれば俺も有名人になれるんじゃないかと思ってね。さぁ、マッハを超えて行くぞ!』
衝撃波が迫る中、二機はまだ見えぬ出口目掛け駆ける。
『こちらメテオリーダー。出口前にいます。急いでください! こちらの隔壁も完全に閉まりつつあります!』
「なんてこった!」
『いいねぇ。これで生還すりゃ英雄だぜ俺たちは!』
「よくそんな事が言えるわ――出口が見えた!」
眉を顰めていたジュラの顔が一気に明るくなった。しかし、それを許さないと言わんばかりに、急速に目の前の隔壁は閉まりつつあった。
「行っけええええええええええ!」
『イーーーーーヤッホゥーーーーー!』
隔壁が完全に閉まる寸前、二機は間一髪、滑るように宇宙空間へと躍り出た。
そのまま、ヴァンドレッドは力尽きたかのように、宇宙空間を漂う。あのペークシスが制御していたのだろうか、無人機はピクリとも動かない。戦闘は既に終わっていたようだ。
『こちらエクスキャリバー1。おーい、生きてるかー?』
全員がグッタリとしているスーパーヴァンドレッドのコクピットに、呑気な声が響く。そんな中、目に隈を浮かべ、今にも失神しそうなほどの顔のヒビキが呻くかのように呟く。
「もう・・・・金輪際、こんな無茶やらねえ・・・・・」
その直後、さらにモニターに映像が映し出された。ヘイムダルのブリッジ班であった。
『こちらヘイムダル。聞こえるかヴァンドレッド』
「・・・・何だよ・・・・」
『良い知らせだ。さっき、地球が白旗を上げた! 戦争が終わったんだ!』
ブリッジ班の背後には肩を組んで勝利の雄叫びを上げている者たちが映っていた。
「そうか・・・・。やっ・・・・・たぜ・・・・・」
そこでヒビキは遂に失神したのだった。
互いにボロボロのニル・ヴァーナとヘイムダルとのドッキングが完了し、ハッチが開くやいなや、メイアは脇目も振らず、軍人達を押し退け、走った。目指すは医療室。“彼”が生きているなら、必ずその場所に居るはずである。途中、医療室はどこかと通りすがりの軍人に尋ね、礼を言うと、メイアは一目散に医療室へと駆け出した。
エレベーターを使い、何分か走っただろうか、メイアはようやく医療室の前まで辿り着いた。額に浮かんでいる汗を拭い、荒い息を無理やり抑えると、彼女は静かに医療室へと足を踏み込んだ。ドアがゆっくりと開く。
まず目に入ったのは、十数人の軍服の上に白衣を纏った者達だった。おそらく軍医だろう。そして次に目に入ったのは縦列に並んだ数十のベッド。そこには何十人ものけが人が悲痛な呻き声を上げていた。
メイアは辺りを見渡し“彼”を探す。
「ちょっと」
不意に背後から肩を叩かれ、メイアは振り返る。壮年の女性が自分を見ている。
「・・・・あなた、ニル・ヴァーナから来た人ですか?」
「は・・・・はい」
「そうですか。どなたか面会をご希望ですか?」
「はい。クロウ・ラウ・・・・・少佐と」
てっきり追い出されるのかと思っていたが、杞憂だったようだ。軍医の女性は「こちらです」とメイアを促す。
そしてほぼ端側のベッドに、“彼”は居た。“彼”を見て、メイアは愕然とした。
そのベッドに居た彼――クロウ・ラウは見るに絶えない姿だった、右手足を除き、体全体は包帯で巻かれ、もはや死んでいるのではないかと思えるほどの惨い姿。しかし、傍にある心電図の波は正常を示しており、血が滲む包帯に巻かれた胸は僅かに上下している。かろうじて生きていはいるようだ。
「瀕死の重傷でしたが、なんとか一命は取り留めました。あとは少佐が目を覚ますのを待ってください」
「・・・・傍にいては駄目ですか?」
「それはできません。ですが、本星での病院に移送された場合は可能です。それまで待っていてください」
軍医の女性はニコリと微笑む。メイアは俯き、口を真一文字に結ぶ。少し経ち顔を上げると、彼女は冷静に答える。
「・・・・わかりました」
その声には嗚咽が混じっていた。
終戦から四日が経った。その前は激動の三日間だった。地球軍タカ派残党によるクーデター。火星軍による鎮圧。そして停戦合意。それらが終わり、ようやく本当の平和がおとずれたのだ。
――それなのに、彼は未だ目を覚まさない。
首都・ヨトゥンの軍病院の一室で、彼は眠り続けていた。傷ついた人口筋肉の取替えが終了し、後は傷が癒えるのを待つのみらしい。呼吸器は外され、包帯を除けば眠っているかのような姿だ。
そんなクロウの傍。メイアは彼を見ながら、この四日間、面会時間の初めから終わりまでずっと看取っていた。真夏の日差しが病室を照りつけ、時折窓から吹き抜ける軟風がカーテンと、彼女の髪とワンピースを揺らす。
彼女は眠っているかのような彼の頬をゆっくりと撫で、いつも言っている言葉を呟く。
「早く起きろ、バカ・・・・」
そう呟くと、彼女は背後にある窓に目を向け、蒼い空に覆われた空を見つめた。
何故だろうか。体が上手く言うことを利かなかった。顔の筋肉は動かせるが、左手足は動かそうとするとただ小さく痙攣するだけだった。次は記憶を呼び起こした。救難信号を出し、そこで意識を失った。それ以上は記憶が無い。怪我人の声が聞こえないとなると、軍病院にでも移されたのだろうか。
彼――クロウ・ラウはゆっくりと目を開ける。最初はボンヤリとしていた視界が徐々に鮮明になっていく。目だけを動かし、左右を見渡す。右には少し遠くにドアが見えた。左には・・・・。
「・・・・メ・・・・・・イア?」
掠れてはいるがハッキリとした声。その声が聞こえたのか、窓に目を向けていたメイアはハッとした面持ちでクロウへと向き直る。
「・・・・・う・・・・ぐ・・・・ぐぐぐ・・・・・!」
僅かに残っている力を腹筋に込め、なんとか上半身を起こすことには成功した。おかげで腹周辺は痛みが走っているが。
荒い息を少しずつ抑えると、クロウは大粒の涙を流しているメイアに向かって、いつもの――子供のように、無邪気な笑みを浮かべた。
「・・・三途の川から、ただいま」
その直後、メイアは彼の体に勢いよく抱きつく。泣きじゃくり、そして笑みを浮かべながら。
「おかえり・・・・、おかえり・・・・!」
「あだだだっ! だ、抱きしめてくれるのは・・・う、ううううううう嬉しいんだけど――あでででででっ!」
顔を引き攣らせ、激痛に叫ぶクロウ。彼女は急いで抱きしめていた手を離す。クロウは俯き、重いため息を吐く。
「あ・・・ごめん」
「いててて・・・・。あー、気にすんな」
すると今度は、顔を顰め、手を小さく振る彼の首を抱きしめる。そしてそのままベッドに押し倒された。意図は不明だが、どうやら溜まっていたものがあるようだ。
「・・・・随分と積極的で」
続いて顔にキスの雨が降る。クロウは微苦笑を浮かべると、そのまま身を任せた。
(たまには襲われるのも悪くはないかな・・・・)
その後、看護士が来るまでの間、二人がどうしていたかは、また別の話である。
それからさらに二週間が経った。ヨトゥンの最高級ホテルのホールでは、終戦記念、そして戦死者への弔いをかねたパーティーが行われていた。出席者の殆どはこの地方の軍人、政府高官など様々だ。ニル・ヴァーナの面々もこの場所に居た。
「・・・なんか落ち着かねえな」
ヒビキは壁に寄っかかりながら、周りを見る。生まれて初めて着るフォーマルスーツは少々動きにくい。加えて、宴と言えば大抵どんちゃん騒ぎが主流であるタラークとは違い、少々粛粛としたパーティーはどうも肌に合わない。
「どうしたの、ヒビキ?」
ふと右方から掛かった声に、ヒビキはハッとしてそちらを見た。
「あ・・・・・」
「・・・どうしたの?」
声をかけたのはディータだった。しかし、ヒビキは彼女の姿に目を丸くした。桃色のワンピースタイプのフォーマルドレスに身を包み、普段見慣れた稚い顔は化粧が施され、僅かに艶やかな大人の雰囲気を醸し出している。以前クロウから聞いた「オンナはな、化粧をするとな、その名の通り“化ける”んだよ」という言葉が頭を過ぎった。
「あ・・・いや。ちょっと落ち着かなくてな」
美しさに驚いたなぞ言えず、動揺を隠すヒビキ。それから暫く他愛も無い雑談をしていていると、突然藪から棒に正装の軍服を着た男性に声をかけられた。
「よぅ。カワイイ彼女連れるじゃないか、少年」
その男は忘れもしない、どうも苦手な性格の男だった。
「・・・エクスキャリバー1?」
「おお、そうさ。またの名をアンドレイ・デムチェンコだ。よろしく」
先の戦闘ではヘルメットをしていたせいでよく分からなかったが、よくよく見ると地球の東欧系の顔をしているのがわかった。無理やり握手を交わされると、続いて声が掛かる。
「こんばんは」
同じく軍服を着た女性であった。やんわりとしたどうにかして記憶の底からその女性を引っ張り上げる。
「たしか・・・メテオリーダーだっけか?」
「ええ。覚えていてありがとうございます。クレア・グリフィズです」
クレアは微笑を浮かべる。それはまるで聖母のような温かい笑み。一瞬、その笑みにヒビキは惚れた。初見のときとは違い、やんわりとした雰囲気が彼女には漂っていた。そしてその直後、ヒビキ達の周りが一段と騒がしくなった。彼らの視線は出入り口であるドアに向けられていた。
同時に、聞き覚えのある声が耳に入った。
「いてっ! おいコラ、触ってんじゃねえ! まだ完全に塞がってねえんだぞ!」
苛立った面持ちで、人ごみを掻き分け、その声の主はやって来た。恋人を連れて。
「・・・よう。ちょい久しぶり」
「ああ」
クロウの挨拶に、ヒビキは素っ気無く答える。隣でクロウと手を繋いでいるメイアはヒビキ達に小さく手を振る。純白のフォーマルドレスと薄化粧、そして輝くアクセサリーが彼女を引き立てている。
「にしても、えぇと・・・デムチェンコ大尉だっけか? 三年前の戦技競技会以来だな」
「ええ。そン時は随分とお世話になりましたがね、ラウ少佐」
アンドレイは皮肉な口調で言う。どうやら二人には浅はかならぬ因縁があるようだ。
「随分とお美しい女性をお連れのようだな、大尉」
クロウはクレアをチラチラと見る。
「違うっスよ。ただ、前の戦闘で知り合っただけですよ」
「ふぅん。お似合いに見えるがな」
「ご冗談を。俺みたいな人間には高嶺の花っスよ」
肩をすくめるアンドレイだが、クレアは何故か笑みを浮かべたまま、彼に目を向ける。
「あら? そうでもないかもしれませんよ、大尉?」
「・・・へっ?」
素っ頓狂な声を上げるアンドレイ。
「パーティーが終わったら、少しお付き合い願えますか?」
笑みを崩さぬクレアに、アンドレイは少々一驚すると、
「ぜ、是非とも!」
と顔を明るくさせた。
「恋は常に不意打ちの形をとる、か・・・・」
先人の名言を呟くクロウだった。
「ね、ねぇ。どこに行くのさぁ?」
「うーん、人がいない場所ね。・・・・ココがいいわね」
アマローネは無理やりバートの手を取り、二人は今、ホールを抜け、無駄に広い正面玄関に設置されている螺旋階段の陰に隠れた。一体彼女は何がしたいのか。バートの頭は疑問符で埋めつくされていた。
「こんな所に連れ込んで。一体全体僕に何の用なんだよ?」
「えっとね、ちょっと質問したい事があるのよ」
「? 何さ」
「んー・・・・」
アマローネは苦笑を浮かべ、頬を掻く。そして、
「・・・バートはさ、私のこと、どう思ってる?」
「・・・・え? そ、それってもしかして、その・・・好きか嫌いかってこと? ヒビキとディータみたいな・・・」
「当たり前じゃない。で、どうなの?」
バートは額に指を当て考え込む。彼女の事は嫌いではない。好意があると言えばある。だが、本来の男女の関係をあまり知らないバートには、それがヒビキ達の様な異性間における行為かどうかはわからなかった。
今この場で彼女に「嫌い」と言えば彼女は悲しむだろう。そんな顔を見るのは嫌だった。自分のためにではなく。しかし、「好き」と言うには時期尚早だ。気持ちの整理がついていないのだから。
バートは、ため息を吐くと、ようやく口を開いた。
「・・・保留ってことにしてくれないかな?」
「えー?」
アマローネの顔はたちまち剥れる。バートは慌てた調子で弁解する。
「その・・・さ。まだ好きか嫌いかってわからないんだ。だからそのぉ・・・・ア、アジトに着くまでには絶対言うからさ!」
彼女は不満げに息をつくと
「ま、いいわ。いい返事、期待してるわよ?」
と艶美な笑みを浮かべながら言い、その場から立ち去っていった。残されたバートは、途端にどっと疲れた面持ちとなった。
「あ〜・・・どうすりゃいんだボクは・・・」
それから三十分ほどが経っただろうか。パーティーはサプライズで登場したアカネの登場により最高潮に達していた。軍隊内でも彼女のファンは多いだけに、先ほどまでの大人しい雰囲気だったホールは一気に熱気に包まれた。
即興で作られた舞台の上で、アカネが一段と激しいロックを歌っている最中、ヒビキとディータ、そしてメイアは人だかりの最後尾でそのライヴの様子を見ていた。クロウはというと、曰く「お偉いさん方とのうざったいお付き合い」に出向いており、今は姿を消していた。
「ところでよ、青髪」
ヒビキは唐突にメイアに話しかける。すると、メイアは皮肉っぽい笑みを浮かべながら返す。
「おやおや。いつになったら名前で呼ぶのやら・・・」
「揚げ足取るんじゃねえよ。で、ちょっと話があるんだけどよ」
「・・・ん?」
メイアは普段の沈着とした面持ちとなる。
「お前、火星に残るのか。それともメジェールに帰るのか。あいつと話し合ったのかよ?」
「ああ。病院で話し合った」
「・・・それで、どうなったんだ?」
ヒビキとディータは真剣な目つきでメイアを見やる。彼女は一度、ふぅ、と息を吐くと、微笑を浮かべ、述べた。
「私は・・・・メジェールに帰る」
彼女の言葉に、二人は目を丸くした。てっきり、火星に残ると言うと思っていたからだ。
「帰ってオーマを探す。クロウも・・・お前がそれでいいなら、構わないと言ってくれたし」
「・・・・お前は、悲しくないのか?」
「二度と会えないというわけじゃない。それに、私は信じたいんだ。オーマが生きているって」
笑みを浮かべ話すメイアだが、その口調はいささか寂しいように聞こえた。それに相反するかのように、パーティーはさらに過熱していくのだった。
二日後。ニル・ヴァーナは宇宙港である火星の衛星・フォボスを離れ、星の海を漂っていた。そのニル・ヴァーナの前方には、巨大な青緑色のリング状の物体が悠然と存在していた。“アバリス”と呼ばれる超光速航行装置――要はワープ装置である。
一年前ほどからオリジナル・ペークシスを一部制御する事に成功し、製造されたのがアバリスである。ペークシスが自身の危機に察知した際、緊急回避としてワームホールを造る事がある。それを応用し、ワープ装置として造ったのだ。本来なら当てずっぽうな場所へと飛ばされるが、今現在、アバリスは本来なら一年近くかかる距離を八ヶ月ほどまでに縮める事に成功していた。
そして、その技術はニル・ヴァーナに使われようとしている。伝達によると、約半年かかった距離が三ヶ月ほどに縮まるというらしい。
『ニル・ヴァーナ。良い帰路を』
ブリッジに火星軍から音声通信が入る。艦長席に座るマグノは笑みを浮かべると、フォボスを見やり、言った。
「ああ、ありがとさん。そっちはまだまだやるべき事がありそうだけど、成功を祈っているよ」
『・・・心遣い、感謝します。お元気で』
「ああ。縁があったら。また会おうじゃないか」
ニル・ヴァーナはゆっくりともう一つの宇宙港、衛星・ダイモスを横切る。そこから、ガラス越しに職員、軍人らが最敬礼をしているのがはっきりと見えた。そこには、“彼”も居た。
「元気でなー!」
バートは操舵席で、元気よく手を振る。
同時に、アバリスの円中央から青緑色の筒状の穴が形成された。そこを通れば良いらしい。ニル・ヴァーナは迷わず“穴”へと向かっていく。
『エネルギー、全て正常値。ニル・ヴァーナ、どうぞ!』
吸い込まれるかのようにニル・ヴァーナは“穴”へと入る。そして一瞬、リング中央が眩く光ったかと思うと、そこにはアバリアスだけが残されていた。
ニル・ヴァーナが正常にワープした事が伝えられ、軍人や職員達はドッキングポートから離れていく。しかし、一人だけアバリスを見つめ、帰らぬ者がいた。
“彼”――クロウ・ラウである。無表情で、アバリス一点を見つめていた。どこか寂寞とした面持ちで。
(・・・行っちまったか)
彼女の決断に文句など無かった。彼女が父親に会いたいのなら、拒否する権利は自分には無い。しかし、諸手を挙げて喜ぶ事はできなかった。残っているのは、ポッカリと穴が開いたかのような、悲痛な思い。
「お兄様」
背後から声がかかり、クロウは体ごと振り向く。
「・・・どうしたんですか?」
ミスティだった。クロウはフッ、と寂しい微笑を浮かべると、彼女の髪を軽く叩く。
「・・・いや、何でもない」
「やっぱり、寂しいんですか?」
痛いところを突かれ、クロウは沈痛な面持ちで顔を伏せる。
「まぁ・・・な。けど、いつかきっと、会えるさ」
「そうですね。・・・・・そうなるといいですね」
「・・・・さあ。帰ろう。――っと、ミスティ、ちょっと話があるんだけどよ」
「? 何ですか?」
二人は歩きながら互いを見る。
「お前、いつ冥王星の復興に行くんだっけか?」
「えっと・・・来週末には行くと思います。それがどうかしたんですか?」
「いや・・・。お前、それまで俺の家で暮らしていかないか?」
「え?」
ミスティは途端に足を止める。すると、クロウは眉を顰め、彼女を指差す。
「言っておくがやましい気持ちがあって言ってる訳じゃないぞ。軍の宿舎じゃ寂しいと思っているから言ってるんだ」
「・・・それまで仕事はどうするんですか?」
「生憎、あと一ヶ月は休暇でね」
あのような激闘を繰り広げたのだから当たり前と言えば当たり前だが。
「へぇ・・・・。それじゃ、お言葉に甘えて」
にやけるミスティは、クロウの腕に抱きついた。
「いつでも私に乗り換えていいですからね」
「阿呆。そんな台詞言うのはあと五年早いわ」
ワープを終え、ニル・ヴァーナは再び星の海に姿を現した。ブリッジでは距離の観測が行われている。
「メジェール星系までの距離・・・・算出しました」
中央モニターに周辺の宇宙地図が表示された。点とホログラム上の円が線で繋がれている。
「この距離だと三ヶ月ほどで到着すると思われます」
「火星軍の予想通りか。バート、進路4−1−4だ」
『了解!』
ニル・ヴァーナは宇宙空間を駆けていく。全てを終え、故郷へと向かうため。
その日の夜、メイアは電気の落とされたカフェ・トラペザで、強化ガラス越しに星の海を無表情で見ていた。
(・・・後悔は無い。そうだ。後悔は、無い)
ただそれだけを自分に言い聞かせる。だが、彼女には未練があった。
――残ればよかったのではないか?
愛する人と共に生きていくのらば、父――オーマは納得するのではないのだろうか。しかし、それはただの自己満足な言い訳にも聞こえる。
「・・・・・くそっ」
「どうしたの、リーダー?」
唐突に声をかけられたメイアはどきりとした面持ちで振り返る。
「ディータ・・・」
ディータは彼女の事を心配しているのだろうか。その顔は暗い。
「リーダー、大丈夫?」
「ああ・・・・。大丈夫、心配するな」
「でも・・・」
「・・・すまない。私はもう、寝る・・・・」
メイアは。冥暗の面持ちでカフェ・トラペザを出て行った。そんな彼女を、ディータはただ見送ることしかできなかった。
自室の前に着いたところで、メイアは背後に人の気配を感じた。彼女は険しい面持ちでゆっくりと振り返る。
「・・・お頭?」
「夜分遅くにすまないね」
マグノは杖をつきながらメイアへと向かい、そして彼女の目の前へと立った。
「何か用ですか?」
メイアは怪訝そうな面持ちで首を傾げる。
「ちょっと聞きたいことがあってね」
それを聞いて、メイアは直感した。“彼”の事だろう。
「・・・クロウの事ですか?」
「おお、その通りさ」
マグノは少々驚いたような顔をした。
「彼の事なら大丈夫です。後悔はしていません。もう・・・大丈夫です」
作り笑いを浮かべるメイアだが、マグノは一変して嶮しい目つきをした。
「メイア。無理はするモンじゃないよ」
「・・・無理などしては――」
「メイア」
怒鳴られたわけではないのに、メイアは口を噤んでしまった。マグノは息を一つ吐くと、さらに変わって、慈愛に満ちた目をメイアに向け、言った。
「アタシの前で、そんなに強がらなくてもいいんだよ」
そこでメイアの何かが決壊した。彼女の前で強がりは通じないのだ。それはクルーの誰もがわかっている事だ。
「・・・・くっ」
メイアは俯く。その顔から涙がポロポロと落ちていった。顔を抑えるものの、徐々に嗚咽が混じる。暫くしないうちにメイアはその場で泣き崩れた。
「・・・・あああああああああああああああっ! うああああああああああああああっ!」
慟哭する彼女を、マグノは抱きしめる。
「いいんだよ。おもいっきり泣きな。それにね、涙はいつか笑顔に変わるんだよ、メイア」
メイアは彼女の胸の中で泣いた。ただ、それしかできなかった。
あとがき
どうも。作者のホウレイです。ここまで読んでくださった読者様方、いかがだったでしょうか。これにて『VANDREAD The
Third Stage』は終焉を迎えました。書き始めて約一年と少々。ようやく完結する事ができました。感想、指摘をわざわざ送ってくださった読者様方、この場を借りてお礼を申し上げます。
なお、番外編などは一切書きません。これ以上ヴァンドレッド関係は何も執筆しません。皆さんさようなら。
んなこたぁない
このままで終われるはずがございません。クロウとメイアは最後の最後で離れ離れになってしまいました。
そう! そんなバッドエンドのような終わり方、私はしません!
宣言します! 二人の物語は続きます! 番外編として! 本当の物語の終焉を執筆します!
それでは、それの予告(らしきもの)をご覧ください。
愛する人へ
あなたは今、どこで何をしていますか?
私は元気に毎日を過ごしています。
けれど、あなたがいなくてとても寂しいです。
あなたの事を思い出すと、いつも泣きそうになってしまいます。
それでも、いつかあなたといつか会える事を信じて待っています。
・・・贅沢かもしれけれど、これだけは言わせてください。
もし、再び会えたときは・・・・・・・・。
ずっと、あなたとともに――。
はい。以上が予告(らしきもの)です。ワケがわかりませんね。ええ。
あ、ちなみにプロットは完成していますのでご安心を。
それと、今更ですが『クロウ・ラウ』の絵を投下しますよ。
なお、絵の感想もお待ちしております。製作のしている私の友人、AOSHI氏が喜んでもっと凄い絵を描くかもしれません。
それではこの辺で失礼させていただきます。あ、ぜひとも番外編にご期待していてください。