希望は鳥のようなもの。心の止まり木で羽を休め、詩のない歌を奏でる。そして、決してとどまることはない
―E.ディッキソン―
VANDREAD The Third Stage
♯9 未来への咆哮
火星の軌道上に、千をも超えそうなほどの戦艦が列を成していた。遂に反地球連盟の総力を決した戦闘がはじまる。
準備は着々と進んでいた。それは百年続いた戦争を終わらせる為。未来を掴み取る為。歴史上、類を見ない戦いが始まろうとしていた。
火星軍の旗艦、ヘイムダルの特殊格納庫にてヒビキとディータは作戦のブリーフィングを受けていた。反地球連盟の作戦は二つに分けられる。まず、シールドを破壊する事。その後、防衛ラインを突破し、地球の外壁から侵入し無人機製造工場を破壊する事だ。ヒビキ達の役目は地球の防御シールドを破壊する事。その為、ヴァンドレッド・ディータのペークシス・キャノンを使用するのだ。しかし、ヴァンドレッド・ディータ単体でのエネルギーではシールドを破壊するのは不可能である。そこで、一年前地球から強奪したオリジナル・ペークシスプラグマを使うのである。この宇宙に存在する全てのペークシスの親である、オリジナルの持つエネルギーなら既存のエネルギーを遥かに凌駕するだろう。強奪の直後からオリジナル・ペークシスプラグマを媒体とした兵器は製造されてはいたが、その凶悪と言えるエネルギー含有量は、砲身が持たないほどであった。研究が行き詰まった頃、反地球連盟に加盟しているある惑星からヴァンドレッドをいう兵器の情報を得たのだ。それを見た研究員は、ペークシスの暴走の産物であるヴァンドレッドなら耐えうるのではないかという案が成されたのだ。そして部隊を派遣し、今に至るというわけだ。
「我々の計算によればエネルギーを最大出力で発射すれば、三発でシールドは破壊できる計算です。ですが同時に、砲身――ペークシス・キャノンの耐久力も限界に来るはずです。そこはご了承ください」
整備員の言葉に、ヒビキは不敵な笑みを浮かべ、握り拳を掌に当てる。
「了解。やってやるぜ」
「戦いを終わらせる為に、頑張ります!」
希望という蕾が今、花を咲かそうとしていた。
同じくヘイムダルの通常格納庫では、数十人の整備員がこれから出撃する機体を整備していた。そこに、愛機であるセイヴァーを浮かない顔で見上げる、パイロットスーツ姿のクロウがいた。今回の作戦で、彼は編隊でヴァンドレッド・ディータを死守することが任務だ。それに伴い、装備の薄いセイヴァーにミサイルなどを装備するらしい。
「会いたかったなぁ・・・」
結局、火星ではメイアとは会えずじまいだった。会って一言伝えたい事があったが、叶えることはできなかった。物憂げにため息を吐いた時だった。不意に背中を力強く叩かれた。
「なーに浮かない顔してんだよ」
ルークだった。彼の任務は旗艦周辺の護衛である。
「・・・別に。この戦いが終わったらどうしようかな、って考えていただけさ」
「お前に似合わん思索だな」
「ほっとけ。お前はどうする? 戦いが終わったら」
「そりゃあ、アカネとの結婚だ」
ルークは腕を組み、自慢げに言う。
「あー、そういやミミルでなんかニヤニヤしてると思ったら、告白したのかお前」
「へっへっへ」
親指をグッと挙げるルーク。クロウは肩をすくめ、苦笑を浮かべる。
「俺も言いたいモンだ」
「言えばいいじゃねえか」
「アホ。アイツはまだ残るか帰るかを言ってないんだよ」
メイアはまだ答えを出していなかった。基地でその事をクロウは聞きたかったのだが・・・・。
「大変だな、お前」
「・・・ま、生き残りゃあ答えは聞ける。お互い、犬死はしないように気をつけようぜ、兄弟」
「ああ。帰還したら浴びるほど飲みまくろうぜ、友よ」
二人はお互いの拳を重ねた。その眼光は、希望で満ちていた。
メイアは格納庫に足を運んでいた。作戦開始までまだ後二時間はあるが、妙に落ち着いていられなかった。それで、自機の調子を見に行く為に足を運んだのだ。
(結局、会えなかった・・・・)
火星に残るか、メジェールに帰るかの、その答えはもうついていた。その答えを言たかったが、お互い多忙であったため一目会うことすら叶わなかった。
「あっ、お姉さまぁ〜!」
背後からミスティの声がかかる。ミスティは振り返ったメイアに勢いよく抱きつく。メイアは苦笑を浮かべる。
「まったく、変わらないなお前は」
「ん・・・・・だって、これで最後の別れになるかもしれないじゃないですかぁ・・・」
「ああ・・そうだったな・・・」
ミスティは軍と民間企業による、戦後行われる冥王星復興プロジェクトの一員として選ばれたのだ。その為、火星に残る事になった。この事は全てのクルーも知っており、一番の親友であるディータに至っては号泣したほどだ。
「そういえば、お兄様に言ったんですか? あのこと」
「・・・言いたかったが、言えなかったよ」
メイアが落胆とした面持ちとなる。
「あちゃー・・・。あ、でも戦いが終われば話す機会はありそうですし、それまで待ちましょうよ」
「・・・・・そうだな。今は生きて帰る事を考えよう」
「ええ!」
自然と、二人の間に笑みがこぼれた。
「・・・よしっ、と。調整終了」
パイロットスーツ姿のクルツは自機の調整が終わるやいなや、コックピットから出て、一気に堅い床へと降りた。
「・・・・くあぁぁ・・・・」
豪快に欠伸をかますクルツ。とても出撃前のパイロットとは思えない。眠たげにボーッとしていると、突如として頭を殴られた。それもグーで。
ヒリヒリする頭を押さえながら、クルツは眠い目で振り返る。
「なに眠そうにしてんのよ」
リサだった。いかにもな不機嫌そうな顔をしている。
「・・・なんだ。お前か」
「なんだとは失礼ね。これでも心配してんのよ」
「心配? 何の?」
リサは肩を落とし、ため息をつく。彼の任務は敵機、及び敵艦隊の破壊――つまり最前線での戦いだ。妻であるリサが心配するのは当然だ。彼女は顔を戻すと、また不機嫌そうな顔で
「アンタねえ、これから生死をかけた戦いをすんのよ? 緊張とかしないの?」
「んー・・・・特に」
平然と言うクルツに、とうとうリサが逆上した。神速のビンタを寸でのところで避けた。
「アンタ、本当にバカじゃないのっ!?」
リサの双鉾から涙がボロボロと落ちる。格納庫がシンと静まり返った。コックピットにいたクロウとルークも物珍しげに顔を外に突き出す。
「生死を賭けるのよっ! 死ぬかもしれないのよ!? 死ぬのが恐くないのアンタは!?」
「そりゃあ、俺だって死ぬのは恐いさ」
「! じゃあ何でそんなに平然としていられんのよ!!」
「死なないからに決まってんだろ」
「・・・・・え?」
一瞬落ち着きを取り戻したリサの頬を、彼は優しく撫でた。
「聞こえなかったか? 俺は死なない。勿論、お前もな」
「・・・どこに根拠があるのよ」
未だ腹立った調子のリサは、不満げに呟く。
「根拠なんて無えさ。けど、わかるんだ。死なないってな」
クルツはリサを抱きしめると自分の額を彼女の額に当て、そっと言う。
「だから、泣くのも怒るのもやめてくれ。そんな顔より、俺はお前の笑った顔が見たいんだからよ」
額を離すと、クルツは笑みを浮かべ、彼女の涙を手で拭う。リサは一つ鼻を鳴らすと、涙を拭う彼の手を自分の手と重ねる。
「・・・そうよね。そんな根拠の無い事言うアンタが好きになって、プロポーズしたのはアタシだもんね」
「そうそう。だから今まで通り、根拠の無い事言う俺を信じてくれよ?」
「バカ。自慢できないわよ」
そう言って、どちらからでもなく、唇を重ねる二人。同時に、周りのパイロットや整備員から冷やかしや罵倒の声が飛んだ。二人はそれを無視し、二人だけの世界を作る。
「何か聞こえない?」
柔らかな微笑を浮かべるリサはそっと囁く。
「いや、気のせいだろ」
二人は先ほどよりも情熱的なキスをした。
パルフェは他の機関クルーと共に、ペークシスの調整を行っていた。いや、ペークシスも生物である以上、調子を見る、という方が正しいだろう。
ペークシスは普段よりも発光を強めていた。オリジナルが近くにいて嬉しいのだろうか。
「お〜。いつもより調子いいじゃん。ペークシス君」
「そうようだな」
背中にドゥエロの声がかかった。パルフェは調整の手を止め、ドゥエロに目を向ける。
「ああ、ドクター。何か用?」
「私は医者だ。ペークシスも生物である以上、診察するのが私の仕事だ」
ドゥエロはパルフェの隣に立ち、同じくペークシスを見上げる。
「あっ、そうだもんね」
「君から見て、ペークシスの調子はどう見える?」
「それがね、今までに無いくらい調子がいいのよ。やっぱオリジナル――親と一緒にいる安心できるのかなぁ。あ、ところで話は変わるけどさ・・・」
「何だね?」
「ドクターはさ、この戦いが終わったらどうするの? やっぱりタラークに戻るの?」
「ふむ・・・・」
ドゥエロは手を顎に当て、考える素振りをする。
「本格的に医者を目指すのも悪くは無いかもしれないな・・・」
「それだったらさ、いつかアジトで開業すればいいんじゃない? 顔見知りもいるしさ」
「フッ・・・それも悪くは無いな・・・」
二人は微笑を浮かべ、見つめ合った。
バート・ガルザスは緊迫した面持ちでブリッジへと向かっていた。これから宇宙の命運を賭けたと言っても過言ではない戦いが待ち構えているのだ。緊張するのは当たり前だ。(一部を除く)
バートは立ち止まり、ポケットの中から人形を取り出した。故郷への旅路への際、立ち寄った惑星で出会った、病に冒された少女――シャーリーが作った彼を模した人形である。
(シャーリー、見ていてくれよ)
力強く足を進めようとした時だった。
「バ〜ト〜!」
突然掛かった声に、バートは勢いよくコケた。せっかくの雰囲気が台無しだ、と思いながら、振り向くと、そこにはやけに上機嫌なアマローネがいた。
「な、何か用?」
バートは怪訝そうに問う。どういうわけか、火星で海へと遊びに行ってからというもの、やたらひっついてくるのだ。
「ふふ〜ん・・・緊張してる?」
上目遣いでニヤけながらアマローネが言う。
「・・・そりゃ、緊張してるに決まってるじゃないか。君は緊張してないのかよ?」
「う〜ん・・・それなりにね。ところでさ、バート。緊張が解けるおまじないしてあげようか?」
「へ?」
素っ頓狂な声をあげるバート。
「どうなの? してほしいの?」
「う〜ん・・・・。じゃあ、お願いしてもらおうかな」
「じゃ、ちょっと目を閉じてて。すぐ終わるから」
バートは言われたとおり、目を閉じる。一体何をしようというのか。気合を入れる張り手でもしようというのか。
ハラハラと緊張していた、その時だった。頬に微かな鼻息と、唇の感触が伝わった。
ギョッとしたバートは目を剥いて驚く。
「な、ななななななな!?」
「あははっ。どう?」
「ちょ、い、今のって・・・・・!」
「さぁ〜て、そろそろブリッジに行きましょ。お頭に怒られちゃうかもしれないし」
アマローネは何事も無かったかのようにブリッジへと走っていく。そんな彼女の後ろ姿をバートは頬を撫でながら呆然としながら見送っていた。
そんなバートを影で怪訝そうに見つめる者が三人いた。
「アマロってあんなに大胆なコだったけ・・・?」
ジュラと、
「一体何があったのかしら?」
バーネットと、
「・・・な〜んかアヤしいケロ」
パイウェイであった。
『こちら整備班。ヴァンドレッドへの接続を完了した』
「了解。こちらブリッジ班。機関班、エネルギー伝達に支障は無いか」
『こちら機関班。異常無し。これよりこちらのデータを転送する』
「・・・・よし、無事転送された、機関班は艦内に退避せよ」
ヘイムダルのブリッジではオペレート班が忙しく様々な班と通信を行っていた。艦外では既にヴァンドレッドとオリジナル・ペークシスの接続は完了し、全艦隊、部隊は配置済み。後はエネルギーを伝達するのみだ。
「オペレート班。地球側の動きは?」
「未だ動きはありません」
オペレート班の報告に、初老の艦長はモニターに映し出されている醜い歯車がまとわりついている地球を睨めつける。かつての青く美しい惑星と言われた姿は見る影も無いほど歪んでいた。
目を伏せ、感慨に耽っていた時だった。オペレート班が上擦った声で報告をした。
「艦長! 地球側に動きが! 無人艦隊が排出されています!」
「来たか」
艦長の眼光が一段と険しくなった。
自機のモニターに映し出された映像を見て、パイロット達は愕然とした。モニターには、文字通り宇宙を埋め尽くさんばかりの無人機、艦隊が大挙して現れている様子が映っている。数の上ではどう見ても地球側が有利である。しかし、パイロット達の目に絶望という文字は無い。
「こりゃスゲェなぁ」
「ははっ、ロックオンする必要が無いぜ!」
「おっしゃあ! 撃墜数ちゃんと数えておいてくれよ、コンピューター!」
意気揚々とパイロット達は操縦桿を握った。
ヘイムダルの艦長はブリッジ中に響き渡らんばかりに声を張り上げる。
「全艦攻撃開始! これで全てを終わりにするぞ!」
艦長の声に、オペレート班は目の色を変えて、「了解!」と叫ぶ。
「こちらブリッジ班! 全部隊に通達! 攻撃開始! 繰り返す! 攻撃開始!」
「エネルギー充填開始! 完了まで残り十五分!」
宇宙を埋め尽くす軍勢がまっすぐ艦隊に向かっている。それを迎撃するため、様々な機体がブーストを吹かし、突っ込んでいく。恐らく有史上初で最後になるであろう、大戦が始まった。
クロウはオペレート班から指示を承ると、部隊に向かって喝を入れる。
「ガーディアンリーダーよりオールガーディアンへ! 俺たちの任務はヴァンドレッドとヘイムダルの死守だ! いいか! 死んでもここは通すな!」
ウオオオオ、と隊員は雄叫びを上げる。同時に、大量の無人機がこちらへと向かっているのが目視できた。
「来たぞっ! 全機、迎撃開始!」
『『『『『了解!!!』』』』』
戦場は既に混沌を極めていた。至る方角からミサイル、ビーム、レーザーが飛び交い、いつ巻き添えになってもおかしくない状況だった。そんな戦場を、一機の真っ赤な機体が音速を超えたスピードで駆けていた。その機体は器用に攻撃の隙間を潜り抜けながらも、腕部に装備されたレールガンで通り抜けざまに次々と撃墜していった。機体上部はスッキリとしているが、下部は巨大なスカート状となっており、内部には大量のブースターが埋め込まれている。両腕部には強力なエネルギー式レールガンを装備し、一撃必殺を真髄とする。それこそが機動性に特化した試験機体――ランサーである。その機体のパイロット、クルツ・シュライヒャーは奇声を上げながら戦場のど真ん中へと突っ込んでいく。
「IIIIIIIYAAAAAAAAAAAAHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
目の前に立ちはだかった偽ヴァンドレッドの軍団を瞬殺すると、数隻の敵艦隊がランサーに向かって巨大な質量のビームを放った。それでもランサーはスピードを落とすことなく、むしろさらにスピード上げ、敵艦隊に肉薄した。
「オラオラオラオラオラオラオラァ!」
襲い掛かるビームの雨を縦横無尽に避けながらレールガンを放つ。そして機体を急上昇させると、今度は猛スピードで急降下し、ピンポイントで無人機の排出口を狙い撃った。直撃を受けた敵艦は一瞬火を吹くと、見事に内部から爆発した。
「BINGO!」
「まったく。無茶ばっかして」
クルツから遠く離れた、味方艦隊の護衛に当たっているリサは、濃緑色のランサーによく似ている重厚な機体に搭乗していた。その機体は両腕にビームガトリング砲を装備し、背には巨大な拡散ビーム砲、ミサイルパック。双肩にはキャノン砲を装備しているという、まさに動く兵器庫。重装甲・重装備をコンセプトに造られた機体――アーチャーである。
「ん?」
モニターから電子音が発せられている。レーダーを見ると、膨大な数の無人機がこちらへと迫っているのが確認できた。気づいたパイロット達も機体を身構えさせる。
「さぁてと・・・・」
リサは素早い操作でマルチ・ロックオン・システムを起動させる。モニターにロックオンサイトが次々と表示され、瞬時に彼方の無人機をロックオンした。同時に、機体の武装が敵に狙いを定めた。
「フル・ファイア!」
次の瞬間、アーチャーからとんでもない数のミサイル、ビームが発射され、射線上にいた無人機は瞬く間に火球と化した。殲滅したのを確認したリサは指で銃の形を作り、呟いた。
「JACKPOT!」
「HO! HO! HO!」
ルークは笑い声を上げながら、両腕部に巨大なブレードを装備した純白の機体――近接攻撃に特化した試験機体、ブレイダーである――を駆り、クルツと同じく最前線で活躍していた。
ブレイダーは無茶苦茶な戦闘機動で敵の攻撃を掻い潜ると、目の前のピロシキを両腕のブレードで十字に斬った。そして一気にブースターを吹かすと、偽ヴァンドレッドの軍団の中心へと突っ込んだ。
「YOOOOOOOOOO−HOOOOOOOOOOO!」
ルークはブレードを構えさせると、まるでタンゴでも踊っているかのように偽ヴァンドレッド・メイアの軍団にブレードを叩き込む。切り刻まれた偽ヴァンドレッド・メイアの軍団を足蹴にすると、背後から襲おうとしていた偽ヴァンドレッド・ディータのビームを急上昇で避けると、振り返り、最高速度で寄り集まっている偽ヴァンドレッドの集団に突っ込む。
「っらあああああぁぁぁぁぁっ!」
一気に肉薄したブレイダーは偽ヴァンドレッド・ジュラにブレードを突き刺す。そしてそのままコマの如く猛烈に回転し始めた。巻き込まれた偽ヴァンドレッドは次々とガラクタへと変形していった。
締めに、突き刺していた偽ヴァンドレッド・ジュラを突き放すと、一瞬のうちに袈裟懸けに真っ二つにした。ルークは腕を高々と振り上げると、
「ROCK−'N'-ROLL!」
同じ頃、ヘイムダルのブリッジのモニターに新たなディスプレイが映し出された。エネルギー充填が終わったことを表示している。
「艦長! いつでもいけます!」
艦長は地球を見据えると、雄叫びを上げるが如く、命令する。
「てぇーーーーーー!」
『発射の許可が下りたぞ! 一発デカイのをかましてくれ!』
「了解! うおっしゃぁ!」
ヴァンドレッド・ディータが構えの体勢に入る。それをキューブ型が襲おうとするが、飛行形態のセイヴァーの放ったビームにより、全て撃墜された。続いて、彼からの文字のみの通信が送られてきた。
『やってやれ!』
ヒビキはフッ、と笑みを浮かべると、
「いくぞ、ディータ!」
「はいっ!」
「いっけええええええええええええええええ!」
二人の声が重なる。その直後、ペークシス・キャノンから大出量のビームが発射された。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ぐぬぬぬぬぬぬ・・・・・・・!!!!」
発射の衝撃は凄まじく、万力込めて機体を安定させていないとすぐさま投げ出されそうだった。脚部や腰を固定しているギアが盛大に悲鳴をあげている。
「ペークシス・キャノン、地球のシールドに直撃!」
「どうなった!?」
艦長は身を乗り出す。オペレーターはディスプレイを見やる。
「・・・・地球側のシールド、六十パーセントにまで減衰!」
ブリッジに歓声があがる。しかし、艦長は笑みを浮かべない。まだシールドは存在しているのだ。気は抜けられない。
「気を抜くな! エネルギーの充填を再開しろ!」
「り、了解!」
クロウは胸に何かザワザワした感覚を覚えていた。嫌な予感とでも言えばいいのか。
(杞憂であってくれよ)
渋い顔で呟くと、クロウは自機の飛行形態を解き、ヘイムダルの真上に静止した。
その時だった。突如として緊急用のコールが入ったのだ。モニターに次々と隊員達の震え上がる顔が映し出される。
『ガ、ガーディアンリーダー! たす――!』
『コレは・・・! 嘘だろ―――あああぁぁぁ!』
『なんでこの機体――――!』
レーダーからも悲鳴が上がると同時に味方機が消えていく。
「なんだってンだ・・・?」
クロウは他の部隊にヘイムダルの護衛を任せると、真相を確かめるべく、機体を直進させた。どうしても行かなければならない気がするのだ。
「SHIT! SHIT! SHIT! SHIT!」
クルツは地団太を踏みながら叫んでいた。膨大な数の赤いレーザーがランサーを追っているのだ。時折振り向き攻撃を加えるが、まるで数が減らない。無茶苦茶な戦闘機動で辛うじて避けてみせるが、さらなるレーザーが機体を追い詰める。
「ぬあっ!」
ついに追いつかれ、脚部に数発当たる。残りのレーザーがランサーに襲い掛かろうとした。
『クルツ!』
ランサーとレーザーの間に、突如アーチャーが割って入った。アーチャーはすぐさまシールドを展開し、レーザーを防ぐ。
『クルツ、大丈夫!?』
モニターにリサの顔が映し出される。クルツは機体を持ち直すと、安堵の息をつく。
「ああ。なんとかな・・・」
『今のホーミングレーザーは・・・。一体・・・』
「・・・・ヤツだ」
クルツはモニターをリンクさせると、彼方にいる機体をズームさせた。
その機体は血の如く、真紅に染められ、禍々しさを感じさせる機体が悠然と腕を組んでいた。
「駆逐艦クラウ・ソナス撃沈! ああ! フリゲート艦タスラム轟沈しました!」
「火星艦隊、当初の戦力の七十パーセントにまでに低下! 他の惑星の艦隊にもかなりの被害が出ています!」
「ブリューナク隊、ガラハッド隊全滅! ガウェイン隊を護衛に回します!」
戦況は劣勢だった。幸いヘイムダルは未だ健在ではあるが、あれだけの数の護衛艦隊はほぼ半壊。部隊も殆どが全滅に近い。このままでは近いうちに全滅してしまうだろう。艦長が歯噛みした、その刹那。
『ブラストリーダーよりヘイムダルへ』
モニターの端にルークの顔が映る。
『ペークシス・キャノン発射までの時間を教えて欲しい』
「こちらヘイムダル。えぇと・・・発射まで七分です」
『了解した。感謝する』
通信を切ろうとするルークを艦長が静止する。
「待て。何をする気だ、ブラストリーダー」
『ペークシス・キャノンの射線上に我々ブラスト隊が敵を引き付けます。どういう意味かはわかりますね? 艦長』
艦長はわかっていた。要は囮となり、ペークシス・キャノンで敵の一部分を一掃させることだ。
「だが、それまで持ちこたえられるのか? 敵は尋常ではない数だぞ」
『それは百も承知です』
ルークは屈託の無い笑みを浮かべた。
「・・・・わかった。だがブラスト隊、決して無理はするな。死んでは英雄にはなれんぞ」
『了解。心に留めておきます』
それを最後に通信が切れた。
ルークは新たに部隊全員に通信を入れる。
「聞こえたか野郎ども! 一世一代の大博打だ。 これが成功すりゃ俺たちは英雄だぞ!?」
『やりますぜ隊長! 地獄までついていきますよ!』
『地球の奴らに一泡吹かせてやりましょうや!』
次々と賛成の声が上がる。ルークは機体を地球の艦隊に向ける。リミットまであと五分。それまで多くの敵を引き付けなければならない。もしかしたら途中で全滅するかもしれない、という思惟はない。皆、成功すると信じている。
「よし! ブラスト隊、行くぞ!」
「あれは・・・!」
隊員の消息が絶った場所で、クロウの目に入ったのは、夥しい数のミサイルとホーミングレーザーの嵐だった。その場をズームアップしてみると、ランサー、アーチャーが真紅の機体と交戦しているのがわかった。
しかし、クロウの目は真紅の機体とホーミングレーザー向けられていた。
(何だ? あの機体、どこかで・・・・)
記憶の奥底で、何か突っかかっている物がある。それが何かはわからない。
「――とっ!」
突如襲ってきたレーザーを寸でのところで避ける。クロウは一時突っかかっている物を捨て置くと、真紅の機体に向かって機体を駆ける。
『クロウかっ!』
「大丈夫か? クルツ」
ランサーとアーチャーの前で機体を制動させると、飛行形態を解く。
「なぁ、クルツ。リサ。あの機体、どこかで見たことないか?」
『お前もか』
『私もよ。どこかで見たことあるような気がして、さっきヘイムダルにデータを渡したんだけど・・・』
その時だった。真紅の機体からまたもやホーミングレーザーが発射された。三機は散開しながらも、真紅の機体に攻撃を加える。
しかし、それはホーミングレーザーが網の目の状態となり、阻まれる。そして新しいホーミングレーザーが発射される。
『ちくしょう。 白兵戦じゃねえと駄目だな』
クルツは口惜しく呟く。
『・・・! ヘイムダルから通信が来た!』
リサが目を剥いて言う。クロウとリサは攻撃を避けながら耳を傾ける。
『・・・・ウソっ!?』
「どうした!?」
『あの機体は・・・・キャアアアアア!』
気を抜いていたのが災いして、アーチャーの背後から大量のホーミングレーザーが襲い掛かった。アーチャーはバランサーをやられたのか、機体の動きが不自然だ。
『リサ!』
ランサーは機体の肩を貸した。アーチャーの被害は甚大だった。重装甲をいとも容易く破壊され、腕部、脚部は骨組みが丸出しとなっている。
『うう・・・・』
「大丈夫か!?」
『あ・・・あの機体は・・・・・』
リサは衝撃で俯いていた顔を上げる。ヘルメットのバイザーがひび割れているのが見えた。
『・・・・火星の機体―――私たちの機体と同じ試験機体・・・・ギルガメスよ・・・』
――ギルガメス。
そこで突っかかっていた物がとれた。ギルガメス。その名はよく知っている。
「おいおい・・・ギルガメスって・・・・」
クロウの顔が徐々に蒼白と化していく。
『どうした? ナンか知ってるのか?』
「・・・忘れもしねえよ。セイヴァーとコンペティションした機体だ。でも、ギルガメスはあんな悪魔みたいな形じゃねえし、コンペティションの途中で地球の襲撃を・・・・」
その時、クロウは何か閃きのようなものを感じた。今まで信じていた事が全て否定された気分だ。クロウは自分に自分に言い聞かすように呟いた。
「待てよ・・・。確かあン時、ギルガメスは撃墜じゃなくて、レーダーから消えた・・・・。加えて機体の残骸も発見されなかった。だとするとアレは本当にギルガメス・・・?」
そこで、一つの結論が出た。
「じゃあパイロットは・・・・!」
クロウは試しにギルガメスに通信を開き、当時のパイロットの名を、憤怒を込めて込めて叫ぶ。
「貴様か! ヴォルター!」
『ようやく気づいたか。クロウ・ラウ』
侮蔑を込めた、男の声が返ってきた。
その名を聞き、クルツは驚愕の面持ちとなる。その名の男は、死んだはずの男だからだ。
『ヴォルター!? ヴォルター・ケスナーは死んだはずじゃないのか!?』
『間抜けが。アレは偽装工作だ』
ヴォルターの嘲笑が聞こえる。クロウは憤り、拳を震わせる。
「じゃあ、あの時の奇襲は貴様が手を貸していたってことか!?」
『その通りだ。事前に衛星を潰し、タイミングを見計らったのもな』
一年ほど前、火星の衛星が一時的に潰され、地球からの襲撃があった。その被害は甚大で、火星の戦力の半分近くが破壊された。中には刈り取りに部隊に会い、行方不明の者も多数いた。クロウや同僚も、ヴォルターも地球の刈り取り部隊に会い、亡くなったのだと思っていたのだ。
「・・・・そのせいで・・・・・!」
『ん?』
「そのせいで、何人の人が死んだと思ってやがるっ!」
クロウは一気にブースターを吹かすと、ギルガメス目掛け、腕部のビームソードで突き刺そうとする。しかし、それは悠然と避けられる。
『知ったことか』
ヴォルターは意に介する様子も無く答える。それがクロウの怒りを爆発させた。
「仲間がっ! 関係の無い人達も死んだんだぞ!」
『ふん。俺には関係のない事だ』
ヴォルターはホーミングレーザーを発射し、牽制する。
「貴様! 自分さえ生き残ればそれでいいのか!?」
『ああ。他人など知ったことか。どうせ地球が全ての覇権を取る。それなら、強い方の味方をするのが常識だろう?』
「貴様はぁー!」
レーザーを避け、攻撃に移ろうとしたときだった。
『よくもリサをぉぉぉぉぉ!』
ランサーが音速を超えたスピードで突撃し、レールガンを発射するが、ホーミングレーザーが盾の如く遮り、不発に終わる。クルツだと気づいたヴォルターは見下した口調で話す。
『クルツか。貴様は昔からうるさい奴だったな。今その減らず口を塞いでやろうか』
『やってみろや!』
「やめろ! クルツ!」
我に返ったクロウは通信を入れ、再び突撃しようとしたクルツを抑える。
「お前はリサをヘイムダルに連れて行ってくれ。アーチャーは動けないからな。コイツは俺が相手をする」
『でも、お前一人じゃ・・・』
「大丈夫だって。こんな奴に負けるほど俺は弱くない」
『・・・・わかった。死ぬんじゃないぞ』
「ああ・・・」
ランサーは親指を力強く立てると、アーチャーを掴み、ヘイムダルへと向かっていった。
二機だけとなり、両機は睨みながら身構える。酸素なぞ無いがピリピリと、ずっしりとした重い空気と、鋭い裂迫の気合が辺りに広がる。しかし、彼らの発する言葉はやけに軽かった。
『さぁ、ダンスでも舞おうか?』
「いいねぇ。観客がいないのが残念だがな」
駆け抜ける殺気が一段と凄まじくなる。二機は時が止まったかのように、身を凍らせていた。神経を集中させ、相手の一挙一動を見逃さないように目を配らせる。それはまさに居合いのようであった。
「・・・ぁぁぁぁぁぁあ!」
『・・・ぉぉぉぉぉぉお!』
クロウは腕部のブレードを作動させ、ヴォルターは腿の部分から短い軸のような物を打ち出すと、それを掴む。軸は両端からビームを剣状に形成し、合体剣に近い形状となった。
二機は鍔迫り合いで、大量の火花を散らした。
同じ頃、ルーク率いるブラスト隊は、数えるのも億劫になるほどの敵を相手にしていた。飛び交っているのはビームか敵か。考えたくもなかった。
『第二射発射完了まで、あと一分!』
「了解した! ブラストリーダーより各機へ! もう少しだ、踏ん張れよ!」
ルークの声に、隊員達は気後れなど微塵にも感じさせぬ声で応答する。
『こちらブラスト5! そろそろ限界だが、なんとか生きてやる!』
『ブラスト7! おっしゃ! もう一踏ん張りするぞ!』
『踏ん張れ! 生き残りゃ勲章モンだぞ!』
『りょうか――うわっ!』
「ちくしょう! ブラスト9が落ちた!」
『ブラスト2も落ちたぞ! ああ、クソッタレ! ブラスト7もだ!』
レーダーからどんどん味方の光点が消えていく。十数機いた部隊が、既に四機にまで減ってしまっていた。
もはやこれまでと腹をくくった、その時だった。
『こちらヘイムダル! ペークシス・キャノンを発射する! 射線上にいる味方部隊は退避せよ!』
待ってましたと言わんばかりに、ルーク達の顔が一気に明るくなる。
「よしっ! ブラスト隊、離脱! 離脱だ! 俺について来い!」
『『『了解!』』』
ブラスト隊はヘイムダルへと真っ直ぐ向かっていった。四方に散開しては敵も分散してしまう。そこで、発射ギリギリまでヘイムダルの射線上に引き付けるという恐ろしいまでに危険な作戦を決行しているのだ。
「発射タイミング、頼む!」
『了解。発射まで十、九―――』
ヘイムダルとの距離が徐々に縮まる。それと同時にペークシス・キャノンの砲身が白く発光していった。
『三、二、一―――』
「降下!」
発射されるコンマ数秒前に、隊員達は合図と共に急降下した。一瞬出遅れた無人機郡は、ペークシス・キャノンが発射したビームに飲み込まれ、跡形も無く消え去った。
大出量のペークシス・キャノンは、地球のシールドを大きく震わせ、火花を散らす。しかし、まだ完全に崩壊には至ってはいない。
「報告! 第二射、地球のシールドに直撃しました! 減衰率二十五パーセントまでに低下!」
「敵戦力の二十パーセントの撃破に成功です!」
「よくやった。あと一撃だ! 再充填急げ!」
ブリッジはまた喧騒に包まれる。
戦いは、まだ終わりそうに無かった。