VANDREAD The Third Stage
♯6 Ring Ring a ding
「ほらほらカルーア、こっちだこっち」
クロウは手を叩き、よたよたと歩くカルーアを誘導する。隣にいるメイアやディータやミスティも同じく手を叩いている。
アジトを発った時はまだ言葉はあまり話せず、足もおぼつかなかったが、一歳を過ぎて身長や歩き方は日を追うごとに成長していき、今で母であるエズラを「まま」と呼ぶようになっている。髪型は母と同じ、長髪である。
カルーアの小さい両手を握ったクロウはその手を小さく揺らす。
「カルーア、俺の名前言ってみ」
「くろー、くろー」
「私は?」
メイアが言う。
「めーあ、めーあ。めーあだいしゅきー」
カルーアは無邪気な笑顔でメイアに抱きつく。メイアは聖母のような笑みでカルーアを撫でる。
「ホント、子供ってカワイイですねよねぇ」
愛おしむ目でミスティが呟くように言う。
「ああ。ホントホント。――そうだ、メイア」
「ん?」
撫でる手を止め、カルーアを再び歩くように促すと、キョトンとした顔でクロウを見る。
「俺達も子供作ろうか」
「―――――――――は?」
突然の質問に眉を顰めるメイアに対してクロウは急に得心したかのようにポンと手を叩く。
「あ、そうだったな。タラークやメジェールじゃ子供の作り方が違うもんな」
「おまえ、一体何言って――っわ」
クロウはメイアの手首を掴むと一気に体を持ち上げ、腰に手を回し、しゃがみこむようにもう片方の手を膝の裏に当てると、そのまま立ち上がる。
メイアはいわゆる『お姫様抱っこ』状態になっていた。
「え? え? え? え?」
突然の事に戸惑うメイアをよそに、クロウはそのままの状態で部屋を出ようとする。
「じゃあな、ミスティ」
「お姉さま頑張って〜」
笑みを浮かべウインクすると、クロウは部屋から出て言った。
「ちょ、離せ。離せ! 何処に行く気だ!?」
「俺の部屋」
「部屋って・・・何をするんだ!」
「ナニをするに決まってるだろ?」
クロウは平然とした顔で鼻歌を歌う。一方のメイアはというと、クロウの顔が間近にあるせいか、否が応でも意識してしまう。
それでもメイアは必死にクロウの腕から逃れようと、彼をポカポカと殴る。しかしクロウにとっては蚊の食うほどの思わぬ顔をしている。
「大丈夫だって。俺が手取り足取り教えてやるから安心し―――」
言い終わる前にクロウは足を止めた。クロウは体を反転させる。
そこには、こめかみに青筋を浮かべ静かに怒っているマグノがいた。
「ばあさん、なんか用かい?」
クロウは笑顔で対応するが、その頬は見事に引きつっている。
「アンタ、メイアに何をしようとしてるんだい?」
「いや、ちょっとした実践講義さ」
クロウの額から汗が大量に流れる。
「じゃあ聞くけど、何の為にお姫様抱っこなんかさせてるんだい?」
「これは・・・・その――――コイツ、足捻っちまったみたいでさ。医療室に連れて行こうと―――」
「医療室は反対方向だよ。ほら、正直に言いな」
嘘をついても無理だと観念したのか、クロウは渋い顔でため息をつく。
「まあ、愛の営みというかなんとい――」
「その恋人にリングガン向けられてちゃあ愛の営みなんて不可能だろうねぇ」
クロウの首筋にメイアのリングガンが押し当てられた。気を緩めすぎていたせいだ。クロウは渋々とメイアを降ろす。それでもメイアはリングガンをクロウに向け続ける。
「悪かったって。俺が悪かったよ」
謝罪の言葉を述べても、メイアはリングガンを降ろさない。クロウは苛立ちながら、髪をガシガシ掻くと、ヤケクソ気味に叫ぶ。
「わかったよ! 火星に着いたら案内とか買い物に付きあってやるから許してくれ! 頼む」
そう言うと、クロウは頭が床にめり込まんばかりに土下座した。
当のメイアはそれを一瞥すると、無言のまま立ち去って行った。
少し経って、ゆっくりと顔を上げたクロウの面持ちは絶望に打ちひしがれていた。
「やっちまった・・・・」
今更だが、自分の行動を悔いた。ああ、何と愚かな自分。死んでしまいたい。
(・・・・・・・・うああぁぁぁぁ)
クロウは大きなため息を吐くと、その場にうつ伏せに倒れた。シクシクとすすり泣くような音がした。
それから数日が経った。
ニル・ヴァーナは久しぶりに活気に満ちていた。イベントクルー主催の一大イベントが行われるのである。
内容は直前まで秘密であるため、様々な憶測が流れているが、確信的なものは未だに無い。
艦内庭園は一部のクルーを除いて、ほぼ全員で集まっていた。設置された演壇でイベントチーフが声を高らかにイベントについて説明した。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます! 私はまどろっこしい事は嫌い性分ですので、端的に言います。今回行われるイベント――それは・・・・・」
クルー全員が今かとイベントチーフの言葉を待ちわびる。
「オトコVSオンナ 大ドロケイ大会ですっ!」
ドロケイ――地方によってはケイドロ、ドロジュン、ドロタンなどと呼ばれる鬼ごっこの一種である。
泥棒役――もちろんオトコである――を警察役――言わずもがなオンナである――が追いかけて牢屋に捕まえるとものである。
今回は人数の関係により、本来のルールとは少々異なる。
以下がルールである。
・
泥棒は警官に5秒触られた時点で捕まる。
・
泥棒と警官は各自インカムを装備(ただし傍受は禁止)
・
牢屋はカフェ・トラペザとする。
・
リングガン、ショックガンなどの武器の使用は禁止
・
監視カメラによる行動監視は禁止。各自、連絡と自身の足で見つける事。
・
オトコ側が最後まで生き残った場合はカフェ・トラペザクーポン券一年分。オンナ側が最後まで生き残った場合は、オトコをパシリとして使ってもよい。
以上である。
「このイベント、どうすればいいと思う、ヒビキ?」
準備運動をしながらバートが質問した。
「人数の上じゃアッチのほうが格段に有利だな。なんか策を講じないとあっという間にコッチがやられちまう」
「確かに。各自何かしらの秘密兵器のような物を持っておいた方がいいな」
ドゥエロが言った。
「秘密兵器って・・・・武器は持っちゃいけないんだろう?」
「相手をねじ伏せるような物じゃなくて、いろんな意味で使えそうな物ってこった。それに、バートを除く俺たちゃ、最悪の事態を考えておいた方がいい」
クロウが首を鳴らしながら言う。
「・・・ああ。言えてる。用心しなくちゃな」
ヒビキは己を奮い立たせるかのように息を吐く。
そして十分後、欲望とプライドと賞品を賭けた戦争が火蓋を切った。
『こちらイーグル。格納庫前、敵の姿は見えない』
『えーと・・・こちらスワロー。異常は・・・・無いね』
『あー、こちらホーク。異常なしだ』
「よーし、こちらクロウ。コッチも異常はない。各自警戒を怠るなよ」
言うと、クロウは通信を切る。ちなみにそれぞれのコードネームは
イーグル:ドゥエロ
スワロー:バート
ホーク:ヒビキ
クロウは言わずもがなというよりそのままである。
それはともかくとして、戦争開始から既に十分が経っているが、未だ敵の情報が入らないが問題だ。といっても、相手側も同じである。
「さて、自分の足でどうにかするかね・・・」
そう呟くと、クロウは神経を研ぎ澄ましながら前へと進んだ。
(ちくしょう。早速居やがった)
内心ヒビキは舌を打つ。T字路の先に敵を見つけてしまったのだ。
ヒビキはそっと頭を出し、敵の様子を窺う。スーツから察するに保安クルー。
(ここは逃げるが――)
頭を引っ込めた、その時だった。
「見つけた! こちらドーベル4! ヒビキ・トカイを発見!」
「げっ!」
ヒビキは後ろを見向きもせず全速力でその場から逃げた。背後から応援を呼ぶ声がした。
「ちくしょう、こちらホーク! 見つかっちまった!」
『なにぃ!? 追っ手は?』
「わかんねぇ。えぇと・・・」
ヒビキは首だけを後ろに向かせた。黒山の人だかりが悪鬼のような顔で追跡している。
「たくさんいやがる! ちくしょー!」
(ヒビキが見つかったか。こちらも警戒しなくてはならないな)
ドゥエロは普段と変わらずの無表情顔で思う。インカムの電波をヒビキに合わせると、荒い息遣いとクルーの怒号らしき声が聞こえた。
その時だった。わずかではあるが、足音が耳に入った。
ドゥエロは冷静に辺りを見回す。廊下は一直線。隠れる場所は――。
(ココしかないか)
何の為の部屋かは分からないが、他にやり過ごす場所は無い。ドゥエロは転がるように部屋へと入った。
すぐさま扉の陰に隠れ、敵が通り過ぎるのを待った。カツンカツン、と徐々に
足音が近づいていくにつれ、心臓の拍動が早くなっていく。と、不意に足音が止まった。
(気づかれたか?)
ドゥエロはいつでも突っ込めるように身構えた。
「こちらハウンド11。異常なし」
『了解ハウンド11。そのまま警戒を続けて』
「了解です」
一頻りの通信を終えると、敵はそのまま歩いて行った。足音が完全に聞こえなくなったのを確認すると、ドゥエロは溜まっていた息を全て吐き出した。
「ふぅ・・・・・」
この逃避行はあと1時間も続く。正直、このままでは身が持たない。そんな考えを払拭するかのようにドゥエロは顔面を軽く叩くと、辺りを見渡した。
「ここは・・・」
飾られている備品などを見るとおそらくはクルーの私室。だが・・・・。
「着ぐるみ?」
部屋にはいたるところに着ぐるみや服などが飾っているかのように置いてあった。
クマやネコ、イヌ。中にはタレ目の緑色の恐竜と頭部にプロペラを装備している赤い毛むくじゃらのイエティの着ぐるみまである。
「もしや――――」
この艦で着ぐるみを着る人間はただ一人。他でもないセルティック・ミドリである。つまりこの部屋はセルティックの自室ということだ。
セルティックが毎日違う服を見ることはあるが、ここまで揃えているとはおもってもいなかった。
「・・・・・・」
そう納得すると、ドゥエロは部屋を出ようとした、その時である。突然、脳に雷が走ったが如く、ドゥエロは閃いた。
体を反転し、着ぐるみを睨めつけ、ドゥエロは笑みを浮かべた。
「・・・・使える」
同じ頃、クロウはクルーの追撃を振り切ろうと全速力で振り切ろうとしていた。
「ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう!」
人工筋肉や手術によって体力や運動神経は人外のクロウではあるが、ここまで数で押し切られてしまってはどうしようもなかった。振り切っても振り切ってもどこからともなく際限なく沸いて出てくるのだ。
「ジャッカルリーダーよりスパニエル、ドーベルマン隊! F6区画へ向かったわ! 挟撃するわよ!」
『了解ジャッカル。そちらへ向かうわ』
『了解! 急行するわ!』
クロウが十字路を真っ直ぐ突き進もうとした、その時だった。
突如として大量の敵が押し潰さんとばかりにクロウへと圧し掛かってきたのである。一瞬唖然としてしまったクロウは、そのまま押し潰される形となった。
「ギャース!!」
「今よ皆! ねずみ色の軍服が目印よ。力の限り掴んで!」
ハウンドリーダーが声を張り上げる。
「1、2、3、4、5! 捕まえたー!」
クルーの一人が左手を高々と上げる。右手はしっかりとねずみ色の軍服がしっかりと握られていた。
「これで残りは――!」
3人、と言いかけようとした時だった。服を掴んでいたクルーは、奇妙な違和感があった。クロウを掴んでいる割にはやけに細い。というより、ブカブカだ。
クロウはもっとガッチリしているはずである。
クルー達はその場から少し離れ、服を着ているものを確認しようとした。
そこには―――。
「やられたっ!!!」
そこには、猿轡をされ、両手両足を縛られ軍服を着させられているクルーが一人居た。
「ふぃー。危なかったぁ」
人気が無いとある廊下で、クロウは壁に寄りかかっていた。上着はついさっきとは異なり、白のタンクトップだけである。さきほどクルーの一人を身代わりに変わり身の術を使ったからだ。
「さて―――」
クロウはすぅ、と息を吐き、首を鳴らした。
「もうひとっ走りするか」
バートは一人、薄暗いダクトを這って進んでいた。クロウからこうするようにと言われたのである。
『お前はとにかく動くな見つかるな音を立てるな』
バートは内心腹を立てていた。参加しているのなら何か役に立つような事がしたい。その為に、人一人がやっと通れるダクトから通風孔越しに詮索しようとしているのだ。
「おっ」
数メートル先の通風孔に明かりが漏れていた。バートは急いで通風孔へと向かった。
ゆっくりと覗いて見ると、ちょうどクルーが話し合っているのが見えた。バートは聞き耳を立てる。
「―――そっちはどう?」
「ヒビキは見つけたけど振り切られちゃってね。今格納庫を中心に探してるわ」
「そう。こっちもクロウ・ラウを見つけたんだけど寸でのところで逃げられちゃったのよ」
「そういえばドクターとバート未だに見つかってないわよね」
「ドクターはともかくバートはどっかでガタガタ震えてるんじゃない?」
「あははっ、言えてる言えてる」
(人が見てないからってお前らぁー!)
静かに歯を食いしばり拳に力を込め憤慨するバート。
「――あ、はいジャッカル1。異常はありません。・・・・・了解。引き続き警戒を続けます。オーバー」
「さて、私たちも探しましょうか」
「うん。それじゃ」
バートは彼女らが立ち去ったのを確認すると、すぐさま通信を入れた。
「こちらスワロー。みんな、聞こえる?」
『こちらクロウ。どうしたスワロー』
「えーと・・・今、ダクトから女の話を聞いたんだ。格納庫を中心に探すみたい」
『マジか?』
「ああ。僕はこれからダクトで女の会話を傍受してみる。何か重要な情報を聞いたら連絡するよ」
『了解したスワロー。頼むぜ』
連絡が切れたのを確認すると、バートは決意を固めた面持ちでダクトを這って行った。
「――了解。警戒を怠らないで」
バーネットは通信を切る。彼女はカフェ・トラペザに居た。周りには保安クルーが数人辺りを警戒している。
彼女はこのドロケイで総司令官の役割を担っていた。本来ならこういう仕事はメイアに任せるべきであるが、メイアが拒否したため、バーネットが就くことになったのだ。
(そういえばメイア、最近機嫌が悪いわね)
普段ならクロウ・ラウとコント染みた事をしているメイアであるが、ここ数日、険悪なムードが漂っている。早くも倦怠期であろうか。
(ま、どうでもいいけどね)
バーネットは気持ちを切り替えると、新たに通信を入れる。
「――ああ、3人とも。あと30分でアレが発動するからね。準備しておいて」
もう何分が経っただろうか。クロウはエレベーター――の天井裏に潜みながら思う。腹の虫が文句を言い始めた。恐らくは昼近く。
(奴らめ。これを見越してこの時間帯にしやがったか?)
どちらにしろ腹が減るのは大問題だ。腹が減っては戦はできぬという言葉があるように、このサバイバル且つ体力を大幅に使うドロケイにおいて空腹というのは敵以上に大敵だ。
(解決策は・・・やっぱ食堂に行くしかないよなぁ)
クロウは渋い顔をする。今食堂に行くという事は敵の本陣に突っ込むのと同義だ。無理無茶無謀のワルツ。
しかし、そうでもしなければ食料の調達は不可能だ。
クロウは決意を固めた。
(俺がやるしかないな)
フッ、と笑みを浮かべると、クロウは皆に通信を入れた。
カフェ・トラペザは鼠一匹侵入できないような厳重な警備で固められていた。
それもそのはず。そろそろ昼飯時。オトコのチームが食料を狙ってくる可能性があるからだ。
バーネットはスパゲティを頬張りながら、あたりを見渡す。
(うむ。警備は万全。たとえクロウ・ラウが来ても確実に捕まえられるわ!)
バーネットは自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。
と、その時だった。通信が入ってきたのだ。インカム越しに焦った声音が聞こえた。
『ドーベル1よりドギーへ! クロウ・ラウがそっちに突っ込んで行ったわ!』
「なんですって!?」
バーネットは口元を拭うと、すぐさま入り口を固めるようにと指示を出す。
(あのオトコ、まさかマジで食料を奪う気?)
飛んで火にいる夏の虫とはまさにこの事である。バーネットはクロウがトラペザへと侵入し、あっけなく捕縛される様を夢想した。
それから暫くして、トラペザの外が騒がしくなってきた。怒声と悲鳴が徐々に大きくなっていく。
警備している保安クルーは拳を構える。
そして、次の瞬間、クロウ・ラウは無謀にもトラペザへと突っ込んできた。
「捕縛ーー!」
「されてたまるもんかい!!」
クロウは保安クルーの波をスライディングで掻い潜る。そして勢いが止まった瞬間、上半身を軸にし、立ち上がった。
「どけどけー!」
クロウは人口筋肉をフルに使い、超人的な脚力で次々に人波を跳び越える。
「いただき!」
テーブルの前に着地したクロウはすぐさま置いてあったハンバーグに喰らいついた。
「ああ、わたしのハンバーグ!」
クルーが叫ぶ。それをよそに、クロウは次々に食料に喰らいついていった。
他のオトコたちへの土産なのだろうか、脇にはハンバーガーやわざわざ持ってきたパックの中に食料が詰め込まれていた。
「待ちなさい!」
バーネットが食料を詰め込んでいるクロウを捕まえようとする。しかし、クロウは後ろに目がついているかのごとく見透かし、触られる寸前にバック転でバーネットの背後へと回っていた。
「じゃあな。バイビー!」
そう叫ぶと、クロウは一目散に跳び、そして走り去って行った。
「ココでいいんだよな?」
「うん。間違いないはずなんだけど・・・・って、そういえばドゥエロ遅いね・・・」
ヒビキとバートは格納庫の隅にあるコンテナの陰に身を潜めていた。クロウに集合するようにと言われたのである。
しかし、もう一人、ドゥエロが来ていない。
(もしや・・・・)
捕まったのではないか、と思った、その時だった。
「すまない。遅れてしまった」
「おそいっつ・・・・・うああああ!」
ドゥエロの声がした背後を振り返ってみると、そこいたのは、タレ目な緑色の恐竜がいたのだ。
「ひ、ひいいいいい!」
「待て。落ち着いてくれ。私だ」
カポッ、という音と共にタレ目な緑色の恐竜頭が持ち上げられる。
それの正体は、ドゥエロ・マクファイルその人だった。それを見て、二人は逃げるのを中断した。
「お、驚かすんじゃねえよ・・・」
「すまない。この姿なら安全に切り抜けられると思ったのだが、大きさの合う物がなかなか見つからなかったんだ」
そう言うとドゥエロは着ぐるみを脱ぐ。よく抜けられたものだとヒビキは感心した。
と、
「よう。待たせたな」
聞きなれたオトコの声。クロウだ。
「ほらよ。持ってきたぜ」
クロウは手にしていたパックを開けた。中にはさまざまな食料が寄せ弁の如く並べられていた。しかし、空腹状態ではそんなことは気にしていられない。
「いただきます」
四人は飢えたハイエナの如くがっついた。
バーネットは今の状況に歯噛みしていた。トラペザにあった食料は全て喰われ、持っていかれた。犯人であるクロウはまんまと逃げおおせた。なんという失態。なんという無様。
「ああっ、口惜しい!」
バーネットは腰のホルダーの手を降ろす。銃を使えばクロウを足止めできるが、今はまだその時ではない。気持ちを落ち着かせねばならない。
(そうよ。あれになればあいつらを捕まえるなんて容易い)
バーネットはいかにも企みを内に秘めた笑みを浮かべる。
(アレになれば、確実に勝てる!)
そして、ドロケイ開始から一時間三十分が経過した十二時三十分。
それは艦内放送と共にはじまった。後にクロウはこう語る。
「今思えばアレは地獄の鐘の音にも聞こえるし、天使のラッパの音にも聞こえたな」
『艦内のクルーへ告ぐ』
なんだろう、と男たちはブザムの放送に耳を傾ける。
『これより三十分間――つまり終了時間まで、当初のルールを変更する事を伝える』
変更は以下の通りだった。
・
武器の使用を全面許可。
・
通信の傍受の許可
・
監視カメラなどの使用許可
・
恫喝、脅迫の許可
である。
つまり“なんでもあり”ということである。
「は・・・はははは・・・・はっ・・・」
バートは失笑を浮かべた。こころなしか、箸を持つ手が震えているようにも見える。
クロウは渋い顔で格納庫に設置されている監視カメラを見やる。
そして箸を置くと、ひとつ息を吐き、大声で言った。
「散開ーーー!」
一番行動が迅速なのは普段オペレーターを勤めているアマローネ、ベルヴェデール、セルティック、である。
四人はすぐさま艦内の生体センサーと監視カメラをリンクし、メインモニターに映す。
「見つけた! ヒビキを三階で発見! 最寄りの隊は至急向かってください!」
「セントリーより全部隊へ! 作戦コード“DPMJ”を発動します。 各員は部隊のリーダの指示に従い行動してください!」
そんな光景を見て、唯一参加していないマグノは呟くように言った。
「さてさて、数の暴力と数々の罠から逃れる事ができるのか。見物だね」
「のああああああ! 死ぬ! 死ぬううぅぅぅ!」
ヒビキは銃弾の嵐を死ぬ気で掻い潜りながら走っていた。もちろん当たり所が悪ければ死ぬ。相手も相当に本気という事だ。
ヒビキはとにかく走った。走って走って走って走った。
何分か走ったであろうか振り返ってみると、大勢いた追っ手が消えていた。
「・・・どういうこった?」
ヒビキは突然の静寂に疑問を感じた。疑問を感じたまま、前を向くと、そこには・・・。
「・・・・・ディータ
「ヒビキ・・・・」
最悪だ、とヒビキは思った。
同じ頃、他の三人も同じ状況にいた。
クロウはメイアに行方を阻まれ、ドゥエロはパルフェに。そしてバートはジュラに。
これこそベルヴェデールが言っていた“DPMJ作戦”である。それぞれの恋人、仲の良い友人(バート除く)を使い、捕まるようにと通告するのである。
そうでなければ絶好である、と。
クロウは前に立ちふさがるメイアを睨んだ。背後にはショックガンを構えたクルーが約十数名。この状況ではまず勝ち目はない。何としてでも前に行きたいところだが、無理だ。
「クロウ。悪い事は言わない。大人しく捕まれ」
「生憎だがパシリになるつもりはない。断る」
「そうか。ならば絶交だな。もう口もきかないし、合体もしない。弁当も作らない」
「・・・汚ねえな・・・」
「どうだ。今捕まればよりを戻してやるぞ? パシリにもならないように口も利かしてやろう」
クロウは歯噛みした。確かにメイアの言うとおりにすれば自分は助かる。それに、他のメンバーも同じような状況のはず。その道を取れば以前のような関係を取り戻せる。しかし、それでいいのだろうか。
ヒビキ、ドゥエロ、バートは必ず抗うだろう。しかし、自分がメイアの要求を呑んでいいのだろうか。それは仲間を裏切る事になる。
(絶対に、負けられない)
クロウはフッと息をつくと、じっとメイアを見据えた。
「すまないな、メイア。嬉しいけど、仲間を裏切る事はどうしてもできないんだ」
「なら、絶交だな」
メイアはクロウに背を向ける。しかし、なぜかクロウは不敵な笑みを浮かべた。
「お前、あの時の事、まだ怒ってるんだな?」
一瞬、メイアの体が動いたのをクロウは見逃さなかった。
「それがどうかしたか?」
「あの時の事ならすまない。本当に、ごめん」
「その誠意があるなら私に捕まれ」
「それは無理だ」
メイアの額に青筋が浮かぶ。
「・・・いいかげんにしろ!」
リングガンを構えるメイア。それでもクロウは怯まない。
それどころか、平然と前へと歩き出した。
「止まれ。撃つぞ」
「撃ってみろよ」
二人の距離が徐々に縮まる。遂にはメイアの目の前へと到着し、止まった。
クロウは普段は見せない冷淡な面持ちで、メイアを見た。
メイアはクロウの目に怯えていた。顔には出してはいないが、心は蛇に睨まれた蛙の如く、すくんでいた。
次の瞬間、メイアはリングガンを装備していた右手を払われた。
殴られると思い、メイアはあえて目を閉じた。
クロウの謝罪の声を聞いただけで十分だった。しかし、素直になれなかった。恥ずかしかった。自分は罰を受けなければならない。彼にはそれを行う権利がある。
しかし、予想とは裏腹に、頬への痛みは全く来なかった。それどころか・・・。「あ・・・・・」
なぜか、抱きしめられていた。クロウの堅い胸板が顔に当たる。
「ごめん。メイア」
耳元でそっと囁く彼の声が、やけにハッキリと聞こえる。
「なにやってるのよメイア。はやく捕まえなさいよ!」
しかし、クルーの声はメイアには届かない。
「すまないが今は時間がない。けど、これだけは言わせてくれ」
クロウはそっと、メイアにだけ聞こえるように、そっと囁く。
それはたった五文字の言葉。けれど、気持ちを伝えるにはそれだけで十分だった。
クロウはメイアを離すと、名残惜しそうな面持ちで「じゃあな、また」と去って行った。すかさずメイア以外のクルーは追いかける。
一人残ったメイアはなにか吹っ切れた様子で息をつく。
すると、
「なんて言われたんですか、お姉さま」
ミスティだった。メイアは微笑み、言った。
「愛してる、だってさ」
ドゥエロは目の前にいる機関クルー一行、そしてパルフェに道を塞がれていた。
「ごめんねドクター。あたしはこのゲームは正直どうでもいいんだけどバーネットがねぇ・・・・」
パルフェは頬を掻き、申し訳なさそうな笑みを浮かべる。
「というわけで、大人しく捕まってくれないかな?」
「・・・すまないが、それはできない。だが、交換条件というのはどうだろうか」
そう言うと、ドゥエロはポケットから掌に収まる程度のディスクをパルフェに差し出す。
「先日、クロウ・ラウから譲り受けた物なのだが、火星軍が使用してる機体のデータが入っているそうだ。どうだろう。これで見逃してくれないだろうか」
それを言われ、パルフェ達の目が輝く。
「オールオッケーよ! ありがとうドクター!」
パルフェ達は嬉嬉として騒ぎながら、去って行った。
「・・・感謝しよう、クロウ・ラウ」
ドゥエロは足を進めた。
男、ヒビキ・トカイは発狂したくなるほど悩んでいた。先ほど、同じ状況を突破したクロウから連絡があり、対ディータ用解決方法を教えてくれたのだが、方法が問題であった。いくらなんでもそんなことしなければならないなんて。
(ちくしょうちくしょう! やるしかねえのかよこんちくしょう!)
ヒビキは目の前にいる、オロオロしているディータに目を向ける。
そして、ヒビキは駆けた。まっすぐ、目の前へ。
ディータへと。
「え――――?」
一瞬、何をされたのか、よく分からなかった。
少し経って、目の前に顔を真っ赤にしたヒビキの顔があるのが分かった。
次に分かったのは、唇に柔らかい何かが触れている事。
そこでディータは気づいた。自分はヒビキにキスされているのだと。
その瞬間、ディータの顔が真っ赤に染まり、耳から湯気が出た・・・ように見えた。
ヒビキはその瞬間を見逃さず、唇を離すと、すぐさま走り抜けた。ディータにはなにかを叫んでいるように聞こえた。
そして、他のクルーがヒビキを追いかけていく中、頬に手を当て、モジモジと身を捩るディータがいた。
そして、もう一人。バート・ガルザスも他の三人と同じ状況に居た。だが、彼の場合は少々違う。目の前にいるのは恋人でもなければ特別仲のよい人物でもない。
いったい誰がジュラに任命したのか。小一時間は問い詰めたい。
「さて、バート。話は他の男たちから聞いてるでしょ?」
「うん。みんな上手く切り抜けたみたいだけどね」
バートの言葉に、ジュラは引きつった笑みを浮かべる。
「言っとくけど僕は君の誘いにはのらないよ。僕は、もう逃げないって決めたからね」
そう。彼には誘いにのるという選択肢は端から無かった。あの時――自分自身に誓った“二度と逃げない”という誓い。それは、どんな時であろうと破るわけにはいかないのだ。
「あらそう。だったら・・・・捕まえるのみよ!」
ジュラは手で合図を出す。それと同時に背後にいたクルー達が襲い掛かかってくる。そんな中でもバートは落ち着いていた。ただ一つの後悔は、一番最初に捕まってしまうことだ。
(ごめん。みんな)
大挙のクルーがバートに覆いかぶさろうとした時だった。
不意にバートの目の前に円形の物体がバートの目の前に落ちたのだ。次の瞬間、バートは宙に浮かぶ感覚を覚えた。
「よく言ったバート。それでこそ漢だぜ!」
クロウだった。彼は襲われる直前、クロウに脇に抱えられ、救出されたのだ。
「あ、ありがとう。間一髪だったよ・・・」
バートは冷や汗と共にため息を吐く。
「置き土産に催涙弾をお見舞いしてやったからな。暫くの間は追いかけてこないだろうさ」
言い終わると、クロウは右足で急制動した。そしてバートを降ろすと、彼の背中を数回叩いた。
「カッコよかったぜバート。同じ男として惚れたぜ」
「そ、そうかな・・・?」
バートは頬を掻き、赤らめる。
「ああ。それと、さっき見たんだが、時間は残り少ない。間違いなく俺たちの勝ちだ」
「やった! よし、お互い気を引き締めていこう!」
「おうよ!」
二人は笑顔でハイタッチを交わした。
だが、終了まで十分というところで、予想だにしなかった事態が起こった。
クロウが捕まってしまったのだ。人口筋肉を装着しているものの、体力は消費してしまう。一時間以上も走り続けていたせいだろう、休憩していたところを一網打尽にされてしまったのだ。
この情報は、残った三人に衝撃を与えた。パーティ唯一の頼みの綱が捕まったのだ。しかし、ここで戦意を萎えさせるわけにはいかない。
一日で一番長い十分が始まる。
「ドーベル隊、ハウンド隊! ヒビキを発見!」
「のああああああ!」
ヒビキは危機的状況にいた。背後は敵だらけ。止まれば即・捕縛。さきほどから全身の筋肉が悲鳴を上げ続けている。もはや気力で走っているといってもいい。肺が焼ける様に痛い。
「ぎゃっ!」
不意に足がもつれ、顔面から床へとダイブしてしまった。と、その時、インカムから通信が入った。ドゥエロからだ。
「こちらイーグル。すまない。捕まった」
「のあにぃ!?」
「善戦はしたのだが、やはり数のぼ――」
そこで通信が途切れる。
「いたわよ! ゴーゴーゴー!」
「うわあああああああああああああああああああああああああ!」
二名、捕縛。残りは一名、バートのみ。
(嘘だろ嘘だろ!? 僕だけかよ!)
バートは再びダクトに隠れていた。しかし長くは居られない。クルー達が生体センサーを作動させているのだ。いずれはバレる。
(どうすればいい。絶対に見つからない場所は・・・・ちくしょう! 絶対に通れないシールドでもあれば・・・・・ん?)
そこで何かが突っかかった。なんだろう。どこかで似たようなものを見たような。
(・・・・・・あ!)
思い出した。操舵席である。あの場所はバートのみ入れる場所。そこに入ればもはや勝ったも同然。
(でも、どう行けばいいんだろう)
とんでもない厳重な警備をくぐり抜け、尚且つ敵のど真ん中を突っ切ることができようか。
できるわけがない。クロウでもないかぎり。
「はあ〜・・・・・」
バート肩を落とし失意のため息をつく。そして、頭を上げた途端、ダクトに脳天をぶつけてしまう。鈍い音が鳴り、悲鳴を抑え、身悶えるバート。
「んのおおおおおお・・・・・・・あれ?」
不意にバートは自身の記憶になにかシコリのようなものを感じた。なんだろう。何かを忘れている気がする。バートは脳をフル回転させ、必死に思い出そうとする。
(えーとえーとえーと・・・・・・・何だ何だ。思い出すんだ、バート・ガルザス!)
自らの記憶をフラッシュ・バックさせる。操舵室ではないのは確かだ。ブリッジに何か関係しているのだ。
(・・・・アレだ!)
バートは思い出した。アレを使えばまだ危険は少ない。あとは運と敵がどのくらい配置されているかだ。
バートはポケットの中を探る。出てきたのは去り際にクロウからもらったスタン・グレネードである。非殺傷武器で、破裂と同時に大音響と強烈な閃光で相手の耳と目を数秒の間潰せる特殊な手榴弾だ。一つしかないが、行動を行うには十分だ。
バートは決意を露にすると、ダクトを這って進んだ。
一方、ブリッジではいやがおうに盛り上がっていた。残るはバート一人。ほどなくして捕まるだろうと誰もが予想していた。
現に、バートは今、クルーに追跡されているのだから。
「こちらセントリー! バートはどうやら格納庫に向かっているようです!」
『ドーベル1。了解したわ。これで終わりにするわ!』
クルーから次々に歓声が上がる。と、その時だった。
『こちらジャッカル1。格納庫前。おかしいわね。もぬけの殻だわ』
「セントリー。こちらのレーダーでは・・・あれ?」
アマローネは自身の目を疑った。レーダーにはちゃんとポイントでバートが映し出されているが、表示がおかしい。瞬く間に階を移動しているのだ。一体どうやって?
バコン。
突如、背後で鉄板が叩かれるような音がした。それは回数を増し、大きくなっていく。
そして。
「とりゃ!」
床の一部が宙を舞い、落ちた。それと同時に何かのピンを抜いた音、そして放射線状に落ちる円形の物体。
数秒の後、ブリッジに大音響と閃光が走った。クルーが悲鳴をあげ、混乱している最中、一人だけ全速力で操舵席に向かう者が一人。
説明するまでもない。バートだ。
なぜ彼がブリッジまで無事に来ることができたのか。それは、彼が格納庫からブリッジへと繋がる非常用のダクトがあるのを思い出したからだ。
以前、故郷の惑星への旅路の際、ミッションと呼ばれる、まだ地球人が植民地を探すべく旅していた時代に設置された中継点。いわば休憩所だ。
そこで補給を取っていた際、ニル・ヴァーナが暴走し、一部のクルーを乗せ、無限の宇宙へと放り出されたのだ。その際バートは諸事情により宇宙空間にいたのだが。
騒動が収まり、彼はどうやって解決したのかを関わった保安クルーに聞いたのが、当のダクトである。
「いよっしゃー!」
彼は意気揚々と操舵席と突入する。この時点で勝敗は決した。
全てが終わった時、ブリッジにはバートの高笑いが響いていた。
クロウはカフェ・トラペザにて一人、コーヒーを啜っていた。
あのトンデモドロケイから二日が過ぎたが、大半のクルーが筋肉痛に悩まされていた。当たり前だ。一日に数キロ分走れば。
ふと、クロウはガラス越しに眼前に広がる宇宙を見る。
英雄となったバートはブリッジにいるが、来るまでにクロウに肩車をさせてもらわなければならないほどの重症であった。ヒビキとドゥエロもだ。
ヒビキは動くたびに悲鳴をあげており、ドゥエロは普段と変わらない澄ました顔をしているものの、その動きはややぎこちない。
『ブリッジクルーより全クルーへ。報告があります』
天井に設置されているスピーカーからベルヴェデールの声が響く。
『先ほど九時四十分、本艦は太陽系へと到達! 以後、進路を火星へと取ります!』
周りにいたクルーが歓声をあげ、抱きしめあう。クロウはその光景を、肘をつき微笑ましげに見ていた。
(さて、そろそろ決断の時か・・・・)
再び彼は星々の輝く、無限の宇宙を見つめた。