龍は高く昇る
第五話 Memory of
wind
ウェッド一行が森に入って早二時間。
一行は、未だに出口が見当たらずに鬱蒼とした広い森を歩き続けていた。
涼しい気温なのがせめてもの救いであったが。
「ねぇ、いつになったらココを出られるの?」
「歩けばその内出られる」
「そう言ってから多分、一時間は経つわよ」
「・・・愚痴を言うなら心の中で言ってくれ・・・」
ウェッドがため息を吐く。
さすがに二時間も歩くと足が痛くなってきた。
そんなこともあり、今は休憩を取っていた。
途中、魔物の襲撃はなかったものの、この辺りは盗賊がよく出没する事で有名だという事を、アイラが言った。
歩いても歩いても同じ風景。永遠に出られないような気分だった。
「はあ・・・・・・ん?」
ウェッドが突然立ち上がり、辺りを見回した。
「どうしたんですか?」
アイラが言う。
「今、ナンか聞こえたような・・・・?」
ウェッドはリーマを媒体とし、全身を鎧と化す物質変換者である。その際、五感や筋力は常人を遥かに超える。もしかしたら、その力が薄っすらと通常の状態でもあるのかもしれない。
「何も聞こえないわよ」
アイラは肩をすくめる。
「いや、確かに聞こえる。これは・・・・・・」
ウェッドは目を閉じ、神経を集中させた。
そして彼の耳に入ってきたのは、悲鳴。
そして、下品な笑い声。馬の鳴き声。
大体想像はついた。この森を通っている者が盗賊に襲われているに違いない。
「盗賊かっ! リーマ、行くぞ!」
おそらく、自分の勘が当たっているなら走って三十秒。だが、それまで襲われている者無事かどうかは保証は無い。
ウェッドは文字通り風の如く走っていった。
走ってものの三十秒。彼の視界には、山刀を持った男達三人、尻餅をついている男一人。その男を守るようにして、剣を持ち、身構えている青年。
計五人。
「見えたっ、リーマ!」
言うと同時に、ウェッドが剣を抜く。それと同時に、一陣の風が吹き、鎧が全身を覆う。
次の瞬間、音も無くウェッドが宙を跳んだ。そして、一気に盗賊たちの懐へと飛び込んだ。
「な、なんだテメ――!」
男が言い終わらないうちに、ウェッドが剣の腹で男を吹き飛ばす。
「がッ――!」
あばら骨が粉砕され、自分の意思とは関係なく体が吹き飛ばされ、地面へと転がる。
吐き出された大量の胃液が乾いた地面を濡らす。
「クソっ!」
襲い掛かってきた男を、もう一度剣の腹で、木へと叩き飛ばした。
ぎゃっ、と小さく悲鳴が聞こえた。
「貴様!」
「遅い」
素早く向き直り、ウェッドは背後の男の槍を掴んだ。それと同時に、一瞬にして槍が木の棒を化した。
「ンな!?」
「残念だったな。終わりだ」
男の顔が驚愕に歪む。が、次の瞬間には、鈍い音とともに、顔面を勢いよく殴られ、茂みの奥へと吹き飛ばされた。
時間にしてものの二分。あとから湧き出た盗賊はほぼ全滅。
勿論、ウェッド一人だけでの功績だ。
「それにしてもアンタ、さっきはすごかったぜ」
商人の用心棒―赤髪で、けっこうな美男の剣士―が言った。
「それほどでもねぇよ」
ふあぁ、と欠伸交じりにウェッドが返す。
ウェッド達は商人の使っている荷馬車の荷物置き場で座っていた。
時折振動で尻が痛くなるが、我慢するしかない。
商人は従者となり、馬を操っているが、こちらをチラチラと見ていた。
それは仕方ないであろう。なにせ、物質変換者―選ばれた特別な人間なのだから。
「そういや、名前を聞いてなかったな。アンタら、名は?」
「人に名を尋ねる前に、自分から名乗るのが礼儀じゃないのか?」
「道理だな」
ニヤっとしながら、男が言った。
「俺は、ジグ。ジグ・ルダン。見ての通り放浪人さ。何でも屋をやりながら生活しているんだ。よろしく」
「ウェッド・アルバーンだ」
「伊野崎桃華です」
「あ、えっと、アイラ・リーンです。よ、よろしくお願いします」
―むむ?
おかしい。なぜ敬語なのだろう。ウェッドは思った。
初対面の時のウェッドと桃華には馴れ馴れしく話したのに、あからさまに態度が違う。
見てみれば、心なしかアイラの頬が微かに赤い。
「テメェ、何でジグには敬語で俺はタメ口なんだコノヤロ」
「うるさいわね。自分とジグさんの品の違いが分からないの、アンタは?」
「品? お前に言われたかねぇよ」
「なん―!」
勢いよく立ち上がり、万力込めて殴ろうとした瞬間、何を思ったのか、急に赤ら顔になり、縮こまってしまった。
それを見ていたウェッドは
「・・・・・・・・・・?」
ただ首を傾げていた。
彼女の行動が、ジグに一目惚れしたからだとは全く気づかずに。
(ねえ、ウェッド)
(何だよ、姉さん? 草むしりは絶対しないからね)
(違うわよ。あなた、18歳になったら自警団に入るんだって?)
卓に肘を突きながら、姉が言った。
(まあ、ね。けど、あと2年あるし。考えてる最中さ)
あっけらかんと少年―ウェッド―が言う。
最近の自警団の仕事は近隣の魔物退治が主である。だがここ数ヶ月、魔物が凶暴化、そして大量化したせいで、死傷者が増え、入団者は減る一方。
しかも村を去って行く者も少なくない状況なのである。
(危険なのは承知さ。入団するまでみっちり鍛えて、魔物は俺が全部ブッ倒してやるさ)
決意の表れの如く、ウェッドは拳を握り締めた。
はあ、とため息混じりに苦笑した姉は、
(無茶はしないでね)
(わかってるさ)
打って変わって、姉は、真剣な面持ちで言った。
(もうこれ以上、死んだ人は見たくないから)
突如、ハッ、とウェッドは目を覚ました。
なぜ寝てしまったのか、寝ぼけている頭を出来る限り動かし回転し、考える。
だが、どうにも思い出せない。
「ん〜〜・・・・」
寝起きのせいか、瞼が激しく重い。それでも必死に睡魔の誘惑に抵抗し、脳を回転させた。
―ああ、そうだ。
思い出した。
夕方頃、疲れたと言って、馬車の中で寝る。夕飯までには起きる、と言って、一眠りついた。
で、そのままずっと眠りこけたと言う事だ。
「くそっ、普通起こすだろ」
外の静けさ、暗さから察するにもう深夜、もしくは明け方間近であろう。
「・・・・腹減った・・・・」
途端に腹の虫が盛大に鳴く。
しかし、この時間帯に飯でも食おうとしたら最悪、アイラに「うるさい」と言われ、半殺しになりかねない。
「はあぁぁ〜・・・」
ため息をつくと、重い足取りで馬車へと戻った。
と、不意に立ち止まり、
「・・・・姉貴・・・」
ポツリと呟いた言葉は、夜風に遮られ、辺りに聞こえる事はなかった。
「よく食うなぁ」
ものすごい勢いで用意された朝食を食べるウェッドを見ながら、ジグが言った。
「当たり前だ。 俺は昨日夕飯食ってねえンだぞ」
「グースカ寝てたアンタが悪いんじゃない」
「少しは起こす気にはならなかったのか貴様は」
「あるわけ無いでしょ」
「襲うぞ」
「股間に蹴り入れられたいの?」
「・・・・・・・」
吐き捨てるような息を吐くと、ウェッドはまたガツガツと飯を漁る様に食べ始めた。
「そういえばウェッドさん。昨日、寝てる時に“姉さん”って言ってましたけど、一人で旅をして、ご家族が心配してるんじゃないですか?」
「ん、別にいいんだよ」
ぶっきらぼうにウェッドが答える。
「ちょっと、そんな言い方ないじゃない。もしかしたら―」
「俺以外家族はみんな死んでるから、別にいいんだよ」
しん、と辺りが静まり返る。
「ご、ごめんなさい・・・・。失礼なこと言って・・・」
俯きながら、か細い声で桃華が言った。
「構わないさ。どうせ、死んだのは俺のせいなんだから」
意味深な事を言うと、
「顔でも洗ってくる」
と言って、茂みの奥へと消えていった。
昼頃になったであろうか一行はようやく目的の町―アクトランタ―へと到着した。
カルグよりも賑やかで、華やかな町であった。
「アンタ、風の龍神様に会いに行くのか?」
商人が、背中越しに言った。
「ああ。この町の北から出れば近道だってのは聞いてるが」
「・・・・やめといたほうがいい」
途端に商人が首を横に振る。
「どうして?」
「北から行けば確かに近道だけど、最近北の街道が魔物で溢れてるって噂を耳にしたんだ。命が惜しければ、西の砂漠から遠回りして言ったほうが得策だよ」
西の砂漠。ウェッドの記憶が確かなら、その砂漠はパルジ砂漠であろう。商人の言うとおり、魔物が溢れている道よりも、砂漠の道のほうが安全である。
「そうか。ありがとうよ」
「いやいや」
「つーわけで、ココでお別れだ」
ジグが腰に手を当てながら言った。
彼はこのまま南に行き、また依頼を受けに行くと言ったのだ。
勿論、アイラが悲しまないわけが無い。
なにしろ彼女の初恋は、見事に砕け散ったのである。
それに、なにやら体全体から黒い気を発しながら落ち込んでいる。
「・・・・・ナンだよ、そんな悲しい顔しないでくれよ。名残惜しくなっちまう」
アイラの姿を見かねたジグが複雑な表情で言う。
「あー・・・ほら、縁があればまた会えるさ。なっ?」
「・・・・・・はい」
そうは言っているものの、声に元気―というより生気が無い。
―ゴン。
少し鈍い音がした。
ウェッドが剣の柄でアイラの頭を叩いたのである。
「いッッッッたああああぁぁぁーーーー!!」
「なんだ、元気じゃねえかよ」
「・・・・そうみたいだな」
ウェッドの言葉に、ジグは微笑んだ。
「じゃあな。縁があったら、また会おうな、みんな」
そう言って、ジグは人波へと消えていった。
虚ろな目で、アイラはベッドの上で膝を抱えていた。
宿に入ってからずっとこの状態なのだ。
一目惚れの初恋の相手は、もうどこか遠くへ行ってしまった。
もう何もかもどうでもいいような気分だった。
不意に、ドアを叩く音がした。
「アイラちゃん」
桃華だ。
おそらく、昼食の時間だと呼びに来たのだろう。
しかし、今のアイラには食事も水分も喉を通らなかった。
「お昼ご飯が出来たって宿の人が言ってるけど・・・」
「いらない」
そう言って、今度は布団の中へと隠れるように潜る。
「私もね、アナタと同じように何回も失恋した事があるわ。けど、いつまでもその事を引きずってちゃ前には踏み出せないのよ。・・・私が言いたいのはそれだけ。早く来ないと、ウェッドさんが食べちゃうよ?」
扉越しに、桃華の足音がどんどん小さくなっていった。
それからアイラが二人の元に戻ってきたのはたっぷり夜が更けた少し前であった。ずっと泣いていたのであろうか、目は赤く腫れていて、話すときも少し嗚咽が雑じっていた。
そんな彼女が席に着いたとき、ウェッドは
「いつまで泣いてんだバカタレ」
と言ったのだ。
さすがに桃華もこの言動には憤怒、反論しようとした。
しかし、
「泣いてるなんてお前らしくねえぞ」
とウェッドは言った。
不器用ではあるが、彼なりの励ましであったのだ。
「人よりクソ元気なお前が泣くってンだから、明日は槍が降るな」
「どういう意味よ、それ」
「そのままの意味だ、アホ」
そう言うと、いたたまれなくなったのか、ウェッドは一人外へと出て行った。
「ガラでもねえ事言っちまったな・・・・くそっ・・・」
繁華街を歩くウェッドの頬は、薄っすらと赤く染まっている。
どうやら自分で言ったことが恥ずかしくなったが故に外へ出たようである。
そもそも彼は姉以外の女性が苦手である。
恥ずかしがりやで、素直になれない、そんな性格なのである。
「あぁっ・・・くそっ・・・―!」
その時だった。
人ごみの奥から悲鳴が聞こえた。
そして徐々に目の前の人波も、ウェッドが見ている方角とは正反対に逃げていた。
ウェッドの第六感が告げる。
「この騒ぎ・・・・・魔物か!?」
ウェッドは人ごみを掻き分け、走り出した。
ウェッドが来た時には、すでに魔物は街の入り口まで押しかけていた。
街の警備隊も、数に押され、多数の死者が出ていた。
「奴らめ!」
そう叫ぶと、ウェッドは剣を抜き、自分に向かってきた魔物をすれ違い様に、胴体を横一文字に斬った。
「おらおらぁ! かかってこい!」
そして、今度は魔物を踏み台にし、跳躍すると、その魔物を頭から股間まで真っ二つに切り裂いた。
「・・・・数で押す戦法で来たか・・・」
正眼も構えで、ウェッドは魔物を見やる。
軽く見積もっても二十は下らない。
「へっ・・・・・、倒しがいがあるぜ」
そう呟いて、突撃しようとしたその時だった。
「おい、伏せろ!」
後方から男の声がし、ウェッドは振り向いた。
だが、
「いぃ!?」
ウェッドの目に入ったのは、迫り来る巨大な炎の波であった。
「うぅわっとぉ!」
ウェッドはなんとかギリギリの所で伏せた。
髪の先端が少々焦げ、異臭が鼻をつくが気にしてはいられない。
ウェッドは炎が向かった方向を見た。
さっきまでいた魔物は、見事なまでに炭化し、ウェッドが見た数秒後、音をたてて崩れていった。
呆然としたまま、ウェッドはその場に立ち尽くした。
と、
「危なかったな、あんた」
すぐ背後から声がした。
ゆっくりと、ウェッドは振り向いた。
そこには、ショートヘアーの金髪の青年が薄笑いを浮かべながらウェッドを見ていた。
青年といっても蓮や桃華より一つか二つくらい上のような容姿である。
その手には青年やウェッドの身の丈よりも大きい巨大な剣をぶら下げていた。
ウェッドは剣を鞘におさめ、言った。
「ああ、ありがとうよ。ところでお前、何者だ? そのナリじゃあ魔術師には見えねえけどな」
「ハハッ・・・そのとおりさ。俺は魔術師でもなければ、普通の人間じゃない」
「・・・どういう意味だ?」
ウェッドの問いに、青年はまたもや薄ら笑いを浮かべながら答えた。
「なに、アンタと同類さ」
あとがき どうも、ホウレイです。
今回は前回とは打って変わって少し薄っぺらくなってしまいました。
ごめんなさいorz
そして最早言う事はありませぬorz