龍は高く昇る
第四話 Unpleasant
meeting
「ココが、カルグだ」
街の入り口で、ウェッドが言った。空は曇天模様から、茜模様へと変わってき始めた。
「今日はココで宿を取るが・・・・大丈夫か?」
静かにウェッドが言った。
さっきまでの大雨は、桃華が泣き止むと同時に止んだ。
―まるで、同調するかのようだったな。
ウェッドが呟く。
桃華の目は、まだ赤く腫れていた。
大好きな恋人を目の前で失ったのだから無理もない。
だが、彼女は己の足で立った。
“泣くわけにはいかない。泣くのは全部終わってから”
たった一つのこの思いが、彼女自身を繋ぎとめているのだ。
「とりあえず、服を買おう」
ウェッドが言った。
「服・・・ですか?」
「ああ。中央王都に行くためには王国をいくつか越えなきゃいけない。で、入国するには門から入るのが普通だが・・・・何が言いたいか、わかるかい?」
「この服じゃあ怪しまれる、ですね?」
彼の言うとおり、この世界では化繊の服は怪しすぎるであろう。
だからこそ、この世界の服を買う必要があるのだ。
「その通り。それじゃあ、服屋に行こう」
―それから五分後―
「・・・・・・」
「よくお似合いですよ、お嬢さん♪」
「・・・・・・っ!!!! どこがよぉーーーーーー!」
そう叫び、頭に付けていた真っ赤に染められたリボン、フリルを剥ぎ取り、床に投げつけた。
さっきまで悲哀に満ちていた顔は、憤怒の顔に変わっていた。
「こんなフリフリな服絶っっっ対着ないわ! もっとマシな服はないのこの店は!」
―やはり、どの世界でも女は怒るととてつもなく怖いのか。
壁に寄りかかり、腕を組んで傍観しているウェッドが呟いた。
ウェッド自身もさすがにあのテの服はマズいだろうとは思っていたが、ニコニコと営業スマイルを振りかざしている男性店員は、平然と持ってきたのだ。
「す、すいません!」
「あんたじゃなくてもっとマトモな感覚の店員連れてきなさい!」
「ひいぃぃぃ!」
情けない悲鳴をあげ、店員は店の奥へと消えていった。
結局、桃華の服は他の店員が勧めた、桃華の世界で言うチャイナドレス―不思議にもよく似ていた―に決めたのだった。
ウェッドは町の片隅にある、少し大きな橋の、すぐ近くの川辺で寝転んでいた。
桃華とは宿屋の前で別れた。桃華と同じ、一人になりたかったのだ。
「はぁ・・・・・・」
重いため息を吐いた。
自分は蓮を救えなかった。桃華の恋人を救えなかった。
魔物に手間取っていなければ・・・・・
「・・・・・・・・・・」
彼女は悲しんでいる。顔では泣いてはいないが、心の中では想像もつかないほど落ち込んでいるだろう。
あと少し早ければ、彼を救えたかもしれない。
「桃華は絶対に守らないと。でないと蓮に怒られちまうな」
ウェッドは握りこぶしを作った。彼なりの決意の現れである。
「蓮・・・・・」
そう呟くと、ウェッドは目を閉じた。
(あらあら、今日も頑張ってるわね)
(えへへ・・・・)
さんさんと降り注ぐ太陽の下で、茶髪の少年が木で出来た剣を片手に満面の笑みを浮かべていた。その隣には同じ髪の色をした十代半ばと見える少女が微笑を浮かべながら少年を見ていた。
(お姉ちゃん。僕ね、もっともっと鍛えて、強くて優しくなって、物質変換者に選ばれるような剣士になる!)
(まあ、期待して待ってるわ)
意気込みながら言った少年に、少女は少年の頭を優しく撫でた。
少年は姉が大好きだった。両親が死んでから、姉だけが唯一の肉親だからだった。だから、必死に強くなろうとした。
(強くなってね、ウェッド)
少女の声は、子守唄のような暖かい声だった。
「待ちやがれコラァ!」
「ガキ、止まらねぇと殺すぞ!」
「ベーだ!」
―うるせぇなぁ。
目を閉じたまま、ウェッドが呟いた。
遠くから罵詈雑言が聞こえた。
言動から察するに、どっかのチンピラとどっかの少女であろう。
それにしてもうるさい。おかげで目が覚めてしまった。
「ほーらほーら! 追いついてみなさいよ!」
どうやらかなり生意気な少女のようだ。ウェッドが一番苦手な類である。
コツンと、足音が変わり、声がいちだんと大きく聞こえる。
こちらへと近づいてきているのだろう。避難したほうがよさそうだ。
「よっと」
少女の声がした。
―ん?
激しく嫌な予感がする。
ウェッドは恐る恐る目を開けた。
そこには―
―白の、下着?
ドボフッ!
ウェッドの視界が不可思議な音と共に真っ黒に塗りつぶされた。
そして、顔には不思議な、とても柔らかい感触。そして激痛。
鼻がやられたようだ。
幸い鼻血は出ていないようだが。
「ふぅ、地面が柔らかくて助かったぁ」
声と共に、不思議な感触が消えた。
「さてと、逃げなきゃ」
「ちょっと待ったれやコラ」
倒れたままの状態のウェッドの手が、尻で彼の顔を踏んだ少女の足を掴む。
その腕は、ワナワナと震えていた
「何よ! こっちは急いでるの!」
「その前に一言くらい謝れや」
普段口にしないような、乱暴な言い方だった。かなり怒っている。
まあ、誰だって尻で顔を踏まれたら怒るであろう。
「ごめん。じゃっ」
「待て」
「なによ!?」
「もっとマトモな謝罪しろや」
そう言い、ウェッドは立った。自分の顔を踏んだのは、どう見ても十代前半と見える少女であった。白銀の髪に赤い目。薄手のシャツに、短めのスカートを着ている。胸元に描かれている紋章が印象的だった。
「いちいち細かいわ―」
「こらぁ!」
少女の反論は、やけに気の荒そうな男―少女を追いかけたであろうチンピラ―の怒声によって遮断された。
ウェッドは腰の辺りを見た。短剣を腰に下げている。単なる脅し用の物だろう、とウェッドは思った。
「アイラよぉ。さっきはよくも俺たちの股間に蹴り入れてくれたなぁ」
指を鳴らしながらチンピラの一人が言った。
アイラと呼ばれた少女は、フンと鼻を鳴らし、ウェッドを盾にするよう隠れた。
「おい、なにしてる?」
「決まってるでしょ。あいつらを追い払ってよ」
何を言っているんだ、と顔をしかめた。どうして関係のない自分がこんな事をしなければいけないのだ。
あからさまに不満そうな顔をしていると
「おい、そこのにいちゃん。死にたくなかったらそこどきな」
男の言葉に、はあ、とため息をついた。
仕方ない。そう呟き、剣を抜こうとした、その時、
「あ〜、いたいた〜。ウェッド様ぁ〜〜〜」
ふよふよと、何処からかジーナが飛んできた。
こっちの気も知れずに。
「宿の人がもう夕食ができたって言ってますよ〜。」
「・・・・・・・・ちょうどいい。ジーナ、あれやるぞ」
「ふぇ?」
言うが早いか、一陣の風が吹くと同時に、ウェッドの全身が黄緑色の鎧に包まれた。
「さあ・・・・・・」
かかって来い、と言おうとしたがその前にチンピラは「わあああああああああ!」と悲鳴をあげ、逃げてしまった。
同じ男として情けない、と思いながら、ウェッドは変身を解いた。
さらに大きなため息をつき、後ろを向いた。
「・・・・・・・」
先ほどまでうるさかったアイラと呼ばれた少女は、ポカーン、という擬音が似合うほど驚いた面持ちで、気絶していた。。
「おい」
一回目、返事無し。
「おーい」
二回目、またも返事無し。
「クソガキ」
三回目、以外にも返事無し。
「白の―」
言いかけたところで、アイラがハッと気がついた。
なぜそこで気がつく、とツッコみたかったが、あえて言わなかった。
「うるさいガキだったな」
ようやく、あのうるさい少女―アイラを撒けた。
あの後、あの姿をもう一度見せて欲しいだとか、お礼をさせて欲しいだとか、いろいろうるさかった。そして、ウェッドの直感が“コイツに関わるとロクでもないことが起こりそうだ”と告げたからだ。
「はやく飯でも食って寝よう」
そう呟きながら、歩いていたその時だった。
「あれは・・・・・あ? 桃華?」
なぜ道の真ん中でオロオロしているのだろう。そう思いながら桃華に声をかけた。
「おーい、桃華。どうしたんだ?」
「あ、ウェッドさん!」
待っていたと言わんばかりに、桃華がウェッドの元へと走ってきた。
「なあ、どうしたんだ。何で宿にいないんだよ?」
「・・・・・・・実は・・・・・・」
この時、ウェッドは嫌な予感がした。
やっぱり、ロクでもないことが起こりそうだ。
「宿から追い出されたぁ!?」
「はい・・・・」
うつむきながら、桃華が言った。
桃華の話によると、宿でくつろいでいたところを宿の主人に突然追い出された。主人曰く「アンタの連れがな、ヤバい組と関わっちまったんだよ。すまないけど出ていってくれ。金は返すから」だということだった。
―もしや・・・・・
やばい組。この単語に一つ心当たりがあった。
あのアイラという少女が追いかけられていたあの二人の男。もしかすると、あの男たちはこの町では恐れられている組織に入っているのだろう。
「ほんとにロクでもないことが起こりやがった」
あのアイラという少女、とんでもない疫病神だ。
そう考えていると、
「あーーーーーー! やっと見つけたぁーーーーーーー!」
嗚呼、疫病神、降臨せり。
「ふう、ごちそうさまです」
膨れた腹を擦りながらウェッドが言った。
「いやぁ、ありがとうございます。最悪、野宿しようか考えていたんです」
「いえいえ。こちらも娘を助けていただいて、ありがとうございます」
ウェッドの言葉に、アイラの母―ラシェスタ・リーンが微笑みながら言った。
その隣には夫のイグスがいる。
あのあと、アイラに見つかった二人は「どうしてもお礼がしたい」と言われ、「これは好機」と思った二人は迷うことなくお礼を受けさしてもらったのだ。
「ところで・・・・聞きたいことがあるンですが・・・・」
「アイラを追っていた人達の事、ですね?」
まるで心を読まれているが如く、言おうとしていた事を言われてしまった、という面持ちだった。
「彼らはこの町のならず者の子分。私たちがこの町に来る時に喧嘩売られてね。その時何人かぶちのめしちゃってさ。それ以来、目を付けられたのさ」
苦笑を浮かべたイグスが言った。さらに話を聞くと、町の住人も報復が怖いと言うのでアイラ達とはあまり関わりたくないということらしい。
「正直すまないと思っている。私たちのせいで友達も全くいないしね」
目を閉じ、イグスは顔を伏せた。彼の肩は、かすかに震えていた。
同じ頃、桃華とアイラは家の二階にいた。
「ねぇ、桃華。何で、ウェッドっていう人と一緒にいるの?」
寝台に寝転がりながら、アイラが言った。
「んー・・・・・・」
違う世界から来た、と言っても通用するのか。それが問題だった。
―正直言うべきか、否か。
頭の中で、この言葉が連呼していた。
と、その時、
「その子は、異世界から来てしまった人間だ」
ハッとして、声のした方向を向いた。
階段の近くで壁に寄りかかっているウェッドが居た。
ウェッドは今までのことを語った。
桃華―そして蓮―が魔導書によって自分たちとは違う世界から来たこと、この町へ来る途中、魔物に襲われ、仲間を失ったこと、全てありのままに話した。
以外にも、桃華が異世界から来てしまったことにおいてはアイラは驚かなかった。肝っ玉の大きさは、親譲りであろう。
「でも実感湧かないなぁ。全然異世界の人に見えないもん」
喜ぶべきか、悲しむべきか、複雑な笑みを浮かべた桃華であった。
―明後日にはココを出る。
ウェッドがそう言った後、予想外の事件が起きた。
―私も一緒に行きたい!
とアイラが言い出したのだ。
―フザケんな、バカ!
―バカとなによ!
―バカだから言ってンだ! 関係の無ぇ奴を抱えるなんてオレは真っ平だ!
さっきから似たような問答が五分は続いていた。バカだとかアホだとか、クソガキだとかオヤジだとか、不毛で低次元な口喧嘩であった。
「あのー」
桃華が小さく手を上げながら口を挟んだ。
「アイラちゃんが一緒に行きたいか聞かないんですか、ウェッドさん」
「・・・・・・・・あ・・・・・・・」
忘れてたのかい。そう思いながら、重いため息をついた。
「本当の親を探したい?」
「うん」
二人は小首をかしげた。本当の両親を探したいと言うのなら、今、下にいる両親―イグスとラシェスタは・・・・・・・。
「どういう事か話してくれないか?」
両親によると、十五年前、自分は死体に抱きかかえられている様に泣いていたという。
死体はとても年老いた老婆で、腐敗もなく、死んでからそれほど経っていなかった。きっと無理をし過ぎたのだろう。
赤ん坊の胸元には紋章が刻印されているのを考えると、多分、どこかの没落した貴族の子供であったのだろう。そう判断した彼らは老婆を丁重に弔い、埋めた。
そして彼らは抱かれていた赤ん坊を自分達で育てようと決意した。彼らには子供がいなかった。いや、出来なかったのだった。
今で言う不妊症である。桃華たちの世界なら治療は可能だが、中世から近世の中間に当たるこの世界では治療は不可能、いや、存在すらなかったであろう。
彼らにとって、赤ん坊は龍神が授けてくれた子、まさに神の子であったであろう。
彼らはその子を“アイラ”と名づけた。
そして、今に至るわけである。
生きていなくてもいい。せめて、存在していたという証拠が欲しい。
アイラの赤い目が、真っ直ぐにウェッドを捉えていた。さっきまでの幼さのある眼ではなく、子供とは思えない真剣な眼差しであった。
はあ、とため息をつくと、ウェッドは
「・・・・勝手にしろ・・・・・」
それを聞いたアイラの面持ちが一気にパッと明るくなった。そして、嬉々として、下の階へと向かっていった。
両親に、彼らと旅に行きたい、と言うのだろう。多分、あの両親ならきっと了承するに違いない。なんとなくだが、そう思えるのだ。
後姿を見送ると、ウェッドが小さく、ため息混じりに呟いた。
「まったく・・・甘い男だな、俺は」
次の日は、ウェッドに退屈で退屈で仕方なかった。
朝頃には旅のための糧食は買いきってしまったし、かと言って家で寝るのも億劫だし、気が引ける。
結局、夕飯の時間まで街をうろつくしかなかった。
「つまんねぇ・・・・」
一時間前から同じことをぼやきながら、街の中心にある広場の椅子でだらしない格好で座っていた。
何か面白い事でも起きないか、と期待しているが、世の中そう面白い事が起きるワケがない。
「は〜〜あ・・・・・」
周りを見回しても別に変化はなかった。ただ、雑多に人が通るだけ。
退屈極まりない。
と、目の前を数人の幼い子供と、白銀の髪をした少女が走りながら通り過ぎた。
誰であろう、アイラである。
どうやら子供たちと遊んでいるようだ。
大人たちは彼女ら家族を避けていると聞いたが、子供たちにとっては関係のないようである。
周りの大人たちは冷ややかな目を送っているが。
と、
「おらぁ! どけどけぇ!」
「殺されてぇか、ああ!?」
チラリ、と声のするほうを見た。
ヤクザ。多分、アイラ絡みなのは間違いないだろう。
子供を守るように盾になっているアイラが、いつもの喧嘩口調で言った。
「なによ」
「おやおや、アイラ。子供たちが可哀想じゃないか。あんな暴力的な親の子供が子供の相手しちゃ、怖くて泣いちまうだろ?」
男達がケケケ、と下品に笑った。
―野郎。
腰に掛けている剣の柄に手を当て、ウェッドは立った。
ちょうどいい暇つぶしにもなる。少々、周りがうるさくなるが、仕方ない。
「残念。大人はともかく、子供たちは私の事を好きみたいよ?」
「そうだそうだ! 帰っちゃえ、バカ!」
後ろにいた子供たちの一人が言った。それに続くように、子供たちがヤクザ達に罵声を浴びせた。
「・・・・・・・っ!」
額に血管が浮かぶほど激怒した男は、アイラに襲い掛かった。
だが、身を屈めたアイラは、拳を男の鳩尾に当てた。
「げふぇっ・・・・・!」
男がむせた。
その直後、腕を掴み、そのまま背負い投げをかました。
ドスン、と背中から勢いよく叩きつけられた男は、白目を剥いて見事に気絶していた。
わずか十数秒の事である。
「てンめぇ!」
「ブっ殺してやる!」
言うが早いか、残りの男達が腰にかけていた剣を手に襲い掛かる。
歯噛みし、構えるアイラ。だが、素手の人間が剣を相手をするのはあまりにも酷である。間違いなく、殺される。
口惜しげに男達を睨みつけた、次の瞬間、
「ガキ相手にみっともねぇぞ」
バキっ、という音とともに、男達が悲鳴を上げ、吹っ飛んだ。
他ならぬウェッドである。
剣を逆手に持っているのを考えると、柄、もしくは剣の腹で男達を吹き飛ばしたのだろう。
少し経って、ウェッドが呆れ顔で話しかける。
「お前もお前だ。相手が剣持ってるかどうか見てから叩きのめせよ」
そう言って、肩に剣を掛け、男達を見据えた。
「さて、暇つぶしに付き合ってもらおうか?」
その後、男達がどうなったかは言うまでもない。
歩ける程度にボコボコにし、退散させたなど。
―翌日
ウェッド、桃華、アイラ、そしてイグスとラシェスタは村の外れまで来ていた。
すぐそばには街道が敷かれており、いつでもいける状態であった。
彼らの旅を迎えるかのように、空は蒼に染まっている。
「それでは皆さん、お元気で。 アイラ、しっかりね」
「うん」
両肩を掴み、ラシェスタが言った。
「安心してください。コイツは俺がきっちり守りますんで」
やけに『きっちり』を強調しながら、ウェッドがクシャクシャとアイラの髪を掻いた。
「女だからってバカにしないでよ。私だって、一応戦えるし」
「人間だけだろ? 魔物を相手にしなきゃいけない時もあるんだぞ」
図星を言われ、アイラがフンと鼻を鳴らした。
―まったく・・・・・
ウェッドは内心、頭を抱えた。この先、大丈夫なのだろうか。
「先が思いやられるぜ・・・・・・」
天を仰ぎ、ウェッドがポツリと呟いた。
「ねえ、アイラちゃん。お父さんとお母さんを残してもいいの? あのままあの街にいたら組織の人に・・・・」
街が見えなくなったくらい所で、桃華が急に止まって言った。
桃華の言う通り、あのまま残っていたら、いずれ組織の者に殺されるのは時間の問題であろう。物質変換者であるウェッドがいたからあの二人に被害は全く無かったが、居なくなってしまってはどうなるかはわからない。
それより、どうやって十数年も組織から殺されなかったが桃華には分からなかった。
「あー、それなら大丈夫。お父さんとお母さん、二人とも強いもん」
あっけらかんとアイラが言う。
「強いってどのくらい?」
怪訝そうな面持ちで、ウェッドが言った。
自分たちのことが噂の渦中にあるとは知らず、イグスとラシェスタは、未だ、3人の向かった街道を見つめていた。
その面持ちは、とても晴れやかであった。
「行ったな・・・」
「ええ・・・」
「十五年・・・・・・・長いようで短かったなぁ」
「あの子もココへ帰ってくる頃には、一回りも二回りも大きく帰ってくるわね」
フッと息をつき、イグスが家へと向かおうとした。
が、いつの間にか、目の前には、長いひげをたたえた初老の―しかも人相悪し―男が仁王立ちで二人を睨んでいた。
彼の名はノルベック・グラン。彼こそ、リーン一家を狙っている組織の頭である。
十数年前、彼の組織はこの街で暴挙を振るっていた。だが、彼ら一家が来てからというもの、部下は何度も病院送りにされ、組織を抜け出すものもここ数年で百人近くにまでなっているのだ。それも、イグス一人だけによってだ。
そのイグスが、睨むように言った。
「何のようだ、グラン」
「決まってるだろう。テメェを殺しに来たんだ」
「その台詞、私の記憶が正しければ四十と八回聞いたな。相変わらず、進歩の無い男だな、貴様は」
「そんなこと言ってられるのも今のうちだ」
グランが下品に笑う。イグスは彼のこの笑いが大嫌いなのだ。ネチネチとまとわりつくような、この笑い声が。
次の瞬間、どこからともなく、剣や槍で武装した者達がイグスとラシェスタを取り囲んだ。
目だけを動かし、確認した。どう見ても、百人以上はいる。
「総勢百二十六名。いくらテメェでも、これだけの数を同時に相手は出来ねえだろぅ? ケッケッケ」
自信満々に、グランが言った。
だが、
「フフッ・・・・・・・」
と、イグスは鼻で笑った。場の緊張感が分かってないのか、それとも救いようの無い阿呆か。
どちらにしろ、頭がおかしい奴には違いない。
グランは思った。
「確かに私一人で百人はキツイな。だが、残念だったな。私には最高の相棒がいるんでね」
「相棒・・・? ハッ、まさか『自分の妻だ』だなんて言うんじゃねえだろうなぁ?」
「ご名答。その通りだ」
一瞬、間が空いた。
「・・・・・プッ・・・・・・、アハハハハ、アーーーーーーッハッハッハッハ!」
「馬鹿だ! 極めつけの馬鹿だ、コイツ!」
周りの者達が笑っているのにも拘らず、二人は静かな笑みを浮かべていた。
そこに剣を片手に、男がラシェスタに近づき、彼女の肩に手を乗せた。
「こんな女のどこが役にたどっ!」
直後、周りの笑い声が止んだ。ラシェスタの肩に手を乗せた男は、ひどく驚いた面持ちで、掠れた声を出していた。
当たり前だった。何故なら、男の鳩尾には見事にラシェスタの肘がめり込んでいたからである。
男は倒れたと同時に、泡を吹いた。
さっきの騒然さが嘘のように、あたりは静まり返った。
「・・・・・・ハッ」
呆然としていたグランは我に返った。そして、一呼吸置くと
「ぶ、ぶっ殺せえええぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「お父さん、昔そうとう荒れてて、しかも組織作り上げるほどだったみたいなの。で、あまりにやり過ぎたモンだから役人が当時腕利きの傭兵を何人か雇って『捕縛、抵抗する場合は殺すのも厭わない』って命令を下したの。その傭兵の中に、お母さんがいたんだって」
「傭兵? 組織の頭? あの温厚そうな人達が? 信じられねえな」
腕を組み、ウェッドが言う。
だが、傭兵である母、組織の頭であるというのなら、今まで一家に危害が無かった―というより追っ払ったのだろう―という理由が分かる。
「組織の人間はほとんど捕まって、あとはお父さんだけになったの。確か、その逃避行、三ヶ月くらいは続いたんだって。で、やっとのことで山まで追い詰めて捕まえたのはよかったけど、遭難しちゃったんだって。で、山を出るまで色々とナンかあったらしくて・・・・・、それで、お父さんが、結婚しようって思ったみたいなの」
「なんとまあ・・・・・数奇な運命な事だ・・・・」
「傭兵も勝手に辞めて、お父さんと一緒に高飛びして、今に至る・・・・みたい」
「・・・・・・ま、あの人達なら大丈夫だろ。さあ行こうぜ」
歩く彼らの目の前には、広い森が広がっていた。
グランは、目の前の光景を信じる事が出来なかった。
たった二人の男女に、百二十六名の者達―しかも武装しているのに―が相手に傷一つ負わせられずに半殺しにさせられたのが、信じる事が出来ようか。
今まで負けに負け、物量で攻めるという必勝の方法は、脆くも破られたのだ。
「さて、と・・・・・」
拳をボキボキと鳴らしながら、イグスが言った。
さながら、準備運動をしたように見えた。
「あとはアナタだけよ。さあ、覚悟しなさい」
「ひっ・・・・・ひい、ひいいぃぃぃ!」
グランは逃げたかった。だが、足が振り子の如くブルブルと震えている。
もはや、視殺されているのも同然だった。
ジリジリとイグスとラシェスタはグランへと向かう。
その目に、もはや情けなど皆無だった。
少し経って、カルグの街で、男の絶叫が響いた。
あとがき どうも、ホウレイです。
今回は三話とは打って変わってWordを18枚も使っちゃいましたよ。自分でもけっこう驚いてます。まさかココまで長くなるとは・・・・。
しかーし、この作品自体、脳内に保管しているプロットだけでも軽く三十話は超えそうです。それまで私の精神が持つかどうか・・・・・_| ̄|○
Q:ところでヴァンドレッド3rd stageはどうした?
A:エ、ナンノコt(銃声)