龍は高く昇る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三話  Regret

 

 

 

 

ハーニス渓谷―

標高1000メートル、最大幅10キロ、深さ1200メートルに及ぶ大渓谷であり、ガルダン川の流れが何万年もの歳月をかけて侵食した不毛の渓谷である。ギルカの町と他の町をつなぐ橋があり、少々酷ではあるが、旅人が使う道としては使われていた

今となってはギルカの近辺に魔物が出没するようになり、その影響でまったく人が寄り付かなくなってしまったのだ。

時に、30年前の出来事である。

 

 

 

 

 

 

「桃華、大丈夫か?」

「はぁ、はぁ・・・・・・ん、大丈夫・・・・」

渓谷を登って一時間近くが経つ。

本来ならもう橋についてもおかしくはないが、桃華の体力の無さがたたり、予想以上に遅れをとってしまったのだ。

しかも天気は崩れかけていて、今にも雨が矢の如く降ってきそうな感じである。

「ごめん・・・・なさい」

膝をつきながら、桃華が言った。

「頑張れ、あともう少しだ」

ウェッドが言った。

ウェッドの言う通り、橋まではあと十分ほどである。そこさえ越えればすぐ町なのだ。

「あーあ、リーマとジーマがもっと大きければ楽できるのに」

ウェッドが3人の周りをふよふよと浮くリーマたちを見る。

「う〜〜、小さい小さい連呼しないでくださいよ〜」

椛のような小さい手を固め、ポカポカと叩く。が、叩かれているウェッドには蚊が触った程度であった。

 

 

 

 

 

「ねぇ、蓮」

「ん?」

まるでウェッドに聞こえないようにしているかのように、桃華が耳元でぼそぼそとは話す。息を切らしながら話すのが微妙に色っぽい。

「この世界の文明、蓮はどのくらいかわかった?」

「中世・・・・16世紀か17世紀くらいだろ?」

「そう、蓮はそう思うんだ・・・」

「どうした?」

しばらく目を泳がすと、桃華が言い始めた。

「変に思うのよ、中世にしては。埃っぽくない―清潔なのよ。私たちの世界での中世は水に対して恐怖感を持っていたの。コレラ―伝染病でね。で、こっちの世界が私たちの世界とほぼ同じ文明社会の過程を辿っているとしたら、今頃伝染病が蔓延してもおかしくないのよ。仮に伝染病の流行が終わっているとしても、人は水に恐怖を抱く。だから入浴をしない。私たちの世界から見れば不潔ということになるわ。けど、この世界は違う。入浴イコール清潔という方式が成り立っているという事は風呂に入るのが当たり前。つまり、清潔感という観点から見れば私たちの世界と同じ。水の設備、清潔に対する感覚。この二つが完璧だとすると、この世界は私たちの世界とほぼ同じ文明レベルと言っても過言じゃないわ」

「でもよ、どう見たって俺たちの世界と感じが違うぜ」

「・・・・・・もしかしたら機械文明とは違う面が発達してるのかしら・・・?」

顎に手を乗せ、首を傾げる桃華であった。

そんな彼女を見て、蓮は「ホント、俺とは頭の作りが違うな」と呟いた。

と、

「うえ〜〜ん、蓮様ぁ〜。ウェッド様がいじめますぅ〜〜」

泣きじゃくったジーナが飛びついてきた。当のウェッドを見ると、なにやらリーマが罵詈雑言を言っているのを平然と無視している。

「あー・・・よしよし」

人差し指でジーナの頭を撫でながら言った。

ああ、早く帰りたい。

 

 

 

 

 

 

それから数分ほど経って、蓮はサクッという砂を踏みつける音が聞こえ、それと同時に視線を感じた。

自然と顔が強張る。

蓮はゆっくりと顔を背後に向けた。

そこにあるのは飽きるほど見た不毛の砂地と、どれもこれも似たような石ばかりであった。

―気のせいか。

考えすぎか、と自己完結すると、未だケンカしているウェッドたちを見ながら歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数分もしないうちに、ウェッドの足が止まった。

そして、腰に掛けている剣に手を乗せる。

「蓮、桃華。俺が合図をしたら橋まで突っ走って越えろ。あとジーナ。二人が橋を越えたらこの短剣(ナイフ)で橋の縄を斬れ。いいな。」

「え?」

突然の言葉に、桃華が息を切らしながら言った。

「いいな・・・!」

まるで獣のうなり声のような声に、おもわず「は、はい!」と二人と一匹は声を揃えて言った。

ウェッドがすぅ、と息を吐くと、

「さん・・・・・」

ウェッドの右手が剣の柄に移る。

「にぃ・・・・・」

リーマがウェッドの肩の近くへと移動した。

「いち・・・・・走れ!

掛け声と同時に二人が走り、ウェッドが正反対の方向へ走る。

一瞬、蓮が後ろを見た。

狼のような怪物が牙を剥き出しながらこちらに向かっている。

「後ろを見るな、走れ!」

ウェッドの檄がとんだ。

 

 

 

 

 

 

―こっちのほうが安全じゃなかったのかよ!

内心毒づくウェッドに、口を大きく開けた魔物が飛びつく。

が、バシュッ、と音とともに剣が魔物の口を貫通した。魔物が数回痙攣した。

「おおおおおおりゃああああ!」

声とともに体を回転し、刺さった魔物が吹き飛んだ。それとともにウェッドは全身を物質(エレメンタル)変換(チェンジ)させた。

一瞬、一陣の風が吹き、ウェッドの全身が鎧に包まれる。

同時に視界を埋め尽くすほどの魔物が襲い掛かってきた。

だが、ウェッドは動じず、剣を逆手に構える。

「はあっ!」

言うが早いか、ウェッドの剣が高速で魔物の郡れを斬った。魔物はサイの目の肉塊と化し、ウェッドに降り注いだ。

続けざまに魔物がウェッドの足に噛み付いた。引き千切ろうとしているのか、首を右往左往に動かしている。

「っ!」

振り下ろした拳は、見事に魔物の頭部を砕いた。

 

 

 

 

 

同じ頃、蓮と桃華はは文字通り死ぬような思いで橋へと走っていた。ジーナは除くが。

「はぁ、はぁ、はぁ! もうすぐだ、頑張れ!」

さすがの蓮も息が切れた。一方の桃華はあまりの疲れに顔面蒼白となっている。

あともう少し。あともう少し・・・・・。

「! 桃華、橋だ・・・・・へ?」

「・・・・・・アレを渡れって言うの?」

二人の眼前には橋がある。

あるのだが、縄は今にも千切れそうで、橋を支える杭、渡るための木の板は所々腐っている。

正直、渡れるか不安どころか恐怖の域に達している。

「これじゃあ一人ずつ行かないと抜け落ちるわね」

桃華の言うとおりであった。この木の板を見る限り、走って渡る、もしくは二人同時で渡る事は自殺行為同然。そのまま数百メートル下の川に落ち・・・・。

そんな考えを払拭するかのように頭を振った蓮は、ふぅ、と大きな息を吐いた。

「桃華、お前が先に行け」

「え、でも――」

「お前の方が体重軽し、それに、女だろ? いいから早く行け」

だがこのまま蓮を放っておけば、そのうち魔物が来るのではないか、という考えが浮かんだ。いくら魔物でもウェッドばかりに気を止めるわけがない。絶対一匹や二匹が別働隊としてこちらに向かっているかもしれないのだ。

と、その時、

「大丈夫です! もし魔物が来ても私が足止めします!」

拳を固め気丈に振舞ってはいるが、その拳は振るえ、顔は引きつっている。

こんなにもジーナが頑張っているのだ。その期待に応えなければいけない。

桃華は伏せていた顔を上げた。

行こう、急いで。

「ええ。頼りにしてるわ」

桃華の微笑が、とても柔らかく見えた。

 

 

 

 

 

 

歩く度に橋全体がギシギシと鳴った。左胸に手を当てると、心臓が破裂しそうなほど高鳴るのがわかった。

すぅ、と落ち着くために息を吐く。

20メートルほどの橋なのに、100メートルほどに感じている。

「下を見ない。下を見ない。下を見ない・・・・」

自分に言い聞かせるように呟いた。風がゴウゴウと唸る。

―あとすこし。あとすこし・・・・

コツン、と音が鳴る。

ようやく地面に足がついた。

体から一気に力が抜け、桃華はへたれこむように座り込んだ。

「もう二度とこんな体験したくないわ・・・」

虚ろな目が言葉よりも多く語っていた。

 

 

 

 

 

「さて、俺も行くかな」

一歩、橋に踏み出した。

次の瞬間、

オオオオオオオオオオオン!

ハッと振り向いた。

そこには、遠吠えを上げているあの狼のような魔物がいた。

―もしや・・・

直感が呻く。

これはやばい、と。

 

 

 

 

 

蓮は早足で橋を渡った。

かなり危険ではあるが、早く渡らなければ魔物に食われてしまう。

背後には魔物の群れが蓮の所へと向かっている。

ジーナも必死に応戦しているが、魔物の足は止まらない。

もしあの群れがこの橋に乗ってしまったら橋が崩れ落ちるのは間違いない。

それだけはなんとしても避けなけねばならない

「くそっ! 早くしねェと・・・・!」

直後、蓮の耳に、魔物達の荒い息が何重にも伝わってきた。

もう、すぐそこにいるのだ。

「えぇい、ちくしょう!」

蓮は覚悟を決め、走り出した。

歩く以上に橋がギシギシと鳴り、本当に今にも崩れ落ちそうである。

「蓮!」

橋の出口で、桃華が手を伸ばしている。

それに応じ、蓮も手を伸ばす。

あの手に摑まれば、助かる。

直後、蓮には、世界がスローモーションに感じた。

心臓の鼓動も、なにもかも。

あと5メートル。

あと4メートル。

あと3メートル。

あと2メートル。

指先が触れた、その時だった。

目の前が斜めに傾いた。

いや、違う。

―自分は、落下している。

「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「蓮様ぁ!」

魔物と共に落ちて行く蓮と、急降下で蓮を追いかけて行くジーナの姿は、闇へと消えていった。

 

 

 

 

ウェッドが橋に着いたのは、それからすぐの事だった。

 

 

 

 

 

 

「いや・・・・・」

ウェッドが見たのは、双眸から涙を流し、両手で口を押さえ嗚咽を漏らしている桃華だった。

「いや・・・・」

涙が手を伝わり、地面を濡らした。

そして同調するかのように、雨が桃華を、ウェッドを、地面を濡らす。

「いやああああああああああああぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「桃華・・・・」

「・・・・・・・」

「俺が言える立場じゃないかもしれないけど・・・・・・・ココで悲しんでいる桃華を見て、蓮はどう思っていると思う?」

「・・・・・・・・」

無言のまま、桃華は立ち上がった。

「私、行きます。絶対に生きて―蓮の分まで生きます」

そう言って、涙を手で拭った。

今は悲しんでいる時ではない。今は、帰るまで生きなければならない。

それを成し遂げるまで死ぬわけにはいかない。

―蓮の、ために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき  第三話終了です。ええ、終了です。

うむ、ダメな自分に乾杯  orz

      とりあえず、次回に期待してください。

     お願いします。  orz



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