龍は高く昇る
第二話 departure
―目覚まし時計を使わずに早起きするなんて、何年ぶりだろう。
寝起きの蓮の目の前にあるのは、鬱蒼とした木々とまだ寝ている桃華とリーマ。聞こえるのは鳥のさえずりと川のせせらぎ。
美しい、夢のような景色。
ああ、夢であってほしい。
試しに、自分の頬をつねる。
―痛い。
夢ではない。これは、現実だ。
認めたくない。認めたくはないが、現実なのだ。
はあ、と息をつきつつも、せめて目を覚ませるため、すぐ近くの川へと向かった。
自分の顔が川に映る。少しクセッ毛のある黒髪。落ちこんだ、黒い瞳。
誰とでもない、自分―天美
蓮である。
とりあえず、顔に水をかぶせた。
―冷たい。
当たり前のことだが、今はこの現実を受け止めさせる嫌な物だった。
元いたところに戻ると、桃華は起きており、ウェッドがプレートメイルを着ようとしているところだった。
「よっ、顔でも洗いに行ってたのか?」
少々どもりながらも、「はい」と蓮は言った。まるで元気がない。
蓮が座るのを確認すると、ウェッドが微笑を浮かべながら言った。
「さて、今日は近くにある町まで歩くことになる。それと、王都までの護衛は俺が行うから心配するな」
「護衛って・・・・いいんですか?」
「ああ。どうせ行かなきゃいけない町だしさ。礼は・・・・ま、キミらの世界を一度見せてくれる・・・・ってコトでいいかな?」
途端に、蓮と桃華の顔が明るくなった。
「ありがとうございます!」
桃華が言った。
「いやいや」
ウェッドの顔が、少し赤くなった。どことなく、少年のような笑顔が垣間見えた。
数時間後、近くの町に着いた。が、着いた途端、ウェッドが忌々しげに呟いた。
「汚ねえ町だな、まったく」
寂れた町を見渡しながら、ウェッドが言った。
元いた世界に帰るため、蓮と桃華とウェッド一行は―ウェッドは違うが―大陸中央の王都ノルヴァンへと向かうことになった。
だが王都への道のりは長い。途中、魔物の襲撃を避けるためにも野宿は最低限避けなければならない。どんなに寂れた町でも宿―たとえオンボロであろうが―のベッドで寝れるだけありがたいものだ。
「じゃあ二人とも、俺はちょっと用事があるから外に行くが、あまり外を出歩くなよ。それじゃ」
ウェッドは軽く手を振ると、宿屋から出て行った。
カウンター付近では蓮が軽く伸びをし、桃華は欠伸をかいた。
「ようやくベッドで寝れるな」
「そうね。ウェッドさんに感謝しなくちゃね」
彼らが無事この町に着いたのはウェッドのおかげである。その強さといったら、鬼のよう、いや、鬼神のようであった。
途中、邪魔する魔物は細切れに、荷物を盗もうとしたチンピラはボコボコに。
容赦など微塵もなかった。
「俺もウェッドさんみたいな人になりたい」と蓮が漏らしていたほどだ。
ウェッドがたどり着いた場所は、酒場だった。
酒場に来たといっても、ただ酒を飲みに来たワケではない。酒場は情報収集にはうってつけの場所なのだ。特に、こういう寂れた町の酒場は冒険者や旅人が集まりやすい。そうなると、近隣で何が起こっているかを知るために、必然的に情報屋―ピンからキリまであるが―が数人は確実にいるのだ。
現に、ウェッドはもう情報屋を見つけている。
「やあ、ジェス」
「おお、ウェッドさんじゃないか」
眼鏡をかけた赤髪の男性、ジェス・ハイネルはプロの冒険者でも知る人ぞ知る情報屋だ。本人曰く、「近所の痴話喧嘩から国家レベルの情報までなんでもござれ」だとか。
風の噂では、王都と繋がりがあるらしいとか。
「3ヶ月ぶりだねぇ、元気してるかい?」
「ああ。で、ジェス。ちょっと聞きたいことがあるんだが・・・」
「おう、何でも聞いてくれ。あんたにゃ一度命を救ってもらったからな」
ジェスはニヤッと笑った。
同じ頃、蓮は街中を歩いていた。ウェッドにはあまり出歩くなといわれたが、何もしないよりかは散歩するほうがマシだった。
周りを見渡すと、ボロボロの衣服を纏った者たちが、家と家との間でうずくまっていたり、穴だらけの布を布団代わりに寝ている者もいる。
「こういうところは、俺たちの世界とはあまり変わんねぇな」
誰にも聞こえないような、小さな呟きだった。
と、
グニャ
「なふっ!」
―?
何かを踏みつけた感触。しかもやわらかい。しかし、今の声は・・・・?
ゆっくりと足元を見た。なんとなくヤな予感がする。
「・・・・・・・・・・・」
羽の生えた小さな女の子―おそらく、龍神の御使いであろう―がうつ伏せで―万歳のポーズのような格好で―倒れている。結論はすぐ出た。
―放っておこう。
無視を決め込め、何事もなかったように歩き始めた。が、
「ま、待ってくださ〜〜いぃぃぃ・・・・・」
はぁ、とため息をつき、振り返る。震える右手を懸命に上げ、懇願している。
「食べ物をくださぁぁ〜〜〜い・・・」
「おかえ・・・ってなにそれ?」
桃華の目に、ドアの目の前に立っている蓮が向く。
その手には、さっきの女の子がブラブラと振り子のようにぶら下がっている。
「多分、ウェッドさんの言ってた龍神の御使いだと思うけど・・・・」
片方の羽を人差し指と親指の間で持ちながら、蓮は答えた。
「あああああああぁぁぁぁ! ジーナァァァァァァァァ!」
リーマが鼓膜が破けんばかりの大声をだした。
と、ジーナと呼ばれた女の子は
「リーナァァァァァァァァァァ!」
と、さっきの元気のなさはどこへやら。一直線にリーマの元へと向かい、抱きしめあった。
「一体ナンだってんだ?」
ボソっと蓮が呟いた。
「ノルヴァンに行きたいんだが、何か差し支えるコトはあるか? 人数は俺を含め3人。うち、非武装の人間が二人だ」
「んー・・・・普通ならガルダン川を下ってギルカの町に行くルートが安全なんだけどなぁ・・・・」
ジェスの顔が、一際険しくなった。
「どうした?」
「・・・・最近、川や町の近くに魔物が出没するようになっちまったのさ。ラクートから魔術師部隊が派遣されるほどだ。アンタ一人ならともかく、非武装の人間がいちゃ、いくらナンでもアンタじゃ無理だね」
「だとすると、この先のハーニス渓谷を越えなきゃいけないってコトか」
「だね。ちょいと体力を使うけど、そっちのほうがずっと安全だぁね」
ウェッドは腕を組み、考えた。
ハーニス渓谷は標高が高い。今までの旅路を考えると、蓮はともかく、体力が少ない桃華が心配である。
ココへ来る途中なにやら理屈的な事を言ってたが、見た目の華奢さ通り、桃華を
「あとで聞くかな・・・」
そう呟くと、ウェッドはふぅと息をついた。
「ありがとよ、ジェス」
「いやいや。おっと、これで貸し借りなしだ。今度からはちゃんと金を払ってくれよ。そうだ、ダンナ、ちょっと小耳に挟んだんだけどよ」
「なんだ?」
「あまり信憑性はないんだけどさ、最近、ガルミアの王女様が殺害されたって噂があるんだよ。で、それを指揮したのが死んだ国王の大臣だっていう、噂があるのさ」
「物騒だな」
「アンタが言える立場かい?」
フッと鼻で笑うと、ウェッドは酒場から出て行った。
「以上だ。何か質問は?」
汚い宿屋の、汚い食堂―客は皆無に等しい―の真ん中の席でクソ不味いスープ―ジーナはおいしいと言ってたらふく食ったが―を口にかき込んだ後、ウェッドは二人を見ながら言った。
酒場で聞いた情報をありのままに話すと、意外と二人とも冷静だった。正直、少しは驚くかと思ったが。
「俺は別に構いませんけど・・・・桃華、どうだ?」
「多分大丈夫・・・・・だと思う」
心なしか、桃華の顔が暗い。
蓮と桃華は学業、体力面においてはまるっきり正反対の人間である。
蓮は『脳みそまで筋肉でできてるんじゃないのか』と言われた事もある。そして桃華は『鉄のガリ勉美少女』とも称されていた。
なぜこうも両極端な二人がカップルとなったのかは、当人たちしか知らない。
「さて、他に何か聞きたいことは?」
待ちわびていたかのように、桃華の腕が上がった。
「二つほど聞きたいんです。この世界について、そしてこの世界の情勢について、です」
理知的な桃華らしい質問である。
すると、ウェッドが少し驚いた顔をした。
「おぉ、そうだそうだ。言い忘れてたな。いやぁ、すまなかった」
頭をポリポリと掻きながらウェッドが言った。
どうやら、話すのを失念していたらしい。
「今、この大陸とガルミアは緊迫状態にあるんだ」
ウェッドはベッドに座りながら言った。膝には、リーマがすやすやと息を立てて眠っている。
「ガルミアの国王が亡くなってから、代理で政治を進めている大臣が急に政策を変えてな。ガルミア中のアムフ族を、あー、ちなみにアムフ族ってのは俺やキミたちのような外見の種族のコトをいうんだ。で、大臣は国王を殺したのはアムフ族だって言ってな。関係者のアムフ族を虐殺した。噂によると、こっちのほうでもリベダ族、つまりガルミアに住む種族が排他されつつある」
「あの、リベダ族とアムフ族は外見上の違いはありますか?」
「ん、ああ。リベダ族は耳が長いのが特徴だな。あと、10歳を過ぎると成長が遅くなるんだよ。まあ個人差はあるがな」
言い終わると同時に、ウェッドが髪を掻きあげた。
「そして、この世界にはユフティアントとガルミアのほかに、十数の小さな島からなる国、ルーンジールっつう国がある。この国にはアミナ族という獣人の種族がいる。動物の耳の生えている奴もいれば、ひげの生えている奴、角のある奴だとか。おなじ種族でもけっこう個性的なのさ。さて、他に聞きたいことは?」
ウェッドが首の骨をボキボキと鳴らした。
と、蓮が小さく手を上げた
「ウェッドさん、あなたの力について教えてください」
「・・・・・わかった。おい、リーマ」
妙に、静かな物言いだった。そして膝で眠っていたリーマを軽く叩いた。「ふにゅう」と目を擦り、「なんですかぁ?」と完全に寝ぼけた状態なリーマ。一体、何をするつもりであろうか。
「スマンが、アレをやるぞ」
「はあぁぁぁ〜い・・・」
ウェッドが、すぅ、と息をついた。
直後、一陣の風が吹くと同時に、ウェッドの体は黄緑の鎧で固められていた。
「どうだ?」
二人は驚いて声が出なかった。
目の前にいるウェッドが一瞬のして鎧で固められてたのだから、無理もない。
むしろ、鎧というよりスッキリとしたパワードスーツに近い感じだ。
「これは物質変換という力だ。その名の通り、物資を変換させる力だ。俺の場合はリーマの中にある力を変換して鎧にしてるのさ。ちなみに、こういうこともできる」
ウェッドが自身の剣を持つと、なんと剣までもが換わってしまった。
元々細身である剣が装飾され、刀身が太くなり、もはや片手剣とは呼べないほどである。
「モノがあれば何だってできるのさ。限度あるけどな。俺の場合は、風を刃のように換えるのが得意だな。そして、俺のような者を物質変換者って言うのさ。ただ、この力はけっこう体力使うから極力使わないようにしているんだ」
ウェッドが変身を解いた。と、それと同時にヒュン、と小さく音をたて剣も元の状態に戻っていった。
すると、ウェッドがジーナに目を向けた。
「おそらくジーナは水の龍神の御使いだろう。だとすると、水を他の物体に換える力を持つだろうな」
そう言うと、すこし重たげなため息を吐いた。
「今日はもう寝よう。明日は体力を使うから、グッスリと寝たほうがいいぜ」
―なぜ自分は、あの字が読めたのだろう。
布団の中にもぐりながら桃華は思った。
見たこともない理解不能だった字が、今ではすらすらと読める。
そして、この世界の古代技術と自分たちの世界は一体どういう関係だったのだろうか。それが有史以前なら、一つや二つは自分たちの世界で発掘されてもおかしくはない。
だが、一度もそんな事はニュースになっていない。むしろ、発見されたら今までの文明の発達の歴史が、根本的に崩れることになる。
けれど、なぜ古代技術は無くなった? まるで、一瞬にして消えたかのように。
―王都に行けば何か手がかりがあるはず。
根拠は無い。だが、なぜかそう思わずにいられなかった。
翌日、支度を済ました3人の人間と二匹の妖精は、ハーニス渓谷側への出口にいた。
「さて、目標としては今日中に渓谷を越えた先にある町に行かなきゃいけない。いくら渓谷の方の道が安全圏とはいえ、物が出ないとは言い切れないからな」
ウェッドが腕を組みながら言った。ウェッドによると、ハーニス渓谷は標高1000メートル。道はなだらかで、順調に行けば一時間ほどで町へと続く橋があるという。
「仮に魔物が出ても切り刻んでやる。安心しろ」
握り拳をつくり、不敵な笑みを浮かべた。
「その自信、信用します」
蓮が唇の端をつり上げながら言った。
彼らの旅は始まる。
彼らは渓谷へと歩き出す。
そしてこの道を選んだことが、遥かなる旅につながるとは露も知らずに―。
あとがき え〜、今回は戦闘描写はありません。(前回のアレは戦闘描写といえるかどうかはわかりませんが)
どうもすんません。
人物紹介
天美 蓮 一言で言えば“体力バカ”この一言に尽きる。 そして、悪いことをしたら正直に謝り、そしてそれを正す真っ直ぐで優しい青年である。少々いい加減なところもあるが。
18歳の現役高校生。桃華とは同級生であり、恋人同士。
伊野咲 桃華 “才色兼備”この言葉こそ、彼女のためにあるといっても過言でない。顔良し、スタイル良し。これで料理がもう少しマトモだったら言う事はないだろう。同級生のR・A氏曰く「亡くなった祖父と祖母が見えた」程らしい。進学先は東大だとか。
ウェッド・アルバーン 両頬一文字傷が特徴の片手両刃剣を扱う剣士。
風の龍神の御使い、リーマに適格者と言われ、風の龍神の場所へと向かう最中、桃華に助けてと頼まれ、今に至る。何処かしら、影のある男。
ちなみに歳は25。